2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
全4件 (4件中 1-4件目)
1
(フランクの妻が書いています)息子が転校してから約3年間の健康記録を学校から持ち帰ってきました。この3年は、そのまま私たち家族のうつ病の記録でもあります。前半の1年半(夫が休職中は) 身長の伸び・・6センチ 体重の増加・・1.5キロ←すくなっ!後半の1年半(夫が会社に復職すると) 身長の伸び・・12センチ 体重の増加・・9キロ食事の量を減らしたつもりもないのに、夫が会社に行ってない時期は、息子がほとんど成長してなかったなんて。関西から東京へ引っ越して環境が変わっったことも最初のうちは関係があったことでしょう。この結果は偶然かもしれないけれど、親としては申し訳なかったと思います。夫が休み始めたころは、子供には「お父さんはいっぱい働いて頑張ったから、会社からご褒美にまとめてお休みをもらったんだよ。この夏は一緒にいられるよ」と嘘をつきました。しかし、2度季節が変わっても具合悪そうに寝ている時が多い父親に、気がつかないはずもなく。。。テレビを観ていた息子が大声で呼びました「お母さ~ん!来てっ!これじゃないの!?お父さんの病気って!」見れば画面には、森昌子さんの持病として公表された「不定愁訴」の症状が。それがうつ病の症状とそっくりだったんです。「お父さんは、不定愁訴じゃないんだよ」と私が優しく云うとがっかりして「なんだあ。。絶対これだと思ったんだけどなあ。。。」・・・何も気がつかない振りをして、この子はずっとお父さんの症状をわかった上で心配してくれてたんだ・・・と胸があつくなりました。さらに季節は過ぎて「お父さん、会社をクビになったんでしょ?だって、もうずっと会社に行ってないじゃない。」と不安そうに聞かれたこともありました。子供なりに、小さな胸を痛めていたんですね。ごめんよ。まあ済んでしまったことは、しゃ~ない。これから、これからっと。さて、本日の息子の1回目に夕飯は、ピラフ(ベーコン・たまねぎ、すった人参)と安っすいオーストラリア牛の和風ステーキ、蓮根とエリンギ添え。塾から帰ってきたのでこれから2度目の軽い夕飯です。「息子よ!喰え喰えっ!喰って大きくなれ~」めんどくさいから、冷凍ギョーザ焼きます。笑フランクは昨日から関西に1泊で出張中。23時帰宅予定です。
January 31, 2007
コメント(14)
(フランクの妻が書いています)6時半起床で夫と息子はボウリングに出かけました。夫の1月の診察にて。「先輩のご不幸はもう引きずってない?」と主治医さんから確認された上でテトラミドが再び減薬となりました。今度は、慎重に2→1錠だそうです。昨日は、夫と「区の小学生の書初め展覧会」へ出かけました。(息子が学校代表の一人に選ばれまして。)もう6年生だから最初で最後です。運動会のリレー選抜もそうでしたが、最後に滑り込みでチャッカリ夢を叶えてしまう。そんな運の強さを持っている子のように思います)夫は土日両日外出し、運動等しても出勤に影響がでないところまで、体力が回復してきたように思います。一方では、親戚(お二人)の心の病が、深刻な状況になってきており、同居する家族にもその兆し(と個人的に思っています)が見え始め、心配しています。自分の家のことなら、詳細を書いて、皆さんのご意見を伺いたいところですが、匿名で書いているブログとはいえ、それはできないなあ。。と思っています。私が、夫のうつ病のことを普通に話すので、親戚も話しやすいのでしょうね。近いひとだけでも、こんなに多いのですから、特別な病気ではないと実感します。さて、今年の私の個人的な目標は、ひとつ目は、認知症のお勉強。(昨日もNHKの特番3時間を泣きながら観てました。)二つ目は、女性としての自分を磨きたい。(内面も外見も”いい歳の重ね方をしたい”) 夫「街で、ママぐらいの年齢の人をたくさん目にするけど、疲れてる感じだなあ~と思うよ。ママが頑張ってるのがよくわかりました。(ペコリン)」ですって。うれしい~。フランクが、いつまでも腕を組んで歩きたいと思えるような女性でありたいものです。でも、昨年の春から”化粧品ジプシー”してまして、色々こり過ぎて、栄養過多で”大人にきび”が出来てしまいました。(泣)失敗しても、お肌に合うものが見つかるまで諦めないぞ!
January 28, 2007
コメント(10)
(フランクの妻が書いています)夫が正式に休職が解かれ復職扱いになったのは、1ヶ月以上休まず出勤した2005年11月に入ってからでした。その時の給与明細には、年休残日数0.5日の文字。毎年12月が有休の更新月だったので、「あと1ヶ月すれば20日もらえるから、それまでの辛抱」と二人で話していましたが、2005年12月。夫の有休は加算されることなく残0.5日のままで、そのとき初めてこのままさらに1年間有休がないことを知りました。あれから1年。2006年12月の給与明細についに”20.0日”の文字が復活しました(泣)夫が元気だったころは激務だった為、旅行を計画してもいつも直前に仕事でキャンセル。「有休20日もらっても、病気以外にいつ使えばいいのよ?」と思っていました。うつ病になって有休を使い果たし、復職後再び出勤を重ねてやっと手にした20日です。こんなにも有難いとは。。。。それでも一度調子を崩せば、あっという間になくなっちゃいますよね。もったいなくて、バンバン使う気持ちにはなれません。笑フランク父さんが、復職15ヶ月かかって自分の力で稼いだ有休休暇。「おめでとう。そして出勤、ありがとう。パパ!」
January 9, 2007
コメント(14)
(2年前はうつの真っ最中。1年前には既に復職していましたが、夫が最も苦手だった正月明けに出勤できるよう帰省しませんでした。)今回、3年ぶりに夫の実家へ帰省してきました。年末、私と息子が先発で向かい、朝7時の新幹線。鉄道マニアの息子が乗りたい列車を手配。(有難いことに、停車駅が多く1時間も余計にかかる列車を選んでくれました。←イヤミです)5時起床。発車40分前には東京駅に着いたので、”楽勝だな~”。すると小学生の息子が「写真を撮ってくる!3分で戻るからっ!」と在来線に走って行き、待ち合わせ場所に発車10分前になっても現われず。仕方なく3分前にホームへ。「。。。いない。。。」1分前に私の携帯に電話が入ったものの、息子の声が全く聞き取れない。「すぐ乗りなさいっ!」とだけ云ったら切れました。発車です。隣の席は空席のまま。。。息子だけ新幹線に乗り遅れたのです。「なんで~こうなるのよ~?。」心配で胃が痛くなりそう。呆れて怒る気にもならず私は座席で放心状態です。息子は自分の乗車券と財布を持っているので「。。自分でなんとかして来い!あのアホっ。。」と思いつつでも、しんぱ~い!!!。1時間後、自宅にいた夫が次発の新幹線を調べて、車内に電話。息子は次発の自由席に乗っているのを確認。到着駅で息子とやっと合流できたのです。聞けば、在来線の写真を撮った後、違う階段を下りたら待ち合わせ場所が見つからなくて探していたそうです。こんな年末。。。どう思われます~?胃に悪いでしょ~。それでも実家では両親・兄弟家族の総勢12人プラス親戚お2人が、私たち家族3人を温かく普通に迎えてくれて、穏やかな時間を過ごしてきました。元日に私の実家へ帰ってきましたが、夫と私は最短ルートで4時間。息子は予定通り別ルート。途中下車し、お目当ての駅弁やお土産を買い歩き、偶然見つけた温泉の手湯に浸かり、車中では美人の乗務員さんと談笑し、お友達になったそうで、親の心配をよそに、それはそれは楽しい7時間の一人旅だったそうです。今年もウチの子育ては胃の粘膜を鍛えておく必要がありそうですよ。(泣)夫は2日と3日はお酒を飲まず、氏神様へ参拝や買い物を楽しみ、昨日は21時就寝。今日はフランクの初出勤。心も体も元気に出社していきました。とにかく健康第一で参りましょう。みなさま、どうぞ宜しくお願いします。
January 4, 2007
コメント(18)
全4件 (4件中 1-4件目)
1