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(フランクの妻が書いています)先週金曜日、OL時代の先輩の女性から電話があり、2時間お茶をしてきました。お子さんの大学受験に付き添い、大阪からいらしたのです。2○年ぶり!でもそこは機関銃のように話すのがオバさんの特技。会っていきなり20年のブランクも吹っ飛びました。子供の話・親の介護・土地家屋のことなど共通の話題は尽きず。。。話が進む中で、彼女のお母様が、ちょっとした簡単な手術をきっかけに、うつ病になってしまったと。「せっかく会ってこんな暗い話でごめんね。”うつ”って知ってる~?」と言われ、私の瞳は、そこで ”キラリ~ン”(笑)聞けば、ご本人・ご家族もうつ病の症状以外には知識がまだなくて、専門医の受診もしないまま。(具体的には書けませんが、)配偶者・親族を巻き込んで生活環境が激変し、大変なことになっていらっしゃいました。私は、自分の家族のうつのことを話した上で、・徹底した休養をしてもらうこと・専門医を受診しての薬の服用 を提案させてもらいました。薬はすぐには効かないし、様々な副作用がでるかもしれないけれど、諦めずにその副作用を抑える薬を合わせて処方してもらえばいい。症状と体に合う薬の種類と量を探すのに時間がかかる病気だから、根気が必要。だけれど、必ず良くなるから。そして良くなっても勝手に薬をやめることはせず、医師と相談しながら指示に従って薬を減らしていくこと。個人的な意見の話として、一般的には ”薬なんて飲まないほうがいい”という考え方もあるけれど、うつ病の場合は、”薬は飲んでいるけれど、毎日が楽しい!!と思える人生を選ぶ”のもいいかな?って思うんですよ。。。彼女は「以前、いい心療内科があるよって、言ってくれた人がいるから、ちゃんと受診してもらって薬も飲んでもらうわ!」と力強く言ってくれました。毎日、何もできず、塞ぎ込んで苦しんでいらっしゃるお母様に、また笑顔が戻りますように。うつ病になられても、治療を受けずに苦しんでいらっしゃる方は多いのかもしれませんね。20年以上経っての再会は、予想外に”うつ病ばなし”となりました。
February 18, 2007
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(フランクの妻が書いています)今日は、うつ病とは関係ないお話。この3連休に実父の一周忌法要を終えました。認知症の実母は一度不安になると、抑えることができません。直前になって色んな変更をしたくなり、その対応がちと大変でございました。それでも実兄と兄嫁が親戚への通知など、面倒なことは引き受けてくれて、私はまだラクなほうです。ウチは子供が一人だから、私たちが逝ったら、全てがあの子に集中すると思うと「・・葬儀も法要も親族だけで簡素に質素に・・」と遺言状を残そうかなと思ったくらいです。苦笑さて、この3連休息子は昨年から計画していた「電車の一人卒業旅行」でした(JR東日本3連休フリーパスを利用して)。親「小学生だからお泊りはダメだよ」ということでご丁寧に毎夜、自宅へ一旦帰宅。1日目;都内~成田~銚子~東京~伊豆下田~都内2日目;都内~越後湯沢~直江津~長野~都内3日目;都内~仙台~東京~横浜~都内3日連続で長距離の一人旅に出すのは初めて。まだ携帯も持たせてないし・・事故に遭いやしないか・・と。旅行の前から私は、神棚に日に何度もパンパン!と手を叩きまくり!でした。生前実父が身につけていたお守りを息子の旅行リュックにつけてあるので・・きっとお爺ちゃんが守ってくれる・・とは思いつつ。。。心配しすぎたのでしょうか?私は土曜日に両足と手に、じんましんを出しました。まだたくさんのツブツブ跡が残ってます。旅行のお土産;伊勢海老の即席味噌汁・えび塩ラーメン・長野の半生そば・まいたけ弁当の食べ残し・横浜崎陽軒のしゅうまい・(仙台)ずんだシュウクリーム・ずんだプリン・ずんだ生チーズケーキ・・あ・ありがとう。(そんなに買わんでも。お金を出すのはパパなんだけどね。苦笑)・・息子が怪我なく病気もせず卒業旅行を終えてくれたことが、一番のお土産でした。ほっ今日はバレンタインとやらですが法要の洋菓子、姪っ子からいただいたチョコ、月曜日夫とデートで買った甘いものが重なりましたので、(既に食べすぎじゃ)息子のお土産の「仙台ずんだ甘味シリーズ」をもって我が家のバレンタインと変えさせていただきます。ぺこりん
February 14, 2007
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(フランクの妻が書いています)精神科医さんは、たくさんいらっしゃいますが、患者を復職させるための知識と経験は、さらに必要な気がしています。(私たち夫婦は、今でも以下の記事の切り抜きを時々読み返すんですよ。)以下は平成18年朝日新聞「患者を生きる」うつシリーズ 最終回の記事です。<質問(大学教員 60歳)> IT関連企業で働く30代の息子が、うつ病で休職しました。1年後、通院先の精神科医から復職にゴーサインが出たので会社に相談しました。会社の復職プログラムを利用しようとしたところ、「上司の許可が必要」と言われ、上司に相談すると「復帰は完全に治ってからにしてほしい」と許されませんでした。「迷惑だ」「辞めてくれ」などとも言われたようです。よくあることなのでしょうか。職場復帰を果たすために良い方法はありませんか。<回答者「うつ・気分障害協会」代表で保健師の山口律子さん>・・・無理を避け、回復度にあわせて・・・ 主治医から復職可能と判断されても、会社側の産業医・人事担当から見て「まだ復帰は難しい」と判断されることは珍しくありません。病気は回復していても、職業能力が回復していないと、企業側は安全配慮義務の点から難色を示すことがあります。 復職の判断基準としては ・10時間程度(通勤時間プラス勤務時間)の外出が できること、 ・80%程度の職業能力の回復、 ・精神的ストレスに対処できること などが求められます。半日のリハビリ出勤だからといって半日分の体力で復帰するのではなく、8時間は働けるまで回復してから始めることが大切です。会社は、病院やリハビリ施設ではありません。働くための健康管理は、本人・家族が自分たちできちんとできることが前提です。 ・復帰に向けての基礎体力作りや、 ・現在服用している薬が業務に与える影響について 知り ・眠気や集中力の低下などの症状をきちんと コントロールできること が求められます。 また、各都道府県にある障害者職業センターなどの職業能力判定や適職判定を受けることで、自分の職業能力の回復度や適性がわかります。復職判定やリハビリ出勤の際に、客観的なデータで会社側と交渉することもできます。ご相談のケースでは、産業医や保健師に相談し、上司との仲介役をお願いしてみてはいかがでしょうか。それでもうまくいかない場合は、障害者職業センターや労働局の労働相談をお勧めします。以上です。
February 5, 2007
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