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去年の秋に入院するまでに、またしてからもあまりにイロイロとありすぎて、日記もままなりませんでした。が、忘れないうちに少しつづでも書き留めておいたものをUPしていこうかと思います。って、誰に話しかけてるんだか…(笑)しばらくは、こっちもチェックしてね。友人たち!
2006.05.31
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娘が学校から帰ってきてから、早速ネットで近場の私立校の検索をしました。母の希望は、中高一貫で通学時間が一時間程度。我が家はバスで駅まで出なければならないので、せめてバス⇒電車⇒徒歩で行けるところ。バスだけで行けるなら、御の字という感じです。が、娘の希望は「制服が可愛いところ!! セーラー服は嫌!」のっけから「ふざけんじゃねぇ」と言わされたことは、間違いありません(^_^;)でもま、仕方が無いか。いきなり私立と言い出したからって、将来の抱負なんか語れるような子には育ててない。こんなもんだろう(苦)なので、とりあえず二人の意見をまとめて学校探し。そんな都合のいい話はなかろう…と思いつつも、あった!! かなり条件に合う学校。バスで行けて、中高一貫で、しかも森英恵デザインのブレザー制服!!(笑)とはいえ、定員30-35ってなにものよ!?調べてみても偏差値が出ないし、試験が四回ぐらいある。一度の受験料で何回受けても可。受けた分だけ「入りたい意欲は汲みます。多少は考慮されます」って、そういう受験ってありなのか!?いやいや、私立受験なんて自分の時代でも縁が無かったから、良く知らなかったけど、ネットで見るとビックリするようなことが多々あるんですね(^_^;)ま、とりあえず。その学校には資料請求しましたが…。にしても、何も知らない親子が挑むには、けっこう無謀なチャレンジなのかしら?初年度の入学金も馬鹿にならないです。
2006.05.30
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私の調子が不安定な上に、すぐに仕事にかからなければならないこともあって、本当に両親の入所先はぱっぱと決まりました。しかも、入所は今日のお昼。主人が休みだったこともあって、二人で両親を介護施設へと送って行きました。場所は自宅から車で十分程度のところ。バスでいうなら、二~三停留所程度です。社宅を買い取ってそのままホームに作り変えたそこは、お世辞にも綺麗とは言えませんが、十畳ほどのスペースにベッドが二つ入って、夫婦一緒。一応冷暖房完備で、賃貸アパート感覚なので、テレビや冷蔵庫の持ち込みも自由です。クローゼット代わりの大きなタンスも二つありました。まぁ、冷蔵庫は不要でしょうが、テレビを入れれば、日常的には家と病院の間ぐらいの自由さで生活ができます。自由にならないのは、自分自身だけでしょうが…。それでも介護さんが24時間対応。三食のお世話をしてくれて、看取りもしれくれて。デイサービスへも通わせてくれるので、家族(というよりは私)の負担は、かなり解消されます。が、それでもかかる初期費用は馬鹿にならないものがございまして…。ぶっちゃけ介護保険がどれぐらい負担をしてくれて、実費がどれぐらいかかるかと申せば、一月のお家賃、89.250円×2。⇒これは二人一緒のお部屋&同時入所なので、合わせて175.000円にしてくださいました。協力金(入居時の寄付のようなものです)⇒一人100.000円×2。預かり金(退所時には戻ってきます)⇒二人合わせて300.000円(四ヶ月続いた入院生活の果てに決まった入所だったので、500.000円のところを、これまた勉強していただきました(^_^;)で、五月の日割り分込みで、合計708.709円。これが最初にかかった費用です。翌月からは175.000+デイサービスの費用、別途介護保険の一部負担金などがかかるそうなので、やっぱり220.000~240.000円ぐらいは、かかるのでしょう。って、それをこれから払い続けるのかと思うと、溜息しか出ません。そのために働き続けるのかと思うと、眩暈がします。父親は働き者だったが、飲む、打つ、買うの遊び人でした。まともに年金も払わずに、勝手気ままをした挙句に脳梗塞で倒れたので、一年に入るお金は五万円程度です。そして母は、そんな父を更正することもなく、自分がもともと病気を持っていたことから、遠慮しいしい(でも、これはこれで勝手気ままな生活だったと思う)貧乏暮らしに耐えました。でも、当然保険なんか保険なんか入ってなかったし、貯金なんかまったくなかったので、父が倒れたときに発生した支払いは、全部一人っ子の私にかかってきましたさ。それこそ、父が未納していた国民健康保険料から、残っていたクレジットの支払い。両親を引き取るための引越し費用モロモロまで、何もかもを。そして、それから五年。父とは母はそれぞれに大病を繰り返し、入院と介護の繰り返し。平穏無事に暮らしたのって、きっと半分も無い。ただ、その間それなりにお仕事はさせていただき、そこそこ収入もあったので、基本的に他人である旦那には負担をかけることちなく、両親にかかった費用は、全部私が負担してきました。本当に、なんために働いているのか、時々見失いそうになるぐらい、稼いだお金は右から左へと流れていきました。もう、いくら使ったかわかりません(^_^;)生活費と病院代と介護代。保険料なんかもの合わせると、苦笑しか浮かびません。介護する側になって初めてわかる、介護費用。両親を抱える扶養金。電卓をたたく間もなくここまで走り続けて来ましたが、さすがに今回ばかりは今後の費用やら、自分の収入なんかを書き出し、電卓を叩きました。けど、あまりの過酷さに、意識不明になるかと思った。しかも、これに血税が上乗せされる。馬鹿高いだけの国民健康保険料も、当然持っていかれる。なんか、なんか…なんか、やっぱり意識不明になりそうでした。愚痴ぐらいは言わせてくれ。いや、書かせてくれって状態になりました(^_^;)ちなみに旦那の収入では、親子四人と家と車のローンで精一杯。私が仕事を止めること、倒れることは、もはや死活問題です。っていうか、好きで好きで大好きで。精一杯努力してできるようになった文筆のお仕事なので、お金がどうこうという以前に、絶対に手放したくはない。ましてや、これだけは介護や家族のために「犠牲にした」とも思いたくない。ってか、したくない!!なので、やっぱり最後は「自由と時間は金で買う」ということになるんでしょうが…。でも、この両親の扶養や介護にかかるお金は想像もしてなかったほど大きいのに、控除対象になるのは極貧だったりします。なので、信じられないぐらいに税金も持っていかれます。さすがに体調が落ち着いたら、一度は市とかに、何か手立ては無いものかと相談してみようかな…気分になってますが。それにしても、今更ながらに思います。「私は間違っても、あんたたちみたいな勝手気ままな生き方はしないわよ!! 少なくとも子供にここまで負担をかけるようなマネだけは、死んでもしないからねーっ!!」そろそろ自分にとっての最大積載量を決めておかないと、共倒れしかねないかも…(苦)偶然にもこれを見てしまった方に言えること。それは、「介護は一人のうちに、できるだけ他人に任せるべし。頑張ってみようとすると、いずれは家族がバタバタと倒れていくはめになります」です。
2006.05.26
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先週から立て続けにダウンしてしまい、朝から救急。昨日はとうとう「入院宣告」を受けてしまいました(^_^;)さすがに今の家庭状況から入院は絶対に無理なので、先生には泣きすがってどうにか帰してもらいましたが。まあ、代わりにまめな通院はお約束ということで…。ただ、発作の頻度が上がっているので、さすがに今後は「喘息重度患者扱いにさせてもらいます。家には帰しますが、自己管理記録帳と毎日の呼吸器機能チェックを欠かさずにしてくださいね」と言われてしまいまして…。正直自分が親を介護している場合ではなくなってしまいました。結局、母は薬物性パーキンソンという状況で、今も薬を調整して改善治療中です。でも、効果はあまり表れてません。なので、昼夜問わず母が何かしようとする都度に介助がいるので、私はそれに合わせていたのですが…。でも、ヘルパーさんが来てくれる数時間以外は、24時間体制の介護だったので、気持ちよりも先に身体のほうが根を上げてしまいました(^_^;)。もう、情けなくて、病院の天井を眺めながら、また一人でべそべそしてしまいましたよ。とはいえ、さすがに自分のほうがここまで追い詰められないと、私も「限界」を悟れないし、親との生活をいったん切り離すという必要性も、すぐには受け入れられないタイプだと思うので、もしかしたらこのドクターストップ手前は昨日起こって、正解だったのかもしれません。これがあと一週間遅かったら、もっとひどい状態で倒れていただろうし、確実に入院になっていでしょうから。それこそ、せっかく入れた調整も何もぶち壊しで、再開した仕事もまたキャンセルになってしまって。生活そのものにも、取り返しのつかないような、支障をきたして。なので、今回ばかりは早々にケアマネージャーさんに電話して、両親二人を揃って預けられる介護施設を探していただきました。運よく自宅からそう遠く離れていない場所にあったので、即決して入居させてもらうことになりました。さすがに二人一緒で頼むとなると、年間費用も壮絶な額になってくるのですが…。それでも介護をしながら仕事を続ける。それ以前に自分が普通の生活をするのも、もう無理な状態なので、私はひたすらに仕事をして、両親を扶養するほうを選びました(^_^;)でも、これって親を犠牲にしたことになるんでしょうかね? やっぱり。第三者に説明すると、二度に一度は「どこかで誰かの犠牲は必要なのよ」と言われて、さりげなく凹んだんですが(^_^;)もちろん、二度に一度は父が倒れてすでに五年。良く頑張ってきたよ…と言ってくれますが。けど、ここが限界。私には守るべき家族も生活も仕事もあるし、今回の選択は自分にとって「最良」のものとして消化します。ちなみに、五年付き合ったケアマネさんの理解と対応はさすがに早く、明日には両親を預けられることになりました。あとはしばらく体調に気を配りながら、バリバリと書くだけです。今日は発作も少なく、比較的に元気でしたし。最低、これぐらいを維持して、梅雨を超えたいものです。いや、本当に…。
2006.05.25
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夜になって娘が私のところにやってきました。「私立に行きたいんだけど…」何を言い出すのかと思えば、中学受験。息子の時には「仲のいい友人と離れたくない」という理由から、結果的には公立になりましたが、娘のほうは「公立には嫌な子が集まるから」が原因らしいです。とはいえ、理由はともかく勉強はする気があるし、一人で通うことになっても平気。場合によっては大学の付属でも当って砕けろという覚悟だけはあるようなので、「なら、お母さんはOKだから、あとはお父さんにお願いしなさい。最終的な決断はお父さんだからね」と言って、中学受験はほぼ確定しました(^_^;)って、お父さんの意見は…?(笑)夜にこっそり報告したら、「フェリスでも行かすか!?」ーーーーバカ言え。それは親ばかの極みだよ。ってか、我が家の家計を考えろ(笑)でも、これから塾を探したり、学校を検討したりと、あれこれ大変そうですが、子供がやる気なのでこっちも頑張らなくっちゃ…です(*^_^*)
2006.05.24
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もう少しだけ家にヘルパーさんを入れる時間を増やしてもらえるように頼みました(*^_^*)乗り切れるかな?
2006.05.22
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早くもダウン。金曜日の午後には点滴二本コース。これから梅雨を迎えるのに、こんな調子でどうする私!?そして昨日、土曜の午後から今朝まで久しぶりに仕事場にこもりました。さすがに一時間ごとに呼ばれる自宅仕事では集中しきれなくて、とにかく少しでもと思って、食事の支度とか全部してから、あとは旦那子供に任せてよろしく~と。が、しかし!!仕事場では気がついたら丸々爆睡。夜となく昼となく母親に呼ばれることから、家ではまともに眠れていなかったみたいで…。自分でもビックリするぐらい、眠りこけて帰宅することになってしまいました(^_^;)うっそぉっっっ。意識不明なほど寝ちゃったよ、せっかくのフリータイムがもったいないっっっ(T_T)とはいえ、正直なもので身体は楽になりました。ここ数日やたらにイライラとしていたのも、なくなって。今週は特に子供も体調を崩して学校を休んでいたので、病人だらけで自分が参っていたのかもしれません。やっぱり「どうにかなるかな」程度の体制では、長くは持たないのかもしれないな…。何をどうしたら一番うまく行くのやら…。ここは優先順位を明確にして、自分の調整をはからないとって感じです(^_^;)でも、私がいない間に誰が両親の、特に母の面倒を見ていたかといえば、旦那ではなく息子と娘。昨夜なんか、誰も起きなかったらしくて、結局母のオムツを中2の息子が取替えたとか…。さすがに切なくなって、旦那に「だから、見ててって言ったのに」「上にいないで、下にいてって言ったのに」と愚痴ってしまいました。が、しかし!!「俺にできるわけ無いだろう。子供は孫だからできるんだよ」と真顔で言われてプツン。「私はあなたの両親でもやるわよ。実際あなたのお父さんが大変だったときだって、小さかった子供を連れて一ヶ月以上止まりこみで向こうの家族の世話したわよ」思わず言い返したら、「それは女にと男の違いだよ」と言い捨てられて、本気で離婚を考えました。いえね、両親の世話を嫌がられたことが腹立たしいのではなく、この人自分の息子が可愛くないのかしら?思春期の男の子に、祖父でも引きそうな下の世話を、祖母でやらせたってことに対して、何も感じないのかしら? って思ったら、なんて子供以下な男だったのかと、情けなくなってしまって。まぁ、旦那からすれば「私が子供に甘すぎる」んだそうですが、私自身は世の中で一番旦那に甘いと思ってるんですけどね…。って、やっぱり腹が立ちやすくなってるのは、疲れているからかしら?いや、こうなってわかる考え方の差!?何にせよ、介護疲れは問題です(T_T)
2006.05.21
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母が「動けない…」と言い出してから、あっという間に十日以上が経ってしまいまして(◎_◎)途中、血糖値が高くなったこともあって救急車を呼ぶ事があったり、介護さんとの今後のスケジュールを見直したりと、休む間もなく時間ばかりが過ぎました。で、何がどうしてこうなったのか!? と申しますと、今のところ八割ぐらいが薬の副作用ではないか!? という予測のもとに改善治療に入っております。なんかね、入院中に飲んでいた薬を退院後も飲み続けていたのですが、それが他のお医者さん(今の主治医)からすると「少し飲み過ぎな気がする」ものだったらしいのです。ただ、入院先(家から遠い)と通院先(多少は家から近い)が違う。当然担当医も違うので、いきなり自己判断で薬を変えるのはどうかな? と感じていたので、しばらくは様子を見るつもりでいたらしいのですが…。今回動けない=パーキンソン病のような病状が出まして、救急を担当してくれた先生(なんと、偶然にもこっちは新しい父の主治医だった!!)もカルテ内容から、「一概にこれのためだとは言えないが、可能性はある」と診断されまして…。なので、「とにかく薬を変えてくれ」と掛け合いました。が、はじめは駄目でした。とても保守的な先生だっためか、「退院してまだ一ヶ月も経っていないのに…」と言って、更に別の薬を増やされ、私はドカンと切れました。前日深夜に救急で運ばれて「飲みすぎじゃ…」って言われてるのに、更に増やすのは患者の負担になるだけなんじゃ!? 精神的にも苦痛なんじゃ!? と。しかも、半月ほど飲み続けて経過を見てください―――って言われても、自宅には半身不随の父がいるのに、それ以上に動けなくなってる母をどうしろと!? って、滅多なことでは声を上げない私も、さすがにお医者さんにくってかかりましたさ。でも、結局その場は薬を増やされたまま帰宅。通院先の病院では入院して経過を見るなんてこともできない環境なので、頼りは介護ヘルパーさんのサポートのみ。それでも手続きやら何やらで、稼動するまでは自分が見なくては始まらないので、とりあえず頑張ることに。しかし、日中一人で腰の悪い私が両親二人を見るのはキツイ。どうしようかしら…と、本気でへこたれていると、通院先の担当の先生から電話がありまして、「先ほどは曖昧な診断になってしまって、すみませんでした。あれから前担当の先生に連絡して相談をしたところ、薬は減らしても構わない。家族で見るのに無理がある場合は、再入院の受け入れもできます。という話になりましたので、まずはお渡ししてある薬から一部を抜いてください。それでも介護が難しければ、前の病院で対応いたしますとのことです」…マジ、助かったと思いました(T_T)とりあえず、いつでも入院させられるなら、数日様子を見てからでもいいだろうという、心の余裕も生まれました。でも、人間やっぱり「病は気から」なのか、薬を減らしてからの母は、多少動けるようになりました(*^_^*)スイスイ動けるわけではないですが、とりあえずヨタヨタだろうが、なんだろうが、一人でトイレだけこなしてくれればOKです。これなら私が家にさえいれれば、再入院はせずに経過も見れます。とりあえず、ほー。とはいえ、家族六人分の家事と両親の介護+仕事…という新しいサイクルに心身が慣れるにはもう少しかかりそうです。一応、日記を書けるぐらいの心境にはなりましたが、これから止めた仕事を再開すると、それもどうなるんだかです(^_^;)ちなみに、ヘルパーさんには週四日、両親の夕食を作ってもらうことになりました。これだけでも助かるのー。そして残りの三日はデイサービスを併用。昼の半日ほど両親を預かってもらえるので、この間に仕事(ってか、ラブシーン書き)に集中しようかと思ってます(笑)でも、それ以外はほとんど自分が見るんだよな…と思うと、自宅でできる仕事でよかったよ~(T_T) と思います。(いや、もしかしたら、外仕事なら完全に人任せにできるのかもしれませんが…)何にしても、借りてる仕事場をどうしようか、本気で悩んでます(^_^;)せめて土日だけでも缶詰になれるといいんだけど…。うーむ。
2006.05.16
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なんかだるい。起きられない。最近そう感じるときって、微熱にやられていることが多いです。入院中もこの「微熱が下がらない」という現象のために何度も検査をされたのですが、結局原因は良くわからず、自分的には「身体が休みたいといっている合図?」という解釈をし、今は微熱が出るとたとえ一時間でも横になるようにしております(^_^;)でも、今日のはたぶんショックから。自分の先行きに、本気で不安を覚えたから。かな…。いえ、ここ数日いきなり母が「起き上がれない」「動けない」と言い出しまして、横になると一人では起きられないのです。立ち上がってても突然止まって、動き出すのにしばらくかかったりして。そのたびに私は呼ばれるので補助をするのですが、それが朝と無く夜と無くという状態なので、寝ていても途中で何度も起こされるのがダイレクトに身体にきちゃうわけですよ(^_^;)そうでなくとも昔と違って一日四~五時間は寝ないと持たないのに、それさえ許してもらえない状態には泣きが入ってしまうわけです。連休が開けたら、とりあえず医者に連れて行って、介護さんとも相談して…という感じになるでしょうが、両親二人がこんな状態で、私…きちんと仕事をもとの起動に戻せるのでしょうか?ってか、すでに起動して執筆作業に入っているのに、集中させてもらえないのは厳しすぎて、ただストレスになるんですが…(◎_◎)なんか、最近マジに思うときがあります。「私、なんかよっぽど悪いことしたのかな? だから、こんなにハーハー言うはめになってるのかな? それとも、まだ試練?」でも、こういうときには魔法の呪文です。「いや、それでも自分が動けるだけマシだろう」「親の面倒をみるのは、病気に苦しむ子供を育てているお母さんたちにしたら、なんでもないことだろう」ああ、でもこんなに一文を書いている傍から、また呼ばれる…(^_^;)なので、いかなきゃ…。
2006.05.06
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ついつい見てしまいました、ボクシング(笑)いいねいいね。ああいう兄弟・親子を見ていると、世の中捨てもんじゃないな~と嬉しくなります(*^_^*)このまま真っ直ぐ伸びていってほしい子達です。今日はでき上がった眼鏡を取りに行きました。人生初の眼鏡です!!いえね、先週子供の体操競技を見に行ったんですが、とにかく遠目から良く見えない。骨格で「たぶんあれ?」という予想はつくんですが、やっぱりはっきり見えなくて…。旦那にかけていた眼鏡を借りたんですが、いやん嘘。こんなに見えるようになるなんて、初めて知ったよ!! ってことで、そのまま帰りに眼鏡屋さんに行ったわけですよ。で、結局仕事でもそうとう目をやられているのはわかっていたので、パソ対応の眼鏡と外出用(って言っても、運動会とか舞台とか見る専用ですが)の二つを作ったわけです。でも、自分に眼鏡って想像外だったので、なんかコスプレグッズみたいで不思議な感じです。我が家の眼鏡キャラくんたちの心理は、今よりわかるようになるかもしれませんが…(笑)
2006.05.05
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ちょっと更新に間が空く=持病発病と思っていいかもしれない今日この頃。月末にかけて天気が悪くてよろよろしていたのですが、それでも通常通りの作業をこなしていたら、やはり数日後には持ちませんで…。夜には救急。今点滴から帰って来て、やっとお風呂に入れました。ほーっ、生き返った(笑)それにしても、世間さまではゴールデンウィークですが、私のゴールデンウィークは普段にも増して家事が増えるだけ(^_^;)退院しものの母はほとんど家事ができない状態なので、結果的にはやることばっかり増えて、悲鳴も出ない状態です。救いは医療費がかからないだけ?それとも、あれで私は時間を買っていた?(だとしたら高すぎるが、時は金なりを地で行くな…)何せよ、今は一週間の献立を考える時間分だけで、プロットの一本はイけそうな気がします(笑)今夜も間点滴中はひたすらに「日々の手抜き料理のための下ごしらえ」方法を検討。レンジと冷凍庫をどう上手く使っていくかが、勝負どころのようですが…。仕事が修羅場に入ったら、こんなことを考える余裕もないな…はぁっ(^_^;)
2006.05.01
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