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ワークショップは県の施設を借りて(言い忘れましたが県主催のイベントなのです)19時から22時まで行われました。(と記憶していますが違いましたらご指摘ください→関係者サマ)麻耶の職場からは徒歩20分。ワークショップの前半はほとんどストレッチと発声に費やしました。今ならこの2つがどれほど重要なものなのか分かりましたが、当時、演劇未経験の麻耶には「どうして一時間弱もこんなことを・・・もう疲れたよぉ」とか思っておりました。ホントに軟弱者でした(--;それが終了するとグループ分けがされました。4人1組でショートストーリーを作るためです。麻耶の班は(ニックネームで)ムメモちゃん、K先生(職業が教師なのです)、そしてA染さん。あとで考えるとのちの稽古の明暗をはっきり分けるグループ分けとなりました。なぜならばA染さんはご多忙のため、参加時間が極端に短くなると判明したからです。とはいえ、麻耶とは経験も実力も雲泥の差があるベテランなので、残りのメンバーで設定を決めておき、とりあえず来たときに合わせてもらうことにしました。ちなみにこの寸劇に台本はありません。すべてアドリブ。人物設定と背景設定を決め、5分以内に何かしら事件を起こすこと。これがルールです。簡単に言えば5分以内に「起承転結」を完成させればよいのです。麻耶たちのグループはひねりにひねって「教育実習生と女子高生がいろいろあってモメる」という、どっから出てきたんだそんな話!という内容で話を進めることにしました。今思ってもどうしてそんなテーマになったのか謎ですが・・・。でもこの「いろいろあって」ってのが難しい。以下、うろ覚えの会話です。「何か事件がおきないとねぇ。もめるわけだし」「教育実習生が女子高生になんかしたからケンカになったんやろ?」「いや、その逆かも」「ていうかさ、問題を起こした少女の話を教育実習生が聞いてあげてるんじゃない かな?」「きっとこの子はお母さんと仲悪くてストレス溜まってるんだよ。で、なんとなく 教育実習生も嫌いなんだよ」「問題って何したのかな?」「友達とケンカして塩酸かけた・・・とかは?」「ええっ!それシャレにならんやん!?」「まあちょっとなら大丈夫でしょ、ちょっとなら」「そうかなあ?」(ダメです)なんていう会話があったか無かったかはともかく、そんな感じでストーリー決め会議は難航。結局決まらず、他の班がしっかり内容を組み立てているにも関わらず、とにかくやってみよう。そしてアドリブでいいのがあったら採用しよう、ということになり机やら椅子やらをゴトゴト用意し始めたのです。年齢も性格もバラバラだったけどもしかして似たもの同士だったのかもしれません。(なんていうことを言ったらきっと怒られちゃいますね)決まった役柄は女子高生→麻耶教育実習生→ムメモちゃん教師→K先生女子高生の母→A染さんって、マジっすか!?いいんですか!?麻耶が女子高生とかありえない・・・。「いや、でも制服持ってないし・・・」と逃れようとしたらA染さんに「あら、私の娘のがあるわよ?」って言われて結局やることに・・・。このときはネタになるって喜んでましたねぇ。なぜそこで芸人魂かは分かりませんが・・・。
2005年04月14日
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10月。ワークショップの前にガイダンスへ行く。今回は15歳から60代の方が参加予定らしいということだった。(のちに参加者の一人、Oに「お前が15歳かと思ってた」と言われた。むきぃー!当時20歳じゃー!)そこで大人びた女子高生Cちゃんと仲良くなる。(よかったー。若い子と仲良くなるのって苦手だからな~。)今回のワークショップでインストラクターをしてもらうのが東京の劇団、山の手事情社の劇団員さん。演劇に興味がありながら縁の無かった麻耶は、もちろんプロの劇団と接するのはじめてだ。うーん、なんかやっぱりオーラが違う気がする・・・。とは言ってもとても気さくなお姉さま方だったのでとても楽しみだった。ワークショップ期間は5日間。最終日に一般のお客様の前でショートストーリーを演じるのが目標。まずは一日目。とりあえず参加者約20名の名前を覚える。全員輪になって、自分の名前(ニックネーム可)を順番にひととおり言って、親から一人ずつ自分の名前までつなげて言っていく。たとえば親がAさん、次がBさん、そして麻耶、最後にCという順番なら麻耶は「A、B、麻耶」、Cは「A、B、麻耶、C」と言うことになる。つまり最後の人は20人全員の名前を言わなくちゃいけない。さて、この最終の美を飾るのは・・・なんとオレ。でもね!聞いて!ちゃんと言えました!この記録能力欠落人間の麻耶が!拍手までされちゃって有頂天でしたよ。ええ、この時までは・・・。
2005年04月13日
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2002年8月「演劇ワークショップ参加者募集」そう書かれたチラシが私達の部署に届けられた。「なんだこれは?」ってミスプリントを捨てようとしていた私は気になってゴミの中から2~3枚を拾いあげてそっとカバンにしまった。家に帰ってから読んでみるとそれが偶然、短大時代に話に聞いていた「シアターワークショップ」であることを知った。「へえ、香川で演劇なんか出来るのかあ。おもしろそうだからやってみよ♪」しかし、練習時間は19時から。今の職場はワークショップ開催場所の高松から10キロ強も離れている。交通手段は自転車のみ。仕事が終わるのは18時。これじゃ参加できない・・・。そうあきらめかけていたある日、自宅に一本の電話が。「自分の行っている職場に欠員ができたので、面接を受けに来ないか?」という内容だった。親戚であるその人は高松市内の放送局に勤めている。これはチャンス!だけどその職場では事務がメインで、お茶だし(この世で最も嫌いな仕事といっても過言ではない。ただし強制のときのみ)があるらしい。はっきり言って事務は向いてない。じっとしているなんて考えただけでもぞっとする。かなり悩んだけれど、やはり9月で印刷会社をやめることにした。何のためにバイトしているのか?と考えたら「役者(声優)になりたいから」という答えが出た。だったらこのチャンスはどうしても見逃せない。そう思ったから。会社での引き継ぎを終えて挨拶まわりに行ったら、役者を目指していることを知っている人たちが「夢に近づいたね」って笑って送り出してくれた。短い間だったけど、社会人になって最初の仕事がココでよかったと思った。10月からは放送局という未知の場所で、新たな生活が待っている。あのときは不安よりも希望が大きかったように思う。2002年9月
2005年04月12日
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2002年3月短大卒業。昔から声優を目指していた私は就職活動をせずに、専門学校か養成所に通おうと決めていたので資金繰りのためにバイトを探した。見つけたのは町内の印刷会社。小さな会社だけど大手企業の下請けをやっていて、仕事が多いときはかなり忙しいときもあった。検品と梱包の仕事はすぐに覚えたけど、折り機械(3つ折りとかジャバラなどをそれ一台でやる)がけっこう年季のはいった古い型のもので難しくてなかなか覚えられない。その会社は家族ぐるみで営業していたところだったので、パートのおばちゃんは2人とも社長の奥さんの姉妹だったのだが、家庭があるので時間通りに来れない事もある。折り機械を扱えるのは彼女たちだけだった。そんなとき、大量の二つ折り印刷チラシの発注があった。今日はおばちゃんはいない。だがもう機械を動かし始めないと出荷に間に合わない。困り果てたすえ、おばちゃんの一人が呼ばれた。そのとき営業の人が聞こえよがしに「あの子さ~、機械くらい使えないんじゃ仕事してる意味ないんじゃない?」っておばちゃんに言ってるのが聞こえた。「くっそ~」ってムカついたけど、確かに覚えられない自分が悪いってのは分かってたから翌日からの私の折り機械に対する真剣さはすごいものだった。かなり大きな機械で、ネジで目盛りを微妙に調節しながら印刷物にあったサイズへ変えていくという方法なので、感覚を体に叩き込むしかない。コピー機みたいにA4みたいなサイズ表示はもちろん無い。だから暇さえあればミスプリントを使って練習した。結局、最後はその営業の人にも直接仕事をまかされるようになったけどね(笑)そして会社の人たちとも仲良くなって仕事もこなせるようになったある日、その後の私の運命を変えることになる(だろう)一枚のチラシ原稿が届いた。チラシの依頼先は「シアタープロジェクト」そのときはまだ、これが私の生活を変えてしまうことになるとは全く予想していなかった。これが2002年8月の出来事。
2005年04月11日
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3年前に素敵な偶然が重なり、自分でも驚くほどハッピーな一年を過ごしたハタチの時間。もう一度あの時間を手に入れるために過去日記を書いて、どんなきっかけがあったたのかを探してみようと思います。「強く願えば夢はきっと叶う」という言葉を信じ、実行していたあの頃をゆっくり振り返る日記のスタートです。これを書いているあいだに、夢を追いかけているいろんな人たちと出会えることを、本当に楽しみにしています。
2005年04月10日
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