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毎月末日は…「『開設から○ヵ月』という話で、日記1日分を埋める日」なのです。――って、実際には特に決めている訳ではないのですけどね。でも、今のところは結果的にそうなっているなあ。今日で5ヵ月ですね、ここ『春花の実』を始めてから。「我ながらよく、ここまで続いたな~…うんうん♪」と、自分の頭を“なでなで”してほめてやりたい一方、「でも…5ヵ月もかかって、その結果がまだたったこれだけかい。」と言いたい気もします。まあ、今月はようやく念願の?一つ「タイトル画像」がようやく出来ましたから。来月もまた、何か一つぐらいは「これ、やりました!」と言えるようなことが出来ればいいな、と思っています。
2005年08月31日
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まただ…。おとといの日記「予測不可能」(最終更新日時2005年8月29日4時7分39秒)にて。冒頭に、余分な空白が1行入っていたのです。もちろん、削除しておきましたよ。――と、これが昨日の話。昨日行なった更新(訂正)なのだから、本来は昨日の「日記」に書くべきなのでしょうが…でも、昨日は“長~い「日記」の日”(ジャンル名「忘れようとしても思い出せない」)でしたからね。で、今日こうして書いている訳です。だけど。(あーあ、また凡ミスしちゃったよ…。)と己のふがいなさに嘆きつつ…でも、その一方で(あ、これで“長~い「日記」”で疲れ果てた翌日用の“ネタ”が出来たぞ…。)なんて実にけしからん考えが、ほんのちょっぴり頭をよぎってしまったのはここだけの話です――。
2005年08月30日
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毎年「もしかしたら、今年こそは…?」と、思う。――そして、裏切られる。毎年八月の最終土・日曜日。まるで“夏休みが終わる合図”のように、『24時間テレビ』(日本テレビ系)という番組は放送される。この番組が始まった頃のことを、当時まだ子供だった私は、おぼろげではあるが…おぼえている。「愛は地球を救う」を合言葉に、同じ志を持って集まったお揃いの黄色いTシャツを着た幾人かの芸能人達。「医療」「福祉」「環境」「平和」等をテーマにしたドラマやアニメが次々と放送され…その合い間には、画面の中の出演者達が全国の視聴者に募金を呼びかけるチャリティー番組。24時間ぶっ通しの「テレビ番組」という企画自体、その時代としては非常に画期的(というか、恐らく初めて)だったが。でも、それ以上に。それまではあまり大々的に語られることの少なかった先述のテーマを、普段我々がよく見て知っているタレント達が切々と訴えている姿――それが、当時の私にとってはとても新鮮で強烈だった。それは、私のみならず他の人達にとっても同様だったようで…番組をきっかけにして、全国からは多額の募金が集まり。そして、その募金は番組で取り上げたテーマにまつわる様々な問題、それらを解決する一つの手段として、様々なことに使われていった。その証拠に…下校途中、大きな道路を横断した時。あるいは、ガソリンスタンドの側を歩いていた時――子供だった私は、『24時間テレビ』のシンボルである“虹色の地球”の絵が描かれた福祉用の車を、街のあちこちで何度も見掛けた。そして、この番組の“善意”はその時限りでは終わらなかった。翌年も、そのまた次の年も。『24時間テレビ』は、毎年毎年同じ時期に放送され…やがて、何年か経つ頃には日本テレビの“夏・恒例”の大型番組として、すっかり定着していった。でも、いつからだろう?『24時間テレビ』――その本質が少しずつ姿を変えていき…やがて、すっかりおかしな方向へぐねぐねとねじれ、ゆがんでしまったのは。最初の頃は、色々な意味で衝撃的だった『24時間テレビ』。しかし、何度も放送を重ねていくにつれ、その内容は徐々に変貌していった。硬派で辛口な、そして時には、取材し報道する立場にある自分達テレビ局の側をも厳しく批判するような「ドラマ」は――ひたすら可哀想な…でも自分とは無関係な赤の他人の「不幸せ」を、ただ同情しながら高みから眺めるだけの“お涙ちょうだい”の物語ばかりになり。小さな子供達でも夜更かしせずに見ることが出来る日曜日の日中に放送されていた良質のアニメ番組は、すっかり姿を消してしまった。そして、そのアニメが無くなって空いてしまった時間を代わりに埋めるかのように。メイン会場である武道館に現れる芸能人の数は年々増えていった。彼ら・彼女らは、小銭が“きれいに、ぎっしりと”詰められた小さくてオシャレな貯金箱を手に、次から次へと武道館にやって来る。まるで偶然のように登場したその人達に「あ!たった今、タレントの○○さんがいらっしゃいました~!」と驚きの声を上げる司会者、出演者。そして…“たまたま”募金にやって来た芸能人は、「○○さん、こちらへどうぞー!」会場の大きな拍手の中、司会者のところに招かれると――その手の中の貯金箱を自らの顔の近くにかざしながら、満面の笑みで。例えばこんなことを言うのだ。「この番組のために、一年間こつこつと貯めたお金なんです。…見て、この貯金箱、可愛いでしょ♪」私は、やがて『24時間テレビ』をほとんど見なくなった。…いやむしろ、意識的に避け始めた。そして、更に何年かが過ぎた。十年、あるいはもう少し前か。日曜日の朝。何気なくつけたテレビには、前日の夜から始まっていたその年の『24時間テレビ』が映っていた。だが…。「これは…何だ?“カラオケ大会”か?」家族と一緒の、朝食が済んだ後ぐらいの時間帯の茶の間にて。本当なら、すぐチャンネルを変えても良かったのだけど。何となくそのきっかけを失ってただ惰性のみでぼんやりとその時の放送を見ていた私は、頭の中でそんなことを考えた。場所は、もちろん武道館。その武道館の客席を埋める大勢の観客を前にして、次から次へと何曲も歌われる歌。歌っているのは…芸能人。一人だったり、大勢だったり。しかも、必ずしもその歌は本人の“持ち歌”とは限らないようで。というより――どうやら、ほとんどの芸能人が他人の歌を“ただ”歌っているのだった。…それこそ、見ている側の私と同じ、「ただ惰性のみ」といった様子で。だから、音程もリズムも、適当。リハーサルなんて果たして何回…いや、そもそもやったのかどうか、すら。“カラオケ大会”というのは私なりの皮肉だけど…でも本当は、これでもまだ幾分遠慮がちの皮肉なのだ。実際には「仲間内のカラオケボックス」とでも言った方がぴったりだと思う。しょせん、そんな程度の「歌」。やがて、しばらく見ているうちに、そのコーナーの大まかな内容が段々と見えてきた。それは…どうやら、こんな感じのコーナー。1.芸能人・有名人がゲストとして登場。2.ゲストは、司会者や出演者と共に・ゲストの過去の体験(苦しかったことやつらかったこと)・そして、その体験にまつわる「思い出の歌」を、時にはナレーションや恩人からの手紙などもまじえつつ振り返る。3.出演者の中の誰か(一人または複数)が、その「思い出の歌」を熱唱し、当のゲストにささげる――。さて。そのコーナー何人目かのゲストとして、タレントの川合俊一が登場した。その頃そして今でこそ、彼は“タレントの”川合俊一だけど。でも、かつては男子バレーボールチームの一員。そして、彼のその時語った過去の体験談も、そのバレーボール選手時代のものだった。あくまで、うろ覚え。なので、詳細については正直鮮明とは言い難い記憶だが――要するに、バレー選手の現役として活躍していた頃の彼・川合俊一が、怪我か何か?で大変つらく思い悩んだ時期によく聴いていたユーミンこと松任谷由実の“とある歌”…それが、彼の一番の「思い出の歌」である、という話だった。曲のタイトルは、残念なことにもうすっかり忘れてしまった。確かに彼が“…『○○』という曲です”と言ったはずなのに。「ユーミンの歌としてはめずらしく、とても暗い歌なんですけどね…。」だけど、その時は自分自身もまた暗く悲しい精神状態だったからこそ、その「暗い歌」がかえってくじけそうだった気持ちを慰めてくれた――彼はまた、そのようなことも口にした。やがて、彼の思い出話は終了し――。いよいよ、川合俊一のつらかった時期を支えてくれた「思い出の歌」が歌われる時間がやってきた。「“ユーミンらしくない、暗い歌”かあ…一体、どんな歌だろう。」少し前までは、ただの惰性で見ていたそのコーナー。しかし、その時の私はこれから歌われるであろうその歌のことが、とても気になっていた。大体…そのコーナーでその前まで歌われていたいくつかの歌は、確かどれもあまり私の好きなタイプの歌ではなかったと思う。「負けないで頑張って!」「元気に明るく、前に進もう!」といった感じの、良く言えば前向きな――でも、本当に心底落ち込んでいる時にはかえってその力強さに押しつぶされてしまいそうな歌ばかり。そんな曲続きで閉口していた時だけに、彼の好きだった“ユーミンらしくない、暗い歌”に、私は聴く前から既に大きな期待を寄せていたのである。…だけど。前奏が流れ…でも、その前奏は過去確かに聴き覚えのある“あの歌”のもので。「これ…いや、確かにユーミンの曲。…だけど!?」『守ってあげたい』――かつて映画の主題歌として使われ大ヒットした、松任谷由実の代表的な歌の一つ。その前奏が流れ…そして、そのまま『守ってあげたい』が川合俊一の「思い出の歌」(の代わり)として歌われた。もちろん、これは“間違って…”ではない。明らかにわざと、なのだ。理由は――あくまで、私の想像なのだけど。きっとその“ユーミンらしくない、暗い歌”は、『24時間テレビ』という番組の“空気”にふさわしくない…そう判断されたのだと思う。「では、その“空気”って、一体どんな“空気”なのだ?」と尋ねられても、上手く言えないけれど。何というか――例えるなら、「努力すれば、必ずかなう。」の“必ず”。あるいは「明るいことは常に正しく、美しい。」の“常に”の部分――あたりか。あの後も、毎年繰り返される『24時間テレビ』。見ようと思わなくても…見たくないとすら思っていても。チャンネルを変える時、電源を入れたら偶然チャンネルが日本テレビ系列の局に合わせてあった時。私はつい、そこから番組を少し見てしまい…そしてたいてい見終えた後に、何だか複雑な檻のようなものが私の気持ちの底にもやもやと沈む。「かなわない努力」は空しいのか。「“夜の暗さ”は、“昼の明るさ”よりも醜く、間違ったこと」なのか。気持ちの底の檻をそっとすくい上げる時に。私はふと、そんなことを考えたりする。
2005年08月29日
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「たまには明日(毎週月曜日は“長~い日記”の日?)の“次回予告”っぽい『日記』でも書こうかな…?」と、数時間前までは思っていたのですが――。やっぱり、やめておきましょう。というのも…タイトルが示す通り、自分の書く「日記」でありながら、あまりにもその内容が直前まで予測出来ないから。「…ああ、何を書いたらいいの?」という“白紙”の状態の時は、もちろん。それとは逆に「今日の日記は絶対に○○でいくものね~…よし、決まり!」という場合でも、直前(書き始める数分前)になって急に“○○”を書くぞ…という熱が冷め――その結果、全く別の内容に変更になることもあります。更にひどい時には「○○を書こう!」→「××の方がいいかも?」→「でも…やっぱり○○かな~。」と二転三転することも。これでは下手に「予告」しても、後で「おわび:都合により『日記』内容を変更してお送り致しました。」なんてことになりかねないですからね。やはりここは「明日をお楽しみに!」程度に留めておくことにした方が良さそうです。
2005年08月28日
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昨夜、新しい「タイトル用画像」(オリジナル)にしてから、丸一日が経過しました。昨日の時点ではまだ馴染めず、あまり良く思えなかった新・画像。でも時間が経つにつれ「ま…これはこれで、いいか。」という気もしてきました。まあ、「タイトル文字(色・サイズ等)」のこと他、細かい点で後から直すところは多少出てくるかもしれませんけど――とりあえずは、これでいいかな、と。…そもそも、これに代わる新しい画像を用意するゆとりなんて、今の私には全然ありませんしね。
2005年08月27日
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いったん始まれば――あとはもう、あっという間?…いや、実際にはそれなりに時間かかりましたけどね。とにかく、とりあえず「タイトル用画像」が完成したのです。元の画像(今年4月、お花見した時の写真)を何度も・くるくると回したり(回転)。・チョキチョキ切ったり(トリミング)。――しているうちに、何とかこの欄(タイトル部分)の“ぴったりサイズ(高さ90×幅760ピクセル)”になりましたよ。ただ。「うーん、何だか変…。」単にまだ見慣れていないせいなのか、それとも画像の出来が悪いのか(多分“2:8”の割合で、両方)。確かに自分の頭の中でずっと考えていた通りに作り、そして完成したはずなのに…どうも今ひとつ、違和感がぬぐえません。もし今後もこの違和感が続くようであれば、せっかくの画像もすぐ撤去しなくてはいけないかも?さて、これからどうなることやら…。
2005年08月26日
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今、先月の「日記」(の一部)を読み返し、そこで改めて実感させられたのですが…。その頃からやりかけた状態の「タイトル用画像」の変更――。8月があと数日で終わろうとしているというのに、未だに“そのまんま”です。ああ、情けない(とほほ)。しかも、それがまだ「全く何も始まっていない、手つかずの状態」というならまだしも。「どの画像を使うのか?」他、大体のことはもう既に決まっていて…で、あとは私がほんの少しの“まとまった”時間をさけば――という段階まできていて。…なのに、そのかんじんの“まとまった時間”というところで、ずっと長いこと足踏み状態が続いているのです。今月中には、何とかしたいですけどねえ。だって…いつまでもこのままでは、「足踏み」のし過ぎでそのうちに“床”が抜けてしまいそうです――。
2005年08月25日
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「卵が先か、にわとりが先か?」という論争(?)はありますが。<夜>「日記」がなかなか書けず…書き終わる頃には、すっかり深夜(下手すると早朝?)。<朝>夜更かしがもろに響き、今ひとつ(時にはふたつ、みっつ)寝足りないまま、しぶしぶ起床(頭ぼんやり)。<昼>その1(つい、寝てしまった場合)→昼寝のせいで時間がなくなり、昼やるつもりだったことは全て後回しに。その2(寝なかった場合)→色々やろうと頑張るも…眠気に邪魔され、効率悪し。<…で、また夜>結局、“昼のうちに済ませるはずだった用事”は、全部夜に残ってしまう。そのあおりで「日記」を書くのが遅くなり――(以下、略)。やはり「夜更かしが先」、かな。そういえば。たまに、全ての用事が昼のうちにとんとん拍子に終わり「やった~、今夜はいつもより早く眠れるぞ♪」とひそかに喜んでいた時ほど――いざ夜になると、「うーん…。」「えーと…。」――いくら考えてもここの「日記」に書くことががなかなか思いつかず…その結果、むしろ普段以上の“超・遅寝”になったりするのですよね。
2005年08月24日
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想像はしていました…。昨日の「日記」ですよ。何しろ、元々の「最終更新日時」が“2005年8月23日8時0分45秒”。(眠さに負けて仮眠→寝過ごし…目覚めたら、もう朝→でも頑張って長文書き――の結果。)だから、まあ“多少の”誤字・脱字はあるだろう、と。でも――まさか。こんなにたくさんあるなんて~。1.余分な文字(訂正前)それを何故か決して疑うことなく“100%まるまる”信じられるの人達。(訂正後)それを何故か決して疑うことなく“100%まるまる”信じられる人達。2.改行位置の誤り(訂正前)“この場は確かに誉めてくれているけれど…もしや、実は後から陰で笑われているのでは?”――ちょっとでもこう考える人間にとっては、(訂正後)“この場は確かに誉めてくれているけれど…もしや、実は後から陰で笑われているのでは?”――ちょっとでもこう考える人間にとっては、3.「ひらがな」から→「漢字」へ(訂正前)水入らずの(といっても、周囲には他の人達全員いるわけだが)(訂正後)水入らずの(といっても、周囲には他の人達全員いる訳だが)4.語尾の変更(訂正前)むしろ独身である今陽子の方が明らかに“少数派”なのだ。(訂正後)むしろ独身である今陽子の方が明らかに“少数派”だったのだ。――まあ、厳密に言えば3と4は「間違い」ではないですけどね。でも“ついで”だから、まとめて直してしまいました。
2005年08月23日
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「可愛いよ」とか。「綺麗ですね」って。自分のことを誰かにほめられたら――どんな顔して、何て答える?“世の中には二種類の人間がいる、それは…”なんていうフレーズは、その気になれば色々なことに応用出来る、便利だけれども…ただ、それだけに少々使い尽くされた感もある言い回し。でも、その手垢のついた言い回しをあえて使うならば――人は、こんな風に二通りに分類することも出来るのでは、と思うのだ。「自分に対する賞賛の言葉に、“素直に”『ありがとう』と言える人と言えない人。」「○○さん、綺麗だよね~。」という言葉を自分に向けられた時、即座に「ありがとうございます♪」という人を初めて目にしたのが一体いつ頃のことだったか…もちろん、そんなことはおぼえていない。しかし、恐らくその時――そして今も、そういう人そしてそんな会話を見聞きすると、私は何だか居心地が悪いというか…とにかく奇妙な感じがして落ち着かない。「どうしてこの人はこんなに素早く、『“○○さん=自分”は綺麗』という相手の発言を受け入れることが出来るのだろう…?」事は“外見の美醜にまつわる賞賛”だけに限らない。自分に向けられる様々な賛美の言葉、それを何故か決して疑うことなく“100%まるまる”信じられる人達。そんな人達が、世の中には結構たくさんいるみたいだ。そういう人達は、間違っても相手の賞賛に対し「いや~、そんなことないですってば。」とか「またまた、冗談ばかり。」とか…まして「もー、私をほめても何も出ませんよー。」という返答をすることは、ない。「ありがとうございます♪」と笑顔で肯定して…で、その後には何も続かない。おしまい。恐らく、相手の誉め言葉が「社交辞令」である可能性なんて、頭をよぎることすらないのだろう。以前、テレビか何かで誰か(多分、“そういう人達”の一人)がこんなことを言っていた。その人いわく――「相手がせっかく誉めてくれたというのに、それを否定するのは大変失礼な行為である。」とか何とか。「失礼な行為」…うーん、もはや彼ら彼女らにとって、これは重大な“マナー違反”になってしまうのか。偏見かもしれないが。“そういう人達”は、きっと自分に「絶大なる自信」を持っているのではないかと思う。だって、もし自分に何の自信も無かったら…とてもとても恐ろしくて、他人の賞賛を“素直に”鵜呑みになんて出来ない。「おいおい、ちょっと誉めたらすっかり信じているよ…いい気なものだね。」“この場は確かに誉めてくれているけれど…もしや、実は後から陰で笑われているのでは?”――ちょっとでもこう考える人間にとっては、相手の誉め言葉をそのまま信じて「ありがとうございます」だなんて…例えるなら「毒があるかもしれないキノコを、いきなりほおばる」ようなもの。あまりにも無謀だ。「自分に対する賞賛の言葉に、“素直に”『ありがとう』と言える人と言えない人。」――前者にとっては大きな“マナー違反”である「そんなことないですよ」も、後者の“言えない人”にとってはそうではなく。むしろ、それは「謙遜」というマナーであり…そして何より、もし「キノコ」が「毒(皮肉・嫌味などの“裏”)」を含んでいた時に身を守るための“自己防衛の手段”なのだ。私がまだ子供の頃。日本テレビかテレビ朝日あたりの系列で、『スター爆笑Q&A』というタイトルの番組があった。確か、毎週月曜日の夜10時からの放送。この番組、「Q&A」という名前が示す通り、出演者(ベテラン俳優等、“大物系”が多かったような…)それぞれの“面白エピソード”が、順にクイズ形式で他の出演者達に向けて出題される。で、正解がわかった後は、そのエピソードについてみんなで楽しく語り合う――今考えるとバラエティ番組の王道といった気もするが、その頃としては結構画期的だったかもしれない。現在とは違い、当時の夜10時というのは「子供はもう寝なさい!」と言われる時間。でも、たまに何かの拍子(たまたま風呂に入る時間が遅かった、とか)でまだテレビがついていたりすると見ることが出来る――私にとって『スター爆笑Q&A』というのはそんな番組だった。さて、ある時この番組にて、出演者の一人・今陽子に関するクイズが出された時があった。今陽子――念のために書いておけば、これで「こん・ようこ」と読む。職業は歌手…でいいかな。かつて「ピンキーとキラーズ」というグループの一員「ピンキー」として『恋の季節』というヒット曲を飛ばしたのだから。何で私が「歌手…でいいかな」なんてちょっと悩んだようなことを書いたのかというと。私、『恋の季節』以外の今陽子の“代表作”を何も知らないからだ。更に言うなら…“代表作”のみならず“失敗作”も、何一つ知らない。私の知っている限り、今陽子という人がテレビ等のメディアで紹介される時の肩書きは、必ず「あの『恋の季節』でおなじみの、ピンキーとキラーズの“ピンキー”こと今陽子さんです。」なのだ。もちろん、彼女のことは未だに時々テレビで見掛けるくらいだからずっと芸能活動は続けているのだろうし、もしかしたらその見掛けた際には別の仕事に関する紹介・トークなどもちゃんと放送されていて…ただ単に、私がそのことを忘れた・もしくは見逃しているだけなのかもしれないけど。…話を『スター爆笑Q&A』の頃に戻す。今陽子に関するクイズ、その内容は「彼女の若い頃の初恋について」だった。クイズの内容自体は、忘れた。おぼえているのは…そのクイズの正解が出た後、何と今陽子のかつての初恋の相手の男性、それが突然(まあ、テレビ的にはそれこそ王道の“お約束”だが)スタジオに登場したのだ。当然これも“お約束”、今陽子にはこのことは全く知らされていなかった訳で。彼女の前に立った初恋の彼。もちろん他の出演者、そして私を含めた全国の視聴者は彼が今陽子に“恋されていた”当時のことについては何も知る訳もなかったけど…でも驚きつつも嬉しそうな彼女の様子から察するに、どうやら彼は当時の良さを失わないまま大人になった好青年――平たく言えば“イメージは全然崩れていなかった”ようだった。やがて、司会者に促されて今陽子と初恋の彼の二人だけ、水入らずの(といっても、周囲には他の人達全員いる訳だが)トークが開始して間もなく。“事件”が始まった――では、少々大げさか。とにかく、私が見ていて「…へ?」と思うような展開があったのは、その時。二人の会話が始まってまだ3分と経たない頃。すごく唐突に、今陽子は初恋の彼にこんなことを言ったのだ。「…じゃ、まあ。これを機会に、またお付き合いでも――。」そして。それを見ていた私が「…へ?」と思った時。テレビの中では初恋の彼が一瞬“え…?”という表情を見せた後で、やや申し訳なさそうな顔でこう言った。「あ、あの、もう僕結婚しているから…。」「…だろうねえ。」私の心の声。だって――その時の今陽子、そして相手の彼の年齢は恐らく二十代後半から三十代ぐらい。つまり「独身でも別におかしくはないが、結婚していたとしても何ら不思議はない年齢」だったから。まして、私が番組を見たその時は、晩婚化著しい現代よりもずっと前…大体、二十年ぐらい昔。今独り者である私がこう言うのも何だが…当時の時代や世相を考えれば、むしろ独身である今陽子の方が明らかに“少数派”だったのだ。しかし、当の今陽子は「え、何故?どうして?」といった表情――つまり「これを機会に、またお付き合いでも」というのは決して冗談ではなく…どうやら彼女は本気かつ真面目に「ああ、この再会をきっかけに、私は彼とめでたく交際出来る♪」と思っていたらしいのだ。そういえば、その前の段階。彼女が「これを機会に――」と言い出すまでの会話の中には、何故か「…ところで今、彼女とかいらっしゃるのですか?」という(交際を口にする以前に)もっとも必要な“基本的質問”は一切なかったな。だからこそ、私は彼女の「交際宣言」がすごく唐突に感じられたのだ。…あの番組から二十年以上。その後、今陽子が誰かと結婚したのかどうか、それとも未だに独身なのか?そんなことは知らない。ただ、相変わらず彼女が紹介される時の枕詞は「『恋の季節』でおなじみの、ピンキーとキラーズの“ピンキー”」のままだ。そして彼女も昔のまま。最近ある番組で見掛けた時も、「私ってこういう人だから――。」の「こういう」の部分は、いつでも自信満々で「自分の気持ち一つで、初恋の相手と付き合える。」と疑いもなく思っていたであろうあの頃と同じように、キラキラと目を輝かせながらテレビの中で話していた。だけど、さ。その後、私がネット上でたまたま見掛けたその“ある番組”に関する掲示板では。恐らく私よりもずっと若い――だから、私ですら懐メロとしてしか知らない『恋のバカンス』のことなんて、全く知るはずもない――どこかの誰かが、こんなことを書き込んでいたんだ。「今日出ていた今陽子“とかいう”人だけどさ…あれ、一体何をやっている人なの?」今陽子――“ピンキー”本人が、この投稿を読んだらどう思うのだろう?やっぱり昔、初恋の彼に「もう結婚している」と言われたあの時と同じように「え、何故?どうして?『ピンキーとキラーズ』を知らないの?」と、戸惑った顔をするのかな。
2005年08月22日
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昨日の「日記」(タイトルは…むやみやたらに長いので、割愛しましょう)を読み返していたら。その中に、こんな誤字が。もちろん、早速訂正です。(訂正前)・アフィリエイトの賞品紹介をする。(訂正後)・アフィリエイトの商品紹介をする。私は日頃ネットでの懸賞応募をしているため、普段の入力でもどちらかといえば「商品」よりも「賞品」の方を使うことが多いのですよね。だから、昨日もこんな誤変換をしてしまったのでしょう。それにしても…せっかく、昨日はいつもより早めに日記を書き終えて就寝。で、そのおかげで“元々の”「最終更新日時」(2005年8月21日1時11分40秒)だって、(私にしては)比較的早めの時刻だったのに…。そんな、いわば“早寝の証明”(←この辺、一応今日のタイトルの由来だったりします…)も、この誤字訂正による更新であっさりと消滅なのです――ああ、もったいないなあ。
2005年08月21日
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今までは“1日3件”しか書くことが出来なかった「楽天広場」の日記。でも、来週22日(開始時刻未定)からはその制限が若干変更。“1日5件”まで書けるようになるそうです――。もっとも、今冒頭で「今までは1日3件“しか”」なんて書いてはみたものの…現在“1日1件”の日記を書くだけでもひーひー言っている私にとっては、“3件”でも多過ぎるくらい。まして“1日5件(!)”だなんて…「夢のまた夢(ある意味、“悪夢”かもしれない…)」ですけど。確か、私がここ「楽天広場」に『春花の実』を開設した頃には、もう“1日3件”だったような…。当時、確かそれを見た私は「『“日”記』なのに、どうして1日に3回も?」「そんなに何度も、何を書くんだろう?…あ、『一日三食・お食事日記』!?」などと思ったものです。さて、そこで“1日5件”の日記の場合――。・すご~く長い文章を(5分割して)書く。・アフィリエイトの商品紹介をする。以外に、どんないい使い道があるでしょうかね?…うーん、やっぱり私はこれしか思いつきませんでしたよ。『一日三食・お食事日記(おやつ&夜食付き)』どれだけ食べるんだ?…というか、“食べ物ネタ”以外、思いつかないのか、私ってば(注:決して“食いしん坊”ではありません…)。
2005年08月20日
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何だか、往年の青春ドラマなんかによくあった「海のばかやろうー!」「大っ嫌いだ、白い雲なんてー!」などのセリフみたいなタイトルですが。今日の午後…特に夕方。たまたま、他にやる用事も無く――しかも、少しお昼寝した後だったので眠気もすっきり抜け、気力は充実。まさに、“絶好の<Aプラン>(昨日の「日記」参照)日和”だった訳です。なのに、なのに。外はどしゃぶりの雨。雷は…鳴りまくり(それも、多分結構家から近いところで)。おかげで、パソコンはもちろん、・部屋の明かりをつける。・テレビやビデオを使う。などのことも――とにかく、電気を使うこと全てに対し、どうも遠慮がちに。結局…夕方の薄暗い部屋の中、大したことは何も出来ず、ただぼんやり過ごすしかありませんでした。あーあ、せっかくの貴重な(それも、まとまった)時間だったのになあ。
2005年08月19日
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夜、ほんの少しだけの自由な時間。さて…。「――何に使う?」<プランA>今夜こそ…今夜こそ、ず~っと気になっていた「自分のサイト絡みの気になる“こまごま”」を、(一つでもいいから)解決しよう!<プランB>ここ数日、「楽天広場」内の他サイト(これまでに、『春花の実』に多かれ少なかれ何らかの“ご縁”のあった皆さんのところ)を見に行く暇が全然無かった…久しぶりに、閲覧しまくりたいなあ。パソコンの前に座る直前まで、私の中ではほとんど<プランA>が“当選確実”だったのですが。しかし。いざパソコンに向かい「でも、その前に…ちょっとだけ。」という感じで、ついつい――結局、私の貴重な?自由時間は、まるまる<プランB>だけで終了してしまいました。本来、サイトの“作り手”側としては、ここは心を鬼にしてでも<プランA>でいくべきだったのかもしれませんけどね。でも、今夜のところは<プランB>が楽しかったし――だから、まあ<プランA>はこの次(←いつ?)でいいでしょう。
2005年08月18日
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地震、もう止まった…?いや、もしかしたら“身体に感じない程度の小さな揺れ”に、私一人が気づいていないだけかもしれませんが。でも今日一日、特にそれらしいことは何もなかったような。という訳で――新聞やテレビに書かれている「地震」の報道、何だかまるで“他人事”のような心境です。昨日、あんなに揺れたというのにね。
2005年08月17日
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地震――これは、やはり触れない訳にはいかないでしょうね。震度5“ぐらい”という地震の「強さ」よりも、いつまで経ってもなかなか揺れの止まらないその「長さ」(時間)の方に“ぞっ…”としましたよ。幸い、私のところでは人・物ともにこれといった被害はありませんでしたが…でも、もっと震度が小さいはずの地域でも、中にはけがを負ったりしている人もいるのですから――油断は出来ません。今後、大きな余震とかないといいのですけど。さて、ところで。おととい(14日(日))の日記見た人、おかしいと思いませんでしたか?文中に“…「最終更新日時」、及び昨日の「日記」を合わせてご覧下さいな。”と書いていますが…その日時、よく見れば15日(月)の午後8時台――。「あ…さてはこいつ(=私)、手抜きまたは“ズル”をして前日の日記を翌日にまとめ書きしたのでは…?」――違いますってば(濡れ衣です)。実は、この日記――元々の「最終更新日時」は“2005年8月15日6時32分46秒”。確かに日付こそ“翌日”ですけどね…でも、これはいつも通りの夜更かしによるもの。ところが――後になってからわかったのですが。私、本来なら・14日(日)付けで送信するべきこの文章、何故か・15日(月)付けで投稿してしまっていたのです。その間違いに気がついたのが15日の夜になってから。慌てて同じ文章を正しい日付で再投稿し、前の(日付を間違った)分は削除しました。そのため、「最終更新日時」がこんな変な日時になってしまった訳です。なお、余談ですが――今日のこの文章、本当はタイトル「しっちゃかめっちゃか」にする予定だったのですけどね…でも、さすがに地震の当日だけに、誤解を招きそうなのでやめておきましたよ。
2005年08月16日
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学校時代――小学校、中学校、そして高校生の時。「第二次世界大戦」のことを、私は学校の授業できちんと習っただろうか?「社会科」あるいは「日本史」。教科書の中では、必ず最後の方のページ。そして時期は2月とか3月とか…必ず学年のおしまいの頃。4月、新しい学年の授業がスタートしたばかりの時には「縄文式土器と弥生式土器の違い」を念入りに詳しく教えてくれた先生達。でも、その頃になるとまるで何かに追われているように、どんどん先に進んでいくのだ。「“これ”はもうみんな知っていると思いますので、次に行きます。」「“ここ”は授業ではやりませんからね…各自、教科書を読んでおくように。」――。ここからは…そして今日は、“過去”の話ではない。今日、私が書くのは“現在”――今日の話だ。今日、2005年8月15日月曜日の昼間。私は、いつもの昼間と同じように『笑っていいとも!』にチャンネルを合わせた。今日8月15日は「終戦記念日」だけど…“いつものように”チャンネルを合わせた私同様、『笑っていいとも!』も“いつもと同じ”、特に変わりはなかった。あ、“「終戦記念日」だけど”の「だけど」は、おかしいか。だって――別にテレビ番組が“いつもと同じ”であることは、別に不思議でもないし、まして悪くもないのだから。むしろ、「終戦記念日だから」という理由で全てのテレビ番組が「戦争関連番組」と定められ、“それ以外の娯楽番組は一切禁止”なんてことになったら…その方が、よほど異常な事態だろう。いつもと同じ『いいとも』の番組内では、やがて(やはりこれもいつものように)「テレフォンショッキング」のコーナーが始まった。今更説明するのもなんだが――毎日(月~金曜日)登場するゲストが司会のタモリとトークをし、最後に自分の“お友達”を翌日のゲストとして紹介しておしまい、というこのコーナー。今日のゲストは、先週金曜日のゲスト・千葉真一から紹介された俳優の今井雅之だった。今井雅之。テレビドラマや映画等をあまり見ていない私は、・この人の代表作が一体何なのか?そして・どんな演技・芝居をするのか?――ということについて、実はさっぱり知らない。私が知っている今井雅之の姿といえば、それは今日の『いいとも』のように、何かの番組のゲストとして招かれて出ているところばかりだ。だから、彼が「かつて自衛隊に入っていた人である」ということも、私は以前、彼が今日のように出演していた他のバラエティ番組を見て知った。そんな風に、今井雅之に関する情報はほとんどない私だが…でも、もしそれでも「俳優の今井雅之って、どんな人なの?」と誰かに尋ねられたら――私はきっと「自衛隊を“嫌な意味で”引きずっている人」と答えるだろう。…別に、私はここで「自衛隊がいいか悪いか」なんてことは言うつもりもないし、ましてその自衛隊にいたという過去の経歴で今井雅之を責める気も毛頭ない。ただ、「“嫌な意味で”の引きずり」――この部分だけだ、言いたいのは。だって…芸能人に限らず、そして自衛隊に限らず。「私は元・○○でした」という過去の“過ぎたこと”をいつまでも捨てきれない人間って、正直あまりいい感じはしない。例え、その「元・○○」の○○に、どんな素晴らしい過去が入るとしても…いや、かえってその○○がより素晴らしい“栄光”であればあるほど。もっとも…今井雅之の「元・自衛隊員」については、決して彼本人のせいばかりでなく…むしろ、そんな話ばかりを引き出そうとする側(テレビとか)の責任かもしれないけどね。さて、今日の『いいとも』でも「礼儀のなっていなかった人間を自衛隊に体験入隊させたら、すっかり別人のようになって…うんぬん。」なんて、相変わらず“引きずった”話を嬉々として語っていた今井雅之。やがて、「テレフォンショッキング」のコーナーはいったんCMに入り…そしてCM明け、恒例のアンケートの時間になった。このアンケート、どんなものか?というと。1.会場内のお客さんのうち、100人(女性のみ)が事前に渡されたスイッチを持っている。2.ゲストは、その100人のうち1人のお客さんのみが「はい」と答えそうな質問を考える。3.その質問を実際に100人に投げかける。お客さんは、それに対して正直にスイッチを押して答える。4.で、見事「はい」が1名のみになった場合…賞品「いいとも特製携帯ストラップ」がゲストにプレゼントされる。「今日は終戦記念日だから――。」という前置きの後、彼・今井雅之が出した質問はこうだった。「日本が(第二次世界大戦で)どこの国と戦ったのか?について『知らない』という人!」スイッチ・オン!結果――。「日本が戦った相手国を知らない」という人…100人中、13人。単純計算すれば、「13%の人が知らなかった。」ということが判明した。もちろん、今井雅之がもらうはずだった賞品も“おあずけ”。「何だ、そんなことも知らないのかよ~。」今井雅之は確かこんな感じのこと(正確な言葉は若干異なっているかもしれないが)を客席に向かって言い。そして司会のタモリも「結構みんな、知らないものなんだねえ。」これもやはり、言い回しは違っているかもしれないけど――そんな風なことを口にして。その後、明日のゲストになる“お友達”が今井雅之本人の口から紹介され、そのお友達に電話がつながり「来てくれるかな?」「いいとも!」といった流れで、本日の「テレフォンショッキング」のコーナーは、無事終了した…はずだ。――何故、「はず」?私はどうして、明日のゲストである“お友達”の名前を、全く記憶していないのか。理由は単純。番組内でその「お友達紹介」をしている時も…そしてそれが終わり、番組が再びCMに入った時も。私はテレビから意識が離れ、全く別のことを考えていたからだ。別のこと、それは…こう。「…どうして、“正解”を言わないんだ?」<戦争のことを知っているかどうか、みんなに質問してみました。><知らない人が、100人のうち13人もいました。>――これで、おしまい?何故そこで、たったひと言でいいから「日本と戦争したのはアメリカ、イギリスなどの国々です。」ってことを、会場にいる「13人」に教えてあげないのだろう。いや、あるいは「13人」だけじゃないかもしれないじゃないか。「大丈夫、私は知っているものね。」とスイッチを押さなかった残り87人の中にだって、もしかしたら「え、戦った国って○○じゃなかったの!?」と勘違いしている人が何人か(何十人か?)いるかもしれないし。好意的に考えれば…もしかしたら「あまり具体的な戦争の話は、楽しい番組の雰囲気をこわすかも。」と気を回し、あえてその場は口をつぐみ、コーナーが終了した後のCM中にでも話した――かもしれない。だけど…それでは、テレビを見ていた13人…もとい、「13%」の人達はどうなるの?「一度持った疑問は忘れず、誰かに尋ねたり自分で調べたりして“自力で”正解にたどり着けばいい」?――みんながみんな、そうならいいだろうけど…でも。疑問を投げかけて。相手が答えを知らなくて。「知らないなんて、駄目な奴だ。」と見下して。そこで話が終わってしまったら――「13人」はいつまで経っても…もしかしたら永久に、「13人」のままでしょうに。
2005年08月15日
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“これ”ですよ。“これ”については…「最終更新日時」、及び昨日の「日記」を合わせてご覧下さいな。昨日(土曜日)までで、“実のない日記(すかすか)”には「もう先週のことだものね~。」と区切りをつけたつもりでいたのに――。あ。「一週間」の区切りって…「土曜日」ではなく「日曜日」まで――?
2005年08月14日
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“ああ、早く「日記」を書かないとー!”「今週もまた、メンテナンスが始まってしまうよ~。」――の、今夜に限らず。やれ「睡眠がどうだ」とか…とにかく、今週は毎晩ずっとこんな調子(最初の行参照)でどたばたしていたような気がします。来週はもう少し落ち着いて、実のある「日記」を書きたいものですよ。
2005年08月13日
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「“仮眠”では、駄目だ。きっとまた“熟睡”してしまうからね…。」このところの「睡眠問題」(←字面だけだと「爆笑問題」みたいだ)を踏まえて、今夜は眠気への対処方法を“仮眠”ではなく“眠気ざまし”に変更することに。ヘッドフォンにて音楽(大音量)を耳元でガンガンと鳴らしたら…とりあえず、おおかたの眠気は「遠くのお山に飛んで行った♪」模様です。「やった!これで、今夜はいつもよりいい文章(当社比)が書けるぞ~。」――で、それから数十分。「……。」いくつか思いついて書きかけてはみたものの、何だかどれも今ひとつ…いや、二つか三つ(四つ、五つ…)?時間は経つものの何もいいことは書けず、結局はこうして“楽屋オチ”のような文章でお茶をにごしてしまった次第ですよ…駄目じゃん。
2005年08月12日
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――もはや、完全に“本眠”(←こんな日本語、多分ないです)なのです。「日記」を書く前、耐え難いほどの眠気におそわれたから「ほんの少し」のつもりで横になったのに。それから4時間弱――すっかり熟睡してしまったみたい。考えようによっては「眠さをこらえながらの『日記』書き」より、ある意味健康的?――まあ、あくまで「ある意味」どまりなのですけど…。
2005年08月11日
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昨日の「日記」――実は文章の真ん中あたりで、私一度“仮眠”をとっております。いつもなら、仮眠どころか休憩すらほとんどはさまず、一気に最後まで書き上げることが出来るのですが。でも、昨日はどうしても眠気に勝てず…かといってここであきらめてしまっては「2日連続で睡魔に屈した駄目な人…ああ、それは私です。」になってしまう(嫌だ~)。それだけはどうしても避けたかったので、いったん横になり、しばしの間ぐっすり。で、数時間後に再開しました。おかげで、昨日は「最終更新日時」も「2005年8月10日7時14分37秒」というとんでもない時刻に(完全に、朝)。ただ…不思議なことに、これだけ“仮眠に至るまでの経緯”はきちんとおぼえていながら、かんじんの「仮眠の前と後、文章の境界はどこなの?」ということについては、さっぱり思い出せないのですよね。確か、“どこかの”段落を書き終えたところで、前半(仮眠前)の力が尽きた――それだけはおぼえているのですけれど…。
2005年08月10日
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二十年ぐらい前、かな。大金持ちは、大金持ち。「セレブ」なんて気取った言い回しは、まだ登場していなかった頃。世の中に、「お嬢様ブーム」というものがあった。発端は多分、当時のテレビ番組『天才たけしの元気が出るテレビ』(日本テレビ系)だったと思う。この番組の中で、タレントの高田純次が仕切るコーナーがあった。タイトルは、確かそのものずはりの「お嬢様を探せ」だったような気がする。毎週、高田純次が様々なお金持ちのお嬢様の元を訪ね、その「お嬢様」っぷりを面白おかしく紹介する――そんな感じのコーナーだった。しかも、ただ単に「お嬢様万歳」的な“ヨイショ”のみではなく、時には結構きつ~い冗談もまじえつつ。私、実はそうきっちりと『元気が出るテレビ』を見ていた訳ではないが…それでも、ある時のこのコーナー冒頭にてこんなやり取りがあったことは、未だによくおぼえている。高田「(登場したお嬢様に対し)あなたは、お嬢様ですか?」お嬢様「(恥ずかしそうな笑みを浮かべつつ)…はい。」高田「『はい』だって!ずうずうしい~!」(お嬢様、ただ苦笑い…。)さて。「お嬢様“ブーム”」というくらいだから、当然この流れは『元気が出るテレビ』だけに留まらず、他のところにも広がりを見せ…一時期は色々な雑誌や番組で「お嬢様特集」を見かけた。内容はどこも似たり寄ったり。お金持ちの家のお嬢様(十代から二十代、独身)をリポーターが訪ねていき、まずは「美人ですねー。」とひと通りほめたたえる。で、後は・家(豪邸)の広さ・宝石の高価さ・手持ちの靴の多さ等について、ひたすらレポーターが驚き、喜び、悲鳴を上げて――早い話、現在の「セレブ特集」と何ら変わりない構成だ。色々な媒体で、様々なテレビ局で取り上げられた「お嬢様」。…しかし、例えどんなブームでも。「ブーム」にはやがて、必ず終わりがやってくる。そんな、「お嬢様ブーム」が少しずつ下降線をたどり始めた時期のある日。新聞のテレビ番組欄の夜7時からの枠内に、私はこんな番組を見つけた。「2時間スペシャル『大金持ちの独身お坊ちゃま』特集」もちろん、本当のタイトルはもっとちゃんとしていたけど…大体の雰囲気はこんな風だったと思う。「『お嬢様』の次は『お坊ちゃま』か…安直だね。」と思いつつも――結局私はこの番組を見ることになった。その夜。「お坊ちゃま特集」――番組の内容、やはり基本的には「お嬢様」の二番煎じ。でも中には「親の意向に逆らって、あえて苦労がともなう道を選び…でもそこで大成功を収めた」という“努力型のお坊ちゃま”もいたり…そういう人達の出ている部分は、もはや「お坊ちゃま」がどうのというのを抜きに、単純に番組として面白かった。ただ…一人だけ、そんな「見ていて好感の持てるお坊ちゃま」とは全く正反対の。番組に出た複数の「お坊ちゃま」のうち、私のカンにさわった――そして未だに思い出すとカンにさわる――そんな「お坊ちゃま」がいた。彼の父親は…恐らく多くの人が知っている人。“発明家”「ドクター中松」。パソコンに使うフロッピーディスクを発明したことで知られている(というか、フロッピーディスク“以外の”彼の発明なんて、私はあまりよく知らないのだが)あのドクター中松の息子が、「お坊ちゃま」の一人として登場した。顔なんて、既に忘れた。まして、名前なんて…おぼえてもいない。(『ドクター中松』の息子だから、多分“中松何とか”なのだろうけど――。)カンにさわったのは――。父親を含めた家族と一緒に、彼“中松何とか”が高級なお食事をいただいている外食の場面の後。他のお坊ちゃま達全員にも投げかけられた「結婚したい理想の女性のタイプは?」という問いに、彼“中松何とか”は、こんなことを言いやが…口にした。「料理の出来ない女は駄目ですね。…まずいモノなんて食いたくありませんから。」「食いたくありませんから」――この部分、正確には「食いたくもない」あるいは「食えたものじゃない」だったような気もするが…まあ、もはやそのあたりの違いは、どうでもいいか。あの後。やがて、「お嬢様ブーム」は静かに消えていき。そして…だけど、だからといって、ではその後に「お坊ちゃまブーム」が来たか?というと…そんな訳でもなかった。フロッピーディスク、か…。かつては「最新型」の記憶媒体だったフロッピーディスク。でも、最近は、フロッピーディスクの使えないパソコンも増えてきた。あの「お坊ちゃま」、いや“中松何とか”。今は一体、どうしているのやら。かつての自分のお望み通りに、「まずいモノを食わない人生」とやらを、どこぞのお嬢様(?)と一緒に送っているのかね。
2005年08月09日
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「…あ。」まずは昨日の「日記」の文章の最後に、不自然な余白(4行分)があることに気づき、「昨日の今日」(最終更新日時2005年8月8日3時52分51秒)の本文を早速訂正して。…で、更によく見てみれば。おとといの「日記」「「メンテナンスの土曜日」だというのに」(最終更新日時2005年8月7日7時47分01秒)の文末にも、余分な改行(こちらは1行分)――もちろん、“見つけてしまった”からには、これも訂正なのです。「最終更新日時」が話の重要な(?)要素になっている、これら2日分の「日記」。それを、こうしてどちらも同じような理由で訂正する(=「最終~」の“数字”を変えてしまう)羽目になってしまい――。でも、(…た、助かった~。ははは…♪)おや?何やら“&の”…もとい、“安どの”表情を浮かべている私?いや、実はですね――。1.入浴前「うーん、今日は何書こう?」2.入浴中「うーん、今夜は何を書けば…。」3.入浴後「うーん、一体何を……。」(すやすやすや…。)4.そして――。「…あ~!ついうっかり、ぐっすりと寝てしまったぁ!」(←また?)“今から何か考えて書こうにも、時間はもう全然余裕ないし…どうしよう?”と途方に暮れた矢先に、冒頭の“余分改行×2ヵ所”を発見した、というのが笑顔(若干、引きつり気味ですが)の“真相”だった訳です。「こんなに訂正したんだから、(日記がそのことばかりになっても)仕方ないものね。」…内心、「こんなに訂正してばかり…ああ、なんて駄目な私なんでしょう。」が正解なのでは?という気も、多少…というか“すごく”するのですけどね。
2005年08月08日
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昨日の「日記」(with寝ぼけまなこ)――。これ、今になってよく読み返してみると、ちょっと内容がわかりづらいですよね。だって――文章の内容は「メンテナンス開始の前」なのに…「最終更新日時」の時刻(朝7時台)は、どう見ても「メンテナンス終了後」なのですから(そもそも、「日記」の本文自体、短過ぎるし)。文章、再度かみ砕きつつ書き直せば…おおよそこんな感じです。1.「楽天広場」では、毎週土曜日の深夜(正確には、日曜日の午前3時~3時半)に「定期メンテナンス」がある。2.“メンテナンスが始まる前に、「日記」の投稿を済ませてしまおう!”と考え、文章作り開始。3.…と、その作業の途中でパソコンがフリーズしたので、「再起動」をすることに。4.パソコンが起動するのを待っているうちに、ついウトウトと眠ってしまう。5.うたた寝から目覚めたら、既に午前3時直前(=もうすぐ、メンテナンスが開始!)。6.慌てて「日記」の文章を書き上げたものの…いざ投稿しようとした時には、もうメンテナンスが始まっていた。7.「(メンテナンス)終了まで待とうか?」とも考えたが…すご~く眠かったので断念し、就寝。8.朝、目が覚めてすぐ、寝る前に書いた文章を送信。――とまあ、こんな感じです。それにしても――ふと気づいたことですが。今こうして起きているのを昨日やっていれば…「メンテナンス」終了後、すぐ投稿出来たのですよねえ。
2005年08月07日
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パソコンの再起動待っているちょっとの間に、うたた寝してしまったみたいです。…で。目覚めてみれば、もう午前3時直前だったのです。今からの投稿…メンテナンス、もう始まっているかな?
2005年08月06日
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2005年8月2日の日記、「一周遅れで先頭集団?」(最終更新日時2005年8月3日3時32分43秒)――。「楽天広場」側の不具合のために、この日1日の分だけ欠けている保存用のメール。(詳細については、昨日とおとといの日記をお読み下さいな。)そのメールが欲しいばかりに、「“意味なし更新”(何一つ変えず、ただ更新するだけ)でもしようかしら?」なんてことまで、つい考えたり。一応、自分で作成した「代わりの保存メール」(普段の「メール下書き」の要領で保存)はちゃんとあるのですけどね。ただ…それだと「OutlookExpress」のフォルダの中で、きちんと並ばないのが少々“いまいましい”のですよ。いっそ、件名・他が全て本物そっくりの“「楽天広場」風”メールに作り変えてしまおうか?――でも、どんなに“らしく”作っても、結局は「○○風」ですし…。
2005年08月05日
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昨日の「日記」に書いた件(おとといの「日記」書き込み後、“いつもの”メールが来なかった)については、今日「楽天広場」から(私の質問に対しての)返事が来ました。返事の内容を簡単にまとめれば――たまたま私が投稿した時間帯、“「広場」からの各種メールが送信されない”というトラブルが発生していたようです。現在は既に復旧(昨日の投稿後は、ちゃんとメール来たし)…ただし、届かなかった分のメールについては・保存用メールの再送は、出来ませんので…あしからず。・どうしても必要な場合は、「日記」を更新すると新たな保存用メールが発生します。ということだそうです(↑上記の“口調”は私のオリジナル)。さて。“(メールの)再送なし”という「広場」の回答に、実は最初は「…ったく、もう。それってちょっと無責任じゃないの~。」と、少々不機嫌だった私。しかし――その後、たまたま自分の「日記」を読み返していたら、その中に誤字を見つけてしまいました…。2005年8月1日「最高の“サイテー” 」(最終更新日時2005年8月2日5時59分57秒)(訂正前)とにかく、基本的な流れは本家『個々がヘンだよ日本人』とほぼ一緒。(訂正後)とにかく、基本的な流れは本家『ここがヘンだよ日本人』とほぼ一緒。「…ま、まあ、済んでしまったことは…え~、次からは気をつけるように。」これが、果たして“つまらない誤字に気づかなかった自分へのなぐさめ”か…それとも、“「広場」への大人な対応”なのか?――それはともかく。
2005年08月04日
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それは、私が昨日の「日記」を書き終え、その文章を投稿した後。「あれ、来ない?」いつもなら、「日記」を投稿するとすぐ私の元に届く「日記の書き込みが完了しました!」のメール――それがこの時は送られてこないことに気がつきました。最初は「もしや、うっかり(『メールで保存』の)チェックをはずしてしまったのかも?」と思い、確認してみたのですが…ブラウザの「戻る」で投稿画面に戻ってみると、そこにはちゃんとチェックマークが入っていました。その後試しにもう一度、同じ画面を使って再度投稿してみたのですけど。(投稿を)受理した旨の画面は出るし、サイト内では投稿した「日記」が2回分ともちゃんと表示されている――にもかかわらず、それでもやはりメールは届かないのです。まあ、それでもその時は「回線が混雑していて、それでメールが遅れているのかもね。」(←既に相当眠かったので、推理も大味)と楽観的に考え、だぶってしまった2回目送信の「日記」を削除。すぐに眠りにつきました。で、今日――投稿からほぼ一日経過しているというのに、やっぱりメールは届きません。更に、私の「日記」をリンクしてもらっているサイトの「おすすめ新着」のページでも、私の欄には「新着記事がありません」という表示が。これではまるで、私が“全く日記を書いていない人”みたいです…何か、くやしい。これは、もう明らかに「楽天広場」側のエラーか何かですよね。一応、今日の夕方の段階で、「楽天広場」の方には質問を送っておいたのですけど…果たして今夜、この日記にはちゃんとメール届くのかしら。
2005年08月03日
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昨日は…いくら何でも、遅過ぎましたね(詳しくは、「最終更新日時」をご覧下さい)。まあ、強引に解釈すれば「早かった」とも言えるかも?なのですが。という訳で、今夜はもう寝ます。――既に午前3時台。本当は、「もう」とつける時刻ではないですけどね。
2005年08月02日
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格闘技が、好きな訳ではない。いやむしろ、どちらかといえば「苦手」だ。…なのに。今から5年以上、前。私はその頃深夜に放送されていたテレビ番組『リングの魂』(テレビ朝日系)を毎週のようにビデオに録り、欠かさずチェックしていた。『リングの魂』――。この番組の内容を、すごく大雑把にまとめるならば…「プロレスラーなどの格闘技選手が登場し、色々なことをしている」そんな感じ。「“純粋な”格闘技番組」とはちょっと違うこの番組を、あえてジャンル分けするならば…さしずめ、「格闘技バラエティ」とでもいったところか。お笑いコンビ「ウッチャンナンチャン」の“ナンチャン”こと南原清隆がやっていたこの30分番組を私が見るようになったそもそものきっかけは、『リンたま』(←『リングの魂』というタイトルは、当時このように略されていた)が放送される以前、同じチャンネルの同じ時間帯に放送していたウンナンの番組『お茶とウンナン』を、私がやはり毎週ずっと見ていたことだった。たった半年間だけで終わってしまった『お茶と~』は、ウンナンの二人のコントが中心の番組。元々、お笑いの番組が好きな私。当時、夜遅い時間帯にやる『お茶と~』を見のがすことを避けたかった私は、毎週必ず番組をビデオ録画。で、日中都合のいい時に再生して見て、見終わった後はそのテープにまた重ね録り――ということをしていた。そして、『お茶と~』終了後。後番組『リングの魂』がナンチャンの番組だと知った私は、てっきり「『リンたま』も『お茶と~』と同様のお笑い番組だろう」と思い込み…第1回放送時には、それまでしていたのと同じようにビデオをセット。後に自分の勘違いに気づいてがっかりし、一度は録画をやめたものの――その後、「格闘技選手が“何か”する」という内容の回にまじり、「お笑い芸人が(格闘技にまつわることを)“何か”する」という、(お笑い好きな)私好みの回も時々あることが判明。そして…そこからまた、私の「まずは録画→後日再生」という習慣は再開されたのだった――。ただし。「まずは録画→後日再生」とはいうものの、そのうちの「後日再生」は必ずしも「30分番組、じっくり再生」という訳ではなかった。まず、番組の冒頭を見て、その日の番組内容を大まかに把握。そして「面白そうな場合」は、そのまま普通に再生して番組観賞。でも「つまらなそうな場合」には――ビデオテープはそのまま早送り、途中「…ん?」と気になったら、その部分だけ…ちょっと一時停止→(部分的に)再生。そんな、番組の作り手側に知られたら叱られそうな方法にて。私はとりあえず毎週、『リンたま』をちゃんと(?)見ていたのだ。ある時。いつものように『リンたま』の録画テープを見始めた私は、一瞬「うーん。今回は…(再生を)どうしよう?」と、自問自答した。というのも。その時の『リンたま』は、こんなふざけた…もとい、何だか面白そうな名前の企画だったからである。そのタイトルは…これ。「ここがヘンだよ大仁田厚」「ここがヘンだよ○○○」というフレーズは、未だに雑誌記事の見出しやテレビ番組のコーナー名などで使われることがあるけれど。これ、元をたどれば当時TBS系列のゴールデンタイムに放送されていた『ここがヘンだよ日本人』という番組名からきている。『ここがヘンだよ日本人』は、ビートたけしがメインの番組。ビートたけし以外には…数名のゲスト、そしてかなり大勢の(そして色々な国籍の)外国人が出演。彼らが毎回色々なテーマに沿って、時に熱く、時にこっけいなトークバトルを繰り広げる、というバラエティ番組――。『ここがヘンだよ日本人』も、私がよく見ていた番組。なので、『リンたま』の企画「ここがヘンだよ大仁田厚」の内容も、私には何となく想像がついた。「よし、今回は見てみるか。」私は、「ここがヘンだよ大仁田厚」を見てみることにした。「…もちろん、嫌なところは早送りで。」「ここがヘンだよ大仁田厚」――その中身は…やっぱり、私が頭で思っていた通り。進行役は、ナンチャン。ゲストは、お笑い芸人の浅草キッド、他。そして後は大勢の外国人…ではなく、日本人(芸能人ではない、一般の人達)だったけど。とにかく、基本的な流れは本家『ここがヘンだよ日本人』とほぼ一緒。「大仁田厚、彼の行動や言動は、正しいのか否か?」「そもそも、大仁田厚のどのあたりが変なのか?」「そんな大仁田厚について、みんなはどう思っているのか?」などなど。そんな、格闘技ファン以外には(格闘技ファンにとっても?)実にどうでもいいようなことについて。出演している芸能人&一般人がいたって大真面目に“あーだこーだ”と議論する――というコーナー。それが「ここがヘンだよ大仁田厚」だったのである。出演者全員は、大仁田厚に「賛成」か「反対」かで、左右いずれかの座席に分かれて着席。で、大仁田厚のこれまでの試合の模様や発言がわかる映像(恐らく、それまでの『リンたま』内で過去に放送されたもの)を何本か見つつ、互いの言い分を主張していく――そんな流れだった。さて、そんな番組を私は・過去映像:ほとんど早送り・討論場面:じっくり再生という風にして見ていた。「過去映像」を“ほぼ早送り”にした理由は簡単。一番最初にも書いた通り…私は格闘技が好きな訳ではなく、むしろどちらかといえば「苦手」なのだ。まして、彼…大仁田厚の試合の場面ときたら――。「有刺鉄線デスマッチ」なんて、その“文字づら”を見ているだけで「相当イタイ」(肉体的にも精神的にも)ものもあるし。とにかく。格闘技好きの人には悪いが、とてもじっくり正視する気になんてなれなかった。やがて、番組後半に差し掛かった頃。また過去映像が流れ出したのだが…ただ、その映像は試合の場面ではなかった。映っていたのは――まずはもちろん、大仁田厚本人。そしてもう一人は、テレビ朝日の(そして多分、『リンたま』でもレギュラー扱いの)男性アナウンサー。その男性アナウンサー、何故か大仁田厚にひどく怒られていて…そして、最終的にはボコボコにされている。“プロの格闘家が?”“(戦いには)素人のアナウンサーを?”“ボコボコに~?(まあ、手加減はしているのだろうけど)”あまりの「何だこりゃ?」な場面に、私も思わず早送りを“一時停止”し、普通の再生でもう一度見直してみた。で、その結果。ようやく――おぼろげにだが――わかったことは、こんなこと。「どうやら、二人の間には“因縁の対決”が続いているらしい。」(“因縁の対決”というと――ああ、プロレスとかでよく出てくる“あれ”か。例えば…“前の試合での恨みが――どうの”とか。あるいは…“昔、団体が分裂した際に――こうの”とか。)いや、だけど…映像で見る限り。やはり二人のその様子は、どうしても“因縁の対決”というよりは「過去の恨み、晴らします。」(by大仁田厚)的だった。だって…あまりに一方的だったから。片や、その道のプロ。片や、テレビ局のアナウンサー…誰が見ても、力の差があり過ぎだろう。確かに、格闘技の雰囲気を盛り上げるテクニック一つとして、時にはこういう“演出”も必要だろうけど…でも。「格闘家同士でならともかく、局アナ相手にいくら何でも、これはやり過ぎだよなあ。」私が苦々しい思いで見ているうちに、そのVTRはようやく終了した。再び、映像は「ここがヘンだよ大仁田厚」の出演者一同がいるスタジオに。ここからはまた、先ほどの“因縁の対決”を巡り、賛否両論のトークバトルとなるのだろう――テレビの画面を見ながら、私は思った。(あーあ…誰か、この「格闘バカ」に、“ビシッ!”とひと言で物申してはくれないだろうか…。)と、その時。(でも、どうせ賛成・反対でまとまらず、結局“ぐだぐだ”のままで終わるのだろうけどさ…。)と、ほとんど「あきらめモード」で構えていた私の耳に、突然こんなひと言が飛び込んできた。「オーニタ、サイテー。」声の主は、当時ブームだったガングロのコギャル。同じくガングロの女友達と並んで座っていた彼女が、恐らくはほとんど突発的に、そう言ったのだ。意味は、もちろん「大仁田、最低。」だけど――何というか、それでは違うんだな。微妙な雰囲気とか。だから、ここはやっぱり「オーニタ、サイテー。」なのだ。それまで、彼女達が好んで使うそういう口調が決して好きではなかった私。もし他の場面で「サイテー」なんて言い回しを聞いていたら、多分「『最低』はちゃんと、『サイテ“イ”』と言えないのかねえ。」と思っていたことだろう。…でも、あの時は「オーニタ、サイテー。」のあまりにも的の真ん中を打ち抜くような的確さに、つい笑みがこぼれてしまったのだった。それは番組のスタジオ内も同様。その直前まで真剣に言い合っていた賛成派・反対派双方の面々が、このひと言でどっと大笑い。かくして「ここがヘンだよ大仁田厚」のトークの場は、一気になごやかなムードになったのである。その後も「ここがヘンだよ大仁田厚」のトークバトルは続き…色々な人が様々な意見を述べたけど。だけど、それらの全ては(早送りしていないにもかかわらず)私の頭には一つも残っていない。あれから何年も経った今、私の頭に未だに残り――そしてこれからも、一生消えそうにないのは。あの時のコギャルの彼女の「オーニタ、サイテー。」のひと言、きっとこれだけだ。
2005年08月01日
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