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いつになく早い時刻の更新です(まだ、夕方)。とはいえ、もう今年もあまり時間がありません。なので、取り急ぎこれだけを書いておきましょうか――。今年一年、『春花の実』をご覧いただいた方々へ。本当にありがとうございました!来年も頑張りますので、どうかよろしくお願いします。それでは、今年の「日記」はここまで、です。どうぞ、良いお年を☆
2005年12月31日
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…あ、いえ。「借金」とかではなくて。昨日まで掲載していた長ーい文(本当に、長かった…)――を書いている間、ずっと放ったらかしだった年末のあれこれ。それを、今必死に片付けているところなのです。そういう意味での「清算」です。という訳で、あまりのんびりもしていられません。今(既に午前3時)も、これを書き終わった後は、先ほどまでやりかけていた「年賀状」書きの続きです。今年もあと1日をきっているというのに…このバタバタぶり。来年こそ、こういうことのないようにしたいものです。
2005年12月30日
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時間にして約二時間程度の番組だった『速報!日本レコード大賞』 。その『速報!』の放送が、終わる時刻に近づきつつあった頃。番組には、最後のゲスト(受賞者)である歌手達がやって来た。 彼らの名前は――「フリッパーズ・ギター」。小山田圭吾(おやまだ・けいご)と小沢健二(おざわ・けんじ)、という二人の男性によるバンド…いや、グループ…ユニット?…まあとにかく、その「二人組」の“団体名”が、「フリッパーズ・ギター」というのである。彼らの活動していた期間は今にして思えばそう長くはなく(多分、ほんの二、三年程度?)、本当にもう、あっという間。だけど、その短い間に結構多くの曲を世の中に出し…しかもそれらの曲は、当時の若者を中心に結構支持されて。だから、考えようによっては「彼らの活動期間、その全てがピーク」とも言えるかもしれない。そして、この年。1990年というのは、そんな彼らが恐らく「ピークのピーク」(?)だった頃。「企画賞」?それとも「アルバム賞」、だっただろうか?賞の正式な名称は、これも(情けないことに)もうすっかり、忘れてしまったのだが。彼ら「フリッパーズ・ギター」は、そんな“何か”の部門賞の受賞者として、『速報!日本レコード大賞』の会場に現れたのだった。 番組の最後が「金賞」ではなく「部門賞」…。「やっぱり、最後の最後まで“順番”めちゃくちゃだなあ。」ということにはあきれつつも。でも、私は「フリッパーズ・ギター」の『レコ大』に登場したことを素直に喜んだ。 というのも。彼ら「フリッパーズ・ギター」というのは…決してそれまでの、いわゆる“芸能人”――例えば演歌歌手や歌謡曲の歌い手、あるいはアイドル達のように「出来るだけ頻繁にテレビの歌番組に出演し…で、時には他の番組にもいそいそと顔を出し」というタイプのアーティストではなかったからである。少なくとも私は、彼らの姿をテレビで見たのはこの時が初めて。彼らの歌だけは…テレビから(CMソング等として)流れてきたり。または、彼らの音楽を好きな友人から、お気に入りのCDを聴かせてもらったり――と、何度も耳にしてきたし。更には、音楽雑誌等のメディアでも彼らを絶賛する記事を読んだり、あるいは彼ら自身の連載を読んだりする機会も結構多かった。だが。何というか…つまり、“生身”の「フリッパーズ・ギター」が、“話したり、動いたり”しているところを見る――ということは、それまでにはほとんど無かったのである。 こんな――どちらかといえば、受賞を打診されても辞退してもおかしくないイメージの彼ら(偏見かもしれないけど)が…例え“予選”である『速報!』とはいえ、賞レースものの代表格的な番組である『レコ大』に出演。それは、多分「フリッパーズ・ギター」の熱心なファンの人達にとっても意外だっただろし…また、私も当時は「へえ?」と思い。ただ、私自身は元々『レコ大』にしろNHKの『紅白歌合戦』にしろ、“やれ『辞退』だ『卒業』だなんて理屈をつけて出演を拒む奴…もとい、人”には、以前からあまりいい感情を持っておらず。なので、彼らがこうして『レコ大』という場に顔を見せてくれたということに、決して悪い気はしなかった。 そんな訳で…だから、私は。その前の――自分の大好きな「たま」が出てきた時よりももっとずっと、その後の展開については“興味津々”だった。前述のように、めったにテレビに出ない「フリッパーズ・ギター」。そして…彼らとは逆に、歌番組でもトーク番組でもその他のバラエティでも。とにかくいつも、「出れる限りの番組全てに出まくっている」という感じすらする“歌手”和田アキ子。「芸能人」としては、いわば全く正反対のスタイルで活動しているこの両者の間に――はて、一体どんな会話が…交流が、成立するのだろう?…成立、するのか? もしかしたら…成立していた、かもしれない。いや。「かもしれない」どころか、本来なら――普通なら。何の支障もなく、すんなりと成立していたはずの両者の「交流」。でも、その“貴重なきっかけ”をあっさりつぶすような「ハプニング」を起こしてしまったのは。またもや、司会者・和田アキ子の方からだったのである。 「フリッパーズ・ギター」の二人は――。その時は確か、まだ「狭い部屋」には到着していなかったと思う。…恐らくは、一番最初の「テレビ電話」の段階。まずは、それまでの他のゲストの時と同じように、スタジオの「テレビ電話」の映像と音声が彼らのいる場所とつながり。そして、司会者・和田アキ子が彼らに呼び掛けた、第一声――それが。「『フリッパーズのギター』さーん!」…だったのだ。「『フリッパーズのギター』さーん!」?今のは…何だ?「フリッパーズ・ギターさん」、か?単なる「さん」付けか?…いや、違う。違うぞ。「さん」付け…ではなく。そして、私の聞き間違いでもなく。和田アキ子は、確かにこう言った。「フリッパーズ“の”ギターさん」って。 「フリッパーズ“の”ギターさん」…意味は? A.「フリッパーズ」というバンド内で、ギターを担当しているメンバー。B.「フリッパーズ」というバンドにいる、「ギター」というニックネームの人。 ――果たして、和田アキ子がA・Bどちらの意味に解釈して「フリッパーズ“の”~」と言ったのか?は、さだかではないけど。しかし…いずれにせよ、「の」が“蛇足”であることは間違いない事実。 あくまで、私の想像だけど。恐らくあの時、彼女の目の前では――スタッフの誰か…ADあたりがカンペ(カンニングペーパー)用のスケッチブックを開き、(アッコさん、次は“これ”でお願いします。)という素振り&目配せでもしながら、「次 フリッパーズ・ギター 登場です」…こんな風な走り書きでも掲げていたのではないだろうか。 これで、すっかり露呈してしまったこと。恐らく、“歌手”和田アキ子は――この『速報!』の司会を引き受ける以前から「フリッパーズ・ギター」というアーティストのことなんて、何一つ(=名前すらも)知らなかったのだ。そしてきっと、司会が決まったその後でも。「この賞を受賞した(または、受賞する予定の)歌手は、誰?曲目は…何?」今回の仕事(『レコ大』という歌番組の司会者)として最低限必要なはずの、この程度の“予習”すら…多分全く、やろうともせず。 さて、その後。「フリッパーズ・ギター」という自分達の洒落た“団体名”を、「フリッパーズ“の”ギターさん」一瞬にして…かつ、たったの“一文字”にて、何だか間抜けな“個人名”にされてしまった、小沢健二と小山田圭吾の二人。そして。“まさか…”とは思うが、何となく。「フリッパーズ“の”ギターさん」が「太鼓の知久さん」に引き続き、「またもや(おのれが)間違っている」ということ…もしかしたらあの時点では、まるで全然、気がついていなかった――ような気もする、司会者・和田アキ子。さーて。果たしてこの三人の間には、この後どんな会話があったのか…? …ああ、だけど。大変情けないことに。いつも、“かんじんの、大事なこと”になると、ボロボロと忘れてばかりの私の頭は。残念ながらその「ハプニング」を過ぎたところから後の記憶も、またいきなりずっと先へとんでいるのだ。 次に出てくる私の記憶では――。「フリッパーズ・ギター」の二人は、もう既に例の「広い部屋」の中にいた。 そして、その部屋にて淡々とした顔で。彼らは自分達の代表曲の一つ、『恋とマシンガン』を歌っている。決して不機嫌そうではなく…かといって、愛想笑いをふりまくでもなく。ただ、淡々と。 やがて――それから何年かが経ち。「…あれ?」いつもと同じはずの年の瀬…でも。「そういえば何か、物足りないような…。」そんなことに、ふと私が気がついた頃には。『速報!日本レコード大賞』という番組は、もうテレビからすっかり姿を消していて。…で、いつしか『レコード大賞』といえば、現在も続いている大みそかの『輝く!日本レコード大賞』のことだけになってしまった――。「『 太鼓の知久さん』ですか~?」「『フリッパーズのギター』さーん!」あの時の二つの「ハプニング」を…彼女――和田アキ子はどう思っているのだろうか。私の脳内をいくら探ってもどうしても出てこない、彼女が「頭を下げ、自分の間違いを謝罪していた」という光景。でも、それは全て私が忘れん坊なせいで…彼女はやはり、真摯に素直に反省していたのだろうか。…それとも。こんな風に思っている?「だってしょうがないじゃない。」――まるで、彼女の曲のタイトルみたいに。「私、元々司会じゃないから。私の本業は“歌手”だもの。」「『たま』なんてよく知らないし…。」「フリッパーズ…何、ギター?そんなのいいじゃん、何だってさ。」…いや、もちろん。私は――和田アキ子が実際こんな風に言っているところを見聞きした訳では、ない。ただ…。「私、歌手ですから。」とか、「よくわからないんですけど。」とか。あるいは「いいじゃん、こんなのどうだって。」とか。“歌手”和田アキ子――彼女が司会する番組を見ていれば。これらの台詞は現在でも、毎週のように聞くことが出来る彼女の「口癖」なのだ。
2005年12月29日
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もしかしたら、「たま」のことを知らない人もいるかもしれない。なので、ここで簡単にご説明。「たま」というのは――TBSの深夜番組『いかすバンド天国』をきっかけに1990年にメジャー・デビューした、インディーズ出身の男性四人組のバンドの名前。この年、彼らのデビュー曲『さよなら人類』を聴いてからすっかりたまファンになっていた私。この日の『速報!』に彼らも出演するということを事前に知り、それからは例年にも増してこの放送を心待ちにしていたのである。(ちなみに、この年に「たま」は“ロック・ポップス部門”の「最優秀新人賞」を受賞――この後数年の間の一時期、『レコ大』は「部門別」になったことがあるのだ。) さて、それまで登場した歌手達同様、まずは“じわじわ画像”にて登場した「たま」の四人。最初私は、“うーん、「たま」は一体どんな感じでテレビに映るのか?”と、少々心配しながら画面を見守っていた。だって――何しろ「ソロの歌手」(=たった一人で画面のスペースを“独占”可能)の場合ですら、よく注意して見ないと誰の顔だかわかり辛いような――そんな「不鮮明画像」なのである。まして…「たま」はソロではなく、全部で四名のグループ。いくら、バンドとしてはごく当たり前の人数だとはいえ…そもそも、「テレビ電話」の小さな画面の中に、彼ら四人が全員ちゃんと収まるかどうか?それすら怪しいところなのだから。 しかし。幸い、私のその心配は杞憂に終わった。その時の「たま」の四人の“じわじわ画像”は――その画面のサイズの小ささを逆手にとって上手く生かした、むしろなかなか面白い感じの出来映えになっていたのである。“人ひとり映るのがやっと”の狭苦しいスペース(画面)。なのに、それでも全員何とかその中に収まるようにと無理やり身を(そして顔を)寄せ合ってこちらの方を向いている姿…そんなメンバー達の様子が何だかとても面白く、私はテレビの前で一人にんまりとした。まあ確かに、私のこの“採点”には「私が彼らのファンである」が故の“甘いひいき目”もかなり含まれていたかもしれないけど。でも、それまで登場した歌手達の中に「テレビ電話映り」(?)がいい人はこれといって見当たらなかっただけに。彼らの意外な“健闘”、私は素直に嬉しかった。――そこまではずっと「見づらいし、遅いし。」と、ひたすら不愉快でしかなかった「テレビ電話」。でも、その時だけは少し…楽しめた。 さあ、次はいよいよスタジオとの会話である。テレビ電話の向こうの、「たま」のメンバー四人と…そして、司会の“歌手”和田アキ子。「『たま』の皆さん、こんばんは~。」「あ、どうも。こんばんはー。」確か、そんな程度の。ごくごく軽めの“無難なあいさつ”を、互いにかわしたと思う。そして。その後、だっただろうか。“コト”が起こったのは。 “4対1”でひと通りのあいさつを済ませた後。「たま」の側の電話は、メンバーの一人・石川浩司(いしかわ・こうじ)さんの声になった。どうやら、彼が他のメンバーを代表してスタジオ側との会話をするらしい。 …「石川浩司」だけではよく解らなくても。「たまのランニング」と言えば、恐らく(「たま」のこと、一度でも見たことのある人ならば)「ああ、あの男か。」とピンとくることだろう。“坊主頭にランニング姿”の石川さんは、「たま」の中では主にパーカッションを担当。当時は――もう一人のメンバー、「“おかっぱ頭にだぶだぶズボン姿”の知久寿焼(ちく・としあき)さん」(ギター担当)と共に、「たま」のことをあまり知らない一般の人にも「ほら、えーとあの…“『たま』の人”。」と言われることの多かった、いわゆる“「たま」を代表する顔”というべき人物。それが石川さんなのであった。 そんな「たまのランニング」こと石川さんと、“歌手”和田アキ子の初の顔合わせ(電話越しだけど)。 “さて、どんな会話になるんだろう…?” テレビの前の私、そしてきっと全国の「たま」ファンも…次の展開に期待をしながら見ていたら。和田アキ子――。電話の向こうの石川さん相手に、いきなりこんなことを言い出したのである。 「どうもー。えーと、『 太鼓の知久さん』ですか~?」 「太鼓の知久さん」――何だ、そりゃ。 もし、私が漫画のキャラクターだったら、テレビの前で思いっきり前のめりに(=ヘッドスライディングのポーズで)ズッコケていたところだ。 “何で?”と思った人へ…もう一度、私の書いた(数行前の)文章を、ちょっと読み返してみて欲しい。 石川さんは――パーカッション担当。知久さんは――ギター担当。 …つまり。仮に、「パーカッション」のことを和風(?)に「太鼓」と呼び変えたのだ、と言い訳したとしても。「たま」のメンバーの中に「太鼓の知久さん」なる人間は存在しないのである…決して。 いや、「相手の声の聞き間違えによる名前の呼び間違い」――それ自体は、別にあっても不思議ではないのだ。何しろ、直接ではなく電話越しの会話。しかも、和田アキ子にとって石川さんは、(多分)初めて話す相手。更に。いくらその電話が「テレビ電話」とはいえ…その「テレビ電話」のかんじんの“テレビ部分”が、ほとんど役立たず(ぼんやり&じわじわ動画)ときているし。 だけど、だ。「太鼓の知久さん」という間違いは…やはり、おかしい。少なくとも――司会者・和田アキ子がこの『速報!』の仕事を受けてから本番(生放送)が始まる前までの何日か…もしかしたら何ヵ月か、の間。もし、一度でも「番組の台本」や「出演者のリスト」に目を通し。あるいは、番組スタッフも交えた念入りな打ち合わせを繰り返したその席で。「この○○さんの、今回の受賞曲のタイトルは?」「このグループの各メンバーの、氏名は?…パート(楽器担当)は?」という“予習”をしていたなら?「えーと、『 太鼓の知久さん』ですか~?」――こんな初歩的なミス、絶対に起こるはずがないのである。 その後。和田アキ子と石川さん、二人の会話がどんな風だったか?というと。 「あ、太鼓を叩いているのは僕です、石川です。」「知久くんはギターを弾いています。」…若干、私の脳内で脚色(「たま」びいきな)が施されているかもしれないが…まあ、大体はこんな感じ。石川さんを含めた「たま」の側による「目上の相手(=和田アキ子)には、決して恥をかかせることなく。」「…でも、さり気な~く相手の間違いは修正の方向に持っていく。」という“大人&高度な気配り”が無事効をそうし…で、その結果和田アキ子との間に気まずい空気が流れてしまう最悪の事態も回避出来た――確か、このような展開だったと思う。一方。これは単純に、私の“度忘れ”なのだろうか?その際、「言い間違えた和田アキ子本人が、己の誤りを「たま」の四人に対して謝罪した。」という思い出は…何故か、全く私の頭の中には残っていない。「そういう場面もちゃんとあったけど、忘れてしまった。」なのか、それとも「そもそも初めから、そんなシーンなんてものは無かった。」なのか――それは、知らないけれど。 いや、それにしても。「『 太鼓の知久さん』ですか~?」先にも書いたけど。実にズッコケそうな――“衝撃的な言い間違い”、だった。私にとっては。 “衝撃”が強烈だった証拠に。私ときたら――その後、果たして「たま」の四人は「狭い部屋&広い部屋」にもやって来て、私の好きな『さよなら人類』をちゃんと歌ってから去っていったのか?それとも…実は、彼らの出番はどこか別の場所からの「テレビ電話」中継のみで、結局歌は歌わずに「今日はそちらに行けなくてすみません」という“ごあいさつ”のみで終わったのか…。――そんな、一番肝心のこと(←私がその日『速報!』を見ていたそもそもの目的)についての記憶すら…ひどくぼやけ、曖昧なのである。…全く、情けないことである。私、本当に。間違いなく、「たま」のファンだったというのに。 しかし…と、いうことは?「和田アキ子、『たま』の四人に自分の失敗を詫びる。」という“図”は――やはり、“忘れっぽい私が、たまたまおぼえていなかった”だけ…それだけ、だったのだろうか? かくして。まあ、そんな放送事故――もとい、「ハプニング」はあったものの。だけど…それでも。私まだその時は、そんなに深く考えてはいなかったのだ。人の名前を堂々と言い間違え、そしてその不手際についてろくに謝罪もしなかった(ような気がするのが…)司会者・和田アキ子に対しても。「『テレビ電話』の映像…やっぱり、(私がテレビを通して感じている以上に)ひどく見づらいんだろうなあ。」むしろ、若干の同情すらしていたのだ。「確かに、“じわじわ画像”だと唇の動きなんかもはっきりしないしね。」「あ、もしかするとそれで『今、誰がしゃべっているのか?』を勘違い…で、たまたま間違えてしまったのかも?」 ――いや。本当はその説明だけでは、全然「太鼓の知久さん」(個人名&担当楽器をダブルで勘違い)という間違いの“理由”にはならないのだけど(「石川さん」→「知久さん」という“名前のみ”の取り違え、ならまだしも)。しかし…とりあえず、その時点での私は。自分の頭の中でそんな理屈(相当、強引だけど)をつけることで、何とかこの「ハプニング」を納得しようとしていたのだ。 「ハプニング」…もし、この一つだけで終わっていたら。忘れっぽい私のこと、多分この「太鼓の知久さん」の“事件”のことも、『速報!』の放送を見終えた後にはすぐに忘れてしまうか…あるいは、もし忘れずにしっかりおぼえていたとしても。「『太鼓の知久さん』、だってさ…あはは!」せいぜい、こんな程度の軽い笑い話だけで済んでいたことだろう。 しかし――まだ“終わり”ではなかった。「ハプニング」には、“続き”があったのだ。
2005年12月28日
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…で。私の違和感、および一抹の不安をよそに…とりあえずは無事に?始まった、“歌手”和田アキ子の司会による『速報!日本レコード大賞』。――と、こんな「不安」なんて言葉を使うと、あるいは不思議に思う人もいるかもしれない。「『違和感』はともかく…『不安』って、どういうこと?だって和田アキ子――あの人なら、他の色んな番組でも司会をやっているじゃないの。」 …番組に、話を戻す。 さて、 ・テレビ電話による“斬新な”中継!・“歌手”和田アキ子が司会に挑戦! などの“新システム”、それらについての視聴者に対する説明がひと通り終わると。『速報!』は、その本来の役割――「今年最も活躍した歌手および楽曲に『大賞』『最優秀新人賞』等の賞を授与する『輝く!日本レコード大賞』のための“予選”」をようやく取り戻し。例年と同じように、各賞(「金賞」「新人賞」他)の受賞者を発表し始めた。 ただし、その順番は「例年と同じように」とはいかず…早い話、ぐちゃぐちゃ。確かに番組が進むにつれ、受賞歌手の「みんな」は三々五々と会場に到着し始めたのだけど。しかしこれまでの『レコ大』、そして様々な“賞レースもの”番組での厳格な“お約束”であったはずの 1.まず、最初は「新人賞」。2.そして次に、様々な部門賞。3.で、最後は「大賞」。 という順番は、ほぼ完全に崩壊していた。更に。これまでの『速報!』とは違い、会場に足を運んできているのはあくまでそれぞれの賞にノミネートされた人達のみ。つまり、各賞に惜しくも漏れた――前年までの『速報!』なら、とりあえず歌だけは聴くことが出来た当落ボーダーライン上の歌手は…今回の新システムだと、もはや自分の歌を披露する場すら与えられない。私が内心恐れていた「歌手がバラバラにやって来て、バラバラに歌う。(そして恐らく、バラバラに帰る。)」という嫌な想像は、「これまでは受賞歌手とともに楽しめた“残念で賞”歌手の歌が、もう聴けなくなった。」という、実に嫌な“おまけ”付きで、現実のものとなったのである。受賞歌手の「みんな」は――。賞の種類など関係無く、バラバラな順番(←それは、もはや「順番」とは呼べないかもしれないけど)で会場にやって来た。そして更に、その到着の仕方が、実に奇妙だったのだ。 到着した歌手は、まず最初に会場建物の玄関前だか玄関ホールだか…とにかく、この文章の最初に書いた二つの部屋(司会者のいる「狭い部屋」と、歌を歌う「広い部屋」)のいずれとも異なる第三の場所に現れる。そして、その場所は先の二ヵ所とは完全に離れた別の場所。なので、そのままではせっかくやって来た歌手の姿、視聴者はもちろん司会者達も見ることが出来ない…。 と、ここで例の「“最新型”テレビ電話」が初めて役に立つ(?)のである。 「○○賞受賞の××さん、ただいま到着致しました!」司会者達のトークに割って入るレポーターの声。すると…私も含め、全国の視聴者が見ているテレビの画面に。スタジオ内の司会者達が見ている「テレビ電話」のディスプレイと同じ画像――白黒で目の粗い、ひどく不鮮明な映像が映るのだ。 じわじわと表示されるぼやけた画像は、よく見ればその着いたばかりの歌手、ご本人の姿。で、その“じわじわ画像”の向こうから聞こえてくる歌手の声(画像よりはだいぶマシだが、これも若干不明瞭)と、しばし会話するスタジオの和田アキ子。「××さんですかー。」「あ、アッコさーん、今晩は!」「この度は○○賞おめでとうございまーす。」「ありがとうございます。…では、今からそちらに行きますので。」「はい、お待ちしています。」 数分後。今度は歌手は「狭い部屋」にやって来て、そこでしばし司会者達とのトークを展開。そしてその後は「広い部屋」に移動。そこで自分の持ち歌を熱唱し、そこで出番は終了する、という――。 …こうして書いていると。何だか私、段々自分の記憶に自信が持てなくなってきそうである。だって、あまりにも“不自然”ではないか。 「玄関」→「狭い部屋」→「広い部屋」 いちいちこんな面倒くさい移動をさせるより、歌手本人には直接「狭い部屋」に行ってもらった方が、どう考えても番組の進行はスムーズなはずなのに。というか…そもそも、「狭い部屋」と「広い部屋」を別々に用意することの意味自体も、まるで“謎”だし。うーん、これは一体何故…。「やっぱり、テレビ電話メーカーとのタイアップ?かなあ。」「それとも、“バラバラ来場”と“『残念で賞』歌手の不在”を目立たなくするため?」「あるいは…『玄関』『狭い部屋』『広い部屋』…以上三ヵ所の映像、実は全て“別撮り”でした、とか?…まさかね。」――考え出すと、今でも“謎”は尽きない。 …再び、番組の話。 “完全順不同”で徐々に会場に現れては、トークの後、歌う(で、帰る?)歌手達。中には、都合により会場に来ることが出来ず「そちらに行けなくてすみませーん。」と、テレビ電話の向こうで詫びる者(もちろん、この時も“じわじわ画像”付き)もいたが…とりあえず、それでも番組は何とか順調に進んでいた。…まあ、本当のことを言えば、当時のご時世としては「受賞しておきながら、会場に来れない」ことも、充分言語道断な“おきて破り”なのだけど…それはおいといて。 やがて、番組は中盤に差し掛かった頃。「…あ。」その日、私が『速報!日本レコード大賞』で最も見たかった――聴きたかった受賞者が、ようやく現れた。「あ、『たま』だ!」
2005年12月27日
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…お気づきだろうか?私、ここまでの(もう既に相当長い)文章を書いている間――この番組の“進行役”の名前については一度も明記せず、単に「司会者達」とだけ書いてきた。その名前に具体的に触れなかった理由…決して、「忘れてしまった」からではない。 長い長い“前置き”も済んだのだし。もう、伏せる必要もないだろう。 その年の『速報!日本レコード大賞』の司会者、それは――和田アキ子。そう、やれ「ゴッド姉ちゃん」とか…あるいは「芸能界のご意見番」とか。そんな、キャッチフレーズ(というか枕詞というか…)でおなじみの、あの“歌手”の和田アキ子。彼女が、この時の司会者だったのである。いや、厳密には他にあと一人か二人、アシスタント的な役割のアナウンサーまたはタレント(?)。更にあるいはそれとは別に、リポーター役の人間なんかも何名かいたのかもしれないのだけど。…ただ、どうもその辺のことについては、ほとんど記憶がない。 というのも――それはやはり、“和田アキ子のせい”、だと思うのである。どうも、私の頭の中では「“歌手”の和田アキ子が、『速報!日本レコード大賞』の司会をしていた!」ただそのことだけが、あまりにも印象強かったのだ。なので、それ以外のこととなると…正直、さっぱり。おかげで、他の人達に関する記憶は――。彼女と一緒に、確実にその場にいたはずの進行役の顔触れはおろか。もっとかんじんなこと、例えば ・『レコード大賞』の本来の“主役”、各賞を受賞した歌手達についての思い出(「誰が出たの?」とか「何を歌ったの?」とか) さえも、ごく一部を除いてはひどく曖昧なのだ。 ところで。『速報!』の番組冒頭にて「今年の司会は“歌手”の和田アキ子さん――。」ということが告げられた時…まず真っ先に、私は「うわっ…嫌だな。」と思った。 誤解がないように言っておけば、その時私が最初に感じた「嫌だ」という思い。これは、別に私が彼女個人のことを「好きだ」とか「嫌いだ」とか、そういう個人的な嗜好とは一切関係がない。私がそのように感じた最大の理由…それは「現役で活動している歌手が、賞レース番組の司会の座に収まっていた。」からである。 それでも、これがせめて「賞とは無関係な、通常の音楽番組の司会」とでもいうのなら、まだわかるのだ。例えば――。現在自分も第一線のプロとして活動しているベテラン歌手が、他の様々な歌手仲間を自分の番組に招き…「歌とは」「音楽とは」等の話題について、時には自分の豊富な知識や体験も織り交ぜつつ、ゲストと楽しく語り合う。――こういう場合であれば、「歌手=司会者」という“掛け持ち”は、決してマイナスではない。むしろ、番組全体を盛り上げるために大いに役に立つだろう。 だけど。何度も繰り返すけれど、『速報!日本レコード大賞』は「大賞」「最優秀新人賞」他、様々な各賞の受賞者を選出する番組。いわば、歌手同士・楽曲同士の「試合」なのである。なのに、その「試合」の仕切り役である司会者が、よりによって「現在歌手活動を行なっている(でも、今年の賞争いには加わることが出来なかった)“現役”の歌手」というのは…どうだろう?これ、スポーツの世界で例えるなら「地方予選で敗退した選手が、全国大会の開会式と閉会式の進行役を担当。…で、閉会式ではいかにも『もっともらしい』顔をしつつ、優勝者にトロフィーを渡す。」のと一緒ではないか、と思うのだけど。まあ確かに当時のテレビでは、様々な番組の司会者(の主流)が、それ以前の ・テレビやラジオ局(特にNHKとか)のアナウンサー出身者・落語家・漫才師(今の「お笑いコンビ」とは、若干ニュアンスが違う) 等の“言葉と喋りのプロフェッショナル”による「専業司会者」から、 ・俳優や女優(あえて、「役者」とは書かないでおこう)・歌手・アイドル・タレント(という肩書きの、でも“本職”はよくわからない人) 等の「兼業司会者」――というか、「司会“も”やってま~す♪」的な素人っぽい路線中心に、移行し始めた頃。だから、この「『レコ大』司会者・和田アキ子」という人選も…あるいは私以外の世間一般の人々から見れば、そう不自然なことではなかったのかもしれない。でも…少なくとも、私にとっては。「大体、“歌手”でありながら『自分の曲が全くエントリーされてもいない賞レース』の司会者を引き受ける、って…。どういう神経――もとい、どんな心境なのだろうねえ。」…やはり、どうしても。“びみょーな違和感”ばかりが残るものだったのである。 かくして。私の胸の底に、そんな微妙な “違和感の「おり」”を残したままで。“歌手”和田アキ子の司会による『速報!日本レコード大賞』は、やかましく…いや、にぎやかに(テレビ電話による“斬新な”中継、他――とにかく、いくつもの“『レコ大』史上初”に、番組全体がそわそわして落ち着かないのだ)幕を開け。そして、それでは「“歌手”和田アキ子、彼女の“司会力”はどうだったのか?」というと。それは、やがて番組の進行とともに少しずつ…着実に。その“器”をあらわにし出したのである。
2005年12月26日
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画面に映っていた司会者達(数少ない、その場に最初から居る人間)が、その時嬉々として語った新たな“お約束”…まとめれば、こんな内容。1.受賞した歌手の皆さんは、これから続々とここ(=狭い方の部屋)に到着します。2.到着した皆さんには、その後別室(=広い部屋)にて受賞曲を歌っていただきます。3.なお、皆さんが建物前に着いた時の様子は、“最新型のテレビ電話”にて随時お伝えします――。 話はちょっとそれるけど…ここで、この“最新型のテレビ電話”についての説明を、少々。 1990年。この頃は、確かいくつかのメーカーから家庭用の「テレビ電話」が発売されたばかり。発売当初、テレビでは頻繁にCMが流され…また、様々なメディアでも結構鳴り物入りで騒がれていた商品だった…のだけど。でも――結局、ターゲットであるはずの一般家庭にはまるで普及せずじまい。やがてはその存在自体も、世間からすっかり忘れ去られていった商品なのである。 え、「どうして売れなかったのか?」って?理由は、簡単。「テレビ電話」とはいっても…その実際の機能が、あまりにもお粗末なものだったから。確かに。それでも、その当時としては科学の粋と専門家の持てる技術を全て注ぎ込んで作った“最新型”だったかもしれない。だが…それでもその“最新型”は、我々当時の一般の人間が「テレビ電話」という名前からイメージする「電話の向こうの相手の表情や動作が、手に取るようにわかる。」という“夢”からはあまりにも程遠く。例えるならば――そう、せいぜい「モノクロ“じわじわ”紙芝居」とでも名付けた方がふさわしいような。そんな程度の代物だったのである。 画面は、白黒。画像のキメも、すごく粗く。そしてその粗い画像の動きも、「動画」というよりは…まるで、「静止画像」のスローなコマ送り。 まず、“画像・その1”が――小さな画面の上から下にかけて、徐々にじわじわと表示されて。で、“その1”の表示が終わると、今度は“画像・その2”の表示が、また画面の上から下にゆっくりと…(以下、繰り返し)。音声の方は(従来の電話同様)普通にスラスラ聞こえる(当たり前だが)だけに、なおさら、画像表示の遅さがいっそう際立っていた当時の「テレビ電話」。多分、その頃…何度も放送される“鳴り物CM”を見ながら。私だけでなく、恐らく大半の人は(一生懸命開発された技術者の方には、大変失礼ながら)こう考えていたのではないだろうか。「――売れるか、こんなモノ。」 …話、『レコ大』に戻して。先に触れた通り、当時としては“最新型”の――でも、今にして思えば(いや、当時でも?)かなりお粗末な性能だった「テレビ電話」。なのに、何故だろう?番組の司会者達ときたら…先に書いた「到着した歌手の姿を、“最新型”『テレビ電話』を使って中継する。」ということの斬新さについて、話の端々・折々でやたらと強調してみせるのだった。あるいは――もしかしたら、その時『レコ大』と(電話機を発売していた)メーカーとの間に、いわゆる「タイアップ」でもあったのかもしれない。しかし、“テレビ放送するための鮮明な画像”を確保することを考えれば…やはり、ここは素直にテレビ局の「テレビカメラ」を使うのが筋だろうに。「何もわざわざ、好き好んで『テレビ電話』(低性能・低画質)を使わなくても――。」その時の私の、正直な感想。 それに。大体、「テレビ電話」のことを抜きにしても。“続々とここに到着”“到着後、歌っていただく”ということは…「歌手がバラバラにやって来て、バラバラに歌う。(そして恐らく、バラバラに帰る。)」?仮に、そうだとすると。――これではある意味、普段テレビで放送されている“通常の歌番組”以下、ではないか。「番組の最初から最後まで、出演者全員がその場にちゃんと居る。」そんな簡単で、かつ(当時としては)当然のことすら満足に出来ないような、“まとまり”も“緊張感”もまるでない歌番組…。「それが、今年の『レコード大賞』なの?」『速報!』と『輝く!』、これら二つの『レコード大賞』を子供の頃から毎年見てきた私にとって、その変化はどう考えても「改善」ではなく「改悪」だった。 さて。以上、ここまで(番組開始から、まだわずか数分)の間だけでも、その年・1990年の『速報!日本レコード大賞』にはだいぶ「がっかり」させられた私であったが。実は、私の「がっかり」――まだ、それだけでは終わらなかったのである。
2005年12月25日
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先にも書いた通り、毎年暮れの恒例だった『速報!日本レコード大賞』だが。でも、その年の『速報!レコ大』は――それまで私が見慣れていたものとは若干…いや、相当違っていた。 第一に、会場。それ以前、前年までの『速報!』の会場といえば。場所は――東京都内のどこかのホール。もしくは…有名ホテルの「○○の間」なんて名前のついた、そのホテルで一番豪華で収容人数も多い広間とか。まず、そこにはもちろん歌手達が歌うためのステージがあって。ステージ上には、全ての演奏に対応出来るオーケストラ(当時、ロックやフォークソング等の一部のアーティスト以外は、皆たいてい同じオーケストラの演奏で歌っていたのだ)もスタンバイ。それから、後は「みんな」が座るためのたくさんの座席も。…あ、この場合の「みんな」というのは ・各賞の候補者(出演する歌手達)・その関係者(作詞・作曲・編曲者、スタッフ、他) などの人達のこと。そんな大勢の「みんな」が、 「ホール会場」の場合は、その客席の一番ステージ寄りの座席に(残りの席は一般の人達)。「ホテルの広間」の場合は、室内にたくさん並べられた円卓を囲むようにして置かれた椅子に。 ――といった具合に、各々自分の席にて待機し…で、いざ自分の出番が来たら、その席から立って目の前のステージに向かう。薄れかけた私の記憶…あるいは、その中には大みそかの『輝く!』で見た光景も若干混在しているかもしれないけど。でも、確かおよその雰囲気はこんな感じでほぼ間違いなかったと思う。 しかし…そんな、それまでの豪華な場所に比べると、その年(1990年)の“会場”ときたら――。てっきり、例年のように「きらびやかで、華やかなステージ」が画面に映し出されると思いながら番組を見始めた私は、まず冒頭でこう感じた。「え…ここでやるの?」 その時の『速報!日本レコード大賞』の“会場”、それは――「会場」とは名ばかり。TBS局内だったのか、あるいはそれ以外の別の場所だったのか…とにかく、東京都内の“どこか”。スタジオ設備のある建物だった。その建物の中にある、(確か)二ヵ所のスタジオっぽい空間。その部屋(?)のみが、『速報!』“会場”のほぼ全てだったのだ。 二種類の部屋は、その役割も別々。まず一ヵ所は、各賞に選ばれた歌手が自分の歌を歌うための、まあそこそこの広さのある部屋。そして、もう一ヵ所は…司会者達等、番組を進行していく数名の人間が待機するための、少々こじんまりとした部屋だ。こちらの部屋は前者の部屋よりは照明もやや薄暗く、なおかつ部屋全体が若干雑然としていて――スタジオはスタジオでも、「テレビ」ではなく「ラジオ」の番組の収録でもしそうな、そんな雰囲気の場所だったと記憶している。 更に。「何か…貧相、だなあ。」「貧相」――本来、華やかであるはずの賞レースには最も似つかわしくない言葉。私が番組全体にそんな印象を持った原因、実は単に会場の質素さのせい…だけではなく。「貧相」に感じたのも当然なのだ。だって、「みんな」が――これから登場し歌うはずの歌手達が、何故かその時点では一人もその場にいなかったのだから。 それから数分。番組内で司会者達が語る説明を聞いていた私は、ようやく「その年の『速報!レコード大賞』が、これまでのものとは全く違う。」ということを徐々に理解し始めた。 それまでの『速報!』の場合――。各賞の候補である歌手達は ・賞の種類ごと、候補者達はまとまってステージに登場。横一列に並ぶ。・列の端の人から、自分の持ち歌を歌う。なお、その間も他の歌手はずっとステージの上。・全員が歌い終えた後、(横一列に並んだままの状態で)選ばれた人の名前が読み上げられる。 というように、登場の順序も歌う順番も、かなり厳密に決められていた。順番が厳密なのは、賞そのものの発表も同じ。番組が始まったら、まず最初が「新人賞」。それからいくつかの部門賞が続き、一番最後に「金賞」受賞者を発表して番組終了――当時は、これが『レコ大』のみならず“賞レースもの”の番組全ての定番だった。なお、この順番は 「新人賞」→「最優秀新人賞」「金賞」→「日本レコード大賞」 と置き換えれば、年末の『レコ大』もほぼ一緒。つまり、例えば“「新人賞」(「最優秀新人賞」)の候補者を、「金賞」(「日本レコード大賞」 )の後に発表する。”なんて“下克上”的な順番に変わる…なんてことは、本来絶対有り得ない。「あってはならない」はず、の禁止事項だったのである。 ところが。私が見ていた『速報!』ときたら…何と、大胆にもその“お約束”をぶち壊す――というのである。
2005年12月24日
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十数年前までは。テレビで『速報!日本レコード大賞』(TBS系)が放送されているのを見ると「あー、今年も“あと、ひと月”でおしまいか…。」なんて思ったものだった。 …え?「何、変なことを――。『レコード大賞』は大みそかの番組。それを言うなら、“あと、ひと月”じゃなくて“あと、一日”。というか…“あと、数時間”でしょう?」 いや。私、別に勘違いしている訳ではない。だって、同じ『レコ大』は『レコ大』でも…大みそかにやる『レコ大』は、『輝く!日本レコード大賞』(TBS系)。でも、私がこれから書こうとしているのは――“もう一つの『レコード大賞』”、『速報!日本レコード大賞』という番組のことなのだから。 『速報!日本レコード大賞』(TBS系)。この番組が「一体どんな番組なのか?」ということを、ひと言で言うならば――そう、「『輝く!日本レコード大賞』の予選大会」といったところだろうか。 例えば――毎年12月31日の『輝く!日本レコード大賞』(「輝け!」ではなく「輝く!」が正解――念のため)では、その年デビューした数組の「新人賞」歌手の中からたった一組の「日本レコード大賞・最優秀新人賞」が選ばれる。これはまあ、『レコ大』を見たことのある人ならば誰でもよく知っている基本中の基本。 一方――その『輝く!』からさかのぼること、約一ヵ月。放送時期は…確か、毎年11月の下旬頃だっただろうか?『速報!日本レコード大賞』では、前述の「最優秀新人賞」の候補者である「新人賞」(「最優秀」が付かない)の歌手・計5組(当時)が、その年デビューした多くの新人のうちの数組から選ばれていた。つまり… ・「新人賞」候補の歌手全員、自分の持ち歌を順に披露。・別室には、厳正に協議及び選考をする「日本レコード大賞」の審査委員一同。・歌い終え、ステージ上で横一列に並ぶ歌手達。そして、その頭上でくるくる回るスポットライト。・選考された「新人賞」受賞者の名前を、司会者が一人ずつ読み上げて発表していく。 と、まるで大みそかの『レコ大』の時とほぼ同じような“「新人賞」決定”までの一連の様子が、全て全国に生放送(これも『輝く!』と同様)される番組――それが、この『速報!日本レコード大賞』という番組だったのだ。 もちろん、この『速報!』の番組内で選ばれる賞は、「新人賞」だけではない。「日本レコード大賞」の最高峰である「レコード大賞」――その候補となる「金賞」歌手・計10組(当時)の選ばれる模様も、前述の「新人賞」の時とほぼ同じ段取りで放送される。これに…あとは、やれ「作詞賞」とか「作曲賞」や「編曲賞」。その他、いくつかの各部門賞(といっても、昔は今ほど賞の種類も多くなかったが)の選考・発表等も加わり。そして、そこには当然大みそかの“本番”には出ない(=選考に漏れて出れない)歌手も多数出席していて、その年の自分の持ち歌を披露してくれる訳で。だから…曲数・人数的な面だけで言えば、むしろ『輝く!』よりも『速報!』の方が“広く浅く、その年のヒット曲をカバーする顔触れが勢揃いしている番組”とも言えるのだ。 私がこれから書くのは――そんな『速報!日本レコード大賞』という番組がまだテレビで放送されていた、今から十数年前の話だ。 「今から十数年前の――」なんて、曖昧な言い回ししたけれど。実は、年度だけはきちんとおぼえている。平成二年(1990年)、11月のある日の『速報!日本レコード大賞』なのだ。
2005年12月23日
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何とか…何とか。完成がズルズルと遅れていき…その結果なかなか発表することが出来ずにいた、「忘れようとしても~」用の長ーい文章。それが――明日ようやく、発表のメドが立ちました!「完成した」「完成のメドが立った」ではないところが、微妙ですが…まあ、それは無視して。…本当なら、「完成」とまではいかずとも、せめて今夜中に“発表の”ではなく「“完成の”メド」ぐらいまでは駒を進めたかったのですけどね。でも、1.文章を入力中、パソコンが繰り返しフリーズ。2.画面に残っている文章をデジカメで撮影しようとした(再起動後、それを見て入力し直すため)ら…デジカメが電池切れ。3.充電しておいた別の電池を使おうとしたが…どれも皆、ことごとく放電状態。(唯一放電しきっていない電池を見つけて、ようやく撮影→保存。)4.あげくの果てに、いきなり「メンテナンス」が始まったり(すぐ終わりましたけど)。という、嘘のような災難に何度も見舞われ続け…とても無理でしたよ。――ああ、もしや今日のこよみ、「仏滅&三りんぼう」(深い意味は知らないが、明らかに不吉っぽい…)とかなのでしょうか?
2005年12月22日
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タイトル↑の通りであります。詳しくはこの文の下に表示されている「最終更新日時」↓を見ていただければ――って、矢印多いですね。それでも、昨日の時点でようやく“あとは、今夜さえ頑張って追い込めば…何とか”というところまでは来ていたのですが。なのに、寝てしまいました(またかい)…ああ、私のばかばか。年内に完成…は、何とか間に合うと思うのですけど。でも、今度は完成したところで「…年末の忙しい時に、こんな文章(馬鹿みたいに?長い)読んでいる暇なんかないやい!」(by世間の声)のような気がします――。
2005年12月21日
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――おかげ様で。毎日(というか、毎晩)少しずつ書き進めてきた「忘れようとしても思い出せない」用の文章も、何とか完成にこぎ着けそうです――あと数日(!)もあれば。「こんなに日数かかったあげく、まだ『こぎ着け』てないのかい!」という突っ込みは…とりあえず置いといて。で、その作業と並行で「完成したら…どこで区切る?」という点についても、少しずつ検討を始めています。以前にも書きましたけど。どう考えても、“(最低)2分割…あるいは、それ以上”はしないと、とても載せられそうにないのですよね…長過ぎて。ところで。今夜たまたま、自分が何ヵ月も前に書いた「忘れようとしても~」の文章を読み返したのですが…今と比べると、その長さはえらく短いです。いや、正しくは「今(の自分の文章の方が、どんどん伸びていった」なのでしょうが。
2005年12月20日
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半分の水が入ったコップ。「“まだ”半分もある。」「“もう”半分しかない。」この2つ、どちらを連想したか?で、「あなたの楽観・悲観度」がわかります――。――ずっと昔、そんな心理テストを聞いた記憶がありますが…。「『忘れようとしても~』の長い文章、“まだ”完成しない…前の更新から“もう”何日も経っているのに~。」「年末の用事、“まだ”何も済んでいないのに…今年、あと“もう”10日ちょっとしかないよー。」「ああ、“まだ”書けそうな気もするけど…でも、今夜も“もう”遅いからなあ。」少なくとも現在の私の場合は…。上記の通り。“まだ”と“もう”、その意味するところはどちらも「悲観的」なのです。
2005年12月19日
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こたつにて。いつの間にか、眠ってしまっていたようです。今夜の「文章書き」も、とりあえずキリのいいところ(4~6割ぐらい?)まで進み。「もう眠いから…後の続きは、また明日。」と、早めに布団に入るつもりでパソコンの前を離れた――このあたりまでは、おぼえているのですが。…に、しても。「どうせ同じ“つい、うっかり”なら、何ですぐそばにある布団の方に行かないのだろう?」変な場所でうたたねしてしまい、目覚めた時には…いつも同じことを考えます。
2005年12月18日
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<その1・ちっとも「謎」じゃない話>…今夜も。いつもの、あれ――そう、「楽天広場」週末の恒例、「定期メンテナンス」(3:00~3:30)があるはず、です。幸い、昨日ひきかけていた(というか、ほぼ確実にひいていたような…)風邪も、今日は・こまめなガラガラうがい・睡眠(日中、空いた時間にちょこまかと寝た)のおかげで、なんとか小康状態になったし。「よーし今夜は、まず先にこの「日記」を投稿。で、その後は昨日の分も“長文書き”に没頭するぞ~!(これならば、「日記」投稿を「メンテナンス」に邪魔される心配もないし☆)」――と決意したのでした。<その2・ちょいと「謎」の話>昨日書いた「日記」「風邪の予感?」(最終更新日時2005年12月17日2時41分14秒)を見直していたら、私は“また”、「他人から見たらどうでもいいような入力ミス」を見つけてしまいました。「あーあ、私ったら。また、文章の中に余分な改行を入れてしまったよー。」本文の冒頭に、1行分の空白があることに気づいたのです。で、「どーれ、これは忘れないうちに直しておくか。」と考えた私は、早速「編集ページ」(の「日記/記事の投稿管理」欄)内にある「編集/削除」というページにアクセスした…のですが。そのページから、更に昨日の「日記」の編集画面へと進んだ私は――しかし、そこに表示された自分の文章に「…あれ?」というのも。そこに表示された(昨日の「日記」の)本文内には、どこを探しても例の“余分な改行”が全く見当たらなかったからです。「では、“空白”自体が私の見間違い?」かと思い、もう一度サイトの方に戻ってみましたが…いや、“空白”は確かに、そこにあるのです。ということは…はて?あるはずの“空白”がない、のか。ないはずの“空白”がある、のか――。考えているうちに、何だか訳がわからなくなってしまった私…。どうしていいかわからなかったので、とりあえずその昨日書いた文章を「そのまま(何もいじらずに)、『登録する』のボタンをクリック」で“更新”してみることにしました。すると…あら、不思議。元の文章は一字一句変えず、ただそのまま更新(というか、単なる「再投稿」?)しただけなのに。何故かそれまであった“空白”は消え、正しい状態に直っていました。(「更新日時」のみ、新しい日付に変わっていましたが。)ないはずの改行が1行分の“空白”となって表示され…で、また消えた。考えれば考えるほど、謎は深まるばかりですが――でもあまり考え過ぎると、せっかく封印しかけた風邪がまたぶりかえすかも?なので、追求するのはこの辺にしておきましょう。
2005年12月17日
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ああ今夜も、昨日に続き、“あれ”を書くつもりだったのに…。じんわりと流れる、鼻水。なのに、ちょっと詰まっている鼻。「これは――もしや、風邪の前兆では?」うーん、やはり前日の「夜明かし」が、身体に過剰な負担を与えた結果、なのでしょうかねえ。せっかく“書く気満々”の時に、ひと晩休止するのは残念だけど…でも、ここで無理して本格的な風邪をひいてしまっては、元も子もないですからね。という訳で、今夜は寝ます。…まあ、どっちみち、時刻は既に結構遅い(午前2時台)ですけど。
2005年12月16日
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(…あ、そうだ。“今日の”「日記」も、書かなくちゃいけなかったんだ!)――という訳で。昨日以上に“長い文”書きに没頭し…で、夢中になるあまり、“今日の”のことを、半ば忘れかけていた私であります(普通、忘れないだろうに)。それにしても。昨日も書きましたが…内容よりもかなり速い速度で(?)、字数ばかりがどんどんと“かさんで”おります。先ほど数えたら、とうとう「制限文字数」(半角1万文字)をも超えかかっていることが判明!…まだ、内容的には真ん中ぐらいなんですけどね。ああ、全く。いつになったら終わるのでしょう――終わるのでしょうか?
2005年12月15日
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「うたたね」その他で数日間停滞していた「忘れようとしても~」用の“長い文章”作り。でも、今夜は久しぶりに――うたたねをしなかったので――だいぶ書き進めることが出来ました。…ただ。“「だいぶ書き進め」た”のにもかかわらず、内容的には何だかさっぱり先に進んでいません。で、内容が進まずに、ただ字数ばかりがどんどん増えております。この分だと、次回も“2分割”は確実かも…?ああ、この調子では、果たしていつになったら完成するのやら?自分でも「…?」ですよ。
2005年12月14日
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ああ~。夜…入浴後、こたつにあたり。で、そのまま、朝までずっと熟睡してしまったみたいです。今、時刻は午前6時台――も、じき終わろうかという頃ですが。目の前の布団に入りそびれてしまった身(自業自得)としては、正直意地でも“朝のあいさつ”はしたくない心境ですよ。
2005年12月13日
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…いや、昔ウンナンの番組でやっていた“あれ”ではないです。今、時刻は午前5時を過ぎたばかり。…そう、私はまた、いつものように「うたたね」をしていた訳で。で、そこから30分ほど前に目覚めた私は、つい先ほど「楽天広場」内にある「新着日記」のページにアクセスしてみたのですが。「…あれ、もしや私、まだ寝ぼけている?」だってだって。ページ内に載っている全ての新着日記、その(更新)の日時が何だか変…?例えば。私が今見ている「新着日記(そのほか)」のページの中で、最も新しいどなたかの「日記」。その更新日時は「12/13 13:35」です。本日(13日(火))の、 午後1時35分ー?仮に、“半日ズレている”としても…何だか中途半端です(もしそうだとしたら、「午後2時台」とかもあっていいでしょうに)。あ、もしや――おとといの「日記」でも書いた、「今日・午前8時からの『メンテナンス』」って…この“ズレ”の直しも入っているのでしょうかねえ?そうだとしたら楽天様、「8時から」なんて悠長なこと言わず、今すぐ「“臨時”メンテナンス」を始めた方がいいと思いますよ…。
2005年12月12日
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「忘れようとしても思い出せない」の文章を書くための「まとまった時間」――。最近、それがなかなか確保出来ないまま…ああ、また新たな週がスタート!なのです。「まとまっていない(=細切れの)時間」なら、いくらでもあるのですけどねえ。
2005年12月11日
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今日は何だか、「サラ金(“キャッシング”だと、何だか借金を美化しているようで…あまり好きではないのです)CMのキャッチコピー」のようなタイトルで始まりましたが。『楽天広場スタッフblog』の昨日(9日(金))の「日記」――。「メンテナンス」の文字だけを見て、一瞬「ああ、また“いつも(週末)の”『定期メンテナンス』のことね。」と、早とちりしそうに。でも、もう一度よくタイトルを見直せば…「12月13日(火)8:00~11:00 メンテナンスを行います」――という訳で。“火曜日(平日)の、しかも日中に実施”という、むしろ“いつもの”とは全く正反対な「メンテナンス」の告知、だったのでした。あ、もちろん“いつもの”はいつもので、今夜もあと十数分で間もなく始まり…そして、予定通りにはなかなか終わらないはずです。なので、今日の「日記」はこの辺でおしまい☆それにしても…ああ良かった!「メンテナンス」が始まる前に、無事書き終わることが出来て。いつもだと、その前に午前3時(“メンテ”の開始時刻)になってしまい途方に暮れる――という失敗も結構多いですから。それこそまさしく、「ご利用…もとい、週末の更新は計画的に」ですよ。
2005年12月10日
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1.明日の朝は用事があるから、早起きしなくちゃ。2.「早く起きる」には――よし、いつもより早く寝よう。3.待てよ。ということは、あまり「日記」に時間掛けられないぞ。4.今夜こそは“長い文章”書きに没頭するつもりだったのに~。5.早く寝たいし、でも“文章”も書きたいし…ああ、どうすればいいの?――という葛藤を脳内で堂々巡りさせながら、悩むこと2時間以上。a.悩まずに、さっさと寝ていたら…?→たっぷり睡眠をとり、明日の朝はさわやかなお目覚め。b.文章書きに取り組んでいたら…?→完成は無理でも、それに近いところまではたどり着けていた…かも?aとb、どちらのパターンを選んでも、決して損はしなかったのに。何、無駄にだらだら起きてしまったのでしょうね、私ってば。…間抜けにもほどがあります。
2005年12月09日
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うーん…。「忘れようとしても思い出せない」用の文章作りが、なかなか先に進まない――。まずは、おととい書いた分の文章を読み返し(ひと晩寝ると、結構細部を忘れていたりするのです)。そして、その中にわかりづらい箇所を見つけたら手直しをして――と、それだけで今夜はもうおしまい。「頑張れば、もう少し先まで書けるかも?」という気もしましたけどね。でも、そうすると今度は今書いている“これ”を作る余力が残らなそうですし。という訳で、やはり今日は、キリのいいところまででやめておくことにしました。ああ…それにしても。やっぱり、昨日眠りこけて開けてしまった“穴”は大きかったですね。それさえなければ――今頃、完成の“めど”ぐらいは立っていたかもしません。
2005年12月08日
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…あーあ。せっかく、昨日“長い文章”を書くための「本腰」がやっと「入った」というのに。その昨夜の夜更かしがたたったのか――。つい先ほどまで、(ZZZ…。)こたつにあたったまま、すっかり熟睡していましたよ…こうなると、もはや「うたたね」とは言えない、かなあ。
2005年12月07日
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やっと…ああ、やっと。“長い文”こと「忘れようとしても思い出せない」の文章作りに、本腰が入りました。――いや、本当に「(本腰を)入れた」ではなく「(本腰が)入った」というのが、私の正直な実感ですよ(他力本願っぽいなあ)。で、こうして普通の「日記」を書いていることからもわかる通り…そう、今回も今夜ひと晩だけでは完成しませんでした。恐らく今度も、(前回同様)全文の完成までには時間がかかりそうです。そして…何だか今回もまた、文字数制限(全角で5千文字)をあっさり越えてしまいそうな予感?(…また、あんなに長くなるのか――。)「予感」というより、もはや「悪寒」の心境です。
2005年12月06日
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何をどう「救われ」たのか?はともかく。例によって、そう大した誤字でもありませんけどね。(こんな些細なこと気にしているの、「広場」内で私だけかも…。)久しぶりの訂正、なのです。昨日の「日記」「“酔い”がさめた後は」(最終更新日時2005年12月5日6時40分32秒)の句点が1ヵ所抜けておりましたので、それを以下のように付け加えました。(訂正前)・時刻も遅い(“寝ぼけ頭”故…文の良し悪しの判断力、欠如)(訂正後)・時刻も遅い(“寝ぼけ頭”故…文の良し悪しの判断力、欠如)。――なお。この訂正の裏で、「ああ、この誤字の『おかげ』で“あれ”が一日、先送りになったぞ…。」と私がひそかに安どのため息をついていたことも、ついでに付け加えておきましょう。
2005年12月05日
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昨日(3日(土))の「トラックバックアンケート」――。・書きやすい(ついついどんどん、文章が長くなる)。・時間が無い(書いたものを読み返す暇も無い…)。・時刻も遅い(“寝ぼけ頭”故…文の良し悪しの判断力、欠如)。とまあ、こんな“三重苦(?)”の中で書いた「日記」。<後書き~まとめ>の項でも触れましたけど。「こんな(浮かれた)回答で、本当に良かったのかしら…?」なあんて、先ほどうたたねから目覚めたばかり(前日とは打って変わり、頭すっきり)の私は、ふとちょっぴり、心配になるのでした――。
2005年12月04日
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<前置き~演出、多め?>結局、来週以降になることが確定してしまった「忘れようとしても~」の文章作り。(出来れば「以降」とは言わず、ぜひとも「来週」にしたいところ…。)そして。今夜もまた午前3時から、“いつものあれ”こと「定期メンテナンス」…のはず。でも――これを書いている今の時刻は、もう既に午前2時近く。もう、あまり時間がありません。ああ!こんな悪条件(?)の中、今日の「日記」には一体何を書いたらいいのかしら…?と嘆きつつ…ふと「楽天広場スタッフblog」に目をやれば――おお!ちょうどいい具合に、短時間でも答えられそうな「トラックバックアンケート」が~!!――とまあ、今時「小学校の学芸会」でもやらないような“芝居がかった前置き”はこのぐらいにして。11月28日付、「楽天広場スタッフblog」の「日記」(タイトル「またまた、トラックバックアンケートです」)にて、なかなか面白そうなアンケートをやっているのを数日前に見つけました。という訳で、今夜の私はこのアンケートに回答してみようと思います。※以下、質問の部分はその「日記」からの引用です。<本題~アンケートに答えよう>1.最近は書籍化されたり、ドラマ化されたりとブログが大注目です。 有名ブログが書籍化・ドラマ化されていることはご存知ですか?えーと…。まず『電車男』?――あ、あれは「ブログ」から、ではないな(正解:「2ちゃんねる」の掲示板から)。あとは、『実録・鬼嫁日記』。これは間違いなく「ブログ」、ですよね。ドラマ化以前、某ワイドショーでも紹介されていた記憶が…。それ以外は…えーと、『今夜妻が浮気します』も、違うし(これも「2ちゃんねる」だってば)。あれ?他にも確か、色々とあったはず、なのになあ。かんじんの記憶が…(これが本当の、「忘れようとしても思い出せない」状態)。2.話があれば、自分のブログを書籍化して本屋さんに並べたい! と思いますか?「それは、もう!喜んでー♪」と、手放しで大喜びしたいところ…ではありますが――でもね。例えば、その書籍の題名が『こんなブログは××だ』(↑「鉄拳」のスケッチブックネタのタイトルみたいだ…)だったりして。…で、私の書いた文章が「悪いブログの見本」として載る――こんな「書籍化」の「話」だったら、さすがにそれは、喜べるはずもなく。つまり、結局はその「話」の中身次第だと思います。(2.でYESの方のみ)3.複数の出版社・プロダクションからお誘いがあった場合、 何を優先して選択しますか?この設問を読んだ時――私の脳内には、往年の番組『スター誕生』の決戦大会の光景、(たくさんの芸能プロダクションが、有望な候補者にプラカードを高々と挙げて…)が浮かびましたが…それはさておき。決め手はやはり「その会社で、他にどんなものを作っているか?」でしょうね。どんなに他の条件(金銭面とか)が良くても、例えばそこの会社の一押しの本やドラマが「…え…。」と絶句してしまうような作品だったら――自分の書いたものを任せるの、とても不安ですから。4.書店には並べなくて良いけれど、自分のブログを自費出版して 親戚や友達に配ったり、記念にしたりしてみたいと思いますか?配る方(私)は「読んでね~♪」――まあ、いいとして。…問題は“配られる方の皆さん”ではないか、と(捨てたくても捨てられない?)。「人の迷惑」を考えるならば、「書店に並べた。…でも、売れない。」の方が、まだマシかもしれません――。<後書き~まとめ>…おっと。“ノリノリ”で楽しく回答を書いているうちに、たちまち時間は過ぎ。もう少しで、「メンテナンス」が始まる時刻なのです。(現在、午前2時50分台!)それにしても――答える私は楽しかったですけど…この回答、果たして役に立つのでしょうか?疑問なのです…。
2005年12月03日
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回りくどい表現↑をしておりますが。要するに、「今夜は『峠の茶屋』(←久々?の登場)の方の作業に時間を使います。なので、こちらは“そこそこ”で切り上げさせて下さいな。」――ということなのです。あ、なお「峠の茶屋」のことがわからない方は…“この「紙の日々記」を最初から最後まで、全て飛ばさず読んで探して下さい。”――では、さぞかし面倒だと思いますので。まあとりあえず、一番最初の「日記」「初めまして!のあいさつにかえて――私が楽天広場にやって来た訳」だけでも読んでいただければ、多分大丈夫ではないか、と。それにしても…今週は(今週“も”?)、“長い文章”を書く時間がほとんど確保出来ません。おかげで、せっかく書く内容は決まっているというのに、ずっと足踏み状態――これはもう“来週以降”、ほぼ確定ですね。
2005年12月02日
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こたつにあたっているうちに、いつの間にか眠っていました。…ある意味、「こたつ」で良かったかも?今日から12月。うたたねも時と場所を選ばないと、下手すると凍えかねませんから。――まあ、「時と場所を選んだ選んだうたたね」というのも、実に矛盾した、変な話ですけどね。
2005年12月01日
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