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ああ、「9月」も今日でおしまいか…。いや、実際には終わってから既に4時間(!)以上が経過していますけどね…まあ、その辺はご容赦を。…そして。「9月末日」ということは――“この『春花の実』を開設した日(2005年3月31日)から、今日で半年”ということなのです。…と、ここまで書いたところで。我がパソコンはいったんフリーズ。もっとも、私の場合「日記」の文章は毎回こまめに保存をしながら書いていて(根が、「石橋をたたいてこわす」性分ゆえ…)。だから、こうしてフリーズ後も「…ったく、もう~。」“面倒だなあ”と思いつつ、でもまたすぐ“書きモード”に戻れるのですが。ただ…今夜は何だか、まるでこのフリーズという“ずっこけ”までもが、まるで「半年、おめでとう~☆」的な華やかさとは全く無縁な、このサイトを象徴しているような気もします。――ここまでの、たったこれだけの文章を書くのに、もう40分以上の時間を費やしている私。「華やかさ」ばかりでなく、「速さ」とも縁がないのでしょう。ただ。文章を作ることはこのようにとても時間が掛かり…そして、時にはひどくつらくて苦しいのに。なのに私ときたら…どうやらそのつらくて苦しい“穴”に、すっかり(すっぽり?)はまってしまっているのです――それも、多分“頭から逆さま”の状態で。時刻、とうとう「5時」になってしまいました(「早さ」とも無縁みたい)。外は――もう、薄明るくなっていますが。でも私(まだ穴の中)は…ようやくこの文章を何とか書き終え、これからしばしの眠りにつくのです――。
2005年09月30日
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ここ『春花の実』の「掲示板」が「かちかち掲示板」という新しい名前になってから、今日で4日目――。しかし。「日記」の“葉桜未散の日記「紙の日々記」”(略して「紙の日々記」)が決まるまでに比べると、こちらはあまりにも大急ぎで出来た名前…。故に、正直私の頭の中では、未だに「えーと…『こちこち』?ではなくて。」「『こつこつ』は、違うよな~。」「あ、そうだ、『かちこち』だ!?」「…ではなくて。そうだ、『かちかち』!『かちかち掲示板』だー!」と、このように色々な“四文字擬音”がとびかっております。作った本人ですら、こんな調子なのですから。きっと、他の人からは「あ、見ましたよ――『“ぱきぱき”掲示板』♪」(←もはや、原型を留めていない…)なんて言われ間違い、これからもたくさんあるのだろうなあ。
2005年09月29日
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私が「日記」の文章書きに行き詰まった時(=毎日毎晩、そして今夜も…)には――。「楽天広場」のトップページに行き、「新着日記」のタイトルと本文(の冒頭)に目を通して気分転換をする…これが、習慣というか癖になっています。「広場」には大勢の、そして様々な人達がいます。だから、当然その人々によって書かれる「日記」は、タイトルも内容も実に様々。「眠いよ~」なんて、まるで私と同じようなことを書いている人もいる一方で、「おはようございます!」なんて、既に元気な朝のあいさつをしている人もいたりして。私にとっては「まだ、夜」であるのと同じ時刻が、別の誰かにとっては「もう、朝」なのですからね…不思議なものです。さて、これはごく最近。数日前のことなのですが。その夜も私、「新着日記」をざっとななめ読みしていたのですが…その時、思わず“嘘のような偶然”に遭遇しました。「今日は長い一日でした」「今日は短い一日でした」「新着日記」の一覧に並んでいた、確かこんな題名の2件の日記。いや、厳密には「長い」と「短い」の順番が逆だったかもしれないし、言い回しもこれとは微妙に異なっていたかもしれませんが…。でもとにかく、“その日一日(の時間の長さ)について、全く正反対の感情を持っている2人”が書いた「日記」が、その時はたまたま、同じ場所に前後して並んでいたのですよ。あまりのタイミングの良さに、私なんて一瞬「もしやこれ、“同一人物によるニ部構成の連続日記”では?」と疑ったくらいです。結局、その時は時間もあまり無かったため、「日記」の本文までは読めずじまいでしたが。でも、今にして思えば…あの時、両「日記」の本文まで読み比べておけば、よりいっそう面白かったかも?当の「日記」を書いた方々も、まさか自分達の書いた文章がこんな並び方になっていたとは…思ってもいなかったでしょうね、きっと。
2005年09月28日
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今日はどうしたというのでしょう?“まだ”午前1時台半ばだというのに、とても眠くてたまらない…。(まあ、この時刻を“まだ”と言っている私のことは、とりあえずおいといて。)しかし…この時刻で既にこれだけ眠いと――よくよく短い文章ならともかく、・「かちかち掲示板」にいただいた書き込みに返事を書く。・「紙の日々記」に、今日こそ「長い文」を書く。なんて高度(?)な“技”は、とても無理。あーあ、本当は今日中にこの2つのいずれか1つ(もしくは両方)を書いてしまうつもりだったのになあ。さて、それでは私はそろそろ寝ることにします。「○○には何を入れるのが一番いいだろう…?」シューベルト?モーツァルト?五木?それとも…なんてことを考える間もなく。多分今夜は、たちまち寝付けることでしょう。
2005年09月27日
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昨日、懸案だった「日記」「掲示板」の新しい名前も無事?付けて。で――今日になってから、私がしみじみと思ったこと。<しみじみ・その1>「昨日の『日記』、普段のものとしてはちょっと長かったような気が…。」<しみじみ・その2>「うーん、やっぱり“それでは皆様、ごきげんよう~♪”…でいったん終わり、あとは今日の分にしてしまえば良かったかも!」<しみじみ・その3>「ああ、そうやっておけば…。今日、予定していた“長~い文”を書く時間が取れずにお休みすることも、上手くごまかし…もとい、カバー(←横文字にしたって、同じこと)出来ただろうに。」まったくもう。昨日、ついうかれて調子に乗り過ぎたから・先週お休みした分も頑張り、「長~い文」を書く。・それに匹敵するような、短くても気のきいた文章を書く。――今日はいずれの余裕も無くなり…で、かくして今日の「日記」は特にまとまることもないまま、ただ“ぐだぐだ”と終わるのでした。
2005年09月26日
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「お待たせしました~!」…って。「こんなの、誰も“お待ち”していないよー。」と頭では理解しつつ。でも、それでも。大声で叫んだ――ような、そんなノリで書いてみたい気分。ここ1週間ほど、ずっと・悩んだり(本当に、この“案”でいいの?)・迷ったり(“選択肢”ばかり、どんどん増加!)・つまづいたり(『NG大賞』連続…以下、略)しながら足踏みしていた“「日記」&「掲示板」新名称開発プロジェクト”(←こんな名前、一体いつの間に?)――それが、ようやく今日、完了。「日記」と「掲示板」の新しい名前、以下のように決めました!<日記>葉桜未散の日記「紙の日々記」 <掲示板>かちかち掲示板さて。たったこれだけを書き、後は知らんぷり。で、“それでは皆様、ごきげんよう~♪”で終わってしまうのでは、ちょっとあまりにも…。なので、ここからは「どうしてこんな名前になったの?」という由来について、簡単ではありますが記してみようかと思います。まずは「日記」。「日々記」というのは、もちろんこれ(日記)が、イコール「日々の記録」であるから。そして更に、「日々記」(ひびき)という語の音が「響き」と一緒であるということも、実に私好みでした。そもそも…このサイト『春花の実』の名前だって、「先頭ページ」でも書いてあるように“頭の中の意図的誤変換”の産物ですからね。では、“何故その「日々記」の前に、「紙の」が付いたのか?”というと。実は、最初の案では何も付け加えずに、ただ「日々記」とだけするつもりだったのですよ。でも、そのうちに「『○○の日々記』の方が、語呂がいいな~。」と思い始めまして。数々浮かんだ「○○の~」の中から、最終的には「紙の~」が生き残り、で今回の名前となった訳です。「紙の日々記」――あえて意味づけするならば、「パソコンで書いてはいるけど、気持ちの上では『紙』に向かって書いているような…そんな日々の記録」といったところです。次は、「掲示板」について。「さんざ『迷ってる』ようなこと何度も書いて…で、その結果が『かちかち~』!?」と誰かに笑われてしまいそうですけど。…最初の最初。まだぼんやりと、名付けを考えていた頃――私の頭の中には、もっと気取った(というか、変に“こじゃれた”)名前ばかりが候補にあがっていました。しかし。前にも「日記」に書いたように、そのうち「日記」と「掲示板」の統一感が段々と欲しくなってきたのです。「かちかち掲示板」の“かちかち”は――。シャープペンの芯を出す時の、あの音。“カチカチカチ…”なのです。よく、会合等で“筆記具持参”を求められる際には、お知らせのプリントに「紙と鉛筆」なんて書いてあります。だから、初めは「えんぴつ掲示板」にしようか、とも思ったのですけど…でも。「私が今、筆記具で何を一番よく使うか?」と考えると…やっぱり、“『鉛筆』よりも『シャープペン』”なのですよね。だから、「かちかち掲示板」。こちらは、今日の「日記」のタイトルにも書いたように、ちょっとまだ流動的(だって、思いついてからまだ日が浅いし)…。だけど、とりあえずはこの名前でしばらくやってみようかと考えています。最後に、もう一つだけ。「どうして、『カチカチ』ではなく『かちかち』にしたの?」これは、単なる雰囲気重視。あとは…字が並んでいる時の“見た目”(ひらがなの方が、心もち読みやすいような)もあります。…なお、「かちかち掲示板」に決めた直後。ふと「うーん、これって何だか昔話の『かちかち山』っぽいよなあ。」なんて感じたことも、一応ここに付け加えておきます。
2005年09月25日
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ああ、今夜も。「OKテイク」(昨日の「日記」参照)どころか、「NG大賞、2年連続で受賞~!」のような気分…(嬉しくないってば)。・昨日(23日(金))の分の「日記」「『NG大賞』一人勝ち」(最終更新日時2005年9月24日6時25分27秒)を送信する際、うっかり・今日(24日(土))の分として投稿してしまう、というミスを――。その間違いに気づいたのは今日のお昼近く。もちろん、慌てて訂正。だからほら、冒頭では「今、時刻は午前6時を回ったところ。」と書いているくせに、その「最終更新日時」が何だか変でしょう?さて、ところで。今週ずっと悩み続けてきた、「日記」および「掲示板」の名前について。なかなか一つにしぼれなかった――むしろ、考えれば考えるほどに、候補ばかりがどんどん増えていった――そんな、「掲示板」の名前ですが。ようやく、明日こそは今までたくさん登場した“有力候補”の中の一つに決定出来そうな予感…。あとは、これからひと晩眠った後で急に気が変わったり…とかでもしない限り、多分大丈夫でしょう。手続き上は、3分もあれば充分済みそうな簡単な更新…。わざわざ“この続きはまた明日!”と、もったいぶるほどのことでもないのですが。でも…まあやはり、この更新は明日の分に回した方が「日記」としての収まりも良さそうですしね。という訳でして。だから、“この続きはまた明日!”なのです。
2005年09月24日
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今、時刻は午前6時を回ったところ。“峠の茶屋”の方の文章を慌てて書き終え、次にこちらを書いています。そう、本日もまた「秋の彼岸疲れ」(…って、ただの「墓参り」ですが)により、うたたね…。――まあ私の場合、これは別に「彼岸」に限ったことではない“いつものこと”ですけどね(←こらこら、開き直るな)。あーあ。全く…タイトルにも書いた通り、今のところ「“NG”出しまくり!」という感じ。明日こそはちゃんと、念願の「OKテイク」が出せるかしら?
2005年09月23日
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昨日の「日記」「「E電」「実年」の“失敗”は繰り返すまい」(最終更新日時2005年9月22日6時48分27秒)の入力ミスを一部(実に、ささいな一部)訂正。(訂正前)“揃ってどーん!(←あ、発表の“音”です)”という予定…しかし、こんな調子で今週中にちゃんと決められるかしら(優柔不断)。(訂正後)“揃ってどーん!”(←あ、発表の“音”です)という予定…しかし、こんな調子で今週中にちゃんと決められるかしら(優柔不断)。――つまり、「“”」の位置を動かしただけ。こんなどうでもいい…いや、つい見落としそうな細かい間違いに気づくことが出来たのは、「『掲示板』の名前、まだ決まらない…ああ、今日の『日記』に何て書こう?」と悩みながら、昨日書いた文章を再度読み直していた“成果”でしょう。ところで。長い文章書きをお休みにした今週のことを「番組改編期」に例え――でもその割に、今のところはこの『春花の実』、何一つ“改編”されておりません。で、あげくの果てには今日の誤字(?)訂正…これでは「番組改編」というよりは、むしろ『おわびと訂正(の放送)』もしくは『NG&ハプニング大賞』(まあこれは、実際の改編期にもよくありますけど)という気がします。
2005年09月22日
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名前――。「日記」については「ま、これ(=先に考えてあった名称)でいいかな。」昨日触れた「その1」・「その2」の点は若干気になるものの…頭の中では、ほぼ内定。「いっそ、こちらだけでも先行発表しようか?」とも考えましたが。ただ、「掲示板」の方がまだなのですよね。<A案>「日記」同様、最初に思いついた名前をそのまま採用。<B案>「日記」との統一感が出るよう、新たな名前を作り直す。のいずれにするべきか?で、まだ私の気持ちは揺れています。「日記」と「掲示板」、2つの名前が決まったところで“揃ってどーん!”(←あ、発表の“音”です)という予定…しかし、こんな調子で今週中にちゃんと決められるかしら(優柔不断)。それにしても。今はこれだけ一生懸命「いい名前を!」と悩んでいますが…でもきっと、完成後は“『日記』がねえ…”“『掲示板』のことだけど…”「結局は回りくどい『固有名詞』ではなく、誰にでもわかる『一般名詞』で呼ぶことになるのだろうなあ。」――そんな“未来”が、ふと頭をよぎりましたけどね。
2005年09月21日
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<昨日までのあらすじ>時は9月――。週1回の恒例“長ーい文”を書くことをサボって…もとい、犠牲にしてでも。「今週中に、何としてでも『春花の実』の気になる箇所を直していかねば!」そう決意した葉桜未散。しかし。その道のりがいかに厳しく、険しいものであるか…その時の未散は、まだ知ろうはずもなかった。――すみません。いきなり出だしから、真面目にふざけてしまいました。…それにしても。私、こういう文章だとすごく楽に書けるな~。話を本題に戻して。今日の午後。私は「気になる箇所」のうちでも、まずは“最も楽そうなところ”から手をつけることに決め、机(実はこたつの台←年中、出しっ放し)に向かいました。さて、それでは“最も楽そうなところ”とは一体どこか?というと。それは――「掲示板」と「日記」の名前付け、なのです。だって…この「名前付け」をするにあたって、必要な作業といえば――。1.名前の候補をいくつか考える。2.その中から、一番いいと思うものを選ぶ。3.2で選んだ名前を、編集画面にて入力…で、出来上がり♪これぐらいですからね。しかも。上記の3段階のうち、1と2については既に私の頭の中でおおよその“当選”も決まりかけていましたし。「ということは…後は、3の『入力する』だけかあ。」やったね!楽勝だよ――そう思った私は、すっかりリラックスモードになっていたのでした…が。机(←くどいようですが、本当はこたつ)の上に置いた紙片に、「日記」「掲示板」それぞれの名称の“候補”を書き並べていた私は、やがて「頭の中」で考えていた時にはあまり意識していなかった2つの問題点に気がつきました。それは――。その1「文字にするとおかしい」「“素晴らしい音”に“良い意味を持つ文字”を当てはめたのだから、当然素敵な名前になるはず…。」とすっかり思い込んでいて。しかし、いざ実際に書いてみると――まず読みにくいし、“見た目(=字面)”も何だか変。その“変”の感じ、例えるならば「“安全運転の不自由な方々”の(ひと昔前の)スプレー落書きのようなセンス」とでもいったところ。その2「統一感が無い」「日記」の名前と「掲示板」の名前――それぞれを別個に考えて作ったため、音および雰囲気的に、何一つ共通点が無い。どちらか一方だけで使うのならば、まだしも。2つの名前、それら両方を並べてみると…全くバラバラ。まるでそれぞれ、別のサイトから持ってきたみたいに違う。かくして。「これで今夜は、久々にいつもより早く寝れるぞ…しかも、“更新×2”のおまけ付きで♪」という私の“甘ーい”計画は、あっさりコケてしまいました。それにしても。“最も楽そうなところ”の段階で、こう簡単に挫折してしまうようでは――この後、他の更新箇所(予定…は未定)は果たしてどうなることやら。我ながら先が思いやられますよ。
2005年09月20日
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「番組改編期のせいか…今日のテレビは、特別番組が多いねえ。」そんなことを考えているうちに――。「むにゃむにゃ…ぐう。」(←古典的な擬音)3時間ちょっとうたたねをし、ついさきほど(午前4時ちょっと過ぎ)目をさましたところです。さて、タイトルの「“9月”だから…それが何だっていうのさ」ですが(↑語尾が微妙にきつくなっているな~)。この頃――。「気力」はともかく、「体力」的にかなり色々と溜まっているし。先月「タイトル画像」をいじったものの、その後は更新方面もずっと放ったらかしだし。そこで、“9月”なのですよ。冒頭でも書いた通り。「9月」といえば…それは「番組改編」の季節なのです。そういえばこの『春花の実』も、開設してからもうすぐ半年。テレビ番組的に言うなら、「2クール」?なので今週はテレビ界同様、“通常営業”はちょっとお休み。で、そこで浮いた人員――もとい余力を投入し、サイト内で手つかずのままだった細かいところをいじっていこうかな、と思ったのです。まあ、それでも“むにゃむにゃ以前”は「でも…それでもやっぱり、『長~い文』をお休みしてまでというのは、ちょっと…うーん。」というかっとうも、まだちょっと残っていたのですけどね…でも、結局はこうしてうたたねしてしまったことで、もはや今から長文を書く時間など無くなってしまいましたからね。ん…そうすると。先週の長い文、あれはテレビ番組でいうところの「○時間スペシャル」ということになるのでしょうか?――その割には、長さはいつもと大して変わりなかったけど。…あ、それとも「15分拡大スペシャル」か?(改編期、これもよくありがち。)あ、そうそう。一応「番組改編期」になぞらえてはありますが…だからといって決してこの『春花の実』が「2クール打ち切り」になり、新番組ならぬ“新サイト”が始まる訳ではありませんので、念のため。今からこんなこと言うとミもフタもありませんけど。恐らく「改編期」終了後もそう大きな変化などはなく、多分“改編前”とほとんど変わらない番組…もといサイトのままだと思います。もしかしたら、ある意味「改編期」とは名ばかりの「秋休み」かも――だって…それは、実際のテレビ界(の番組)だって、たいていそうでしょう?
2005年09月19日
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“峠の茶屋”の文章を書く前、書いた後。こちらの「日記」(これです)を書く前、などなど…。と、いくつかの“用事”をかたづけながら――。その合い間合い間で何回も仮眠を取っているうちに、もう(=また)朝になってしまいました。これを書いたら、またもうひと眠りの予定です…。
2005年09月18日
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<口実・その1>「今夜は…週末恒例の『メンテナンス』があるものね。」<口実・その2>「それに明日は、いつもより早起きする用事もあるし。」こんな、実に薄っぺらな口実(「メンテナンス」開始にはまだ間があるし、「用事」の実体は単なる“遊びのお出掛け”)をたてにして、今夜の私は、もう休ませていただくことにします。まあ、「もう」とはいっても…今現在の時刻は「午前1時台後半」なのですけどね。いつもの私なら――絶対「もう」ではなく、「まだ」ですよ。
2005年09月17日
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「日記」を投稿すると、すぐにその内容が書かれている「保存用メール」が自分あてに送られてくる――。このことは、「楽天広場」でサイトを開いている人であれば、恐らく皆さんご存知でしょう。が。昨日とおとといは、この「保存用メール」の到着が何故か妙に遅く…おかげで、次のようなことが起こったのでした。<おととい>1.投稿したが、メールがなかなか届かない。2.数分後――訂正をする時のように「編集画面」を開き、そのままの(何も訂正していない)状態でもう一度投稿。3.若干の間の後…「1」と「2」、2回分の「保存用メール」が届く。<昨日>1.投稿したが、メールがなかなか届かない。2.「もう一度!」と、数回(2、3回?)投稿のボタンをクリック。3.少し経ってから、クリックを繰り返した数(3通)と同数の「保存用メール」がいっぺんにまとまってに到着。ところで。「昨日」のアクシデントがらみで、私は偶然あることに気がつきました。それは――「1」と「2」、計2回の投稿時刻には約4分もの違いがあるにもかかわらず、実際サイトにアクセスしてその日の日記内の「最終更新日時」の欄を見てみると…何と、そこは「2」ではなく「1」の方の投稿時刻のままになっていたのです。つまり。後からクリックした「2」の投稿については、「保存用メール」が送られてくるのみ。どうやら「日記」の“中身”を変更しない場合は、「最終更新日時」は変更なし、みたいです。さて、それで思い出したのが――以前「広場」側のシステムのトラブル?のために「保存用メール」が届かなかった時のことです。あの時は、仕方がないので代わりに“ニセモノの「保存用メール」”を自分で作り、それを保存することで我慢したのでした。そこで。「もしや…。」と思い、その時の日記(タイトル「一周遅れで先頭集団?」)の「編集画面」を開き。そして、そのまま何もいじらずに、もう一度投稿ボタンをクリックしてみたら――。「やったね♪」「最終更新日時」を変えることなく、無事「保存用メール」のみを入手することに成功しました。ああ、最初からこんなに簡単だとわかっていればなあ…もっと早めに解決させていただろうに。
2005年09月16日
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「寝過ごし」はもはや、私の“日課”なのか――。「ちょっとだけ、ひと眠りしてから…。」と思って横になったら。やっぱり例によって、ぐっすり眠ってしまいました。(「“ひと”眠り」だから、“一回分”と考えれば…ある意味正しい?)でも、昨日長い文章を書ききった(達成感~♪)なので、こんな“つい、うっかり寝”の後だけど、気持ちは軽やかです。ん、それとも。「軽やか」は単に、熟睡のせいかなあ?
2005年09月15日
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ミッキーマウスが嫌い、だった。子供の時から、ずっと。小学校の頃だって…同級生の女の子達が、ノートに鉛筆で模写した絵を互いに見せ合い、「誰の描くミッキーマウスが一番上手いか?」について盛り上がる、そのすぐ側にいる時でも…私の気持ちは、いつもさめていた。何故、私はミッキーマウスが嫌いだったのだろう。「そもそも、どうして嫌いになったのか?」それについては…何もおぼえてはいないし、わからない。もしかしたら、「明確な理由」なんてもの、最初からどこにもないのかもしれない。…でも。これだけは、はっきりとおぼえている。決して忘れない。元々から「嫌い」だったミッキーマウス…そして、ついにはディズニーまでも、もっともっと“大嫌い”になった理由だ。確か私が中学生か高校生――とにかく、小学校を卒業してから少し経った頃のこと。ある朝、私は自宅で朝食をとりながら、その日の朝刊を読んでいた。食卓のかたわらに置いた新聞紙面に目を通しながら、朝ご飯を食べ続けるという習慣…食事のマナーとしては「なっていない」ことこの上ないが。しかし、登校前の短くてせわしない時間を効率良く使うには、これが一番手っ取り早い方法だった。もっとも短い時間だけに、その間だけで読むことが可能なページはごくごく限られていた。まずテレビ欄に社会面…あとはせいぜい、新聞中央の「家庭面」でもざっと読めればいい方か。“ある朝”に話は戻り。その時私が目を止めたのは、社会面(四コマ漫画が載っているのと同じページ)のいわゆる“三面記事”の一つ。そこには――わかりやすく再現して書けば、大体こんな内容の“事件”が載っていた。――時は、卒業式を間近に控えた頃。そして所は、どこかの小学校。その小学校にて、間もなく卒業していく六年生の児童達は“自分達の卒業を記念して作り、学校に残す「卒業制作」の作品を一体どのようにするか?”について、熱心に意見を出し合っていた。やがて真剣な話し合いの末、その年の「卒業制作」の内容は次のように決まった。「小学校のプールの底に、卒業生全員の共同作業で綺麗なイラストを描こう!」――。その後、更に協議を重ねた結果。プールの底に描く「綺麗なイラスト」の題材は、児童みんなの大好きな「ミッキーマウス」に決定。そして、「卒業制作」の作業は始まり…やがてその小学校のプールの底いっぱいに、みんなの愛するミッキーマウスの、可愛い顔が大きく描かれた――のだが。しかし。この「小学校の卒業記念」の作品として書かれた「ミッキーマウス」のイラストのことを聞きつけたディズニー側は、これに「待った」をかけた。ディズニー側の言い分は、こう。・「ミッキーマウス」というキャラクターはディズニーの著作物であり、その権利一切はディズニー側にある。・なので「ミッキーマウス」のイラストを使用する場合、そこには「著作権の使用料」が発生する。・もし使用料が支払えないなら、プールに描かれた「ミッキーマウス」のイラストは全て消去すること。慌てたのは小学校の関係者。「これは決して営利目的ではありません。あくまで、子供達が卒業制作の一環として描いたものなのです。」と、児童達の大事な作品を残すため、あれこれ懇願してみたものの…ディズニー側は当初の姿勢を決して変えず、「使用料を支払え、それが駄目なら消去。」の一点張り。かくして…“法律上は”ディズニーの言い分が全面的に正しいため、高額な使用料を支払うことも不可能な小学校側は結局プール底の「ミッキーマウス」を、全て塗りつぶして“消去”する方法を選ぶしかなかったのだった――。“事件”のあらましは、おおよそこんな感じ。その記事の文章の横に添えられていた、子供達の努力の結晶…“消去前”の「ミッキーマウス」の写真(白黒だが)を見ながら――その時私は、ひどく嫌な気持ちになったことをおぼえている。確かに、ディズニーの言い分「(ミッキーマウスという)『著作物』を使用するのだから、料金を払え。」というのは、法的には決して「間違い」ではなく――「正しい」のだ。過剰なくらいに…しかし。当時はまだ、今と比べると「著作権」「肖像権」などの権利に関しては、世の中の知識や関心もまだまだ薄かった頃。それだけに、「半永久的に残すつもりで描いた絵を、“大人の事情”であっけなく消された子供達の気持ち」を考えると――実に何とも、気の毒な感じがしたのだった。…え?私がディズニーを“大嫌い”になった理由――たったこれだけなのか、って?「子供達は可哀想だけど…でも、やっぱり著作権という『決まり』は守らないとね。」いいや、違う。確かにこのエピソードだけでも、私はもう相当ミッキーマウスそしてディズニーに嫌悪感は持ったけど。しかし――私の話はまだ終わりではない。この“事件”から更に、もっと後。その時起こったもう一つ別の“事件”が、私の中に既にあった“嫌い”の真上から、決定的に駄目押ししたのだ。時は、最初の“事件”から数年後。もう大人になっていた私は、自宅にたまたま置いてあった雑誌に目を通していた。雑誌はある有名な、今でも発行されている女性週刊誌。その頃私の家族の一人が、毎週定期的に購読していたものだった。写真が一杯のグラビアページに始まり、文章主体の芸能記事・それより後のページの漫画――最初のページから順にめくり、気になる箇所だけを拾い読みしていた私。やがてほとんどのページは読み終わり、あとは巻末のカラーページ数枚を残すだけとなった。ところで、その時。私はつい“いつもの調子”で、カラーページの中にある「文章」ばかりを読んでいた。私が本や何かを「読む」際、時折出てしまう癖の一つに「(同じページの)写真や絵には目もくれず、まず文章だけ先に読む。」というのがある。それは、例えば…写真も文章もぎっしり詰まっているカタログなんかの場合、つい「商品説明」にばかり目が行き、かんじんの「商品写真」を全く見忘れたまま次のページをめくりかけていたり――ということ。だから…その時手にしていた雑誌の「カラーページ」も、私はやはり無意識のうちに「文章→(写真・絵などの)図」という順番で、「見る」より先に「読んで」いたのである。「ふうん、映画の宣伝かー。」私が読んだ「文章」は、どうやら新作映画の「あらすじ」らしい。そこには、結構な長さの文章でその映画の詳細なストリー展開が書かれていた。「あれ?この話、どこかで…。」さて、その文章を読んでいるうちに、私は妙な既視感を感じた。というのも…そこに書かれている「お話」全体に、明らかに見覚え・聞き覚えがあるのだ。えーと、これは確か…。「そうだ、『ジャングル大帝』だ!」『ジャングル大帝』とは――漫画家・手塚治虫先生原作の、代表的なテレビアニメ。主人公は、親をなくした真っ白なライオンの子・レオ。彼が、様々な困難を乗り越えながら徐々に成長し、ジャングルの中で生きていく――という物語。“日本最初(だったと思う)のカラー・アニメ”として作られたこの番組は、私がまだ子供だった頃の夕方には、何度も何度も繰り返し、テレビで再放送されていた。それに、確か手塚先生が亡くなった前後には、どこかの局でもリメイクした新作が放送されていたはずである。「へえ!『ジャングル大帝』、今度は映画になるんだ。」私は単純にそう思った。だって…そこに書かれていた長くて詳しい「あらすじ」、それは誰がどう解釈しても、“『ジャングル大帝』の「あらすじ」”そのものだったから。――少なくとも、ちょっとでも『ジャングル大帝』を“かじった”ことのある人間にこの「あらすじ」を語って「さて、これは一体何の『あらすじ』でしょう?」というクイズにしたら…絶対、十人中十人が「あ、それ『ジャングル大帝』でしょ?簡単簡単♪」と答えそうなくらい。そのくらい、“そのもの”だったのだ。だから。癖で、まず「文章」だけを先に読み終えた私が…次に同じページの中の「図」に目をやった時。「…!?」目を疑ったのだ。何故なら――。そこにあった「図」の中に描かれている、アニメのキャラクター…それは、確かに「ライオン」ではあったけど。でも…その「ライオン」は、私の知っている「白い獅子・レオ」ではなかったのだ。『ジャングル大帝』とよく似た――いや、全く同じ「あらすじ」なのに…でも、そのライオンの茶色い姿は、レオとは全然似ても似つかない。そしてその「図」のところには、『ジャングル大帝』とは全く別のタイトルが、近日公開される新作映画の題名として書かれていたのである。――『ライオン・キング』って。「ディズニーの映画『ライオン・キング』は、手塚治虫の『ジャングル大帝』を真似て作られたのではないか?」こんな説が、アニメ好きの人々の間でも結構うわさになっている――そんな話を、私は後に別の雑誌の記事で読んだ。しかし…同じ記事の中に書かれていた、ディズニー側の答えは…「『ジャングル大帝』?そんなアニメは知らない。」だったらしい。「(アニメ業界の)プロであれば、アニメの本場・日本の代表的なアニメ『ジャングル大帝』を知らないはずがない!」“アメリカの人々の中にも、そう言って憤慨している人が多い”――記事には、そんなことも書かれていたっけ。ミッキーマウスが嫌い、だった。今でも、好きにはなれない。そして、ディズニーも。「金が払えないなら“ねずみ”を消せ!」「“白いライオン”のことなんて知らない。」どっちも同じ会社の口から、平然と発せられた言葉なのだ。
2005年09月14日
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残念ながら、昨日は身体が言うことをきかずに書けなかった“長~い文章”。(一応、「忘れようとしても思い出せない」というれっきとしたカテゴリ名もありますが…“長~い”の方がわかりやすいでしょ?)さて、今夜は…?結論――「“およそ半分”のあたりまで書いたところで…ああ残念、時間切れ~!」なのでした。…いや確かに。このままのペースを保ちつつ、何とか引き続き頑張って書き進めていけば――「やった、とうとう完成したぞー(はあはあ、ぜいぜい…)!」と、ならないこともない、ですが…しかし。それだと、多分その“完成時刻(予定)”は朝の(!)6時か7時以降(!!)。それって「サイトの運営」としては大変理想的な“鑑(かがみ)”…でも、大人として――というか「一人の人間(の、規則正しい暮らし方)」としては…すごく大いに、間違っているような気がいたします。という訳で。“残り半分”は明日回し。文章が全部出来上がったところで、明日こそ…ええ明日こそは、何とかまとめて掲載しようと思います。いや…一度は「『その1』『その2』と、2回に分けて載せようかなあ?」ということも考えたのですけどね。それだとちょっと文章の構成上、色々とまずいのですよ~。
2005年09月13日
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誰が決めたか――毎週月曜日は“長~い文章”を書く日。まあ、「誰が」って…もちろん、決めたのは他ならぬ「私」なのですが。で。当然今日もいつものように…書く内容も決め。タイトルも、決めて――。「よーし、今夜も頑張って書くぞ~!」の、つもりだったのですけどね…さっきまでは。しかし。何というのでしょう…?なんか、体が“何となく”変。いや、別に“どこかが特別具合が悪い”という訳ではないのです。・パソコンに向かう肩や背中がちょっと痛い(多分、最近ガタがきている古い椅子のせい)。・マウスを持つ手の、手のひらや指も何だか痛い(これは力の入れ過ぎ?)。・とにかく何だか、眠くて眠くてたまらない(これは、いつものこと)。他、これら一つ一つはどうってことない、いつものことなのですが。ただ…今夜はそれら各症状のバランスが、どこか――どこなのかはわかりませんけど――何となく、変な感じがするのですよ。こんな時は下手に“いつも通り”の無茶をすると、もしかしたら後ですごく身体に響きそうな悪い予感が…。という訳で。今夜の長文書きはちょっとお休み。そして私自身も、これを書き終わったらもうあとは「おやすみ」、さっさと寝ることにします。この結論…もっと早くたどり着けば、その分もっと長く眠れたのに…。それではこの辺でお休みなさい――また明日。
2005年09月12日
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改めて書くまでもないでしょうが。今日9月11日は、「衆議院議員選挙の投票日」だったのです(←お、めずらしく時事ネタ?)。で、夜。テレビの「開票速報」を見始めたら。番組開始の直後(=投票締切の時刻)から…いきなり出る出る、「当確!」「当確!」「当確!」の連続――。「えー、まだ“開票率0%”なのに~!?」早速みんなで“バンザーイ♪”なんて喜んでいるけど…。「おいおい、本当に大丈夫なの?」…とまあ、そんな(慣れない)時事ネタは、さておき。ふと、この『春花の実』の現状を振り返れば。毎日毎日、ひーひー言いながら書いているこの「日記」(今日だって遅いし)。そして、様々な更新をしよう…と思いつつも、思うばかりでずっとそのまま、放ったらかしな箇所。この状況――今日にちなみ、あえて選挙に(強引ですけど)例えてみるならば。そうですね…さしずめ、開票作業がなかなかはかどらずに「いつまで経っても『当選確実』が決まらない選挙区」といったところでしょうか?それとも。実は、各投票所の投票箱が全て集まらず…で、それ故に「開票作業自体、まださっぱり始まっていない選挙区」かな。…いや、待てよ。もしかしたら「無効票の扱いでもめて、その他の開票作業も一時停止している選挙区」という可能性も――。さて。私がこんな馬鹿な“例え”をあれこれ考えているうちに…どうやら今日の選挙の全ての議席、誰が座るのか決まった模様です。うーん、やはりこれは「他のことばかりに気をとられ、かんじんの開票作業が遅々として進まない選挙区」こんな例えが、一番適切かもしれません。
2005年09月11日
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ああ、また“今夜(…夜?)”も「……。」うたたねし、夜を越えてしまった――。「これでもう、メンテナンス(の時間帯)も通り過ぎちゃったから、何も気にせず書けるものね~、わーい♪」と(無理に)でも思わないと、自分のあまりのふがいなさにどこまでも深く落ち込んでしまいそうです。今週、結局「月曜日」以外は、特にこれといって何も出来ていないし書けていない気が(←それ、絶対気のせいではないな)。来週――といっても、もはや夜も明けて“今週”なのですが――は、少しは“何か”が、出来ますように。
2005年09月10日
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とあるサイトでだらだらと“遊んで(=閲覧して)”いるうちに、今夜ももう、変な…もとい、こんな時刻(「最終更新日時」をどうぞ)なのです。――今、「時刻」という言葉を、あやうく「地獄」と入力しそうになりましたよ。…まんざら間違いでもないような感じがするのは、気のせいでしょうか?
2005年09月09日
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ええ。件名の通りでございます――。…って。早い話が、ただ単に1.ついうとうと…(ぐう)。2.朝方…目が覚めた!というだけのことのなのですけどね。ああ、既に外からは、キラキラとまばゆい朝の陽射しが…(とほほ)。それにしても。ここを開設してからこうして「日記」に書いた分だけでも、私は一体何度の“うたたね”をしているのやら。「春眠」「夏眠」「秋眠」はともかく…「冬眠」だけは避けたいものですけど――多分また、寝てしまうのだろうなあ。
2005年09月08日
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せっかくなので?読み返してみました(詳しくは、昨日の「日記」を参照して下さい)。とりあえず「つじつま」は合っているようですけど…短いですね。そして、今夜も。「何、書こう?」「今更、『台風について』というのも、ねえ。」「…うーん。」なんて悩みながら音楽を聴いたりしているうちに(←こんなことしているから、なかなか書けないのだ)、たちまち貴重な時間は過ぎていき――。…おっと。この手前の段落まで書いたところで、パソコンがいきなりフリーズしてしまいました。(なお、フリーズ前の文章は、その画面をデジカメで撮影して無事に再現。)全く…このフリーズのせいで、更に数分間、無駄な時間を消費してしまいましたよ。――もっともそのおかげで、この「日記」は当初の予定よりはずっと長く、かつドラマチック?になった訳で。そう考えると…いやでもやっぱり、フリーズに対して「ああ、良かった!」なんて言いたくないなあ。
2005年09月07日
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ああ、昨日(超・夜更かし)の反動が…。眠気のせいで、丸一日経った今でも、頭はぼんやり。なので、今夜は長い文章どころか、それ以前に「果たして、今書いているこの文章のつじつまがあっているのかどうか?」さえ、どうも自信が持てません。この文章、明日改めて読み返したら…色々とアラが目につきそうな気もします――。
2005年09月06日
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「星期六我家的電視」――読める?正解は、こうだ。「せいきろくうちのテレビ」…読める訳がない。普通に考えたら。私だって――この当て字もはなはだしい番組名の読み方を知っていたのは、テレビ番組の情報誌か何か、そこでたまたまこのことについて書かれている記事を目にしたから。ええと…確か「『星期六』とは、週の中で(月曜日から数えて)六番目の曜日、つまり『土曜日』のことです。」とか、何とか。そう、この「星期六我家的電視」(せいきろくうちのテレビ)とは、テレビ番組のタイトル…の、ごく一部。そして、正式な名前は――『星期六我家的電視・三宅裕司の天下御免ね』――。かつてTBS系列の深夜番組として、土曜日の確か25時から27時(深夜1時~3時)まで毎週“生”で放送されていた2時間番組『星期六我家的電視・三宅裕司の天下御免ね』。…長い。今改めて見直してみても、このタイトルはやっぱり長い。まるで“寿限無、寿限無…”みたいだ。もしかしたら。「星期六我家的電視」とは、この番組の…というのではなく、もっと大きなくくり――例えば・この番組の後に続けて放送される別の番組(あったのかどうかは知らないが)や何かまでひっくるめた全体を指す名称、つまり一種の“グループ名”だったのかもしれない。その証拠に。私がこの番組を見ていた当時、出演者達は自分達の番組について述べる時、ほとんどの場合ただ『三宅裕司の天下御免ね』あるいは『天下御免ね』とだけしか言わなかったから。だから私もこれ以降は、そのように書かせてもらうことにしよう。『天下御免ね』は――。一口で言えば、“オーディション系バラエティ番組”。それ以前、同じくTBSにてこの時間帯に放送されていた『いかすバンド天国』(通称:イカ天)及び『えびぞり巨匠天国』(通称:エビ天)の「アマチュアのバンド(イカ天)や映像作家(エビ天)が登場し、競い合う。」という流れを受け継いで(ついでに、「司会:三宅裕司」というのも受け継いで)出来たような番組で。その番組内の各コーナーでは・アマチュアのミュージシャン・女性アイドル・素人パフォーマー・画家等の芸術家志望者等が自分の持ち芸や作品を披露。そして、それがスタジオの審査員(レギュラー&ゲスト)、あるいは一般視聴者の意見等によって審査され、勝敗が決定される――大体、このようなシステムだった。『イカ天』の後期あたりからこの時間帯を見るようになり、『イカ天』『エビ天』共にとても楽しんでいた私だが…しかし、当時「半年休んだ『イカ天』の後継番組」(ちなみに、その半年の“空き”を利用して放送したのが『エビ天』だったのだ)として始まったこの『天下御免ね』については、正直先の二番組ほどには深くはまれなかった。果たして、私の「はまれなかった」原因が(1)『天下御免ね』という番組自体が面白くなかったから。(2)『イカ天』『エビ天』の“いい思い出”と比較してしまうから。のどちらなのか?は、ともかく。「はまれなかった」のは、どうやら私だけではなかったようで。放送開始からしばらく過ぎたある時、この番組は唐突に…実に唐突に「リニューアル」された。リニューアル後初の『天下御免ね』オープニング。最初に登場した司会者:三宅裕司は、大きなバッチを左胸に付けていた。丸くて平たい形のそのバッチ、そこには…大きな文字で「G1」とだけ書かれている。当然、見ている私にはその「G1」が、「…?」何のことだかさっぱりわからない。その後、次々登場するその他の番組レギュラー達、及びゲスト。そんな彼ら彼女らも、胸には全く同じバッチ――いや、正確には「G1」の二文字のうちの「G」のみが同じ、その後につく数字はめいめい異なるバッチ――が付けられていた。しかし。出演者の誰一人として、その意味についての説明をしない。彼らはただ、何度も何度も「これについては、後ほどお知らせしますので――。」という、いわゆる“引っぱり”を繰り返すばかり。結局、“引っぱり”はその日の出演者全員が揃うまで続き…だから、それを見ていた私の頭の「?」には、段々「イライラ」も加味されていった。「一体…一体、何なんだよ~。この“G何とか”っていうのはー?」やがて。私の中の「イライラ」が、許容範囲をもうすぐ超えそうになった頃。番組内で、ようやくその“G何とか”の意味は明かされた。“G何とか”のバッチ――それは、「G感性」というものの診断結果、「G1」から「G5」までを表記したものだった。「G感性」。“とある研究所”が開発したこの「G感性」は、決められたいくつかの質問に対する回答によって人を5つのタイプに分類することが出来る――。そんな説明が、その後結構長い時間を使って(各タイプ別の“特徴”をまとめたVTRも使って)、延々と紹介された…下記のように。「G5」色々な物事が流行る前の段階から既に知っているような、常に時代の最先端をいく感性の鋭い人。「G2」いわゆるミーハー。※後日の放送で「G5の生み出したものの中から流行を生み出して…」みたいな内容に改められる。「G3」いわゆる普通の人。※同じく、後日の放送で「G2の生み出した流行に乗る、ミーハー」みたいな内容に改められる。「G1」流行が終わる頃にようやくそれに気づくような、感性の鈍い流行にうとい人。「G4」上記4タイプの流行のラインとは全く関係なく、自分の好きなものにマニアックに没頭する人。いわゆるオタク。――確かあの時、このような解説がされたはずだ。では、何故私がこの5タイプを、普通に「1~5」の順に並べなかったか?それは、私が並べた上記の順番が、イコールその後の番組内での…そして「G感性」そのものが決める“序列”とされたからだ。つまり――感性の鋭い「G5」は最も優れた人間で、そこから離れれば離れるほど、あたかも人としてのランクまでもが“下”であるかのような扱い。“これまでの占いや心理テストとは全く異なる!”“個人の特性が判別出来る、実に斬新な基準!”毎週毎週こんな触れ込みで、その後の『天下御免ね』ではいつも「G感性」が大きな顔でのさばり続けていた。例えば。「G感性」の本が発売されれば、番組の中で大々的に宣伝。もちろんその本(一応、私も買って読んで“は”みたのだ)の帯紙には、「あの、TBSで放送中の『天下御免ね』でもおなじみの――」的な宣伝文句が飾られて。また、毎週ゲストが登場する際は、必ずその人の「G感性」の診断結果を視聴者に予測させ、その後番組後半にうやうやしく発表。それがもし“上”であれば、その人は「感性の鋭い、優秀な人」という訳だ。逆に“下”だと…まるで、その人が芸能人としても人としても、「全然イケていない、駄目な奴」であるみたいに。特に「G5」とは全く対極にある「G1」、それから他のタイプとは一線を画する「G4」についての扱いは、もし今だったら「人権侵害」を訴える声でもあがるのでは?というくらいにひどかった。何しろ番組内での皆の発言、それから時には新たに作られた解説VTR等を通し、「G1=ダサい」「G4=変質者」という“イメージ作り”が、毎週常に(そして執拗に)行なわれるのだから…。さて。「G感性」――果たして“世間的に流行ったかどうか?”はともかくとして…とりあえず、『天下御免ね』の中“だけ”では、すっかりその内容が定着した頃。ある日の放送に、“「G5」の素敵なお客様”として、タレントの小堺一機氏がゲスト出演した。「G感性」の5タイプの中で「G5」が特に持てはやされていたもう一つの理由は、「その数(割合)が非常に少なく、貴重である。」ということからだった。特に、本来感性が最も必要なのでは…なはずの芸能界の中に、どういう訳か「G5」はほぼ皆無。(「G感性」を開発した側の言い分は、確か「芸能人の方は多忙なので、新しい情報にも疎くなりがちだから」だった。)なので――その日の小堺さんは一般の、いわゆる“素人「G5」”以上に、番組の一同から「本日はわざわざお足元の悪い中を――。」と(雨なんて降っていなくても)言われそうなくらいに、実に仰々しく丁寧に迎えられたのだった。そして。その後番組内では、「G5ゲスト・小堺一機」と「G1司会者・三宅裕司」のトークが開始。テーマは…。私「要するに、ほら、いつものあれだよ。どーせまた、“G5とG1では、ここがこんなに違います~!”っていう『見せしめ』をやるんでしょう?」予想、的中。三宅さんと小堺さんの会話は、いくつかの様々な事柄や場面について「もし(G感性が“G○”の)自分がその立場なら――ああする、こうする。」という“検証”をするような感じで、進められたのである。…最初のうちだけ、ね。きっかけは――「パーティの司会・進行を引き受けた時」の実体験を、二人が話し始めたことからだった。「ビンゴゲームとかさ、よくやるじゃない?」「うんうん。」「でさ、そういう時みんなのノリが悪くても、ついつい頑張って盛り上げちゃうんだよねえ。」「そうそう!『リーチ、○人になりました~!!』なんて自分だけが大きな声出して。」「ははは!!それ、やるやる!」この会話のどちらが小堺さん、そしてどちらが三宅さんだったのか――私は全然おぼえていない。何故なら…どちらがどちらか思い出せないくらいに、その時の二人の意見はぴったり一緒だったからだ。本当は恐らく、「G5」と「G1」のはっきりとした“格差”を世間の人々に見せつけることが目的…のはずだった二人の対談。だけど実際には、むしろ見る者全てに「そもそも両者に“違い”なんてないんじゃないの?」と思わせてしまいそうな――「G感性」を推進する側にとっては、何とも不都合な展開のまま幕を閉じた。互いの姿に自分との多くの共通項を見つけ、実に満足気な表情のまま語り続けていた二人。…もちろん、その二人の様子をテレビで眺めていた私自身も、この意外な“どんでん返し”に、心の底から満足し、笑い転げたことは言うまでもない。
2005年09月05日
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一応、昨日のタイトル「立派?なのは時刻のみ(当社比)」を元に、アレンジしてみました。昨夜、“いつもよりは”すごーく早く布団に入った私。そのおかげで、今朝はとてもすっきりと目が覚めて。だから、「お、この調子だと明日(毎週月曜日は…以下略)の分の文章も、今日中に書けてしまうかも?」なんて浮かれていたのですけどねえ…。しかし、そう頭で思い描いていた通りに物事が都合良く運ぶはずもなく。貴重な“ボーナス空き時間”になるのでは、とひそかに期待していた私の昼間は、全て“ネット以外”の様々な用事ですぐ埋まり。かくして、結局今夜も私はいつも同様の夜更かしなのです。本当は――昨日に引き続き今夜も早く就寝し、明日の「日記(の長文書き)」に備えた“体力温存”をしておきたかったところなのですが…駄目でした。ああ…。
2005年09月04日
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おととい(9月1日)の日記「今月はどれだ?」(最終更新日時 2005年9月2日4時6分4秒)の文中に、間抜けな誤字(脱字)を発見~!(訂正前)昨日も少し触れまたけど。(訂正後)昨日も少し触れましたけど。…何だか、「日記」の中で「本日の『最終更新日時』を見て、うんぬん」なんてことを書いた日ほど、毎回1.見落としていた誤字を発見。2.慌てて訂正をする。3.「最終更新日時」、変わってしまう。4.結果、「最終更新日時を~」の部分が意味不明に。という流れになっているような気がするのですが…錯覚?ちなみに。今回の訂正箇所を見つけたのは、今からほんの少し(約10分ちょっと)前。もしそれがなければ…今日の「日記」、本当は全く別の内容で書くつもりでした。――というか。実は既に1、2行、その内容で書き始めていたところだったのですけどね。でも当然、誤字を見つけた時点で、それらは全てボツにしました。まあ、考えようによっては「ほとんど書き終わりかけたところでのお蔵入り」にならなくて良かったかもしれません。
2005年09月03日
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・久々に「楽天市場」で購入した、とある商品(まあ、金額・存在感・実際の大きさ…全てにおいて“小物”な商品ですけど)が届いた。・「え、今まだ『8月』だったっけ?…違うよね。」と、つい勘違い&誰かに確認したくなってしまいそうなくらい?とにかく実に暑~い、“汗だらだら”の一日だった。――などなど。今日は、「日記」に書けそうな出来事自体は“そこそこ”にあった一日だったのですが…。にも関わらず…私ときたら、そのうちのどれも上手く生かせずじまい。で、結局はただここにこうして書き並べつつ、お茶をにごしている訳です。いや全く、タイトルでも書いたように「数センチ」程度の中途半端さですね。例えるなら――私の中では、パジャマか何かのズボンのゴムひもを交換した後で“ウエスト半周分”ぐらい余ってしまったみたいな…そんな感じの“帯・たすき感”(この場合、「“ウエスト”には足りなくても、“袖口”などに使えるのでは?」というツッコミは無しで)なのです。
2005年09月02日
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昨日も少し触れましたけど。「『タイトル画像』、出来た~♪」ばかりで、いつまでも浮かれてはいられませんね。もう、すぐにでも“次”に取り掛からないと。と書きつつ。でももう既に今日一日は、何も出来ずに終わってしまいましたけど。もたもたしていたら、「9月」なんてもうあっという間(実際、「8月」よりも1日短いし)。そう、こんな夜更かし(「本日の最終更新日時」を参照)している間にも。「どれでもいいから」というと暴言っぽいですが、とにかく“何か”を始めないと――。
2005年09月01日
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