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自宅にカーポートをつける事になった。外壁屋の友人と取引先の大工に見積もりを取ってもらっていたのだが、家内と相談の上、大工に頼もうと言う事になり、発注した。友人の見積もりも見ずに・・・友人に断りを入れに電話をしたら、「どうしてそんなことをするの?見積りも見ずに!」と叱られた。当たり前だ。「発注先の大工が決まっていてもいいから、一度見積りを見て、それから断ってくれてもいいんじゃない?こっちも見積りを業者に頼んでいる関係上見積もりを出す前に断られると、立場がないんだよ。」なんとか謝って電話を切ったのだが、自分の中のもやもやが消えない。一応、僕にも友人でなく大工を選んだ理由はあった。それは、スピードだ。見積りをしてもらうため自宅に来てもらったのが、一週間前の火曜日。時間をずらして大工・友人の順で現場を見てもらった。そして見積りが届いたのが、大工は翌々日。実は、翌日には出来ていたらしくファックスで送ると連絡があったのだが、こちらのファックスの調子が悪く、自宅まで持ってきてもらった。友人は、一週間後の火曜日の時点で連絡はなかった。友人自身が大工ではない関係上、会社を通して業者に見積り依頼をする。その事はわかっていたので、多少の時間は問題ないと思っていたのだが、やはり、大工自身が現場に来て、業者に直接出す指示の的確さ・それに対する業者の反応などを見ていて、この大工にやらしてみたいという気になった。しかし、今、考えてみると僕の中に、友達だから、謝れば許してくれるだろう・・・友達だから、なぜ断ったかを友人なりに考えてくれるだろう・・・といった友人に対する甘えがあった。僕自身、友人に甘えるのは友人としての特権だと思っているし、実際、とても甘えている。が、これは、あくまでも礼儀をわきまえての話である。今回の事は、友人の会社での立場をまったく無視したただのダダであり、相手のことを考えない自分勝手な甘えだった。僕の中では絶対にしてはいけない事だった。電話を切ってから、こんな事を考えていたらいてもたってもいられなくなった。友人に電話して、もう一度ちゃんと謝った。それを聞いた友人も、「少し言い過ぎたかなと思っていた」と言っていた。さすがは僕の数少ない友達の一人!こいつの事は失いたくない・・・今回の事で、お互いに心についた傷は消えないが、それを教訓にして、同じ間違いは起こさなくなるだろう。いや、絶対起こしてはいけない。なぜなら、こんなもやもやした気持ちは二度といやだから。この電話一本で、僕と友人との心の絆は、かろうじて繋がったままでいられると思う・・・またこれから、友人としての心の糸を一本ずつ紡いでいこう。と僕は思った。そう・・・一生をかけて今度会うときが楽しみである・・・本日、義弟の奥さんのお母さんが亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。 合掌
2004年04月27日
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日本語は難しい。僕は日本語が大好きだ。かといって国語の研究をしているなどと言うのではない。ただ、他人がどう使おうが、自分は間違った使い方はしたくないし、自分が発する言葉一つ一つに責任を持ちたくて、言葉の意味を僕なりに考えたりする事がある。例えば、「勉強」と言う言葉。何かのHPで読んだのだが、「無理に」とか「無理する」などという意味が「強いられる」ことが「勉強」である。と書いてあった。そうだよなぁ。勉強って言葉ななぜかしら好きになれないんだよなぁ。と思い、物事を学ぶ事は「学習」と言う言葉で表現するように心がけている。僕の考えでは、子供には「勉強」して欲しくなく、「学習」して欲しい。と、まあこんな事を「言葉」に対して思っている。先日、業者の人と電話をしていた。業者さんが「何時に自宅に伺えばいいんですか?」という質問に対して、僕は、「嫁さんと相談してまた電話します。」と答えて電話を切った。このやり取りを母親が聞いていて、「自分の女房のことを人に言うときには、女房とか家内とか妻って言わなきゃだめじゃない。」と注意を受けた。僕は、「えっ?なんかおかしい?」と聞き返すと、「嫁さんて言うのは私達(僕の両親)が使う言葉じゃないの?」と・・・その通りでございます!確かに「嫁さん」は家族に嫁いでくれた女性に対する、嫁がれた側の人(厳密には僕もそうなのだが)が使う言葉で、じゃあ僕の事を相手が「婿さん」と言うか、といえば言わないのである。そこで、この日記でも、僕の愛するハニーのことを今までずっと「嫁さん」と書いていたのだが、これからは、家内と書かせていただきます・・・(ちょっとテレッ)これからもこの日記では、いろんな間違いを書く事と思いますが、何卒、大きな心で見守ってあげてください。この話の後、母親に、「なんか自分のアイツ(家内)のことを、女房とか妻とか家内っていうのは恐れ多くて・・・」と言うと、「尻にしかれてるのが目に見えるようだね。フフフ」と笑われてしまいました・・・その通りでございます。
2004年04月25日
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僕の母方の祖母は84歳。今は、叔父夫婦(母の弟夫婦)が介護をしている。緑内障と糖尿病で目をやられて、今は全盲状態になっている。それでも祖母は明るい。叔父夫婦が自分の世話をしてくれているから、こうやって生きていられると感謝の念でいっぱいだ。そんな、祖母の楽しみは、ラジオ。目が見えないので、昼間っからカーテンの閉まった部屋で、もっぱらラジオを聞いている。病気についての情報も入ってくるし、時報で時間もわかる。自分が若かった頃の歌が聞けたりととても楽しいと言って聞いている。もう一つ、大好きな物がある。 電話だ。祖母を見て、人間の能力はすごいなと思わされる。通常、電話と言うのは電話番号を押さないといけない。普通の人でも、いつもかける先の電話番号なら、10や20ぐらいは覚えているのだろうが、ちょっとかけなかったり、携帯を電話帳代わりに利用するば、たちまち忘れてしまう。かけようと思って電話番号を思い出せなければ、アドレス帳や携帯を見ればいいのであるが、祖母は全盲である。書きとめておいても見えないので、記憶するしかないのである。びっくりしたのは、僕の母親(祖母から見て娘)の友人の電話番号を覚えているのである。僕なんか、娘の友達の名前と飲み屋のお姉さんの名前との区別すら出来ずにヒヤヒヤものなのに・・・それはさておき、祖母は毎日、僕の母に電話をしてくる。それも最低でも1日に3回はかかってくる。お店の事や、孫(僕や妹)の事、曾孫の事。取るに足らないおしゃべりを毎日している。そんな母娘(おやこ)にストップがかかった。介護してくれている叔母が、祖母と母で叔母の悪口を言っていると思い込んでいるそうだ。以前から、同じような理由で、母からは、祖母に会いにいくのもだめ。母から祖母への電話もだめ。と言う状態になっていた。でも、祖母から母へのアプローチは、母の方からやめる事が出来ないため、前述のように、祖母からの電話は、頻繁にかかってきていたのである。それにストップがかかったのである。しかも、祖母には何も言わず、こちらから断ってくれと言うのだ。僕の母は自分を産んでくれた母親に、自由に会ったり話したり出来ないばかりか、話をしたい母親から電話があっても、何かしらの事情(嘘)を作って、話をしないようにしなければいけなくなったのだ。僕は決してマザコンではない(と思う)が、他人の事情で、自分の母親に会ったり、話したりすることが出来なくなるのは耐えられない。しかも、その事情を抱える他人が、自分の兄弟夫婦ならなおさらだ。いつも、気丈な母ががっくりしている。唯一、元気が出るのが孫(僕の娘)を見るときだけになった。介護をしている方々は、日々の事で、本当に大変だと思うし、本当に感謝をしている。だが、母親の今の姿を見ていると、胸から熱いものが込み上げてきて仕方がない・・・
2004年04月18日
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今までマージャン部屋を掃除できなくてごめんなさい。と嫁さんが言ってきた。理由を聞くと、先日、1歳の誕生日を迎えた下の娘が、来週から保育園に行くので、これからは休みの日に家のことができるらしいのだ。チビちゃんが生まれてからの一年。嫁さんは仕事・家の掃除・洗濯・食事の用意、それに上の娘とチビちゃん、プラス僕(お前もかい!)の世話に追われて、とても忙しそうだった。僕も手伝える事は手伝うようにしていたのだが、僕が何かやると、嫁さんの仕事が増えてしまい、何もやらないほうが、邪魔にならないようだった。マージャン部屋というのは、本来、チビちゃんの部屋なのだが今はまだ必要ないということで、僕のマージャン卓と上の娘のゲーム用のTVが置いてあり、他にも、マンガやビデオテープなどが保管されていて、プレイルームのような使い方をしている部屋。確かに現在は洗濯物が積み上げられ、とても遊べるような状態ではない。何度か「マージャンしてもいい?」と聞こうとしたが、嫁さんも一生懸命やってくれているので、僕のほうも家で遊ぶのは遠慮していた。そこへ、冒頭の言葉。よかったぁ~僕のほうから言わなくて!(もし言っていたら、大変なことになっていた!に違いない)やっぱり嫁さんも気にしていたんだなぁ~嫁さんが気にしてくれた分、僕も感謝しているよぉ~今日は(嫁さんの待ちに待った)チビちゃんの入園式。1歳の娘の入園式に、僕たち夫婦・お姉ちゃん・お祖母ちゃんと本人も入れて総勢五名の出陣だ!こんな奴いないだろ・・・と思っていたら、けっこういるんだよね~両親はもちろんのこと、兄弟やらお祖父ちゃん・お祖母ちゃんやら一家総出の入園式!それぞれの家庭のそれぞれの保護者みんながみんな、うちの子が一番かわいい!と思っているんだろうなぁ・・・と考えながら自分の娘を見て、いや、やっぱりうちの子が一番かわいい!・・・とんでもない親馬鹿でごめんなさい・・・ともあれ、一番手のかかるチビちゃんの保育園入園により来週から新しい生活リズムが生まれる我が家です。でも、本当に一番手がかかるのは自分のことは何もできないチビちゃんではなく、中学受験を来年に控え塾の送り迎えが大変なお姉ちゃんでもなく、年齢的には、自分のことは自分で出来る立派な大人であり、おっさんである僕のような気がするんだよなぁ・・・嫁さんには感謝してるよ~・・・本当に!
2004年04月03日
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今日は結婚披露宴!もちろん僕たちのではない。以前、日記に書いた友人の披露宴だ(結婚おめでとう!1/23)入籍が1月23日で123!披露宴は3月21日で321!と言うことらしい・・・尻上がりはいいけど、尻下がりは・・・まあいい・・・披露宴というと、最近は新郎新婦の考えでずいぶん個性的なものが増えているらしいが・・・今回の披露宴。別に変わった事は無く、家同士の披露宴は先に済ませておいて、夜は、ホテルのレストランで、友人ばかりの小さなパーティといった感じだ。ただ、披露宴の企画や進行まで、みんな共通の友人。披露宴の企画は個人経営のウェディングプランナー(僕の高校時代の友人で、僕の嫁さんの前の旦那だったりする)司会は、地元のFM局のパーソナリティ(僕の小学校の同級生)ウエディングケーキは、新郎と一緒にバーをやっていたパティシエ(僕とは保育園からの幼馴染み。新郎を僕に紹介した奴)二次会会場は、そのパティシエの店そんな身内ばかりの披露宴が始まって、新郎新婦の入場・紹介・友人代表と進んで、電報のお披露目。(お披露目って言わないか・・・)ん?普通、友達だけのパーティーで電報なんか読むか?と思って、聞くとも無く聞いていた。どうも新婦宛に男性の友人から来た電報らしい・・・ ・・・とってもかわいく大好きです!ん?どうして進行形なんだ?ちょっと気になりはじめた・・・ ・・・大事にするからね! 大好きな ハニーへなんだ?この電報!ラブレターじゃん!って思ったら、読み上げていた司会者が、 新郎から新婦へのお祝いの電報でした~!!会場、拍手と口笛の雨あらし!司会者も仕事柄、数々の結婚式の司会を務めてきたが、新郎から新婦への祝電は初めて読んだそうだ。それから、くじ引きありシャンパンサービスありで進行していくのだが、そこは友達ばかりのパーティー。ほとんど飲み会状態で、席など有って無いようなもの・・・最後に、ご両親に挨拶。新郎側の両親は、 友達同士で楽しくやれということでこのパーティーへは出席していなかったのだが、新婦の両親は出席していた。無口な新郎が、新婦のご両親に、誠意を込めた想いを、一生懸命言葉にして伝えている姿を見て、僕と友人(パティシエ)は涙を流して喜んだ。(この日記書くのに思い出しても泣けてしまう・・・)本当によかったね!結婚おめでとう!二次会はそのパティシエのレストランバー友人一人一人がお祝いの言葉を贈り、みんな飲んだくれて大騒ぎ!最後には新郎も「血の色」のゲロを撒き散らしながら帰っていった。素敵な披露宴だった!
2004年03月21日
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やっと準備ができた。今日は28名の宴会が入っている。2~3日前から仕入先に連絡し、必要な食材を必要な量確保。できる仕込みは前々日から行い、3~4名の増加には対応できるように、少し余分に仕込む。小さい飲食店にとって28人の宴会は、結構大変な作業だ。(ホテルなんかは桁が違うんだけど・・・)しかし、見返りも大きい。お店の規模にもよるが、うちみたいに小さなお店だと、およそ一日分の売上目標を、ほぼクリアしてしまう。感覚としては、この宴会以外に来てくれたお客さんは、そのまま利益と考えていいほどだ。俗に、料理の7割は段取り。と言われる。その段取りが終わり、さあ作ろうとした時「店長。電話です」今日の宴会の幹事さんからだった。確認の電話かな?と思い話していると、人数の変更だと言う。おいおいマジかよ・・・通常、仕入れや準備の都合上、当日の午前中までは、人数の変更を受け入れている。しかし、電話のかかってきた時間は午後の2時。まさに料理に取り掛かるところであった。しかも、10人増えると言う。がーん!!電話で話しながら、メインの料理や前菜・蒸し物・食事に使う材料が頭の中で駆け巡る。大丈夫できそうだ!電話を切って、プラス10人分の食材を何とか確保。これに1時間・・・スタートが1時間遅れになってしまった。休憩に出ていた従業員を呼び戻し、一気に店は大忙し!部屋の準備・お膳の追加・食材の下ごしらえ・・・朝からやってきたことを、もう一回やる。何とか時間に間に合わせ、お客さんを笑顔で迎える。そう、笑顔でここからは、お客さんとの戦争だ!飲み物の対応やら、追加の料理やらにどろどろになりながら宴会終了!幹事さんは、「無理ばっかり言ってごめんなさい。今度は少人数できます。」一緒に来ていたお客さんも、「おいしかったぁ」とのこと。良かった!この言葉が一番疲れを癒してくれる。お店にとって、機嫌のいいお客さんが一番!今日のお客さんも皆さん機嫌よく、楽しんでもらえたようだ・・・忙しく、バタバタしたけれど、最後には お客さんの笑顔に ほっ とした。
2004年03月19日
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高橋尚子がオリンピックの代表からもれた。非常に残念だ。僕はマラソンの中継などは見ないし、興味があるわけでもないのだが、高橋尚子は知っている。前回オリンピックのマラソン・ゴールドメダリストである。その時、印象的だったのは、「走っていて楽しかった」「まだまだ走れる」彼女の走り終わった後のコメントだ。勝利のコメントは、本当に気持ちよさそうで、見ていても気持ちよく祝福できた。それから数年後、彼女は世界最高記録を樹立するために、外国のマラソン大会に出場し、見事にその目標を達成した。あのときの彼女は、世界最高記録で走る気力に満ち溢れていた。このときから僕は、高橋尚子ってすごいなぁと思いはじめた。その理由は、自分の欲しいものの取り方を知っていると感じたからだ。その根底に流れている気持ちは、データーミネイション。「断固たる決意」って奴だ。これが、彼女の言葉から感じられていた。そんな彼女の今回の代表選手もれだが、記者会見での彼女自身は、淡々とした受け答えで、自分の力が及ばなかった事への素直な反省が表情に出ていて、印象も良く、これからも応援したくなるような、気持ちのいい会見だった。実績から考えると、彼女は文句なしの代表選手だろうと思う。前回のオリンピックから6連勝!しかも世界最高記録の更新のおまけ付きである。しかし、代表選手からはもれてしまう。過去を振り返っての一番のネックはやはり、選考の対象である一番最近のレースで、内容のよくない走りをしてしまったことにあると思われる。彼女にしてはいろいろな理由があると思うのだが、実際のところ、自分の実績にかまけてしまった結果だと思う。(彼女の会見での発言もそういうことだと感じられた)そこには、オリンピックに出場するといった、彼女得意の「断固たる決意」が無かったのである。そこを突かれての代表選手もれである。あくまでもこれは僕の私見だが、彼女はひょっとしたら、代表選手からもれた事で ほっ としているのではないだろうか・・・もちろんオリンピックに出場していれば、彼女が金メダルの最有力候補であることは・・・ま・ち・が・い・ない!しかし、前回のレース(後半失速して2位)のこともあるが、勝負の世界は何があるかわからないのだ。事実、前回のオリンピックで高橋尚子が優勝することを、誰が予想していたであろう・・・その彼女を選んだのもオリンピック選手選考委員会(もしくは陸連)である。どんな勝負事も勝者は一人(1チーム)である。今回の代表枠は補欠を含んだ4名。この勝者が4人もいる勝負に高橋尚子は負けたのである。僕は彼女に対して好意的である。オリンピックに出場できないのは非常に残念ではあるのだが、これもまた人生である。彼女のこれからの頑張りに期待したい。(僕に期待されたからってどうって事無いとは思うのだが・・・)小出監督の人望が彼女の人生を左右してたりして・・・ぶつぶつ
2004年03月15日
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この4番の問題は・・・教室に入るとミッチャン先生が解説を始めている。娘の通っている塾は、中学受験専門の塾で特に算数に強い。ごく普通の個人塾なのだが、先生がとてもユニーク!(普通じゃないじゃん)算数の先生なのに、「僕は公式を憶えていない」とか「△△三用法を憶えていない」等と、平気で父兄の前で言い放つ。我が子の受験勉強を任せようと、すずめの涙ほどの家計をやりくりして塾に通わせている教育ママゴン・・・いや、教育熱心なお母様方には、そんなことで大丈夫なの!と怒鳴られそうなのだが、そうはならないのがこのミッチャン先生なのだ。今日は、その塾の父兄勉強会。子供が家庭に帰って勉強する際、わからないところがあると、質問をしたくなる。中学受験を支持し、その中学受験の問題ぐらいは、当然解けるだろうと推測できる身近な大人と言えば、両親だ!質問の矛先は、必ず両親に向かってくる。よーし!父さんの出番か~ぁ!と、なめてかかって問題を眺める。そこには大の大人が2人そろって、2時間あまりの時間が楽につぶせるほどの難問が並んでいるのである。両親が問題を解き終わる前に子供は眠くなって「おやすみぃ」と言って二階へ上がってしまうのである。いや、「解けない」と言うのではない、(本当だよ~)時間と電卓があれば解ける。しかし、子供が聞いて納得する説明ができないのである。かつて自分たちが学習した頃とは表現が違うし、塾と違った表現(意味は一緒でも)で教えた場合、子供が余計に混乱してしまうのではないかと思ってしまう。何より、中学受験では方程式という考え方が無いのである。そう考えていくと、塾ではどんな授業を聴いているのだろう・・・と思うのが人の常である・・・(本当か~?)そこで塾の先生に相談したところ、父兄勉強会を月一で開催することになった。この4番の問題は・・・ちょっと遅れたためすでに3問消化されている。今日のテーマは「1」を決める(定める)割合や比の問題で元となる「1」を見つけることが大事。と言うことだった。それに伴い、算数の基本的考え方である(と僕はそう思っているのだが)不変量に目をつける事に繋げて行くということだった。問題の解説を聞いていくと、ミッチャン先生は本当に授業が上手である。ちょっとしたジョークを交えながら、どんどん授業に引き込んでいく。あっという間に1時間が過ぎた。軽快な授業のせいで気分はいいのだが、頭の中はウニウニ状態!今日はもう頭は使いたくない・・・日曜日で、お店もありがたいことに満席!疲れ果てて家に帰り、嫁さんには授業の感想もそこそこに爆睡してしまいました。あんな楽しい授業なら、北海道から帰ったその日からでも塾へ行くわなぁ~ と思いました。学校の先生にも見習って欲しいもんだ・・・おっと、これ書き出すとまた長くなりそうなんで・・・(このままでも十分長いんだよねぇ)
2004年03月14日
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今日も昨日までとは違うコースを選ぼうといって、アルペンコースの上にある白樺コースへ!昨日と違って上のほうも晴天。僕と娘はゲレンデを滑っていたら、嫁さんがゲレンデのすぐ横を気持ちよさそうに滑っていて、「雪がふわふわ!気持ちいいっ!」と叫んでいる。「こっちで滑りなよ」というので、恐る恐るコースを外れてみると・・・そこはゲレンデとは全く違う、パウダースノー!スノー!スノー!の世界。ふわふわの雲の上を本当に滑っているようで、転んでも痛くないし、転ばない。すごく気持ちがいいんだけど、エッジを効かせると止まってしまい転ぶというよりこける。立ち上がろうとして手を着くと、その手が雪に沈んでしまい、立ち上がれなくなってしまう。まあ、それくらいふわふわの雪で、この3日間で一番!最初からここで滑っていたら良かったよぉ~と思ってしまった・・・ひとしきり白樺コースでパウダーを楽しんだ後、下まで降りたところで、嫁さんから提案!あの短いスキーみたいな奴をやってみよう!せっかくスキーリゾートに4泊(実際滑るのは3日だが)もするのに、スノボーだけではもったいない。ということだ。僕も娘も新しいことに挑戦!もちろん嫁さんも初めて!早速ショートスキー(っていうのかな)をレンタル。人の少なそうなゲレンデを選んで、いざ、ゲレンデへ!3人ともそこそこ滑れて結構楽しい!実は、娘がスノボーの調子が悪くちょっといやになりかけていた。と言うのも、今シーズンは、娘を連れてのスノボーに3回ほど行っており、頑張って練習した成果もあり、ちょっと自信がつきかけていた。ボードを縦にして滑っていくこともできターンもあと一息のところまで来ていた。そんで、北海道へ行って今年のおさらいと言った感じだったのだが、子供にとって雪質が地元とはあまりに違いすぎて、勝手が違うらしい・・・初日のセッティングの悪さも手伝い、ちょっと面白くなくなっていたのだ。ショートスキーをやろうと言った嫁さんには、そんな気分を変えよう!っていう母親心でもあったのだ!じーん・・・とにかく、娘もショートスキーを楽しめるようになり、遅いお昼を食べるためホテルの食堂に入りラーメンをすすった。食べ終わって、僕と嫁さんはスノボーに乗り換え、娘は結局ショートスキーのままニセコでの最後の一滑りを終えた。ホテルに帰って一息ついていると、体のあちこちが痛む。スノボーとは違う筋肉を使うこともあっての事だと思うのだが、20年ぶりにスキーの体の痛みを感じた。この3日間、本当に楽しかった。スノボーあり、蟹あり、歩かないといけないコースあり、ショートスキーありで親子3人取っても充実した3日間でした。明日は、札幌へ行って、ジンギスカン食って、ラーメン食って、時計台見て、TV塔登って、お土産かって・・・それから・・・高知に帰ります!僕はそのまま仕事!娘はそのまま塾!嫁さんは・・・荷物の後片付けと山のような洗濯です。感謝しています。ご苦労様!はぁ~ 帰りたくないよぉ~・・・・
2004年03月09日
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ゆっくり朝起きて、8時半ごろ朝食。昨日の夜から、嫁さんが窓の外で降っている雪をチェックしていて、雪の状態はよさそう。9時半にいざゲレンデへ!雪がちらほら舞う程度のいいお天気。ウォーミングアップでホテルの前のゲレンデを二滑り。嫁さんの予想通り、雪質は抜群!ラッキー!それじゃあ って事で上のゲレンデへ!第1第2第3とリフトを乗り継ぎ一番上の一歩手前から滑ろう!ということになり第3リフトを降りたところで、10m先が見えない!下はあんなにいい天気だったのに、上は吹雪じゃん!かろうじて、コースを示すポールがかすかに見える程度。横風に殴られながら、ポールを頼りに徐行・・・景色とかゲレンデの広さとかぜんぜんわかりません。それでも、少し下に下りると視界もよくなり、雪はふんだんに降っているわけだから、雪質も最高!第3リフトを3回滑って、ちょっと早いランチブレーク。ちょっと吹雪いたけれど快適に滑れてよかったね!と反省会!午後からは隣のアルペンコースへいざ出陣!ここのゲレンデも広くて快適。初級者の僕でも頑張れば滑れるくらいの、適度な斜面!気持ちよく滑走!ただ、こちらのファミリーコースも、初日に滑ったコースほどではないのだが、だらだらの傾斜が続き、一回滑って懲りました。はぁこのあたりから、初日から比べて上手く滑れるようになり、嫁さんからも、腰がよく落ちている。あとターンする時のタイミングを考えてアップダウンを。と、ありがたきお褒め(?)の言葉を頂き上機嫌の僕!嫁さんに言われたことに気をつけながら、アルペンコースに別れを告げ、高原コースに帰る途中、第二の壁というゲレンデを通らなければならないんですが・・・この第二の壁、こいつが32度ぐらいあって、初級者の僕と娘はここ滑るのぉ~・・・って感じでもここを下りないとホテルには帰れない・・・嫁さんはスィーっと滑っていたのだが、僕と娘はボードを縦にすることができずに、木の葉状態。第二の壁を削りながら下りていきました。第二の壁を削った僕と娘は、その代償に神経と体力をそぎ落とされ、今日は早く上がろうということで6時頃にはホテルに帰り、昨日の蟹の影響か、夕食はホテルで簡単に済ませました。程よい疲れと、お風呂の気持ちよさでぐっすりと眠ることができました。とっても楽しい一日でした!
2004年03月08日
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着きました!ニセコ!ひらふ!夕方5時位の到着と思っていたのが、3時半にはゲレンデ!嬉しい誤算!早速、ゲレンデの地図を見て初すべりのコースを確認。子供のことを考えて、長い長いファミリーコースを選択。ゴンドラに乗っていざゲレンデへ!ゴンドラを降りて、連絡通路のロープリフトって言うのかな?ロープで引っ張って上げてもらう奴。子供や嫁さんはスイスーイ!僕はロープにからまって、ぜんぜん登れませーん!トホホ・・・100mぐらいの連絡通路で3回ロープが停まりました。リフトのおじさん。ごめんなさい&ご苦労さん・・・他のお客さんがいなくて良かった・・・気を取り直していざゲレンデへ!あれあれ?傾斜が無いのでボードが滑って行かないぞぉ・・・仕方が無いのでスケーティングで50mほど進み、やっとボードに乗れました!快適!とおもいきや・・・また傾斜が無い!今度は100mぐらい。こんな状態がずーっと続くのです・・・子供は、レンタルのボードだったんだけれど、足の幅の設定が悪く、滑りにくい上に、傾斜が無いので進めなくて半泣き状態!ながーいながーいコースのほとんど歩いて、元のゲレンデに到着したのが5時前!つ・疲れました・・・ぜんぜん滑ってないのに疲れたぞぉー!スノボーをレンタルしたところにTELして、設定を変えて貰って、再度ゲレンデへ!しかし!4時半で第2リフトは止まっており、上には行けません・・・ホテル前のゲレンデだけで1日目は終了!それでも後半は気分よく滑る事ができました!良かった良かった。まっ初日だしこんなものかと納得してホテルへ帰って嫁さんの一言目!「よし! 蟹 食べに行こう!!」えー!本当にぃー!!せっかくの北海道だからおいしいものを食べよう!という嫁さんの気持ちに、涙がちょちょぎれるぐらいの感謝の気持ちと、気が変わらないことを祈る気持ちが交錯して、そそくさとホテルを出て、蟹が食べられる居酒屋さんに到着!着いてすぐに、「活たらば蟹コース」を注文!蟹がいつもより大きいので、お腹も値段も張りますし、大人二人子供一人では食べきれないのでは・・・という優しい店員さんの忠告を無視して注文!コースなので焼き(足)・刺身(足)・酒蒸(甲羅)の順番で持ってきてくれて、娘も嫁さんも大満足!娘と嫁さんは焼き・刺身の時点でお腹がいっぱい。甲羅はほとんど僕の独り占め状態で、内子も外子も心ゆくまで堪能いたしました。大満足!同じコースでも、お昼のファミリーコースとは比べものにならないほどの満足感で、ニセコでの初日を終えました!あ~ しあわせ・・・
2004年03月07日
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明日から北海道!4泊5日のスノボー旅行に行ってきます。山はニセコ!さらさらパウダーのニセコ!2月中、暖かかったので雪を心配していたのですが・・・ニセコは今週ず~~~~っと雪だったようで・・・多分いいゲレンデになっていると思います。今とってもわくわくドキドキしているので、頭に浮かんだことをただ羅列しています!ほとんど日記じゃありません!嫁さんと娘と僕の3人で行ってきま~す!いざ!北海道~~~~!!!
2004年03月06日
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「何か欲しいもの無い?」と、娘に聞くと「ん~~~」と言って黙り込んでしまう。「無いの?」ともう一度聞くと、「無い!」って言う答え・・・本当に無いのかなぁと思っているところへ娘が口を開いた。「だって、私が欲しいものは、ママがダメって言うんだもん」「じゃあ、何が欲しいの?」ともう一度聞くと「まんが・・・」かわいいものだよなぁと思ってしまう。娘は小さい頃(と言ってもまだ小学5年生だが)から物をあまり欲しがらない・・・というよりも買いたがらない。それだけ満たされているのかなぁ・・・と言えば聞こえはいいが、実は、変にケチくさいところがある。以前、こんなことがあった。嫁さんの会社の社員旅行でディズニーシーへ行った時のこと。おみやげ物売り場で娘がピンク色のカバン(バック?)を嬉しそうに見ているので、「お小遣いで買えるでしょ?欲しければ買ってもいいよ。」と声をかけた。すると、「だって高いんだもん・・・」値段を見ると1900円。「これに消費税がつくんでしょう?」と言っている。一人でいて欲しいものを見つけた時に、パパやママを探さなくてもいいように、財布に入れてあるお金が5000円。ははぁ~自分のお金を出すのが惜しいんだなぁ・・・と思ったので、「じゃあ僕が買ってあげるよ」と言った。答えは、「1900円に消費税だよ!高いからいらない!」子供の頃、親が買ってくれるものは、いらないものでも喜んで買ってもらっていた僕にとって、オーイ!どうしたんだぁ~!と夕日に向かって叫びたくなるほど、不可解なお返事が帰ってきた。結局、そのピンクのカバンを終始なで回して・・・どうしたと思います?買っちゃいました!しかも!自分のお小遣いで!決断したときの娘の表情は、ママいわく、「清水の舞台からホップステップジャンプ」ぐらいの顔をしていたようです・・・と、こんなことがありました。なんとも愛らしい娘なのです。そんな娘だけに、娘のほうから「これが欲しい!」と言われたものは、できるだけ買ってあげたいと日々思っているのであります。今日はちょっとパチンコで勝てたんで、娘と一緒に本屋さんにでも行ってこようか・・・ん~・・・ここまで書いていて、以前、買い物の日記で書いた嫁さんの行動と同様で、これも作戦?僕は見事に我が家の女性軍の思う壺・・・
2004年03月05日
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続けないとだめだよぉと思いながら2週間ぶりの更新・・・だめだ!書くことを考えようとしない自分がいるんだよなぁ・・・書き始めた頃は、書くことを考えながら生活してたりするんだけど、書けなくなると、「今日は忙しかったから」「今日は時間が無かったから」「今日は書くことが無かったから」と自分に言い訳してこのざまです。以前、勤めていた頃の上司に、「仕事ができない理由を考えないように」と注意されたことがある。そのときはショックだった。僕としては、なぜこの仕事ができないのかを分析して上司に報告しているつもりだったのだが、上司から見ると言い訳することばかり考えている様に見えたんだろう。ショックを受けた後、自分を見つめてみて、その上司の言っている事に、その通りだ!と納得した自分がいた。そして、この上司には全部見抜かれているぞと思った。じゃあどうすればいいのかな。と考えた。なぜできないかを把握する事も必要だが、その先の、どうすればできるようになるのかを考える必要があったと思った。日記は自分から始めたことで、やめるのも続けるのも勝手にすればいい・・・言い訳を考える前に、続けられるような工夫を考えよう!適度なプレッシャーの中、無理せず書いていこうと思っています。
2004年02月23日
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僕の生涯で一番ついていなかった日を紹介します。その日は今から4~5年前の3月の水曜日だった。つかんぽ1 女子に逃げられる 午前3時。 女子と飲んでいて、 僕の家に泊まって行くものだと思っていたのだが、 急に帰ると言い出したので、お人好しよろしく、 じゃあ気をつけてね(心の中はうるうる) と送り出した。つかんぽ2 殴られる! そのまま帰るのも何だったので、いつものラーメン屋によって、 ラーメンすすってたら酔っ払いの客が来て、 イチャモンをつけてきたので、適当にからかった。そしたら お勘定を終えた僕を店の外まで追いかけてきて、いきなり殴られた。 僕も先ほどの女子の事があるので、 バリバリ戦闘モードになっていたのだが、 ラーメン屋のマスターにとめられ、屈辱を味わう。 ラーメン屋のマスターが「良くこらえた!」 と言って褒めてくれたのがすくいか・・・。 帰ろうとすると、眼鏡も壊れていた・・・つかんぽ3 また振られる。 昼12時。昼飯食いに行く予定だった昨夜とは別の女子にドタキャンつかんぽ4 食べられず まあいいやと思い、一人で昼飯食べようと、 友達のお店でランチを注文するが食べたいものは売り切れ。この辺で、そろそろ今日はついていない日ということに気づく。つかんぽ5 自転車倒れる こんな日は「家に帰って音楽でも聴いてるか」と思い、 CDショップでCDを物色中に自転車の倒れる音がしたので、 お店の前に出てみると、ママチャリに乗ったおばさんが謝ってきた。 今日の僕はこんなことではもう驚かないよ・・・と思いながら、 笑顔で、「いいですよ」と答える。 自分の事を大人だなと思った。ちょっと気分が良くなった。それから、CDの代金を払い店から出るとつかんぽ6 自転車が・・・ 動かない! よく見るとチェーンが外れている。 そうだよな。こんな日だよな・・・と再認識。つかんぽ7 チェーンが・・・ 商店街の隅っこでチェーンを直そうとしているのだが、 まったくチェーンが動かない。 原因を確かめるとペダルの根元とフレームとの間の隙間に食い込んでいる。 素手では修復不可能・・・幸い、家に帰る途中(歩いて3分ぐらいのところ)に自転車屋があったので、真っ黒な手で自転車を押していった。締め 当然、自転車屋は定休日・・・チェーンの外れた自転車を真っ黒な手で押して、家にたどり着き、なかなか落ちない油のついた手を洗いながら、今日あった事を思い出し、なぜか笑えた・・・確かに「心が震えた日」だった。
2004年02月06日
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「行列のできる法律事務所」を嫁さんと一緒に見た。見たと言っても何日か前の録画していたのを見ていた。エピソードは男女のトラブル問題。彼と彼女は結婚を考えてもいい年齢。(しっかり覚えていないが男性が30代前半、女性が20代後半)ある日、彼が「今度の休みに行きたいところがある」と言って、彼女と一緒に行ったところは、家族向けのマンションのショールーム。「こんな部屋に住みたいよなぁ」「わたしもぉ」などと言って楽しみ、次に向かった家具屋さんで、「今日見た部屋だと、このテーブルが合うんじゃないか」と彼女に聞き、「このテーブルじゃ大きいんじゃない」と彼女が言うと、「子供がいたらこれぐらいじゃないと」なんていう会話をしていた。彼女のほうは、これってもしかして、私たち二人の・・・と夢見心地。また、別の日にカラオケに行き彼氏が歌った曲は、「結婚しようよ」「お嫁においでよ」などを熱唱!彼女は舞い上がってしまい、友達やお母さんに「もうそろそろ結婚するかも」と報告する。これだけでなく、彼の実家に遊びに行ったときに、彼の母親から、「こんな子でいいの?」と聞かれたり、彼の母親の前で「仲良くやってよ」と彼に言われたりしていた。そんなある日、彼からの電話で「話があるから」と呼び出され。ついにプロポーズかぁ~ って思いながら待ち合わせ場所へ行き、彼の口からは出た台詞は、「別れてほしい、好きな人ができた」彼女は天国から地獄へまっさかさま ぴゅ~う・・・・怒った彼女は「婚約破棄で訴えてやる!」だいぶん端折っているがこんな感じのエピソード。で、結果は、4人の弁護士の内3人の男性弁護士は、 婚約破棄は認められない。 理由としては、 結婚などといった、これから先何十年にも及ぶ、 重要な契約関係を結ぶ上で、言葉のやり取りが無く、 婚約という意思の疎通が認められず、婚約してる状態ではない。と言った見識。残る1人は女性弁護士で、 日本の現状は、恋愛関係を保ちながら、正式なプロポーズなしで ずるずると結婚していくカップルは決して少ないとは言えない。 彼の実家に行ったエピソードで、彼と彼の母親と彼女との三者間で、 結婚という意思の疎通はできている。と言った見識であった。そして僕の見識は、男性弁護士と一緒の 婚約なんかしてねぇ~ 実際自分が彼の立場で「慰謝料払え」って言われても 払わないよな~と思った。嫁さんは、 やっぱり、女性弁護士の言うとおりよ! マンションや家具屋へ連れて行ったのだって、 あの彼は彼女と結婚するつもりで行ってるんでしょう。 だって、実家であんな事言われた日にゃあ あんた・・・ってな感じで、僕もまるめ込まれそうになった。その時、僕の頭の中にひらめいた。嫁さんにこう聞いてみた。「わかった、婚約破棄ということにしよう。でも、もし、これとまったく同じ条件で、これが男女が逆だった場合にも婚約破棄なんだよねぇ。」嫁さんはちょっと考えて、「違う」 と言った。嫁さんが言うには、女は家や家具をを見る行為が好きなのであって、一緒に行く男は関係ない。カラオケも、彼氏と一緒にいるからではなく、歌いたいから歌う。それに女性は結婚するならするではっきり意思表示をする。僕は嫁さんの意見を聞きながらおなかを抱えて笑い続けた。言いたいことは嫁さんが全部言ってくれた。
2004年02月05日
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高知では、路面電車の事を電車と呼び、JRの事を汽車と呼ぶ。高知の「汽車」は、東京や大阪で「電車」と呼ばれているものと一緒の乗り物だ。久しぶりに汽車に乗った。しかも、自分一人で。一人で乗るのは初めてのことだ。えー!と思うかもしれないが本当だ。正確に言うと、高知での汽車の一人乗りは初めてだ。以前、大阪で4年、東京で7年暮らした事があるので、電車には当然乗った事はある。しかし、高知では、自分の健康上の理由と、飲みに出かける頻度の関係上、自転車が主で、たまに車か原付で移動している。そして高知市内に住む人の一般に公共の乗り物は、バスか路面電車なのだ。JRの駅が自分の活動している場所から遠いわけではない。実際に最寄の駅は家から自転車で3分、仕事場からは歩いて3分である。自宅の駅から仕事場の駅は2駅の距離だ。過去JR(その当時は国鉄)も利用した事はあるのだが、旅行に行くか、遠方の友達の家に遊びに行くときにしか利用した事は無く、そんな時は家族か友達が必ず一緒にいた。今日の用事も車でいけない事はなかったのだが、たまには(といっても初めてだが)JRを利用してみるかと思い立ち、JRだから、東京や大阪と一緒で目的地さえわかっていれば何とかなるだろう・・・と思い、利用してみた。ところが、やはり高知は田舎である。ちょうど目的地までに、出身高校もあることだし、のんびりと鈍行に乗り、昔の思い出に浸りながら、田舎の風景を楽しもうと思っていたのだが、とてもそんな余裕は無かった。高知駅以外殆どが無人駅で、何番線に上りが来るのか,時刻表を見ないと判別できず、当然電光掲示板などは無いので、次に来る電車が何処へ行くのかもわからない。僕はド近眼で眼鏡をかけているのだが、それでも小さな文字とかは読みにくく、どうしても近くにいる人に尋ねる事になる。結局今日一日でJR沿線で人にものを尋ねること5回!その内容は、乗り場の確認が3回、停車駅の確認、果ては手洗いの場所。目的地へ行くまでに、気の休まる暇などなく本当に疲れた。しかし、帰りには幾分慣れており、出身高校の近くの駅からは、十何年か下の後輩が馬鹿面下げて乗ってくるし、次の駅からは近所の学校の生徒も乗ってくる。日は暮れていたので、風景は無理だったが閑散とした町の夜景が、妙に懐かしかった。
2004年02月04日
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ご多分にもれず、僕も高知県人の男子として坂本竜馬が大好きである。でも、映画やドラマは正直あまり見たくない。理由は、最後に必ず斬り殺されるからである。気分が乗ったときでないと見ていられなくなるのだ。坂本竜馬の物語はたいていこうだ。おおらかなる竜馬がその性格のまま時代の波に乗って、その時代を代表する人物達と知り合い、その人物達との交流によって、竜馬が思い描く日本という国を生み出そうとする。最後まで竜馬はおおらかなままである。そのおおらかさに映画やドラマを観ている男は、憧れ(僕だけか?)、楽しみ、思うように事が進む過程を満喫するのである。まるで子供に戻ったかのように、現実の苦しいことやしがらみや家庭の内情(すみません僕だけです)を忘れて、やっぱり男はこうありたいよなぁ・・・と思わせてくれる。しかし・・・しかしである。最後には竜馬は斬殺されるのである。涙など出る状態ではない。ただ、自分がその現場にいるかのようにあっけにとられることしかできないのである。しかも犯人(下手人か)は不明。そこで、物語は唐突に終わり、たいがいの見ている人の頭の中には、明治という時代は竜馬が思い描いた日本なんだなぁ・・・と、なんとなくノスタルジックな感傷に浸り、時代の寵児としての竜馬の存在に納得するのである。いや、自分の心を納得させるのである。この、天国から地獄へのギャップが、子供に戻っていた男心に傷を作るのである。だから、今回の10時間ドラマ「竜馬がゆく」も録画して、心の準備ができてから観た。感想は、市川染五郎は名優だと思った。竜馬を取り巻くその他の俳優さんたちも、非常によく選ばれており、感情移入がしやすくとても楽しく見ることができた。このドラマを実際に見るまで、「染五郎じゃだめだよぉ」と、嫁さんに抗議をしていた。染五郎は好きな俳優の一人だが、僕の中の竜馬とイメージが合わなかった。しかし、うれしい誤算とでも言おうか、染五郎の竜馬にほれてしまっている自分がいた。「高知出身かよ」とまで思わせる完璧な土佐弁。竜馬を思わせる子供のような立ち振る舞い。そして笑顔。第四部を観るまでに、竜馬と染五郎が僕の頭の中で完全に一致していた。嫁さんも「竜馬の顔になったね」と言っていた。DVDに焼いて保存しようと心に決める(実際に焼きます)ほど面白かった。ひとつ心に響いた台詞があった。「この世に絶望らぁ無いきぃー!」(この世に絶望って言うこと無いよ!)ドラマを見終わった後、この台詞を思い出し、心の傷が少し癒えた。
2004年02月02日
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ユーザー辞書が無くなっていた。今まで、セコセコ登録してきた辞書が消えていた。「め」とキーボードを叩けば自分や嫁さんのメールアドレスが、「く」と叩けば自分の姓名や親父の名前が、「こ」と叩けば住所が出てきた。「ぽけっと」と叩けばビスケットが・・・嘘です。その辞書が無くなっているため、非常に不自由に感じる。いろいろ探してみたがバックアップは無いようだ。がっくり・・・ん!確かこのパソコンに乗り換えるとき、ユーザー辞書もアップロードしたぞ!と、そのときの記憶をたどりながら辞書ツールを開く。あった!このテキストファイルをロードすれば!確かに、「め」とキーボードを叩けば自分や嫁さんの以前のメールアドレスが、「こ」と叩けば以前の住所が出てきた。「ぽけっと」と叩いた時だけビスケットが・・・嘘です。これから再登録しようと思います。おやすみなさい。
2004年02月01日
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飛び込みのお客が来た。50代位のご夫婦で、ご主人は細身のきりっとした色黒の優しそうな男前、奥さんは優しい感じのポチャッとしたかわいい女性。メニューを渡してご注文を伺おうとすると、奥さんがおもむろに携帯電話を取り出し電話をかけ始めた。「ねえねえ、今、着いたんだけど何が美味しいの?・・・」娘さんに電話をしているようだ。たぶん以前に娘さんが来店されて、ご両親に薦めてくれたのだろう。食べ物商売にとって口コミは大きな武器。ちょっと嬉しかった。お店の扉がガラっと開いた。お客さんかと思い「いらっしゃいませ」と言うと、先日入籍した友達がいた。僕が「どうした?」って聞くと、先ほどのお客さんのところへ行き、「義父さんと義母さんなのでよろしく」と紹介してくれた。先ほど電話していたのは友達の奥さんだったのだ。友達はそう言ってすぐに帰っていった。それからは、彼のことで話が盛り上がり、ご夫婦も楽しそうに食事をされた。帰り際に、僕が「彼とは一生付き合っていこうと思っていますので、これからもよろしくお願いします。」と挨拶をすると、今までニコニコしていたご主人の顔が、落ち着いてはいるが真剣な表情に変わり、「こちらこそよろしくお願いします。」と一礼された。その表情から、これから新しい生活を始める娘さんのことを心配して、婿の友達である僕達にも気を使ってくれているんだな。と言うことが伝わってきた。こちらこそ本当によろしくお願いします。と言う気持ちになり、友達に対して「いいお父さんでよかったな。大事にしろよ。」と心の中でつぶやいた。
2004年01月31日
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うちの店はお酒も出すが食事がメインのお店なので、居酒屋さんなどに比べると早く店じまいをする。閉店時間が10時半なので9時半がラストオーダーになっている。9時半にお客がいないと、そのまま9時半に閉店という事になる。暇な時はそれを見越して9時前ぐらいから閉店作業に勤しむことになる。本来なら、「戦いが終わって礼をしている最中に、突然襲われてもいつでも戦えるよう、決して相手から目を離すな」と燃えよドラゴンでブルースリーが生徒に教えていたように、9時半までは万全体制でスタンバイしておかなければならないのだろうが、そこは個人経営のお店、従業員に対して、早く帰ることができる時は、早く帰してやろう。というのが社長(って言っても私の親父だが)の方針でもある。常連のお客さんが一人気分良くワインを飲みながら食事を取っていた。8時45分。この常連さんと世間話をしながら、今夜はこれで終わりだな。と思っていたところへ電話が鳴った。電話に出てみると自分の友達からで、「遅いけど行っても良い?ちょっと飲ませて」と言ってきた。「え~!!今からぁ~?おめぇ遅ぇんだよ」この不況の折、そんな言葉を吐く勇気も無いまま・・・5分後到着。彼女と一緒かと思ったら男友達と二人。結局、先にいた常連さんを従業員に任せ、三人で話が盛り上がり気がついた時には10時半をまわっていた。常連さんも帰り、従業員は掃除も終え友達が帰るのを待つのみの体制・・・すみません。調子に乗りすぎました・・・と心の中で思いながら、友達を送り出し、従業員を帰して、自分がお店を出たのは11時過ぎだった。今晩の僕の気持ち・・・「お店が暇な時に友達ってありがたいよなぁ~話も楽しいし」「お前ぇら、うちの店何時までか知ってんだろ」「常連さん。帰りのお愛想が無くてすみません。お気をつけて帰ってください」いろんな気持ちで何とかバランスを取っています・・・
2004年01月30日
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自分以外の人と一緒の気持ちになれた時、心が震えることが多い。だから、家族で同じ事を一緒に楽しむ。僕の大事にしている思いの一つだ。今シーズン2度目。今年初のスノボー!行って来ました。天気は晴天!雪はふわふわ!言う事無しのコンディション。しかも!娘の学校がインフルエンザの流行のおかげ(苦しんでいる方すみません)で学級閉鎖となり、平日というのに晴れて親子三人でゲレンデへ滑り出すといった快挙!うれしい!スノボー歴は嫁さんが8年、娘が6年、僕が3年と一番僕が短い。必然的に、嫁さんが僕ら二人に教えてくれている。娘は先生の言う事を聞いて、日頃慎重な子なのに思い切って身体を動かしている。問題はもう一人の生徒だ。下手に年をとっているから理屈が先に来る。頭で理解しないと「怖い」という思いがあり体が動かない。こんなダメ生徒でも優しく根気強く教えてくれる。そのおかげで、逆エッジがかかってしこたま頭を打ったり、転んだが最後30メートルぐらい一気に転げ落ちる(ちょっと大げさ)という事はあまりしなくなった。(あくまでもあまりであり全然ではない)自分ではうまく滑っているつもりでも、「もっと膝曲げて腰を落として!」「下を見るんじゃなくて行き先を見て!」と、注意される。自分としては頑張って言われたようにやっているつもりなんだが出来ていない。「先生の言う事聞いて無いんじゃないよ。出来てないんだよ。頑張ってんだけど。」と心の中で先生に謝りながら悪戦苦闘している。たぶん先生にもそれがわかっているから、「もっと頑張って~」とエールを送ってくれていると思う。家に帰ってからも、ああじゃないこうじゃないと楽しんだ。まだまだ上手に滑れないけど、とっても楽しい休日だった。とここまで書いて、今日の日記を終了するはずだったが、そんじゃあ、先生の言うとおりに滑れるようになったら、次はどうなるんだろ・・・と考えてしまった。二人でゲレンデに大胆なラブシュプールを描くのか?(恥ずかしいっ)はたまた下手の横好きのまま行くのか・・・何年か先のこの日記で明らかになることと思います。
2004年01月28日
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日頃、嫁さんの買い物には付き合うようにしている。その理由は、 自分が嫁さんと一緒にいる事が楽しい。 これが一番の理由!嫁さんにとっては一番うっとうしい理由だろうな・・・ 自分が一生一緒に過ごそうと決めた嫁さんと、 一緒に取り組める物事ならば、なるだけ一緒に取り組みたい。 そういった事を通して、いろいろな事を一緒に感じたい。 出来る限り一緒にいたい。 要するに、嫁さんがいないと何も出来ない。トホホ・・・ 嫁さんの欲しがっているものを知る為。 買い物の最中に「要る物と欲しい物は違うのよねぇ」とよく言っている。 例えば、我家では食事の後にコーヒー若しくは紅茶を飲む。 嫁さん自体がお茶の時間が好きなので機嫌良くいれてくれる。 だもんで、紅茶の葉をよく買いに行く。 こんなに買うの? ってぐらい買ったりする事もあるんだけど、 紅茶を入れる為の道具は、2,000円ぐらいの物を「これ欲しいのよねぇ~」 といいながら買わない。1回買っちゃえばずーっと使えるものなのに、 買わない。 と、ここまで書いて気がついた。今、気が着いた。 これは嫁さんの作戦かも・・・ 自分の欲しいものを嫁さんに知ってもらう為。 ご多分にもれず、我家のお金は嫁さんに全権委任している。 全面放棄しているといっても過言ではない。 要するにお金の管理が出来ないのだ。 自分のスズメの涙ほどの給料では、台所事情は推して知るべしなのだが、 財布の中身までは把握できない。 今月余裕があれば(あるわけ無いんだけど)買えるかもしれない。 っていう一縷の望みを嫁さんにぶつけてみる。 結果、ほとんど玉砕。サップが戦意を失ったあのミルコの一撃のような、 「本当に必要なの?なんに使うの?」の右ストレートで試合は決まる。 僕もサップと同じようにドクターストップを求めていた・・・ 男(僕だけかもしれないが)は、要る物と欲しい物の区別がつかない 場合が多いと思っている。 男は基本的に全部欲しいのだ。と、だいたいこんな理由だ。「何が欲しいって言ってたっけ」物じゃないんだよなぁ・・・って思いながら、買うものを探してるんだよなぁ。なんでだろ?たぶん自分の中で、他に表現する手段が無いんだよ。言い方を変えると、買うのが一番簡単。でも、気持ちがこもってないとダメ!一番喜ぶものを買いたくて、考えて考えて決まらないまま当日・・・一番最近欲しそうにしてた物とケーキと花束。今日は嫁さんの誕生日!あなたにとってこの一年が、今迄で最高の一年になりますように・・・ 我家のミルコ様へ 傷だらけのサップよりおのろけですみません・・・注)特別にサップのファンと言うわけではありません・・・
2004年01月26日
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玉突きしたい。玉の厚みを読み、先玉と手玉の走るラインをイメージしながらキューを突き出す。数秒前自分がイメージしたものと、いま自分が行った行為の結果がシンクロした時。頭の中がたまらなく気持ちがいい。へたくそな自分には年に数回有るか無いかの出来事。その気持ちよさに会いたくてビリヤード場に通う。その気持ちよさを娘にも味あわせてあげたいと思い、年に数回だが、娘と一緒に楽しんだりする。いざ、キューを持って台の周りを歩き回る娘の姿を見ていると、イメージどうとか、何と何がシンクロやらはどこかへ飛んでいき、娘のプレイを息を飲んで見ている自分がいる。一緒に遊べる事が楽しい!嬉しい!最初に書いた事は、数年後の楽しみとしてとっておこう。書くことに困るとオヤバカ日記になってしまう事が発覚。情けないなぁ~
2004年01月25日
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「カップラーメン買って来て」電話の向こうで小学5年生の娘が言っている。土曜日の昼の休憩時間は、中学受験を来年にひかえた娘の学習を支援する事になっている。仕事柄、昼の休憩時間は2時間ほどあり、いつもはお店で寝たり、友達や嫁さんの店でだべって過ごしている。「ラーメンだけでいいの?」と聞くと、「うん、それだけ」「じゃあ今から買って帰るから学習する用意をしといてね」と言って電話を切った。コンビニへ行きカップラーメンを選ぶ時、どのラーメンがいいのか迷っていたが、いつも娘はオーソドックスな醤油ラーメンしか食べない。よし、今日は違ったものを食べさせてみようと思い、坦々麺をチョイスした。家に帰って、カップラーメンを見ると娘はけげんな顔をしたので、「今日は坦々麺に挑戦してみよー!」と僕が言うと「いいよ」楽しそうな顔はしない。お湯を注いで時間が来て後入れのカヤクを入れる。僕はあっという間に食べ終わった。まだ半分も食べ終わってない娘の反応をそれとなく見ながら、「どう?」と聞くと、にっこり笑って「思っていたより美味しい」と言ってくれた。娘が新しい世界を(と言ってもたかだかラーメンなのだが)受け入れてくれたのがちょっと嬉しかった。オヤバカ日記になってしまった・・・
2004年01月24日
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「いらっしゃいませ」と言わないBARのマスターがいた。自分のセレクトした音楽をかけ、それに身を委ねているかのようにコーヒーをすすっている。お客が店に入って来ても殆どしゃべらない。黙ってお絞りを出し、注文された酒を黙って出し、料理をすすめる事も無く、カウンターの中の椅子に座ってコーヒーを飲む。その間、にこりともしない。無論一言も無い。お客は常連ばかりで、一見さんは殆ど入ってこない。常連は、コンクリートが黒ずんだ古いビルの奥にある、ログハウスのように木に囲まれたこのBARが居心地が良いようでこの寡黙なマスター相手に結構な長居をする。たまに一見さんが入ってきてもマスターの対応は変わらないので一杯目を飲むと「お勘定」と言って店を出て行く。そんなお店のマスターが、入籍の報告に来たといって僕の店で、夕食を食べてくれた。無口な彼がいつになくおしゃべりで、照れているんだろうけど、表情には出ておらずそれがかえってすごく可愛く思えた。僕にとって、嬉しく楽しいひと時だった。らーめん (PM 10:26)「カップラーメン買って来て」電話の向こうで小学5年生の娘が言っている。土曜日の昼の休憩時間は、中学受験を来年にひかえた娘の学習を支援する事になっている。仕事柄、昼の休憩時間は2時間ほどあり、いつもはお店で寝たり、友達や嫁さんの店でだべって過ごしている。「ラーメンだけでいいの?」と聞くと、「うん、それだけ」「じゃあ今から買って帰るから学習する用意をしといてね」と言って電話を切った。コンビニへ行きカップラーメンを選ぶ時、どのラーメンがいいのか迷っていたが、いつも娘はオーソドックスな醤油ラーメンしか食べない。よし、今日は違ったものを食べさせてみようと思い、坦々麺をチョイスした。家に帰って、カップラーメンを見ると娘はけげんな顔をしたので、「今日は坦々麺に挑戦してみよー!」と僕が言うと「いいよ」楽しそうな顔はしない。お湯を注いで時間が来て後入れのカヤクを入れる。僕はあっという間に食べ終わった。まだ半分も食べ終わってない娘の反応をそれとなく見ながら、「どう?」と聞くと、にっこり笑って「思っていたより美味しい」と言ってくれた。娘が新しい世界を(と言ってもたかだかラーメンなのだが)受け入れてくれたのがちょっと嬉しかった。オヤバカ日記になってしまった・・・
2004年01月23日
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久しぶりに中学・高校時代の同級生8人で飲みに出かける。誘った当初はみんな乗り気では無かったのだが、いざ集まってみると懐かしさも手伝って、みんな上機嫌で、昔話と近況報告に花が咲いた。30過ぎの集まりともなると、結婚してるやつ・離婚したやつ・結婚してない(できない)やつ、など、それぞれの経験があり、それぞれの思いがあってなかなか楽しいが、そいつがどんな経験をしていてどんな状況になっていようが、友達ってのはありがたいもので、「お前が幸せならそれでいい」というのが、みんなの一致した思いである。人と思いが一致すると心が震える。「これからも頑張ろう」と勇気をもらった楽しい一夜でありました。ちなみに、みんな気分よく飲みすぎ、ビール・日本酒・ワイン・焼酎なんでもありのちゃんぽんだった為、早退者2名・泥酔者2名・千鳥足2名の結果に終わりました。自分は、帰り道に食べた蕎麦を全てリバースさせていただきました。泥酔者のうち一人は私です。弱くなったよなぁ~・・・
2004年01月21日
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何も考えずに、楽天広場にHPを開設してしまった!そして、何にも設定していないのに10カウント目を踏んでくれるという奇特な方が出てきてしまった!仙台はちみちゅ&仙台うつみちゅさんをはじめ、ネットの波に迷って訪れてくれた皆さん! ありがとう&まだなんにもないHPでごめんなさい。頑張って日記だけでも更新していきます。このHPの題の「心が震えた時」ってのは、自分なりの言葉で簡単に説明すると、生きているって感じた瞬間ってことです。自分は、この「心が震える」時を味わって楽しんで自分の人生を送っています。(かっこよすぎるかぁ?)基本的に自分は暗い人間なので、あんまり明るくはならないだろうけど、いろんな「心が震えた時」を記して行きたいと思うので、お付き合い頂けたらと思っています。(誰に言ってんだか・・・)今日の震え久々に震えました。人生初の10カウントのお知らせ多分一生忘れない・・・・おやすみなさい。
2004年01月18日
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