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「自衛隊の防衛計画が朝日にすっぱ抜かれましたね。」「うむ」「それ見て中国が文句付けてきてるんですよ・・・」「へ?」「我が国は他国に脅威なぞ与えていない!だそうですよ・・・」「・・・どの口で言ってるんだ」以下想像中「日本の防衛計画では中国を敵扱いしているアル、けしからんアルよ!」日「・・・」中「他国を敵扱いしている日本の防衛計画はアジアの平和に対して極めて危険アル!」日「・・・」中「そういった防衛計画は日本の軍国化が・・・・」日「大概にしてください、万一の防衛計画なぞどこの国でも作ります。中国にもあるでしょう?」中「無いアル!」日「ハァ?」中「【万一の防衛計画】など大中華には無いアル! 【確実な攻撃計画】しかないアル!」おあとがよろしいようで・・・
Sep 28, 2005
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某所でコメントすると大幅オーバーになるので、ここに記録。 日本人、特に「反戦平和」を語る人間に限って戦争に無知である。 どう無知かというと、まず戦争という行為は「冷酷非情」で機械的に行われる行為であるが、彼らはこれを「残虐非道」と勘違いしている。冷酷非情とはすなわち人間的感情を徹底して排し目的達成に向けてロジックで行動することで、残虐非道は根本的に違う。残虐非道の根底には感情としての「嗜虐心・復讐心」があり、それは国家(戦争)目標を達成するための政治(外交)の延長としての「戦争」とは全く相容れないものなのだ。強いて言うならそういった「残虐非道」な戦争は、民族戦争や宗教戦争などの「相容れない感情」から来る戦争に見られる側面である。(内戦などもこの範疇にはいるだろう)領土を巡る紛争や経済摩擦に伴う戦争、あるいは政治的主義から来る戦争は、その行為自体に最終的には「外交的」「経済的」な利益を求めている。そこには本来感情を差し挟む余地などあり得ない。そして何らかの感情を差し挟むことになった時点で、その戦争には敗北すると行っても過言ではない。裏を返せば勝っている側は勝っているが故に冷静であり、負けている側は頭に血が上るため論理的な判断が出来なくなる、そう言い換えても良いだろう。 こういう無知もある。「自衛隊の各装備は防衛力として過剰な性能を持っており、専守防衛の範疇から越えており違憲である。」こういう論法を巡らす人間は戦争のほんの一部に過ぎない装備の性能、すなわちカタログスペックにだけ目がいっている、いわば反戦平和兵器オタクである。彼らはあらゆる装備(兵器)は何も障害のない戦場において、対等の条件下で正面から撃ち合い、終わったあとの生き残った数で勝敗が決すると信じているかのようである。これでは単なる兵器オタクの「あれが1番これが2番」と一喜一憂する子供のレベルだ。兵器は兵器として運用することができて初めて「戦力」たりうる。これはどういうことかというと、目的の戦場に兵器を「運び」「使用し」「整備し」「補給し」「補充する」という(更に言えば「持ち帰る」もあるだろう)行為全てを満たしたときに初めて「兵器」から「戦力」になるということだ。自衛隊においてはこれらの能力は極めて限定されている。限定されている内容は「運べる量」「運べる距離」「整備する能力」「補給出来る量」である。「補充できる数」に至ってはほとんどゼロに等しいのである(予備の戦車などほとんど確保されてはいない)。もし自衛隊が他国へ投入される「外征軍」としての性格を求められているのなら、これは致命的な欠点だ。しかし自衛隊の、日本の国家防衛戦略は他国領域での活動を想定していない。上記の限定された各能力は、実際には日本国及び周辺地域においての防衛行動には足りている(やや不足な面もあるが)。そういった面を規定しているのが政府の「基盤的防衛力構想」であり、当然自衛隊はその構想に基づいて編成されているのだ。 こういう妄言も目に付くようになってきた。「憲法が改正されたら徴兵制が復活し日本は再び戦争を行う。だから改正は反対である。」前述したように戦争とは国家目標を達成するための政治(外交)の延長としての行為である。仮に憲法が改正されなくても日本としての国家目標が「軍事力による世界統一」にでもなれば、政府は必ず戦争を行うだろう現行の憲法9条では解釈の範囲が広い。その気になればいかなる解釈も可能になるレベルである。(こじつけではあるが)そういった可能性を減ずるために「9条の理念」を生かし、更に明文化して恣意的な解釈の幅を狭めようというのが自民党の改憲案である。そこには「明確に徴兵制の否定」が謳われており、現行憲法以上の平和条項と、国際貢献に限定した自衛隊の運用の幅が記されている。 そういった改憲案自体を読むことなく、「政府与党案だから」といった理由で反対する視野の狭い方々には同情を禁じ得ない。無論その同情は彼らの無知蒙昧さに対するものなのだが。 さて政治的視野の狭さ以外にも、軍事的にあり得ない理由を述べよう・・・と思ったが、既に高名なJSF.氏により非常に見事な論述がされている。私がこれに付け加えることは何もない(というか私が書くより遙かに要点を明確かつ詳細にまとめている)。是非参考にしていただきたい。【http://obiekt.hp.infoseek.co.jp/peacemaker/draft_0.html】(誤字の一部を修正:05.09270150)【外征能力比較のための参考資料】●日米に見るパワープロジェクション能力の比較について 戦争における兵器とは装備体系というシステムの中の一要素であり、その装備体系システムは更に国家防衛戦略というシステムの中のほんの一側面に過ぎない。それらの装備の中には実際に戦闘に使われる兵器、それを整備するための装備、それに補給するための装備、そしてそれを輸送するための装備が存在する。 「外征能力」という面において最初に言及されるべきは「輸送するための装備」と「各種装備の事前前方集積」である。必要な装備を必要な時期に必要な場所へ、それが満たされた場合初めて機械としての装備は戦力となるのであるから、これは極めて重要である。 本項は公開されたデータから日米の外征能力を客観的に比較するための資料である。データ等に誤りがあった場合はご指摘願いたい。1 戦力の比較 総戦力が異なればこれを輸送するための能力も当然異なる。外征軍としての能力を現在最も満たしている米軍と比較することで、我が自衛隊のパワープロジェクション能力を推測することが可能になる。ここではその基本的数値、総戦力を比較する。(1)陸上戦力 ア 兵員:米国約105万人(予備役、州兵含む):日本約15万人 (比率 7 : 1 )★ イ 戦車:米国約7600両:日本約980両 (比率 7.8 : 1 ) ウ 装甲車:米国約6700両:日本約970両 (比率 6.9 : 1 )★★ エ 火砲(自走砲含む):米国約2100門:日本約700門 (比率 3 : 1 ) ★★★★米国は元々他国に駐留している軍が存在するが比較を容易にするために一括して比較した★★ストライカーは含まない★★★双方ともMLRSが含まれていないため、適正な数値比較になっていない(2)海上戦力 ア トンベース 米国576.6万トン:日本42.6万トン (比率 13.5 : 1 ) イ 隻数ベース 米国1120隻:日本150隻 (比率 7.5 : 1 )(3)航空戦力(作戦機のみ。輸送機は除く) 米国3450機:日本480機 (比率 7.7 : 1 )2 輸送能力の比較 陸海空の代表的輸送能力を比較検討する。(1)陸上輸送能力 陸上輸送は比較的近距離の輸送であり、また民間車両でも同様に行いうる(効率は異なるが)ので、ここでの比較は省略する。(2)海上輸送能力 海上輸送能力は、白紙的に保有する輸送艦の総トン数で比較する。米国側の細部データが手元にないため代表的艦のみ比較した。 (ただし自衛隊は輸送艦全艦を網羅。補給艦については積載が燃料に限定されるために割愛した) ア 米国 アルゴール級高速海上輸送艦(8隻) 55350トン 1隻あたり戦車120、車両400の搭載能力、最大速度33ノット ボブ・ホープ級大型中速車両輸送艦(7隻) 62096トン ゴードン級大型中速車両輸送艦(2隻) 65000トン シュガート級大型中速車両輸送艦(2隻) 65000トン 各1隻あたり戦車58、装甲車48、支援車両900の搭載能力、実用速度24ノット 他即応予備役船隊68隻、LSTについては省略。 イ 日本 おおすみ型(3隻) 8900トン 速力22ノット、LCACを2隻搭載 あつみ型(1隻) 1650トン 速力14ノット ゆら型(2隻) 590トン 速力12ノット 他輸送艇2隻 ウ トン数比較 米国 約114万トン:日本 約2.78万トン (比率 41 : 1 )(3)遠距離空輸能力 ア 米国 C-17大型輸送機(TRANSCOM) 134機 搭載人員空挺102人、速度M0.77、搭載量78トン 他中・小型機多数 イ 日本 C-1中型輸送機 26機 搭載人員空挺45人、速度440ノット、搭載量? C-130H輸送機 16機 搭載量空挺64人、速度340ノット、搭載量? ウ 輸送力比較 ここでは比較を単純にするため空挺隊員の輸送数で比較する。実際には航続距離等にも大きな違いがあるが省略する。 (米国の中・小型輸送機は比較対象に入っていないことには特に留意されたい) 米国13668人:日本2194人 (比率 6.2 : 1 )3 事前集積備蓄の比較 国内外の事前備蓄を検討するための資料であるが、この項については秘密性が高くデータが限定されていること(特に日本側)をご了承願いたい。(1)米国(陸軍管轄) APS-1:米国内 規模等データ無し APS-2:ヨーロッパ (オランダ、イタリア、ルクセンブルグ)、計6コ戦車大隊、4コ機械化歩兵大隊分(戦車300、装甲車250以上) APS-3:インド洋(ディエゴ・ガルシア) (LMSR×8)、1コ増強機甲旅団分(戦車123両他)、車両4200両、2万人/15日分の補給物資 ★ APS-4:韓国(一部日本) 2コ戦車大隊、2コ機械化歩兵大隊分(戦車100、装甲車200程度) APS-5:湾岸 (クウェート、カタール)、計4コ戦車大隊、4コ機械化歩兵大隊分(戦車250、装甲車330以上) ★LMSR:ワトソン級大型中速車両輸送艦 62644トン、24ノット、重量換算13000トンの積載能力 ★★この他に自走砲等が備蓄 ★★★ APS(Army Prepositioned Stocks)(2)米国(海兵隊管轄) MPS-1:地中海 事前集積船×5 MPS-2:インド洋(ディエゴ・ガルシア) 事前集積船×6 MPS-3:グアム 事前集積船×5 ★各MPSは一個海兵遠征旅団(17000人規模)の30日分の装備・補給物資を集積 ★★ MPS(Maritime Prepositioned Ship)(3)日本 国内のみ。集積の主体は整備用部品、燃料及び弾薬。4 注意 以上示したデータから、外征軍を維持するために必要な「輸送力」と「備蓄」の規模が推察できる。またこれらのデータは公表されている過去の資料から抜粋したものなので、数量等は若干変動している可能性がある。しかしながら、防衛任務主体の自衛隊と外征任務を有する米軍の、装備及び準備の違いが明確に理解いただけると思う。5 参考文献 平成17年度 日本の防衛 軍事研究 2004年12月号 他(ゴニョゴニョ)
Sep 26, 2005
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まずはこのたびの選挙、ご当選おめでとうございました。今後は官僚から議員として、卓越した識見と明晰な頭脳をもってご活躍されることを心よりお祈り申し上げます。 さて不躾ながらいきなり本題に入りますが、片山議員殿は先般の米国を襲ったカトリーナ台風についてどのようにお考えでしょうか。この未曾有の大災害において政府等の初動の遅れに対する非難から、ついには連邦緊急事態管理庁長官の更迭が決まりました。また、未だ人数の定かならざる多数の死者、数十万人規模の避難民、莫大な規模の経済損失と、その影響は米国内のみならず、世界経済にまで多大な影響を与えております。 思い起こせば昨年、「災害派遣には自衛隊は不要、警察と消防で大丈夫だから大幅に削減」というようなことを述べた財務省の官僚がおりましたね。幸運にもその言は退けられはしましたが。しかし現実問題として我が同盟国米国では、陸軍の災害救援が遅れたことで大統領の支持率が低下する事態にまで至りました。組織の特性上、警察と消防はあくまでインフラが機能している場合にその能力を万全に発揮できるものであり、逆に軍事組織はインフラが存在しないあるいは破壊されている環境下でも機能を発揮できるようになっております。ある程度の万能性を付与された組織の特性上、軍隊(自衛隊)は確かにそれ専門の組織に比すれば非効率な面もありましょう。しかしカトリーナ台風に襲われた被災地の民衆を、豪雨と暴風と洪水という最悪の事態が進行する中で救援できたのは、他ならぬ軍隊でありました。新聞記事によれば、警察職員の3割以上が職場に出勤することもままならず、避難民の一員として行動せざるを得なかったそうです。聡明な片山議員殿であれば、かような事態が我が国を襲った場合にどのようになるかを想像するのは児戯に等しい行為でしょう。 さて少し話は変わりますが、自衛隊の真の任務は言うまでもなく国民・国土・国家を敵から守ることです。 昨年、「世界的に軍縮だから軍縮すべき」とのたまった財務官僚がおりましたが、近年反日の度合いを強めている隣国の中華人民共和国は軍縮どころか継続的に軍事費の伸びが二桁台をキープしております。また原子力潜水艦による領海侵犯、EEZ近辺における海軍艦艇の活動など、どう見ても極東アジアの軍事的脅威度は低下してはおりません。竹島問題しかり、尖閣諸島しかり、核開発しかり、くわえるに沖縄まで自国の領土と言い出すような国家までもがひしめく極東アジアにおいては、軍事力の削減を行っているのは我が国のみであります。基盤的防衛力という我が国の防衛構想は、あくまで危険性のある国家を対象に我が国を防衛しうる最低必要限の戦力を持とうというものです。しかるに件の財務官僚は、近隣三国(特定アジアなどと最近では言うようですが)の脅威を省みず、ただただ「世界的には軍縮だ」と灯台もと暗しそのままに主張されたようです。同じ日本国民として大変に恥ずかしいことだと感じております。最高学府の中の最高学府、東大を卒業され、キャリア官僚として辣腕をふるった片山議員殿であれば、そのような視野の狭さが国民・国家に対していかなる危機を招く可能性があるかは容易に推察可能であろうと思います。 今回の選挙で当選された新人議員の方々は当面の間は自民党の派閥に入ることなく、様々な「政治的知識」を党から直接学ばれると聞き及んでおります。願わくば、片山議員におかれましてはその優秀な能力を十全に発揮され、政権与党の一翼を担う議員、そして選ばれた国民の代表として大きく羽ばたいていただきたく、乱文ではございますが一筆したためさせていただきました。お体に無理なきよう、真の政治家として国政を担われますことを重ねてお祈り申し上げます。敬具。追伸 今回の選挙で片山さつき殿が議員となられたことの真の価値は、防衛庁担当財務主計官の任から外れたことにあると考えております。願わくば政府内では「防衛以外」の専門家としてその能力を発揮されますよう、謹んでお願い申し上げます。追伸の2 髪型がダサイです。
Sep 20, 2005
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一つ前の日記で「選挙結果については語るべきではない」と私は書いたが、これは誤解を招く表現だった。選挙の結果として選ばれた新しい議会がどのような政策を採ろうとも、それについて「選挙で大勝したから云々」は言うべきではない、とすべきであった。ましてや新国会ではまだ何も行ってはいないのに、それについて憶測でどうこう批判することはまさに愚者の行いであろう。 さて、既にマスコミをはじめ多くのブログを含むあらゆる場所において論述されているところだが、911選挙は確かに従来の選挙と大きく異なったものだった。解散に至る経緯、その後の選挙戦、そして何よりもその結果。今回の選挙結果で明確に示された「意志を持つ有権者の力」を考えれば、議会、内閣、政府は民意に背く、あるいは国益に背く行為こそが有権者を離反させることを十二分に悟ったはずである。 また「劇場型」と揶揄されることの多い小泉首相の手法であるが、これは揶揄する側の意図とは異なった意味で図星を突いていると言えるだろう。なぜならば劇場は観客無くして成り立たない、よって劇場主(政党)は常に観客(有権者)を引きつけ続けなければならないことは自明だ。この観客の好み・要求はその時々の世相・情勢でかわるから、より民意に直結した政治が要求・評価されることになる。今回は議会内で意見が割れ、そのどちらが民意に沿っているのかを評価・判定するために選挙が行われた。直接的に民意を反映させやすい手法、というのは実に「民主的な手法」であると言えないだろうか? そういう意味で今回大勝利した与党は、世論調査などよりも明白にその進めるべき政策の方向を理解したはずだ。特にそれまで野党側に流れていた観客達の好みが、明確な「改革指向」を示して与党側に向きを変えたことは特筆すべきである。特に有権者が「痛みすらいとわない改革を支持したこと」は大きい。 本来「保守」とされてきた自民党が明確な改革方針を打ち出し議席を増し、これへの対意として「革新」とされてきた野党(今回の選挙では保守的政策、護憲や郵政改革への批判等が多かった)が軒並みに議席を減じたことの本当の意味は、観客(有権者)は改革を求めていると言うことである。政党名ではなく、その政党の、候補者の掲げる政策・方針に賛意を示した結果が、あの高投票率に現れている。今回は自民党を支持して投票したと言う有権者よりも、「郵政改革を支持した」「改革を推進する党を支持した」等という意見が多いのもその証左である。 そう、つまり。現段階において「改憲」を主張し、政府と官僚の改革と、予算を大きく見直している自民党与党は・・・・実は本当の意味での革新勢力なのである。 よって私は主張する。「本選挙において勝利したのは革新勢力である。」と。そしてその政党名は間違いなく「自由民主党」なのだ。
Sep 14, 2005
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私個人は本来は選挙結果については語るべきではないと考えている。 与党大勝で終わった今回の結果を、民意の結果として誰もが粛々と受け止めるべきなのである。多くの楽天を含むブロガーの反自民諸氏が至る所で悲鳴・罵声を上げているようだが、高い投票率とその上での圧倒的与党の勝利は、国民の支持が与党にあったことを明確に示しているものだ。それすら理解できず、自らが既に「弁護し鼓舞し扇動し続けてきた大衆」とは乖離した存在に成り果てたことを認めない一握りのものだけが、悲鳴を上げ続けている。曰く「日本は終わりだ」「小泉はナチだ」「日本人は大人になれなかった」こういった根拠無き批判に私は一言で答えようと思う。「それこそが民主政治なのだ」 選挙によって合法的に国民に支持された議会、政府、政治。これをないがしろにしようとする「自称市民の人々」こそ、自らが危険な独裁と全体主義へ向かっていることを自覚すべきではないか。民主政治は多数の支持を得て動く。その多数を否定し、あまつさえ無知、洗脳、信者などと罵り、自分たちだけが正しいと声高に主張して強引にその主義を通そうとするのなら、彼らは「根拠無き選民意識の虜囚」である。小泉自民党は、全くもって日本の法にのっとって動き、結果として選挙に勝利したのだ。その事実は動かないのである。なぜ声高に否定する?己の主義に会わないからか?あなた方の主張は「民主主義によって否定されたのではないか?」我々民主主義を尊重する真の国民は、このような民主主義を否定するかのような危険思想をこそ警戒しなければならないのではないだろうか、今選挙の結果に騒ぐ不穏な人々を見て私はそう考えるのである。
Sep 12, 2005
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夢のホラ吹き(せりふ)時は現代、ところはネット立証すら解(かい)せぬ暴論の彼方で日夜レッテルを貼るその女楽天界最大の詭弁屋にして捏造家 ぼ●んの花だが人は彼女を楽天ピ●ネーと呼ぶ!(前奏)一人の頃は 嘘をつけたよネットに繋ぎ 妄想の翼広げどこへだって 逝けた僕だったブッシュ憎んだとき 使ってた詭弁がもう一度 夢のホラ 吹くことを教えた★どっちを(どっちを)向いてもソース(ソース) どっちを(どっちを)向いても論拠(論拠) どこまで(どこまで)言ってもソース(出ーせー) どこまで言っても論拠★ぼ●んはいつも 夢のホラ吹き幼い日々の洗脳 死ぬときまで大切に 抱いてるものだよ君の嘘があれば 冷たいレスの中気にせずにくぐり抜け どこかへ逝けるだろう★~★2回繰り返し【元ネタ:キャプテンフューチャーOP 夢の船乗り】ちょっとマイナーすぎですかねぇ・・・
Sep 7, 2005
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今回のぼたんの花氏の発言は私にとって一つの成果であった。なぜならば当人が「自らの論拠は無い、そして明かさないことが自らの方針である」と明確に発言したからである。これにより「エセ平和主義者の論理」全てがまやかしであることが当人により証明されたわけだ。 そういう意味であのやり取りには意味があったといえる。それは「そこが知識を求める誰かにとって全く当てにならないことを証明できた」からに他ならない。 長い時間と手間の割りに小さな一歩といえるが、ネット上に存在する詭弁と虚報の塊が自らその体質を認めたこと、これは(少しは)満足すべき成果だと思うのである。
Sep 5, 2005
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3 国際法 国際的概念の中に「国際法」というものがある。国内法とは異なり主に「条約」「慣習法」の二つからなるとされる。条約は前項があるので省略するが、では「慣習法」とは何なのか。 一般的に慣習法とは、長期的に多数の国家が締結した条約の中の普遍的なものを「国際的法律扱い」とすることで、調印等の簡便化を図るものである。ただしこれは慣習に過ぎず、これをもってある条約等が世界の全国家に等しく適用されると判断することには異論も多い。特に実際に調印していない国家は、任意にこれを適用したりしなかったりする余地が残されているため「国家の信頼」云々を追求することは困難である。例えば「我が国は本条約(あるいは国際法)に納得していないのだから批准してはいない。にもかかわらず条約を相手に対し一部なりとも適用したのは純然たる我が国の好意によるものでしかない。」と言い張られればそこでおしまいなのである。当然、批准していない以上条約の各条項が適用されないことに異議を申し立てる権利もないが、誰に文句を言われる筋もないのである。 慣習法はこれを認める国家にのみ条約と同じ効果を発揮するが、認めるならば調印しているはずだというのが最大の問題なのである。4 ジュネーブ諸条約の問題点 第1項で条約は「相互主義」によると私は書いた。これは条約の基本条件であり、条約に基づく義務・強制に納得して批准していない限り通常は適用されないのである。 だがジュネーブ諸条約の条項には大きな問題点が存在している。要約すれば「本条約加盟国は、相手が非加盟であろうともこの条約を遵守せねばならない」というものだ。簡単な例を書いてみる。加盟国A、非加盟国Bの2国間戦争で、Aは占領したBの市民を条約に基づいて取り扱う義務を有するが、BはAの市民を皆殺しにしても条約違反にはならない、しかもAはBに対しての扱いを変えることはできないのである。これは一方的に条約加盟国側に負担を強いる条項である。 ジュネーブ諸条約の問題点とはこの欠落した相互主義の強制にある。これが故に未だにジュネーブ条約に加盟しない国が存在しているのである。 蛇足だが、日本が本条約の第1及び第2追加議定書を承認したのは、昨年6月のことである。これは上記の欠落した相互主義に関する懸念からではなく、一部野党による「平和憲法があれば戦争は起こらないから考えないでも良い。」という夢物語の悪影響が原因である。世界に冠たる平和国家日本は、自称平和主義者の夢想により人道上必要な条約すら批准できない状況にあったわけである。これを打破したのは与党政権による「有事法整備」であるが、本件が報道されたという話は寡聞にして聞かない。不思議なことである。さて下記アドレスはぼたんの花氏当人が張った国際法に関するアドレスである。【http://www4.ocn.ne.jp/~tishiki/situgi.html#q79】ご当人の無知さ加減が良くわかる一例としてここに掲示する。5 示されない答予想回答 第1追加議定書 第35条 1 いかなる武力紛争においても、紛争当事国が戦闘の方法及び手段を選ぶ権利は、無制限ではない。 2 過度の障害または無用の苦痛を与える武器、投射物、および物質ならびに戦闘の方法を用いることは、禁止する。 3 自然環境に対して広範な、長期的かつ深刻な損害を与えることを目的とするまたは与えることが予想される戦闘の方法および手段を用いることは、禁止する。 いっこうに示されない答はおそらくこの条項である。当人は意気揚々と出す気だったのであろうが、その前に某S氏さんがこれを撃破していたために言い出せなくなったのだろうと推察される。また本条約は一般に国際法と見なす向きが多い。しかし慣習法としての国際法の適用については、統一的な見解は示されていない(慣習だから当たり前)。よって本条約を米国が批准していないのに守れと強制するバックボーンは存在していない。よって本予想回答への反論は「米国は本条約を批准していない。よって条約違反を問いようがない。」でおしまいである。 またついでに述べれば、赤十字国際委員会1965年の宣言 イ 害敵手段を選択する紛争当事国の権利は無制限のものではない。 ロ 一般住民そのものに対して攻撃を加えることは禁止される。 ハ できる限り一般住民が助けられるように、戦闘に参加する者と一般住民の構成員とを常に区別しなければならない。 ニ 戦争法の一般原則が核兵器および類似の兵器に適用される。というものがある。 当人のコメントと合致するという点から推察できるもう一個の回答である。ただしこれは条約ではない。よってこれで条約違反と強弁することは「虚偽の申し立て」以外に他ならない。 更に最近ではこれらをまとめて「国際人道法」として一般化しようという動きがある。しかしそれは動きがあるだけであり、当然ながら現段階でコンセンサスを得ていないことに留意しなければならない。国際政治においてコンセンサスを得ない理念はあくまで理念に過ぎず、一切の強制力を持たないことはよく理解しておかねばならない。これを勘違いするとありもしない国際条約違反を叫ぶ羽目にもなりかねない。6 「驚異の発言」と結論 以下は某掲示板においての当人の驚異の発言、その引用である。>ありゃ? ぼたんの花さん >あの私のHPの方針知ってます?>かなり有名らしいんですが、『私のソースは、貴方が捜す。』(≧∇≦) ♪ >で、今回のソース捜しは、かなり簡単です。>(2005/09/05 12:39:24 AM) ここまで開き直った発言は北朝鮮でも無理だ。私は(某S氏さんも)本論争において一貫して「条約名は?該当するような条約は発見できない」と述べているが、これに関してぼたんの花氏から上記の回答を得た以上、「そんな条約は存在しない」となろう。もし反論があるのならば述べるだけでよい。「条約名を言う」それだけのことなのだがそれすら行わない、いや行えない。理由はそんなものは無いからであり、それについては本稿で繰り返し述べてきた。 度重なる話題逸らしと回答忌避、その挙げ句の上記発言から結論を簡潔に述べる。「本件でぼたんの花氏は無知から来る誤認識で「ウラン兵器は国際条約違反」と述べ続けてきたが完全に否定された。よってバナーの表記は虚偽又は誤記である。」7 付記:詭弁的論法への批判 自己の論理を正当化すべく証拠を集め知識を学び理論武装すること自体は一切非難されることではない。問題はその過程で自らの過ちを悟ったときの対応である。本件で、おそらくぼたんの花氏は「劣化ウランの害」についての論陣を張るべく「国際条約違反」を補強的証拠として用いようとしていたはずだ。しかし自らの無知を正確に理解せず、再三出された助け船を無視したことでその目論見は崩れ去った。確か「慣習法ってご存じですか」というような内容だったと思う。これはジュネーブ諸条約が国際社会の一部に国際法(慣習法)として扱うべきであるという見解が存在することに立脚している。しかし不勉強で批判的意見に耳を貸すだけの度量がないぼたんの花氏は、これを検証することすら行わなかった。バナーが「国際条約違反です」でなく「国際法違反の疑いがあります」であれば、私もここまで強気に押すことはできなかっただろう。その場合の論点は「国際法の定義」へと移らざるを得ない。国際法の定義は未だ確固たるものは無く、言ってみればどれも正しくどれも間違っている。よって水掛け論となり論点は更に「ウラン兵器」へ移行することになったと予想できる。そしてそこで論破を試みた場合はこのような単純な様相を呈し得なかったことは確実である。実際のところウランは「重金属としての害」を有している。いままで某S氏さんにしろ私にしろウランの重金属としての害は否定していない。それは科学的調査・検証により「存在する」とされている事項だからである。 そしてその害と「放射線被曝」の害を明確に区分した研究はない。重金属の害と比して有意の差は認められないと言う消去法的検証が主だからだ。これは再び泥仕合に陥る可能性を多分に有している事項だ。 さて振り返れば、本件でぼたんの花氏は常に最悪の選択をし続けたと考えられる。第1に「米国はジュネーブ条約に入っていないのか」と自ら掲示板に書き込んでしまったこと。第2にジュネーブ条約が幾つあるのか理解していなかったこと。第3に某S氏さんからのヒントを個人的確執から無視したこと、同様に私からのヒントも無視したこと。第4に従来どおりの話題逸らしでごまかせると判断したこと。 第1項から、すでにぼたんの花氏は答えとして最初からジュネーブ条約を準備していたのは明白だ。世間一般ではジュネーブ条約は世界共通のような誤解を与えてることは否定しない。しかし詳細に調べれば、その批准国数が各条約毎に微妙に違うこと、また当人が書き込んだ参考サイト内にも同様の記述があることなどから、それが誤謬であることは判ったはずだ。これらを理解できず誤った自説に固執したことが第1の誤謬だ。 第2はジュネーブ条約の数であるが、あまりに気の毒に思った私の「幾つあるか知っていますか?」発言は完全に無視された。実はGoogleでジュネーブ条約を検索した場合トップに来るのは「ジュネーブ交通条約」である。この他にも環境保護関連、著作権関連のジュネーブ条約等と、様々なジュネーブ条約が存在する。戦争関連のジュネーブ条約も第1条約~第4条約、そして2つの追加議定書で合計6コが存在する。そしてこれらは総称してジュネーブ条約と呼称されるが、実際には個別の条約なのである。個別である以上批准も別に行われ、それ故に米国は追加議定書に関しては批准していない。ジュネーブ条約を1コの条約と誤解し、そこから論陣を張った無知こそが第2の誤謬である。 第3は個人の資質によるものだ。本項最初に書いたとおり「自らの過ちを悟ったときの対応」は重要だ。特に誤りを指摘されたとき、それをどう判断するかはその後に大きく影響する。本件でぼたんの花氏は「相手側の指摘を無視し自説に執着」という最悪の方法をとった。これは一般に狂信者あるいは全体主義者に見られる特徴である。この両者の現代での評価を受けているかに思い及べば、このような愚行は行わなかったであろう。当人が普段の日記で軽侮する種類の人間と全く同じ行動を取っていることは極めて不可思議だが、これが第3の誤謬である。 第4はまさしく今までの行動パターンの踏襲に過ぎないのが問題だ。当該日記を見ている人であれば、その行動がかの人の常套手段であることは理解済みである。同パターンで相手をあしらい続けた場合、相手がその対応策を採ってくることは考慮し対策を講じるべきだが、全く変化のないパターンで対応可能と判断したのは、ぼたんの花氏が自らの詭弁に自信を持っていたことの証左であろうが、そもそもそれが功を奏していた理由を誤解していたことは疑いない。(それが功を奏していたのは、今までの相手方がぼたんの花氏に「呆れてしまったから」に他ならない)相手は(この場合私や某S氏さん)今までそれを見てきていた。そこを理解できなかったことが第4の誤謬である。
Sep 5, 2005
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国際条約というものが何なのかを理解しないで条約を語っている人がいる。喩えようもないほども無知蒙昧な妄言を、自己正当化と保身のために言い続ける姿は滑稽を通り越して哀れを誘う。だが無知蒙昧な妄言をそのままにしておいては、ひょんなことからそれを信じ込んでしまう被害者が出る可能性は否定できない。私が恐れるのはそれである。無知蒙昧な盲信者は自らを盲信するが故に他者の意見を聞くことはない。だがしかし未だ染まり切らざる多くの人はその盲信者に対抗する意見を見て何かに気が付き、意見の多様性と情報の中からより真実に近い選択をする可能性がある。【http://plaza.rakuten.co.jp/botannohana/bbs/】 私はここにおいて既に2週間以上国際条約違反についての質問を続けている。そして表立っての成果は全くない。このBlogの管理人は「知る人ぞ知る盲信者」であり、おそらく七度生まれ変わってもその盲信から解放されないのではないかと思えるほどのガチガチの強者である。(悪い意味で)本件を見た幾人かの人からは「かまけすぎですよ」との忠告もいただいた。大変ありがたい限りである。確かに一人の盲信者相手に掛ける時間としては多すぎであろう。だが私は上述のとおり「一人の盲信者」相手に話をしていたわけではないことをご理解いただければ幸いだ。 適切な形での他種の意見の表明をあの場で行わなかったとき、万が一に発生しうる怖気をふるうような盲信者増殖の可能性を私は無視したくなかったのである。【以下本文】1 序論:国際条約の定義と基本 そも「国際条約」とは何か。一般に国際条約(単に条約と書くことも多い)とは、2国またはそれ以上の複数の国家が、その条約の内容に同意しこれに批准・同意・受諾・承認もしくは条約構成文書の交換などをした場合(以下批准等という)に発生する国家間の「約束事」である。条約という名前以外のものでも一般には「議定書」「宣言」「協定」「規約」「憲章」「交換公文」などが同義として扱われる。(以下全て表記を条約で統一)不履行時の罰則等が定められている場合(京都議定書など)もあれば、罰則規定のない信義上の問題のものもある。ここで重要なのは、条約は批准等をしていない国家にとっては本質的に無関係なものであることだ。例えば日米安全保障条約は日米双方が守るべき条約として調印されたものであるが、その内容に中国やロシアは無関係である。在日米軍基地の条項に基づき在日中国軍基地を作らせろとは誰もいわない。なぜならば日本は米国とは本条約について同意・調印しているが、中国とはこれを行っていないのである。 つまり条約とはあくまで各国が同意して調印等を行った場合に当時国間でのみ有効になる、すなわち「相互主義」によるものなのである。2 条約のバックボーン 2国または多国間で成立した条約において、その遵守を保証するものは何になるのだろうか。ここで一般的な条約成立から効力を発揮するまでの過程を考えてみる。条約は本国の全権委任状を持つ代表者間で交渉され、内容が確定した段階で代表者による署名(調印)が行われる。このあと条約は各国の憲法に規定された手続きに従い、権限ある機関(議会等)の同意を経て、全ての署名国または一定以上の署名国が同意した段階で、同意国についてのみ拘束力を生じる。この際第三国に関しての拘束力は一切生じ得ない。この一般的な手続き自体も、ウィーン条約法条約という条約によって規定されている。 前項で私は「罰則のある条約、無い条約」が存在することを書いた。では罰則がその遵守の保証なのだろうか。罰則の無い条約には遵守させるためのバックボーンが存在しないのだろうか。そんなはずはない。たとえ罰則があっても、その罰則を含めて条約を保護にするならば関係がない。実際には条約の遵守については前述のウィーン条約法条約が存在する。ただしこれの批准国は96カ国であり、現在200カ国以上存在する国家の約半分に過ぎない。 条約に限らず、ある存在を保証する最大の利点とは利益である。経済的、軍事的、あるいは外交的と種類は様々であるが、条約の存在を保証するものは基本的には利益、国益である。つまり条約を結ぶことで加盟国相互が何らかの利益を得ることが基本になっているのだ。条約は完全な不平等条約でもない限り、その加盟国全てに何らかの利益をもたらす。通商条約であれば非加盟国に対する加盟国の関税率のアドバンテージであったり、友好条約であれば技術交流やビザ免除等、安全保障条約ならば相互防衛などである。当然、条約を一方的に反故にするようなことがあれば不利益を被る。端的に言えば「信用できない国」との評価を受け、反故にした条約の相手国だけでなく第三者国家に新たな条約を結ばせることを逡巡させ、様々な受益の際に不平等な扱いを受けることになる。どの国家も一方的に裏切られ、損害を被る可能性の高い相手とは真っ当につきあわない。 特に現代のように、産業・資源・技術等が偏在する世界において、他国からの信頼を失うことは国家として死活問題に直結する。例を挙げれば、日本は工業国であり技術国であるが食糧と資源に乏しい。これら資源類の輸出相手国との条約を反故にすれば貿易に大きな影響があろう。たとえ直接輸入相手との条約でなくとも、何らかの条約を反故にすることで相手国からの信頼を失えば、今後の新たな条約の締結に困難さが増し結果として国民は窮乏を強いられる可能性がある。よって条約は容易には反故にできないのである。 つまり条約遵守の最大のバックボーンは「国際社会からの信頼・信用、そしてそれによる受益」なのである。だから各国家は条約の締結には極めて慎重だ。それが国家の「信頼度」と「利益」他を含めて考えた際にメリットがあるかどうかを長期的に判断しなければならないからである。(後編へ続く)
Sep 5, 2005
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某掲示板で堅い話をしているので、軽めのネタを1個だけ投下。「朝日新聞御用記事」真っ赤な思想 紙面を染めて批判の嵐 青い顔黄色い新聞 あざける国民ピンクの鼻の 酔いどれ記者が守る緑の平和の主義を(ゴー!ゴゴー!!)反日主義者を 一つに併せて作れ 未来の親中を朝日新聞 御用記事(元ネタ:秘密戦隊ゴレンジャーOP)
Sep 2, 2005
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