2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1
自民党改憲案が呈示され様々な方面で意見交換が行われている。近年ブログ等の普及で、こういった議論が今まではサイレントマジョリティとされていた層においても活発に行われるようになったのは喜ばしい。今までは「新聞の読者投稿」でもなければ見ることは出来なかった声である。新聞、特に朝日のような恣意的なフィルターがかかることなく、本当の声で意見が交換できる環境が整ってきたことこそネット時代がやってきたことの証明だと思う。しかし環境は整ったものの、それを使う人間は「ネット環境以前」から存在していた人間であり当然それ以前の教育を受けている。そしてその教育の「ひずみ」の影響は未だに色濃く世相に反映されているのだ。本稿ではその「ひずみ」を明らかにし、それを作り出した「絶対的平和主義の誤謬」について述べてみたいと思う。今回の参考サイト【FFS本舗氏のblog:http://plaza.rakuten.co.jp/ffshonpo/】必要な部分は引用して論を進めていくが、一度ぜひ全文に目を通していただきたい。【以下本文】 戦後教育は往々にして戦前を全否定する傾向がある。しかし現代というものは過去から連綿と続く連鎖の末端であり、独立して唐突に現れたものではない。年表とその上の出来事を丸暗記することで行われている戦後の歴史教育はこの点を全く無視している。例えば、太平洋戦争は開戦に至る間に様々な経緯と事情が存在する。米国から突然ハル・ノートを突きつけられて逆切れした日本が狂犬のように世界相手に戦争をしたわけではない。突きつけるまでの米国の経緯、突きつけられた日本の葛藤、開戦を決意する経緯、そしてそれらを作り出した歴史的背景や世相。まずは、これらをことごとく省みずただその結果のみを肯定あるいは否定することは思考停止に等しいことを理解する必要がある。 さてFFS本舗氏のBlogに目を向けてみよう。当該日記は以下の書き出しから始まる。>軍隊による国家防衛は可能だと思いますか?>俺は不可能だと思います。 歴史上、軍隊による国家防衛に成功した例は無数にある。いやむしろ戦争の結果が客観的に勝者と敗者を作り出す以上、その数だけ国家を防衛した例は存在しているのだ。氏はこの点を完全に忘却、あるいは無視しているようである。 更に氏はこれに関して次の問いを投げかけようとする。>「軍隊さえあれば国は守れるのか?自衛隊を自衛軍に強化すれば国は安全になるのか?」 一見しても何か「あれ?」と思える文章だが、実は既にこの時点で論理の破綻の兆しが見える。その「破綻」とは何か。 それは『改憲論者がいつ「軍隊さえあれば国が守れる」と主張したのか』だ。答えは「していない」である。改憲論者どころかおそらく北朝鮮のような全体主義国家ですら「軍隊だけで国が守れる」とは考えていない。国連しかり多国間協議しかり、地球上の全ての国家は何らかの外交的手段をもって他国との協調を模索している。氏の主張・問いかけにはこういった事実を意図的(か無知故か)に無視し、「改憲論者=戦争愛好者」という誤認識に他者を誘導しようという意図が垣間見える。子供アニメじみた善悪二元論は、所詮思考能力に乏しい幼児向けのおとぎ話である。『大昔、悪の軍隊は戦いに負けて滅びました。悪の軍隊から解放された善良な国民は、平和を愛し世界の人たちと仲良く暮らしていました。けれどもしかし、悪の軍隊の復活を目論む闇の勢力は滅んではいなかったのです。』世界は絶対悪と絶対善の2面しか持たないデジタルな存在なのかどうか、その判断はここをお読みの諸氏にお預けし次に進むこととする。>◎戦前の軍隊は国民を守ったか→>戦争中日本軍は日本人を守りはしませんでした。>軍隊は国民の命よりも軍隊自体を優先していたことは皆さんも聞いたことがあるでしょう。 >沖縄戦における捨石作戦・集団「自決」の国民への強要・軍事病院からの国民の締め出し等は軍隊が国民を軽視していたことの例としてよく挙げられることです。>同じことが二度と起こらないという保障はないでしょう。日本が戦前の思想に逆行しかねない状況の現在においては特にそう思います。この文章はまさしく詭弁である。それを証明するためにこう書き換えてみよう。◎安保の頃の大学生は勉学したか→安保の頃の大学生は勉学しませんでした。大学生は勉学よりも政治的革命的行動を優先していたことは皆さんも聞いたことがあるでしょう。東大における学生闘争・新宿における暴動・浅間山荘事件・よど号乗っ取り・革命闘争・内ゲバによる殺し合い等は大学生が勉学を軽視していたことの例としてよく挙げられることです。同じことが二度と起こらないという保証はないでしょう。大学生が安保の頃の思想に逆行しかねない状況の現在においては特にそう思います。 いかがだろう。こうするとその滑稽さ狭量さが引き立ってくる。戦前の軍において国民の命が軽視された事例があることは誰も否定しない、強調され過ぎたとは思うが。つまり「一部の例をもって全体を図る行為」は、それを行った人物の視野の狭さを明確にするだけだということだ。そしてそれを培ってきたのは、他でもない「戦後の絶対的平和主義教育」である。軍を悪として単純に否定する教育は、軍の存在・必要性、戦争という事象、情報収集の場を奪い続けてきた。この文章はその具現化に過ぎない。>◎他国からの攻撃を防ぎきることは可能か→ 軍を悪とした戦後教育は、軍とその意味する「戦争」を否定するだけでその意味についての教育を行ってこなかった。またそうした教育を受けて培われた視野の狭さは「否定するためにこそそれを学ぶ」という姿勢をまさしく否定し続けた。(その最たる例が旧社会党である) 氏は軍隊の存在意義、戦争の持つ意味、戦争を抑止する全ての構造を完全に無視しているか知らないのである。現代に限らず、あらゆる時代において他国からの攻撃を「受けた場合」完全に防ぎきることは不可能だ。子供のアニメに出てくるスーパー兵器を装備したヒーローのロボットでもない限り、あらゆる損害を受けずに勝利することは確率的に不可能であることを認識しなければならない。ここで言いたいのは氏が「軍隊の存在する意味、目的」を完全にはき違えているということだ。 では軍隊は何のために存在するのか。他国からの攻撃を躊躇させる「抑止力」、いざ戦争となったときに被害を局限し少しでも有利にその戦争を終わらせるための実力行使機関。少なくとも自衛隊はそのために存在する。日本は他国に対して戦争を行わない主義を掲げ、それが国民の骨の髄まで染みこんでいる平和国家だ。(これは自衛官でも変わらない。自衛官も全て日本国民としての教育を受けて自衛官になっているのだ。)この戦後60年の積み重ねを「たかだか憲法の改正」ごときで変えることが、変わってしまうという妄想こそ根拠がないのである。 さて氏はそのブログにおいて国土防衛を「無傷の勝利」と誤解している。1か0かデジタルでしか勝敗が出ない戦いなど無い。戦いはその双方に犠牲を強いるからこそ悲惨であり、避けるべきものだという当然の現実から目を背けている。この論法は「無傷で勝てるなら戦争しても良い」という、それこそ戦争肯定の軍国主義へ回帰しかねない危険性を孕んでいる。 「全てを守れないから不要」という論法は成り立たない。損害0は理想だが、損害1は損害10よりもより理想に近い。たとえわずかでも損害を減らす可能性があれば、その手段・準備を講じることは国としての義務なのである。実際に日本はそのためにMD構想や防衛力の整備をずっと行っている。わずかでも被害を減らす可能性を追求し続けているのだ。氏の論法は「保険は病気を防がないから不要」といった暴論と全く同じでしかない。 自衛軍の意味云々については、おそらく氏の若さ故の純粋さなのだろう。氏の自宅の前で、暴走族がガソリン入り火炎瓶に火を付けながら「オラァ、殺すぞ!」と叫んでいても同じことが言えるのならば、氏の信念は本物と言えるだろうと付け加えておく。>◎軍事力は抑止力となりうるか→>軍事力が抑止力になりうるという考え方自体がすでに破綻していると思いますね。 第二次大戦以降の冷戦期、幾多の紛争が「米vsソ」の全面核戦争に至らなかった理由、通常戦力による全面衝突に至らなかった理由、それは核兵器によるMADから来る抑止力の存在である。最も近い歴史上を省みず、20世紀初頭にまで話を遡らして自論を補強する氏の論法は滑稽である。近代史、特に第二次大戦以降の歴史教育が絶対的平和主義の名の下に軽視されてきた証拠と言えるだろう。>まあ、他国への信頼に任せる面がある以上、この考え方に否定的な人は多いでしょう。では、どちらが有益だと思いますか?国土防衛の意思を武力という形で示し、他国の敵愾心を煽る方法と、戦う可能性自体を減らす努力をし、他国との協調を進めるやり方と。 この部分の根本的な問題点は、リスクマネージメント意識の欠如である。戦争は「相手の意志」で一方的に起こされる可能性もある。こういった危機に対して準備をする、その際の準備は一般には「外交努力」と「軍事力(防衛力)の整備」になるが、氏の論法ではここに関する認識が致命的に間違っている。氏はこの二つが「排他的」なものであり「同時平行的」に行うことが出来ないと認識しているのだ。まさしくデジタル外交である。 関係の改善と防衛力整備は排他的なものではない。真に日本の国益を考えるのならば「関係改善の努力をしつつ最悪の事態にも備える」ことが必須である。経済活動でもこういった認識は必要だが、ことは「国民の命」に係わる金銭にかえられない重要事項である。これを両立させない博打打ちの絶対的平和主義なぞに「国民の生命」を賭けるようでは、それこそ政府の責任だけでは済まないだろう。>どちらにもリスクがあることを認めるならば、俺はより国にとって有益なほうをとりたいですね。 リスクは考えなければならない。では国にとって最大のリスクは何か。それは不意に攻められ為す術もなく蹂躙され、多数の国民の生命を失い、国家として滅亡してしまうことだ。このような致命的リスクを無視する氏の思考法は「絶対的平和主義」の悪しき側面の具現化としか言いようがない。>◎俺の立場→>俺は「軍事力によっては国は守れない」と考えます。 結論から言えばこれは不完全である、若しくは誤答であるとなるだろう。なにしろ前提条件で当人が自ら言っている「軍隊さえあれば国は守れるのか?」を満たしていない。上でも書いたが改憲論者を含めた多くの人が「軍隊だけで国を守れる」とは欠片も思っていない。外交と軍隊は排他的ではない。同時並行して初めてお互いの欠点を補うことが出来るものなのだ。外交努力では「戦争になったときに何も出来ない」。軍隊では「外交は出来ない」。 軍隊を絶対悪と見なして否定することが氏の論法を破綻させていることは各段毎に示してきた。これらを踏まえた上で氏の問いかけに関する答えを考えて欲しい。そうすれば何が国にとって国民にとって必要なものであり、耳に優しいきれい事がいかに危険であるか理解していただけると思う。 私を含め多くの人が受けてきた戦後の絶対的平和主義の教育は、戦争について、軍隊について考える場を奪い続けてきた。本来ならばその影の部分を踏まえた上でより理想に近づくべく議論すべきだったのだが、日本はそれを怠ってきた。改憲の時期に来てその膿が吹き出すように出てきたのも事実であるが、膿は出しきっておかねば後々禍根の元となる。否定するにしろ肯定するにしろ、それについて学ばねば語る資格はない。 日本が世界の中で平和を享受し、国際協調のもとで一層発展するために、私たちは現実を見なければならない。遠い未来の理想を実現するため近い将来の現実を解決する姿勢こそが今、日本には求められていると私は考えるのである。
Oct 31, 2005
コメント(69)
「日本も大型高速輸送艦?」 新聞記事だけで今ひとつ明確な姿の見えない「大型高速輸送艦によるシー・ベース構想」。これを実際にやるかどうかはこの際おいておくとして、第三者的に思ったことを少し述べてみたい。なお念のために言えば私の所属は「陸」であり、海上自衛隊管轄となる(と推察される)この種の情報についてはここをお読みの諸氏と何ら変わらないレベルのデータしか持っていないことをお断りしておく。 比較対照として米国の高速海上輸送艦をみると、これが凄い。満載排水量55350トン、最高速度33ノットである。対する日本の輸送艦はおおすみ型、8900トンの22ノットである。もう比較するレベルではない・・・かに思える。 さて、実はここに大きな陥穽が潜んでいる。それは何か?米国の「高速海上輸送艦」はまさしくシー・ベース構想の体現であり、紛争地域付近の港湾に迅速に大量の戦力を一気に投入することを目的とした装備・補給品の洋上事前備蓄基地である。しかし新聞で読む限り自衛隊のシー・ベース構想は「離島事態において迅速に戦力を投入する」ことを目的としており、その離島に大型艦が物資等を揚陸できる港湾が存在するとは限らないという条件を勘案していない。 ここまで読んでピンと来た方もいるだろう。そう、その任務は本来輸送艦ではなく『強襲揚陸艦』の任務なのである。強襲揚陸艦ならば、前述の米国の輸送艦ほどの規模は逆に意味がない。特に「離島防御」と「災害派遣」を兼務させようという構想ならば、なおのこと大きすぎる艦は不要である。この港湾の発達した日本本土ですら50000トン級の船が入れる施設は限定される。離島に果たしてそういう施設があるのだろうか、いやない場合が多かろう(反語)。むしろ20000トン以下の艦に、LCAC(ホバークラフト)に代表される小艇をセットにした方が汎用性は高い。(おおすみ型はLCAC2隻を搭載している)まぁ日本が今保有している自衛艦で最大のものは「ましゅう型」13500トンであるから、20000トン級でも十分大型ではあるが。 そうなった場合問題となるのは速度であるが、これもある一定の「枠」がはめられる。早いだけならエクラノプランでも導入すればよい。最高速度は500ノットであるから世界中どこでも補給の時間を加えても3日以内に到着できるだろう。だが「離島防衛の任務」を考えるとそうはいかない。護衛艦艇無しの単独輸送任務などまるで太平洋戦争のガダルカナル島ではないか。「高速大型輸送艦」の高速は、当然護衛艦艇の速度に左右されるのだ。そして海上自衛隊の各種護衛艦の速度は公称27~32ノットの範囲である。すなわちこれ以上の速度はあまり意味がない。(回避などを考えれば速いに越したことはないが、あまり大きく上回ろうとしても建造コストの増大を招くだけだろう) TSLの流用という話も書かれていたがこれは個人的には論外だ。最新技術なのは認めるが軍用品に必要なのは何よりも「信頼性」である。未だ運用実績の定かならぬ新技術、そして軍事任務用ではない設計構想。軍艦というものは民間船と大きく異なる思想で作られている。すなわち軍艦は「敵の攻撃を受けてそれに耐えた上で任務達成してナンボ」だということだ。故障した、壊れたといってその場で応急修理も出来ないような民間船、しかもそもそも「敵に撃たれる」という発想がない船では、実際に撃たれたときどうなるか見当も付かない。離島対処など恐ろしくておぼつかないではないか。 固定翼機の運用も無茶な話である・・・が、これには抜け道がある。現在米国、仏国などで開発中のUCAVである。(UCAV:Unmanned Combat Aereal Vehicle) 要は無人戦闘機だ。フランスではUCAVネウロン、米国ではX-47Bなどが構想又は試験段階にあるが、これらは限定的なステルス性を有するものである。更に米国ではこれらに長距離偵察能力を付加したシステムを開発中であり、いずれも2009年頃から実用段階にはいると見積もられている。ちょうど都合良く「高速大型輸送艦」の就役と時期が重なるではないか。もちろん自国開発を選択した場合でも、すでにヤマハがヘリ型UAVを陸自に納入している実績があるので、固定翼版も不可能ではあるまい。 むしろ問題になるのは「普段何を積んでおくか」なのではないかとも思える。米軍の大型高速輸送艦は紛争に備えた装備の事前集積であるから、積載されるものは米軍の戦闘部隊を基準に準備すればよい。しかし日本の考える「離島防御」と「災害派遣(国際緊急援助)」では装備が全く異なっていることは理解しなければならない。戦車や歩兵戦闘車を事前に積んでおけば離島防御には大変役に立つだろうが、よもや「戦車を積んだ艦」で「国際緊急援助」をしろというのだろうか?戦車では医薬品を輸送できないのだ。それこそ日本に文句を言いたくて仕方のない特定アジア諸国に「付け入る隙を与えてしまう」、まさに藪をつついて蛇を出すことになるのではないかと危惧してしまう。この積載品の問題は極めて慎重に検討する必要があるだろう。 大型艦の運用経験、予算の制約、積載品、使用目的等の諸問題を解決してこの「日本版シー・ベース構想」が実現した場合だが、果たしていかなるものが出来上がるだろうか。これは完全に個人的な見解になるが、イギリスのドック型揚陸艦/両用強襲艦のアルビヨン級が参考になるかと思う。アルビヨン級は700名の兵員を搭載、チヌーククラスのヘリ2機を飛行甲板に、かつ船内に4隻の揚陸艇を収容可能な18500トンの新鋭艦である。700名の人員搭載は現行のイラク派遣部隊の規模を1隻で十分カバーでき、また要求される大型ヘリの輸送・運用能力もある。また被災地支援等の場合は搭載の揚陸艇をもって付近に港湾がない場合でも迅速な活動開始が可能である。 こういう艦は1隻では存在意義がないので、おそらく2~3隻建造してローテーションを組むことになるだろう。(アルビヨン級も2隻ある)また日本で建造する場合は揚陸艇ではなくLCAC積載になると考える。なぜならLCACの被災地支援時の有効性はスマトラ震災時に実証済みであるとともに、すでに存在するおおすみ型と装備の共通化が図れる利点があるからだ。 高速、大型といった条件に上記の考慮事項を合わせて考えた場合、要求される性能等はおそらく以下のようになるだろう。(1)1000人規模の人員の積載能力 (イラク派遣隊+αの規模、概ね1コ普通科連隊程度)(2)上記人員分の補給品・車両等の積載・輸送能力 (状況により戦車等を含む)(3)離島防御と被災地支援両任務における共通的装備品の常時搭載 (装輪車両、偵察車両等までか?)(4)30ノット以上の高速が発揮可能 (護衛艦と同等以上)(5)ヘリコプタ運用能力 (全通甲板、同時運用数4~5機以上)(6)揚陸艇運用能力 (複数のLCAC(4隻以上)を運用・積載)(7)無人機運用能力 (偵察・警戒、限定的戦闘能力の保有)(8)個艦防御能力 (最低限、近接防空能力を確保)(9)上記能力を満たしうる排水量 (アルビヨン級以上は確実)(10)その他 (衛星通信能力、索敵能力、医療支援能力他の保有) しかしこういった装備を十分に活用するには物理的・機械的な性能もさることながら、「国民のコンセンサス」が何よりも重要になるだろう。果たしてその準備が国民には出来ているのかどうか・・・私はそこが不安である。
Oct 27, 2005
コメント(16)
某所にて・・・>こっちはいつでも、いいよ~^^。>いつでも、警察・弁護士 well come!!>Last updated 2005/10/24 9:43:18 PMちなみに・・・歓迎:Welcome で、上記は・・・well come :「井戸は来ます」さすがエリートだなぁ、凄い英語力だ。・・・あごがめり込みそうだよ、床に。
Oct 24, 2005
コメント(10)
某所での議論の過程で私に向けて質問を頂いた。あまりに長くなってしまいその場でコメントするには迷惑となりそうなため、こちらで回答させていただくことにする。お許し願いたい。また普段と違い「です・ます」調になっているが、これは本稿がイスラマバード氏への回答として書かれているためである。違和感を感じる方もおられるだろうがどうかご容赦願いたい。なお大元の議論の場所はごみかき氏のBlogである。こちらもご参照いただければことの経緯などへの理解が深まると思う。【http://plaza.rakuten.co.jp/shoochang2004/】なお頂いた質問は以下のとおりであった。> 叩き台 イスラマバードさん >Cpt.higeさんに質問したことについて、お答えにしにく>内容だったと思います。>ただ、予算の話しは避けて通れない事柄だと思います。>そこで少々乱暴でありますが、叩き台として以下のよう>なことものは如何でしょうか?>防衛費が>1:7兆円の場合>2:6兆円の場合>3:5兆円の場合>4:4兆円の場合>5:3兆円の場合>と、それぞれの予算で、何が出来て、何が出来ないのか>それを考察するというのは如何でしょうか? この質問に対する回答の形式で本稿を進めていく。【ここより本文】 まず何が出来るのかという想定ですが、物事には優先順位というものがあります。それはその時代時代で変わるので、本件の場合は「何が出来るか」ではなく「何をしなければならないか」が論点になるかと考えます。また「何が出来ないか」という点については、ある程度の予算以上で考慮する必要が無くなります。必要最小限を満たした場合には意味がないからです。以上を踏まえていただいた上で、差し障りのない範囲で回答させていただきます。0 前提条件(データ) まず17年度は約4兆8千億が防衛費なわけですが、この中で「人件・糧食費」は約45%の2兆1千5百億円です。残りがいわゆる物件費で、その内訳は以下のとおりです。(数字は概数。基本データは日本の防衛17年度版)装備品等購入費 9000億円研究開発費 1300億円施設整備費 1400億円維持費等 9200億円基地対策費 5000億円SACO関係経費 260億円その他 887億円なお16年度末の自衛官の人数は以下のとおりです。陸 約14.8万人海 約 4.4万人空 約 4.6万人1 上記から、想定した4・5項は防衛力が減少するのが予想されます。人件費以外を零にして維持するわけにはいかないからです。一度に削減を行うのが非現実的である以上は人員・装備を段階的に減らしていくと予想されますが、このときの差分、不足分をカバーできるのは装備品等購入費と維持費の減額でしょう。これは時代に合わせた新装備(より強力、効率化されたもの)を導入できないこと、現装備品の維持・修理が出来ないこと、壊れた装備品を補充できないことを意味します。給与の切り下げではこの一部しかカバーしきれないため、想定した予算でやりくり可能な人数に減少するまで「機能不全の状態」は続きます。何年かは予想できませんが・・・その機能不全状態が終わり落ち着いた段階での自衛官の予想数は、白紙的に比率が現行と同じであると仮定すれば次の通りです。(1)3兆円規模 陸 約 9.3万人 海 約 2.8万人 空 約 2.9万人最大の減少である陸で見た場合、年間仮に5千人減らしても(実行可能とは思えませんが)10年かかります。どの程度の人数なら年間で削減可能なのかはさっぱり判りませんが・・・(2)4兆円規模 陸 約12.3万人 海 約 3.7万人 空 約 3.8万人陸で2万5千人の減少です。(★いずれも各種装備品数は人員の比率に合わせて減少すると仮定しています。)(3)前2項とも「機能不全の状態」が発生しますが、現状よりも削減幅の大きい方が「長期的かつ深刻な」状態になることが予想できます。物はともかく金と人(あからさまですが)への影響が大きすぎます。(4)ミクロ視点の波及効果 以前どなたかがレスしておられたのですが、じつは地方自治体が被る影響も馬鹿になりません。一例で、北海道に上富良野町という町があります。ここは人口約13000人ですが、ここに2000人規模の自衛隊が駐屯しています。隊員数だけですから家族を入れればその倍以上になるでしょう。じつに人口の3割以上です。こういった地域で防衛力削減で自衛隊が消えた場合、地方自治体そのものが崩壊する可能性すらあります。2 想定の1~3項の場合、予算の増額で人員を増やすのかどうかと言うとおそらく大きくは増やさないと考えます。なぜなら現行の自衛官数は「基盤的防衛力構想」に基づいて「十分」かつ「適正」であると判断されて設定されているからです。強いて言えば全くの新規事業のMD関連の人員や、国際貢献要員分の人員数の増枠はあるかもしれません。基盤的防衛力構想を破棄して軍国主義にというのならば別ですが、日本がそういう状況になることは殆どないと考えます。 ここから先は完全な私見ですが、基盤的防衛力構想を維持したまま大幅に防衛予算を増やした場合、何を優先すべきかを述べてみます。述べる順番は優先順位です。(1)MD研究・配備費用の増額 北朝鮮・中国他によるミサイル攻撃を防ぐためのMD計画を大幅に増額しスピードアップします。これが最優先の理由としては「既にその危険が現実として存在する」ことが挙げられます。残念なことに現状の自衛隊ではこの攻撃をほとんど防ぐことは出来ません。いま実際にこの行使を防いでいるのはいわゆる「核抑止力」であり、抑止力は行使を抑止しますが、行使された場合の被害を減らすものではありません。もしミサイル攻撃が行われた場合にその攻撃を防御しうる手段を研究・開発することは、国民の生命を守る上で最優先と考えます。(2)偵察衛星、レーダー及び電波受信設備等の情報収集・分析関連の器材・部隊等の整備 前提条件に従い専守防衛の立場を貫くと考えると、主導権を握って防衛するには侵攻側に先手を取らすわけには行きません。偵察衛星を打ち上げ、各種レーダーを整備し、相手の電波を受信する設備を充実させ、これらの情報を分析する能力を保有することで、少なくとも完全な奇襲を受ける可能性を減ずることが出来ます。 現代戦において情報能力の差は戦力差に跳ね返ります。今まで軽視されてきた情報収集を拡充させることは、実際の戦力を増やすよりも大きな効果を発揮すると考えます。喩えて言うならば、攻撃するための牙も角もを持たないのであれば目と耳といった五感をとぎすます必要があるということです。(3)各種装備の更新 現在の自衛隊の装備には非常に古いものがあります。(昭和62年度製トラックとかが現役だったり)古いものがある理由はまだ動くからというものです。しかし他の各種装備が更新されているのにまだ壊れないからといって維持されている古い装備は、その機能が十分に発揮できなくなっていることがあります。例えば故障した車を回収するためのレッカー車などには、新型の車を回収するには能力が足りない等というものがあります。これではいざというときには使えません。予算の関係で、壊れていないから能力が足りなくても買い換えられず数に入ってしまうという状況が見られるわけです。 また任務形態が変化している、各種技術革新が実現していることも考慮すべきでしょう。一例として自衛隊のトラックにAT車が入りはじめたのはつい4,5年前、それまではラジオも付いていなかったことを申し添えておきます。(4)装備の統一 新旧装備混在の問題点は非効率というです。整備部品や各種備品を2種類(以上)分持ち、かつ作り続けることは民間企業ではあり得ない非効率です。本来なら一気に新型に変えることが望ましいのですが、予算の関係で数年~数十年に渡って徐々に切り替えているのが現状です。例えば小銃は2種類使用しています。64式小銃と89式小銃です。古い方の64式小銃は1964年から、89式小銃でも1989年から使われてあり、今現在でも混在しています。これらは部品は当然、実は使う弾薬も異なっており、2種類分の部品と弾薬を購入するという状態になっています。価格低下は大量生産によるコストダウンが大きいことを考えれば、これも予算額を押し上げる要因の一つです。余談ですが、戦車は74式戦車と90式戦車が混在しています。これも新旧混在と言えなくもないですが、Hi-Lowミックスと言うべき考え方で2種類使っていると言っても良いでしょう。Hi-Lowミックスについては検索していただければ面白いことが判ると思います。(5)研究開発費の増額 防衛研究から民間への技術移転の効果を考えると、技術立国日本の基礎を一部でも支えるために各種研究費を増額すべきと考えます。こういった国家規模での研究は民間以上の規模・予算を投入することが出来ます。その成果を移転できれば、今現在の技術立国日本の力を更に向上させることが出来るでしょう。軍事的な面だけでなく経済的な面でも大変有効です。また相手以上の性能の新装備をいち早く装備できた場合の有利さは、イラク戦争からも明らかです。少ない戦力で最大の効果を得るには高性能が必要。そういった意味からもこの方面は強化する価値があるでしょう。★これらは分類すると継続的に行われるべきもの(研究開発等)と、一時的なもの(装備更新等)になります。 当然新型に更新したあとの予算は維持重視になり、一定期間毎に更新の大波が来るという形になるでしょう。3 結論 防衛費の中には費用を掛ければ掛けるだけ充実するもの(装備の更新、人件費等)と、費用に加えて時間を必要とするもの(研究開発費)があります。こういった面からも日本が軍事力で世界を統一するというキチガイじみた妄想でも抱かない限り、防衛費は一定の枠以上に増えることはありません。装備更新を一気に行えば、前述したように単年度では瞬間最大風速的に増額する可能性はありますが、次の更新までの期間を平均してみれば総額はほぼ同じはずです。次年度以降は更新された装備の分、新たに計上される装備品等購入費が減るわけですね。 防衛費は金で代えることができない「国民の命」を守る上での必要経費です。必要経費は過大だと問題ですが、過少はそもそもの目的の達成に大きな(場合によっては達成不可能なほどの)影響を及ぼすものです。これの「適正な範囲」を見極めるには、軍事・経済・地理・歴史・科学技術等といった複雑な分野を全般的に見ることができる知識が必要になるでしょう。また「防衛力」とは何なのか、どういう物なのかを国民が確かな知識と見解で認識することが必要です。防衛力は「道具」です。それを扱う「主(あるじ)たる国民」次第でそれは「国防の盾」にも「侵略の矛」にも変わる物です。昔の漫画の鉄人28号ではありませんが「良いも悪いもリモコン次第」なわけです。昔の「軍部の暴走」ということは、戦後60年の平和主義により自衛官自身が否定するまでに骨髄に染みこんでいるのです。 最後に私は本件に関して自衛官として「軍事の専門家」のある程度の見解を語ることは出来ますが、それはそれ以上でもそれ以下でもありません。この長文が「一自衛官としての現状認識と意見」であることを理解していただき何か別方面からの意見をいただければ、私を含めた他にも色々と読まれている方達が何かを得るきっかけになるかもしれません。 お目汚しの長文におつきあいいただきありがとうございました。
Oct 19, 2005
コメント(2)
某所で言い逃げ踊り逃げされ、ここまで行き着けなかった。折角調べたのでもったいない(笑)のでここに纏めてエントリとして記録する。元の意見交換はここで行われている。本記事のみでは意味不明と思われるのでぜひ参照願いたい。http://plaza.rakuten.co.jp/follingangel/【以下本文】MOOTW(Military Operations Other Than War、戦争以外の軍事行動)http://www.au.af.mil/au/aul/bibs/mootw/mootw2.htm国家間の戦争の範疇に入らない事態、すなわち平和及び抗争事態における軍隊の行動の総称。「戦争以外の作戦(OOTW)」とも称する。 その内容は1 戦争行動と警察行動の境界が不鮮明な事態(人道的武力介入、テロ対処、治安行動、PKO、麻薬取引・海賊行為の取締等)2 戦闘行動を伴わない事態(災害救助、人道・復興支援、医療支援) これらの事態は平時・戦時・戦後にわたって起こり、この際軍隊は、その使用に当たって政治的・社会的・経済的考慮が重視されるため、他の国家機関と統合一体的に行動することが多い。 冷戦後、米軍はMOOTWを「戦争の抑止・対処」と同等と位置づけた。 そしてそのためのドクトリン「安定化・支援行動」(Stability and Support Operation)を策定した。【参考:imidas2005】通常の戦争との切り替え時期 →フセイン政権の崩壊時?(時期については見解の相違あり)●イラク駐留の他国軍が既にMOOTWに移行していると判断できる理由1 フセイン政権崩壊後の米軍の作戦要領にみる「包囲後の投降、退去の勧告」2 クラウゼヴィッツ的思考法「戦闘で勝利を収めて初めて政治的和解が成立する」との対比3 抵抗勢力及びテロ組織への対抗 →戦闘を伴うことがあっても政治的解決が優先 →政治的和解は敵性勢力の殺傷・破壊それ自体がもたらすものではなく その心理的影響(無力感、絶望感、恐怖心)がもたらす 以上の点の確実な認識と実践。4 上記事項の実例○安保理、米英西提案の対イラク経済制裁解除決議1483採択、シリア除く14カ国賛成(2003.5.22) (国際的な戦争終結の合意)○アナン事務総長、国連事務所の爆弾テロに関し、治安責任は多国籍軍にあると批判(2003.8.20) (治安維持の責任が米軍にある=戦争状態ではない)○駐イラク米軍、イラク西部でサウジ、スーダン、ヨルダン等、外国人ゲリラ80人を拘束(2003.9.13) (拘束という言葉の使用)○米軍、戦車等でファルージャを包囲、バリケードを設置し市内へ通じる主要道を無期限封鎖(2004.4.5) (戦車まで保有する米軍が、当初攻撃でなく封鎖を行う=治安目的) 考察できる結果米軍他の多国籍軍:「武力の使用を自制する準警察的行動」(MOOTW第1項に該当)自衛隊:「復興支援」(MOOTW第2項に該当)
Oct 5, 2005
コメント(9)
全5件 (5件中 1-5件目)
1