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仲江太陽さん
とも@うつ病治療中さんFree Space
看護士は患者に親身になってくれる人と、心のない人と様々だった。
患者の悩みを最後まで聞いてくれる人、隙間の時間で髪の散髪をしてくれる人の存在に救われた。
補助看護士(掃除、風呂、食事の世話、排泄の世話)は看護士より良く働き、人格者が多かった。
終了30分前に体がしんどいので私のベッドに座って休ませてと言われたこともある。
私は補助看護士に補助看護士と看護士の労働量から言うと配置人数が逆だと言っていた。
それは、スポーツセンターでの施設管理者とコーディネーターとのアンバランスを思い出してのことである。
作業療法士はすべて人格者だった。親身になって話を聞いてくれていたし、裁縫もていねいに教えてくれた。ミシンを使用する時は、危険な作業のため一緒に付き添われた。
革製品、弁当袋、化粧ポーチ、筆入れ、キーホルダー、小銭入れ、ミサンガ等を作った。
手提げ袋は大きさが限られていた。大きすぎると袋を頭に被り、自殺する人がいるからだそうだ。
出来た作品は必ず看護士に確認してもらい、病室に持ち込むことが出来た。
編み物は長いので、首に巻き付けて自殺してはいけないという理由で、病室には持ち込めなかった。
アルコール中毒の塗り絵友達は、週1回断酒するための講義に参加していたが、私も気分転換に参加したかった。
イベントでカラオケに参加できるようになった。
ラジオ体操の曲をかけても誰も体操をしていなかったので、意を決っして私一人だけラジオ体操を始めた。次第に影響されて他の患者と看護士も体操を行うようになった。
どうも私のラジオ体操が綺麗で見本になっていたようで褒められた。体操の指導者になってはどうかと助言があったが、精神を病む直前にラジオ体操の指導者講習会に参加する予定でスポーツセンターの職員であったことを告げると大変驚かれていた。
母と夫は定期的に電話をしてくれた。面談がコロナの関係でできないためでもある。
私抜きの退院支援会議が行われ、母はほぼ毎日私に電話をしていたが、私が正常だと主治医に言ったようだ。主治医は私がまた不調になったら再入院するように助言したそうである。令和5年3月11日に退院することになった。
退院日には隣のベッドの患者(食事もテーブル席が隣)がずっと一緒にそばに居てくれた。
隣のベッドの患者は最初は言葉を発することもなく拒食症であり、看護室の入り口付近にずっと立っていたので知的障碍者だと思っていた。
それが次第に私より早く完食するまでになり、作業療法も自主的に参加し始め、いっしょにミサンガを作り、またラジオ体操もいっしょにするようになり、旦那様が一時帰宅を主治医に申し入れドライブデートを重ねた。私はとても羨ましかった。
旦那様がまた一時帰宅を申し入れ、帰宅すると1日1か所掃除を始め、入院中に読書も始めた。
私が退院する前はチラシの広告でバレンタインデーのチョコレート談義が出来るようになり、普通の人であったことが分かった。
その患者の主治医は奇跡的な回復力だと感動され、薬の変更と家に理解があれば退院をさせたいとまで言っていたのを聞いて私も感動した。
前のベッドの患者はいっしょに過ごして人生観が変わったと言ってくれ、忘れ物をしたので追いかけてきてくれた。
斜め向かいのベッドの患者は被害妄想だったのが、小さな中庭の開放日がたまたまあったが、馬酔木の木をいっしょに触り会話できるようになり、塗り絵友達の患者から一番良い病室でいいねと言われるまでになった。
デイルームで塗り絵(毎日午前2時間、午後2時間)をしていた作品をお礼にプレゼントし、またデイルームに塗り絵を掲示してもらい、看護士、補助看護士、患者に喜んで頂いたのが良い思い出である。
私の塗り絵は作業療法士が見本と間違えて持ち帰ろうとされたことがあるが、カラーコーディネーターか化粧師になったらどうかと言われていた。
しかし、塗り絵を一緒にしていた違う患者は、別れ際も反応が鈍かった。
その患者はもう 1
人の塗り絵の友達の話では夫に勝手に離婚届を出されていたようで、自殺しようと考えていたようだ。
別の患者は夫から離婚を申し入れられ入院していたが、夫に連絡がつかずボロボロになっていたので可哀そうだった。4才の子どもをどうするか悩んでいた。
彼女は廊下を歩いている時に意識不明となり、倒れて運ばれたこともある。
私の夫は職場の同僚からまだなぜ離婚しないのかと言われていたそうなのだが、夫はよく7年余り私の回復を信じ、待ち続けていたことに感謝の気持ちで一杯である。
私は8回入退院を繰り返していたので、看護士からはもう2度と精神病院に入院しないように言われお別れした。
長期の入退院のため、入院費、通院費は自費で賄ったため膨大な費用が掛かった。労災になるのではないかと思う。精神的な苦痛は長期に渡った。自主的に退職したのではなく、広島市が決定した指定管理者制度の導入による過重労働と広島市スポーツ協会職員によるパワハラ被害で退職に追い込まれ、生活苦となり貧乏人になった。人生を台無しにされた。
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