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2005.02.01
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 わたしが伸ばした手を、冷たい手が掴んでいる。見なくても、誰の手かはわかる。そして、その手の冷たさが意味することもわたしは知っている。その手にわたしは少しだけ時間をあげる。目をつむったままでも、朝になっていることはわかった。下ろしたでもまぶたの向こう側は、明るい。それはわたしが生きている証だ。そしてわたしが握っている手の冷たさ、それは彼が生きていない証、だ。

 わたしは天井を見上げる。白くて、硬い。たぶん、硬い。触れたことはないけれど。天井に手を触れるには、わたしの背は低すぎる。わたしが触れられるのは、冷たい彼の手ぐらいだ。それぐらいなら、しっかりと握ることができる。

 エアコンは動いていない。だから、部屋は冷えている。それは、死んだ人のための冷たさだ。人が生きているためには、冷たすぎる。ベッドの脇のテーブル、その上に置いたリモコンのボタンを押す。すぐに暖かいものが部屋に広がっていく。それは作られた暖かさで、彼の温もりとは違う。そして彼の温もりは、わたしを温めない。彼は冷たくなったのだから。

 睡眠薬は溶け残るようにして、頭の奥に小さな粟立ちを残している。それは目覚めることを拒否するように、重く鈍い。もしかして、わたしは風邪を引き始めている。だけど、それはたいしたことじゃない。わたしが自分に与えた時間は昨日まで、そして+今日なのだから。今日を終わらせるのは、わたしだ。

 わたしは彼の手を離すと、ゆっくりと身体を起こした。そのまま身をよじって、彼の顔を眺める。綺麗な顔をしていると思う。青ざめた頬、血の色を失った唇、僅かにも動かない喉。清潔な人なんだと思う。最後の夜に、わたしを抱こうとしなかった。それはわたしに裏切りを許した。もし彼がわたしを抱いていたなら、わたしは幼い青葉のように彼に全てを託しただろう。

 昨日の、とわたしは呟くようにして声には出さない。昨日の夜は、遠い。やり直しがきかないことは、ずっと遠い。わたしがまず、白い錠剤を飲んだ。人を死に追いやることだけを目標にした、揺るぎのない薬、のように見えるもの。わたしはそれを摩り替えている。ただの睡眠薬、眠り、そして次の朝に目を覚ますためのものへ。だからわたしは目覚め、彼は目覚めない。

 彼はわたしを信用していた。わたしが裏切るとは思わなかったのだろうか。その信頼は半分当たり、そして半分外れていた。わたしは1日だけ、彼より生き延びることを選んだ。カレーが食べたかった、のだ。できれば、チーズの溶けた、とろとろのカレー。彼は死のうとする夜にカレーを食べるには、清潔で、そして真面目すぎた。

 わたしは彼の額に落ちていた髪を指で梳いた。柔らかくて、癖がない。彼が死んでも、その髪には変わっていることがなかった。わたしは彼の髪が好きだった。そしてそれは、彼の頭を抱きかかえることを意味していた。彼の背はわたしよりずっと高かったけれど、わたしは胸に彼を抱くことが好きだった。けれど、今はそうする気分じゃない。死んだ人間の身体への恐怖じゃない。死んだのは彼なのだ。ただ、彼が美しく死んでいるのを乱したくなかった。だから、抱きかかえる代わりに、わたしは彼に唇を重ねた。彼の唇からは、それでも死んだ人の香りがしている。



 喉が乾いていた。わたしが飲みこんだと正確に覚えていたのは、彼の唾液だった。わたしたちのキスは肌に歯の跡を残すようにしっかりと始まって、そして短かった。目を細めて、わたしは彼のまつげの形を見ていた。彼のまつげは色濃く、わたしの好きな色をしている。見ているだけで、それに絡め取られてしまいそうだ。けれど、彼はしっかりと目を閉じて、わたしを見なかった。だからわたしは、ゆっくりと逃げることができた。

 わたしは立ち止まる。寝室のドアは開きかけている。きちんと閉じていなかったのかもしれない。ベッドを振り返る。彼は死んでいるようには見えない。だからわたしは彼の唇を確かめる。ふやけた色。それは言葉を紡ぐには柔らかすぎる。わたしは俯いて目を閉じると、ゆっくりと顔をあげる。彼のまぶたを確かめる。閉じているかどうかではなく開いているかどうか。開いていないのだから、彼はわたしを見ていない。

 わたしは首を振ろうとして、喉がぎこちないのに気づく。この部屋は生きているにはやはり冷たい。そして、ベッドには彼が眠っている。永遠の、とわたしは呟きかけてやめる。わたしは永遠を知らない。永遠の誓いだけではなく、永遠の眠りも。永遠の回転、永遠の振動、永遠の落下、永遠の孤独。永遠に、言葉を繋げる。どれもしっくりと来ない。わたしはなにかを言おうとして、やはり言葉は止まる。わたしは素早く寝室から出て、ゆっくりと背中でドアを閉ざす。消えていった言葉の代わりにわたしは新しい言葉をなぞる。永遠の、カレー。

 テレビをつけると、ソファーに沈み込む。画面には、古びた2階建ての家が写っている。マイクを持ったアナウンサーがこちらに向かってなにかを言っているけれど、その声は聞こえない。ぼんやりとそれを見つめたまま、カレーのことを考える。じゃがいもと玉ねぎは多めに、牛肉とにんじんは少なく。そして刻んだチーズ。





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Last updated  2005.02.01 06:13:20
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ひみ@喉

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Comments

ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 <small> <a hre…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 最後まで、楽しく読ませていただきました…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 抱かれちゃうんだ・・。
ミーシャ3216 @ Re:『かなりあ』(11)(06/07) う。。どうなるのでしょうか・・(//・_・/…
ミーシャ3216 @ うん・・。 >とりあえず、わたしはでたらめだった。…

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