Freepage List

2005.05.17
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類


 わたしは本のページをおろそかにめくりながらクラスメイトたちを観察し、教室の扉の方を見張っていた。島野がやってくるのを、待っていた。彼は恋人が死んだことをどのように表現するのだろうと、わたしは待ち受けていた。もっと正確に言えば、彼がわたしがイメージするように振舞うことを期待していた。その点では、わたしがどのような自分のイメージを持っていたにしろ、クラスの女の子たちとわたしは似たり寄ったりだった。彼女たちが島野に悲しみを、わたしは彼に平穏を期待していた。島野は突然、扉を開いて姿を見せた。
 彼の席は教室の最前列に並ぶ机の、いちばん窓側だった。島野の顔を丁寧に見つめたのは、わたしに初めてだった。今になれば、彼は可愛い顔をしていたと思う。顔の部分それぞれがつるりとした感触をしていて、幼く見える。けれど昔のわたしは、その時の彼に、なんの興味を感じもしなかった。島野は静かに席に座り、鞄を脇に掛けると窓へと顔を向けた。わたしは島野がなにを考えているかと怪しんだ。彼は静まった教室の中で、危うく超然としていた。しかしそれは、崩れやすいようにも見えた。彼の側に立っていた女の子が見られていることを意識した声色で、島野に声をかけた。もっとも、会話にはならなかった。「島野くん、八重草さんが」とだけ彼女は言うと、黙り込んで手で顔を覆った。島野は座ったまま彼女を見ていたが、不意に視線を泳がせるとわたしの方を見た。薄いもやの中に光が篭もるようにして、彼の顔の片方だけが白く照らされていた。彼がそのとき、わたしに特別な注意を払っていたとは思わない。わたしは島野と話したことはなかったし、単に泣いている女の子をなだめてくれそうな人間を探して、不意に目が合ったのだろう。けれどわたしには、見咎められた感触が残った。わたしは人を眺めることはあったけれど、見つめることはなかった。わたしは本を読み、空を見上げ、水の流れに目を注ぎ、揺れる空気の振動に目を打たれた。けれどそれらは決して見返してはこなかった。人を見つめれば、その人は見返してくるものだった。わたしは目を伏せ、眼差しの縁を紺のスカートが流れていった。クラスの女の子が島野に近づき彼に柔らかく微笑むと、泣いている女の子の肩を抱いてなだめ始めた。島野がわたしを見ていないことを確かめて、自分の前髪をそっと確かめた。その荒れ方は、馬に噛み切られた干草のようだった。
 クラスの担任教師がやってきて、八重草の死は公認のものになった。教室に小さな啜り泣きが聞こえた。やはり、わたしにはそれは機械的な響きをもって届いた。そしてやはり、わたしはなにが悲しむべきか分からなかった。そうしたわたしでさえ、その小さな音で響く涙の合唱に巻き込まれそうになった。もともと、悲しいものに弱いのだ。けれど、悲しい映画や小説がわたしたちを導く涙と、八重草の死によってもたらされた涙が同じものであるならば、わたしは決して泣きたくなかった。筆箱から小さな鉄の定規を取り出すと、その角で親指の縁に強く引いた。皮は裂けずに、赤い痛みだけが残った。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2005.05.17 21:58:32 コメント(1) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

ひみ@喉

ひみ@喉

Comments

ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 <small> <a hre…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 最後まで、楽しく読ませていただきました…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 抱かれちゃうんだ・・。
ミーシャ3216 @ Re:『かなりあ』(11)(06/07) う。。どうなるのでしょうか・・(//・_・/…
ミーシャ3216 @ うん・・。 >とりあえず、わたしはでたらめだった。…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: