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ヒートとは、喧嘩を沢山するようになった。今まで我慢していた事も全て、ぶつけるようにしてる話し合えば解る人なんで、大丈夫かなって。最近、ボウヤが嬉しい活躍を見せてくれてる。でも、私個人としては、許せない部分がまだ沢山あるでも、何時の日にか、また、あの仲間達と笑顔で再会し、みんなで乾杯がしたいって思う。毎週、アキコちゃんと二人で休日を過ごしてるでも、本当に金欠なため、毎週、財布になってくれる人を探すも至難の業である♪今週はウマク、ゲッチューしたから本日は1円も出さずに焼き肉&カラオケ堪能してまいりました。沖縄へ行ったら一緒に遊びに行く友人なんていないし今のうちに沢山、遊んでおかなくっちゃ!!アキコちゃんとは、カラオケを通じて唄の歌詞に共感しあったり、同じ気持ちを抱きながらまた、再会できる日を二人で励ましあいながら待ってるんだ結構、ぴったりハマル曲って沢山あるピッタリのをみつける度に二人して笑ったり考え込んだり涙ぐんだり・・・私とヒート、エイモンとアキコチャンそれぞれが似た様なことで喧嘩してて御たがいに人の事はいえるっていうか・・・お互いを見てて気付かされる事がたくさんあるんだ。でも、アキコちゃんと沖縄の人たちの事をきっかけに親しくなれた事・・・・・今ね、私自身の何よりもの励みになってるんだ。アキコちゃんの笑顔に日々、励まされ勇気付けられます。アキコチャンは誰よりも笑顔が素敵な強い人です。アキコちゃんと一緒にいると時として自分が恥ずかしくなる。今、最も尊敬してる子かもしれないな。アキコ・・・・・絶対に一緒に長生きしようねそして、絶対に私より長く生きて沢山幸せになってね。すっかり涼しくなって人肌が恋しくなってきた今日この頃一応、つきあってほしいとか、言われる機会がないわけでもなくて・・・・・だけど、今の私にとっては出会いは財布でしかなくって、最低だなって思うけど、金のない男に興味は沸かない・・。来週は美樹とデートだ!!最近、店が暇だからって早上げとかさせられてばかりで給料が・・・・・三万も違う!!月に二回に分けてもらうって事はだ!!合計六万は違うんだよーーーー!!ふざけんな!!辞めちゃおっかなぁ。。。生活出来ない・・・・・・・・・・・・・。最近、やたら撮影が多くて疲れるでも、金銭面では腹立つけど、やっぱり今の仕事が好きだし今の職場と、その仲間が大好きだ。。それを全て捨てて沖縄へ行くんだから必ず今より幸せにならなくちゃいけない先日、倒れた時にヒートに心配かけちゃった病院のベッドで点滴打たれながら、こんな事があっても先日、地震があった時もヒートの存在が本当に申し訳ないくらいに温かくて心強かった。それから数日して、休日に電話で話した時にどこにいるの?って聞くと、神社に来てるよって・・・・何をお祈りしたかは言ってくれはしないけど何かを祈願してきたらしい・・・・・胸を打たれた。そして、思いがけない言葉がヒートの口から出た「よく、聞けよ・・俺が、そっちに行く様にするか?」要は、ヒートの夢である沖縄へ帰って実家を継ぐのを断念して、今の出張ばかりの仕事を辞めずに続けて、出張がない時は、私の待つ北海道に来るって形の夫婦になろうかって事、理由は二つ・・・・・・私が安心して治療が出来ることと一人じゃないって事、友人とかいるから寂しくないだろう?って。沖縄へ行ったら私が一人きりになってしまう事を、そして体の事を心配してくれての、断腸の思いの決断だったと思う。今の仕事を辞めたい・・・・・何度も聞かされてきた実家の仕事を継いで職人になりたい沖縄へ帰りたい、沖縄以外では住めないそれを、私が丈夫じゃないばかりに断念するような事を考えさせてしまった涙が出た・・・・・・・・でも、それを機会に沖縄へ行くって事に対して迷いも消えた例え、倒れたりしようが、ヒートの傍で笑ってようってヒートの口癖でもあるオマエが笑ってなきゃ、俺は幸せじゃない私がこれから出来る事は、沢山、彼を幸せにしてあげる事なんだね・・・・・・頑張ろうと思います体調も自己管理しっかりして、ヒートのためにゲンキでいよっと♪
2003年10月26日
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ヒートとは、逢えない分、喧嘩も増えて正直なところ、なんだコイツって思う事も多々あって・・・・・何度も別れ様かと思った。だけど、TIMINGいいのか何なのかソレを察したかのように、きちんと自分の至らなかった点とか言い過ぎた点について謝ってくれるヒートがいた。私がこのまま、沖縄へ行ってスグに倒れたら、彼のご両親や親戚とかに私は何て言えばいいの?先日、泡を吹いて倒れちゃったんだ初めての症状に自分自身、戸惑ってしまったでも、仕事休めなくて点滴、4本打ってから仕事へ向かいました私、もしかしたら、また新たな病気かもいつもそう♪幸せになってみよっかな~って時に限って必ず何かが起きるんだよだから、一人でいいって思うんだよとりあえず、病院通わなくちゃ♪
2003年10月21日
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お別れを告げたとき、ヒートは頷いてはくれなかった。何が不安で何が問題なのかを聞いてきた。結婚なんて、そんな簡単な問題じゃない二人だけの問題じゃないんだよヒートは甘く考えすぎてるそう、伝えると、「解ってる、解ってるけど、必要って思ってる時に別れることは出来ないだろう、今すぐとは言わない二人で頑張ってみてから答えを出したっていいだろう」って。何時間だろう、口論にも近い討論が続き私の返事は「今は、何かを決め付けたりはしたくないこれから、離れることによって、顔が見えない分、色んな障害なり問題とか、必ずぶつかるだろうし、アル意味、この逢えなくなる時間が一番の障害かもね。ただ、今、何かを言い切って決め付けて、お互いにそれが邪魔になってしまう時もあるかもしれないだから、私は、今は、頷けない。好きだし、ヒートとなら生きていけそうな気はするよだけど、だからこそ、ちゃんと幸せになってほしい」「だから、オマエとなる。あと・・・オマエ、変わるなよ・・逢えなくなっても、出会ったばかりの頃みたいに意地を張ったり強がったり、もう、戻るなよ。もし、俺らが、一緒になれんかったとしても、今のオマエで笑ってなきゃダメさぁ。もう、一人で生きて行こうだなんて、決め付けちゃだめだ」「自分は自分でしか、守れないんだよ意地を張る場所くらい自分自身が一番わかってるわよ・・意地を張ってでも強く生きなきゃいけない人間だっているんだよ」「もう・・・・・いい。」そう言ってヒートは私を抱きしめた。ヒートの様子がおかしかった。ヒート?と、問い掛けても「いい、なんでもない」そう言って顔を見せてくれようとしないただ、力強く抱きしめたままで・・・・・・泣いていた。声を殺して泣いていた・・・・・。それが解った瞬間、私も涙が溢れた。沢山の幸せをヒートにもらった。沢山の笑顔をヒートにもらった。沢山の真心をヒートに・・・・・。ありがとう・・・・・・そう言いそうになった時にヒートが「今まで本当にありがとうございました。出会えて嬉しかったです、物凄く感謝してます。とても幸せな時間をオマエと一緒だったから過ごせました。」私が言おうと思ってた同じ言葉を、同じ瞬間にヒートが言ってしまった・・。いつもそうだった、同じ瞬間に同じ気持ちでいれた周りにも言われてた二人は似たもの同士って・・・・。でも、その言葉を聞いた時にこの人とだったら、一緒に生きて行ってどちらかが、最後を(死)迎えるときもとても優しい笑顔で、ありがとうが言い合えるそう、思えた。「逢えない時間に負けないで、もっともっと幸せになろう、俺がオマエを守っていくさぁ。もっともっと、幸せにならなきゃだめさぁ」今は、何を言ったって、これから起こる問題とか現実の厳しさとか、別れようって言った意味をヒートは解らないだろうし、認めてはくれない熱くなってる時は、仕方ないよねでも、本当に温かな人で私にはもったいない最後の夜は泣きつかれて、私が先に爆睡してしまったらしぃいくら、ちょっかいかけても、私は全く起きなかったって翌日、ぼやいてました。笑でも、ヒートが寝付いてから、実はこっそりと起きてHOTELの下のロビーでヒート宛の手紙を書いてました。そして、二人で沢山撮り貯めたプリクラを一冊のアルバムとして作成してました。静かな夜でした、そして静かな朝を迎えました。出発の日が近づくにつれて、部屋にあった二人の荷物も少しずつ減って行くのが寂しかったなぁだけど、当日、すっかり何も無くなった部屋は私の気持ちと同じ様に、どこか晴れやかだったんだ悲しくなんかなかった空港へ向かう車中でも、いつものようにバカ言ってしんみりした空気にはしたくなかった。二人で空港で朝ごはん昨夜、夜なべして作ったアルバムと手紙をヒートに、そっと渡した。飛行機に乗ってから、開けてねって・・・・。空港は二人が初めてデートした場所ヒートの笑顔が少なかったでも、あえて気にしない私でいましたそして、出発の瞬間も、本当に明るく「じゃ、またね♪」って、笑って分かれました。搭乗ゲートをくぐって見えなくなっていくヒートそこには、一週間前に私が思い描いていた私はいなかった確かに、一瞬、こみ上げてきそうなものはあったけどでも、ヒートが言うように「今からがスタート・・・・」だから、寂しくなんかなかった。普通に自宅へ帰り、普通に職場へ周りの、皆さんの方が「大丈夫かい?」って心配してくれて、あまりにもあっけらかんとしてる私に拍子抜けしてるようだった。ヒートは沖縄について、すぐに電話をくれた別に離れてしまったんだって実感はなかったヒートは沖縄へ帰って、前の彼女に逢いに行った行くんだろうなって思ってたから、行ったの?って、軽く聞いたら、「行った、少し、ゆんたく(おしゃべり)して、帰ってきたよ、返す物(彼女の指輪)、返してきたよ」自分の事は多くは語らない、聞かないといわないしだから、私も敢えて、しつこくは聞かなかった。まだ、私自身、決めかねてる事が沢山あったし。ヒートが北海道を去って、一ヶ月が過ぎたこの間、色んな出来事があった。顔が見えない分、言葉の受け取り方の相違だったり過去にヤキモチだったり、寂しさからくる心のゆがみだったり喧嘩ばかりになっていった。今は、ぶっちゃけ喧嘩するのも面倒臭い逢えないことに慣れてしまって今は何もかもが解らなくなってるでも、もう、私は12月に退職決定し、ヒートの親も私の親や親戚も、二人の事を認めてくれ・・・・年末に、ヒートが私を迎えに北海道へやってくる事が決まってしまった。最初は浮かれていた時もあっただけど、決定してから増えてきた、ヒートの小言に最近、ぶっちゃけ腹立たしく感じる事が増えている顔を見ないでの喧嘩はしたくないだから、喧嘩もどちらかが折れるしかないんだけどなんか喧嘩する気力すら、無くしつつあるきっと、どこかでダメになってもいいやーって思ったりもしてるんだ。でも、ヒートが今、小言を言いたくなるような環境に置かれてることや色んな状況を考えるとヒートの気持ちも理解出来るし痛いくらいに、解ってる。
2003年10月12日
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あっという間の1週間だった。本当の妹のミーコの家に二人で遊びにも行った。夏休みに、ヒートと一緒に花火遊びしたガキンチョたちはヒートにぃにぃが来た!って大喜びしてくれた。ヒートは子供達に、いつも本当に優しかった。何度か店に飲みに来てくれて、最後の日仕事中にヒートから電話があって、「今から飲みに来るよ」(沖縄の人は、行くよ=くるよ、と表現するのであります)ヒートのボトルは、もう少しで無くなるの知ってたからヒートに内緒で私から、こっそり新しいボトルに変えておいた。ママに「最後だから私からボトルをプレゼントしたいので・・」って言ったら、「いいよ、私からの気持ちだよ」ってママが入れてくれた。初めて、ママに言葉に泣きそうになった。ヒートと座る、いつもと同じ店の風景だけど、なんだか何もかもが切なかったなぁ。アキコちゃんや、ありちゃんや、ヒートと顔なじみで沖縄軍団と親しかった子も一緒に飲んだりしてそして、最後にママがついて・・・・・・「これからどうするの?遠距離?」照れくさそうに、頷く二人。閉店になり、一緒に店を出ることにしてママが見送りの際に「サヨナラは言わないよ、なんか寂しいじゃんまたね!!ゲンキでね!!」って、見送ってくれたのが、本当に嬉しかった。翌日は、二人で思い出の小樽へ行くのを決めていた。ヒートはスグに爆睡してしまったため私は、ひたすら小樽のガイドブックとにらめっこしてました。初めて小樽へ行った時に二人で歩いてたら声をかけられた、写真撮りませんか?って・・・・・だけど、ヒートは写真が大嫌いなんだよ。だけど、ヒートが・・・・「写真撮りに小樽へ行こう」そう、言ってくれたんだ。行く道中も、色々、また今日もついてない日かよって思えるような事が沢山あった。でも、なんとか、小樽へ到着。初めて来た時みたいに道端で焼き蟹を食べたり小樽へつく前に朝ごはんがてらに腹いっぱい食べてきたから小樽では、そんなに食べないヒートがいた。私はデザートとかモリモリ食べてましたっすぅ。笑写真を沢山撮りました。そして、札幌の知り合いの、HOTEL勤務のリエ姉のHOTELへ部屋を取りました。夕方には札幌へ入り、リエ姉と対面。ヒートに、「そろそろ、やぁさく(お腹減って)きたんじゃない?何が食べたい?」って聞いたら「しかむくらい(びっくりするくらい)ウマイもんが食べたい」って・・・・・・。かなり悩んだあげく、ガイドブックで見た沖縄料理の店を回ったけど、殆どが休み。結果、昔から、お金に余裕があるときだけ行く、本当に、ビックリするくらい美味しいしかも、反則的な美味しさのハンバーグ屋へ連れてった。たかが、ハンバーグ、されど、ハンバーグハンバーグに文句つけるなら、ここのを食べてから言いやがれってぐらいにバカウマで高いハンバーグ屋へ連れてった。久々にお会いするオーナーは私を覚えててくれた。ヒートは、かなり、しかんでた(びっくりしてた)この、普段、感情を表に出さないヒートが感情を表に出した瞬間ってのは本当に達成かを感じる。ススキノの街を徘徊して飲みに行った。でも、私は寝ないで来たため疲れが限界だったためHOTELのついた際には爆睡だった。翌日、地元へもどり二人でアッコタンに逢いに行った。逢うのは3度目のヒートとアッコタンでも、きちんと話すのは初めて。3人で居酒屋へ行きました。似たもの同士のアッコタンとヒートとの時間はあっという間に過ぎて本当に楽しかった。ヒートと、おうち(HOTEL)へ戻り色んな話をした、これから先の事とか私自身のこととか、でも、ぶっちゃけ言うと私は一生独身のつもりでいたから・・・・・病気もあるし、いつ死ぬか解らないし好き勝手やっても、自分自身、人に迷惑をかけない程度に借金とかも作ってきてる。でも、毎月、普通に楽しく生活できる額だしまさか、こんな風になるなんて思ってなかったし・・その件についても、ヒートに押し付けるのは違うの解ってたから、きちんとお別れを言いました。これで最後ってね・・・・・・・・。また、これからは一人で生きて行こうって思ったからさ。楽しかった、今年の夏。こんな夏は、もう二度とない。
2003年10月02日
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温泉旅行から帰って、ホテルへ戻った。でも、私は仕事があるため、仕事の時間までお昼寝する事にした。お腹いっぱい食べてきたから晩御飯も作らずに、仕事へむかった。この日から、仕事先へヒートが私の車で送ってくれるようになった。「今日は、オウチ(HOTEL)にいる」私も無理に店に呼ぶのは嫌だった。でも、なんだか、仲間もいないホテルの部屋に一人きりで待たせてるのを考えると、なんだか落ち着かなかった。仕事が終るのが待ち遠しかった。仕事を終えて急いでHOTELへ帰るとぐっすり寝てた♪そして、また私が晩酌してると「起こせやぁー」って、私が作るお酒の氷の音で起こしてしまう。明日はドコへ行こうねぇ?毎日、どうやって過ごそうか頭がいっぱいだった。ハデに遊ぶのも違ってるし何より悲しかったのは、私自身が休みが取れなかったこと。ヒートが滞在してる期間、私はヒートが帰る前日のみ休みが無かった。店の陰謀だった。前々から休み申請してるにも関わらず却下され・・・・・でも、休みを希望してなかった子が、いきなり休みにされてたりヒートが店に来る事を考えた上での店の策略だった。・・・・・・と、しか思えまへん。毎日、普通に過ごしたんだ。近くの池にピクニック行ったり二人で洗濯したり、一緒にたたんだり御飯も一緒に作ったり、ヒートが教えてくれた沖縄料理作ってみて失敗して二人で毎日、笑ってた。本当のところ、ヒートが北海道にいる間に後回しにしていた事が沢山ありすぎた。私自身の難病の特定疾患の更新だったり色んな事があって、そんなのにヒートを付き合わせるのもいやだったから、一人で行こうとしたら、いつもヒートは決まって言ってたな。「オマエの用事は俺の用事だばぁ」二人で病院へも行った。二人で御飯のおかずを買いにデパートへ。そんな、何気ない毎日が、本当に幸せだった。でも、幸せって長くは続かないんだ。
2003年10月01日
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