とあるお金の本を読んでまして、あともうちょっとで読み終えるんですね。
その本を読んで、改めて自分のお金や諸々の状況や存在価値などが、自分が子供の時と同じだった、という事がわかったんです。
どうゆう事かというと、わたしは子供時代、まぁホントに親にあらゆる迷惑をかけないで来たんです。
病気もせず、ワガママ言って困らせる事もなく、継母に意地悪されても密告せず。
何よりお金がかからなかった。
それでも親のストレス解消のように毎日怒られてましたが。
ご飯やお菓子なんかも、私だけ端っこの部分を出されたり、少なかったりと、毎日毎日明らかに継母の連れ子と比較をされてきたわけです。
ご飯やおやつを食べるのも、継母に睨まれながらの中食べてました。
小6の終わりに父と二人で暮らすようになったんだけど、この時は商売が潰れて借金がある状態。
それでも父は飲みたいお酒を毎日飲んでました。
高校進学のとき、公立に落ち私立高校へ行こうとしたら、「俺はお前のために借金してまで高校に行かそうとは思わない。
その代わり毎月3万あげるから家にいろ」と言われ、ワガママ言う事なく言う通りにしたんだけど、毎月の3万はくれた事がなかったんですね。
15才で世間に出るのが怖くて、アルバイト情報誌に丸をつけてたけど放置していたら、父が勝手に丸をつけたところに面接の約束を取り付けていて、促されるままに面接に行き、円山のレストランで働く事になりました。
それがきっかけで、週3の定時制高校に通ってる人がいて、その人の勧めで定時制高校に通う事になった。父も学費くらいは出すぞ、と言ってくれたけど、初めのうちだったなぁ。
(修学旅行代は出してくれたけどね。この時父は会社を経営してたので。)
それからは年上の女友達もできて、いろんな事を教えてもらったり、その友だちと彼氏のデートに同行させてもらったりしてたし、自分の世界ができつつあったんですね。
この時期に夫に出会い、超超大好きになって24で結婚したのですが。
当時の夫は、少しでも迷惑をかけるとよく怒ったし、がんがん「お前のせいだ!」と責められ、口ではとても太刀打ちできなかった。
子供時代の金銭感覚が大人になってから影響する、と本で読み、なんとなくはそれをわかっていたんだけど、どうする事もできなかったんだよね。
私の子供の頃のお金に関するものは、
「無理してまでお前のためにお金を出したくない」と言われていた。特に父に。
当時を見ると、父は自分の事で手一杯だったんです。
子に愛情が全くないわけじゃないけど、自分が無理してまで借金をしてまで私にお金をかけるという発想は無かったんです。
まず自分、という発想で。
そして結婚後、私は夫に極力迷惑をかけないように仕上がっていた。
結婚前に徹底的に夫に躾けられ、怒られまくったので、それに反抗しつつも最終的には受け入れていたんです。
お金はあるのに、余裕がない生活が続いた。
余裕分を取られてしまうというか、キッチリしかくれなかった。
子供がいても「いつも家事をちゃんとしないくせに」と言われてて、何も言えず、家事なんてやってもやっても溜まるばかり。「また今日も洗い物が溜まってる・・・」と怒られていた。
反発してもやり返され、いつも負け戦。
自分にも負い目がある気がしてた。
だって小さい子供2人いて、ちゃんと家事が完璧に出来ないし、、、と。
夫を見ると自由にお金を使い、しわ寄せはいつも私だった。
毎月決まった金額を渡してくれる。
たとえそれ以外に収入があっても、家には回してくれない。
だから私はやりくりするしか無かった。
外にパートに出るのは、負けのような気がしてたし、夫の思うツボなのでパートはしなかった。
この事では何度も何度も夫と話を重ねたが、のらりくらりかわされる。
そして、「お金はない」と言われるとそれ以上何も言えない。
あるのに隠してるんだけどね。
なんだろう。どうして私はもっと堂々と強く「当たり前でしょ!!!」と夫に言えないんだろう。。。
いつも思ってた。
自分の潜在意識に繋がって、子供の頃と今の共通点を見てみたら。。。
父と夫は同じだった。
とにかく俺に迷惑をかけるな。というのと、極力私にお金をかけたくない、というもの。
そして「常に自分だけは潤っていたい」というものだった。
これだけの共通点、しかも親に似たような人になるなんて、これは意味があるんだよね。
それでも、私の自己価値が上がると共に、旅行に連れてってくれたり、よくデートで食事をご馳走してくれる。でもね、肝心な生活費には回してくれないんですよ。
で、かなーり前置きが長くなったのですが、何があるのかというと、
私は大人になりきれてなかった
子供のままだった
ということだったんです。
自分でセッションをやってわかったんですが、年上の人を無条件に大人扱いしてしまい、それがどんなアホな言い分であろうが、大人の言うこととして子供の頃のようにまるまる受け入れていたんです。
だからかぁ!!!と逆らうにしても、芯から逆らえない自分に納得したんですね。
とにかく子供の頃から押さえつけられて育ったので、それはもう当たり前に年上の夫の言い分を文句言いつつも受け入れていたんです。
子供の頃は 「迷惑をかけるな」というものを常に出されていたので、「親として当然でしょ!」とは反発なんてとんでもなくて、養われている、という狭く居心地の悪い中育ったんですね。
そして15才で夫と出会い、19才で付き合うようになり、21歳で共に暮らすようになって24で結婚。
その間に散々怒られ、躾けられ?ていたんです。
この時にも無意識に夫を大人扱いしていたのでしょう。
ホント育つ環境ってあるね。
それが当たり前だったんだけど、どこかいつも苦しいんです。
以前、私の料理に対するブロックをとったことがあるんです。
私は母が居なかったから、教えてもらえないのでお料理があまり上手じゃない、というものがあったのですが、これも同じで子供目線だったんです。
これがその後面白いくらいに自分主体で料理をすることができるようになり、グンと料理の腕が上がり、楽しくなったんです。
私のように育った人間は、子供の感覚から大人へと移るのにスムーズにいかないのかもしれない。
あまりに子供時代の影響が大きすぎて、親なんてとっくにおじいちゃんなのに、「大人」としてみていて、自分は「子ども」のままだったなんて。
自分でセッションして、パチン!と子どもの感覚から大人へと変えた。
するとなんか違う。
むしろ子どもの感覚の方がキツイよね。
何をされても逆らえないんだもの。
たとえ逆らったとしても、どこか震えながらだし。(役に立たないのに養ってもらっているという意識があったからね)
それを見抜いた「大人」が、自分の都合のいいようにうまーく操作したんだと思う。
無意識に親と似たような結婚相手を選ぶというけれど、子どもの頃にできなかった課題を、親と似た人と結婚することで克服するようになっている、とはホントだなと思う。
親とは似ても似つかない人だと思って結婚したんだけど、そうさせたのは私だと思う。
「お!こいつなら無理を通せる」と。
でもこれまでは仕方ないよ。
こうやって見つめないと、今の私じゃないとこれに気付けなかったもん。
夫を悪者みたいに書いたけど、そうさせたのは自分。
だから今後は責任を持って大人として堂々と接していくの。
プロポーズされた時、目に見えない存在が祝福してるのがわかった。
「あなたとは結婚できない」というと、目に見えない存在がいろんな情報を持ってきて、テレビをつけても雑誌を見ても何を見ても「結婚を断って後悔した人」の話ばかりが飛び込んだ(笑)
この結婚を蹴ったら大変なことになるんだ。。。とスピの存在さえ知らない当時の私でもわかった。
長くかかるけど私の課題であり、乗り越えるために最適な人が夫だったんだ。
だから何をされても別れる気にならなかったんだよね。
夫との出逢いもデジャブで夢に見た人だったし。
いつもながら長くなったけど、今日はいつもより芯が入った自分がいる。
自分で責任のとれる大人になった、やっと。という感じ。
もう大学生と高校生の子どもがいるんですけどね。大人の自覚みたいな、普通の人にはサラリと訪れるものが、精神的に幼い大人によって都合のいいようにされて来たんだと。
向こうにしてみれば、そのまま心のどこかが子どものままの方が、理不尽でもそのまま丸呑みさせることが出来て良かったんだろうけど。
料理のブロックをとった時にすぐに変わったように、きっとこの効果もすぐに出るだろうな。
それがオーラや波動となって相手に伝わるから、変に舐められなくなるんだろうな。
結構私みたいなこうゆう人いると思う。
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