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2006年07月09日
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カテゴリ: サッカー
決勝当日、朝からベルリンは両国のサポーターで一杯でした。ブランデンブルク門の前の"Fan Festa"や、街の中心部の広場やオープンカフェには、ユニフォームを着て、さらに国旗を身にまとったり、フェイスペインティングをしたサポーターが、同志を見つけては「アレ・レ・ブルー!」「イタリア!イタリア!」などと気勢を上げていました。ドイツ人も自国のユニフォームを着て街を歩いていましたが、表情は穏やかで静かでした。

ちょうど僕のホテルのすぐ近くに、イタリア代表の宿舎となったホテルがありました。
試合開始1時間半前、ホテルの前に青いバスがとまり、その周りをサポーターが囲んで、選手が出てくるのを待っていました。さらにその周りにはテレビの中継カメラが3台。イタリアでは決勝直前特番が放送されているようで、カメラの前にレポーターがスタンバイしていました。いよいよ選手やスタッフが出てくると、「行け!」「がんばれ!」などと声援があたりにこだましていました。

イタリア代表の出発を見届けた後、追いかけるように決勝のオリンピック・スタジアムへ向かいました。この日だけは、日本代表のユニフォームを着ていきました。このワールドカップに日本代表も出たんだよ、とアピールしたかったからです。すると、ユニフォームはアイデンティティを示すため、チケットを探し求める日本人に次々と声をかけられました。

スタジアムに着くと、いつもより観客の入りが早いことに気がつきました。やはり決勝戦。Official Fan Shopの前には、お土産を買い求める観客が、いつもよりも多く並んでいました。

席について気づいたのは、準々決勝、準決勝と、自分の近くに座っていた人たちが、やはり自分の周りにいたことです。メキシコ人、オーストラリア人、そして準決勝で立ちっぱなしだったドイツ人もやはりいました。僕が持っていたTSTというパッケージは、同じパッケージを買った人と隣り合わせになるようにできていたのです。自分の席からは、ピッチの一部が細い柱で見えなくなっていて、これで定価600ユーロ(9万円)はひどい、とため息が出ました。

試合開始前には大会テーマソングを歌うアーティストのライブと、パフォーマンスがありました。その直後に国旗・選手が入場してきて、決勝ならではの厳かな緊張感はそれほど感じられませんでした。強いてあげれば、両国の選手の列の中間にワールドカップのトロフィが置かれていて、それを横目に選手が入場したこと。これで選手たちは発奮するだろうなぁ。

試合は、ディフェンシブな展開が予想されましたが、前半7分にフランスがPKのチャンスを活かして先制すると、前半19分にイタリアがセットプレーからヘディングシュートが決まって追いつく、というアクティブな展開になりました。これはいいぞ!

しかし、その後ディフェンスが固まってくると、決定的なチャンスはそれぞれ一回ずつ。イタリアはフリーキックからのゴールがオフサイドでとり消されたもの、フランスはジダンのヘディングシュートがバーをたたいたもの。時間を追うごとに、イタリアはどんどんディフェンシブな布陣になっていくように見えました。



フランスのサポーターや、準決勝で敗れたイタリアに反感をもつドイツのサポーターからは激しいブーイングが起こりました。会場には大きな画面があって、試合の映像が見られるようになっていますが、PKやレッドカードの判断要因となるプレーは再生されません。それを見たサポーターが判定に激しい不服を訴えるのを防ぐためです。

しかし、今回はそれが見事に逆に作用しました。退場したのがフランスの英雄だったからです。「あのジダンが退場になるような行為をするはずがない!」フランスのサポーターはそう信じていました。観客としてはボールの動きに注目しているため、後にテレビで見た、マテラッツィへの胸に激しく頭突きする姿を目撃した人はかなり少なかったはず。ですから、何の説明もなくレッドカードが出されたことに、激しい不信感が表明されたわけです。

ひとり多いはずのイタリアでしたが、ボールを持つたびに激しいブーイングにさらされました。前線に上がる人数も少なく、攻撃は迫力を欠きました。逆に大黒柱の抜けたフランスが積極的にボールを支配していました。間もなく試合はタイムアップ。PK戦は、イタリアが5人決めたのに対して、フランスはひとりバーに当てて外してしまいました。キック一発の差でイタリアの優勝が決まりました。あまりにも歴然とした明暗が、ほんのわずかな差で決まったことに不自然な印象を抱きました。でも、この守備的な大会で優勝したのがイタリア、というのは、象徴的なようにも思いました。国内リーグの八百長騒動で揺れる彼らには、実力を証明する場が必要だったのです。

ワールドカップのトロフィが、イタリアのキャプテン、カンナバーロに手渡されると、高額なチケット代の元を取り戻すかのように、大量の紙吹雪が舞い、屋根からは花火が吹き出しました。スタンドからは、あまり花火を見ることができず、その花火がテレビ向けであることに気づきました。トロフィを持ってウィニングランする選手たち、そこに"we are the champions", "aida"といった、優勝にふさわしい音楽が流れ、セレブレーションは最高潮に達しました。

やがて観客はスタジアムを去り始め、少しがらんとした感じになると、急にワールドカップが終わったんだな、という感慨に包まれました。祭の終わりのさみしさです。近くにいた観客と記念撮影して、残ったお土産を買い、帰路につきました。

街では、こんなに来ていたのか!と驚くほど多くのイタリア人が集結していました。目抜き通りには大きな国旗を掲げ、クラクションを鳴らす車が集まり、スーパーのカートに乗って歓声を上げる女の人もいました。イタリア代表の宿舎前には、選手たちの帰りを待つサポーターが「世界一だ!」「イタリア万歳!」などと歓喜の声をあげて、何度も国歌を歌っていました。陽気なイタリア人にセレブレーションはよく似合っていました。

4年前の日韓大会に比べて、このドイツのワールドカップは、結果的にも試合の内容面でも、充実していたように思います。決勝トーナメントに入って、ドラマティックな同点劇や逆転劇がほとんどなかったのは残念でしたが、スタジアムの雰囲気、選手のコンディションは明らかに良かったように見えました。とにかく、長期間ワールドカップを見ることができて、本当に幸せでした。





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最終更新日  2006年07月19日 05時10分51秒
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