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隠居人はせじぃさんComments
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橋の上には高架橋が。そして日本橋川にはその柱が無数に突き刺さっていました。
2006(平成18)年には当時の小泉総理の指示により、著名財界人や文化人によって
「日本橋川に空を取り戻す会」が結成され、その後2017年、国土交通省と東京都が
「日本橋上空に架かる首都高の地下化を検討する」と発表。
かつて、何度も頓挫した日本橋周辺の首都高地下化の現状は?本当に実現に向かうのか?
未だその気配は一切なしなのであった。


橋の上を覆っている首都高の道路を繋ぐように本当の元標の位置を示すレプリカが上部に。
この印の真下の道路上に本当の元標が埋め込まれていたのですがその場所に行くのは
交通量が多くて危険。


「日本橋魚河岸跡」の説明板が。
『日本橋から江戸橋にかけての日本橋川沿いには、幕府や江戸市中で消費される鮮魚や塩干魚を
荷揚げする「魚河岸」がありました。ここで開かれた魚市は、江戸時代初期に佃島の漁師たちが
将軍や諸大名へ調達した御膳御肴の残りを売り出したことに始まります。この魚市は、日本橋川
沿いの魚河岸を中心として、本舟丁・小田原町・安針町(現在の室町一丁目・本町一丁目一帯)の
広い範囲で開かれ、大変な賑わいをみせていました。・・・』と。
日本橋魚河岸跡の全景と(右)日本橋魚市場発祥の地碑。
中央の像は竜宮の乙姫。












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江戸東京博物館へ(その13) 2026.05.30