2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全4件 (4件中 1-4件目)
1
あっという間に、日々が過ぎ去っていきます。この間、あることをきっかけにして大きく気付くことがありました。あることとは・・。実は夫の再就職に向けての活動をしているときに、やはり、自動車の免許を習得させないといけないと改めて思い、40万という大金をはたいて、思い切って自動車学校に通うことを進め、夫は行き始めていました。40万という金額は私達にとってとても大金で、果たして彼がそれだけの成果をその後得ることができるのかという一抹の不安はありましたが、一種賭けのように、私はそれを実行しました。彼にも十分に言い聞かせて・・。そして励まして・・・。彼に与える”チャンス”でもありました・・・。本当は私自身が”ある資格”を取りたいという切なる思いがありましたが、その想いを彼に託しました。自動車学校は私にとって、学生時代に戻ったようなとても楽しい充実した思い出ばかりでしたから、彼にもそういう経験をさせてあげたいとか、それを通して、人との出会いがあったりしながら、少しでも何か得てもらえたら・・という思いでした。只あくまでも、再就職を目的とはしていましたから・・、私の不安はそれでした・・。果たして40万もかける価値があるのだろうか?と・・・。そういう仕事を彼は見つけることができるのだろうか?とか・・・。自動車免許は一種通過点にしか過ぎず、その後、それを生かしてどう就職に結びつけるかということ・・。しかし・・・・、現実は予想を遙かに超えていました。なんと・・、彼は入校5日目にして・・、辞めてしまったのです。彼の言い分は教習所の先生が英語を上手に話せない者がいて、よく理解できないということとで技術をこれでは習得できないということでした。それで、はじめから規定範囲オーバーになってしまって、追加料金を払わなければならないとことを聞き、腹を立ててしまったらしいですが・・・。そして。もう二度行きたくないと・・。その意思は頑ななものでした。何度も何度も話を聞き・・、彼になんとかやる気をもう一度持たせたくて・・。しかし・・、彼は頑なそれをすべて拒みました。払ったお金の40万円のほとんどが返金されないのにも関わらず・・、彼は”もう辞める、行かない”の一点張り・・。もう私は青ざめました・・・。40万円すでに全額支払ってしまっていました。一体どうなっているのかと私自身客観的な事実が知りたくて、教習所に何度も問い合わせして、詳しく事情を説明してもらいました。総合して判断した結果、どうやら・・・、彼には自動車免許を習得するセンスが全く無く、また、これは私の推測でもあり・・、しかしおおよそ当たっているとは思いますが・・、英語力にも自信が無く、今後、自分が越えなければならない課題をクリアーできないと感じ取り、恐れをなしたのではないかと思います。そして・・・、今までも彼が私にずっと隠し通してきた、また、隠し通したかった英語力の無さ・・知能の低さ・実力の無さを私に知られたくなかったのではないかとはっきりと実感してしまいました。今まで確かに薄々は感じてはいましたが・・、私自身それを認めたくなかったし、自覚したくはなかったので・・、いつも心の中の闇に押しやっていたのです。そして彼の生まれ育った母国の国民性のせいにして、自分自身でさえごまかしてきてしまったということをはっきりと自覚してしまいました。続く・・・。
2009.03.31
コメント(9)
北朝鮮拉致問題について触れるとき・・、私はどうしても人事に思えない。自分自身と重ね合わせてしまう・・・・。怒りと悲しみとやるせなさが私の心の中を占める。私達日本人食口も被害者である。宗教の名を借りた拉致・・・と私は思っている。統一協会問題と北朝鮮拉致問題・・・。思想がらみの戦略を感じる。日本の国はもっと自国を守る必要があることを強く感じる。統一協会に対し、ようやく公安が動き出したという・・。遅すぎた、あまりにも・・・。しかし、やらぬよりマシである・・。これ以上に被害を出さぬように・・・。将来ある優秀な人材を奪われない為にも・・。元食口と拉致被害者の会の人たちがもっと接点を持ってもいいのではないかとふと思う。拉致被害者の会の人たちはこの統一協会の問題に対してどう考えているのだろうか?とても知りたくなりました・・・。
2009.03.12
コメント(7)
早いもので、先月の2月で私も43歳になってしまいました。40代ももう3年目に突入。自分の人生の重みを感じます。このままではあっという間に50代になってしまうことでしょう。今年中になんらかの方向性を出したいと思います。その為には・・・、私自身が自立しなければなりません。娘も大分成長してきて、手が離れてきてきました。経済的にも社会的にも自立しなければ・・、私の未来は開けないことを確信しています。今までの私は夫に自分のすべてを捧げ・・、内外共に精一杯やりつくしてきました。そうしなかったら、生活が成り立たなかったから・・・・。そして、まだ子供がいなかったときだったら、まだどうにかなりました。子供が生まれて私が思うように動けなくなると・・・・、厳しい現実がそこにはありました。私のすべての力は夫をなんとか支えること、そして子供を育てていくことで精一杯で、自分を自虐的に追い詰め、自分の時間を、思いをすべて夫と子供に捧げてきました。もうこの辺で目覚めなければなりません。再出発の最後のチャンスです。もう子供もかなり手がかからなくなってきています。私自身どう生きていくのか?仕事をきちんと持ち、一人でも生きていける経済力を身につけなくてはなりません。今度こそ、自分の人生を歩みたい・・・・。もう、何かに縛られ、誰かに依存し、自分を否定し生きていくのはもうやめたい。自由に羽ばたきたい・・・。私自身の人生を・・・。もう落ちるところまで落ちてきた・・・・。後は上がっていくのみ・・・・。私自身を見つけ出したい・・。自分が何をしたいのか?まずは資格を習得することから・・・。目標を持って・・・・。私の人生このまま終わるのは悲しすぎますから・・・・。しっかりしなくちゃ・・。前を向いて生きていきたい・・、しっかりと。
2009.03.11
コメント(0)
娘の切なる希望もあり、たまたまいとこの家でセキセイインコの子が昨年の中旬に生まれたというので今年1月中旬にそれをもらってきました。黄色に緑と黒が入っているセキセイインコ・黄ハルクインだったので、娘が”レモン”と名づけた。既に親鳥はたくさんの卵を産み育てていて、卵を次から次へと産んでしまいその処分にも困っていた状態ということもあり、親鳥もかなり衰弱していての最後の雛でもあったためか、その雛は重度の栄養不足で、羽と足にハンディを背負っていた子でもありました。何度も小鳥の病院に連れて行き、鳥専用の栄養ドリンクを飲ませ、カルシウム・ビタミン・小松菜・・、そして日光浴に保温と思いつく限りのことをやってきたつもりであります。何度も死ぬかもしれないという状態を乗り越え・・、挿しえさを卒業し・・、全く鳴く事ができなかったのに・・、さえずり始め・・、棒につかまることすらできなかったのに、自分からそれにつかまるようになり・・、少しだけ羽ばたけるようになった。あとは飛ぶ練習だね・・と言っていたその矢先。体調が急変し・・、私が仕事から帰宅すると、動かなくなっていた。予感はしていました。その朝・・。私から離れたくない様子で・・、私の手の平の中で本当は最後を迎えたかったのかな。私から離れるのを嫌がった。そして目は寂しそうで力がなかった・・・。私が仕事に行く時間になり・・、後ろ髪を惹かれる思いで、かごの中に戻すと、”どうして?行っちゃうの?離れたくない。”という顔をした。”もう、死んでしまうかもしれない。仕事を休んで、一緒にいてあげたい”と一瞬心を過ぎった。しかし、その思いを振り払い、私がかごの中に戻すと・・、もう観念したように、目をつむっていました。レモンはとても人懐こくって・・、こんな鳥を見たのは初めてだった。猫みたいに撫でられる事が大好きで、気持ちよさそうにごろごろと喉(?)を鳴らした。ビタミン剤入りの栄養ドリンクを飲んでいたため、セキセイインコ特有のあの匂いではなく、名前の通り、"レモン”の香りがする子だった。2ヶ月も一緒にいれなかった・・。鳥として生まれたのに、飛ぶことができなかった。本当は飛びたかっただろう・・。最後の姿は羽を広げていて足を後ろに下げていて、まるで空を飛んでいる姿のようだった・・。私が帰宅したとき、体は硬直していたが、まだ暖かかった・・。私をずっと待っていたのかな・・・。でも・・・。一生懸命頑張って生きてくれました。ありがとう・・。本当にありがとう・・。学校から帰ってきた娘とおいおい泣いてしまいました。そしてパパも・・・。娘の発案で3人でメッセージを書きました。お墓に一緒にいれてあげるつもりです。これから・・、公園に行ってきて、桜の木の下に埋めてこようと思います。今頃、自由に空を飛んでいるよね・・、レモン。本当にありがとう・・・。
2009.03.05
コメント(4)
全4件 (4件中 1-4件目)
1