2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全5件 (5件中 1-5件目)
1
皆様から、私の”ストレス”について・・、コメントを頂き・・、本当に感謝しています。そして・・、そんなコメントを心に秘めながら・・・、模索しながら・・、仕事に行っていました。そんな中・・、ほんの少しだけですが・・、自分自身”気付き”がありました。私は私であることに対し、臆病になっているということ。ありのままの自分自身を、今与えられている人間関係の中、社会の中で出していくことに対し、恐怖感にも似た抵抗感が気が付かないままにあったこと・・。ありのままの自分を一種隠す為に・・、人に物凄く気を使ってしまうのかもしれないということ。自分自身をごまかし、隠す・・・。私はいつの間にか随分長い間そんなことを続けてきて生きてきたのかもしれない・・。相手が私が何者だと言うことを知られたくないという密かな思い・・。私自身の中の根底にそんな自分の痛烈な思いがあるということを発見してしまいました。だから・・、今の職場においてさえ・・、本当の自分自身のキャラクターを周囲に判られたくないという防御をいつの間にかしてしまっているような気がします。その為に”もしかして・・、私気をつかっているかしら?”これから・・、恐れずに・・、ありのままの自分を出していく・・、そして認められていく。そうそれが社会とのつながり、人とのつながりとなり・・・、安心感が生まれていくのかもしれません。そして・・、私自身を生きることになるのかもしれません。頑張ってみます・・・。自分の心の扉を恐れずに開いて・・。少しずつでも・・。自分自身への挑戦です。
2009.05.22
コメント(2)
私の癖があります・・。苦手な人・・、第一印象でちょっと嫌だなと思うこと、誰でもそんな人がいるものだと思います。私ももちろん・・、例外なくそうであり・・、強いて言うなら・・、好き嫌いがはっきりしているかもしれません。しかし・・・、私自身の曲者は・・好き嫌いがはっきりしているくせに・・、それを心の奥にじっと仕舞い込み・・、表には決して出さぬということ・・・。そして・・、平然とした態度、もしくは・・、”あなたのこと決して嫌いではないですよ、受け入れてますよ”と言わんばかりに、相当気を使ってしまう傾向にあります。そういうスタンスをずっと今まで続けてきたように思います。そして・・、そこに生じるストレスがとても多いのです。そして・・、そういう相手から・・、逆に私に対する、横柄な態度や侮辱的なことを受けたりすると、本当にたまらなく憤ってしまう自分がいますし、酷く傷ついてしまいます。”こんなに私はあなたのこと嫌だと思いながらもこんなに気を使って、そしてあなたを受け入れるように我慢して忍耐しているのに、おまえのその態度はなんぞやと”私の心は煮えくり返るのです。しかし・・、そう感じてもそれをまた態度に表すことができない・・このストレス。嫌なら嫌と・・、もう少し最初から表現した方がいいのでしょうか?誰しも好き嫌いはあるし・・、それは当然です。しかし・・、私はそれを具体的に表現することが出来ない・・・のです。無理に自分の心を押し殺してしまうところが多いのです。しかし・・、それで結局自分自身がぼろぼろになってしまうことが多いのです。怖がらず・・、自然な自分を、素直な自分をもっともっと表に出した方がいいのでしょうか?相当、相当自分自身の感情を押し殺し、気を使い・・・、へとへとに疲れてしまう自分がいます・・・。今の職場でも苦手な人が男女1名ずついます。その人達から・・、圧迫感と、威圧感を感じます。どうやら・・・、馬鹿にされているような節もあり。特に男性の方は、まだ24歳の若造ですが、ちょっとした職場の班長(役職はないのですが、現場を任されているところがあるのでこういう言い方をしてみます)なので、私も下出から相当丁寧に尊敬語を使いつつ接しています。しかし・・、彼は私には何を言っても大丈夫だと思っている様子で・・色々と酷い言い方をされます。舐められているのでしょうか?しかし・・、私は黙って耐えています。どんどん私の中のストレスがたまっていっています。もう尊敬語使うの止めたろか????対等に接してやろか????そう出来たら・・、どんなにすっきりし楽になることやら・・と想像してしまいます・・・。とてもそんなことは気の弱い私には出来ないかしら???しかし・・、挑戦してみたいです・・・。実行に移してみようかしら???自分を変えるチャンスかしら?あそこの呪縛から逃れる一歩にもなる????まずは尊敬語止めて、タメ口から聞いてやろうかしら。
2009.05.18
コメント(10)
ちょっと以前に書きたいと感じていた内容だったので、触りだけ書いておこうと思います。統一協会の献金ほどいい加減なものはないと感じます。例えば・・・、”祝福献金”私は現役の頃から、実は、疑問が頭にかすめていたのですが・・、いつもそれを”たくさん献金したほうが神様・真の父母様が喜ぶし、その方がとても善い事なので善しということにしよう”と勝手にこじつけて前向きに考えるようにして、疑問を頭の隅に追いやっていました。暴露してしまうと私は5回マッチングの写真を提出しています。4回目の時にようやくマッチングをされるも・・、いろいろな事情があり(相手は韓国人でアダム・エバ問題を抱えていました)、家庭を持つ前に本部からの強い説得もあり、破棄をしています。そして、今の夫はその後の再マッチングの相手です。そういう内容があるので・・、”祝福献金”の話(要するに金額)を何度も聞き、要請をされてきました。写真提出3回目からはマッチング前に確か献金の要請あり、私は既に完納していました。もう金額は随分前になるので、忘れているのですが、100万前後だったような???70万だったかな?すみません、最近どんどんUCの記憶が無くなっていきます。今度こそは絶対大丈夫だよというアベルの言葉とは裏腹に・・、マッチングはされず。責任者を一緒にやっていたメンバーはもちろんほとんど主要なメンバーは出払ってしまい、一人寂しく残り、古株お兄様・お姉様(既に家庭持ち)と共に、入りたての幼いメンバーのお世話をしていたのを思い出します。そして・・、数年後、また再び祝福の話が・・。130万でしたね、祝福献金。これは覚えてますよ~。私の場合、本当は以前のはないことになり、今度は130万という全額を献金しなければならなかったのですが、幹部の特別恩恵ということで、以前の提出した献金との差額を払えばいいことになり・・・。(あくまでも私の場合はこう言われました。他の人は知りません。UCって個々によりそれぞれの対応が違っちゃうのは日常茶飯事ですから)130万でしたが・・・・。私しっかり支払いました・・・。その当時・・、悲しいくらい厳粛な気持ちで・・。しかし・・、考えてみれば・・、祝福献金って・・、いい加減ですよね。どうして数年しか変わらない祝福なのに、状況が変わっちゃうんですか?もっと昔の先輩達って・・、どのくらい祝福献金支払ったのでしょうね?日本人は”トウゲン”が重いからって言われてましたが・・、同じ日本人でもえらく世代格差があるし・・・、そして地域格差もある。そこには一切原理原則や教義で言われている内容は全く当てはまらないのではないかと思います。不思議です。マッチングの候補者にも地域差があるんですよね。田舎の地域で協会にあまり人がいない地域程、マッチング候補者も甘くなる傾向にあるようで・・・。(私の知り合いにも食口が少ない地域の協会出身で、信仰暦一ヶ月で、原理講論もまだ一度も通しで読んだこともない勤青の女性が92年3万双でマッチング受けて本人は酷く悩んでいました)それは何故か??厳粛さのある教義の内容に沿った意味あるものではなく・・、原理原則でもなく・・、ひとえに、それは・・・、ノルマ達成などを含めた単なるビジネス的感覚でしかなかったのだと・・、さまざまな経験と実際この目でみたこと・実体験により・・・、感じ取り・・、気付き・・、私の目も開かれていったように思います。特にずっと地区で教会活動していた世間知らずの純粋培養の私には海外に出て、世界展開しているUCの活動の現状を見・聞き・体験してきたことは・・、そして・・、日本では絶対にお目見えすることさえ出来なかった側近の幹部達の姿と生活と御旨に対する姿勢は・・、その後・・、私を恐怖が全くなく離教させてくれた大きな要因になっていることだということは確かです。そのことはいずれは少しずつでも書きたい内容ではあるのですが、個人情報も満載になってしまう恐れもあり・・、未だ実現してはいませんが。
2009.05.12
コメント(16)
どういうわけか日記を書き込んだ途端にコメントへの返事も打ち込めるようになりました。なんなんでしょうか?お騒がせいたしました・・・。コメントをいただけることとても感謝しています。返事が大変遅くなり・・、本当にごめんなさい。皆様には大変お世話になっています。これからも、ぼちぼち書いていきますのでよろしくお願いします。
2009.05.12
コメント(0)
コメントを下さった皆様、ごめんなさい・・。日々の忙しさでブログの管理が怠っていた中、今日体調が悪く、仕事を休んだので、遅れていたコメントへの返事を書こうと思っていたのですが・・、どういうわけが書き込みが出来ません。日記の方は書けそうです・・。時々こういう現象が起こるのですが・・、どうなっているのかしら???
2009.05.12
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1