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今日は少しゆっくりとした時間を過ごすことができました・・・。ゆったり、まったり・・・・。なんだか久しぶりです。こんな時間もいいものですね。メリハリのある生活をしたいものです。もう1月も駆け足のごとく過ぎ去ろうとしています。来月は一年に一回の(当たり前)誕生日が来ます。また一つ年をとります・・・。
2007.01.29
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私のブログのコメントはほとんど女性ばかりなので、思い切って書いてしまいます。実は最近ちょっとした悩みがあります・・。それはもともと生理痛が酷く、大変で、婦人科系も弱くホルモンのバランスが悪かったのですが、30代後半に近くなった頃から徐々に生理の期間が減ってきて、量も少なくなってきたと同時に、生理になる直前の数日間、物凄く精神的に不安定になるのです。確かにそれは一般の女性にもよくみられるものだとは思いますが、自分でもコントロールができないくらい気持ちがど~んと落ち込んでうつ状態に陥ったり、感情がセーブできないくらいヒステリックになりやすく、いらいらしてしまうのです。それが年々酷い症状になっていて、毎月くるのが怖くなっています。一番困るのが家族の人間関係で、パパにはとりあえず、説明は何年か前にしてあり、了解済みですが、両親にはなかなか言えず・・。言ったところで理解はしてもらえないので、しかたがないのですが・・・。周囲の人間関係にも多大なる影響を及ぼしかねず、困っています。今回の暴発事件もちょうど生理直前の出来事でした。きっとホルモンのバランスが崩れていると予測できますが、昨今の医療事情は女性ホルモンも補充できるようで、一度病院へいってみようかと思っています。更年期似た様な症状もあるし・・、気持ちはいつまでも若いつもりでも、確実に体は年を取っていきます・・。体調管理にも十分に気を配らなくては・・・。また、自分の年齢をもう考えたくない年になってきましたが、年齢に見合った自分の内容をつけていけるように、日々日々努力していけたら、と思います。成長していきたいです。向上していきたいです。なんとかしていきたいです。
2007.01.28
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とうとうやってしまいました・・・。予想はついてはいましたが・・・。私の方も仕事や家事で一杯一杯で気持ちのゆとりが無く、日ごろ鬱積していた思いとストレスとで疲れがピークに達していて、確かに言ってはいけないことを言ってしまいました・・。そして私の両親には一切そういった精神的な甘さは一切通じないことはわかってはいるのですが。それは確かに禁句であったかもしれません。特に私の両親のような人は・・・。父・・。暴発!!!怒り狂う・・・。"親子の縁を切る!”なんて言われました。なんと懐かしい言葉・・・。以前にもこれと同じようなセリフを何度も何度も言われて、縁を切られましたっけ・・。そして母にもいろいろと言われました・・・。久々にやってしまいました・・。失態です!わかっていたのに・・・。私の両親、特に母親は一切母親としての感情は持ち合わせていない人と十分にわかっていたのに・・・。やってしまいました~。やはり、距離感がなく、私のほうの気持ちが一杯一杯だと難しいです。なぜなら、私の両親は私が精一杯神経を使い、丁寧に接しないといけない人たちだから・・。父もそうだけど、母親は尚更です。だから、弟もずっと演じてきて、疲れてとうとう音信不通になってしまったのでしょう。でも経済力やその他諸々のしがらみがなければ、本当にそれはかしこいやり方だと思います。私もやりたいです・・。どうしてこんなに感情や感覚や価値観や考え方が違い、合わないのだろうか?それは誰だって一人の人間だから、人それぞれ違うとは思います。しかし、違うだけならいいのだけれど、それを親という立場を振りかざして、一方的に押しつけ押さえつけ、許容範囲や認識が狭いと、大変です。私の両親は子育てに失敗したと思います。私は親の二の舞は踏みたくないです。だから余計に子育てを神経質に考えてしまうところがあるかもしれません。私は親子の心の絆を大切にしたいです。一人の人間として接したいし、母親として包容力を持っていたいです。ああ~、現実問題は実の我が両親とどんなふうに折り合いつけて今後付き合っていくかですが。やっぱり、弟のように上手に親の前で演じるのが得策なのかしら???私、要領悪いからそううまくできる自信がないと心の中で思います。特に陰も隠れもできないこの生活では余計です。本当は女性は結婚してから嫁ぐ身だから、”結婚”が両親とうまく距離を持ってやっていけるチャンスだったのだけど・・。こういう結婚じゃあね~とここでは言わせてください・・。ああ~、こうしてまた両親の私への評価がまた急転直下で落ちていってしまいました。そう私の両親は評価(裁く)するのが好きな人たちです。悲しいのですが、それは子供の頃から当然のごとく家庭内で行われてきていました。今日は気持ちがぐちゃぐちゃで、思いついたこと書いてしまいました。許してください。
2007.01.26
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今朝、仕事に行く前に、ついついニュースを見ながら、父と討論してしまった。父は討論好きなので珍しいことでもないのだが・・。本日のお題は"政治”だった・・。昨日、ブログで書いた内容もあったので、ついつい話に熱が入ってしまった。白熱した・・。父は今の安倍総理大臣が大嫌いであり、小泉さんの方が良かったと常日頃から言っている。「何が”美しい日本”だ、言葉だけきれいにならべてるんじゃあねえ~。坊ちゃま育ちに何が分かるものか!」といつも怒りをぶつける。そしてその安倍さんに投票したのも韓国ドラマにはまったおばちゃんたちだと信じて止まない。ちょっとばかり顔がいいからって愚かな女共だと言う・・。さすが、封建社会に育った父ならではの男尊女卑の価値観が根強く、言葉の端はしに残っていることを感じさせてくれる。昔の日本が大好きな父であるし、戦前の教育を受けた人なので、どうもアメリカも好きではない。はっきりいって大嫌いらしい・・。戦前の日本をこよなく愛し、その頃に戻すべきだと言う・・。アメリカがすべて悪いという。今も日本を悪くし続けていると・・。私は私で、ついつい、革命好きの血が思わず騒いでしまった・・。父が「小泉さんはいちお、本気で改革を試みた。それは素晴らしい。今から思えばいい首相だった」といった途端・・。そう、わたしは、叫んでしまった。「改革では生ぬるいと思う。小泉さんもまだまだ甘かったよね。やっぱり革命しなくちゃ、本当の意味で日本は変わらないよ。そうだよ、革命だよ。命に差し替えてでも日本を変えるという精神を持たなくっちゃ。いいんだよ、人が何名か死んでも・・命がけでやらなきゃ。それくらいの覚悟が無くっちゃ日本は変わらないね~」ああ~、言ってしまった・・。ついつい・・。自分でもアホかと思う。ついつい血が騒いでしまった・・。洗顔を済ませ、少し冷静になり、ふと自分が恥ずかしくなった・・。赤面した・・・。こんなんだから、あそこにはまり、夢中になっちゃたんだなあ~っとしみじみ思った。恥ずかしい・・・。とても・・。とても・・。
2007.01.24
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安部政権になったせいか、もうすでに小泉政権の時からそれは始まっていたのか・・、それとも日本自体が以前からそういう流れがあったのか・・、女性の私にはよくわからないが・・。日本はやはり福祉国家ではないことは実感する。経済大国といわれながら、本当に国は豊かになっているのか。格差社会が急激に加速しているような気がする。富める者は更に富み、貧しい者は更に貧しくなる。地域格差も激しくなったと思う。我が家も大変だ。国民年金は私のものは家庭を持ったときからやっと持ち、しかし支払いができず全額免除にしてあり、夫のは日本に到着してすぐに申請すればよかったのだが、できず、やっと最近申請したが今までの分をまとめて払わなければ免除の申請もできず・・。国民健康保険は地域によってかなり額に差がある。今まで引越しを多くしてきたので、その違いは一目瞭然である。今住んでいるところも減免が一切利かず、その額は介護保険に夫と共に支払わなくてはならない為、結構な額になってしまう。この年収でこんなに払うのか・・。もうタメ息しかでない・・。ふ~。市税・・。これも全国共通になるらしい。それはそれでいいと思うが、どうして、所得が低い人が増額になってしまい、高い人が減額になってしまうような、税率なのか?これには全国で市役所に問い合わせが殺到しているらしいが・・。どんどん弱い者から税金も取ろうとしていると思われても仕方が無いと思う。そして、大企業に対しては大幅に減税をする。なぜ???もちろん、選挙の為に決まってるが・・・ね。まだまだ諸々あるがあえてここには書くまい。日本の国自体がなんだか優しくない・・気がする。殺伐としている気がする。このまま、こんなご時世で日本は突っ走ってしまうのか?私は今の日本のこのあり方は好きではない。政治が汚すぎるのか・・、何なのか・・。どうしたらいいのか私にはわからず、やっぱり世の中の流れに身を任せて、その中で精一杯やっていくしかないのだろうけど・・、なんだか、やるせないし虚しい。*書き間違えを一部修正させていただきました。 国保ではなく、国民年金でした。次の文節は国保(国民健康保険)のままでいいのですが。 おおぼけをかましてしまいました・・。すみません・・。
2007.01.23
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この間、時間つぶしに本屋に寄って立ち読みをした。そしてふと目に付いたコーナーの中に”成功するブログのやり方”というところがあり、足を止めてみた。こんなコーナーが作られるほど、きっとブログをやっている人の人口が増えているし、関心がある人が多いのかなと思いつつ・・・。そして私はそこに置いてある本の中から、表紙に大きく若い女性の写真が載っていて”ブログで成功し、幸せになる"というような本(というのも正確なタイトル自体を忘れてしまった)に目を引き、ぱらぱらと読んでみた。この方はどうやら企業家で今社長もされていて、現実社会でも成功を収めているし、ブログ自体のアクセス数もトップクラスらしい。要するにブログも人気があるという。ふむふむ・・・。で・・。私は時間が無い時はまず目次だけざ~っと読み、興味があるところだけを読む。”成功する秘訣・・ネガティブな内容は絶対にブログには書かない”ここに興味を持ったので読んでみた。というのも私は必ずしもそう思わなかったし、この方のなぜそう思うのかという意見を知りたかったからである。私が納得しえることが書かれてあるのか興味があったのである。そこには、残念ながら私が納得できることは書かれていなかった。要するにネガティブなことを書いているとそういう人しか寄ってこないということだけだった。故にこの企業家の女性は時にはそういうことを書きたくなる時もあるそうだが、そこはぐっと心の中に抑えて絶対に書かないそうである。書きたくなってもネガティブなことは絶対に書かないほうがいいし、その方がプラス思考の人がどんどん寄ってきて、どんどん自分が向上できるし、運気も上がってくるそうだ。そして良い方向に自分が導かれていくのだという・・。確かに法則的にはそうだとは思うが・・・。なぜか素直に納得はできなかった。私はブログは自分の気持ちを素直に表現してもいいと思う。またそういう場であってもいいとも思う。なぜ、自分の気持ちに嘘をつかなければならないのか・・・。もちろん、マナーとモラルはきちんと守るべきだと思うが・・。そして確かにあまりにもネガティブのことだけをだらだらと書いているのも運気は落ちるとは思うし、読んでいる人も疲れてしまうかもしれないが、わざと自分を抑えて演出するのもどうかと思う。極々自然でいたいし、ありたいと思う。素直に表現したいと思う。疲れたときは疲れたと言っていいのではないかと思う。あまりにも自分を抑えるとろくはことにはならないと思う。しかし、この方のブログは人気ランキングでトップクラスだそうで、仕事でも年収何億も稼いでいて成功をしているそうだ。私より若い人なのに確かに素晴らしいと思うのだが・・。しかし、この人にとってブログは自分を素直に表現する場ではなくて、単なる成功する為の方法手段でしかないのだと思う。またそういう目的で始めたのだとも思う。人それぞれブログを始めたのには理由があると思う。その人の目的に沿って自由にやればそれでいいと思う。そしてその本に目を通し終えてふと上の棚を見ると、やはり"幸せの法則”なる本を発見。結構ベストセラーになっていて有名だったので、タイトルは見たことがあったので、手にとって見る。ここにも書かれてあった。”ネガティブなことは一切、言わないし書かない・・。そうすると、良き出会いができるし、そういう人が寄ってくるし、運勢が上がる”とのこと・・・。そして幸せになれるそうだ・・。巷ではこういう本がやはり売れるのか・・。私の心の中にはわざとそのように振舞うとか、自分を必要以上に作っていくというということに変な抵抗感があるのだと思う。方法論やテクニックで人は幸せをつかむことができるのだろうか?重要なのは嘘偽りの無い人格を磨くことなのではないのか?でも人格を磨いても返って幸せにはなれないのか?幸せって何だ?それこそ一人ひとり違うものかもしれない・・。ぐるぐる私の頭の中で回ってしまった・・。そしてふと、方法論的幸せの価値観を思うと、受験に似たものを感じてしまった。受験する時に使う受験校の試験に対する過去の出題の"傾向と対策”である。これを思い出してしまった・・・。
2007.01.22
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今日もとても仕事が忙しく、明日は明日で(日付けはもうすでに今日だが)いろいろと早朝から詰まっている為、早めに布団に入ったが・・・、全く眠れず・・。どうにかして眠ろうと思えば思うほど、目がぎんぎんに冴えてきて・・。おまけに、本当は今晩私と入れ替わりに父が家に帰宅する予定だったが、またどうしようもなく娘が泣き、今晩はまた泊まることになり、隣で娘と父と私とで川の字で寝ているのだが、息が止まるかと思うほどの父のいびきが凄くて、眠れないことに輪をかけている・・。父のいびきももしかして脳から来るものかしら?と心配になったり・・。それは実際に今現在入居型の介護施設で働いているので医学的なものも学びそういうことが書かれていたからである。夜、変な異常ないびきをするときは要注意なのだそうである。そして娘があんなにも父に執着するのも、パパがなかなか父親として役目を果たしていない淋しさを埋めるものと、父が泊まっている時はパパも少しは遠慮して穏やかな態度になるからだと、確信に近いものを感じていたり・・・。と諸々考え・・・。とうとう、起き出してしまった。そしてこんな時間にブログなんて書いている。以前も眠れないとノートの日記を書いていたことを思い出す。ふと、私は家庭運が悪いのかなと考える。おかしいな・・。確か姓名判断をすると、16画で家庭運がいいはずなのだが・・・。さんざん昔姓名判断となるものをしたが、自分のもやってみる機会も多くあった。家庭運が大吉で親子関係も素晴らしいし、結婚したら円満な家庭を築くと・・。なんだか、あまりにもかけ離れているので、ますます滑稽に感じる。頑張れば、いつかはほっとできる場所を築くことができるのだろうか?時を待てば、いつかは・・・。半分あきらめ・・、そして、楽天的なところ、相変わらず天然なのか、なんとか半分は希望も捨ててない自分でもあきれた私がいる。また顰蹙なのだが、真夜中なので書いてしまうが・・、離婚して再婚して何もかも新しい出発をしたいと思ってしまう自分もいる。しかも私の娘を自分、または自分の子と同じように受け入れ、愛してくれることを絶対条件に・・。これまた自分でもあきれる私である。16画家庭運大吉だというのに・・・ね。笑って聞き流してください。どうぞ、よろしくお願いします。真夜中の私は変です・・。
2007.01.19
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この年にもなって大人気ないことはわかっている。自分でもあきれるし、嫌にもなる。私は両親に対する思いは結局解決はしていないのだと認識する。こういう思いを持つことに対し、私もとても苦しい・・。私は自分の親に対し、何を期待しているのだろう・・・。私は親に対し、何をどうして欲しいというのは一切期待はしてはいないつもりである。ただただ・・、私の思いが求めているは”謙虚な思い”だけである。私の両親の一貫した態度は常に変わらない・・・。自分に対しては”責任転嫁”相手に対しては"自己責任”である。それは子供に対してであれ、夫婦間であれ・・・そうである。わかりました・・・。わかりました・・・。すべて私の責任である。十分わかっている。もう私の人生において、もう十分にその代価は背負っている。いやいやまだまだ足りないとでもいうのか・・。そうだ、そうに違いない・・。母からは常に娘の私が幸せになること、それは許されないことのようにいつもプレッシャーを受けたし、今も受けている。そんなに娘の私に苦労をさせたいのか・・。何かに対する、母の強烈な恨みを感じる。それを、私に容赦無くぶつけてくる・・。それは小さい頃から・・。いつも何かにいらいらしていた・・。今もそう・・・。そして両親からはカルトに私が入ったことに対しても、未だに攻め立ててくる。ここぞとばかりに・・・。もう勘弁願いたい・・。18歳だった私が泣いている。あなた達には全く責任がなかったのか?”サークル”だと親に嘘付いたというけれど、私だって新興宗教やカルトだったなんて知らなかった。あの時親子ぐるみで騙されたんだよ。私も被害者だったんだよ。世間も何も知らない18歳の少女だったんだよ。結局人生を棒に振ったのは紛れも無い私なんだ。あなたたちじゃないよ。目覚めたってこれから、人生なんとか生きていかなければならないんだよ。一人の子の親として責任を持って生きていかなくてはならないんだよ。なんとか地をはいつくばっても子供だけはきちんと(まあ普通に)責任を持って育て上げなければなるまい。これ以上何を私に攻め立てるのか。本当に責めなければならないのはあの団体ではないのか。本当に怒りをぶつけなければならない対象なのは・・・。私の娘を常に極端に褒め上げ、褒めちぎり、そして娘からすれば親に当たる私たちを娘の目の前でけちょんけちょんに攻め立て、罵倒するのはどうか・・。私が現役時代も娘がUCに入教してしまい、気が動転していたかもしれないが、一度として真剣に向き合おうとはせず、いつも世間体からしか批判しなかった。"恥ずかしいから!””みっともないから””親戚の手前・・”"世間様に顔向けできない”とか、すべて、世間体からの反対だった・・・。故に私も到底聞き入れることはできなかった。要するにそこから私に対する愛情は一切感じ得なかったのである。私の心を動かすものはそこには無く、UCでの内容の方がずっと魅力的なものだった。私の心は到底反発し、ますますのめりこむ・・・。もう勘弁してください!私はそれでも私の親だから、許したいと思う・・・。しかし、あなた達は未だに私を許していない・・。お互いに距離が近すぎるのか・・・。きっと、遠く離れ距離をつくったなら、あまり見なくていいことなのかもしれない。例えば海外とか・・。お互いの為には距離感を作った方が本当はいいのかもしれない・・・。でもそれも結局、本当の意味の解決には繋がらないし、そういうわけにはいかなそうな状況であるのも事実である。私の弟はその点はっきりとした態度を取ってしまった・・。もともと小さい時から両親との関係には距離感があったが、今はとうとう音信不通になってしまった。今年の正月も一切連絡なしである・・・。何をやってるのか・・。でもそのほうが賢いのかもしれないと思うときもある。しかし、性格上の問題か育ってきた環境の違いか・・、私にはそれができない。責任を一切受けてしまう長女の立場の私がいる。なんとかしなくちゃ・・と思ってしまう私がいる。本当にアホな私である・・・。早く自由になりたい・・。どうも私は小さい時から家系的にいろいろと親にだけではなく親戚を含めしがらみの中に生きなければならない運命を背負っているような立場に立たされてしまう・・。両親も私が生まれたときに長女だったにもかかわらず、跡継ぎにさせたかったそうだ。弟の方が実力あるのに、どうも弟は親戚関係の縁もどういうわけか薄いのだ・・。存在感がないというか・・。諸々いろいろ責任を背負っていて・・・、とても重たいものを感じる。私が両親から感じる一種の威圧感はきっと両親を背景にして親戚や諸々なものを背負っている重さもあるのだと気が付く。とにかく、簡単には逃れられない重圧感や責任のようなもの感じ、とても重たい・・。
2007.01.16
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娘が余りにも一途なのでとても心配である。娘は本当に情熱的なまっすぐな女の子である。こうと思ったらとことんである。一度心を許し、大好きになってしまったら、完全に信頼してしまい、自分の心をすべて預けてしまう。そして思いのあらん限り情をぶつけ、表現する。情が溢れて、溢れてしょうがないという様子。時には友達にもそれはしばしば見られる。こういう娘の性格をみるときに、やはり日本人ではないと思う。明らかにラテン的な南国の熱い魂、情熱が娘の血には流れているとまざまざと感じさせられる。私は正直両親を今でも信頼していない。それはどう表現したらいいのだろうか、価値観の問題や、性格的なこと、教育方針、情のあり方、感性的なもの、人生観、生き様すべてにおいて、私がどうしても納得できうることではないし、尊敬できるものではないからである。そして徹底的に相違を感じてしまうのは、私の両親は、物質的であり、世俗的であり、深い世界を見つめるのが全く苦手であり、関心が無いということである。とにかく、周囲とうまく合わせて、特に何も考えず、生活すること・・そしてひたすら、なにも考えず(どうしても私にはそう感じてしまう)生きていくこと。根本的に、全く私とは違うのだ。私もきっと両親からしてみれば、生意気な娘に違いないと思う。変なカルトに引っかかり、結婚する資格が無いほど経済的基盤も何もないくせに家庭を持ち、子供まで無責任に産み、今現在も不安定な生活を送っている愚かな娘・・。今まで何度言われたことか・・・。”どうしようもない、どうしようもない”と。確かにその通りである。しかし、正直、どうしても両親を根底から信頼できない自分がいる。この思いは偽わざる私の思いである。どうしようもない・・・。これは幼い時からである。しかも、愛情においては最も不安がある。私の両親の中に犠牲愛を感じないのである。結局自分が一番かわいいのではないかという自己中心性が見えてしまうのである。親子関係においても・・。もちろん夫婦間なら尚更だ。子供に対しても、今現在は孫に対してもだが、いつも私の両親の愛情は条件付である。もし、私の両親の気に入るようなタイプの娘でなかったら、こんなにも受け入れはしなかったであろうと思う。それははっきり私の両親の口から常に出た多くの言葉で十分に判断できるものである。例えば、もし私の娘の肌が日本人のような白さではなく、パパのような色の肌で生まれてきたら、きっと未だに実家には出入りできなかったという具合に・・・。だから私も子供の頃から、絶対に愛されてないと思ったし、どういうわけか、いつか裏切られて捨てられてしまうに違いないという不安な思いが常に心の中に充満していた。故に・・、これもあまり書きたくないことなのだが、愛娘がいつかは私の両親に裏切られて、心がボロボロに傷ついてしまうのではないかという不安がいつも私の心にあるのである。こう考えるにはとても悲しいのだけれど・・・。率直な私の思いである。しかし、そう、結局は私達夫婦が親として娘に何をすべきかが問題なのである。何があっても最終的には娘を命に懸けても守り、導いていく覚悟と決意はできているつもりだし、そうしていきたい。娘には私のような片思いは絶対にさせまいと堅く誓う。
2007.01.14
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以前からあまり一緒にいなくても私の娘は私の父が大好きでした。現在、私が働き始めてその間、父が泊りがけで面倒見ているせいか、益々好きになっているようです。一時も離れていたくないようで・・・。週末はパパがいる為、本日は父は予定としては帰宅する日なので、車で一旦実家へ送りに行ったのですが、娘が激しく泣いてどうしようもなかったので、ついに大人の間で話し合いの結果、こちらにまた戻ることになり、実家からまたお持ち帰りとなりました。道中で泣き疲れて眠り込んでしまった娘を脇に見ながら、しみじみ父と語り合ってしまいました。どうして、こんなに父のことが好きなのだろうかということと、誰がこんなこと予想していたのかということ・・。ましてや私達カップルに”どうして子供なんか作ったんだ””どうしようもない、どうしようもない”と激怒していたのは紛れも無い父だったから・・。私としても全く予期せぬことでありました。私の命に懸けても惜しくない程のかけがえの無い娘、私の一番守るべき存在である娘、その娘が私の父をこんなにも好いていること。そしてその情熱は、凄いものなのです。好きで好きでたまらない様子・・。見ててこちらが恥ずかしくなるくらい、抱きつき、べたべた、すりすりしているのです。そしてキス攻撃・・。また言葉での愛情表現。”絶対にもう離さないでって言って””大好き大好き”などはもう日常茶飯事・・・。以前も父の耳をなめて、ついにはかじってしまったことがあります。愛娘の恐ろしいほどの情・・。私には不思議で理解できないくらい・・。正直こんなにも人に対して情熱的に慕ったことがかつてあったのだろうか?いや、決して私にはそんな経験はないと自負してしまいました・・・。私はもっともっとクールでした・・・。心の根底に人に対して不信感があったのかもしれない・・・。娘のその熱き思いに私はただただ驚いています。どうか将来、悪い男に騙されてほだされて、身も心もぼろぼろにされることがありませんようにと祈る思いもあり、こんな娘の一途な思いに心配さえ感じるほどです。自分の娘ながら、何か自分には全く無い未知の世界を感じ、驚いています。父も私の娘から、情の奥底に眠る気持ちをゆすぶられているような気がして、本当の愛を実感で学ばされていると言っていました。なるほど・・・。私も将来おばあちゃんになった時に、こんないい関係を孫と築きたいとつくづく感じました。そんな中、私の母はマイペースに自由を謳歌しつつ、一人情的に取り残されて、少し淋しそうです。私の愛娘にとことん愛されている父は何年か前から症状はあったらしいのですが、具体的に診断され昨年判明した病気、アルツハイマー病と闘っています。父にとっても私の娘といるということは少しでも進行を遅らせるのに十分役に立っていると私の家族は認識しつつ、今こんな生活をしているという訳です。
2007.01.13
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かつて統一教会にて万物復帰をさんざん経験してきました。しかし、私にとって、その思い出は決して嫌なものではありません。ただただ、その目的が間違ってはいましたが・・。私は本当に万物復帰において、多くの人に愛されました。そして、あえて付け加えるのなら、神様にも愛された実感があります。ここでいう神様は統一協会が言う神ではなくて、何か、見えざるものというべきか・・、どう言葉にして良いのか上手に表現が出来ませんが、何者かに確かに愛された実感が強烈に私にはあります。感謝です。神様というべきか、的確な表現は出来かねますが、いつ、いかなる時、どんなところにも、それは働くと確信しています。それは統一協会でいう原理の中ではなく、この世の原理原則に法るならば、誰にでも働きうるものでもあると思います。宇宙の原則、法則というべきか・・。ただそれだけのことだったとは思うのですが、いろいろな神体験も経験しましたし、実績もそれなりに出してきました。しかし、そういうことよりももっと私の情に今でも温かく、残っているものがあります。きっとこれは死ぬまで忘れないと思います。もし霊界というものがあるならば、それは明らかに霊界にも持っていけるものでしょう。それは、私と出会い、私に愛を下さった多くの人たちです。本当に思いやりと優しさを多くいただきました。時には一人の女の子(女性)として、時には娘のような、孫のような・・、身内のような。いろいろな立場において、私に対し接してくださいました。本当に感謝でなりません。故に私がいただいた多くの思いやりと思いを何らかの形でお返ししたいと思いました。それは介護に携わりたいと感じた動機のひとつになります。今の仕事は確かに重労働であるし、正直汚い仕事もたくさんあります。人間の性と生の極限を直視しなければならない仕事でもあります。とにかく、思いを尽くし精神を尽くす仕事です。そしてそれは私のつぐないでもあります。それはほんのささやかなものだけど・・・。本当に多くの愛情と思いやりをいただいてしまったのです。私の心が負債を感じる程に・・・。今、仕事をやっていて、私が出逢った多くの人たち、特におじいちゃん、おばあちゃん達とどうしてもダブってしまいます。重なってしまうのです。本当にありがとうございます。そして申し訳なかったです・・という私の思い。現在、介護させていただいているご利用者様に対し、情がいっていってしかたがないです。思いが溢れてしまいます・・・。確かにいろいろな方がいますが、それもなんだかとても愛おしい・・。本当にありがとうございます。そしてごめんなさい・・。かつて愚かな私を受け入れてくれてありがとうございました・・という思い。ご利用者様に接していると、懐かしい、かつて万物復帰で出会い、温かさをいただいたぬくもりを思い出します。くすぐったいほどに・・・。変な私です・・・。今日も介護しながら、涙が出そうになってしまいました・・・。
2007.01.12
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なんとPCを開き、自分のブログを見てみたら、たくさんのコメントが書かれてあったのですが、その一部に長文で、私の実名入りの宛名のものがありました。本当に驚き、どこからどう洩れ、判ってしまったのだろうかととても嫌な気持ちになりました。またその内容も私のことがさんざん書かれていて、”ああ~、これで多くの人に判られてしまう・・”という思いと、もうこうなったらしょうがないという思いを感じていました。しかし不快感は残り、う~んとPCを見つめながら唸っている所で、目が覚めました。そうなんです。これは今朝方見た夢でした。とてもリアルで驚きました。思わず、リアルで自分のブログを確認してしまいました。大丈夫でした・・・。夢だったけれど、嫌な変な印象だけが未だにはっきりと残っています。変な気持ち・・・。今日はそんなことから始まる一日です・・。今日も仕事、何はともあれ、元気に頑張りたいと思います。
2007.01.12
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おとといから娘が発熱し、ようやく今日熱が平熱に下がった。久々に、二晩続けて39度台をマークし、今週から習い事や幼稚園の新学期が始める予定だったのだが、残念ながら、習い事の方は回復が間に合わず、新年早々休んでしまった。しかし、どうやら、幼稚園の始業式には行けそうであり、少しほっとしている。思えば、今まで私がいつも仕事を始める時期が冬場のせいか、それとも娘にかなり精神的な負担がかかるのか、私が仕事を本格的に始めると必ず娘が体調を壊してしまうのだった。今回もまただと思った・・。しかし、ここでくじけてはいけない。踏ん張らなければならない。きっと多くの働くママ達がこういう状況を乗り越えて来たに違いない・・と思った。特に小さい子を抱えながら働いている人はそうであろう・・。やはり日本では、まだまだ母親が働くことは子供をどうしてもなんらかの形で犠牲にしなければならないし、働く環境が整っていないと言うことをしみじみ感じる。娘のことが心配だし、もっともっといろいろやってあげたいことが多くあるが、ぐっとこらえなければなるまい。子供を持つことの責任の重さを感じる。ただただ、娘に申し訳ないと思ってしまう自分がいる。もっともっといい環境を与えてあげたいけれど、自分には出来ない・・。しかし、私が願っていることはそんな高い基準の内容ではないのだ。極々普通の、一般の家庭を作りたいと願う。まあ、それがとても難しいのかもしれないけれど・・・。やっぱり、女性は結婚がとても大事だと思う。くどいようだけど、本当にそう思う。私はとても簡単に考えていたのだろう。なんとかなると自分を過信していたのだろう。現実的なものは何も見えなかったのかもしれない。これは人生の教訓である。とにかく、今の自分には現実をしっかりと見据えて、親として精一杯責任を果たしていかねばなるまい。娘がとりあえず、回復して良かった。もし、このまま熱が下がらなかったら、病院に連れて行こうと思っていたところだった。大事に至らなくて良かった。
2007.01.09
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何日か前の出来事である。娘と実家から車で帰宅途中の出来事、もう少しで到着というとき、娘が叫んだ。"ママ・・、そろってるよ~。凄い!”ふと何気に見ると・・。なんと、車の中の時間を表す場所に11:11・・。そして走行のメーターを見ていると・・。11111だった。こんなことって、もうありえないかも???皆さんも超レアなぞろ目って経験したことありますか?
2007.01.07
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今更ながら本日、去年10枚買っておいた年末ジャンボの番号を確認した。遅すぎです・・・。やっぱり・・とはあまり言いたくないけれど、末数字のみが一枚当たっただけだった。残念・・。またもや、当選者に寄付してしまったではないか?まあ仕方が無いです。そう簡単にはお金は得ることはできまい。私はとにかくコツコツ働くのみです。いつかは何かが開けていくことを願って・・。
2007.01.06
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もうこんな夜中になってしまった・・。こんな遅くにPCを開けているなんて久々である。今日も仕事でいろいろなことがあった。大変だけど楽しさも感じる。ただ・・、給料が安すぎ・・。安すぎ・・・。今まであまり安い賃金で働いた経験がなくて、意外とおいしい仕事ばかりやってきたので、(もちろん、ガ0トやあのラーメン屋以外に・・、しかしそれだって夜間だった為もちろん時給千円以上はもらっていた。)今の仕事は、やっている内容の割には本当に安すぎ・・・。待遇悪すぎ・・。そこが本当にネックである。介護の世界で賃金安いのは今の日本の法律では仕方ないこととは思うのだが。しかし、大切な娘との時間を割いて仕事をしてると思うと、もっと時給が欲しくなる自分がいる。大事な娘に使うべき時間を割いてやるほどの価値のお給料を稼げるのかと、考えてしまう自分がいる。欲張りすぎなのか?とにかく、母は稼がなければならない。与えられた24時間を有効に使いたい!何はともあれ、この介護の仕事はやりがいを感じている。が・・、もう少し給料が良ければ・・とついついそんな思いが頭をもたげる・・。しかし、今のところ、黙々とやるしかない・・。現実は現実である。
2007.01.05
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自分を分析してみて・・、いつも思う。私は革命が好きなのだと。そういえばまだ統一教会に出会う前のとても短かった普通の花の大学生だった頃、大の親友に時々こう言われた。”00ちゃん、なんか学生運動か何かやりそうな熱い情熱や思いや行動力を感じるよ”その通りにはならなかったが、似たような世界にその直後入り込んで夢中になってしまい、その大親友を泣かせてしまった。私の心の中にいつも”このままではいけない”という思いが湧いてきてしまう。結局UCに入って燃えたのも”世直し”だったからである。そしてその思いのごとく、その中にいてもなぜか私の責任分担は開拓ばかりだった。たった一人で切り開いていかなければならないことも多くあったし、私もそういう立場はやる気まんまんだった。実績でも切り開いていかなければならないことが多くあった。一転突破全面展開である。まあとても充実はしていたが・・。恥ずかしいことに。歴史もフランス革命や日本史ならばあの新撰組の時代、世直しの為に無名の若者が立ち上がるそんな姿に妙に引かれ、心が熱く燃えた。夜な夜な若者達が世について語り合い、このままではいけないと立ち上がる・・。そんな情熱に何か妙に惹かれるものがあり、私の血が騒いだ。きっと先祖にそんな思いを抱いて生きた人がいたのだと思う。変な私だ・・。女性であるのに、アホかと思うときがある。そして今現在の職場、1ヶ月も経ってないというのに、また改革し始めている自分がいる。また、私の心は騒いでしまったし、今現在もその気持ちの進行形である。”このままではいけない。もっとこうよくしなくっちゃ・・”って。どうしてこう思ってしまうのだろう。自分でも時々嫌になる時がある。だって世の中って思った以上に汚い世界だし、人間自体だって結局、どろどろしているし、またそれが人間らしい部分でもあり、当然でもある・・・。もうこういう歳(40過ぎ)になっているので、なんとなくそんな汚い部分、きれいごとでは済まされない部分があるとは十分に承知だし、受け止められるようになってはきたが・・。どうも・・、私の根本的な部分で・・、”やっぱりこのままではいけない。今の現状より、少しでも理想に近づけたい。そのためには私はどうすればいいのか?”なんて思ってしまうのである。愚かである・・。いつまでたっても、私は青臭い・・と思う。中年おばちゃんになりつつ、心のどこかで何かを求めてしまう自分がいる。アホである。まだまだ控えめにしているつもりなのだが、職場で私の存在が確実に変化をもたらしてしまっていることを目の辺りにしている今日此の頃である。こういう世の中だから、どっちにころんでもおかしくないので、私の存在が煙たいと思う人もいるだろう・・と思う。でも私は私・・。いつでも覚悟はできている。私は私として、真っ正直に生きていきたい!
2007.01.04
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今年は仕事の話が多くなりそうです。とにかく介護の世界は奥が深く、問題も多く・・、そして私の今の職場も話のネタが満載です。このブログもひょっとしたら、モコモコ羊毛日記ではなくて、モコモコ介護日記に変更しようかと思うくらい、日々日々書きたいことがたくさんあるのです。忙しすぎて8時間があっという間に過ぎていきます・・・。毎日ストレッチをやっていて、週1でバレエレッスンをやっていながら、毎日が筋肉痛・・。今も体の節々が痛いです!我が職場、思わず漫画に描きたくなるくらい、人間が面白いです。それは・・、そこで働いている人たち・・のこと。ここだけの話・・、これ内緒です!!!これから少しずつ、書いていきたいと思います。
2007.01.03
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昨年はブログを9月からスタートし、この場において皆様と出会い、交流が始まったことを心から感謝しています・・。とにかく、とにかく・・、マイペースにやっていこうと始めましたので、本当にそのごとくになっているのですが、優しい皆様のお気持ちとご理解を感じ、本当に嬉しく思っています。昨年の11月半ばから突如仕事を始め、なかなかブログにも専念できそうにもありませんが、今年もどうか気長に私のブログにお付き合い下さい。またぐだぐだ書いていきたいと思っています。本当にここに来てくださる貴重な皆さん、ありがとうございます。改めて、明けましておめでとうございます・・。今年もよろしくお願いいたします・・。^^
2007.01.02
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