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私達人間の多くは、自分ではなるべく殺生せず生きているが、どこかで誰かが食用の為に多くを殺し、私達はそれをいただいている。だから人間だとて死んでしまったら、鳥の、動物の食用になるっていうのもいいじゃーないか。私は鳥葬をお願いしているんだと言っていた人がいたことを思い出しながら、私も鳥葬がいいや、などと思った。義兄が死んだ。若い頃から原因不明の病気で、名医と言われた人の所にはどこへでも出かけていた人だったが、傍目には健康だった。ただここ何年間かは人工透析に通っていて、ようやく医者のわかる病気になったわけで、最近は家で皆の帰りを待ち、姉が帰る頃には迎えに出る、そういう生活になっていた。義兄はいつものようにテレビを見ながら眠るように死んだらしくて、本当にテレビを見ながら笑っているような死に顔だった。誰でも死を前にはなぜか最期にふさわしい何らかの行動をしているもので、警察が来てわかったことらしいが、その日にかぎって義兄は風呂に入って自分の下着を洗濯し、真新しい下着を見につけて、ひげも綺麗に剃っていたらしい。寝顔は本当に綺麗だった。ただ、やっぱりというか、当然というか、棺の中でみるみる若返って行った母のようではないな~と、散髪屋が髪をすかずにはいなかったという相変わらずの山嵐のような髪にさわりながら、お兄さんと言ってみた。しかし早朝に電話があって仮通夜、本通夜、葬式と三日もい続けると、流石に疲れてしまった。葬儀なんて事務的なことも沢山あって、家族はろくろく悲しんでもいられないのが現実だが、姉たちは今日当たり、どっと悲しくなって、どっと疲れて、もしかしたら寝込んでしまうかもしれないと思う。人はいつかは死ぬものだし、人生それなりに生きてきたなら、別段悲しむようなことではないと思うが、先輩にあtるのだろうか、葬儀長が義兄の経歴を長々と読み上げているのを聞いていて、あ、本当だ、あの人はこんなことも、あんなことも、実に色んなことをしていた人だったな~と、体調がよくないぶん、頭で考えて、大学勤務の頃には特許もとったんだっけと、自分の母親以上に私達の母に尽くしてくれ、自分の兄妹以上に私達の妹や弟の世話をしてくれた若き日の明るい笑顔を思い出すと、流石にかなしかった。命のあっけなさを思った。義兄はそういう人だったから、弔問客の多さを思えば、この大層な葬儀はしようがなかったかもしれない。骨も拾ったし、そう思って帰途についたのだが・・・・今週は晴天続きだったのに、三日も四日も家を留守にしていたから、今日は掃除と大量の洗濯だ。いっぱいの猫がいるから室内がひっくり返っている。
2014.04.25
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陽が照って鳥が啼き あちこちの・・・鳥は啼けども、ここにはならの木がないな~と思いつつ、鳥を捕まえるのが得意なうちの黒茶々を探していたら・・・いました。一番強くて、一番怠け者で、私の布団から離れないのに、今日は気持ちがいいのか、木の下に寝そべっていました。気に入ったのでしょう。何をしても離れません。気に入るところは猫によって違うようで、もうもう暴れまわって頭痛の種のチビ子はレンガの上がいいようです。いい季節になりました。風に花びらが舞います。
2014.04.10
朝起きたら、日当たりのいい方だけ、チューリップが咲いていた。愛ちゃんの誕生日も過ぎて・・・昨日までは静かだった信号の角に、やたら腕章をつけたおじさんおばさんがいると思ったら、今日から勉学事始だったのだ。子供達も大人になってしまうと学校のことは忘れる。ついでに仕事をやめると曜日も忘れる。けれどこの間から『花子とアン』を見ていて、貧しくて、子供達が学校へも通えず、背中に自分と同じくらいの妹や弟を背負って、家のために、生きるために働いていた時代がちょっと愛おしくて、ランドセルを背負った子供達の顔をのぞきこんでみた。学校はいいな~と思う。ところで私は村岡花子という人は、翻訳なんかしてるくらいだから、良家の子女かと思っていた。知ってみるもんだ。春はどこの家の花壇も華やかになる。桜はこちらでは満開でも、あちらでは少しの風にも舞う。私は猫と遊ぶ。
2014.04.08

川べりは格好の花見場所。誰も来ないところがいい。昼ひなか、のんびり。でも天気はだんだん怪しくなってきた。今夜は雨なんだろうか?
2014.04.03
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