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2005.10.30
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 今日の産経新聞の「主張」の一つは、「読書週間 本好き育てる漢字復活を」というもの。

 部分的には大いに賛同できるところもある。
 例えば、

(ここから)
読書の喜びをありありと体験するには、書物に書かれている内容をある程度理解する基礎学力が不可欠である。
(ここまで)

など、まさにその通り。
 しかし、全体の論調はめちゃくちゃ。
 こんな文章がある。


仮名が多ければ多いほど読みにくく理解しにくいのに、低学年の児童ほどそういう文章をあてがわれるのでは、なかなか読書好きになれないのも無理のない話である。
(ここまで)

 わたしが小学1年生の時に使った教科書は「みえるみえる」だったか「さいたさいた」だったか、そんなひらがなだけの内容で始まっていた。
 わたしは読書好きだと自分では思っている。
 低学年の時はかなの多い教科書を使い、学年があがるに従って漢字が増えてきた。
 低学年の子にかなの多い文章を読ませることと、読書好きになるかどうかということの間に因果関係があるというのなら、それを客観的に証明しなくてはならないはずなのに、それをしていない。
 単なる思いこみだけで主張してしまっている。

 「一字を覚えるのは一つの言葉を身につけることと同じなのだ。」というのも不思議だ。
 中国語のように、漢字しかない世界ではそうなのかもしれない。抽象的な概念を、文字を通して知る、ということもあるだろう。
 しかし、日本語には「かな」という、誇るべき文字がある。なにもわざわざ漢字を使わなくてもすむ場合が多い。
 「おいしい」という語を例にとろう。

 その子もかなを覚えれば「おいしい」という文字列で意味を知ることができるようになる。ここでは漢字は必要ない。
 そもそも、言葉というのは音《おん》が先にあって、文字が後からできたはず。この「主張」は、文字が先にあって言葉があとからできたかのように述べている。
 また、

本来漢字で書くべき語は、ルビを活用するなどして最初から漢字で教えるくらいの改革が必要ではないか。

というのも不思議な文章だ。

 わたしは、音読みの語は漢字表記が望ましいと思っている。
 しかし、この「主張」にはその程度の基準も提示されていない。

 また、気になるのが、この文章を書いた人が「仮名」と表記していることである。
 日本生まれの大切な伝統文化である「かな」をわざわざ中国伝来の漢字で表記するという神経が理解できない。

 この主張を書いた人は、よほど中国に対して劣等感を抱いているのだろう。
 中国の伝来の漢字は、日本固有のかなよりも優れているに違いないと信じて疑わないらしい。
 遣隋使や遣唐使を送っていた頃の日本人の精神を今日に伝える文章ではあるのかもしれない。

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Last updated  2005.10.31 00:13:10
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