2026.09.13
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カテゴリ: AI小説




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タイトル『犬が先に帰る祭』

民俗学者の久世透が、奥羽山脈の麓にある乃木沢村を訪れたのは、九月半ばのことだった。
きっかけは、明治四十一年に書かれた一冊の郷土誌である。
乃木沢では十五年に一度、神隠しを迎えに行く。
ただし帰り道では、犬より先に鳥居をくぐってはならない。
祭の名は「乃木祭」。
奇妙なことに、その由来を書いた史料は一つもなかった。誰を祀る祭なのか、何を迎えに行くのかさえ記されていない。ただ各時代の新聞には、祭の翌朝、村に見知らぬ男が一人増えたという記事が残っていた。
明治には軍服姿の老人。
昭和には学生服の少年。

いずれも自分の名を覚えておらず、十数年ほど村で暮らしたのち、霧の深い晩に忽然と姿を消したという。

久世が村へ着くと、ちょうど十五年ぶりの乃木祭が始まろうとしていた。
杉林の参道には松明が並び、村人たちは全員、口元をい布で覆っていた。神職の代わりに行列を率いるのは、勲章だらけの古い軍服を着た老人だった。
老人は乃木重定と名乗った。
「その軍服、本物ですか」

「本物かどうかなど、着ている本人にもわからん」

老人の傍らには、キャバリアらしい小型犬が座っていた。名はコマ。首輪には銀色の小さな鏡が下げられている。
そして老人の後ろには、明らかに村の風景になじまない巨漢が立っていた。
肩当てのついた黒革の服。包帯を巻いた腕。傷だらけの胸。大木のような両脚。久世より頭二つは背が高く、村人の誰も彼と目を合わせようとしない。
「彼は?」
「昨夜、奥宮の前に倒れていた」
老人は淡々と言った。
「名前は覚えておらん。自分がどこから来たのかもな」
巨漢は低い声でつぶやいた。
「俺が覚えているのは……荒れ果てた大地と、空から降る白い灰だけだ」

村人たちはそれを聞くと、いっせいに顔を伏せた。
乃木沢には、昔から「山の向こうには、まだ来ていない国がある」という伝承があった。
普通、異界は過去や死者の国と結びつく。しかし乃木沢の山中にある「送り穴」は、未来へ通じているとされた。深い霧の夜、そこへ迷い込んだ人間は、まだ生まれていない時代へ神隠しに遭う。
そして乃木祭の夜だけ、帰ってくる。
ただし戻る時代を間違えるのだ。
明治に未来の軍人が現れ、昭和にまだ発明されていない薬を持つ少年が現れ、平成には存在しない企業の社員証を持つ女が現れた。
彼らは未来から来たのではない。
未来へ神隠しに遭い、帰り道を間違えた人間だった。
「今夜、あの男を送り返す」
老人はそう言った。
「どの時代へ?」
「それを犬が決める」

夜半、村人たちは巨漢を囲み、山奥の奥宮へ向かった。
誰も太鼓を叩かず、笛も吹かない。足音さえ立てぬよう、全員が草鞋を履いている。音楽の代わりに響くのは、先頭を歩くコマの首輪の鈴だけだった。
やがて一行は、二本の杉が絡み合ってできた巨大な穴の前に着いた。
穴の中には何もない。
ただ、まだ起きていない風景が次々と映った。
燃える都市。
海中に沈んだ国道。
空を埋め尽くす無人機。
誰も住んでいない東京。
そして最後に、雪の降る小さな家の食卓が現れた。
巨漢は初めて顔色を変えた。
「知っている。あれは……俺の家だ」
穴へ近づこうとしたその時、コマが激しく吠えた。
村人たちが一斉に巨漢へ飛びかかる。
巨漢は数人を振り払い、老人を睨みつけた。
「俺を帰す祭じゃないのか」
「違う」
老人は軍刀を抜いた。
「お前に、あの未来を選ばせない祭だ」
乃木沢の送り穴は、帰る場所を映しているのではなかった。
穴を覗いた者が最も望む未来を一つ選び、それ以外の未来をすべて消してしまう。
昔、一人の猟師が病気の娘の助かる未来を願った。その結果、娘は助かったが、彼女の死をきっかけに開発されるはずだった薬が生まれず、遠い土地で何万人もの命が失われた。
以来、村では十五年に一度、穴が開くたびに、未来を選ぼうとする者を止めてきた。
歴代の「見知らぬ男たち」は、異界から来た客ではない。
送り穴を守るため、前の時代から次の祭へ引き渡されてきた番人だったのだ。

「では、あなたも……」
久世が老人を見る。
老人は胸の勲章に触れた。
「私は明治四十一年の祭でここへ来た。正確には、二百年ほど先の戦争からな」

「二百年?」

どう見ても老人は八十代だった。

「この村にいる間、人は年を取らん。次の番人が来るまで、少しずつ古く見えるようになるだけだ」
巨漢は穴の中の家を見つめていた。
食卓には妻らしい女と、幼い少女が座っている。
少女が口を動かした。
声は聞こえなかったが、「お父さん」と言ったのがわかった。
巨漢は拳を震わせた。
「この未来を選べば、何が消える」
「誰にもわからん」
「ならば選ばせろ。世界より、俺はあの子を――」
その瞬間、コマが巨漢の脚に噛みついた。
巨漢が反射的に振り向く。
首輪の鏡に、別の風景が映っていた。
荒野に立つ無数の墓標。
その中央に、あの少女の墓がある。
家族と暮らす未来を選んでも、少女はその三日後に死ぬらしい。
「穴は望みを見せるが、犬の鏡はその続きを見せる」
老人が言った。
「だから帰り道では、犬より先に鳥居をくぐってはならない。人間は自分に都合のよいところで、未来を見るのをやめるからだ」
巨漢は長い間黙っていた。
やがて穴から目をそらし、コマの頭を大きな手で撫でた。
「……続きを見なければ、幸せだったのにな」
その言葉を最後に、送り穴は閉じた。
祭が終わり、村人たちは参道を下り始めた。
先頭は犬、その後ろに巨漢、軍服の老人、そして久世が続く。
鳥居の前で老人が立ち止まった。
「私はここまでだ。新しい番人が来たからな」
軍服が空っぽの布となって地面へ落ち、勲章が石段の上を転がった。
巨漢が新しい番人になったのだ。

翌朝、久世は村の古文書を調べ直した。
そこで不思議なことに気づいた。
明治四十一年の集合写真には、昨夜消えた老人が写っていた。だがその足元には、当時まだ日本にほとんどいなかったはずのキャバリアも写っている。
昭和、平成の祭の写真にも、同じ犬がいた。
模様も、首輪も、老い方さえまったく変わらない。
久世が顔を上げると、コマは縁側で丸くなっていた。
「お前は、いつからこの村にいるんだ」
犬は片目を開け、あくびをした。
首輪の鏡に、一瞬だけ未来が映った。
そこには十五年後、軍服を着た久世がいた。
その隣で、コマが別の民俗学者を待っていた。
久世はようやく、この祭の本当の意味を理解した。
犬が人間を守っていたのではない。
送り穴が開くたび、犬は自分に都合のよい番人を選んでいたのだ。
そして久世を見上げたコマは、未来を知る獣とは思えないほど愛想よく、尻尾を振った。

おわり







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最終更新日  2026.09.13 19:00:04
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