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27日の朝日の社説に、なんと一日100種の生物が絶滅しているという記事があった。速度は過去の1000倍という。その原因は人間の仕業というもの。いずれその罪が降りかかって、人類の生存に危機が来るのでは。一茶の、「すずめの子、そこのけそこのけ、お馬が通る」とか、「やれ打つな、ハエが手をする足をする」といった、どんな生命にも命を共感する感性を失いたくないものだ。この感性こそ、戦争や差別を解放する鍵ではないか。
2009.07.27
7月8日、朝日新聞の記事に、アーミッシュのことがあった。アメリカ、カナダの、キリスト教の一派で自動車、電気を拒み、非暴力を貫く。2006年秋、アーミッシュの学校にアーミッシュでない男が襲い、女児5人を射殺し、5人の子に重傷を負わせ、犯人は自殺した事件があった。ところがその事件の夜から、何人かのアーミッシュが犯人の家族を訪ね、犯人を許すと伝え、犯人の葬儀には大勢のアーミッシュが参列した。アーミッシュの被害者の家族の何人かは、殺された娘の葬儀に犯人の家族を招き、数週間後には、加害者、被害者双方の家族が一堂に会して悲しみを分かち合ったという。犯人を、どう許すか?彼は、生まれながら、根っからの悪人では決してない。彼は、彼の生い立ちの中で、不遇にも、人間性が蝕まれたか、精神に混乱をきたしたか、罪を犯した。彼は、この冷たい社会の、悲しむべき被害者なのだ、との犯人への慈しみが、憎しみの中にさえも生まれているのであろう。こういう崇高な精神があることを忘れまいと思う。
2009.07.09
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