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一子ちゃんと出会ったのは、学生時代に バイトに行った小さなスーパーマーケットだった。 このスーパーの社長は、仕事の鬼のような人で 朝から晩まで10人しかいない店員たちを 怒鳴りとばしていた。 「あの人は人間性に欠けている」 辞めていく店員は、口をそろえて、そう言っていた。 そんな社長が、ただ一人気に入っていた店員が 短大生アルバイト一子ちゃんだった。 一子ちゃんは、新入りの私にコッソリと話してくれた 「社長は、あんな人ですけれど、ほんとうは 優しい人だと思うんです」 すぐに人の言葉を信じてしまう私は 「僕も、そう思う」 とニッコリ頷いた。 いつも笑顔の一子ちゃんは、私の先生だった。 電話受けから、接客、レジ、商品のこと・・・ 何から何まで、教えてくれた。 こんなことがあった。 急な通り雨がザーッと降ってきた。 一子ちゃんは私に 「いきましょう」 と私の肩を叩いた。 何のことか分からない私だったが 「うん」と答えて、駆け出す一子ちゃんの後を 追いかけた。一子ちゃんは他の店員たちに 「お願いします」 と声をかけて、店内にあった雨傘を持てるだけ 抱えて店外に飛び出した。良く分からなかった私だが、 同じように雨傘を抱えて一子ちゃんを追いかけた。 行き先は、駅前だった。 駅から出てくる人に一子ちゃんは笑顔で 「雨傘いりませんか?」 と声をかけていた。 私も、同じように声をかけた 「雨傘いりませんか?」 一子ちゃんと私の持っていた傘は30本ほどだった。 売り切れるのに5分とかからなかった。 「一本500円の傘ですから、15000円売り上げ ですね・・・商売はおもしろいです」 と、一子ちゃんは楽しそうに言った。 二人で店に帰る頃には、もう雨はあがっていた。 その日から雨が降るのが楽しみになった。 雨が降ると、お互いに何も言わなくても、全然違う場所で 商品を並べていても、私と一子ちゃんは雨傘を 抱えて駅前に並んで走った。 いつの間にか、私も怖い社長のお気に入りになっていた。 2ヶ月後、以前からどうしてもやってみたかった マスコミ関係のバイトが決まっていたので、 まことに残念だったが 私は、そのバイトを辞めることにした。 最後の日、バイト料をもらって帰るとき、 私は、一子ちゃんと一緒に走った道を歩いて駅に向かった。 駅が見えてきたとき、雨がザーッと降ってきた。 通り雨だった。 タッタッタタ・・・ 足音が聞こえた。 振り返ると、 一子ちゃんが一人で走ってきた。 両手に抱えきれないくらいの笑顔を抱えて・・・
2004.03.31
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3歳になっても、一言も話せない長男の 健ちゃんにお父さんもお母さんも苛立っていました。 健ちゃんは、とうとう病院で 精密検査を受けることになりました。 医師が言った精密検査の結果を聞いて お父さんもお母さんも我が耳を疑いました。 「言語中枢が損傷しています。 この子は一生言葉を持たないでしょう」 「何とかならないんですか」 と言うお父さんの問いに 「運命だと思って諦めてください」 と医師は冷たく答えました。 未熟児で生まれてきたのが悪かったのでしょうか 何度も何度も高熱を出して 病院に担ぎ込まれたのが原因なのでしょうか。 お父さんもお母さんも 病院の帰り道、出会う子供たちの 無邪気な声を憎みました。 さぞかし、悔しかったのでしょう。 それでも、何も知らない健ちゃんは ニコニコ微笑むのでした。 それから、お父さんとお母さんは、 大喧嘩しました。離婚問題にもなりました。 「もっと早く、大学病院に連れて行けば良かったなあ」 「あなたが、町医者でいいって言ったでしょ」 「おまえだって、それでいいって言ったじゃないか」 「いまさら、ケンは治らないわ」 ・・・・・・・・・・・・・・ それから、二人は何日も言葉を交わさない日々が続きました。 悶々とした日々が過ぎて行きました。 お母さんが口を開いたのは、 お父さんが残業で遅くなった日でした 「あなた、運命って変えられるのよね」 疲れた顔のお父さんは、「ウン」と 一生懸命笑顔を作って頷きました。 二人に新しい何か方法が発見されたわけ ではありません。 ただ、信じたかっただけでした。 何としても、信じたかったのです。 ある日曜日、お父さんは健ちゃんがカルタを 並べているのに気付きました。 幼児用の五十音カルタでした。 「健ちゃん、これは、り・ん・ご・・・ これは、う・さ・ぎ」 お父さんは、一生懸命に一枚一枚手にとって カルタに願いを込めて我が子に伝えました。 しかし、健ちゃんは何も答えません 「どうして、健ちゃんが・・・ 頼むから、お父さんと呼んでくれ 一回でいいから、お父さんって言ってくれよ」 じーっと、父親の口元を見るあどけない仕草に お父さんは、涙が止まりませんでした。 「くそったれ・・医者が何と言ったって・・・ 絶対に話できるからな・・・ケン・・・ ううんと・・・これは、みかん・・・み・か・ん・・・」 それから、健ちゃんは、来る日も来る日も カルタを並べていました。 お父さんもお母さんも、暇さえあれば 一枚一枚カルタを手に取り読んであげました。 でも、健ちゃんは一向に口を開く気配はありませんでした。 ただただ無情にも月日は過ぎてゆくばかりです。 健ちゃん4才になったある日、 お母さんが部屋で遊んでいるはずの健ちゃんの様子を見ると、 健ちゃんはお母さんの編み物用の毛糸をあっちこっちに 結びつけているではありませんか。 部屋の中は、毛糸が張り巡らされて蜘蛛の巣のようになっています。 驚いたお母さんは 「何してるの?健ちゃん」 答えるはずがないのに思わず言ってしまったのです。 ところが、どこからか 「けいと・・・けいと・・・」 と言う子供の声が聞こえるではありませんか。 お母さんは、思わず 「だれ?」 と、見回しましたがニッコリ笑っている健ちゃんしかいません。 お母さんは、全身が震えました。 「ケン・・・あんた・・・話せるの?」 「けいと・・・けいと・・・」 毛糸の玉を引っ張りながらニコニコしている健ちゃんが そこに立っていました。 お母さんは、思わず受話器を握り、お父さんの会社に電話しました。 「ああ・・・あなた・・・ケンが・・・」 「おい、ケンがどうした?・・もしもし・・」 「・・・・・」 お母さんは涙と胸が痛くなるほどの感動で声も出なかったそうです。 この話は、現在普通に高校へ通っている健君の昔話です。
2004.03.30
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あれは、たしか祐介が中学2年の時だった。 3学期の始業式が終わって、教室に駆け込んだ 祐介たちの前に、先生といっしょに立っている 一人の女の子がいた。 お世辞にも可愛いと言えない女の子だった。 メガネに丸顔で太っていた。 はっきり言って、厚かましい感じのする子だった。 案の定、彼女は、すぐにクラスに馴染んだ。 その日のうちに、おしゃべり仲間の一員になってしまったのだ。 祐介のクラスは、2学期の末から2月の学芸会用に 劇を完成させるという目標があった。 出し物は「真夏の夜の夢」シェークスピアの作だった。 脚本も配役もすでに決まっていた。 祐介は脚本をワープロで打ち、ヒロインのお爺さん役をやった。 毎日の練習のかいあって、みんなセリフを早く憶えていたようなので 本番1週間前に初めから終わりまで通してやってみた。 先生の感想は、こうだった 「何か物足りないんだあ・・・気のきいた音楽でも入ったら」 すぐに誰かが意見を言った。たぶん、女の子だった 「音楽室から、クラシックのレコード借りましょう」 主役の女の子が言った。彼女は宝塚の女優を目指している子だった。 何を隠そう彼女が、「真夏の夜の夢」なんて大そうな劇の企画を 持ち出した張本人だった 「ピアノよ。絶対にピアノがいい」 祐介は言った 「誰がひくんだよ」 たしかに、2人か3人くらいピアノをひけるクラスメートも いたが、みんな、それぞれ役が決まっていたし、それに 今から練習を始めて、何とかなるほどの腕前でもなかった。 「あの・・・私で良ければ」 と、柄にもなく少し遠慮して言ったのが転校生の彼女だった。 彼女には悪いが、祐介を始め、とくにクラスの男子連中は 顔をしかめた。言っちゃ悪いが、ピアノをひく女の子の イメージってのがあった。丸顔で小太りのアイツが・・・ しかし・・・・・・・ 彼女が一歩一歩ピアノに近づくにつれて 情けない話だが、男子たちの浅はかなプライドが、 もろくもガタガタと崩れ去るのに そう時間はかからなかった。 おもむろに彼女はピアノの前に歩み出た。 彼女が鍵盤にふれる数秒前に、 祐介たちは、もうすでに何かを感じていた。 いや、これは来るぞという差し迫った感覚だった。 彼女からはオーラが流れ初めていた。 殺気と言ってもいい。 ただ者ではない雰囲気が、そして、 ピアノと一体になった大いなる自信が彼女を包み込んでいた。 鍵盤をなでる彼女の指は、 上等の絹が、そよ風になびくように軽やかで、 しかも旋律は小川のせせらぎのように耳に心地よかった。 もう、これは劇のためのピアノではなく、 ピアノのための劇になってしまった。 学芸会は大成功だった。 ヤンヤンヤの喝采を浴びた。 祐介のクラスは、学校代表で県の文化祭に招待され、 よく分からない長い名前の賞までもらった。 その立役者は、言うまでもなく転校生のピアニストだった。
2004.03.29
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ちいさな出版社に勤めるミドリは、 ひさしぶりに町はずれの養老院を訪れていた。 ここには、ミドリの大好きなお婆ちゃんがいるからだ。 お婆ちゃんは、2年前長年連れ添ったお爺ちゃんに 先立たれて間もなく、周囲の止めるのも聞かず、 自ら、この養老院に引きこもっていた。 「おばあちゃん、元気」 お婆ちゃんは、少し耳が遠くなったが まだまだ元気だった。 ミドリは、お婆ちゃんの部屋で数冊のノートを 見つけた。どうやら、お婆ちゃんの書いたものらしい。 「お婆ちゃんって、詩を書くのね」 「久しぶりに書いてみたのよ」 ミドリは、お婆ちゃんのセンスの良さに驚いた。 職業柄、多くの詩集や小説に目を通したが、 これほどの感性には、なかなかお目にかかれない。 「おばあちゃん、これ、借りてもいい?」 「ああ、いいけど・・・」 ミドリは少し口ごもったお婆ちゃんの仕草が、一瞬気になったが そんなことは、すぐに忘れてしまった。 ミドリは、お婆ちゃんから一冊のノートを借りた。 編集長の葛城に見せたいと思ったからだ。 葛城は、ちいさな出版社の編集長だが、業界では名の通った 文芸評論家でもあって、何冊かの文芸雑誌にも寄稿していた。 葛城はミドリからノートを受け取り、数ページ読むと 「ええ、もしかしたら・・・ この人・・・・いや、間違いない。おい、ミドリ・・ このノートの主は?」 「ええ、私のおばあちゃんですけど」 「で、おばあちゃんの名前は?」 「山野碧ですけど、私の名前は、おばあちゃんから もらったんですよ」 「そうか・・やっぱり・・・おばあちゃんに会えないか?」 編集長の話によると、山野碧は 50年前に、当時彗星のごとく現れた新進作家として 注目されたが、突如姿を消していた。 お婆ちゃんは、頑として取材を拒否した。 「ね、お婆ちゃん、どうして書くのやめたの?」 「話したくないっていったでしょ」 「じゃ、出版社に勤めるミドリじゃなくて、 お婆ちゃんの名前をもらった、 お婆ちゃんの血を受け継いだミドリに教えてくれない?」 少し考えて、お婆ちゃんはゆっくりと話し始めた 「書くのやめたんじゃないのよ。 書けなくなったの。幸せだったもの。 大好きな人といっしょに暮らせて 戦争はあったけれど、温かい家庭を持って、 孫にも恵まれた・・・もう他に何にもいらない と思ったわ。お婆ちゃんはねえ。 行商人の親に育てられ、友達もいなかったの。 そんな孤独が私に書かせたのよ。 心のどこかに満たされないもの、 埋めたいものがなければ私は書けなかったの。 そう、書くことは祈ること。 幸せになりたいって、神様に祈ることと同じだったのね・・・ だから、お爺ちゃんがいなくなって また書けるようになった・・・ そんなこと、今さら言いたくないの。 私は幸せだった。それで十分」 それから1年後、願いが叶ったのだろうか。 お婆ちゃんはお爺ちゃんの後を追った。 ちょうど同じ頃、お婆ちゃんの作品集が 50年ぶりに復刻版として発行される運びとなった。 表紙には”伝説の詩人”とPRされていた。
2004.03.28
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エリ子は、布教活動をしていた。 トントン・・・と各家庭をノックして 「聖書について勉強してみませんか」 と声をかけて行くのである。 最近は、悪徳宗教などのニュースが 飛び交っているせいか、ドアも開けて くれず門前払いのケースが多い。 エリ子の実家は教会で、父も神父を しているらしく、聖書は子守歌代わりに 聞かされて育った。 エリ子自身も、12の時から現在の 22になるまで毎年1回聖書を読み通して来た。 大学もキリスト教系で、来春卒業する。 絵に描いたような敬虔なクリスチャンの女の子だ。 そんなエリ子が、松男の家を訪ねたのは 木枯らし吹きすさぶ寒い冬の日だった。 松男は、最近妻子に逃げられた男で 仕事もリストラでクビになり、 昼間から洗い晒しのトレパントレシャツで ブラブラしている中年男である。 その日も松男は、お昼の奥様番組を 見ていた。 「ああ・・・芸能人は離婚しても 仕事になるからいいなあ」 そう言いながら寝転がっている松男に トントンとノックする音が聞こえた。 「セールスかな」 そう呟きながらドアをあけると エリ子が立っていた。 松男は、一瞬、まぶしいくらいの日が射したと思った。 それくらい、長い間、若い女性を至近距離で 見たことはなかった。 「聖書についてのお話をしています」 エリ子が、そう言うと松男は 「はあ・・・生保(せいほ)? 保険なら入ってるから」 「いえ、聖書(せいしょ)です」 「ああ・・・イエスさん。クリスマスは もう終わったけど」 「イエスをご存じですか?」 「はあ・・名前だけは」 その日は、こんな感じで始まった。 とにかく暇な松男は、若い女の子が来てくれるなら 何でもいいと思って、毎週水曜日に1時間ほど 狭い玄関で聖書の勉強をすることにした。 1ヶ月過ぎて2ヶ月も過ぎた。 日を重ねるごとに、松男はエリ子の虜になって行った。 男も、色気づくと変わるもので。 いままで、トレパントレシャツだったのが 小ぎれいなセーターにスラックスで過ごすようになった。 相変わらず仕事には行ってないが、 朝7時には起きて、ヒゲを剃り整髪するようになった。 毎晩遅くまでテレビを見ていたが、それも止めた。 絵に描いたような規則正しい生活をするようになった。 3ヶ月目には、いままで、 どこへ行っても通らなかった仕事の面接だったが 2社も採用通知が来た。 こんな松男の変化に、まず気づいたのは、 時々、様子を見に来ていた妻と子だった。 「お父さん、心入れ直したんじゃない」 「少しはお灸が効いてきたようね」 と話していて、エリ子の存在までは気づいていない。 そんな妻子のことなど眼中にない松男は、 就職が決まったのを機に、エリ子をデートに誘うようになった。 エリ子も、真面目に聖書の勉強をする松男に好感を持つように なった。 「よかったら、僕の家で、お茶でも飲んで帰りませんか 送っていきますから」 「はい。送って頂けるなら、良かったら父と会っていただけませんか」 こんな感じで、盛り上がっている二人は、松男の家に帰ってきた。 「あら、灯りが・・・」 「消し忘れたのかな」 松男がドアを開けると、焼き肉の香りが漂い妻と娘が 「おかえりなさい」 と、玄関まで出迎えた。 「おまえら、かえったのか」 松男は、驚いたのなんのって。 それに輪をかけて驚いたのはエリ子で、 「失礼します」 と、走り去って行った。 その後、エリ子からの連絡はプッツリとなくなった。 走り去ったエリ子に気づいた妻が 「今の誰?」 と尋ねると松男は 「いや、近所に新しく越して来た人・・・ 挨拶に来たんだよ」 妻も娘も半信半疑だったが。。。。。 ともかく、松男の家庭に平和が戻った。
2004.03.27
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家に帰ると、おでんの香りがした。 「ただいま・・・クシュン」 高校生の麻子は風邪気味なのだ。 おでんの香りに腹の虫が騒いだのか、 いきなりキッチンに駆け込んだ。 「早く着替えてらっしゃい」 とニコヤカに母が言う 「クシュン・・・ハーイ」 珍しく早く帰った父と久しぶりに食卓を囲んだ 父といっしょに夕食を食べるのは何ヶ月ぶりだろう。 ホクホクしながら父は、好物の厚揚げを食べる 「麻子・・風邪気味だってなあ・・ あったかくして寝なさい」 「クシュン・・はーい」 「どいつもこいつも、年から年中風邪ひいている。 最近は何でもデジタルデジタルって 冷たいものばかりだからかもしれない。 お父さんの子供の頃は、ラジオだって温かかったぞ」 母が笑いいながら 「あなた、それは真空管のラジオでしょ? 私の時代には、もうなかったわ」 と5歳年下を強調する。 麻子は目をキョトンとして 「へえ、ラジオに真空管なんか使ってたの・・クシュン」 父は物知りぶりを発揮して 「厳密に言えばだな、お爺ちゃんのラジオだ。 古くても、世界中の放送が良く聞こえた。 何よりも、後ろの所が温かかった。 このおでんのように・・」 と言いながら、また厚揚げを食べる。 母は父のコップにビールを注ぎながら 「もう、パソコン一台でテレビにもラジオにも なる時代だわね」 父はビールを一口飲んで 「パソコンも携帯電話も、つい最近まで 温かかったのに・・・小さく冷たくなってきたなあ」 麻子は、少し寂しそうに 「クシュン・・・そしたら、冷たい携帯電話で メールしてる私が風邪ひくの当たり前ね ・・・クシュンクシュン」 父と母が口を揃えて 「早く寝なさい」 鼻をズーズー・クシュン・・クシュンの麻子は 「ごちそうさま」 と自分の部屋に引っ込む。 麻子は部屋に入るとすぐにベッドに潜り込んだ。 着信音が聞こえた。 「あ、メール・・・クシュン・・誰だろう」 冷たい冷たいという話を聞いたからだろうか。 今日は携帯電話に触れる気にならない。 それでも、しかたなしに見ると、 ・・・クシュン早くなおせよ。まさひろ・・・ 彼からの温かいメールだった。
2004.03.26
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造船会社D社社長の種田さんは、 5年前に副社長から社長に就任しました。 種田さんが社長に就任する半年前、 D社は倒産していました。 当時の社長は、傷心したのか 病気がちで今も入退院を繰り返しています。 会社更生法の適用が認められて、 銀行や債権者から、 「人望の厚い種田さんに社長を」 と要請され、当時の重役の一人として 倒産の責任を感じていた種田さんは、 一旦は断ったのですが、 「他にD社を再建できる人はいない」 と再度説得され、社長に就任しました。 再建中の会社ですから、社長と言っても 造船所の現場に立つこともありますし、 給料だって、一般のサラリーマンと 変わりません。それでも、種田さんは 残った社員たちと力合わせて頑張りました。 最悪の時は、奥さんも呼び出して 女子事務員たちといっしょにヘルメット姿で、 船の洗浄や掃除をやってもらったそうです。 こうした苦労のかいもあって、D社は 昨夏からボーナスも支払えるように なりました。こうした苦労の合間に 種田さんは、ボランティアを始めました。 ちょうど、社長を引き受けた頃からです。 D社付近の山や河川の自然を守る非営利団体です。 かつては美しかった近隣の山々も河川も 不法投棄のために、かなり汚れていました。 空き缶や生ゴミはもちろん、ドラム缶や タイヤ、自動車、分解されたモデルハウスの 残骸までもが捨てられていました。 景観が損なわれるばかりか、災害や事故の原因にも なりかねない状態でした。 「会社が倒産したとき、気付いたんです。 会社関係以外の知り合いが、ほとんどいない 寂しい自分に・・・」 種田さんは、土曜日はボランティアの日と 決めて、野や山を駆けめぐります。 時には、奥さんや息子さんも伴って。 いっしょに活動する仲間の中には 息子さんよりも若い大学生などもいます。 「お金にもならないのに何のために? って、昔の仲間から聞かれますがね」 と笑う種田さんは、あの5年前より ずっと若返ったと言われています。
2004.03.25
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人生は障害物競走。楽しまなければ損 「ひさしぶりねえ。元気だった?」 「おかげさまで」 「あたしも、いろいろあってね」 京都の新幹線ホームで品の良い初老の女性に 私は、呼び止められました。 彼女とは、15年ぶりでした・・・ 嘉代さんは、今も、もちろん素敵ですが 40年も前は、ダンスパーティに行けば 引く手あまたの大モテでした。 彼女が結婚したのは22歳でした 「25で最初の子を流産。3年間できなくて 初孫初孫って・・・ さんざんプレシャー浴びて、やっとできた子 だったからね。そりゃ悲しかったわよ」 ご主人とは、評判のおしどり夫婦で どこに行くのもいっしょでした。 「27で、できた子供がお腹にいる間に 亭主が浮気。許せなかったのねえ。若かったもの。 どこでどうしているのやら。 いい男だったから、一人でいることはないと思うわ」 女一人で、子供さんを育てるのは大変だったでしょう。 「そりゃ大変だったわ。離婚は女の勲章と、思って頑張ったわ。 でもね、時代が違ったの。今のように女が自立した時代で なかったから」 でも、いくつかの恋愛もあったんですよ。 「そりゃねえ。やっぱり女ですから。 一番印象的だったのは、半分の年齢の男の子と 付き合ったことあったの。ちょうど、娘に 孫ができたころでね。彼のお母さんより 私が4歳年上って聞いたときは 少しめげたわねえ。おまけに、私は二股かけてたの。 ある会社の重役さんとも付き合ってたから」 (この話には、少し冷や汗をかいた私でした) 恋多き人生って言うのでしょうね。 「その分、失恋も多くして、ぼろ雑巾のように傷ついたわ。 たぶん、離婚した彼のことを忘れようとしてたのね。 でも、忘れられなかった。 いつだったかなあ。開き直ったのね。 一生忘れないぞ、と思うようになったの。 それが、今は生きる原動力にもなっているの」 恋する女性は素敵です。 恋すれば恋するほど女性は素敵になります。 遠慮はいりません。 どんどん恋して下さい。 その結果、素敵になりすぎて たくさんの恋人候補が現れても それはそれ・・・なるようになる(ケセラセラ) 「人生は障害物競走。楽しまなければ損よ」
2004.03.24
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もう3月というのに、まるで真冬のようなネズミ色の曇り空の日だった。 悟と真智子は、街を歩いていた。 「悟、就職決まった?」 「いや、真智子は?」 「なんとか、小さなソフト会社の事務員」 「そうか・・・」 悟と真智子は、北海道の旭川の高校を出て 東京に出てきた仲間だった。大学は別だったが 4年間親友として、そして、この1年は将来を 誓い合った恋人同士として付き合ってきた。 「就職が決まったら、結婚しような」 去年の今頃、二人は誓い合った。 「真智子ちゃんなら・・・」 旭川の両親も大賛成だった。 しかし、悟は、この時期になっても内定一つ出ていない。 旭川の母から電話があった 「悟、元気だしな」 「うん・・・」 何度「元気」と言われても現実の壁は厚い、そう考えると 悟は、なおさら落ち込んだ。 今度は、父が出た 「悟、おまえはラッセル車だべ」 ラッセル車・・・ 悟は、子供の頃、父に連れられて旭川の駅まで ディーゼル機関車や貨物列車を見に行った。 当時の旭川駅は大変な活気で、貨物の駅としては大阪に次ぐ規模だった。 悟のお気に入りはラッセル車だった。 大雪で動けなくなった貨物列車や特急をラッセル車が助けに来る。 雪を舞いあげ、やってくる。 時速100キロ超で走る特急北斗でも、ライラックでも、 ラッセル車なしでは冬の北海道は越せない。 「俺はラッセル車だ・・・」 そう思うと、不思議と力が出た・・・ だけど、ここは滅多に雪の降らない東京。 学生アパートの部屋で、一人しょんぼりしている悟に コンコンという窓を軽く叩く音が聞こえた。 我に帰った悟が窓を見ると何やら白いものが ちらついている。 「ええ、まさか」 悟は、立ち上がって窓を開けた。 初雪だった。 「雪だ・・・そうだ雪が降れば、こっちのものだ・・・ 真智子、父ちゃん母ちゃん、俺、これからだな」 ネズミ色の雲の間から白い元気が降ってきた。
2004.03.23
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私が住んでいる町に、 とっても感じの良い運送屋さんがあります。 大手の運送会社の下請けと便利屋の 両方をやっている小さな会社です。 社員は二人。 事務員兼副社長の奥さんはシッカリ者。 少しお腹の出た社長さんは自分で配達します。 この二人の特徴は、いつ、どこで会っても ニコニコしていることです・・・ 聡史が25年勤めた自動車修理会社が 倒産したのは3年前だった。 おまけに、信頼していた社長が失踪して 行方しれず、社長と一番親しかった 古株の聡史に取引先から電話が ジャンジャンかかってきた。 さすがに陽気な聡史も 「住宅ローンも残っているし、 一人娘は来年高校受験だし、どうしよう」 と暗く落ち込んだ聡史に妻の光恵は 「ニコニコしてりゃ良いことあるって・・ あなたが言ったの15年前だったわね・・」 と笑って言った。 その15年前、駆け落ち同然で 聡史と光恵は暮らし始めた。 真面目な働き者だが、施設育ちで身よりのない 聡史と結婚することに光恵の両親は大反対だった。 アパートは、築40年の年代物だった。 2間の部屋は、夏はサウナ風呂状態で、 冬は寒くて冷凍庫だった。 クーラーもストーブもなくても 二人でいると不思議と幸せだった。 風呂は銭湯だった。 11時になると二人肩を並べて出かけた。 カラスの行水の聡史は、 いつも風呂屋の外で待っていた。 光恵が出てくるのは、 風呂屋の灯りが半分くらい消えた頃で 「どうしてた?」 と聡史が聞くと光恵は 「泳いでたの」 と茶目っ気たっぷりに笑った。 そんな陽気なところもある光恵だが 夜になるとシクシク泣いて 聡史を困らせた。 「お母さんがねえ、もう帰ってこなくてもいいって 私、お母さんに捨てられたの・・・ねえ・・」 「急に二人して暮らし始めたから お父さんもお母さんも びっくりしてるだけさ」 「ほんとうに?」 「俺は小学生の頃、親なし子って、よくいじめられてなあ。 泣いて施設に帰ったんだ。その時、先生が言ってたんだ ニコニコしてりゃ良いことあるって」 ・・・・・・・・・ それから15年、やっと念願のマイホームを 手に入れ、一人娘も高校へ。そんな絵に描いたような 幸せな家庭を作りあげた聡史は、また試練にぶち当たった。 毎日の職安通い。 中卒で、40過ぎの聡史には、 なかなか仕事は見つからない。 どうやら、今日の面接も駄目だったようだ。 でも、光恵の一言で目覚めた聡史はニコニコして言った 「気にしない気にしない。ダメなら次があるさ。 食べるだけの仕事なら、いくらでもあるしな」 そんな聡史と光恵が、小さな運送屋さんを始めたのは それから半年後でした。
2004.03.22
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200×年、アジアの日の出づる国ジャパンも 失業率15%を超え、アメリカやヨーロッパと同様に 失業者が街にあふれスラム街が全国各地に発生した。 というのも21世紀後半から続く、銀行や保険会社 の合併破綻に加えて、街の本屋さんや大手の出版社も インターネット上の本屋さんたちの活発な動きに圧倒されて 次から次へと姿を消した。それにも増して 当時の人々を驚かせたのは、放送局の再編と濫立である。 「テレビ局なんて、私でも作れます」 のキャッチコピーで売り出された通称TVパソコンのおかげで 御近所の小学生や老人ホームでボケていたはずの爺さん婆さん までもが、一躍テレビ局の社長になったり人気キャスターに なったりするようになった。 中でもタメさんとトメさんと言う合計年令200才コンビによる ”死ぬまでに1回でも多く笑ったもの勝ち”というトーク番組は 多くのボケ老人をいじわる婆さん、はりきり爺さんとして復活させ、 信じたくもないが、不滅の爺婆という伝説も生み出すまでに至った。 このあおりを受けて経営危機になったのが、人気プロ野球球団や 訳の分からないトーク番組やクイズ番組で視聴率を稼いで スポンサーに偉そうにしてきた全国ネットの放送局であった。 元人気歌手のカム大臣とかつての恋人マイ子大臣は、 「昔、お世話になったテレビ局と放送局に公的視聴率を導入する」 と発言した。 しかし、元どうでもいいボケ老人で、今では超人気政治家に なったヒコベエ議員109歳は、 「人気のない番組にスポンサーを誘致するなんて 絶対に許しませーん」 と反対発言をして、勢い余ってはずれた入れ歯をマイ子大臣に ぶつけてしまった。怒ったマイ子大臣が 「痛い。臭い。その入れ歯で接着剤でつけたら」 と言えばヒコベエ議員 「臭いとは失礼な」 と反論して国会議事堂は、てんやわんやの大騒ぎとなった。 お笑い番組でも考えられない程のバカげた大騒ぎを収束するため 時のクメ首相は、ある提案をした 「カム大臣やマイ子大臣の気持ちも分からんではないが そんなことをしても、20世紀末の銀行救済と同じ結果になるので やめます。かといって、このまま、失業者が増え続けても 困りますので、私、いいこと考えました。3ヶ月ごとに ジャパン国民の半分は、冬眠しましょう。熊さんやカエルさんの ようにです。夏なら夏眠、春なら春眠、秋なら秋眠であります。 そうすれば、3ヶ月おきに、多くの会社が 求人募集しますし、失業している人も新しい仕事につけるでしょう。 また、この冬眠の為には、このたび新薬”ネムリヒメニナレルヨン” が効果的であります。これで、春には、景気回復です」 この冬眠法案は、みごと成功し、ジャパンは20年ぶりの景気回復に わくことになった。とくに、この景気で急成長したのは、ベッドや 布団販売の会社はもちろんだが。冬眠中でも泥棒が入ったり 地震や火事などの緊急事態に起こしてくれる目覚まし時計サービスの 会社が次々に発足し、成長産業になった。また、この会社の付加サービス として、恋人が寝取られそうになった時に起こしてもらえる ”浮気110番”も人気メニューになったそうだ。
2004.03.21
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文治は”こそ泥”だ。 銀行強盗や誘拐なんて、大それたことはできない。 殺人なんて、とんでもない。 気の弱い泥棒だ。 年も70過ぎて、いささか勘の方も鈍って来ている。 そろそろ真っ当な商売にと思ったが 今更、そんな都合のよい仕事などあるはずもない。 悩んだあげく、天の橋立の近くにある神社を詣った。 今年最後の連休とあって、大変な人だ。 文治は、人の中をかいくぐって、鈴をならし パチパチと神様にお願いをした 「神さんよお。俺も年や。そろそろ引退させてくれへんか」 そうお願いをして、後ろずさりして。 そう10歩も歩いたところに荷物置き用の台があった。 見れば舶来物の黒のハンドバックではないか 「これは、金持ちのものにちがいない」 と思うが早いか手の方が早かった。 これこそ本能というべきか長年の習性と言おうか サッと懐にバックを仕舞い込み、 悠然と何ごともなかったように その場を立ち去った。 さて、人気のない外れにあるトイレに入り、 文治はいつものように中を改める。 プロは足のつくものには手を出さず、金目の物だけ抜き取って バックごとゴミ箱にすぐに捨てるものである。 クレジットカード2枚。 銀行のキャッシュカード。 この手で銀行からお金を引き出すのは、まず無理だ。 それに窃盗だけでなく、詐欺にもなってしまう。 これは、こそ泥のプライドが許さない。 万札10枚と指輪だけいただいて、ポケットにねじ込む。 「ああ・・・免許証か・・・・・ こいつは外人とつながっている連中が欲しがるんやけど 俺には関係あらへん」 と、これもバックに戻す。 バックの内側に小さなポケットがついていた。 中をのぞくと写真が出てきた。 見ると、 「古い写真やないか。 白黒やし・・・・・ 母親が赤ちゃんダッコしてニコニコしてるわ。 こんな写真大事にしてるんやから・・・ 親孝行な女の子やろなあ・・・ 俺みたいに・・・ 母ちゃんの顔も知らへん・・・ 施設育ちとは違う世界の人やろて・・・ 俺の母ちゃんも、こんな優しい笑顔の人やったんやろか 俺にも、こんな優しい母ちゃんいたら、この年になるまで ひとりぼっちの泥棒家業なんてせんですんだ」 そんなこと呟いていると文治の目頭が熱くなってきた。 「ああ、あかん。俺も、年やなあ。 なんか、仏心が出てきたわ。 一生に一度くらい。 盗んだものを元の所に戻してもバチなんか あたらへん。これで、やめられるような気がするわ」 そう言いながら、文治は鼻をスースーすすりながら さっき来た道を引き返した。 つい今し方は、まったく目に入らなかった松並み木が 妙に目に飛び込んできた。 にこやかな観光客の会話も耳に入ってきた。 いままでは、ザワザワとしか聞こえなかった人の会話が はっきりと聞き取れるようになった。 文治は視界が何倍にも広く感じられた。 神社への石段をあがり、さっきの荷物置き台の前に立った。 右左の様子を伺う、多くの人が行き交う。 懐から出したバックを置いて、立ち去ろうとした文治を 呼び止める声があった 「おまえ、指名手配中の文治やないか。 まさか、おまえみたいな大物に出会えるとは思わんかった。 おまえも、夜気が回ったか わざわざ捕まりに戻ってきたのか・・・」 被害届を聞き付けて現場近くに来ていた警官に見つかり文治は御用となった。 幸か不幸か文治の願いは、こうして叶った。
2004.03.20
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「何があっても、後3年は辛抱してね」 妻の雅恵から毎朝説教されてから、 重い足取りで出勤する達彦は、あと3年で 定年である。町役場に勤めて35年になる。 本来なら、次の助役にと声がかかっても良い 年齢とキャリアではあるが、こともあろうことか 町長と大喧嘩してしまった。真っ正直な出納課長の達彦は、 この財政難の時に、海外へ視察旅行する町長が 許せなかった 「あんた、何しに東南アジアになんか行くんですか。 どうせ、あのあたりの女と遊ぶつもりなんでしょ」 こんなことを言ってしまった達彦には、 突如、町民会館の管理人への転出辞令が降りてしまった。 何でもズバズバ言う雅恵からは 「黙ってりゃ、来年は助役、8年後は町長、 悪くても町会議員なのに・・・まあ、 あんたのバカ正直な所に惚れて30年。 ああ、まあいいか・・・でも、石の上にも3年って言うからね」 と励まされているのか嘆かれているのか分からないことを言われているが、 達彦は自分の意志を通したことに満足していた。 ところで、この町民会館は2年前に国から降りてきた 村おこし何とかって言う補助金で建てられた代物で 人口3万足らずの町には、贅沢すぎる白亜の御殿である。 ほとんど使われることなく、週に1度か2度、 詩吟や踊りなどのちょっとした娯楽に婦人会が やってくる程度で達彦は暇を持て余している。 だから、達彦は事務所のパソコンをさわったり 図書室で本を読んだり、そして、CDコーナーで クラッシックを聴いたりしていた。 こんな平和な町民会館にも問題があった。 達彦たちが戸締まり消灯して帰ろうとする頃に 駐車場や中庭に集まってくる若い男女だ。 何をするでもなし、ただ座って何かを話している。 多いときは20人から25人くらいの人数になっている。 朝出勤した達彦は、 「ああ、またか」 とため息を付きながら、 タバコの吸い殻・カップ麺の食べ残し・ゴミ・エロ雑誌 などなどの始末に追われる毎日である。 困った達彦は事務員のサッちゃんという女の子に相談した 「あんな若い人は、何もしないでボーっとしてるだけなの?」 「ええ、たぶん、でも音楽くらいは聴いてると思います」 「へえ、どんな音楽?」 「大体、ロックが多いです」 「だったら、クラッシックをスピーカーから一晩中流したら 帰るかなあ・・ビバルディの四季とか」 「ええ?」 サッちゃんは、クスクス笑ってしまった。 ものは試しと思った達彦は、その夜、ビバルディの四季を スピーカーから流して帰った。翌朝、達彦は町民会館に来て 驚いた。全然、タバコの吸い殻やゴミがないのだ。さきに サッちゃんが来ていたようなので 「ああ、サッちゃん、掃除してくれたの。ごめんごめん」 「ええ、私も今来たところで」 「でも、ゴミもないし」 それから、1週間、達彦は同じように、静かなクラッシックの 名曲を流して帰ったが、ゴミはほとんど見かけなくなった。 それどころか、近所の奥さんが 「最近、よく眠れるんですよ」 と感謝されるようになった。とくにバッハは効果抜群だった。 それから3年後、達彦は助役と町長が公金横領で逮捕されて 役場に戻ることになった。が、今でも夜、町民会館の前を 通りかかるとクラッシックの名曲が奏でられているそうだ。 たしかに”石の上にも3年”だった。
2004.03.19
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あれは、もう10年ほど前のクリスマスの 夕方5時頃だった。もう、あたりは薄暗かった。 直人は、歩道橋の下で座っている女の子を見つけた。 年の頃なら、15歳くらいだろうか。 フード付きの赤い服を着て、うつろな目で座っていた。 年末の集金に追われていた直人は、彼女に気を とられながらも、次の集金先へと急いだ。 集金が終わったのは8時過ぎだった。 街はクリスマスの灯りに色づいていた。 クリスマスソングが、あっちからも こっちからも流れてきた。 一人寂しい独身アパートに、 このまま帰るのは、あまりに空しい。 そうだ、映画でも見て帰ろう。 そう思った直人は、映画館へ急いだ。 どんな映画がやっているのか。 そんなことは知らない。 ただ、やたら映画が見たかった。 映画館が立ち並ぶ通りに差しかかった所に さっきの歩道橋があった。 直人は、あの女の子のことを思いだした。 歩道橋の下を見ると、あの女の子が 座っていた。寒さを防ぐためだろう 赤いフードで頭にかぶっていた。 情に流されたのかもしれない。 直人は、声をかけた 「どうしたんや。こんな所で寒いやろ」 「は・・はい」 彼女は久しぶりに口をきいたようで 不器用に重い口を動かした。 「家は?」 彼女は、黙って首を振った。 何か訳ありだなと思った直人は 「腹減ったやろ」 「うん」 「よっしゃ、ちょっと待ってろよ」 直人は、すぐ近くのベーカリーで 売れ残りのパンを買ってきて彼女に渡した。 最初は遠慮しながら食べていた彼女だが、 よほどお腹が空いていたとみえて夢中で食べ始めた・・ 彼女を見ていると、どういうわけか直人は、 童話のマッチ売りの少女を思い出した 「寒い、寒い」 と震えながら彼女も、いずれは・・ そう思うと、できるだけのことを してやりたくなった。 気がつくと、彼女は3ケほどの パンをキレイに食べてしまった。 お腹が一杯になって気持ちもほぐれたのだろう 「ごちそうさまでした」 やっと彼女は笑った。 直人も 「よかったな」 と笑顔で返した。 そして、「俺なあ、映画見に行くんや ついてくるか?」 「は・・はあ」 彼女は半信半疑だったが、少し強引に手を 引っ張って映画館につれて行った。 映画の名前は、「おもいでぼろぼろ」 リバイバルだったかもしれない。 彼女は、主人公のお母さんの声が 流れるたびにヒクヒク泣いていた。 ああ、この子はお母さんと何かあったんだ・・・ そんな気がしたので・・・ 11時過ぎに映画館を出たとき 「電車で帰れるか?」 「はい」 「これで足りるかな」 直人は1000円札を手渡した。 その時、堰を切ったように彼女は話し始めた 「あたい、お母さんと喧嘩して、 2日前に家出してきたんです。 お母さん、再婚するのが許せなくて・・ ずっと、二人きりだったので」 彼女を送り届けた近くの警察署で、 彼女の母親に連絡をつけるのには 時間はかからなかった。 「終電に間に合わないので」 と、急いで帰った直人は、 あいにく感動の母子対面には出会えなかった。 年甲斐もなく童話好きの直人は”マッチ売りの少女”を 本屋や図書館で見かけるたびに、 あの歩道橋の下の女の子を思い出す。
2004.03.18
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「優柔不断な男に悩まされるのは、親子二代だわね」 真智子の母は、真智子の話を聞くたびにそう言った。 真智子の恋人の和夫は無口な男である。コンピューターの プログラマーという仕事の関係もあるだろうが、 「うん」や「あー」ばかりで、はっきり返事をしない所がある。 ただ、そんな所が真智子が大好きなお父さんにそっくりで、 短所のはずの優柔不断が、長所に変わるのだから恋とは恐ろしい物だ。 わがままで料理なんて鼻にもかけなかったはずの真智子は、 料理学校にこまめに通ったりして、 すっかり尽くすタイプに変身してしまった。 ある日、真智子は和夫と仕事の帰りに居酒屋で夕食をとった。 メニューを眺めながら和夫が、 「こんな物を食べるのは、自分の家くらいの物だと思ってた」 と言って、焼きおにぎりを注文した。 その日の和夫は、人が違ったかと思うくらい良く話をした 「子供の頃、日曜日の朝起きて、しょうゆの香ばしい臭いが すると、焼きおにぎりだと分かったんだ。大メシ食らいの 俺たち3人兄弟の為に、母さんは毎晩、大きな炊飯器でご飯 を炊いたんだ。その余ったご飯が、日曜日の朝には焼きおにぎり に化けるんだ。少し固いご飯の方が焼きおにぎりは美味しいんだ。 食べてみると中の方で少し湿った所があると頼りないような気がするなあ。 その反対に焼きすぎて、黒く炭のようになった所を食べると、 ちょっと苦いんだ・・・」 和夫は、実家を離れてマンションで一人暮らしだ。 「簡単だけど、おいしいのね」 と真智子が一言挟むと、 「余ったご飯を冷蔵庫に入れて 少しパリパリにした方がおいしいんだ」 まるで、焼きおにぎり評論家になったような和夫だった。 その日のことを母に話すと 「和夫さんは、お母さんの味が恋しいのね」 「そうねえ・・でも、何を食べたら喜ぶのかしら・・」 「和夫さんの好物は?」 「好き嫌いないの、何でも食べるって・・ しいて言えば、辛子めんたいこ・・・」 「それじゃ、工夫しようがないわね」 「だから、難しいのよ・・・嫌いなものある人は すごく好きなものあるのよね。何でも食べるって人は つかみ所なくて・・・今度の日曜日、金華山に紅葉見に行くの どうしたらいいかなあ」 「まあ、真智子、あなた勝負賭けてるわね」 「バカ言わないで」 「フフ・・そうねえ、私なら、おにぎりでも作るわ できるだけ、シンプルなのを」 「どうして、いろいろ入れた方がいいんじゃ」 「違うのよ、勝負を賭けている時こそ、 せいぜい海苔だけで十分。あとは卵焼きとウインナーくらいで完璧・・・」 「どうして?」 「おにぎりは、自分の手で握ると二つの熱が伝わるのよ。 一つは体温、もう一つは心の熱、愛情よ・・・ 勝負手はこれに限るってお婆ちゃんが言ってたわ」 「ええ、と言うことは、お父さんもお爺ちゃんもその勝負手で?」 真智子の母は、かすかに微笑むだけで黙ってしまった。
2004.03.17
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最近は、音楽界にもリストラの嵐が 吹き荒れているらしい。たしかに華やかにヒット曲は 街に鳴り響いてはいるが、実際にCDの売り上げで 利益を出せるのは、ごく少数のビッグアーチストと 呼ばれる人たちだけで、他の歌手のCDはさっぱり 売れない。そこで、かつてのドル箱歌手べーやん 50歳も、レコード会社から、 とうとうリストラされてしまった。 思い起こせば、べーやんの曲がベストテンに入ったのは かれこれ15年前だった。 「俺が会社の社長でも、やっぱ、クビにするか」 白くなり始めた頭髪をなでながら、べーやんは 時の流れを知るのだった。 「歌謡教室かカラオケ教室でも始めれるか。 落ちぶれたとは言っても オールドファンなら、集まるだろうし」 ある日、傷心のべーやんが、暇つぶしにプロ野球の最終戦を 観戦に訪れたドームは、すでに優勝チームが決まった後で ぜんぜん盛り上がらない消化試合だった。 「消化試合は、今の俺にはピッタリだ。 以前の俺なら、サングラスで現れても すぐにサインを求める人だかりに囲まれた。 でも、今では誰も振り向きもしない そうそう・・次の曲は”消化試合”と言う題名にしようか」 そんな曲売れるはずがない、そう考えて 自分で自分がおかしくなってきた。 「おい、べーやんやないか」 八さんだった。かつての名選手の八さんだった。 たしか、シーズンオフのテレビ番組で 何度かいっしょになったことがある。 彼は今、長距離トラックの運転手をやっている。 閑古鳥が鳴くライトスタンドでビールを飲みながら べーやんと八さんは、しみじみ話し始めた 「八さんは、どうしてコーチや解説者にならないんですか 八さんくらいの実績があれば、仕事の口はあるでしょう?」 「そりゃなあ、コーチなら・・・でも、俺がコーチって柄かなあ。 退場回数歴代1位の俺が・・・若い選手に何を教える?」 「ケンカ屋八さん・・・・・そっちばかり目立つけど バッティングなら、打点は、確か歴代18位ですよね」 「生涯現役が一番、俺なんてバットなかったら ただのバカ力・・そう思って・・・俺なあ今、 草野球で4番打たせてもらえて幸せや」 プロで名をなした八さんは50歳すぎて、 生まれ故郷の草野球チームで、まだ野球をやっている。 元プロ野球だとか関係ない。そんなことより 自分の好きなことやれたら幸せ”と笑っていた。 べーやんは、歌い続けることにした。 「八さんの影響かもしれないけれど。 どこのレコード会社も、もう、俺の CDは出さないと言うから歌謡教室は 食べるために始める。けれど、歌は捨てない。 たった一人でも、俺の歌を聴いてくれる人が いる限り歌ってみせる。どうしてって 俺は歌が好きだから」 べーやんの第二の人生は、まだ始まったばかりだ。
2004.03.16
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小学生の頃、雨が降るとお母さんが必ず傘を 持って迎えにきてくれる友達をうらやましく 思ったことが何度かありました。 というのも、私の母は、まず そんなことに気づくような人ではなかったからです。 ですから、雨でズブズブに濡れた私が帰ってくると 「あら、傘もって行かなかったの」 と、ただ呆れた顔をするだけの人でした。 ある大雨の日、水泳が苦手だった私は、 「しめた」と思ったのでした。 それは子供なりのシナリオでした。 「今日は雨に濡れて帰る。明日は風邪をひく。 少し熱でもあればベリーグッド」 と苦手な水泳をサボる筋書きを考えたのですが、 そんな時に限って、ひょっこり傘を持って現れたのが 私の母でした。 たしか、その日の最後の授業でした。 教室の外で先生が 「お母さんにお礼は」 と、言ってもすぐに言葉が出ず、しかなく 「あ、ありがとう」 と、詰まりながら言った覚えがあります。 雨には、もう一つの想い出があります。 月日は流れて、クラブの練習を終えた高校生の私は、 大雨の中を自転車でフルスピードで帰ったことが 何度かありました。 ズブズブになった私は、その日は巡り合わせが 悪かったのか風邪をこじらせて 1週間ほど寝込むことになってしまったのです。 40度近い高熱で意識もウツラウツラ・・・ そんな状況でも、その翌日の私は、 「どうしても、学校に行くんや」 と両親やお婆ちゃんを困らせました。 今だから言える話ですが 大好きな彼女に告白するつもりで 待ち合わせ場所まで約束してあったのでした。 行くに行けず、無念の1週間が過ぎました。 学生服のポケットの中には 緊張して話せなかった時のために 「大好き」 と書いたメモまで入れておいたのにです。 それから学校に復帰した私ですが・・・ チャンスを逸したせいでしょうか。 なかなか、きっかけがつかめずに、 ただ時が過ぎるのを見守っていました。 彼女も、はっきりしない私に 愛想が尽きたのかもしれません。 そのうち、別の男子に彼女をさらわれて しまいました。 自分自身が情けないやら悔しいやらで 未練がましく持っていた「大好き」と書いた メモを帰り道の小川に捨てました。 シワシワの紙のボールになったメモは とうとう言えなかった想いを乗せて流れて行きます。 それを見えなくなるまで見つめていました。 すると、さぞかし悲しかったのでしょう。 線が切れたように目から涙が溢れ出しました。 声も出ていたかも知れません。 もう悲しくて悲しくて・・・ その時です。 ザーッと言う音ともに滝のように雨が 降り出したのでした。 これを無情の雨というのかもしれません。 涙も雨も分からなくなるくらい濡れた 失恋物語でした。
2004.03.15
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どの世界にもプロと呼ばれる方はおられます。 いかにもプロ!って感じの方は誰でもご存知ですので、 ここでは、ごく普通の主婦のような顔して、 バッチリ稼いでおられる主婦パチンカーをご紹介致します。 「いつも、じゃーあねえーって、 あなたを送り出していると 子供も同じ事をするような いけない子になる気がするから今日からは あなた行ってらっしゃいチュー なんて、どうかしら」 と、唇を突き出す彼女。それどころではないと 時間が気になる夫は、焦っている様子 「その話は帰ってから聞く・・行ってきます」 と、夫は風のように走り去る。 「じゃーあねえー、アッ、また言ちゃった」 こんな会話で、いつものように 夫を送りだして彼女の一日が始まります。 キッチンに入り、 洗物を始める、 そこに義母が割烹着姿で現れる。 咄嗟に利き腕の右手の甲を叩く、 (いけない・・・・・) 「お母様お願いします」 家事を義母に任せる それが家内安全の秘訣です。 (年寄りには、適度に仕事を与えること) 幼稚園児の息子さんを連れて バス停まで行きます。 幼稚園の送迎バスに息子さんを乗せてから 彼女はパチンカーに変身するのです。 夫のいなくなった部屋のパソコンの 前に座りマウスをクリックし、 画面に現れたのはマイクロソフト・アクセス。 これで彼女は、近隣のパチンコ店5店の データーを管理しているのです。 5店の打ち止め台のデータは 毎日欠かさず入力されます。 この作業に朝10時から2時まで費やされます。 その後、息子さんを迎えに行き義母様に預けます 「お母様、お願い致します(おりこうさんにね)」 さて、いざ勝負です。 2時30分から5時30分までに 良い台にかからなければ、その日は、あっさりと帰るのです。 ただし、データー収集だけは忘れません(言うに及ばず、 必ずデータをメモするのは店内トイレの中で)。 どうしても出ない日や 出る台をつかめない日に深入りは禁物であります。 軍資金も、定額です。 余裕資金の1割以上を使い込むと 決して冷静な勝負感で挑めないからです。 体力も大切です。 彼女は金曜の夜以外は禁酒禁煙です。 それと、もう一つのコツは 同じ時間帯に集中しなければ勝てない、だそうです。 かくして、月収35万円の主婦パチンカーの1日は終わります。 7時30分には息子を寝かしつけ。 8時には風呂上がりの夫ととも夕食しますが この際、決して 「今日は、ガンガンにフィーバーしたわ」 なんて夫に言いません。 けなげで貞淑な妻にこそ運はやって来るのであります。 「この野郎へそくり貯めてるな」 と、夫にねたまれては運は逃げます。 家庭円満第一です。 最後に 「パチンコで勝つ基本は、データ管理よ。 店名、フィーバー台番号、月日、時間を 毎日入力すれば、数ヶ月もすれば、 どこの店で、何時ごろ、どの台がフィーバーし うち止めになるかわかるわよ」 どの世界も、プロになるのは大変なようです。 ところで彼女の夢は、 「一戸建ての家を建てることね」 竣工の暁には、ゲンさん御殿とでも名づけましょうか。 (彼女は”大工のゲンさん”という台が得意だそうです) 彼女の一見、大胆不敵とも思えるヒョウキンさと 冷静なデータ分析には頭が下がる思いです。 ちなみに 彼女は、私がスナックでバイトをしていた当時、 金曜日になると必ず現れる 奥様5人組(美川憲一ファンクラブ)の一人です。
2004.03.14
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パソコン大好きのケーキ屋の看板娘の 景子が、ついにホームページを作ったのが3年前。 名付けてケイコのケーキ屋さん。 「やった。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも 見て見て見てってば」 景子にパソコンを教えたお兄ちゃんは 「ほう・・・なかなか・・・」 お父さんも、小麦粉で白くなった顔を拭いながら 「ふーん、おまえでも・・・」 お母さんも、お客さんに「ありがとうございました」を 元気良く言ってから、駆け寄って 「うーん、景子でもできるのね」 商店街の角にあるケーキ屋さんは、この日から ネット上に支店を持つことになった。 30年、一生懸命に頑張っても とうとう、この店一軒で終わってしまいそうな お父さんは、 「20歳のおまえに店が作れるんだから 時代も変わったもんだあ」 と苦笑いをしていた。 その日から、景子の目標は、お父さんの店の 月間売り上げ200万円になった。 とは言ったものの、日本だけで何十万もある ホームぺージから、景子のホームページを 見てくれる人は少ない。 毎日少しずつ更新して、 検索エンジンに登録して、 少しずつアクセス数が増えてきた。 それでも、1年目はケーキが10個売れただけだった。 売り上げは、18000円。 これでは、プロバイダーの月会費にもならない。 そこで、景子はお兄ちゃんと考えた。お兄ちゃんは 「ケーキは、遠くに運ぶのは難しい。 全国いや世界を舞台にしているインターネットの 世界でやるには、チョコレートやクッキーや キャンディーもやった方がいいよ」 お兄ちゃんのアドバイスは、当たった。 景子は、ホームページの名前を ケイコのお菓子屋さんと改めた。 母の日、バレンタインデー、父の日、 ホワイトデー、ひなまつり、こどもの日 お正月、もちろん誕生日・・・ とバンバン企画を打った。 「どこにも売ってないアナタだけの お菓子を演出します」 というコピーが受けたのか。 ホームページ上で チョコレートやクッキーの デザインを指定できるのも良かったのか。 景子のホームページは ちょっとは有名になった。 最近は海外からも注文が舞い込む。 この2月にはバレンタインデー効果もあって とうとう100万円の売り上げになった。 お父さんの店の売り上げには 遠く及ばないけれどケイコのお菓子屋繁盛記は まだまだ続く・・・・・
2004.03.13
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大金持ちでも、たまたま財布の中が 空のことがある。その昔、イングランドの 貴族であり実業家でもあるM氏は 超高級ホテルのフロントの前で カバンの中をのぞき込んだり スーツの外ポケットや内ポケットを探ったり、 「ない。ない」と大慌ての状態だった。 「たしかに、財布に入れておいたはずなんだが」 とM氏は空の財布を見せながら フロントに立つ支配人に言うと 「いくらか、お支払い頂かないと・・・」 M氏は血相を変えて言った 「私はMと言う者だ。君も常識人なら 私の名前や顔を見たことがあるだろう」 「はい、ございますが。この御時世でございます。 いかなる名士でも、明日はどうなるか」 その頃の世界は、大恐慌による不況に揺れていた。 数日前の大金持ちが、今日の破産者になることも 珍しくはなかった・・・ M氏は、思い出した。 昨晩同宿した見知らぬ女性に 「すっごい、お金・・・あんた金持ちね。 ちょっとだけでいいから、その財布触らせて ううううん、すぐに返すからいいでしょう」 と言われて、酔って気の大きくなっていた M氏は財布を彼女に触らせたことがあった・・・・ M氏は叫んだ 「あいつだ。あいつ・・あいつが 俺の金を持ち逃げしたんだ」 支配人は冷静な顔で 「あいつとは、どなたでございますか?」 「女だ」 「お名前は?」 「ええ・・・」 M氏は、困ってしまった。 たしかに、支配人の言うのは当然の事だ。 自分が支配人でも、無一文の人間を 泊めることはしないだろう。 「銀行に行けば金はあるんだ」 「今日は日曜日でございます」 当時はサンデーバンクなんかなかった。 支配人は、付け加えた 「あなたが、もし実業家のM氏なら 奥様をお呼びになればよろしいかと 1時間もあれば、こられるのでは?」 なるほど、そうであるM氏の自宅は 車で30分の所にある。 緊急事態である。呼べば、妻も お金を持って来てくれるだろう。 しかし、そうなれば、土曜日に 見知らぬ女と過ごしたことが 妻にバレてしまう。 M氏は妻に 「土曜日日曜日ともに 泊まり込みで、政府高官と大切な話をする」 と話して出てきた。 しかし、本当は日曜日の夜だけが大切な会議で 土曜日は別のホテルで羽を伸ばしたに過ぎなかった。 妻はM氏が土曜日からこのホテルに泊まっていると信じている。 今の時代なら、M氏ほどの人なら 会社の誰かに電話して呼び出すことも 可能だったかもしれない。しかし、当時、 M氏のような豪邸の持ち主ならいざ知らず 一般家庭には電話などないに等しかった。 どうしても、チェックインしなくてはならない M氏は困ったあげく妻に 「もうしわけない」 と電話した。 大急ぎで駆けつけた奥様のおかげで 無事に政府高官との会議に臨んだM氏が 会議終了後、土曜日の夜の一件で 「もうしわけない」 を大汗かきながら連発したのは言うまでもない。 このM氏だが、それから10数年後に 財布が空でも何とかなる ”クレジットカード” という今では常識になっているものを 開発したメンバーの一人となった。 ”困った”は、発明の母である。
2004.03.12
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東京にある仕事場は、高層ビルの30階にあります。 1日1回か2回ですが、ゼイゼイ言いながら 階段を上がって事務所に入ります。 そんなことをしている私も決して若くはありません。 「お若く見えますよ」 女子社員に言われて、ニタニタしているオッサンです。 私は、一日一日着実に年とっています。 私に限らず誰でも生き物である以上は、 いずれ枯れ果てて死んで行くものです。 外見は、どうしようもないです。 でも、心だけは永遠に18歳でいるつもりです。 高校3年生の気持ちでいるつもりです。 以前、70歳になって19歳の女の子に振られてみたい。 そんなゲーテのような人生を歩んでみたいと言ったことが ありました。その時、「私も」って共感のメールを たくさん頂きました。体は70や80でも心は18歳ですから 19歳の女の子は、ひとつ年上なので、ちょうどいいのです。 19歳の彼女には、ご迷惑かもしれませんが。 この前、テレビで女優の森光子さんと少年隊の東山紀之さんが 友達同志だって話を聞いて感心したことがありました。 親子以上に年齢の離れた二人の自然な仕草は驚異でした。 これは、たまたまですが、昨日、大掃除をしていると 20年以上前の雑誌が出てきました。その雑誌をパラパラ見ると 当時50歳の森光子さんが、若さの秘訣を話していました。 当時すでに人気女優だった森光子さんは、お母さん役で 出演中の時間ですよってドラマが大人気でした。 ちょうど、その時、林芙美子原作放浪記の舞台を やることに決まって・・・の話でした 「若い人と話すこと、それと、商売柄かもしれませんが 何でも見てやろうと思って、 毎日最低1回は感動するようにしています」 って言っておられました。 森光子さんは、言葉通りの20数年を過ごされたわけです。 結果は、多くの皆さんがご存じのとおりです。 (放浪記の舞台は、今もやっておられます) さて、あなたの心の年齢は何歳ですか? 心の年齢は、世間の見る目なんか気にしないで 自分で決めることができるんですよ。 いろいろ、いやなこと、悲しいことあると思います。 でも、ふさぎ込んだり、うらんだり、ねたんだりしても 悪くなるばかりです。ほんのちょっと、 気持ちを切り替えれば、楽しいこともあるはずです。 忘れていませんか? 生きるってことは、すばらしいことです。 どうせ生きるなら「心の若さ」を保って、 楽しく生きようではありませんか。
2004.03.11
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1980年代の初め頃、皆さんが毎日のように 出入りしているコンビニエンスストア、 通称コンビニが、まだまだ数少なかった時代の話です。 その頃は、最大手のセブンイレブンでも、 第一号店が長野にオープンして、ようやく東京近郊に ポツポツ出店し始めた程度でした。 そのころ、大手出版社で営業していたK氏は、 営業部長と大喧嘩の最中でした。 「部長・・・コンビニに、うちの雑誌や文庫本を おろさせて下さい。できたら、コンビニ用の 文庫本も作って頂けたら・・・」 「おまえはバカか・・・雑誌なら分かるけれど 文庫本は書店におくものだ」 「いえ、日本中至る所にある駅の売店で文庫本は 売れてますよね。同じように、どこの街にも コンビニはできるようになります」 「それじゃ、君は、あのセブンイレブンやローソンが 成功すると言うのかね」 「はい」 「コンビニはねえ、大手のスーパーの子会社 ばっかりだろう。所詮、スーパーで売れ残った商品を さばくためにあるんだよ」 K氏は奥さんが井戸端会議で口にしていた話を 持ち出しました。 「スーパーは便利で安いけれど、 ちょっとした深夜や早朝の買い物は できないわねって、女房が言ってたんですよ これからは、共働きや独身家庭が増えるから コンビニは絶対に増えていきますって」 「バカな・・・女子供の言うことに いちいち聞き耳立てていたら・・・ いいか、俺は若い頃、証券会社にいた。 そこではいつも、”女性客が証券会社に 出入りするようになったら、下げ相場だ” と言ってた。その説は、一度もはずれた ことはない」 「しかし、消費の主役は女子供です」 「だったら、さっきの株の話を君は否定するのか」 「いえ、それは当たっていると思います。 たしかに女子供は、雰囲気に流されたり 感情が先立って間違いをするかもしれません。 それが、さっきの株の話です。 でも、女子供が、ポロっと口にする言葉。 ひょっとしたら、言ってる本人も気づいていない かもしれない。そんなカンやひらめきは、 将来の商品の流れを見事に予測していると思います。 いや、私は女房に教えてもらったと思ってる くらいです。一生のお願いです。部長」 「わかったわかった・・・ もう、勝手にしろ。その代わり失敗したら ボーナスなしだからな」 ・・・・・・・ あれから、15年以上の月日は流れました。 現在、日本で売り上げ一番の本屋さんは、 大都市の駅前にある全国組織の書店ではなくて、 街角のコンビニのひとつセブンイレブンチェーンです。 そして、 「今あるのは、女房のおかげですね」 と言うK氏は、本が売れないと言われている今でも 年に何冊ものベストセラーを連発する新しい出版社の 社長になっています。
2004.03.10
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小枝子の周りには、一匹の虫がいた。 「好き」だの 「愛してる」だの鳴いてうるさい虫がいた。 この虫とは別に小枝子には、なさぬ仲の愛人がいる。 もう、3年の付き合いになる。 良くある話だが、会社の上司で 短大を出たばかりの小枝子が初めて勤めた会社で、 仕事のことや人間関係を悩んで やさしく相談に乗ってもらったあげくの果てだった。 こんな上司との仲を知らないのだろう。 声をかけてきた同僚がいた。 名前は植田と言って、とにかく一生懸命の男だった。 仕事も良くできた。 「付き合ってくれよ。とりあえず、映画なんて、どうかなあ」 あんまり、ひつこいので 「映画くらいなら」 が、いけなかった。 その日から、機関銃のように 「好き」だの 「愛してる」だの言って来るようになった。 そう、この男が小枝子の虫。 会社の中では、さすがに鳴かなかったが、 一歩、社外に出ると 「好き」 「愛してる」 と、うるさく鳴く虫に変身する。 困った小枝子は叩き落とすわけにはいかないので、 不機嫌そうに言った、 「私には好きな人がいてね」 と追い払おうとする。 しかし、この虫は、 「でも、決まったわけではないよね」 と、なかなか手強い。 とうとう、小枝子は最後の手段に出た。 「私、妊娠してるの。相手は同じ課の上司。 不倫って言うのかな。でもね...... できたら、生みたいと思ってるの」 「俺で良ければ、その子の父親になるよ。 もちろん、大切に育てる。 その上司って人と小枝子さんが結ばれるなら 諦めるけどね」 と、平然と植田は言ってのけた。 小枝子も、これには驚いた。嘘だとバレてたのかと思ったが 「御両親や産婦人科への対応で、困ったら父親は僕だって言ってもいいから」 と、真面目に言うのだ。 地球最後の日が来ても、生き残るのがゴキブリと言われているが この植田という虫は、地球がなくなっても無重力圏内を 「好き」「愛してる」って羽音をたてながら飛んでいそうだ。 それくらい粘り強かった。 小枝子は、同じ嘘の芝居を不倫相手の上司にしてみた。 あるシティホテルの一室だった。 「あなたの子供ができたの」 「ええ?!」 上司は、頭を抱えて悩んでいた。 奥さんも二人の子供もいる人、 会社では一つの課の長で 部下も何十人も抱えている社会的立場もある大の男が、 オイオイ泣いて 「どうしよう...」 と途方に暮れていた。 小枝子は、長い夢から覚めたような気がした。 それから、何ヶ月すぎたのだろうか。 相変わらず、小枝子の周りで虫は鳴いている。 最近、小枝子は虫が可愛く見えてきた。 だから、 「ごめんね。想像妊娠だったの。 それと、別れたわ」 虫は少しホッとしたかのように 「そう」 と笑うだけで何も言わなかった。 ただ、いつものように 「好き」だの 「愛してる」だのと鳴くだけだった。 今の小枝子は、そんな虫に 「うん」 と頷き微笑み返しするだけで精一杯。 でも、いつの日か、同じ音色で鳴いてみたいと思った。
2004.03.09
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貴之君は、銀行のカスタマーサービスをやっています。 この4月から24時間電話受付のサービス開始のために 営業から、この仕事に回されたのです。 「正直の上にバカがつく、君の長所を生かしてほしい」 なんか誉められているのか、けなされているのか 分からない支店長からの辞令代わりの言葉でした。 店頭で活躍するカッコ良い銀行マンにあこがれて 入社した貴之君ですが、今は電話の前に座って 電話の向こう側のお客様と接しています。 週4日勤務で、そのうち2日は深夜勤務という変則勤務ですが 「ハイハイって元気よく返事する俺は、お客様の 受けがいいからなあ。きっとカスタマー向きだよ」 と、悪い気はしていない貴之君でした。 そんな貴之君、上司に頼まれた書類を人事部に届けに 行くときに、人事の幹部たちの話を偶然耳にしました 「営業で勤まらないのなら、深夜のカスタマーに 回したらどうだろう」 「そうですね。あの仕事なら誰だってできるし」 この話を聞いて、貴之君はがっかりしました。 これからの銀行には、24時間でお客様と対応できる カスタマーの仕事は、とっても大切だと信じて いたからです。 「金融のグローバル化とか言ってるくせに 古い体質の銀行幹部は、そんなこと分かってなんか いないんだ」 柄にもなく、その夜、貴之君はやけ酒を飲みました。 一人フラフラと帰る地下商店街で、貴之君は、地面に くっつきそうになる位に顔を近づけている女の子を 見かけました 「何してるんですか?」 不思議に思って声をかける貴之君に女の子は 「コンタクト落としたんです」 「それは大変だ」 いっしょになって、探すこと10分後、 貴之君は、キラリと光るコンタクトレンズを 発見しました。 「ありがとうございます」 女の子は、「何かお礼を・・」とも言っていたようですが とにかく飲み過ぎの貴之君、変なカッコで這いずり回って かなり気分が悪くなっていたのでした 「いいですよ・・・ゲボゲボ・・・」 と、逃げるように、その場を立ち去りました。 明くる昼の1時、夜勤の貴之君は、ゆっくり 寝ていました。夜勤の日は昼の3時に家を出れば いいからです 「こんな憂さ晴らしができるのも 夜勤があるからだもんな」 そう言いながら、 「出勤までに、ちょっとコンビニでも」 と思った貴之君は涙が出るほど がっかりしました。 財布がないのです。 「おれは、バカだなあ。酒飲んで 酔っぱらって財布なくすなんて なんてバカなんだ。あああ・・バカバカバカ」 貴之君は、自分自身を責めました。 しょんぼりしている貴之君の電話が、プルプル・・鳴りました。 勤め先の銀行からでした。 何でも、あの女の子が、貴之君の 落とした財布を届けてくれたと言うのです。 「ああ・・あのときだ」 おぼろげに覚えている記憶をたどれば、あの時しか なかったのです。あの娘のコンタクトを探すために、 這いずり回った時に貴之君は財布を落としていたのです。 財布に気づいた女の子は、貴之君を追いかけたそうですが 見失ったそうなのです。それで今朝、財布の中身から 貴之君の勤め先を見つけて届けてくれたのです。 こんなことで、コロッと 「バカ正直も悪くない」 そう思えてくるからバカ正直は幸せ者です。
2004.03.08
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ひとみは、中学生の頃まで、いじめられっ子だった。 だからかもしれないが、友達と話すときも、 どこかオドオドしていて自信なさそうな女の子だった。 ひとみが、高校を卒業してから最初に付き合った藤白は なかなかの二枚目だった。 藤白のことを、どの友だちに紹介しても 「わあ、素敵」 と、言ってくれた。 ひとみは、鼻高々で生まれて初めての優越感に浸った。 そして、付き合って半年目から同棲を始めた。 安いアパートだった。 ひとみは彼のことを、 たった一つのことを除いては100%愛していた。 そのたった一つが、二人の間を引き裂いた。 藤白は大の博打好きで、平気で高利貸から金を借りた。 ひとみの名義でも借りた。 支払いが遅れて、どうにもならなくなった1年後、 藤白はどこに行ったか分からなくなった 「仕事をさがしてくる」 が最後のセリフだった。 今の夫和夫と出会ったのは、借金を返すために 夜のスナックでバイトしている頃だった。 ママの知り合いだそうで、閉店時間になると 「ああ、やれやれ」 といいながら来る人だった。 30半ばで、12歳も年上なのに ぜんぜん頼り無い人だった。 見た目も、ぜんぜん好みではなかった。 それなのに 「同棲してた彼の借金を返すために夜の商売はじめたの」 フラっと、ほんとうの話をしてしまった。 「よかったら、俺といっしょに借金返そうか」 そんな優しい言葉につられて、結婚してしまった。 それから5年、借金は和夫に全額払ってもらった。 働き者で、浮気もしない、 日曜日には家庭サービスもしてくれる夫、 それと1歳と4歳の二人の子宝に恵まれ 誰の目にも幸せな主婦のひとみだった。 和夫の実家は、クリーニング屋さんで 大手の食品工場の請負をしている関係で大変忙しかった。 和夫が仕事を終えて帰ってくるのは夜の9時過ぎで ヘトヘトに疲れている彼は風呂に入って 缶ビール1本を飲んで寝てしまうだけの人だった。 真面目ないい人だけど、この人を愛してる? と問われると、ひとみにはイエスの自信はなかった。 ひとみは、二人目が生まれてから育児ノイローゼ気味だった。 寝顔を見ていると、たまらなく可愛いのだが 少し泣かれたり、駄々をこねられると 何なの、この生き物? これが人間? と言う感情が芽生える。 「いけない」 と、思っても小学校や中学校の時のいじめられた記憶が タイムスリップしてくる。 そんなひとみの前に現れたのは、あの藤白だった。 まだ、幼稚園にも通えない二人の子を連れて 藤白に会いに行くひとみだった。 バカなことと分かっている。 主人に申し訳ないと分かっている。 それでも、待ち合わせ場所の喫茶店に来てしまった。 時々、駄々をこねる我が子をあやしながら ひとみは、彼の前に座っている。 今も愛する彼の前に座っている。 相変わらずの遊び人風の藤白は 「ひさしぶり・・・」 とカッコつけて呟いた。 ひとみは申し訳なさそうに 「ごめんね。子連れで」 「いや、いいよ。それより、俺のこと恨んでると思って」 「全然、好きになったの私だもの」 「借金残して逃げたし」 「それも、いい旦那が見つかって返せたからいいのよ」 「そうか。強くなったなあ、おまえ」 「お母さんになったからかな。 それに別れても、あなたとの暮らし 無駄にしたくなかったから・・・」 そんな話をしながら、藤白と会っているうちに 藤白と暮らした昔と育児に追われる今の どっちが幸せ? そう思うひとみに 「お母さん、帰ろ」 と幼い我が子が言った。
2004.03.07
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どこの高校にも、どうしようもない連中の集まった クラスは、あるものだ。すでに、3人が退学し 2人が休学した2年11組は、そんなクラスだった。 勉強やっても、スポーツやっても、いつもビリのクラスだった。 みんなも、自分達がダメだって決めつけている所があって 何をするにも投げやりなクラスだった。 そんな2年11組のホームルームの時間だった。 学級委員の健司は、みんなの前に立った。 「あのなあ、生徒会の方からこのクラスが学園祭に 何をやるかを決めて提出するように言われてるんやけど どうしますか?」 後ろの席から、頭を茶色に染めた数人が 「学祭なんか棄権や」 「意味ない」 健司は、「おもしろい」 と一言言って、担任の塚田の方を見た 「先生、ボイコットありですか?」 えへっへへへ・・後ろの連中が品悪く笑った。 塚田は、まさか、そんなことにはならないと思ったのだろう 「ああ、君たちがいいんなら」 と、何気なく答えてしまった。 塚田は、小柄な音楽の先生で どの生徒よりも背が低く、ばかに上品な話し方が 災いしてか、かなり生徒たちになめられていた。 本来なら、しっかりしなくてはならない 学級委員の健司でさえ、学内マラソンでケガをして、 唯一の楽しみである野球部の練習に参加できなくてイライラしていた。 「では、みなさんも早く帰りたいでしょうから 採決します。劇か映画をする。バザーをする。何かの展示をする。 または、棄権をするの中から選んで下さい」 採決の結果、健司のクラスは、あっさりと 学園祭ボイコットを決めた。 さて、こうなると困るのが生徒会や職員会で まず、健司が生徒会に呼び出された。 生徒会長は言った 「何とか、やってみないか。棄権では困るんだ 学校始まって以来だ」 健司の中学からの同級生の副会長も言った 「健司、おまえらしくないぞ」 健司は腕組みして、 「決まったことやから」 と、あっさり突っぱねた。 もちろん、担任の塚田先生も学年主任の先生や 最後は校長先生までもが来て、毎日のように ホームルームで説得された。 クラスのみんなは、意地になっていた。 一寸の虫にも5分の魂ではないだろうが 劣等生には劣等生の意地があった。 そんな時、佐藤という 男子生徒が、交通事故で大けがをした。 佐藤の家は母子家庭で生活が苦しいことは皆知っていた。 佐藤の口癖は、「片親やから」だった。 成績が悪いのも、女の子にモテないのも、 不幸な境遇のせいにするやつだった。 はっきり言って、クラスの嫌われ者だった。 そんな佐藤の事故の翌日のホームルームも 校長と学年主任と塚田先生と クラスのみんなは、無言でにらめっこしていた。 その日は、学園祭の前日でもあったので 先生たちも必死だった。 沈黙を破って、もう一人の学級委員のミー子が立ち上がった 「先生、バザーなら私たち、やってもいい。 ただし、売り上げは、全部入院している佐藤君に送ります」 「へえ、ミー子、青春ドラマみたいやんけ」 と、健司が言うと ダハッハッハッハ・・・とクラス全員大笑いした。 「ミー子、おまえ、佐藤をふったから罪滅ぼしのつもりか」 口の悪い連中からチャチャも入った。 確かに、ミー子は佐藤の再三の誘いも断っていた。 ミー子は、そんなヤジなどフンと無視して 「それと、これとは別よ。かわいそうじゃない。佐藤君」 男子生徒も、ほぼ全員賛成のようで頷いていた。 その時塚田先生が 「しかし、学校の規則ではバザーの収益金は 学校の為に使うことに」 と口をはさむと 「だったら、やんない」 と、あっちこっちから声上がった。 クラス一番の秀才の夏美が座ったままで 「私たち話し合ったんです。意味のあることなら やろうって、クラスの仲間助けるなら意味もあると思います」 健司も大きな声でみんなに声をかけた 「おまえら、やるならやるって言えよ。 俺は、早く帰りたいんや」 クラス全員は「賛成」「オーケー」と声を上げた。 もはや、これまでと思ったのか校長先生が口を開いた、 「今回だけということで認めるが、 しっかりやってくれよ」 その一言だけ残して 塚田先生を残し、校長先生も学年主任の先生も 心配そうに引き上げて行った。 ヒューヒュー、クラスのみんなは、最高に盛り上がった。 健司とミー子は、ガッツポーズで前に立った。 「みなさん、明日は一人3品ずつ持ってきて下さい」 これだけ言って、その日は解散となった。 それなりにやれればと思っていた健司は 翌朝ビックリした。言われたとおりクラス全員が 3品ずつ持ってくれば、立派なバザーになった。 いや、3品どころか家中のがらくたを持ってきた奴もいた。 机をコの字に並べて、その上に展示するだけだが 結構な品数になった。客寄せは、 夜遊びやナンパで慣れているのだろうか 茶髪の連中が大活躍した。 ちなみに健司は、学校の裏山の池にいる カニをバケツに一杯捕ってきて売った。 信じられないくらいの客が集まった。 心配して見に来た校長や学年主任も 目を丸くしたり首をひねったりしていた。 学園祭が終わる4時までに ほとんどの品物は売れてしまった。 売り上げは、なんと30万円。 他にもバザーや飲食をやったクラスもあったが ダントツの売り上げだった。 「へえー。やれば、できるんだ」と健治は何気なく思っただけだったが、 勝手気ままな問題児達に散々苦労して来た担任の塚田先生だけは 「僕は、君たちの担任になったことを誇りに思った」 と、泣きそうな顔で言っていた。
2004.03.06
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晶子は自分の顔が嫌いだった。 まあるい顔に、だんご鼻。 おせじにも美人とは言えない。 それに引き換え、母は近所でも評判の美人だった。 ○△小町と呼ばれたらしい。 母に恨みごとを言ったこともある。 「私、本当にお母さんの子?」 「何をバカなこと」 「だって、全然、似てないよ」 「よーく、見てごらんなさい 似ているところもあるのよ。 くちびるだって」 と鏡を渡された。 そう言われてみると、 少し小さめの唇は、母そっくりだ。 そんな晶子も、もうすぐ嫁に行く。 彼と食事をした。 フランス料理のフルコースに手もつけず、 じっと晶子の顔ばかり見ている彼に 「そんなに、私の顔見ないでよ。 ごちそうが冷めちゃうよ」 「いや、こっちの方が よっぽど、ごちそうだよ」 「私の顔なんてねえ、そのうち 朝に昼に夜にで、きっとあきちゃうんだから」 そう言いながらも晶子は、 いつのまにか自分の顔が好きになっていた。
2004.03.05
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月曜日の朝から幼稚園児のマー君4歳の お母さんと出勤前のお父さんが何やら夫婦喧嘩をやっているようです。 まずは、お母さんが 「マーが書類をゴミ箱に捨てたけどいいの?」 と、心配そうに言いますと 「ええ!どこどこ・・・」 ビックリしたお父さんは、ネクタイを締めながら 家中のゴミ箱に頭を突っ込んだり ひっくり返したりして走り回っています。 捨てられたらしい書類が見つからないお父さんは、 だんだん頭に血が登ってきました 「おい、どのゴミ箱だよ」 お母さんがお父さんのそばで言いました 「ちがうの。パソコン」 「パソコン?捨てたのか」 「違うわよ、マーがパソコンのゴミ箱に何か入れてたのよ」 「パソコン・・・早く言ってくれよ」 と、プリプリ怒ったお父さんのネクタイは大きく曲がっています。 どうやら、マー君が捨てたと言うのは、 マー君が最近使いはじめたパソコン上のゴミ箱だったようです。 こんなマー君、最近、近所にできたピアノ教室に お試し入学しました。男の子のマー君がピアノってのは どうも納得行かないお父さんは 「男の子なんだからさあ、野球やサッカーの方が いいんじゃないかなあ」 と言うのですが、お母さんは 「何をやるにしても、リズム感よ。 ピアノ教室の先生が言ってたのよ。 大工さんも腕があがると、トントンって トンカチ叩く音が、うるさい音からリズミカルな音になるんですって」 「あ、それでか、ベートーベンに第九(だいく)ってあるの」 お父さんは、ちょっと、冗談でも言ってみたくなったのでしょう。 しかし、お母さんは軽蔑したように 「バカじゃないの。真面目に考えてよ」 最近、教育熱心なお母さんの気迫にお父さんは、タジタジです。 さて、肝心のマー君ですが、最初の一日は楽しそうに過ごしました。 ピアノ教室で滅茶苦茶ひかせてもらえるのが うれしかったようで、 「ジャンジャンガンガン・・・」 なんて言いながらやっていた様ですが。 二日目になって先生がドレミ・・・を教えはじめると 「幼稚園の先生とおんなじやな」 って言い出して、すっかりやる気をなくしてしまいました。 先生が 「ドレミ・・・・・」 と言うとマー君 「ガタンコトンガタンコトン・・・」 大好きな貨物列車の走る音で言い返します。 「ドレミ」「ガタンコトン・・」「ドレミ・・・」「ガタンコトン・・・」 先生が何度「ドレミ」と言っても、 マー君は「ガタンコトン」と言い返すので とうとう先生はギブアップ、 「お母様、まだマー君にはピアノは早いんではないでしょうか。 まだまだ、お電車の方がよろしいようで・・・オホホッホ」 と愛想笑いで言うと、マー君のお母さん、 「違うんです。うちの子は貨物列車なんです」 と答えてプリプリ怒って帰ってきました。 そして、その夜、お母さんは仕事から帰ってきたお父さんに 「大工のトンカチのリズムだって・・なんて言ってたくせに 貨物列車のガタンコトンが、どうしていけないのよ。 マーは4歳よ・・・ドレミなんて言っても面白いはずないでしょ」 と言って超興奮気味です。 お父さんは、何とかお母さんの興奮を抑えようと 「エジソンのお母さんも、そうやって子供の味方したんだよね」 お母さん、この言葉に踊り上がるように喜んで 「そうよね。エジソンのお母さんは、いつだって子供の味方だったのよ。 さすが、あなた、よく分かってるわあ」 アッという間に上機嫌になったマー君のお母さん 「がんばれよ、エジソン君」 とマー君の頭をナデナデしたのでした。
2004.03.04
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プルプル・・・・・ 目覚ましのベルにて目覚める。 6時30分。 花柄カーテンは幕は開く。 今日から女子大生。 本日は晴天なり。 ステレオ・スイッチオン。 田舎から出てきて丸4日になる。 花の女子大生の一人暮らし。 朝シャンでバッチリ決める。 ドライヤーでガーガー。 ちょっと髪痛んでるかなあ。 眠くてもシッカリ食べなくては。 バクバク・・・・・ バッチリ化粧しよう・・・いや少し控えめに あくまでも自然に。 パタパタ・・・ ウフフッフフフ・・・ ウン。 今日は着慣れたジーンズではなく、 せっかくの入学式。 グレーのスーツを着よう! 今かかっている曲もGLAY。 駅まで自転車にて颯爽と・・・ スーイスーイ・・・ 少し寒いけど、気持ちいい。 駅前自転車置き場に預かってもらう。 ごま塩頭のおじさんの顔。 そう言えば、今日初めて会う人だ。 「おはようございます」 おじさん、ニッコリと 「一年生だね。いってらっしゃい」 ・・・どうして分かるんだろう?・・・ 見れば分かるか・・・ お父さんお母さん、私ちゃんと起きたよ。 昨日楽しいことがあってね。 実はアルバイト先でね・・・ ハンサムな先輩との会話。 「どう?今日は暇?」 「えっ?」 「今日は暇?」 「それ、どう言う意味ですか?」 「どう言う意味って・・・仕事が忙しいかって聞いてるんだよ」 「あ・・・すみません」 とんだ勘違いだったけど、 「おれも紛らわしい言い方したかもね」 って素敵な笑顔。ファンになっちゃった・・・ だから、すごく元気。 だって、ピカピカの1年生。 「いってらっしゃい」かあ・・・ そう言えば今日初めて聞く言葉。 そう言えば女子大生になって初めて聞く言葉。 「いってらっしゃい」だって ジーンと来ちゃった。
2004.03.03
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専門学校生の新一と啓介は、 24時間営業の牛丼屋” ヨシギュー”の夜番だ。 週に3日、夜9時~朝8時までがんばっている。 この二人に店長からメモ伝言があった。 「三島エッグには、断っておいてくれ」 三島エッグは、この街の小さな養鶏場でヨシギューに毎朝7時頃に 生みたての卵を届けてくれる。 しかし、ヨシギューの本部が北海道で始めた養鶏場が軌道に乗ったようで この街のヨシギューも、肉やタレといっしょに卵も仕入れることになった。 さて、これは新一にとっては大問題なのである。 というのも、三島エッグから配達にやってくるのは高校生の ミヨちゃん(おそらく三島エッグの店主の娘さん)と言う子で、 新一は、以前からずっと憧れていたのだが告白できずにいたのだった。 それを知っていて、じれったく思っている相棒の啓介は 「新一、お前なあ。明日の朝絶対言えよ」 「明日か?」 「この伝言メモ、明日の夜晩の連中に引き継いだら、 もうミヨちゃんに会えないんだぞ。 最後のチャンスになるんだぞ」 二人がこんな話をした翌朝7時頃、新一はいつものように ほうきを持って店の前の掃除をしていた。 そこへ、ミヨちゃんが自転車に乗ってやってきた。 「毎度、ありがとうございます。三島エッグです」 新一が、ほうきで掃く手を休めて見ると、今朝産み落とされたばかりの 卵の入った箱をミヨちゃんが抱えている。 何と切り出したら良いか分からない新一は、いつものように 「おはよう。調理場の裏口開いてるはずだけど...........」 さきを歩く新一の後ろをミヨちゃんが卵の箱を持って行く。 新一が調理場の裏口の扉を開けて、ミヨちゃんから箱を受け取り中へ入れる。 その時、ちょうど調理場で朝定食を作っている啓介の目と新一の目が合う。 啓介は「早く言え」とばかりに目配せをしている。 そんな啓介に押されるように新一は 「これから学校?」 「はい」 「いつも、朝早くからごくろうさま。 やっぱり生みたてはおいしいねえ」 「やっぱり、たべてるんですか」 「まあね」 なかなか、話の核心に進められない新一に苛立った啓介が駆け寄り 「あの.......」と切り出そうとすると 新一は、観念したように 「わかったよ。言うから」 その時、突然、ミヨちゃんが堪えていたものを吐き出すかのように 泣き喚いた 「アーアー、もう卵の配達。今日で終わりなんです」 自分たちがミヨちゃんに言わなければいけない言葉を 反対に予想外の形で言われた新一と啓介は驚いて顔を見合わせた 「どうして?」 ミヨちゃんは涙でクシャクシャの顔で 「お父さんの養鶏場、倒産したんです」 そう言うとミヨちゃんは泣きながら自転車に乗り走り出した。 それを見た新一はエプロンをハズし、そのまま啓介に放り投げ、 「おい、店頼む」 エプロンを受け取った啓介は笑顔で、 「あいよ、がんばれよ」 と、あたりに響き渡る景気の良い声で答える。 新一は全速力でミヨちゃんの乗った自転車を追いかけた。
2004.03.02
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元気出して下さいね。 泣きたいときはおもっきり泣いて。 明日は、すっきり頑張ろう。 落ち込みは誰にでもありますから。 ただ、こればっかりは 誰も助けてくれないです。 自分ではい上がるしかないです。 昔の青春ドラマの主題歌に 「涙は心の汗さ・・・」 ってフレーズありました。 ご存じでしょうか? こんなことを言った人もいました。 「寝枕を濡らしたことのない人に 人の心を打つ詩がかけるはずはなし」ってね。 ちょっと、話が飛躍しますけれど。 人間の脳ってコンピューターの メモリーと同じような場所があって 海馬とか言う名前らしいんですが そこには入る量に限界があるんです。 悩んだり、こだわったりして 何かが脳のメモリーの中に残っていると、 もう入って来ないようです。 たとえば、パンパンの自転車のタイヤ思い出して下さい。 空気入れでどんなに押しても入らないでしょう。 世間には、プラスの話題で 頭が一杯の人もいますが そんな人は、こっちに置いて... まず、元気になるには、マイナスの 話題を追い出さなくてはなりません。 そうすれば、プラスの話題も 流れ込んでくるはずです。 すぐ外で、寒い中を 「早く、早く、待ってるんだよ」 って良い話さんが待ってるかも しれないんで。 こんな風に考えてもいいかな。 スランプや鬱って、メモリーが ダム状態になって流れなくなっているとか。 では、どうすれば流れるか?って。 今あるメモリーをクリアする。 つまり、現実を忘れること。 現代の人は、みんな賢いんです。 とにかく情報がたくさんあるから。 でも、考えてみて下さい。 苦労や混乱の原因の多くは 情報が多すぎるからじゃないかと。 素直に話を聞いて危機には 備えなくてはならないけれど。 やることやったら、 あとはケセラケラ(明日は明日の風が吹く)ですよ。 誰だか名前は忘れましたが 「心の元気さを保つために 本を読むこと 映画を見ること 新しい音楽を聴くこと この3つを毎週必ず実行する」 って言ってました。 私も、この話を真に受けていまして 暇を見つけては映画を見たり 新しい音楽を聴いたりしてます。 私の年代で、ラルク・アン・シェルや ZONEを気に入ってるのも珍しいらしいです。 身体は老いていくのは仕方ないけれど、 心だけは若々しくありたいですね。
2004.03.01
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