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今から200年ほど前の話である。 会津藩20石江戸住勘定方・並河一郎太は、 無念の死を遂げた父の敵討ちの為に 同じ藩の江戸家老・橘慎之介と1ヶ月後、 殿の御前にて果たし合いをすることになった。 慎之介は剣の達人で、同い年で一緒に道場通いをした 一郎太ではあるが、どうころんでも勝てる相手ではない。 そこで、一郎太は考えたあげく、藩内でも 美人の誉れ高い恋人の小雪を慎之介の屋敷に奉公にやった。 「よいか小雪、慎之介の隙を見て、この薬を 少しずつ飲ませるのじゃ」 一郎太が小雪に手渡した薬は、今で言うトリカブト のようなもので、何回も飲ませれば、次第に 身体が衰弱して行く薬だった。 さて、首尾良く橘の家老屋敷に奉公に上がり始めた 小雪は、この屋敷で働いている女たちには目障りだった ようで、何かと仲間はずれにされた。挙げ句の果てに、 罠にかけられ、門番の男二人に強*されそうになった。 そんな小雪の危うい所を助けに現れたのが、 皮肉なことに憎き敵の慎之介であった。 「大丈夫であったか、あやつらは本日限りで 暇を言い渡したので、安心して奉公してくれ」 そう言う慎之介は、以前から小雪のことを 好いていたようで、彼女が奉公に上がるように なった日から、様子を見ていた。だから、 小雪の危機を未然に防ぐことができたのだった。 そんなことを知る由もない小雪は、 将来の夫となる一郎太の敵ではあったが、 慎之介の優しい物腰を見ると、 どうも憎き敵とは信じられなくなった。 1週間2週間と奉公を重ねる内、何とか慎之介の 側に近づくことができるようになった小雪は 何度か、薬を慎之介の食事の腕の中に入れた。 日に日に、慎之介に心を引かれて行く小雪ではあったが、 将来の夫の憎き敵だと自分自身に言い聞かせ、 心を鬼にして、薬をもりつづけた。毒が全身に回り 次第次第に顔色が悪くなる慎之介。 そして、1ヶ月がすぎ、果たし合いが明日に迫った日、 慎之介が小雪に話しかけた 「小雪は、駿河一郎太の許嫁だそうじゃのお?」 「え?」 「隠さなくとも良い。知っておったのじゃ最初から」 「そんな・・・」 「小雪が毒をもっていたことも」 「まさか」 「一郎太の父は、惜しいことをした。しかし、 やむをえなかったのじゃ。家老の跡目争いに勝ち、 わしは江戸家老になった。息子と同じ年の 男に負けたのじゃ。さぞかし悔しかったのじゃろう。 夢やぶれたと分かった一郎太の父は、わしを殺そうと 刀で斬りつけてきたじゃ・・・殺すつもりはなかった・・・」 「そこまで分かっておられるのなら、どうして 私の差し出したものをお食べになったのですか?」 「あなたになら、殺されても本望と思っていた」 「慎之介さま」 小雪にとっては青天の霹靂とも言うべき 慎之介の愛の告白であった。 この世で一番愛してはいけない男に 心を引かれて行く小雪であった。 さて、翌朝、お殿様の見守る会津藩邸中庭にて 並河一郎太と橘慎之介の一対一の果たし合いが 始まった。小雪は、一郎太の親族たちの片隅で 状況を見守った。どちらが勝っても小雪に とっては悲しい結末であった・・・ 勝負は一郎太優勢のうちに進んでいた。 見守る誰もが哀れに感じるほど衰弱し立っているのが やっとの慎之介に一郎太は容赦なく何度も何度も 斬りつけたが、なかなか致命傷までは至らない。 ほんの一瞬の間で一郎太の剣をかわす慎之介だった。 汗にまみれ必死の形相でにらみ合う一郎太と慎之介。 もはや体力の限界なのであろう慎之介が、膝をついた。 そこへ一郎太が切り込む 「父の敵(かたき)」 それに対し慎之介は倒れながら、一郎太を突いた。 心の臓に太刀を浴びた一郎太は、 「ウウッ」 と呻きもんどりうって倒れた。 「おお・・・」 と鳴き声とも叫び声とも知れぬ声をあげ、 倒れた一郎太に駆け寄る彼の親類縁者たち、 その中に小雪もいた。ほんの一瞬、慎之介と 小雪は視線を交わし、すぐさま背けた。 家臣たちの肩を借り、ヨロヨロと立ち上がる慎之介が見たものは 瀕死の一郎太に泣きすがる小雪の後ろ姿だった。
2004.04.30
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頭の芯が疼くほど苦しいと由美は思った。 大輔からの電話が来るのを待っていたら 夜が明けてしまったのだ。 「あれほど、誕生日のこと忘れないでね って言ったのに・・・もう最低」 由美は思わず枕元のぬいぐるみを投げつけた。 今朝は由美の23回目の誕生日だった。 由美が苛立つのも無理はなかった。 夕べのうちに時間を決めておかないと お互いに仕事に入ると連絡とれないからだ。 由美は保母さんで、大輔は警察官なのだ。 そんな由美は保母さんになって3年目、 毎日4歳5歳の子供たちと過ごす。 2つ年上で警察官の大輔とは、友達同士 が恋人で、引きづられるようにして仲良くなった。 でも、お熱をあげたのは由美だけだった のだろうか。由美は空しくなってきた。 とは言っても、しょぼくれて子供たちの 相手はできない。子供は純真で、しかも 敏感なのだ。大人の気持ちの変化を 一番に感じたり、影響を受けたりするのは 子供たちなのだ。それに、由美は子供が 好きだ。澱みのないキラキラした目が 大好きだった。気持ちを入れ替えて 最後の一人をお母さんに引き渡すまで 満面の笑顔で通した。 ホッとすると、今朝の苦痛がよみがえってきた。 「気晴らしにウインドウショッピングでも するか」 由美は繁華街に繰り出した。 仕事でイヤなことがあった日は、こうして 気晴らしをするのだ。家に帰っても 年取った母と父と猫の平治がいるだけだ。 1時間ほど気晴らしをして家に帰ると 父は夕刊を読みながら 「おかえり・・今日、誕生日なんだなあ」 由美は驚いた 「え、お父さん、私の誕生日憶えてるなんて 20年ぶりくらいじゃない」 母も 「誕生日だったのね。憶えてたらケーキくらい 買っといたのに」 と、キョトンとして言った。 父も 「そうだな」 と、付け加えた。 ついでに猫の平治もミャーと鳴いた。 こんな父や母や平治の不可思議な態度を 由美は、どう解釈したらいいか分からないまま、 自分の部屋に戻って驚いた。 デーン!大きな花束!! たぶん、花キューピットの1万円。 そうそう、NTTに頼めば電報つきで来るヤツではないか。 もーもー、感無量の由美は電報を読んだ 「ユミ ゴメン トリアエズ タンジョウビ オメデトウ ダイスケ」 なんと、大輔からではないか・・・ 昨晩、大輔は警察の不祥事とやらで野暮用に走り回って とても由美への電話どころでなかった。やっと、今日に なって解放された大輔だったが、保育中の由美に 電話は厳禁である。そこで思いついたのが 花キューピット作戦だったのである。
2004.04.29
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私は女の子と食事をしたり、 コーヒーを飲んだりするとき、 話のネタがなくなれば 宇宙の話をします。 「宇宙人っていると思う?」 「分からない。いるかも」 「金星や火星には酸素がないから生物はいないって 学校の先生が言ってたけど、それ、おかしいよね 他の何かで呼吸して生きてるかもしれないし」 「そうね、そう考えたら宇宙人っていそうね」 「そうだろ」 こんな会話をすると、たいていの女の子は 機嫌を直してニコニコしてくれます。 宇宙がらみの話は夢があるからでしょうか。 何年か前でした。 お金がなくて苦しい頃です。 1ヶ月間キャベツだけで過ごした頃です。 そんな時でも、男の見栄ってヤツでしょうか? 好きな女の子とは、 シティホテルにステーキを食べに行きました。 とにかく飢餓状態ですから、 ステーキなんか見ると、 もう、世界はステーキって気分です。 ステーキ以外何も見えない。 ステーキこそ宇宙だ! って気持ちになるわけです。 で、定番の宇宙の話を始めるんですが。 どうも、おかしいんです。 「この前、夢で空飛ぶ円盤を見たんだ。 でも、その円盤が僕の前に来ると なんと、ステーキに変わったんだ」 「フフフ・・おもしろい」 「で、円盤から出てきた宇宙人の頭は キャベツに変わるんだ。 でも、その宇宙人は地球人の敵だと思うんだ」 「ええ、その宇宙人は敵なの?」 「いや、キャベツが敵なんだ」
2004.04.28
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高校生には試験休みがある。期末試験がボロボロ 状態で親の顔を見たくない2年生の太郎にも休みはある。 テレビを見ている太郎の携帯電話にメールが入った。ミチコだ。 ・・・チョースピードで、連絡チョーダイ・・・ 太郎が折り返し電話すると、 「バンザーイ」 とミチコが叫んでいる。 「私、女王様になるの・・・」 「おまえ、そんな趣味あったのか。 ちかごろの女子高生ときたら」 「何、考えてるの・・・ちょっと、 駅前のマックに来てよ・・・いいから」 太郎がマックに行くとミチコは、お子さまセットを 食べていた。 「これ,おまけ・・・」 ミチコは、ディズニーのおもちゃを見せた。 口の周りにはマヨネーズ口紅が付いている。 ミチコは、絶好調で話し始めた 「インターネットでね。女王様募集ってのを 見つけて、そんでね、名前とメッセージ100文字と 携帯番号入れといたの。 そしたら、返事が来てさあ・・・写真送ったの ・・・そしたらさあ、昨日、新宿のホテル・・ ロイヤルスイートよお・・広いのよ・・・太郎の部屋の 100倍くらいの部屋で、お見合いしたの・・・ そしたら、よく聞いてよ・・ぜひ、私の奥さんにって メール来たのよ・・・今朝、7時35分」 「どこのオッサンや?」 「若いのよ23歳・・・中近東にある最近独立した国 の王子様。日本に留学してたのよ。彼のお父さんが 体調悪くて、早く結婚しろって」 「それで・・」 「応募者2398人から選ばれたんだから」 「おまえが?」 目だけは大きいが、色黒で、足も太い・・・ どう見ても美人には、ほど遠いミチコである。 「太郎と別れるのは悲しいけれど・・・ 彼が待ってるの」 「どうでもいいけれど、マヨネーズ拭いて行けよ」 ミチコは、いつもの短いスカートではなく 膝上0センチくらいのスカートを着ていた。 黄色一色のいちょう並木を太郎は歩いていた。 この道は、太郎とミチコの高校へと続く道である。 隣を見ても、いつもいるはずのミチコはいない。 「遠くへ行ったんだよな・・」 思わず呟いた太郎だった。 「顔はおにぎりみたいだけど 気はイイヤツだった。 足は太いけれど、 いつも元気で明るいヤツだった」 泣いちゃいけない。 泣いちゃあ行けないんだ。 太郎は、必死で涙をこらえた。 その時、ヨッと元気な声で背中を叩かれた。 ミチコだった。 「どうしたんだよ・・・王子様は?」 「ううう・・・ん」 はにかんで、言おうとしないミチコ。 「どうしたんだ?」 「広いスイートルームにいたら、寂しくなって 逃げ出してきたの」 「おまえなあ」 「マックで口の周りマヨネーズだらけにして 食べられないでしょ。そう思ったら悲しくなったの。 私が、いなくて寂しかった?」 「全然、寂しくなんてなかった」 「そう、じゃ、帰ろうかな王子様のところ」 「や、やめろよ」 そう言う太郎は、真剣な表情だった。
2004.04.27
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「こんにちは、みなさん、元気ですか」 ある日、ユミが、いつものように商店街のアンパンマンショーの 司会で訪れた町は、5年前、太郎とほんの一瞬出会った町だった。 ユミは、太郎の顔など覚えていなかった。でも、俄づくりの ステージに上がるとき、 「ひょっとして、太郎さんが来ているのでは・・・」 と心の隅で思っていた・・・ 「たしか、5年前はアイドルのつもりだった」 ユミが歌手デビューしたのは5年前だった。 最初の1枚こそヒットしたが、それから 3枚ほどCDを出したが、さっぱり売れなかった。 プロダクションも、3度変わった。 今はマネージャーもいない、名ばかりの芸能人だ。 何をして食べているかというと デパートの屋上や地方の催し物のアトラクションの司会で 食べている。早い話が、スーパーや商店街で 大売り出しの時にやっているウルトラマンショーや ポケモンショーの司会のお姉さん、あれがユミの仕事だ。 そんなユミに毎月1日の消印で5年間ずっとファンレターを 送ってくる人がいる男が太郎だ。 太郎は25才になる。 近頃珍しい働き者で腕の良い大工だ。 だが、残念なことに、今まで付き合った女の子は一人もいない。 浮いた噂もない。 太郎は、それもこれも 「みんな顔のせいだ」 と太郎は思っている。 目も鼻も口も眉も、みんな大きすぎるのだ。 女の子は、口をそろえて怖い顔と言う。そんな太郎が 毎月1日に5年間ファンレターを出し続けている歌手がユミなのだ。 ユミと太郎は、5年間一度も会ったことがないし、 一度もお互いに会おうと言ったこともなかった。 と言うのも、ユミはアイドルでデビューしたほどだから 言い寄ってくる男には不自由しなかった。まして、 どこの誰かも分からない一ファンと会おうとも思わなかった。 しかし、この2年、ファンレターは太郎から来るもの だけになってしまった。 CDも出していない、 テレビもラジオ出ていない、 スターを夢見て、必死に頑張った5年間だったが、 さすがに仕事に限界を感じ始めている事もあって 「5年間、応援してくれた人だし一度会って、是非、お礼を・・・」 と思い始めていた。 一方の太郎は、会いたかったが、自分の顔を思うと 夢が音を立てて壊れるようでイヤだった。 5年前、近所のレコード店にキャンペーンで来ていた ユミに握手してもらい、その日に書いたファンレター に返事が来て、それが天にも昇るほど嬉しくて、 誰にも言わず5年間毎月1日に手紙を投函する習慣に なっていた。内気で生真面目な性格の太郎らしかった。 「万一、会ってもらえても、嫌われるに決まってる」 そう信じて疑っていなかった・・・ 太郎は来ていた。 大工仲間数人と一番後ろからユミを見ていた。 もちろん、太郎は、そのまま帰るつもりだった。 子供向けのショーが終わるとビンゴゲームが定番だった。 縦横斜めで、早く並んだ人が景品をもらえる単純なゲームだ。 その司会も引き続きユミがやっていた。 「ビンゴ。1です」 太郎たちも、一枚のカードをもらった。 どういうわけか、いつも勝負弱いはずの太郎が、アッという間に 並んでしまった。 「ビンゴ」 と言えば、一等賞だ。一等賞は生まれて初めてで嬉しいが、 そうなれば、壇上に上がって、ユミの隣に立つことになる。 5年前の、ほんの一瞬だから顔なんか覚えてないだろうが 名前を言えば、すぐに分かるだろう。黙っていよう・・・ 一等のハワイ旅行は惜しいが、それより、ユミに嫌われる 方がイヤだ。そんなことを考えてウジウジしている太郎だった。 しかし、隣の仲間が気づいたらしく黙っていなかった 「太郎さん、並んでるよ・・・ヨーヨー、司会のお姉さん うちの相棒が並んだよ」 大きな声だった。 集まっていた客たちの視線が、太郎に集中した。 もちろん、ユミも太郎を見た。 ユミの脳裏に、完全に忘れていたはずの微かな記憶が よみがえった。照れくさそうに手を出し、手に触れた途端 真っ赤になった太郎の仕草をユミは思い出した。 「おめでとうございます」 そう言いながら、心の中でユミは 「ありがとう。ファンレター全部大切に残してあります」 と呟いた。
2004.04.26
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2030年、インターネットは世界中に普及した。 それとともに人々はインターネットを利用する為に パソコンやモバイルの端末を必要としなくなって行った。 1980年代末期から始まった情報革命は パソコンを中心とするハード自体を消滅させることで 終焉を迎えたのである。 人々の頭に埋め込まれた小さなチップ。 そう、その小さなチップで インターネットにつながるのだ。 メールも送れる。 ホームページも頭の中にある。 検索も自らの意思で思いのままである。 つまり、本当の身体をそのままにして 人々は、あらゆる所に飛んで行けるようになった。 正確に言えば、瞬時にして考えや思いを 至る所に伝えることができるのだ。 たしかに便利になった。 が、人間は、しだいに無表情になり、 だんだんと無口になった。 他人と接することがなくなった。 だから、人々は化粧をしたり身だしなみを整えなくなった。 服装を気にしなくなった。 おしゃれなんて必要ないのだ。 同じ服装で同じヘアースタイル。 顔まで数種類のパターンになってきた。 そう、人間はただの端末に過ぎなくなったのだ。 その頃、地球の表と裏で こんな会話も交わされるかもしれない・・・ 「あなた、私に振られたからって つきまわしたりしないでよ」 「僕が、ストーカーになるって 言いたいのか?」 「まさか、ストーカーなんて古いよ」 「ええ、何よ・・・何する気」 「フフフ・・・」 「何よ・・その笑いは」 「君は気づいてないかもしれないが 僕には不思議な力があるんだ」 「え、不思議な力って?」 「心に入り込む」 「心に?」 「そうさ、僕は君の心のハッカーになる」 「・・・・・・」
2004.04.25
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”居酒屋ゆき”で働く松ちゃんに いい人がいるのが分かったのは 偶然だった。ママが店に来る途中で 魚屋の前を通りかかると、 「ママ、ウナギの肝があるんだけど・・・」 と魚屋の大将に声をかけられた。 「あら、めずらしい」 仕込みのことは板前の松ちゃんに 任せてあるので、とりあえず、 「松ちゃんと相談しよう」 と、ママが携帯電話で松ちゃんを プッシュすると話し中だった。 「仕方ないわね」 ママが携帯電話を仕舞おうとすると 数メートル先から、どこかで聞いた声が 聞こえる 「じゃ、店が終わって行くから」 と携帯電話片手に優しい声で松ちゃんが 話をしているではないか・・・ 「ああ・・・これは女がいるな」 とママは第六感で分かったわけだ。 その夜は、たまたま暇だった。 来ているのは、常連の汗かきトマトこと 健司だけだった。ママは前々から 実の弟のように可愛がっている松ちゃんの 将来を心配していた。 今日は良い機会なので 思いきって松ちゃんに切り出してみた 「松ちゃん、いい人がいるんなら 早く身を固めなさいよ。もう30でしょ 若くないんだから」 松ちゃんは、 「はい・・・分かってるんですが・・」 健司「あのこと気にして踏ん切れへんのや」 ママ「あのこと・・・だって10年も前の」 健司「あの子の為にやったことやないか」 ママ「あら、健ちゃん知ってたの?」 健司「うん・・・松ちゃん、 電話かけて呼びや・・あの子」 松ちゃんは、10年ほど前、恋人の文ちゃんに 絡んだ不良とケンカして一人に大怪我を させて、1年間ほど懲役を食らったことがある。 松ちゃんの昼間の電話の相手は、その文ちゃんだった。 かなり飲んで真っ赤なトマトのような顔になった 健司は、松ちゃんに説教を始めた 「いいか松ちゃん、あんたが人目を気にしている のは男の理屈や、女は待ってるだけや。 いいか松ちゃん、多少皺が増えたと言うても こんな可愛いママかて、一人でいるのは、 どっかの男が悪いからや・・・ 俺は、文ちゃんをママと同じにはしたくない」 ママは、もう汗びっしょりの健司の頭をピシャリと叩いて 「この人は、おしゃべりだから・・・ 私のようなオバサンは放といて・・・でも、松ちゃん その文ちゃん可哀想よ・・・」 そこへ、文が入ってくる。 健司「ああ、文ちゃん・・・今話してた所や 女心の分からないヤツやって怒ってたんや」 文ちゃんは、申し訳なさそうにペコリと頭を下げて 「ほんと・・すんません。お世話になって」 松ちゃんも、 「ママの言うことも、健司さんの言うことも、よう 分かりました・・もう一度、ふたりで話してみます」 それから、文も加わって、楽しい会話が弾んだのは 言うまでもない。 松ちゃんと文ちゃんが所帯を持ったのは、 それから半月も経たぬ頃だった。
2004.04.24
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酒癖の悪い人の事を昔から”トラ”と言い その人が暴れることを”大トラを演じる” と聞いたことがある。 冬になると1メートル以上も雪が積もる東北の 小京都と呼ばれる町で富島啓太は育った。 啓太はガラス工場で働いている真面目な工員だ。 もともと街一番の、それはそれは由緒正しい江戸時代から 続く材木問屋の三男坊だったが 近年の新建材の台頭で、父の代で材木問屋は廃業。 跡継ぎの予定だった一番上の兄は、惚れた女が ヤクザのスケで、男にいろいろ言いがかりをつけられ 父から引き継いだ家屋敷を、騙し取られ どこかに失踪してしまい、どこに行ったか行方不明。 続いて、次男だが、ダンプの運転手になったが 博打好きで、残り少ない財産を大博打のカタに 取られ、負けた腹いせに酒に酔ってダンプを ぶっ飛ばし、民家に突っ込んで刑務所に入った。 出所したが、カッコ悪いからか街には帰ってこない。 こんな二人の兄を持つ啓太に残ったのは、70歳 過ぎた母と最後の父の遺産であるボロ家だけだ。 啓太は、今年で30歳になるが、独身である。 啓太には10歳年下の付き合って5年の彼女がいる。 どうして結婚しないのかと聞けば 「母が死ななきゃ、結婚できないですよ」 と言う。この啓太の母というのが、70歳になってもお嬢さん くせの抜けない人で、戦前の華族の出らしく 本当に!?箸より重いものは持たない。 だから、啓太は、お手伝いさんのようにコキ使われている。 ワガママ言いたい放題なのだ。 「愛する彼女に、つらい思いをさせたくない」 かと言って、 「お母さんを捨てられない」 という理由で結婚を伸ばし伸ばして現在に至っている。 待たせる方も待たせる方で、待つ方も待つ方だ。 啓太は、”どらえもん”というあだ名で、 フットボールのような身体をしている。 しかも、虫も殺さないような優しすぎる男だ。 殴られても、笑いながら耐える。 背も低く声も小さく、いかにも気が弱そうだから、 30歳になってもイジメられる。 先日も、チンピラたちに絡まれた 「おい、オッサン、おもしろい顔して歩くな」 「いえ、ぼ・・ぼくは、ただ歩いてただけで」 「歩いているだけで、おもしろいんじゃ」 と、言いがかりをつけられ殴られ蹴られ、 這いつくばった啓太は上半身裸にされ、 近くの工事現場から持ってきたペンキで 背中一面に”どらえもん”の絵を描かれた。 こんな啓太だが、酒癖の悪さは天下一品だ。 ビールで言えば、コップ2杯で大きく変わる。 この前の土曜日も彼女と居酒屋で飲んでいると 小さな声で内気だったはずの啓太が、マイクを持ち 「俺に歌わせろ」 とゴジラのような大きな声で吠えて さざんかの宿や奥飛騨慕情と言ったド演歌を ゴジラのようなドラ声で歌う。しかも、マイクを 離さないのだ。連続で奥飛騨慕情を歌うのだ。 ♪あああ・・奥飛騨にあああ雨が降る・・・♪ と1曲歌い終わると 「どんなもんじゃい」 と叫び声をあげる。もう恐い者なし状態。 この瞬間、どらえもんはトラに変身した! (そばにいる彼女は恐くないのか、と 御心配の向きもあろうが。 彼女は、長いつきあいなので慣れている。 いや、むしろ・・楽しんでいる) そこへ、現れたのが、先日、啓太の背中一面に ”どらえもん”を描いたチンピラたちだった。 店に入ってすぐに、啓太を見つけた チンピラたちは、ニタニタ笑いながら啓太に 「おい、どらえもんの入れ墨みせろよ」 「この、どらえもんが目に入らぬか。ハッハハ」 デヘヘッヘヘエエ・・・などとあざ笑う。 しかし、その晩の啓太は、ちょっと違った。 そうである、トラになっていたのである。 「うるさい」 とにらみ返す。 「なに、どらえもん」 と、胸ぐらを捕まれると 「言葉に気をつけろ」 と一言。 「この野郎」 と頬にパシンと平手打ちを食らうと 「こっちが、あいてるぜ」 と、ひるむことなく、もう一方の頬を向ける。 チンピラどもが、啓太の迫力に後ずさりすると見るや 次の瞬間、チンピラどもにパンパンパン・・・ 雨のようにパンチをお見舞いした。 強いの何のってチンピラたちをノックアウトしてしまった。 そこへ、駆けつけた警官にチンピラともども連れて行かれた。 つまり、大トラを演じたのである。 警察署での啓太は、酔いが醒めたのか 元の気の弱い工員(どらえもん)に戻っていた。 しかも、彼女がアカデミー賞もののセリフで 「彼は、私を守るために命がけで・・・悪いのは あの人たちです。それに、この前は背中に どらえもんの落書きまで・・・」 この話を聞けば警官も、 「ええ、背中に・・どらえもんの落書き・・・」 と、同情的になった。 啓太と彼女は1時間後に無事解放された。
2004.04.23
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都会では少なくなったかも知れないが 田舎の方では、まだまだお爺ちゃん お婆ちゃんの力は衰えていない。 とくに、結婚式やお葬式などの時には この上ない経験の力を発揮する。 結婚式の場合だと、都会に働きに出て いたりするとチャペルで式をあげて シティホテルで披露宴ということも あり、ご老体たちの出番もあまりない。 しかし、お葬式ともなると、どうしても 生まれ故郷で、ということになるから 古くからの習わしや”しきたり”を よーく知っている経験豊かなコンサルタント? の皆さんの出番となる。 ハナさんは、今年で80歳になるお婆ちゃんだが 通称葬儀コンサルタントと呼ばれている。 と、言っても商売しているわけではない。 ボランティア(いっちょかみ)である。 この前の土曜日、少し体調を崩していた横町のご隠居 がポックリ逝かれた・・・ するとハナさんの出番となる。ご隠居とハナさんは 親戚でもなければ、知り合いでもない。ただの顔見知り 程度の仲でも、ハナさんは出かけて行く。 まずは、お通夜の打ち合わせで 「ああ、お通夜はですねえ・・・ 喪主さんは、ご長男さんで・・・できたら 奥さんがいいけどねえ」 すでに主導権を握っている。 細かいところにも、よく気づく 「そうそう、お線香は・・・ あのお寺の檀家さんですと、お線香は立てたらいけません 寝かせておきなさい」 たとえば、葬儀の経験のない若い人がくると、寄り添うようにして 「ご香典は、ここに・・・ 参ってやってくださいな・・・ああ、よう来て下さった」 と、一人一人アドバイスをする。 お坊さんが来て、葬儀が始まる前には、 「あんたは、そこに座って 男の人や年輩の方が前に座ると式が引き締まる・・・ ああ、でも、身内の人は前でね・・」 これくらいなら、どこかに居そうだが ハナさんがコンサルトとまで呼ばれるのは もし、お坊さんが倒れた時でも 村にある3つのお寺の各宗派のお経と 一つの教会のアーメンを代行できるところにある。 ちなみに、先日、○×寺のご住職の急な病気の時は ハナさん見事にピンチヒッターとして お経をあげられ、ありがたい言葉までお話された。 すごいお婆ちゃんなのである。このハナさんも 季節の変わり目ともなりポックリが重なると・・・ たとえば、この前の日曜日などは2軒の通夜と 1軒の葬儀が重なり、少しお疲れのようである。 このハナさんの昔話を聞いた。 もうかれこれ60年以上も昔になるが ハナさんは、村中の男たちの憧れの的だった。 今で言えば、○○小町とか、ミス何とか、アイドル なんて感じの子だったそうだ。 「おとなしくって、かわいくてのお」 と、お爺ちゃんたちが昔を懐かしんでいた。
2004.04.22
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「同棲時代か・・・」 隆之は、新聞の番組欄に一本の映画を見つけた。 そうだ映画にまでなってたんだ・・・ 一種のブームだったかも知れないなあ・・・ 隆之は20年前を思い出していた・・・ 隆之は高校を卒業して東京にやってきた。 最初に勤めたところが続かなくて日給の アルバイトで食いつないでいた。 英里子は喫茶レストランで働いていた。 隆之は、そのレストランの客の一人で 同郷ということで気が合った。 田舎者で、とくに東京に知り合いのない 孤独な二人が一緒に暮らし始めるのに時間は かからなかった。小さな木造のアパートだった。 暮らし始めて三月すぎた頃、英里子のお腹に 子供ができているのが分かった。 「タカちゃん、どうしよう?3ヶ月・・」 「うん・・・」 若い世間知らずの二人は、どうすることも できなかった。やがて、英里子はレストランを 辞めアパートに1日中いるようになった。 その頃から、二人は、ケンカばかりするように なった。ケンカの原因はお金だった。 隆之は相変わらず、日雇いの仕事に時々行くだけで アパートの家賃を払うことで精一杯だった。 「男が生活費稼ぐの当たり前じゃないの」 お腹が大きくなるにつれ、英里子は情緒不安定になり 叫びにも似た声で隆之に訴えた。ある日、隆之は 「(出産費用)友達から借りてくる」 そう言ってアパートを飛び出した。 出産予定日まで2週間足らずの夜だった。 友達などいるはずがない。 いても金のない連中ばかりだ。 とにかく、今から逃げたかった。 2日間、どこをどう歩いたのか分からない。 隆之は「工員さん募集。住み込み可」 の求人広告を電柱に見つけて、 気がついたら鉄工所の前に立っていた。 「ああ、俺も東北の出身だ」 社長は、いい人だった。 すぐに使ってもらえることになった。 英里子のことも話せば、力になってくれるかも・・ そう思ったが、とうとう言えずに住み込みの工員として 働くことになった。最初の1週間は様子を見に行こうか 迷っていたが、だんだん恐くなってきた。 お金がないのに・・・ 食べ物もないのに・・・ 英里子は、一人でどうしてるんだろう・・・ ひょっとして・・・ 悪い予感ばかりが頭を駆けめぐる・・ 俺は、何て意気地なしだ。 最低の男だ・・・ 考えれば考えるほど、アパートには足が向かなかった 自分を責めながらも、時間だけが過ぎ、 アパートから出て2週間が過ぎた頃だった。 「おい、隆之・・・ちょっと」 社長に呼ばれて、社長室に行くと婦人警官が二人来ていた。 婦人警官の制服を見ると隆之は 「もうしわけありません」 とだけ言うと涙が流れて止まらなかった。 英里子は一人で死んだのか・・・ 子供と一緒に・・・ 俺は人殺しだ・・・ もう少し勇気があれば・・・もう少し勇気があえば・・・ 隆之は頭の中で何度も同じ言葉を繰り返した。 そんな思いが止めどなく吹き出した。 男の癖に大声を出して、隆之はワーワー泣いた。 しかし、隆之の早とちりだった。 婦人警官は、近所で多発している放火魔の聞き込みに来て いたのだ。そこで、最近入ったらしい工員の隆之に 参考までに会いたいと言っていただけだったのだ。 でも、それが幸いした。 「どうして、もっと早く言ってくれなかったんだ」 社長は隆之の襟を引きアパートに案内させた。 英里子は無事だった。 近所のおばちゃんたちにご飯を運んでもらって 一人で頑張っていた。 「タカちゃん、絶対に帰ってくると信じてた」 英里子はポロポロ涙を流して喜んだ。 その夜、産気づいた英里子は病院で 立派な男の子を生んだ。 名は勇気。 もうすぐ20歳になる。
2004.04.21
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私の友達の博道は、10年くらい前まで これと言った友達がいませんでした。 そのころの彼は、万事マイペースで、現れたかと思えば いつの間にか帰っている、そんな人でした。勉強は大変できた 人で、日本で一番難しいと言われる大学に現役合格しました。 私にとっても、ただのクラスメートだった人程度の仲でした。 「あいつと話しても、おもしろくない」 が、私の彼に対する評価でした。 私がそんな博道と再会したのは、たしか10年くらい前、駅前のレストランでした。 博道は結婚して1年目という愛想の良い奥さんを連れていました。 私も数人の連れがいましたので、軽く会釈する程度で 済ますつもりでした。私と博道は、その程度の仲でしたから。 博道も、たぶん、そのつもりだったのでしょう。 しかし、博道の奥さんは、私のことを彼に聞いたのでしょう。 博道に一言二言耳打ちして、奥さんが私の方にやってきたのです 「あのう、博道の妻の君代と申します。良かったら 今度の日曜日にでも遊びに来て下さい」 と、言ったのです。私は博道の結婚式に行ったわけでもありませんし 博道の家に遊びに行ったこともありませんでした。 ただ、2回ほど同じクラスになった、それだけの関係です。 ですから、もちろん奥さんとも初体面でした。 あまりにも愛想の良い奥さんのペースに押されるように 「じゃ、お邪魔します」 と答えてしまった私でした。 その日、博道の家では、ささやかなパーティが開かれ、 博道と奥さんを含め10人くらいが楽しく過ごしました。 私が、まず驚いたのは、無愛想なはずの博通が 奥さんと二人で、こまめに気を使ってくれたことです。 料理のこと、 飲み物のこと、 帰宅時間のこと、 その全てを笑顔を絶やさずにです。 以外に思った私は、博通に尋ねました 「おまえって、そんなヤツだったか?」 博通は笑って 「いや、結婚してから。友達もいないじゃ、人生つまらないじゃないって 妻に説教されてね」 と言い、それから「内緒で・・・」 と前置きして 「俺、子供できないんだ」 寂しそうな顔で付け加えました。 一流企業の研究室で働く超エリートの博道にも どうにもできないことがあったのでした。 夜も更け、一人二人と博道の家を後にしてゆきました。 ここで私はまた驚かされました。 一人一人を玄関まで見送る博道の姿でした。 「気をつけてね・・・・・」 と姿が見えなくなるまで見送るのでした。 万事マイペースだった男が・・・ここまで 変われるものかと私は感心しました。 私は博道の家を後にする時、何気なく聞きました 「一人一人、丁寧に見送っているようだけど・・」 博道は、君代さんの顔をチラッと見て、私にこう言いました 「人の心をつかむコツは 別れる時に出会った時の何倍も気を使うことらしいから」 これも、奥さんからのアドバイスらしいのです。
2004.04.20
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人気女性アナウンサーの奈美子は、今にもストレスが 爆発しそうだ。年末年始は、特別番組でただでさえ 忙しい時に姉の”おめでた”、おじいさんのお悔やみ、 お父さんの入院が重なり、そのうえ、会社にまで ストーカーはやってくるし、週刊誌に某人気野球選手 との中は、すっぱ抜かれる始末だった 「あのー、インタビューしただけですけど」 「でも、ニコニコして楽しそうでしたけど」 「あのー、じゃ、怒ってインタビューできますか?」 週刊誌の記者は、かなりネタがなくて困っているのだろう。 そんなこんなが重なって、風邪気味で不眠症と来ては、 もう万事休す状態だった。 しかし、こんなストレスをテレビ画面に一切見せないのが 真のプロを志す女の心意気である。 プロとは、商売。 商売とは商い。 商いとは、飽きない。 そう飽きずに長く続けてこそ価値あるものである。 そう自分自身に言い聞かせつつ、ストレス解消法を あれこれ当たった奈美子だった。 スポーツクラブは飽きたし、 ゴルフは週刊誌の記者がうるさい、 映画はストーカーが狙ってくる。 まさか、座禅を組んだり 滝に打たれたり、 そんなことは難行苦行はできない。 まだまだ、うら若き乙女である。 「ううん」 と考えあぐねたあげく、基本に戻った。 まずは、日々の習慣パターンにアクセントを加えねば ならない。普通に生活していては味わえない状況を 作ること、それがストレスを解消するコツなのだ。 オヤジ族のように酒・バクチ・女ってわけにはいかない。 昔、のど自慢荒らしをやっていた頃を思い出して 一人カラオケボックスに入る事も考えたが 金曜日ということもあり満員。 さあて、お手上げかと思われたところに 目の前にそびえ立つのは外資系ホテルH。 「ええい、ここに泊まってやれえ」 もったいない、とは思った。 (だって、給料は普通のOLと変わらないのに・・・) が、 「環境を変えなくては人間は変われない」 そんな昨日インタビューした大阪の人気球団監督の言葉を噛みしめて 携帯電話から予約した。(ちょっと、値の張るホテルは 予約しないと軽く見られるそうだ) 偉そうに胸を張って 「あああ、本日ですが、泊まれますか?」 ・・・はい、おひとり様でいらっしゃいますか・・・ 「あああ、一人です」 ・・・ご用意できます・・・ 「そうですか。そうしたら、お願いします」 ・・・1泊28000円のお部屋でございます。 税サービス料別となっております。本日お泊まりの お客様には、ウエルカムドリンク、翌日12時まで に当ホテル10階のフィットネスクラブを無料で ご利用いただけます。何時頃、ご到着でございますか・・ と、ホテルマンのなめらかな口調は全然聞こえず28000円の 数字だけに耳を硬直させていた奈美子だったが、 すぐ目の前から携帯で電話しているとは言えず 「すぐ近くまで来ているので15分後に」 と、答えてしまった手前、ホテルの周りを 冷たい風をこらえてこらえて、一回りしてロビーに入った。 さて、ボーイさんに案内されて36階の部屋に入った。 「お忙しそうですね」 と、優しい言葉に安心した。 (いつも、11時のニュース見てますがなかったのでホっとした) 反射的にTVをつけてしまった 即座に日本の放送は無視して、CNNを聞いた。 当たり前だが、英語の放送が流れているではないか。 「外資系のホテルに泊まったからには日本語の放送なんか もったいなくて聞けないわ」 とは、思ったものの奈美子は全く英語はダメな人だ。 何を言っているか分からないので 何となく眠くなってきた。 ここで、奈美子は名案を思いついた。 「一晩中、英語を聴いて寝ると、不眠症なおるかも。。。」 ものは試し、奈美子は、一晩中英語の放送を聴きながら 眠った。夜中に二度三度目を覚ましそうになったが そのたびに英語が耳に入り、再び夢心地に入って行った。 かくして、翌朝、爽快に目覚めた奈美子だった。 久しぶりにグッスリ眠れたせいか、それとも、 日常のストレスから解放されたせいかリフレッシュできた。 風邪も不眠症も完璧に治ったようだ。 さて、朝だ。 絶好調の奈美子は、駅の階段を軽やかに駆け上がった。 そのとき、 「すごい走って上がって行く、あの人、TVで見たことない?」 「かっこいいね」 と、数人の女子高生たちにお褒め頂いた。 そんな彼女たちに、 「元気?」 と、思わず微笑みかける奈美子だった。
2004.04.19
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朝とれたてのトマトは、汗をかいている。 おそらく、朝露だろう。 誰が呼んだか汗かきトマト。 トマトは酸っぱいと思われがちだが、 とれたてのトマトを頬張ると少し甘い。 これはトマトきらいの方にもおすすめである。 安田健司は気のやさしい男で、 怒っても笑っても泣いても すぐ赤くなる。 しかも汗かきである。 丸い顔でもう50になって薄くなった髪が お愛想程度に頭に乗っかっている。 しかも、その髪がクセ毛でトマトの頭のように跳ねている。 誰が呼んだか、健司は”汗かきトマト”と呼ばれている。 今日も健司は仕事を早々に済ませて、 いきつけの居酒屋”ゆき”の暖簾をくぐる。 「いらっしゃい」とママ。 「こんばんわ」と健司。 健司は、カウンターに座るといつものように おしぼりで汗を拭く。 「最近、リストラの担当任されてな・・・頭痛いんや あっち立てれば、こっち立たず」 「何言ってんの・・自分がリストラにならない分いいやない」 「そりゃそうやけど・・ツライ」 こんな感じで健司は閉店まで、 チビリチビリとビールや酒を飲みながら居座るのである。 酒癖は悪くない。 気の良い酔っ払いだ。 酔うと赤い顔がさらに赤くなる。 まさに汗かきトマトである。 夜も更けて、他の客も帰って健司ひとりになり 「ママ・・・相談があるんや・・」 「はいはい・・そうだと思ってた・・・リストラやないわね。 本当の悩みは・・・もう、お客もいないし今日は健ちゃんの グチでも聞こうかしら」 と言いながらママはカウンターに座る健司の隣りに腰をおろす。 「これなんや・・これ・・・」 健司は書類カバンの中から1枚の封書を取りだしママに手わたす。 「これ?」と目を健司に流すとママは封筒の中身を読み始めて 「これ・・・何・・・女の子からねえ・・・あら、いやだ・・ フフフフ・・・あらあ・・・大変・・・ラブレターやないの」 「ウン」と困った顔の健司。 ママは、笑いをこらえながら、 まさかと思ったのか何度も宛名を読み返す。 「会社の女の子?・・・フフフ・・・安田健司様って・・・ 健ちゃんに?・・フッフフ・・いやあ・・・ハッハッハ」 ママは健司にラブレターを渡すとタマラズ笑い出した。 「笑わないでくれよ・・・困ってるんやから・・・ 今年の春、大学出て来た総務やってる子だよ・・・」 ハッハッハッハ・・・お腹を抱えて笑っているママ。 「だって・・・ハッハッハッハ・・・22ったら ハッハッハハッハ・・・健ちゃんの息子の年齢でしょ・・・ハッハッハ」 ママは笑いながら、健司の薄くなった頭を撫でたり、 人差し指で「この色男・・・」と突ついたりしながら 「ああー苦しい・・・ハッハッハハ・・・ こんなトマトのようなオッサンに そんな若い女の子が・・・ ハッハッハハッハ・・・・・大変ねえ」 「だから・・・相談してるのに」 「でも・・・ハッハッハハ・・」 とママは笑いながら健司の頭を撫でまわしている。 50過ぎのオッサンがもらったラブレター。 さてさて、どうしましょうか? 困った?うれしい?
2004.04.18
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お盆前の暑い夏の日だった。 普段はT社の部長をやっている健司には もう一つの仕事がある。数年前、冗談の つもりで書いた本が売れてから、雑誌や 新聞に雑文を書いている。そして、週末は 地方で講演もしている。今回の講演は どういうわけか生まれ故郷の大阪の某市だ。 夕方駅に着くと、地元の商工会の偉い人たちが 出迎えてくれた。駅前のホテルの一室を とってくれたようで、向井という副会長に 案内された 「あしたは、よろしくお願いします。 1時間となってますが30分くらい延長 していただければヘッヘッヘうれしいんですが」 とスケベそうな笑いを浮かべた帰って行った。 「ここからは、ママの所へは行けへんし、 本物のお母ちゃんに電話してと」 健司が実家に電話すると母が出た ・・・健司、元気か・・・それはそうと 商工会の前におまえの名前と同じ人の 垂れ幕がかかってたけど、違うね・・・ 「うん、同じ名前はたくさんあるしな。 明日、仕事終わったら家に寄るし、お父ちゃん にも言うといて。ああ、それとエースコックの ワンタン麺買うといてな」 健司はラーメンライスが好きで、とくに エースコックのワンタンメンが大好きだ。 母は頭がいいのか悪いのか分からない人で 時々ビックリするような事を知っている。 一方、父は昔から小心で今は少しぼけている。 「やれやれ、明日も早いし風呂入って寝るか」 と健司が風呂に入ろうとすると ピンポンと呼び鈴が鳴った。 「誰やろ」 健司がドアを開けると若い女の子が立っていた。 黄色いワンピースを着て、肩までの髪を少し茶色に 染めた20前後のかわいい女の子だった。 「部屋の間違いやね」 と健司がドアを閉めようとすると 「向井さんって知ってますよね」 「はあ、商工会の?」 「じゃ、間違いないです。2時間ほどお相手するように と言われてきました」 と言うと女の子は部屋の中へ入ってきた。 おそらく、向井が余計な気を使ったんだと健司は思った。 人目につくと困るので、とにかく中に入れることにした。 ドアを閉めると彼女はボタンをはずし始めた。 「ちょっと、待ちなさい。俺にも心の準備というものがある」 「そうね」 「向井さんに何て言われたか知らへんけど、 俺は君の相手をするわけにいかんのや」 「どうして?お金はいらないわよ」 「お金の問題やない。俺の人生の問題や。 俺には好きな人がいるんや」 「奥さん?」 「違うけど」 「じゃ、愛人?」 「違うんや。俺は嫁さん以外の人と夜を過ごすとしたら その人と過ごしたいんや。もし、その人以外の女の人と 間違いしたら、縁がなくなるような気がするんや」 「・・・・・」 「分からんか?食べ過ぎに注意みたいなもんや」 「腹八分目のこと?」 「まあな」 と言うわけで、いろいろ話を聞いていると彼女は恵美と言う名前で 今年の春に短大を卒業したが、就職が決まらず 知人のスナックでバイトをしていたらしい。 その店の常連が向井で 「10万円でどうや。偉い先生がくるんや」 と何を勘違いしたのか必死で頼んだらしい。 たまたま、彼氏と別れた所で、モンモンとしていた 恵美はハワイにでも気晴らしに出かけるつもりで 軽く引き受けたらしい。 「あんたなあ、もっと自分を大事にしなあかん。 よっしゃ、オッチャンが知ってる社長に就職頼んだだるわ」 と言うわけで、健司はT会社の社長に恵美を紹介した。 たまたま総務の女の子が一人、結婚退職するらしく 欠員補充という形で恵美は健司と同じ会社で働くことになった。 数日後、 ・・・おじさん、じゃなくて部長さん、ありがとう・・・ と電話をもらってから特に変わったこともなく 時々、会社で顔を合わすこともあるにはあるが、 他の社員と同じように真面目にやってるようだし 夏の夜の一件のことを、すっかり忘れていた健司だった。 が、半年後、こんどは恵美から熱烈なラブレターをもらって 健司は頭を悩ますことになる・・・
2004.04.17
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通帳を記帳すると見慣れない金融機関から 引き落としされていた。 今日子が不審に思ってクレジット会社に 電話すると、夫の隆之が宝石店で貴金属を 買っていたことが分かった。 ローン総額は100万。 「一体、何を買ったのだろう?まさか・・」 エリート銀行マンの隆之とOLの今日子は 3年前に結婚式を挙げた。 二人には約束事があった ”隠しごとはしない” 「どうして、あんな約束したのかしら。 やっぱり、愛してたのね」 今日子の上に”約束”の二文字が重く重くのしかかって来る。 同窓会で、再会した学生時代の憧れの人、 島村とのデートは今回で3度目。 彼との関係は、そろそろヘヤピンカーブを曲がろうとしている。 このまま行けば、猛スピードで・・・・・ ああ、私ってバカバカバカ・・・ 「真面目な主人に申し訳なくって」 今日子は、どこかに逃げ出したい気分だった。 しかし、それもバカらしくなった 「あの人だって、別の女に宝石買ってるのかも」 隆之も悩んでいた。 いつかは生まれてくる二人の子供のためと コツコツ貯めてきた150万円を こともあろうことか、パチンコに使ってしまったのだ。 最初は1万円だけだった。 この時が一番緊張した。 それが2万3万・・・気が付いたら残りは3000円。 そんな状態になっても、隆之はパチンコに通い続けた。 この2年前から、銀行内の人事が目まぐるしく変わった。 そのことがストレスになっていたかもしれない。 昔から、博打に狂った男はお金に見境がない。 たった一つの良心が隆之にあったとすれば 銀行勤めの手前、サラ金には手を出せない。 悩んでいた隆之にパチンコ屋で知り合った男は、入れ知恵した。 「宝石を買って、お金に換えろよ。俺が手伝ってやるから」 100万円の宝石を売れば60万円。 そのうちの20万円は、 ”紹介料”として男に取られた。 残ったのは現金が40万と100万のローン。 エリートとは名ばかりの世間知らずの銀行マンである。 ああ・・・いつも笑顔で迎えてくれる今日子に申し訳ない。 「こんなバカな浪費家の男を信じて・・・悲しい妻だよ」 そんな二人が結婚記念日を迎えることになった。 場所は、毎年同じ。 隆之が今日子にプロポーズしたフランス料理のお店だ。 二人は、キャンドルをはさんで見つめ合った。 不思議なことだが冷め切ったはずの二人が 出会った頃の純粋さを、ほんの一瞬取り戻した。 そう、あの約束を ”隠しごとはしない” 約束が二人の脳裏をこだまする。 二人同時に口を開いた 「・・・あの・・・」 また二人同時に 「話したいことが・・・」 また同時に 「あなた(おまえ)から」 同じように手のひらを遠慮がちに差し出す・・ 重なる言葉、重なる手振り、重なる視線。 まだ二人の間に、あの”約束”は生きていた。
2004.04.16
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小料理屋”ゆき”の店の中では ママが、ソワソワしている。 今日は健司が、例のラブレターの差出人の 恵美という女の子を店に連れてくるというのだ。 「あんな中年親父のどこが良いのかしら」 ママは首をひねりながらも、落ち着かない。 昨日の看板前だった。 健司は、よほど一生懸命に走ったのだろう 真っ赤な顔を汗まみれにして店に飛び込んできた。 ママは、 「あら、健ちゃんはお酒を飲まなくても 汗かきトマトになるのね」 とトボケタ口調で出迎えた。 「ゼーゼー・・・ママ、一生のお願いや」 「何なの・・・たいそうに」 「実は、あの娘が来るんや」 あの娘と聞いて、ママは恵美の事だと直感した 「まさか、この店に。まあ、健ちゃん 何考えてるの。初デートがここなの・・・」 「いや、違うんや。あの娘・・・若いからさ、 感情的になってバカなことしたら大変やから。 ママに・・・話聞いてもらおうと思ってるんや」 と言われて、頼まれると断れない性分のママは 面倒な役柄を引き受けてしまった。 健司が恵美を連れてきたのは、こともあろうことか 一番忙しい8時過ぎだった。満員の店のカウンターの 隅に二人を座らせて、ママは、アルバイトのチカちゃんに 「お願い」と一言合図を送ると健司と恵美の前に座った。 「はじめまして」とママが言うと 恵美はママをうつむき加減に観察するように 「はじめまして」と言った。 「さあさ、どうぞ。お酒は飲めるの?」 「はい」 おでんと冷酒で戦陣の幕は上がった。 「ところで、こんなトマトじゃなくて・・・ おじさんの何処がいいの?」 「どこって?お世話になりました・・・」 「人の良いところは、私も知ってるわ。でも、それと」 「恋愛は別って」 「分かってるんでしょ?」 「でも、好きなものは好きです」 「まあ・・ところで、恵美さん、あなた、お父さんは?」 「幼稚園の時に、交通事故でなくしました」 「やっぱり」 「よく、言われます。ファザーコンプレックスだと」 「分かってるんでしょ?それに、この人、奥さんも 中学生の息子さんもいるのよ」 「はい、知ってます。でも、私、正直に生きて行こう と思ってるんです」 こんな感じで、話は延々看板前の10時まで続いた。 健司が口を挟む余地などなく、 いつの間にか二人の女と女の恋愛論になってしまった。 看板の時間となってママは、 いつの間にか客のいなくなった店内に気づいた 「あら、こんな時間」 健司はアルバイトのチカちゃんや板前の松さんと 反対側のカウンターで真っ赤の顔でワイワイ盛り上がって 上機嫌だ。 「まあ、誰の為に私が・・・」 「ほんと、いい気なものですね。ママさん、今日は帰ります。 どうやら、ママさんとは気が合いそうだわ。また来ます」 と恵美はチカちゃん松さんとの話に夢中になって気づかない 健司をチラチラ見ながら、帰って行った。 しばらくして、恵美のいないことに気づいた健司は 「さすが、ママ、うまくやってくれたんやね」 ママは、少し怒って 「何言ってるの。リターンマッチはあるわよ」 「ええ、じゃあ」 「そうよ、全然納得しないの。たぶん、 ファザーコンプレックスよ。彼女は・・・」 「ふーん。ファザーコンプレックスで思い出したけど、 昔1度だけだけど朝のジョギングの時、ママのお父さん見たぞ。」 「お父さん?どうして、わかったの?」 「ママが中学生の時に乗ってた赤い自転車に乗ってたから・・・ 小柄な人だろう。一生懸命坂道登って・・・ それに自転車の後ろに名前書いてあるだろ?」 「野上有紀って?」 「うん書いてあった」 「それって、私が小学生の時から乗ってる自転車、 古いのはブレーキが危ないって私が乗ると怒る癖に その古い危ない自転車に、棄てるのもったいないからって、 自分が乗ってたのよ。 最後の最期まで乗ってたわ・・・バカね・・お父さん」 「・・・・・」 ウサギの目のように真っ赤になったママの目を チラッと見た健司は返す言葉を失った。 周りを見回すとチカちゃんも松ちゃんも、 いつの間にか帰ったのか。 店の中は、酔ってトマトのように真っ赤になった 健司とママだけになっていた。
2004.04.15
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どこにでも居るような初老の夫婦、数夫と和歌子は 大都市近郊の住宅街に住んでいた。この夫婦には 二人の息子がいる。長男の義男は、5年前に結婚して すぐ近所に住んでいる。義男には子供がいない。 いや、子供は作らないらしいのだ。 「そろそろ孫の顔が見たい」 と義男の顔を見るために言う数夫と和歌子を煙たく思ってか。 最近は、とんと顔を見せなくなってしまった。 次男の宏和は大学生だが、最近、好きな女の子と同棲を 始めてしまった。 「卒業してから正式に結婚して・・・」 と数夫と和歌子が言うと 「ほっといてくれ」 と宏和も姿を見せなくなってしまった。 こんな夫婦に一大事が起こった。和歌子が倒れたのだ。 いつものように台所に立っていたときに、バタンと 大きな音がした。となりの部屋で新聞を読んでいた数夫が ビックリして駆け寄り、救急車を呼んだが、和歌子は その日のうちに帰らぬ人となった。 和歌子の一周忌も終わったゴールデンウイークのある日、数夫は ひとりで大掃除をしていた。ふたりの息子たちは、母親がいなく なって、ますます家に寄りつかなくなってしまった。父親とは 話すこともないのだろう。数夫は、独り身には広すぎる家を 処分することも考えていた。そんな寂しい気持ちを整理する 意味での大掃除でもあった。 そんな数夫にとって前々から気になっていたものがあった。 和歌子の部屋にあった古い児童書だった。ボロボロの木の本棚に 並べられた・・・浦島太郎・しらゆきひめ・さるかに合戦・ ・・・トーマスという機関車の話もある・・・ これは宏和が好きだったなあ・・・これは、オバケのQ太郎か・・ 義男は、この手が好きだったんだ・・・そう呟きながら、数夫は 和歌子が毎日毎日、息子たちが寝つく前に童話を読んでいた姿を 思い出していた。 「ああ・・・あれは、小学校3年生くらいまでやってたかなあ。 俺が、会社から帰ってくると・・・シーって和歌子が言うんで ちょっと覗くと、小さな寝顔の横で、読んでたんだよなあ・・・」 数夫は少し涙ぐみながら、10数年前を思い出していた。 この児童書たちは、近所の公民館の子供図書館に寄付しようと 数夫は決めていた。たぶん、夕方には、ボランティアの人が 取りに来るだろう・・・段ボール箱に一冊一冊移している数夫だった。 そんな感傷に浸っている数夫の耳に・・ 久しぶりだ。 二人の息子の声が聞こえてきた。 義男「こんちわ・・・お父さん」 和宏「こんちわ」 数夫「どうしたんだ・・・おまえたち」 義男「いや、旅行行ってきたので土産持ってきた」 和宏「ちょっと、相談あって」 数夫「相談って何だ?和宏」 と数夫が言った時、義男と和宏は懐かしい童話たちに気づいた。 義男「あああ・・・これこれ、Qちゃん・・ああ、パーマン」 和宏「おお・・トーマス・・なつかしいなあ」 義男「なんか、この本たち、お母さんの香りしないか」 和宏「いやあ、声が聞こえるよ・・・お母さんの声が・・・」 義男・和宏「ところで、お父さん、これをどうするの?」 数夫「近所の公民館に寄付しようと思って」 義男「なんか・・・胸騒ぎすると思ったら、このことだったのか。 これは、お母さんの思い出・・いや、お母さんなんだよ どうしても、寄付するなら。俺、全部持って帰るから・・・」 和宏「ちょっと待ってくれ。兄さん。トーマスは、俺もらうよ」 ・・・・・ 二人の息子は、久しぶりに家族団らんの一時を過ごして帰って行った。 静かになった家の中で、微笑む和歌子の写真を見ながら数夫は 「なあ、おまえが、呼んでくれたのか・・・俺が寂しがってると思って。 ありがとうよ・・・それはそうと、ちょっと困ったことになったんだ。 子供ができたんだ。いや、義男じゃなくて・・・和宏・・・来年、 卒業なのに・・・言いそびれていたらしいんだ。もう7ヶ月だって・・・ 女の子・・・なんか、おまえの生まれ変わりのような気がして・・ 怒る気にならなかった・・・和宏は彼女と、この家に住むらしいよ。 また、にぎやかになるよ」 ・・・・・
2004.04.14
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麻子が母の様子の変化に気づいたのは 新学期が始まって間もない頃だった。 中学3年生だから、多少なりとも女どうし の会話もできるようになった。大学2年生の 兄が父と男どうしの会話ができるように なったと同じだと少し大人の気分を感じていた。 「おかあさん、どうしたの?最近、変よ。 ボーっとしたりして」 麻子は理由が分かって聞いていた。 母は、少し考えて 「ちょっと、疲れてるみたいね」 「おかあさん、お父さんの事でしょ?」 「うん」 「浮気でしょ?」 「そこまでは分からないけれど、 同級生らしいのよ。偶然の再会だって。 小さなお店をやっている人らしいのよ」 「この前、お父さんが話してた小料理屋? おかあさん、会いに行こうよ、その人に。 私もいっしょに行くから。ね・・・ 悩んでたって仕方ないもの。一度見てやろうよ」 ・・・・・・・・ そんなわけで、麻子と母は、父の浮気?の相手の やっている小料理屋に出かけることにした。 麻子の父は、母と結婚してから20年間、 一度も浮気をしなかった人だ。そう言うと、人は父が母を 愛していたからだと思うかもしれないが、麻子は 違うと聞いていた。父は、何でも麻子や兄に 話してくれる人だった 「25年前、事業始めたときにね。有名な社長が 書いた本に、成功したかったら、女や車は諦めなさいって 書いてあったんだよ。おとうさんは、それを守って きたから、ここまで来れた。それが我慢できなくなったら 会社を辞めるつもりだ」 その言葉どおり、麻子の父は仕事に賭けていた。 父が25年前に一人で始めた会社は、今では経済新聞を見れば、 必ずどこかに記事を見かけるほどの有名企業になっていた。 父の同級生がやっている小料理屋は、父の育った街の駅前にあった。 小さな店だが、こじんまりとまとまって感じの良い店だった。 カウンターに10席と4人掛けのテーブルが3つと 奥に小さな座敷が一つ見えた。若い板前さんと女子大生風の アルバイトの女の子、そして、ママさんがスタッフだった。 麻子と母が店に入った時は、まだ開店早々で客は誰もいなかった。 カウンターは何なので、テーブルに二人で座った。 最初は、アルバイトの女の子が、注文を聞きに来たが すぐにママさんが女の子を「ちょっと」と呼び戻し、 ママさんがお茶を持って来た 「もしかしたら・・・」 ママさんはカンの良い人だった。麻子と母は、奥の座敷に 通されて、ママさんと話をすることになった。 ママさんは、笑顔で話してくれた ママ「ご主人とは、この前、20年ぶりに再会しました。 で、私が一人なもので、いろいろ心配して・・」 母「同級生だそうで」 ママ「はい、中学生の頃からの」 母「じゃ、40年近く前からの知り合い?」 ママ「奥さん、そんなこと聞きたいのと違うでしょ?」 母「ええ?」 ママ「正直に申します。私、ご主人のこと、好いてます。申し訳ないけど 好いてます。初恋の人です。ごめんなさい。でもね、それだけなんですよ」 麻子も母も、想像しない展開になってしまった。でも、 ここまで、ハッキリ言われると、麻子も母もスッキリしてしまった。 それどころか、それから女3人妙に気が合って、いろいろと男談義に花が咲いた。 そして、2時間後、 麻子と母がお腹が一杯になって、店を去る時、笑顔で母はママに言った 母「今日は娘にいっしょにって言われて来たんですよ。 でも、勇気出して来て良かったです。私、ボケてました。 好きなんて言葉も忘れてました。幸せボケかもしれません。 ママさんに会って話して、そのこと分かりました」 ママ「また、来て下さい」 母「ええ来ますよ。今日は判定負けですけど、 次は、私も負けてませんからね」 ママ「ええ、私も」 と、母とママさんは、もう長い友達のように屈託のない笑顔で 話していた。こんな二人の様子を見ながら麻子は、 「おとうさん、きっとニガ笑いするだろうな」と思うのだった。
2004.04.13
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イラクで人質になっている方がいて、大変な時です。戦争が、善意の人々に及ぼす影響に感じ入ってしまいました。たまたま、思い出したのがこの古い映画です。 1951年(旧ソ連)ロシアの作家パステルナークの「ドクトル・ジバコ」 がヨーロッパで話題となりました。プロレタリア革命によって 引き裂かれた医師ジバコとラーラの愛を描いた物語は 多くの感動を誘いました。ジバコとラーラの愛は 二人の死後、それぞれの子供によって成就されるという作品です。 主人公ジバコは、おそらく作者ナークの弟です。 ノーベル文学賞が決まった日、パステルナークは受賞を拒否しました。 当時のソビエト体制が受賞を許さなかったのです。 1960年パステルナークは名誉を失ったまま亡くなります。 ナークの名誉が回復したのは27年後の1987年のことでした。 1989年ノーベル文学賞はナークの遺族に授与されました。 小説の主人公と同様、彼の思いが認められたのは彼の子供の世代でした。 愛の尊さを描いた「ドクトル・ジバコ」は映画化され、アカデミー賞にも輝いています。 また、この映画の間奏曲「ラーラのテーマ」は、今でも毎日のように有線放送で流れています。
2004.04.12
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もう、25年くらい昔の事になりますが 日曜日になると近所の公園でバイオリンを 奏でていた老夫婦がいました。 この夫婦、普段は、ジュースや缶詰の缶を造る工場で 働いているのですが、お休みの日曜日だけ 夫婦仲良くプチ・コンサートを催すのです。 どの曲も、今も昔も耳にする名曲ばかりでした。 観客は、近所の子供たちとお爺ちゃんお婆ちゃんです。 本日は、この二人から聞いた話なんですよ・・・ 大学生の昭夫と泰子は朝のカフェにいた。 市内に焼け残った数少ないカフェで 夕方に公会堂で開かれる演奏会の打ち合わせを していた。泰子は今で言うマネージャー。 昭夫は、バイオリン奏者だ。 戦争中のことで、クラッシックの演奏会には 憲兵が監視役で付くことになっていた。 「曲目は、当局の了承を得てありますので 安心して演奏してください」 もんぺ姿の泰子は、笑顔で言った。 一年先輩でカーキ色の国民服姿の昭夫は 「こいつといっしょなら、爆弾が落ちても死なないぞ」 愛用のバイオリンを抱え上げた。 「ほんとに」 「でも、憲兵だけは勘弁して欲しいなあ。 なんかあると、あのピーって笛吹くんだ」 「そうですね。わたしなんか、取り調べだって もんぺ脱がされて調べられました」 「俺なんか、スッポンポンだぞ・・・ どうして、ベートベンやシューベルトが 非国民なんだろう」 「そんなこと言うと、また非国民ですよ」 「そうだな」 ククク・・・ 二人は周りを見回しながら声を殺して笑った。 その時だ。 ウーウー・・・空襲警報が鳴り響いた。 ウーウーウー・・・ 雨のように火の玉(焼夷弾)が降る中、 逃げまどう二人は離ればなれになった。 1時間か2時間か時間の感覚が失われた緊張の時を、 泰子は防空壕の中で過ごした。 空襲が治まったようなので外に出ると 一面の焼け野原だった。 ついさっきまで昭夫と過ごしたカフェは 何処にあったのか、きっと、燃えてしまったのだろう。 泰子は、自分の感覚だけを頼りに公会堂に向かった。 「公会堂に行けば先輩に会える。 でも、公会堂が焼けてたら・・・」 トボトボ焼け野原を泰子は歩いた。 何時間歩いたのだろう。 目の前に公会堂が見えた 「あった」 泰子が公会堂に着いたのは開演1時間前だった。 空襲から数時間なのに、 数少ない心の安らぎ娯楽を求めて どこからともなく人々が集まってきた。 憲兵隊もジープに乗ってやってきた。 楽団の仲間たちも無事やってきた。 しかし、開演時間になっても 昭夫だけはやってこなかった。 他の楽団の仲間は何も言わなかった。 「来ないって事は・・・」 その後の言葉は禁句だった。 昭夫の抜けたまま演奏会が憲兵隊監視の元、開演した。 「本日の演奏会は当局が監視の元に行われる 開演閉会とも時間厳守である・・・」 憲兵隊長のピーという笛が高らかに鳴り響き 極度の緊張の中、演奏は始まった。 時が刻まれ・・・ 最後の曲が終わった。 憲兵隊長は懐から笛を取り出し、 閉会の笛を吹こうとしていた。 楽屋裏から憲兵隊長の背中越しに 演奏を見守っていた泰子は天を仰いだ 「先輩・・・爆弾なんかで死なないって言ってたのに」 涙が頬を伝って流れた。 ガタッ・・・ 後ろで物音がして泰子が振り返った。 殺気だった顔で憲兵隊長も振り返り、銃剣を握り直した 「貴様は・・・」 二人の視線の向こうには 顔中真っ黒で炭のようになった昭夫が バイオリンを抱えて立っていた。 泰子は泣きながら昭夫に駆け寄った 「遅いです。遅いです。もう終わったんです」 昭夫も涙を流しながら 「ゴメン・・・あっちもこっちも火の海で・・・」 涙に暮れる二人を見ながら憲兵隊長は 「次の曲は貴様の番だな・・・泣いてる場合か」 そう言うと顔色を変えずに笛を懐にしまった。
2004.04.11
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お婆ちゃんは、たくさんのお守りを持っていました。 50歳の時に乳ガンになったお婆ちゃんは 「いつ転移しても不思議ないですよ」 と主治医に警告されていました。お婆ちゃんは つねに死と隣り合わせの人生を歩んでいたわけです。 そのせいか、お婆ちゃんは、いつしかお守りを集めるように なっていたそうです。 私が生まれたのは、お婆ちゃんが70歳の頃でした。 子供心にも、オッパイがないお婆ちゃんは かわいそうに思ったのを覚えています。 「そりゃ、悲しかったよ。ずーと、あったものが なくなったんだからねえ。それでも、命があっただけ 御の字と思って生きてきたよ」 お婆ちゃんが、お守りを集めているのを知ったのは 私が小学校3年生くらいの頃でした。 お婆ちゃんは、京都丸太町”かわみちや”蕎麦ぼうろの 四角いカンカン一杯のお守りを見せてくれました 「これが、お婆ちゃんを守ってくれたんだよ」 それから、お婆ちゃんっ子だった私は、遠足や旅行に行くと よくお婆ちゃん用にお守りを買って帰りました。 通算して10個だったか20個だったか正確に覚えてませんが 旅行から帰った私がお婆ちゃんにお守りを手渡すと、 「ありがとう」 と、大事に大事に両手で祈るように受け取った シワシワの手を今でも覚えています。 5年前の寒い冬も終わろうとする初春の日、 お婆ちゃんは、96歳の天寿を全うしました。 そして、あのお守りたちも、 お婆ちゃんといっしょに旅だちました。 私の手帳の中に潜む一つのお守りを残して。
2004.04.10
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「やーい、メガネ猿」 メガネ猿は、早紀の子供の頃のアダ名だった。 早紀の父親は炭坑夫だった。 勉強嫌いで字もろくに読めない人で まして女の子が本を読むことなど 絶対に許さないと言う人だった。 病弱だった母親が、頭を畳にこすりつけて 「あんた、早紀を学校にやっておくれ」 と頼み込んで、なんとか小学校に通った。 1年に3回か4回は、あっちの炭坑 こっちの炭坑と引っ越しだったせいで 早紀には友達がいなかった。 だから早紀の友達は、本だった。 とても本を買う余裕などない家庭だったから 図書館で借りてきて早紀は読んでいた。 でも、父に見つかっては袋叩きにあうかも しれないと布団の中で小さくなって読みながら ビクビクしていた。そんな早紀の 気持ちを察してか、母は押入の中にスタンドを置いて 「早紀や、ここで本を読みなさい。ここなら 父さんに見つかることもないし。おまえは よく勉強できるんやて、先生、ほめてたぞ」 と言った。いくらスタンドがあっても押入の 中で、本を読むのは目に悪かったようで 小学校3年生の頃には、かなり度の強いメガネを かけていた。だから、早紀はメガネ猿だった。 体が弱いはずの母よりも、父の方が寿命が短かった。 早紀の父は、早紀が高校2年生の時に 風邪をこじらせて肺炎になって、あっけなく 逝ってしまった。早紀が中学生の頃に、最後の炭坑が 閉山になって働く場所がなくなってからの父は 惨めだった。炭坑一の力自慢で暴れん坊だった父が、 めっきり気が弱くなって猫背で 日雇いの仕事に行っていた頃を今も思い出す。 父の最後の言葉は以外だった 「早紀よ。もう押入の中で本読まなくてもいいな」 死ぬまで、自分の名前以外読めない文盲の人だった。 早紀は、高校を出てすぐに役場で働きながら 夜間大学に通った。 そこで教員免許をとって、代用教員になり 30才直前に教員採用試験に合格して 中学校の国語の先生になった。 「こんなメガネ猿でもいいの?」 と聞くと 「うん」 と答えた無口な大工さんが早紀のご主人だ。 「あの人、無口で頑固で勉強嫌いで お父さんそっくりね」 と父を懐かしみ母と微笑む早紀も、 この1月に一児の母になった。
2004.04.09
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高校3年生の尚美は、今まで30人以上の 男の人と関係したことがある。テレクラや 駅前の繁華街などで知り合ったサラリーマンや かなり年輩の社長さんのような人もいる。 「どの人も優しくて、お金ももらえたし、 、何の不満もなかったの」 最初は学校が終わってから行くところが なかったという、軽い気持ちで友達に誘われ始めた。 「お父さんもお母さんも、自分の事ばっかり 私のことなんか考えてない」 寂しかったのかもしれない。 どこの街にも、たまり場と呼ばれる場所があって 休みの日になると、どこからともなく若い男女が あつまってくる。 「私みたいの珍しくないよ」 今では付き合った男の多さを自慢するようになった。 そんな尚美が、最近付き合い始めた男の子は、 今までとは様子が少し違うようだ。 進は浪人生で、来春にはR大学に進むことが 決まっていた。 進とは、駅前の自転車置き場で時々すれ違っていた。 でも、とくに言葉を交わしたこともなかった。 ある日、尚美が自転車置き場の角にある溝に 自転車の鍵を落として困っていた。そこへ 通りかかった進が、腕をドロドロにして 拾ってくれたのだった。尚美が 「ありがとう。ドロドロになったね」 と言うと、進は笑って 「洗ったら大丈夫さ」 と言った。人なつっこそうな進の笑顔に好感した尚美は 思わず、 「お礼に何かごちそうするわ」 と言った。ここからが二人のドラマは始まった。 一歳年上の進は、1年間の浪人生活のせいか 世間知らずだった。そして、長いトンネルを やっと抜け出た開放感からか何をしても新鮮 に感じるようだった。ささいなことでもイライラ していた尚美とは大違いだった。ある日、進が 「大学に入学したら、二人で暮らそう」 「ええ、本気?」 「うん、結婚してもいいよ」 「ええ、バッカみたい。私たち知り合って まだ、1ヶ月よ」 「いいんだ。尚美のお父さんとお母さんは 許してくれるかな?」 「許すも何も、うちの親は二人とも 自分のことばっかりよ。私のことなんか どうでもいいのよ」 「ご両親のこと、そんなに悪く言ったら駄目だよ。 尚美を育ててくれたんだから。俺の両親は大丈夫、 結婚するって言っても学費は出してくれる、あとは 二人で力合わせてやって行けば何とかなる」 進の言うとおり、彼の両親は、その話を聞いて さすがにビックリしたが、引き留めても駆け落ちでも されたら大変と考えたのだろう 「生活費は自分たちで稼ぐことと、大学は絶対に 卒業するのなら、進が好きな人なら、いっしょに 暮らしなさい」 と、言ってくれた。 「この4月からいっしょに暮らそう」 と進は言ってくれるが、尚美は複雑な気分だ。 進は今までの誰よりもいい人で 誰よりも好きだけれど、 彼のまっすぐな愛と過去との板挟みで 幸せになれるかどうか、不安な尚美だった。
2004.04.08
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工業地帯の中で、ひときわ高い煙突に 一人の青年が登り始めた。 「おーい、やめろ」 工場の関係者が、必死に説得するも 青年は、一向に降りてくる気配がない。 煙突の頂上にしがみついている。 青年の名前は、純一。 この町に先祖代々住む漁師の息子だった。 温厚な性格で知られる純一が、どうして・・・ 一晩あけて、純一の母親と父親が 説得に来た。母親は涙を浮かべて 「皆さんに迷惑かけて、降りてこい純一」 父親も 「純一、いいから、降りてこい」 と叫ぶが純一は一言も答えようとしない。 純一の頭の上を、新聞社のヘリコプターが 3台ほど舞い始めた。テレビ局のカメラが 煙突を取り囲み始めた。どのテレビも このニュースで持ちきりだ。 2日目の昼を過ぎると、純一も緊張感が 衰えてきたのか、時々、居眠りをして フラフラするようになってきた。 「おい、降りてこい。 話があるなら降りてから聞く」 警察署長が説得する。 純一が、やっと口を開いた 「俺は、死んでも降りないからな。 この煙突は人殺しだ」 何度も何度も叫んでいる。 3日目の朝、純一の母親が純一に叫んだ 「純一、今、美代ちゃんが息を引き取ったよ」 純一の恋人である美代子は、喘息で長い闘病生活を送っていた。 「咳き込んで苦しむ美代子を救う方法は 煙突から出る煙を止めること」 純一には、それしか思いつかなかった。 母の一言を聞いて純一は、大声で泣きながら 煙突から降りてきた 「ごめんよ、美代ちゃん。すまない、美代子・・・ おれ、何の役にも立たなかった・・・」 この事件が多くのマスコミを通じて全国に報道された。 純一の涙が、逃げ腰だった住民たちに火をつけた。 政府も重い腰を上げた。 煙突を所有する会社は、公害対策を始めた。 あれから、30年過ぎた。 純一は今も美代子と生きた町で漁師を続けている・・・
2004.04.07
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今日は朝から面白いメールがきました。 たぶん、間違いだと思うんですけどね。 メールの内容は男の子から女の子へのラブレターでした。 「祐子ちゃんへ」で始まってまして。 かなり、ハードな内容でして、 思い出すと、ちょっと恥ずかしくなるような 熱い熱いメッセージが散りばめられていました。 このまま、黙っているのも何ですし。 「私は祐子ちゃんでありません」 って書いて返信しようか、と思っています。 でもですよ、 返信メールすると、私が見たことが 彼に分かってしまうわけですよ。 何か悪い気がして。 かといって、放っておくのも忍びない。 もう、こんな大事なときに メールアドレス間違えるな! でも、かわいそう・・・ もしかすると、 私は二人の運命の鍵を握っているのかも しれません。と、言いますのは このラブレターならぬラブメールを きっかけにして二人が結婚するかもしれませんし。 待てよ待てよ・・・ そして、二人の間に子供が産まれる。 その子が将来人類の危機を救うかもしれない。 これは、早く返信メールしないと 私は、この手で、いや、このパソコンで 地球を滅ぼすことになることになる。 そんな罪なことはできない。 では、早速。。。 ちょっと待てよ。 この二人の間に生まれる子供が 地球を滅ぼすこともありうるぞ。 うーん、これは難問だ・・・・・ つべこべ考えずに、 返信しておくことにしましょう。 人間の運命のあやは、 こんな時に隠されているのかもしれません。 いろいろ考えずに さっさと、やることやればいいのに。 余計なこと考えるから時間(チャンス)は 通り過ぎて行くのです。でも、その瞬間が 楽しみになったりもします。だから・・・ 人間って面白い。。。 時は確実に刻み続けます、 何が起ころうともです。 コチコチ・・・ 人間が、何をしていようと そんなこと、お構いなしにです。 時こそ神様なのかもしれません。 私たち人間は、本来、時とともに 自然に動ければ、 簡単に幸せになれるのかもしれません。 地球上のあらゆる生物の中で 宇宙の存在を知り、 時の存在を知っているのは 人間だけなのですから・・・
2004.04.06
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最近は、アメリカのシリコンバレーあたりで 働く日本人も少なくないらしい。美里は、 シリコンバレーではなく映画で有名な ハリウッドにあるコンピューター関係の会社で 働いている。彼女は、映画のシーンを コンピューターグラフィックで作っている。 映画の世界も、最近はインターネット時代に なっているらしく、たとえば、今、評判の ディズニー映画ターザンでも ジャングルだけをアメリカで作って ターザンやジェーンはフランスで作る なんてことができる時代になった。 実際にセットで作れば、何十億もかかる ものも、コンピュータグラフィックなら 10分の1くらいの予算で映像化してしまうそうだ。 颯爽とニューヨークを闊歩するキャリアウーマンに あこがれてアメリカにやってきた美里だが 現実は夢とはほど遠く、禁煙ルームで 毎日、コンピューター画面と イライラしながら戦いを繰り広げている。 そんな美里は、3ヶ月に1度の割に 気分転換の旅行をしている。 ちょうど、3ヶ月くらいで仕事のキリが つくらしい。彼女の旅行先には 驚かされてしまった。 アフリカの大草原なのだ。 シマウマやキリンや象を 見てくるらしいのだ。 ときには、ライオンやヒョウなどの 猛獣にも出会うらしい。もちろん、 完全防備のバスの中から見るのだが 「動物になってくるの。草原に向かって ウオオオオって叫ぶとスッキリするわ」 と笑う。 「いつまでもドジで、おっちょこちょいの 自分がいやで落ち込んでいた時に カメラマンの友達につれてきてもらって から、病みつきになっちゃった」 こんな話を聞いていると、ほんと 女の子は強くなったなあと思った。
2004.04.05
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明日香の嫁ぎ先は、1時間に1本しか 電車の来ない山間の村だった。 大阪生まれで都会育ちの明日香が、どうして そんな田舎に嫁いできたのか? 理由は簡単、清作の純朴さに惚れたからである。 清作は、明日香の勤める百貨店に3ヶ月に一回 民芸品店を開いていた。フロアー長の秘書をして いた明日香とは、何度か打ち合わせをしている うちに恋仲になった。 「都会の人にない、バカみたいな純粋さが好き」 明日香は、そう母親に清作を紹介した。明日香の 父は、若い頃からの暴飲暴食のせいか数年前から 老人性痴呆症で、つい100メートル先の コンビニに行ってくると言って行方不明になり 警察に捜索願を出した程の人だった。でも一応、 父親ということで明日香は報告したが 「わしは、母さんがいるから結婚はできないぞ」 と、チンプンカンプンな答えが返ってきた・・・ 結婚して5年、5才の男の子と2才の女の子を もうけ、椎茸栽培も板に付いた明日香に ちょっとしたドラマが起きた。ことの発端は 清作の父が肝臓病で亡くなったことに始まった。 村の葬式というのが大変だった。 通夜から、1時間おきに翌日の葬儀まで、 場所を変え坊主を変え、1時間ほどお経を唱える。 とにかく、足がしびれて困った。 母には 「お父さんは、連れてこないでね。 この村で行方不明になったら、谷に落ちるか 川に落ちるか森をさまようのが落ちだからね」 と連絡した。とにかく、明日香の実家から 葬儀の行われる清作の実家までは、4回の電車 乗り換えで3時間半の道のりである。 母は無事、葬儀の朝10時に到着した。 「おとうさんが、行きたい行きたいって せがんで苦労したのよ。妙にシッカリして 正気に戻ったと思ったのよ」 こんな母の一言で、明日香は、結婚式の披露宴を 思い出した・・・ 清作の父と明日香の父は、意気投合して 酒を酌み交わしていた。あの時の明日香の 父は、不思議と正気だった・・・ 告別式は午後2時から行われる予定だった。 1時を過ぎると受付には村中の人が押し寄せ、 故人である清作の父の生前の人徳が伺い知れた。 明日香は喪主の清作とともに波のように 次から次へとやってくる来客の応対に追われていた。 なんとか、客足が途絶えた2時少し前だった。 ホッとする明日香と清作の目の前に なんと明日香の父が現れたのだ。 「おとうさん、ど・・どうして」 驚きの余り明日香も清作も顔を見合わせた。 父は紛れもなく正気だった。 快活な語り口は、若い頃の元気な父だった 「清作さんの父さんが、いっしょに飲もうって 夢に出てきたんや。お別れやし。俺、頑張って来たで」 ボケているはずの父が、4回も電車を乗り換えて 3時間半の道のりを一人でやってきたなんて・・・ 告別式は、滞りなく執り行われた。 翌朝、明日香の父と母は帰って行った。 二人を見送る明日香と清作。 明日香が 「お父様が呼んだのよ、きっと。でなけりゃ 一人で来れるわけないもの。4回も乗り換えるのよ」 と言うと、清作は 「オヤジも酒飲みだったし、”類は友を呼ぶ”って こんなこと言うんだね。きっと、お父さん、ボケ治ったんだ」 明日香は 「そうだといいね」 と、微笑みながら 揺れる肩を並べる両親の後ろ姿を見送った。
2004.04.04
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酒屋の主人の癖して大酒のみの長助が急に倒れた。 「昔から言われてることやけど、 酒屋の主人が大酒飲みなら身代つぶすってな」 開業当時、世間がそう噂した長助の店は、 開業から40年すぎてた今でも立派に営業している。 それどころか、長男は市会議員に、長女は大学病院で医師に そして、次男が跡継ぎにと将来は順風漫歩である。 世間の予想を大きく覆した立て役者が 妻の節子であることは、誰もが知っている。 「あの長助に、どうして、あんな嫁が来たのかのう」 「昔から、男ってものは、そうは役に立たたないのものよ。 周りが支えてやって、なんとかカッコつくものよ」 長助節子の親戚縁者は、こう陰口をたたいていた。 長助の入院先は、長女が勤める大学病院になった。 検査に立ち会った長女は節子に言った 「お父さん、悪性の肝硬変末期・・・ガンも数カ所に転移していて もう、どうにもならない・・もって1ヶ月」 「気の弱い人だから、そんなこと話したら気が狂うわ、あの人には 胃潰瘍くらいに言っておいて」 節子は、そう言って、 「しばらく一人にしておいて」 と長女に告げた・・・・・ 節子と長助が出会った頃、節子は医者の娘で 名門N女子大学に通っていた才女でもあった。 一方、長助は魚屋の亭主が浮気した末にできた子で 色白で、女の子に間違えられるほど”ひ弱な子”だった。 少年時代の長助は、いじめられっ子で泣いてばかりだった。 長助は節子の実家に酒を配達していた一人の若者に過ぎなかった。 先にアプローチをかけたのは、節子の方だった 「あなた、市川雷蔵にそっくりね。言われたことないの」 「からかわないでください。ただの酒屋の手伝いですんで」 節子は、長助に夢中になってしまった。 当時から飲んだくれで酒臭いことを除けば、見た目も性格の優しさも すべてが理想どおりだった 「長助さん、あなた、私だけ向いててね。 働かなくていいの。私だけ愛してくれたら」 もちろん、両親は大反対だった。 妾の子で酒屋の手伝いに過ぎなかった長助だから当然だろう。 しかし、すでにお腹に長男が宿っていたのを聞いて 節子の両親は、渋々オーケーした。 今で言う、できちゃった婚である。 酒屋の開店資金も、節子の両親から借りた・・・ 亡くなる前の夜、不思議なほど顔色の良かった 長助は、付き添う節子に上機嫌で話した 「おれも、そろそろ酒やめるか」 「そうね」 その日の検査で、長助は1日か2日の余命と宣告された 節子は、出会った頃を思い出して胸が一杯で「そうね」 と応えるので精一杯だった。長助は続けた 「退院したら、二人で温泉でも行こうか」 「そうね」 「おれ、酒ばっかり飲んで、クズ亭主やったけど 約束まもったぞ」 「約束って・・」 「女は、おまえ一人やった」 「ありがと」 「おまえさえ良かったらやけど、今度生まれ変わっても、 もう一度いっしょになろうな」 そう言うとモルヒネが効いたのだろうか長助は眠ってしまった。 最後の言葉だった。 節子は「うん」と頷いた。 次の瞬間、今までこらえていた涙が 節子の目からあふれ頬を伝った 「ゆっくり眠りなさい。私ね、悲しくって泣いてるんじゃないの 嬉しくって、飛び上がりたいくらい嬉しくって・・・ だって、そうじゃない。あなた、ずっと私だけだったんだもの」 長助が天に旅立ったのは、節子が着替えを取りに家に帰った ほんの2時間ほどの間だった。
2004.04.03
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「あんた、かわいいねえ、いくつ?」 「20です」 「へえ、若いねえ・・・あたいにも そんな時あったんだよ。信じられない だろうけど」 介護士見習いの理恵が担当している初子は 寝たきりだ。幸い、頭の方はまだまだハッキリ していると見えて、いろいろ話してくれる。 「理恵ちゃん、男はね、あっちの方がダメに なったら、ただのジジイだけどね。女は 灰になるまでオンナだよ」 「フフフッフ・・・そうですか」 「そうよ、私ね、こんな寝たきりになっても いい男が介護に来てくれて、首筋のあたりに フーとされるとアア・・女に生まれて良かった って思うもの」 「はあ・・・そうですか?」 話を合わせながら、理恵は初子を風呂に入れて 背中を流してあげる 「アアア・・・極楽・・・極楽・・」 そう言いながら、初子は涙を流している。 初子は1ヶ月ぶりのお風呂なのだ。 天涯孤独、身寄りのない独居老人だ。 「なあ、理恵ちゃん、あたいの肩のあたりに 彫り物あるだろ?」 「はい」 「陣九郎命ってあるだろ・・やくざな野郎だったけど 惚れ惚れするほどいい男でね。ああ、腰のあたりにも あるだろ、龍五命って」 「はい、あります」 「そいつは、陣九郎の後輩だよ・・・陣九郎が手入れで 死んだとき、一緒に死のうかと思うくらい悲しくてね。 形見の小刀で、手首を切ったんだよ。その時、余計な お世話をしてくれたのが龍五って、ポン菓子を売って たテキ屋でね。ブ男だけどね、情が移っちゃったのよ」 「へえ、初子さんは恋多き女ですね」 「お初って呼んでおくれ・・・陣にも龍にも そう呼んでもらったからね。誰かに、お初って呼ばれると 若い頃の熱い思いがスーっとわき上がってくるんだ」 「じゃ、お初さん、そろそろお風呂からあがらなくちゃね」 理恵は、バスタオルで丁寧に初子の全身を拭いてやり、 そのままベッドに寝かせた。 「じゃ、お初さん、今日はこれで」 「ね、理恵ちゃん、また来てくれるんだろ?」 「え、私でいいんですか。ハンサムな彼でなくても」 「ああ、理恵ちゃんが一番だ。お初って呼んでくれるの 理恵ちゃんだけだ・・・頼んだよ。後生だから」 そう言って、初子は手を合わせて、 しわしわの顔が潰れるほどの泣き顔で頼むのだった。 そんな初子の仕草に打たれた理恵は 「絶対来るからね、お初さん」 とキッパリ言うと何度も何度も頷いた。
2004.04.02
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水晶占いのマリー・クリスティンこと亜由美は、 Sデパートで水曜日と日曜日に占いコーナーを 受け持っている。幸い好評で、閉店間際でも 5・6人の人が待っている。そんな亜由美も、 自分自身の悩みは、なかなか解決できないようだ。 亜由美は、同じSデパートで火曜日と土曜日を 受け持っている西洋占星術のアラン・ラッセと 恋仲になってしまったのである。恋仲になって どうして亜由美が悩んでいるかと言うと、それまで バシバシ当たっていた水晶占いが裏目裏目に出る ようになったのである。今のところ、何とか客の 顔色を見ながら、ごまかしてはいるが、そのうち ネタはバレてしまうだろう。そうなっては、せっかく つかんだSデパート週2回のレギュラーの座も 危うい。そこで、亜由美は超人気の占い師通称 おタヌキ様を訪ねた。亜由美とおタヌキ様とは、 テレビのバラエティー番組で何度かいっしょに 出演した仲だった。おタヌキ様は、テレビラジオ のレギュラーの他、雑誌や新聞の占いコーナーも 数紙受け持っていた。 おタヌキ様は、5階建ての自分のビルを自宅兼事務所に していた。その中のタヌキの置物大中小松竹梅甲乙丙丁 10体に囲まれた部屋で、亜由美を迎えた。(この部屋には ショショショショショジ・・・ポンポコリンのポンポン♪ の音楽が流れている) 「よー、マリーさんやんか、どないしたんや えらい深刻な顔して・・・」 亜由美は、神妙な顔で言った 「それが」 「言わんでも分かるがな。わしのカンは冴えとるんや。 男ができたんやろ?美人はつらいなあ」 「そうなんです。どうしましょ」 「相手は、わしやないことは確かやな」 「愛してはいけない人を愛してしまいました」 「さては」 「そう」 「同業者かいな」 「ええ」 「あんたほどの占いの達人なら、自分で何とかなるやろ。 わしのようなお笑い系占いと違って、あんたは正統派 なんやから」 「そうなんです。そのはずなんです。でも、水晶に 会ってはいけないと言うお告げが出ても、彼から・・・ ちょっといいだろう・・・と言われると・・ついつい」 「身体は正直ってわけかいな・・」 「はい」 「わしらのような霊感商売は、欲をどう捨てるかが 勝負なんや。わしは、お笑い系占いとは言われてるが 一応!!良く当たるのは、毎朝5時に起きて、家の近所の 神社の掃除、そして腕立て伏せ腹筋背筋100回 10キロのランニングを毎日欠かさんからや」 「はあ?」 「隣のダンスルームで懺悔しなはれ」 「ええ?まさか」 「そうや、テレビで見たやろ。そこのタヌキの ぬいぐるみ着て、ショショジ・・♪のリズムに合わせて 踊るんや・・・3時間も踊れば、欲もなくなるやろ」 と言うわけで、懺悔の部屋(と言っても、タヌキの置物が 置いてあるだけで、どこにでもある床張りの普通のダンスルーム) で亜由美は、すでに踊っていた20名ほどの老若男女と ショショショショジ・・ポンポコリン♪ のリズムに合わせてタヌキ踊りを3時間踊った。 そして3時間後、恥も外聞も脱ぎ捨てて踊った甲斐もあって ようやく、無心の境地にたどり着いた亜由美はおタヌキ様の ビルを後にした。しかし、運命とはドラマチックにできている。 そんな亜由美の前に突然現れたのは、なんたる偶然! 愛する西洋占星術師アラン・ラッセだった。 「どうしたの・・・こんなところで」 「いや、そう言う君こそ」 なんたることか、アラン・ラッセも最近占いが不調のようで おタヌキ様に相談に行くところだったのだ。
2004.04.01
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