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もっともっと目立つように真理子はごくごく普通のOLである。 少し変わっていることがあるとすれば、蛍光ペンを手に ランチタイムにスポーツ新聞を読むことだ。 好きなプロ野球選手やチームがあるわけではない、 サッカーでもない。 今日も熱心にスポーツ紙を読む真理子の肩ごしから 口の悪い男子社員が 「おや、真理子ちゃんは競輪やるの?」 あまりにも集中していたのだろう驚いて振りかえった真理子は 「エ・・違いますけど・・・」 気になるのである。 真理子には高校の頃から付き合っている 彼がいた。光一という。光一は今では競輪選手になっている。と言っても トップテンに入るほどの選手ではない。 その下のランクだ。 高校時代から競輪選手を目指していた 光一は、バス通学の真理子を後ろに乗せて 送って帰った。もちろん、登校時も乗せて 行きたかったが、 「クラスのみんなに見られて ヒューヒューとか冷やかされるよ」 と真理子が嫌がった。 光一は、天気の良い日には 「練習だ。付き合ってくれ」 と野に山に真理子を後ろに乗せて 走りまわった。どんなに急な坂道でも 力強く登る光一の背中に抱き着いて キャーキャー言ってるのが真理子の 役目だった。 高校時代から光一の足は短かったが、 競輪学校に行ってから、そして プロになってからもドンドン短く なっているような気がした。 真理子が 「私より短いんじゃないの?」 と並んで見ると 光一の足の方がズーッと長い。 そう、光一の足は鍛えられて 鍛えられて太くなっていたのだ。 今では真理子のウエストよりも太い。 努力の甲斐があって、光一は競輪で 食べられるようになった。少し余裕もできたのだろう。2年前、念願の赤の フェラーリを手に入れた。 「赤は事故が多いんだって」 真理子の悪い予感が当たった。 光一は交通事故で骨折し1年間を棒に振った。 赤のフェラーリも手放すことになった。 ケガが完治してカンバックを目指していた光一は 弱気になっていた 「俺、もう駄目かなあ」 「そんなことないよ・・・また、あそこ行こうか」 初めて真理子が誘って、久しぶりに出かけた 野も山も初夏の陽気だった。高校時代と同じように 真理子を後ろに乗せて、 「オーイ、光一、あの坂登れたらトップテンも行けるぞ」 「カンバックして・・・今度は黄色のフェラーリ・・・ エッコラエッコラ・・・」 光一は、汗だくになったけど、 どんな急な坂道も登れた。 真理子の読み終えたスポーツ新聞の光一の名前の欄には いつも印がついていた。去年までは赤ペンで、 今年は「もっともっと目立つように」と 願いを込めて真理子は黄色の蛍光ペンを使っている。
2006.01.31
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汗かきトマト(おしゃれ男)いつものように健司が、居酒屋ゆきの暖簾をくぐると、「いらっしゃーい、あれ、健ちゃん、どうしたの」ママがビックリした。ママがビックリするのも無理はない。いつもは、夏物も冬物の頓着もなく、ヨレヨレのスーツを着て登場する健司が、一目見て分かる某ブランド物のスーツを着てきたんのだからだ。「いや、どうもこうもあらへんよ…うちの奥さんがな。これ、着て行けって、強引に着せられたんや」「そーねえ、健ちゃんの奥さんはブティックやってるんやもんね」カウンターに座った健司に、有紀はお酒とおでんを出した。「その亭主が、普段はジャージで、仕事に出る時も、ヨレヨレのスーツやから、世の中わからへんな…この厚揚げ旨い」「健ちゃんも、あっちこっち行くんやから、服装にも気をつけたら?」「それが、あかんのや。どーも、あの舌を噛みそうなブランド名は性に合わへん。だから、服のこと、よーく知ってる人は尊敬してしまいます。それでもな、今日は、人と会うと、視線感じたで。何じゃ、こいつ、こんな服持ってたんかって驚きの視線や。さっきのママほどやないけどな」「新発見ね」「なるほど、そーだったのかあって感じや。このゴボウ天も旨い」「物知りの健ちゃんでも、知らないことあるんやね」「何言うてるの、知らんことの方が多いわな。そうそう、話変わるけど。俺の弟が、とうとう結婚することになったんや。玉子ちょうだい」「へえ…弟さんて、いくつ?はい、どうぞ」「一番下やから。もう37かな」「あの男前の。ちょっとジャニーズ系やったね」「おしゃれでなあ。でも、結婚には縁なかったんや。あいつがエエと思っても、相手がダメというパターンや。良うモテるのに、どうも自分の好みのタイプには振られるんや」「で、相手は?」「看護婦さんや。29やったかな」「その馴れ初めが面白くてな。あいつ、先月、胃潰瘍で1ヶ月ほど入院してたんや。入院してるんやから、一日中、パジャマや。あの、おしゃれ男が、一日中パジャマの時に、担当やった看護婦に惚れたんや。ええカッコできひん。それどころか、生まれたままの自分を見られるわけや。あいつ、言うてたけど、スッポンポンの自分を見られたら、肩の力抜けて素直に自分の思い告げられたって。それが良かったんや」「そう、そんなもんやね」「そやからな、俺も、ヨレヨレのスーツ着てる方がいいんや」「そんな抜けてる所が、健ちゃんの魅力かもしれへんね」「うれしいこと言ってくれるで。もう一本」カッコつけてブランド物のスーツを着ても、酔って真っ赤な顔に、お印程度の毛を頭に乗せて、汗をかきながらニコニコ笑ってる。健司は、やっぱり汗かきトマトだった。
2006.01.31
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旅は心の栄養ドリンクなかなかの腕前のプログラマーの 愛称「眠り姫」の優子ちゃんは良く眠ります。 寝る子は育つと言うけれど小柄な優子ちゃんは、 昨日の夜はぐっすり8時間眠りましたが、 出社するなり 「眠い眠い・・」 を連発しています。 彼女は文藝春秋を買ってきて 枕にして寝ていました。 理由は、漫画を枕にして 居眠りすれば怒られるだろうけど 文藝春秋なら半分しか怒られない という彼女なりの理論だそうです。 そんな彼女も先日、失恋したらしく さすがに落ち込んだようで 3日ほど行方不明になりました。 人間たまにはバカにならないと 疲れます。大酒飲んだり、 パーッと遊んだり、踊り狂ったり 精魂尽きるまでスポーツしたり、 いろいろ方法はあります。 バカになるというと誤解を招くと いけませんので童心に戻ると考えて 頂いても良いでしょう。お坊さんのように無我の境地に到ると考えて 頂いても結構です。 優子ちゃんに限らず、誰だって同じだと思います。集団生活を営めば ストレスも気に入らないこともポツポツあります。 学校には学校のストレス。会社には会社の人間関係があります。しかも、ストレスの原因が 恋の悩みとなれば頭の血管が何かで 詰まっているんじゃないかと思うくらいです。 人間の悩みの48%は恋の悩みではないか という調査資料も先日見かけました。 かといって、家に帰っても 家の中でもいろいろあるわけで ストレス解消とはなりません。 さらにストレスを貯める場合もあります。 友達は・・・というと やはり彼ら彼女らもストレスを 貯めているらしく、彼らにTELしても 居酒屋でウダウダと言うだけで 終わってしまいそうでしたので 何を思ったのか、これこそ カンピューター的ヒラメキです。 優子ちゃんは、会社を出た金曜日の夕方、 「ちょっと行ってくるわ・・・着いたら電話する」 と実家に電話をかけると JRの駅からフラフラと出かけました。 もちろん着の身着のまま・・・ 着替えを持っているわけではありません。 その瞬間決めたのですから、 これこそ究極の一人気まま旅です。 銀行で数万円引き出して みどりの窓口で青春18切符を買いました。 行き先なんて決めてません。 ホームに入ってきた電車に乗るだけです。 普通電車が入ってきたので乗りました。 あまり長く乗ってると腰が痛くなって きますので、気が向いた駅で降り 駅弁を食べてもいいし、ジュースや お茶でもいい、ビールでもいい 少し腹ごしらえをして着いた駅が 米原と言う駅です。 夜中11時過ぎに 「駅で寝るよりいいか」 と思い、米原駅でたまたま入ってきた 急行銀河に乗りました。車掌さんに尋ねました「これって、夜行ですね?」 「そうです。どこまで行かれますか?」 「終点は?」 「東京です」 「じゃ、そこまで・・・」 急行料金を払って自動販売機の置いてある 車両の座席で金の烏龍茶(伊藤園製)を飲んだりしながら 車掌さんと話したりしていました。 大きなリュックの学生サンもやってきて 結構、盛り上がったそうです。 そんな感じで翌日、つまり土曜日の夜には 札幌の駅にいたそうです。 月曜日の朝には、スッキリした顔で 優子ちゃん出勤してきました。 女は強し!優子ちゃんは 「旅は心の栄養ドリンク・・・」 なんて言いながら夕張メロンを 差し入れてくれました。
2006.01.30
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チョコレートメールバレンタインデーが迫ったある日、うら若きモテモテ乙女の良子は考えた。「男友達にチョコレートを送るにしても、費用もバカにならないわ」そこで、良子は名案を思いついた。「義理の皆さんには、絵に描いた餅ならぬ。チョコレートの画像を送ることにしよう。IT時代だもんね。メールで送ろっと」良子は雑誌の特集で見つけた、それはそれは美味しそうなチョコレートの画像を100人からいる義理の皆さんに送ることにした。さてさて、バレンタインデーの当日、良子は、本命のハンサムボーイ健太郎の為に、腕によりをかけて手作りチョコレートを作った。しかし、画像にして送ったチョコレートのようにはできない。料理専門学校の生徒のくせに滅多に料理などしない良子だから無理もないのだ。「あまーい香りするはずだけど…変ね。しかたないわ。でも、私の愛が一杯詰まっているから大丈夫よね」味見もしないで、自分自身を慰めて、良子は健太郎の元へと急いだ。一方、良子がやってくるのを待っている健太郎は、イソイソして落ち着かない。そんな健太郎の気持ちを何にも知らない敏夫がやってきた。敏夫は近所のアパートに住んでいる健太郎と同じ料理専門学校生だ。敏夫は、容姿こそ健太郎ほどハンサムでないが、料理学校の超優等生で、彼の手にかかれば、いかなる素材も、美味な料理に変身すると言われている男だ。名門料理屋の二代目のくせして、まったく料理のセンスのない健太郎とは大違いの男なのだ。「やあ、健太郎、チョコレート作ったんだ。食べないか」「悪いな、女、待ってるんだ。あいつが持ってくるから、それ食べるよ」「でも、今日、憧れてる女の子からメールもらってね。バレンタインデーの。俺の場合、義理だけどな。それにチョコレートの画像が貼ってあったんだ。そのチョコレートを再現しようと思って作ったんだ。一つだけでも、どうだ?」「いいって、チョコレートなんて、誰が作っても同じなんだから。持って帰れよ。そんなの、ここに置かれたら、いいムード、ぶちこわしだよ」「そうか、じゃあな」敏夫が出て行くと、健太郎は、消臭スプレーを撒いた。「これでよしと」しばらくして、良子がやってきた。良子を優しく部屋に招いた健太郎は、熱い抱擁とキッスの嵐で良子を歓待した。少し頬の熱くなった二人は、見つめ合った。健太郎は、居ても立ってもいられず、ベッドに良子を招き入れようとしたが、良子は「ちょっと、待って。その前に、私の心のこもった甘ーいチョコレートを食べて」「ああ」チョコレートなんて、どれも同じ味さと思いながらも、健太郎は、ニヒルな笑みを浮かべて、良子の手の平に乗ったチョコレートを頬張った。途端、健太郎の顔が、苦痛の表情に変わった「おお、おい、何だ、こりゃ」「どうしたの」「食ってみろよ」良子は、自分の作ったチョコレートを食べてビックリ、「辛ーい、塩の固まり食べた感じ。ごめん…」情けないことに良子は砂糖と塩を間違えたのだ。手を合わせて謝る良子を、健太郎は許せなかった。「バカ野郎、こんなマズイの食べさせやがって。女なんて、他にもいるんだ」「ちょっと待ってよ。塩と砂糖を間違えたのは悪かったけど、女なんて他にいるって…何よ、チョコレートくらいで、そんなに怒って、さっきのキス返してよ」「キス返せだと…頭おかしいぞ。お前、帰れ」「帰りますよ。あんたなんて最低」バン!とドアを閉めて、良子は、勢い良く外に飛び出した。カアーッとしている間は、「あんなヤツ、あんなヤツ」と吐き捨ててはいたものの、前から、横から現れる仲むつまじいカップルたちとすれ違うたびに寂しさ積もる良子に一通のメールが届いた。一瞬、「健太郎かもしれない」と思った良子だが、差出人は、敏夫だった、…チョコレートの画像ありがとう。僕なりに再現して作ってみたよ。良かったら、食べに来てください…「敏夫君か。彼の作ったチョコレートなら美味しいだろうな」良子は、敏夫からのメールをもう一度見つめた。
2006.01.30
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彼がジャムパンを好きなわけ健司の妻の父、つまり健司の義父はジャムパンが好きだった。周りを見回してもアンパンやメロンパンを好きな人は多数いる。クリームパン好きもいる。でも、ジャムパンは、あの粒々が嫌いだとかで決して評判は良くない。パン屋でもコンビニでも、いつも余っているのはジャムパンだ。それでも、なぜかジャムパンはなくならない。健司の義父は、そんなオヤジだった。若い頃は酒飲みで午前様は当たり前、マージャンに凝り仕事を忘れて没頭した。そんなところだけを見れば決して良いオヤジではなかった。ただ、なぜか彼の経営した小さな会社はつぶれることはなかった。義父は、安いものを仕入れそれに僅かながらの利を載せて売る。それに徹底していた。値切ったり、納得する値段で仕入れるために一見して余分な時間を使った。大儲けはしなかったが、そんな地道な努力が会社を少しずつ発展させた。頑固。それを絵に描いたような人だった。だから、いつもニコニコして軽い感じの健司は気に入らなかったのかもしれない。まず、妻と結婚する時は健司の髪型から歩き方まで全て批判した。なんとか、結婚に漕ぎ着けてからも二人で酒を酌み交わすことは一度もなかった。ただ、義父が亡くなってから思い起こせば、息を引き取る1年前は少し違った。健司を見る目も言葉もやさしくなっていた。義父が亡くなってから1年くらいしたある日、義父と商工会で同期だったレストランチェーンの社長から「オヤジさん、あんたのこと誉めてたよ。若いのに地道に努力してるって。きっと、アイツは伸びてくるって」そんな話を聞いてからというもの。健司はパン屋に行くといつも必ず二つや三つ残っているジャムパンを一つ買う。…オヤジさんがどこかで応援してくれるような気がするからだ…
2006.01.30
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女らし過ぎるほどの女彼女が高倉を訪ねてきたのは彼が札幌市内に カウンセラーの診察室を開いて間もない頃だった。 心理カウンセラーの仕事は、患者以上に 患者のことを理解しなくてはできない仕事である。 季節で言えば、変わり目だった。北国の長い長い冬が 終わり、ちょうど短い春と夏の境目だった。 「先生、ご相談に乗っていただけますか?」 さほど心配事もないようなアッケラカンと した明るい笑顔の中年女性だった。彼女は見た目が高校1年生くらいの男の子を あたかもペットのように連れていた。 親離れして当然の年齢なのに しっかりと母の傍らに寄り添っている不思議な 感じのする男の子だった。彼女はしばらく考えるふうをして、笑顔を無理矢理浮かべるように 「先生、ご相談ですけど・・・・・あ・・・」 なかなか話そうとしないのは通例である 優しい笑顔で高倉は対応した 「落ち着いて・・・」 彼女は吹き出しそうな笑いを堪えるように 「実は、お恥ずかしい話なんですが 私の息子の事なんですの?」 「はい・・」 「この子、若く見えますけれど 23歳になります。もちろん 恋人もいます。・・いえ、いました。・・・この子は 戸籍上は、もちろん男なんですが 相手の恋人も男の方で・・・ まあ、よく言う・・・この子はニューハーフですの」 「それで・・・」 「はい、この子の元恋人は奥さんがいる方で ・・・いろいろありまして・・・ 泣く泣くこの子別れることになりまして・・・ 慰謝料を分割で振り込んで頂いていたですが・・・ 急に振り込みがストップしましたので 先月、先方と話をしましたの」 「なるほど・・・」 「先方が言いますのには この子は、手術をしていますので 裸になれば完全に女ですの・・・ それで、女だと思って付き合って いたのにニューハーフなら 慰謝料払う必要ないだろう・・・ と言うのです」 高倉は、これは弁護士の所に 行く話だと思ったが、特殊な話だし 困ってあげく来たのだろう・・・ 知り合いの弁護士に事情を話すと もう一度裁判をやることになった。 それから、数ヶ月後、彼女は 上機嫌で、美人を連れてやってきた。 この美人が、いつかの男の子である。 どうみても女・・・女らし過ぎるほどの女と 高倉は思った。これなら、どこかの 誰かさんも血迷うのも無理はない。 彼女はどうやら裁判の結果を伝えに来たらしく、 小さな雪だるまの形をしたアイスクリームの詰め合わせ を手土産に持ってきた。 「ありがとう・・・ございます この子も、立派に女と認めて頂きました」 判決は男性側が知らないで交際していたとしても ニューハーフは女性と考えて問題なく 別れるまでの精神的苦痛に今回の プライドを傷つけられた苦痛が加わり 慰謝料は二倍近くにハネ上がったそうである。
2006.01.29
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風船爆弾「たしか、このあたりだったと思うんじゃ」列車に揺られながら、平吉は呻くように言った。となりに座っているその妻の美祢は、窓の外を見ながら、「あれから56年過ぎたんですね」…1945年8月15日に日本は無条件降伏したが、その年の9月になっても、なお、米軍に戦いを挑んだ輩たちがいた。彼らは小さな爆弾を浮力の強い風船につけて飛ばしていたのである。この部隊の隊長が平吉だった。平吉は、先祖代々の漁師の生まれで、海風を読むことにかけては漁師仲間でも一目置かれていた。そこに目を付けたのが、敗色濃厚だった軍部だった。飛行機もない、戦艦もない、ないないづくしの状況で、米軍に一泡拭かせる為に考えられた奇策の一つだった。竹槍よりは効果があるだろう、おそらく、その程度の作戦だった。しかし、平吉の指示で、次々、打ち上げられた風船爆弾は、米軍の基地がある島や空母の付近に飛来し、一時、米軍を恐怖に陥れた。当時の最新鋭の軍備を有した米軍にも、どのようにして、その風船爆弾が飛んでくるのか理解できなかったのだ。まさか、漁師の倅のカンで風向きを測って飛ばしてるとは夢にも思わなかったのであろう。ご年輩の方は、ご存じかもしれない。戦中、このあたりを通った列車は、窓を閉めることを強制されたのは、こんな作戦があったからだ。「日本は降伏しても、我々には、あと100発余の爆弾がある。全部飛ばして、鬼畜米英に一泡吹かそうぞ」平吉は5人に減った隊員たちに最後の指令を送った。風船たちが、あたかも、渡り鳥の大群のように空高く舞い上がり、目的地に飛び去って行った。帽子を振る隊員たちは、「天皇陛下バンザーイ、バンザーイ…」と声の枯れるまで叫んでいた、その時、彼らの背後に数台のジープが止まった。その音に気づき、隊員たちが振り返るがはやいか、機関銃のダッダダッダダ…の銃声がこだまし、隊員たちは折り重なるように倒れた。それから、数時間後、地元の人々が、倒れていた隊員たちを、両手を合わせながら埋葬しようとしていた。「おい、この人、生きてるぞ」「ほんと、まだ、息がある」「でもよ、肺のあたりに何発も食らてるぞ」村人たちは、その男を、村の診療所に運んだ。診療所の医師は、その血塗れの男に処置しながら、「肺を貫通しとるのお。助かったら奇跡じゃ」と言った。看護婦が、軍服の中から、写真を見つけた。女の人の裸の写真だった。「これ、この人の奥さんじゃ」処置を終えた医師は、「この人の手に握らせておやりなさい。奇跡が起こるかもしれん」と言って汗を拭った。生死の間を彷徨いながら、その男は、出生の為に故郷を出た日を思い出していた。出生の前日に式を挙げた妻は、下を向いて泣くばかりで何も言えない。そんな妻に「俺は、身体をハチの巣にされても生きて帰ってくるからな」と力強く言った。すると、やっと顔をあげ妻は、泣きじゃくりながら「平吉さん…平吉さーん」と何度も何度も叫んだ。奇跡的に命を取り留めた平吉が気づいたのは、1週間後だった…見覚えがある山々が車窓から見えたと思った平吉は、胸のあたりを押さえた。美祢は、ビックリして「胸が苦しいんですか?」すると、平吉は、「いや、気のせいじゃよ」と深い皺をさらに深くして笑った。
2006.01.29
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おまえ、見所あるなすぐ近所に住んでいるおばあちゃんが テレビドラマのような人生を歩んでいたりする。 明治、大正、昭和、平成の4つの 時代のハードルを何事もなく 越えてくるほうが珍しいのかもしれない。 本屋のミネおばあちゃんも 大波小波の人生を歩んできた。 貧乏な小作の娘として生まれれば 明治の時代なら運命は決まっていた。 忘れもしないミネが14歳の時 酒ばっかり食らって働かない親父は、 腹を減らして泣きわめく9人の弟や妹たちを 見るに見かねて叫ぶように長女のミネに 「おまえには売るものがあるんだろう」 と投げ捨てるように言った。 その翌朝、ミネに迎えがやってきた 仲買のオジさんだ。この人に着いて行ったら 永遠に帰って来れない、ミネは分かってはいたが どうにもできない。仕方ない黙って着いて行った。 駅に着くとミネと同じ身の上の 女の子が二人いた。この子達も同じなんだろう、 仲買のオジさんが便所に行ってる間に 「いっしょに逃げよう」 ミネは二人に持ちかけた。 でも、その二人にはそんな気力はなかった。 「このまま、終わってたまるか」 ミネさんは自分に言い聞かせるように言った。周りを見まわすと一人馴染みの顔があった。二軒隣りの恵介だ。 その時、恵介は16歳か17歳だった。 ミネさんは恵介に駆け寄った 「わたしを連れて逃げてくれ」 「はあ?逃げるって・・・」 「売られるくらいなら、おまえの嫁になる」 「ほんまか」 頼りない恵介は女には縁のない男である。 嫁になってくれる女が現れただけで 目の玉が飛び出るほどうれしい。 恵介は「よっしゃ」と言うと ミネの手を引いて走り出した。 そこへ、便所から出てきた仲買が 「おい、待て」と血相を変えて追いかけてきた。 ミネと恵介は馬小屋に逃げ込んだ。 「こらあ、出て来い」 と大声を上げる仲買。 そこへ何という幸運、ポーという汽笛ともに 列車がホームに入ってきた。 仲買は、「くそったれー」と捨て台詞を 吐いて駅に走って行った。 何とか難を逃れたミネと恵介は 「このまま帰っても、すぐに同じようになるし」 「そうだなあ」 あっちの馬小屋、こっちの寺や神社 3週間放浪して、やっと家に戻った。 家では、少し怒りの熱が冷めた親父が 「この親不孝者。おまえなど勘当じゃ。 どうしても、女郎がいやなら 恵介は丁稚でおまえは女中だ」 やっぱり投げ捨てるように言った。 たぶん、恵介も頭が悪いことだし貧乏小作の親父同志で これで口減らしができると話がついていたのだろう。 二人は、町の大きな本屋に売られた。 いい人ってのは他人にもいい人かもしれないが 自分にもいい人なんだ。となると ただの甘ちょろいヤツってことになる。 だから、人間、少しくらいは悪の要素を持たねば ならない。ミネは、暇さえあればサボって 本屋の片隅で本を読んでいた。彼女が小悪なら・・・恵介は、売り物に手を つけては・・・とサボることもなかったし 本を読むこともなかった。バカ正直を絵に描いたような人だった。 「おまえ、見所あるな」 サボって、本をたくさん読んだからかもしれない。 抜群の商才と気の強さを発揮して 10年後、ミネは1つの店を任された。 1階は店で2階は住居の小さな店である。 恵介は、相変わらず本を運ぶだけの人だったが ミネにとっては、命の恩人である。 バカ正直かもしれないが、悪いことの できる人ではない。このバカのおかげで ミネはあの時、助かったのである。 二人の間には二人の男の子ができた。 子育てに追われたせいか、ミネの商才は 少し影を潜めて店は大きくもならないし、 小さくもならなかった。 戦争中はさすがに大変だったが、 字が読めないからだろうか? 恵介は、徴兵検査に不思議と不合格で 戦争には行かなかった。 70数年間いろいろあったが 息子二人も無事成人一家の主となり、 今では孫まで結婚して曾孫も3人いる。 本屋を継いだ長男家族と一緒に暮らす 今年88歳の米寿を迎えるミネさんが 本屋の裏手に有る小さな縁側で 2歳の曾孫と遊んでいると 老人会から帰ってきたのだろう 90歳になる恵介さんが 「おー、ぼんぼん・・」 とニコニコ顔で曾孫を抱き上げた。
2006.01.28
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ポケットの中 彼はお金持ちだった。その上、彼は不思議な能力を持っていた。彼には妻以外に6人の女性がいた。その女性は、それぞれタイプが違っていて、ある女は典型的な美人タイプ。また、ある女は、可愛いタイプ。また、ある女は美人でもない可愛くもないけれど料理が上手…などなど違うタイプの女性6人とそれぞれ、月火水木金土と曜日を決めて、それぞれと楽しく過ごして、日曜日には妻や子供たちと楽しく過ごす。この程度の人なら存在するかもしれない。でも、彼のスゴイ所は、彼女たちの部屋に通じるドアをポケットの中に持っていたのだ。さしずめ、”ドラえもん”のどこでもドアと言ったところだろう。さらにさらに、彼は心の広い人だった。彼女たちの誰かが、もし、「ごめんなさい、好きな人ができたの。別れましょう」と言ったら、一戸建ての家が買えるくらいのお金を渡して、「困ったことがあったら、いつでも連絡するんだよ。幸せ祈ってるよ」と優しい言葉もかけて別れる。そして、こんな形で欠員ができれば、どこかで不幸に涙している女性を新たにメンバーに加える…こんな男になれたらいいなあ…と小学校5年生の時に考えていたなんて言ったら、どう思われるだろうか?
2006.01.28
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ワインレッド作戦酒で失敗したと言う話は 以前お話しましたが、これは酒で うまく行った話です。ぶどう酒の赤を初めて飲んだのは 少し遅く?高校2年生の時でした。 「酒やビールはあかんけど ワインならええぞ」 と父に言われ、寝る前に コップに3分の1くらい飲んでいました。 たぶん、学校で何かあった日でしょう 失恋かもしれません。自棄酒ならぬ自棄ワインで丸々1本を一人で飲んでしまいました。 翌日、さすがに体調がおかしく病院に行きました。 私は子供の頃から野口という医師のお世話になっておりました。当日、診察していただいたのは 野口先生の息子さんで、名医と謳われたお父さんとは 正反対で大酒飲みと噂されている方でした。(誤解の内容に言っておきますが、かの有名な野口英世博士 とは全く無関係です。) 先生の前に座った時、気づいたのですが、 よく見ると私の両腕に赤い小さな斑点ができています。 「先生、これ、風疹かな?」 と私が言うと野口先生は酒の臭いをプンプンさせながら 「最近、流行しとるからな。 よし診断書書いてやるから・・・」 と話のわかる野口二世です。 おかげで私は1週間学校を休んで 毎日映画を見に行くことができました。 風疹なら高熱にうなされる筈ですが 全く平熱で赤い斑点も翌日には ほとんど目立たなくなりました。 しかも、休みだけど休みにならない 公休扱いで。そうです。ご存知の方も多いかと存じますが、風疹は感染症ですので公休なのです。 それから3ヶ月後、私は困っておりました。 もうすぐ期末テストなのですが、クラブの 試合が近づいていましたので、練習をしなくてはなりません。試験で疲れては困ります。 体力を温存し試験休みを迎えたかったのです。 当時、私は野球部と陸上部の両方に所属しながら、バンドをやっていましたので超忙しかったのです。 何とか良い方法は?と思案しました。 そこで、浮かんだ作戦が”ワインレッド作戦” この作戦名は今つけたのですが・・・・・ 思い出して見てもこの作戦は大変なギャンブルでした。 まず、テストの前日に赤ワインを一本飲み干します。 これは、気合でできます。 しかし、私の身体にワインへの免疫ができていたら没です。 ヤッター!私には運がありました。 翌日、私の腕には赤い斑点が3ヶ月前より少ないけれどできていました。そして、野口医院へ行って 野口二世に診察してもらわなくてなりません。 野口一世では、未成年の二日酔いと たちどころに見破られてしまいます。 彼はそれほどの眼力の持ち主でした。 そして、3ヶ月前に私が風疹になっていたことを 忘れてもらわなくてはなりません。野口二世なら忘れているはずなのです。風疹は免疫ができるから 3ヶ月後にかかるはずがないからです。 私には、またまた運がありました。 医院では、酒臭い!!おぼっちゃま先生がおられました。 私は先生の前に座るとまるで誘導尋問のように 「先生、赤い斑点ができてますね・・・風疹かなあ」 と白々しく言いました。 先生は催眠術にかかったように 「風疹やな・・・診断書書いておこう」 大成功!私は見事公休を勝ち取りました。期末テストは後半だけ受けました。休んだテストは中間テストの平均点でオーケーでした。 ちなみにワインレッド作戦は、あと1回成功して その後はワインに免疫ができた為、作戦不可能になりました。
2006.01.27
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俺なら逃げない裕が、毎朝、愛犬のポチを連れて散歩するようになって1年になる。会社勤めをするようになってから、ちょっぴり運動不足のせいか少しウエイトオーバー気味だった。朝の30分の早起きは、楽ではないが、散歩を終えた後の朝飯の旨さを覚えるともうやめられない。そして、もう一つ、裕には、目当てがあった。いつも橋のたもとで出会う小百合である。小百合も、毎朝、犬の散歩をしているようだった。小百合の犬は、白いプードルだった。早朝だから話す時間は、ほんの数分だが、裕にとっては、朝飯前の最高のオードブルのようなものだった。小百合とは、高校時代からの知り合いだった。裕が野球部の選手だった頃、小百合は2歳下のマネージャーだった。その頃は、それほどには思わなかったが、1年前、再会した時から、徐々に、気持ちが高まっていた。小百合が、自分にとってなくてはならぬ人と確信した裕は、一度、デートでもと誘おうと思った矢先、その小百合の姿を、この3日ほど前から見かけなくなった。これまで1日くらい見ないことはあったが、3日も見ないのは初めてだし、ショックだった。身体でも壊したのかと心配になった裕は、思い切って小百合の家を訪ねてみた。場所は小百合から聞いて、だいたい分かっていた。小百合の父は、たしか建設会社の社長だったはずだ。町名は分かっていたから、番地などは高校時代のクラブ名簿を見て確認した。小百合の家は、高台にある高級住宅街にあった。「ごめんください」インターホンを何度も押したが、誰も出てこなかった。諦めて帰ろうとした裕を、引き留める声がした、「ここの家を訪ねてこられたの?」近所の婦人のようだ。「はい」と裕が応えると、「あの、ここの御主人が警察に捕まったのよ。ニュースでも言ってたわ。不正らしいわよ。昨日、一昨日は、新聞やテレビの取材で大変だったのよ」「ここの娘さんは?」「小百合ちゃんね。たぶん、親戚の家かどこかに行ったと思うの。犬もいないでしょ」こんなわけで、裕は、小百合に会うことができなくなってしまった。裕は、小百合の心境を考えると歯がゆかった。こんな時こそ、傍にいて励ましてやりたかった。いろいろと心あたりを尋ねたが、小百合がどこに行ったかは分からずじまいだった。それから、2週間後、手がかりすらつかめない裕だった。小百合に会える見込みがなくなった朝の散歩は、一日おきになっていた。そのせいか、愛犬ポチの具合が悪くなった。時々、苦しそうに咳き込むのだ。心配になった裕は、隣町の獣医にポチを診てもらうことにした。やはり、ポチは風邪をひいていた。それも、重症で、「もう少し遅れたら、肺炎になるところです」と医師が言っていた。「ごめんな、ポチ。俺、自分のことばっかり考えてた」そう言いながら、裕はポチの頭を撫でながら診療所から出ようとしていた。その時、一匹の白いプードルが裕の足に絡みついてきた。目線をあげると、そこには小百合がいた。小百合は、裕を避けようとしたが、裕は「ちょっと、時間つくれない」と言うと、黙って頷いた。裕は人目を気にする小百合と公園の隅で話した。「事情は聞いた。前から、君とこうして話したかった」裕は、照れ症だが、この日は、恥も外聞もなかった。「こんな時だからこそ、力になりたい」「この子の調子が悪くて、出てきただけだから」「君の力になりたい。その為なら、何だってするよ。この頃、ずっと、そう思ってた」「気づかなかった。でも、うれしい。実は、今度のことで、縁談が破談になったの」「ええ」驚いた裕だが、すぐに続けた「俺なら逃げない。会社なんか、クビになってもいいよ。どこか、外国で暮らそう」「うれしい。でも…」「他に何かあるのか。彼に未練とか」「ないけど…時間ほしいの」ようやく小百合の硬くなった表情に微かな笑みが現れ、そして瞳からは涙があふれた。そんな二人の周りを具合が悪かったはずの二匹の犬が元気に駆け回っていた。
2006.01.27
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ママ、どうしたの子供ってのはかわいいものである。 そんなことは美津子だって分かっていた。 しかし、自分の腹を痛めた子の かわいさは美津子にとって想像を 遥かに超えるものであった。 美津子は女子大当時付き合っていた 一つ年下の医大生の彼と 結婚して1年後子供を産んだ。 「あなた、変わったわね」 人から言われるようになった。 「私のどこが変わった?」 「お母さんになったって感じね」 久しぶりに会った短大の同級生が言っていた。 ある日、大学病院勤務をしている夫の愛人という女から電話があった。 「ご主人言ってたわよ。 いつでも、女房と別れるから 俺と結婚してくれって 会うたびに言われるから、 今日電話したの。 私、あの人と結婚するつもりないですから」 どうやらスナックの女らしい。 こんな電話があれば 子供ができる前なら 頭に血が上って 気が狂うところだが 「そうですか。主人のことをよろしくお願いします」 冷静に対処した。 こんなことで豊かな暮らしは捨てられない。 結婚前、父から言われた 「男ってヤツは子供だよ」 たしかに一つ年下の夫は、 もう一人の子供のようだった。 そう美津子は夫にとって妻よりも母なのだ。 「あなた、今日、あなたに結婚せがまれた 女性から電話がありましたわ」 「ええ・・・」 うろたえる夫。 「ご安心ください。これくらいで 離婚だと取り乱したりしませんので」 と一本釘をさしてやった。 そんな面の皮の厚くなった 美津子にも試練が訪れた。 かわいい息子が 明日から幼稚園に行くのである。 もう、あの紅葉のような手に 数時間ふれることはできないのだ。 まさか、子離れしていない 近所の奥様たちのように 幼稚園の門に連なる金網にすがり 我が子の姿を目で追う・・・なんて 美津子のプライドが許さないのである。 そう思うと急に寂しくなり、 抱え上げてダッコして チュウーをしたくなった。 しめしめ・・・我が息子は 目の前でおもちゃのミキサー車で遊んでいる。 どれどれ・・・と ミキサー車ごと抱え上げようと 踏ん張った瞬間、 腰部に激痛が走った。 「ゲー」 はしたない声を上げてしまった。 「ママ、どうしたの」 我が子の可愛い声も空しく 美津子は思わず四つん這いになり 涙もチョチョ切れてヨヨと崩れ落ちた。 無念。 美津子は誠に無念だった。 翌朝、入園式に向かう 我が愛する息子と やさしいパパを演じる夫を 玄関にて見送る・・・ 腰部にコルセットをはめ 冬を迎えたキリギリスのような 美津子は哀れなだけで プライドのカケラもなかった。
2006.01.26
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愛が足らない智恵美が、やっと見つけた仕事は、警備会社のガードマンだった。大学時代はバスケットボールをやっていたから、体格は少し大きめだし、もちろん、体力にも自信があったから適役と言われれば、そうかもしれない。そんな智恵美が派遣されたのは、中堅のスーパーマーケットだった。スーパーとしても、イメージが大事らしく、いかつい男よりも、女性の警備員の方がソフトに見えるからと歓迎してくれた。そんな智恵美の初仕事の日、万引きをした50歳くらいのオバさんを捕まえた。捕まった時は、「人違いじゃないの」と、知らばっくれていたオバさんだが、警備員室に入った途端、観念したと見えて、今度は開きなおった。「出せばいいんでしょ。出せば…」そう言いながら、オバさんは、リップクリームや生理用品、ポケットティッシュなどを次から次へと、よくもこれだけ詰め込めたものだと思うほど、ハンドバックから、コートの内ポケットから、次々に出してきた。「お金払えば、帰してくれるんでしょう。いくら?いくらよ?」と、オバさんは、智恵美に詰め寄った。オバさんの余りの強引さに、ちょっと、困ってしまった智恵美はたじろいだ。そこへ、このスーパーで20年程、警備をしている山形と言う初老のガードマンが巡回から帰ってきた。「あんた、またやったのか」山形に睨まれると、オバさんは、小さくなって床に座り込んでしまった。このオバさんは、万引きの常習犯で、この数年間、毎月のように捕まっていたのだ。「今日は、勘弁してあげるから、まっすぐに帰るんだよ」山形は、イタヅラでもした小さな子供をなだめるように、オバさんを帰した。その後、山形は、「あのオバさんも寂しいんだよ。かわいそうに」と智恵美に言ってから、そのオバさんの事を話してくれた。「あんなオバさんだから、さぞかし生活が苦しいのかと思いがちだが、ところが、どっこい。彼女は、元女優で、この町では一番の金持ちの奥さんだ。御主人は、全国に10数カ所もリゾートホテルを経営している事業家で大変忙しいらしく、月のうちの1週間も家に帰って来れば良い方だそうだ。何度か警察に連れて行った俺が聞いた話じゃ、オバさんを迎えに来るのは、いつもクールな秘書が来るだけで御主人は一度も来たことがないそうだ」「そうだったんですか…」話を聞いて、智恵美も、何だがオバさんが可哀想に思えてきた。山形は、そんな智恵美を優しい眼差しで見つめながら、「女が何かしでかす時は、愛が足らないんだよな」と言った。
2006.01.26
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愛する人のボディガードでありたい久しぶりにロビンフッドの原作を読みました。弓の名人のロビンフッドが悪代官を 懲らしめる話は痛快です。 テレビの時代劇も同じようなもので 庶民の不平とか不満とかを代弁してくれるので 安心して読めるところが有り難いのです。 しかし、イギリス文学の古典的名作と 呼ばれるロビンフッドにも 物足りないところがあります。 いつか映画館で見たケビンコスナーの ロビンフッドとどこかでダブったからでしょうか。 この欲求不満の原因は、女性が出てこないからです。 どこまで行っても、男の勇敢さや強さや名誉ばっかりで 色っぽさは出てきません。 これもケビンコスナー主演の映画でボディガードというのが ありました。そのものズバリ、ボディガードの話ですが 依頼人の歌手と恋仲になってしまい、 仕事を忘れて彼女を守る話です。 時代は変わって、男が弱くなり女が強くなりましたが 愛以上に人を勇敢にさせるものはありません。 恐怖を忘れさせるものはありません。 人を愛する気持ちこそが最強のボディーガードです。 今では少しずつ中年化している私でも 何年か前、指輪をプレゼントした 女性を守るために数人の暴漢と命を張る覚悟をした経験があります。 有り難いことに幸い事なきを得て元気でやっています。 今でも朝早く起きて 「また、足の骨折るよ」 と周りが止めるのも聞かず衰えつつある体に ムチ打ち汗をかきつつ早朝マラソンをしています。 年はとっても気持ちだけは 愛する人のボディガードでありたいと切に願いながら・・・
2006.01.25
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呪文寒い寒い雪の降りしきる夜だった。青年は、ひとりで寂しく暮らす古びたアパートの一室で悩んでいた。「どうしよう、今月も家賃が払えない。もう、3ヶ月も払ってない。このままじゃ、追い出されるぞ」真面目な青年ではあったが、運が悪かった。今まで勤めた会社は、10ほどあったが、どれもこれも、すぐに倒産してしまったのだ。「俺は運の悪い男だ。いや、俺には疫病神がついているのかもしれない」青年は頭を抱えた。その時、ノックの音が聞こえた。トントン…「こんな寒い夜になんだろう」青年がドアの所に行くと、「悩みを解決しましょう」外に立っている男が、そう言っている。「何の用ですか」そう青年が聞いても、その男は、「悩みを解決しましょう」とただひたすら同じ事を言い続けた。仕方がないので、青年は、ドアを開け、その男を部屋に入れた。その男は恐縮して、「ありがとうございます。私は、呪文を売っているセールスマンです」「呪文?そんなもの売っているセールスなんて聞いたことないな」「そんなにいるものではないですから。ご存じないのは、当然です」「で、その呪文は何の役に立つの?」「はい、何回か唱えると願いが叶います」「へえ、たとえば、どんな呪文があるの」「はい、いろいろとあります」そう言うと、男は、分厚い本をカバンの中から出した。「どのような呪文がお入り用でしょう」「そうだなあ…金持ちになりたいなあ」「よろしゅうございます」その男は、青年に耳打ちした。「その言葉を唱えると、今よりは金持ちになるでしょう。どれくらい金持ちになるかは、あなたの集中力しだいです。それと、もう一つ、その呪文は、誰にも言ってはいけません」「で、いくら?」「いえ、お金なんて結構です。そのかわり、と言っては何ですが、明日の朝まで、私を、この部屋の隅で寝かせてください」「それくらいなら、狭いけどね」「ありがとうございます」その男は、礼を言うと、部屋の隅で膝を抱えて眠り始めた。青年は、その男の言うとおりに呪文を一心不乱に唱えた。それこそ、寝る間も惜しんで唱えた。何時だったのだろう。深夜には違いなかった。パタパタと音がした。何の音だろう。青年が耳を澄ますと、どうやら、下の部屋らしい。下の部屋には、このアパートの大家さんであるお婆さんが住んでいたはずだ。さらに耳を澄ますと、どうやら、お婆ちゃんが苦しんでいるようだ。心配になった青年は、お婆ちゃんの部屋に急行した。すると、お婆ちゃんは心臓発作で息も絶え絶えだった。青年は、大急ぎで救急車を呼んで、そのまま、お婆ちゃんに同行して病院に行くことになった。このお婆ちゃんは身寄りも無く一人暮らしだった。幸い、処置が早かったので、お婆ちゃんは一命を取り留めた。二三日もすれば、退院できるそうだ。お婆ちゃんは、その青年に感謝して「家賃なんかいらないから、自分の家だと思って、ずっと、このアパートにいてくださいな」と青年に言った。青年が大喜びで、部屋に帰ってきたのは、朝方だった。すでに目を覚ましていた例の男は、青年の顔を見ると「どうやら、もう呪文の効果はあったようですね。では、私は失礼します」そう言って出ていこうとする男を青年は止めた「すみません、せめて、お礼を」「いや、寒い夜に泊めていただいたので十分です。では」「ちょっと待ってください」「ところで、あなたは、どうして呪文を使わなかったのですか」「使いましたよ。寒い夜に、とりあえず無料で泊めてもらう為の呪文」その男は、カバンの中から分厚い本を出し、指で、無料で泊めてもらう呪文のところを差した。そこには、”悩みを解決しましょう”と書いてあった。
2006.01.25
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初めての東京小学校6年生の夏休みに 初めて東京に行った。大阪から東京まで 新幹線3時間10分の 初めての一人旅はドキドキだった。 東京には友達がいた。 幼なじみのトオルだ。 父親の転勤で東京に行った悪友だ。 東京駅に着いて東急インというホテルに一泊して 荷物を置いてトオルと待ち合わせをした。 トオルは日暮里の学習塾で夏季講習を 受けるらしく、待ち合わせ時間は午後2時になった。 上野の街を行く宛てもなく うろうろしていると ガード下で 「君、自衛官にならないか」 とグレーの制服を着たオジサンに 呼びとめられた。 しばらく話を聞いていると 私が小学校6年生と分って 「なんだ・・・小学生ならだめだ。 中学卒業したら・・・ぜひ、たずねて来い」 と名刺を渡された。 変な人に声をかけられたくないので 人通りの多い駅前を歩いていたら 若い兄ちゃんに声をかけられた 「君、アンケート協力してよ」 アンケートくらいなら・・・ と思った私が答えていると その兄ちゃんは 突然やってきた婦人警官2人に 「キャッチセールスは禁止」 と言われ引きずられるように 交番に連れて行かれた。 どうやら悪い人のようやな・・・ と理解した私は 山手線に乗って 夏休みの読書感想文の課題図書だった 「ジョン万次郎漂流記」を 読むことにした。 冷房も効いているし 環状線なので乗り越しても、 また1周回って戻ってくるから安心だった。 ユラユラとした 電車の振動が心地よく 前日深夜までテレビを見ていた睡眠不足も重なってか いつのまにか眠っていた。 たしか3周回ったが、 目を覚ますのは どういうわけかお茶の水だった。 待ち合わせ場所は上野のビッグボックス? と言うところだった。 その中のゲームセンターで遊んでいると時間を 忘れて夢中になってしまった。 気がついたら10時前だった。 慌ててホテルに帰ると オヤジから電話が入っていた。 「どこに行っていたんだ。約束を守れないのなら帰って来なさい」 9時には帰って勉強している約束だった。 罰として 5泊の予定が2泊3日に されてしまった。帰ることになった翌日、 トオルは夏季講習をサボって 新幹線改札口まで 見送りに来てくれた。 もう少し遊びたかったが 小学生の身である。 オヤジに怒鳴られれば 帰るしかない。 「久しぶりに会ったのに 残念やね」 トオルも私も目に涙を溜めていた。 「しばしの別れよ さらば友よ」 とトオルはカッコつけやがった。 トオルに背中を押されるようにして 私は新幹線に飛び乗った。 そのあと、どんな感じで 帰ったかは思い出せない。 ただ、最近上野の街を歩いても あのガード下も あのゲームセンターも あの新幹線の改札口も みんな無くなっていた。 ちなみに そのトオルは 3年後に大阪に戻ってきて 同じ高校に通うことになる。
2006.01.24
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ダメモトさして才能も運もない。そんな私を支えてくれた言葉。ダメデモトモト。失敗して、落ち込んで、もう終わりだ。そう思って、地獄まで堕ちた私に力をくれた言葉。ダメデモトモト。火事場のクソ力。チャンスに強い。しぶといヤツ。いろいろ言われたけれど、すべてこの言葉のおかげ。ダメデモトモト。略して、ダメモト。昔の日記を開けると、涙で凸凹になったページ一杯にダメモトが並んでいた。
2006.01.24
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最近の給食は豪華になったものです先日の町内会のことです。「学校給食を考える会」なる会合に 数人出席してほしいと役所から連絡があったそうです。 みんな、ああだ・・・こうだ・・・、と言って行きたくないようなので くじ引きで決めることになりました。 幸か不幸かに当たってしまい、私が参加することになりました。 「ご苦労様です」と市役所の受付を通り立派な会議室に通され いくつかの町から来た人でしょう30人くらいの男女が すでにスクール形式で整然と座っていました。 全体的に年配の方が多く、平日の午前中ということもあり、 30才代は私の他二人くらいの様子でした。 「一体、何をさせられるのか?」と身構えておりますと 係りの方の説明によりますと 「給食を食べてアンケートを書くだけ」 とのことホッと肩をなでおろし 久々の給食の到着を待ちました。 まだ全員集まらないらしく、手持ち無沙汰でしたので 隣りに座った去年定年退職したという 60歳くらいの紳士と世間話をしておりました。 「いやあ、小学校6年生からですから かれこれ20数年ぶりです・・」 紳士は 「わしは、50年ぶりですわ」 とにもかくにも懐かしく思いながら頂きました。 出てきたのはパン1個と牛乳、ミニハンバーグ そして、フィッシュバーガー ううん?そしてそしてコールスローサラダ、フルーツ。 最近の給食は豪華になったものです。 まず、パンのおいしいこと・・・ ただのコッペパンですが、 私の頃と小麦の質が違います。 モゴモゴした食べにくい食感はなくイースト菌臭さもなく、 市販されているパンと何ら遜色ありません。 フィッシュバーガー、学校はマクドナルドか! 安心しました。小さなコッペパンに白身の魚のフライが入ったものでした。そして、驚いたのはコールスローサラダ (たまねぎキャベツにんじんを小さく刻んだ冷たいサラダ)。 「こんなハイカラなものは私の時代にはなかったです。 ジャガイモと切りハムのサラダばっかりですよ」 そんな感じで結構満足して食べておりますと 市の教育なんとかという肩書きの方が前に立ちまして 「学校給食が始まって50年になるそうで 市によっては財政難や好みの多様化で給食を廃止する という意見も出てきています。 現在、廃止派と存続派が議論しているところで 皆さんにも食べていただいてアンケートで ご意見を伺いたいのです」 私の隣りの紳士はシミジミ話していました。 「50年前、給食が始まった時は マカロニとサラダだけだったんです。 主食のごはんは持ち込み、 その持ち込みの分も、ほとんどの生徒が 持って来れなかったそうです。 それでも当時は大変なごちそうでした」 私から見ても、大変豪華になった給食も 生徒と保護者の半数が不満を漏らしているそうです。 こんなこと言ったら、 古臭いのバカじゃないのって 言われそうですが、 世界では飢え死にする人が 今でも毎日何万人もいます。 ”おいしい”とか”まずい”とか 財政がどうとか。 いろいろ言うけれどクラスの皆で同じものを 一緒に「いただきます」と言って食べることができる国、 そして、そんな国に住んでいる私たちは、 なんて幸せなんでしょう。いろいろ問題あるのは分かったけれど 私個人としては、 何とか給食は続けて欲しい・・・ とアンケートのその他の意見欄に書いてきました。 時代の流れかもしれませんが、 少し考えさせられました。
2006.01.23
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商売繁盛Y運送の社長のYさんは、副社長の奥さんの瞳さんと二人で頑張っています。もともと、小さな運送屋さんの二代目だったYさんは、大学を出てからしばらくは、大手の運送会社のサラリーマンをやっていました。いずれは、事業を継がせようと思ったお父さんの縁故で入った会社だったのです。でも、重い荷物を持ち上げるような現場の仕事ではなくて、経理の仕事をしていました。それも、5年勤めましたが平社員のまま、ハッキリ言えば商業高校卒業したばかりの女の子でも十分勤まるような仕事をやっていました。そんな時、Yさんのお父さんが急病で倒れました。当分働けなくなってしまったお父さんの代わりと、周りから勧められたYさん、突然、社長代行に祭りあげられてしまったのです。ボンボン育ちで、何の苦労も経験もないのに社長代行にされてしまったYさん、何から手をつけたら良いか分かりません。右往左往しているうちに、デパートの課長が運送料の値下げをしてほしいと言ってきました。これ以上の値下げをすれば、赤字になることくらいは分かっていたYさん、一生懸命、数字を見せて抵抗しました。しかし、Yさんを頼りないと見てとった強気の課長は、あんなこともあった、こんなこともあったと、運送料値下げを強硬に迫りました。そんな防戦一方のYさんを救ったのは、たまたま、お茶菓子を持ってきた瞳さんでした。当時は、ただの事務員だった瞳さんは、頼りないYさんを助けてあげたくて、ウズウズしていました。「社長、ハッキリ言ってあげたらどうですか。おたくの仕事では、うちは、ぜんぜん儲かってないのです。むしろ、値上げをお願いしたいくらいです」たかが事務員の小娘に、キッパリと言われて、しかも値上げだと逆襲されてしまったデパートの課長さん、顔をつぶされたと思ったのでしょう、ブツブツ言いながら、その日は帰って行きました。そのすぐ後、お得意様を怒らせて、シマッタと気づいた瞳さんは、「すみません、私、バカなこと言っちゃいました。すみません」と、ひたすらYさんに謝りました。ところが、Yさんは、怒るどころか「そうなんだよね。ああ言わなきゃいけなかったんだ。もう、普通の運送屋ではダメなんだ。俺、大手の運送屋にいただろう。あそこだって、老舗のMデパートと手を切って宅配便始めてから急成長したんだ。うちのような中小なら、引っ越し屋さんがいいと思うんだ。どう思う?」こんな感じで、Yさんは、事あるごとに瞳さんに相談を持ちかけるようになりました。そんなYさんが瞳さんを、瞳さんがYさんを、互いに必要な存在だと信じ合うまで時間はかかりませんでした。正式に、お父さんから社長を引き継いだYさんは、デパートとも縁を切り引っ越しサービスを始めました。相変わらず頼りない所もあるYさんですが、その分、奥様になったしっかり者の瞳さんが支えて、おかげさまでY運送は商売繁盛だそうです。
2006.01.23
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彼は元気だろうか。足の骨にヒビが入っていることが 分りサポーターで固めて歩いています。歩くスピードは普通の人の3分の1以下でしょう。 朝のラッシュ、ビルの谷間を歩いていると どんどん追い抜かれて行きます。 人の目も気になります。 ショーウインドウに映る肩を揺すりながら、歩く自分の姿。 普段は誰よりも早足で歩く自分が こうなるなんて・・・ こうなってみて、やっと分かる気持ちがあります・・・ 彼は元気だろうか。 彼とはS君のことです。 S君とは小学校4年生の時、同じクラスでした。 S君は何でも一生懸命でした。 生まれてすぐに病気をしたそうで 足が不自由で太っていた彼は走れば、いつもビリでした。 それでもS君は足を引きずりながら シャツを汗びっしょりにしながら追いかけてきました。 妙に気の合った私とS君は、彼の家の近くのテニスコートで キャッチボールをしたり、サッカーをしたりして 毎日のように遊びました。足は遅いけれど、 S君はサッカーだけは上手かったのを 覚えています。今から思えば、 生まれてすぐから小学校3年生まで、 お父さんの仕事の都合で 南米で暮らしていたのだから当然です。 ある日、学校の帰りでした。 同じクラスのいじめっ子がS君を 「ブーちゃん、ブーちゃん・・・」 とイジめているのを見かけました。 後から来て少し離れたところで見ていた私は どうしてでしょう?・・・ボーっとしてたのでしょうか? S君をかばうわけでもなく、 そのまま、家に帰ったことを覚えています。 たぶん、どうしても見たいテレビ番組が あったのでしょう・・・ 情けない話ですが、家に帰ってから、 S君が目に一杯涙をためて帰って行ったのを 鮮明に思い出したのです。 自分を意気地なしと思う気持ちと S君に申し訳ない気持ちが溢れてきたのです。 父にも母にもおばあちゃんにも その話をすると皆同じ意見でした。 「どうして助けてやらなかったの・・・」 「一緒に逃げてもよかったのに・・・」 「S君は、一番良い友達と思うよ・・・」 いつもケンカなら誰にも負けないと 言ってるくせに大切な友達も助けられないなんて。 キャッチボールしたり サッカーしたり、 誕生会にも呼んでもらったのに・・・ その後、どう言うわけかS君と遊ぶことは なくなってしまいました。 たぶん、当時の私は 「僕はS君に嫌われた」 とかってに思いこんでいたのでしょう。 5年生になるとすぐ、S君は信州へ引っ越して行きました。 たしか優秀な彼は付属小学校に行ったと思います。 私の心に後悔の二文字は刻まれたまま・・・ それから、1ヶ月くらい過ぎたある日、 どういうわけか、S君から手紙が来たのです。 「君を最高の親友と思っています・・・ これからは文通とか電話で仲良くやりませんか?」 そんな内容の文章でした。 当時の私は 助けられたような・・・ 重い重い心のわだかまりが取れたような気持ちでした。 S君との文通は中学になってからも続きました。 高校になってからはお互いにクラブ活動で忙しくて いつのまにか疎遠になったけど、 きっと、彼のことだから優秀になって また私の前に現れる気がして仕方ないのです。
2006.01.22
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時間よ戻れM子ほど純粋な女を、健司は見たことがなかった。そう言っても、人は信じないだろう。M子は、自分の身体を売る商売をしていたのだから。「いい子、回してな。また来るから」そう健司が言って、店の入口にいた強面の兄さんが回してくれた女が、M子だった。M子は顔は美人とは言わないが、ポッチャリとしたチャーミングな女性だった。しかし、M子は少し見ていると、ヨロヨロとして、まっすぐに歩けない様子だった。そのことを健司が尋ねると、M子は涙をポロリと流して、「そんなこと言うてくれたの。あんたが初めてや。私、アルツハイマー症かな」「年はいくつ」「25。この商売して3年」「25…」「もう100メートルも走れないんよ。何をしているか分からないこともある」「ひょっとして睡眠薬を?」「うん、一日に3回、眠れなくて、いらいらして、病院で睡眠薬もらって、それに、仕事の前には毎日、ピルを飲んで…」「彼いるんやろ」「ううん。今はいない。この世界に入ったのは、彼氏の借金返すためやったの。でも…」「いなくなったのか」「あの人、他の男に抱かれる女は嫌いやと言って、他の女の所へ」「ひどい男や」「でも、好きになった私がアホやし。あんた、あの人と横顔がそっくり」「アホ言うな。おれは、そんな情のない人間やない」…そんな話をしているうちに、時間が過ぎた。M子は、「ごめん、あんた、してへんなあ、ごめん、どうしよう」「ええんや」「そんなん、あかん」「じゃあ、ちょっとだけ、オッパイさわらせて」「ええよ」健司は、M子の白いお饅頭のようなオッパイを軽く触った。「極楽や…」「ごめんな、本当に、ごめんなさい」M子は、何度も何度も頭を下げて健司を送った。その日から、健司はM子のことが気になってしかたがなかった。でも、貧乏な学生だった健司が、次に来れるのはバイト代が入る一ヶ月後だ。健司は、店に電話をして、高倉という優秀な先輩の精神科医を紹介した。しかし、M子は、高倉の所には行かなかった。気になった健司が、一ヶ月後、その店に行ったが、M子は辞めたと言われた。気になりつつもどうしようもなかった健司の脳裏から、M子のことが忘れ去られた行った。それから、5年後、大学を卒業した健司は、高倉の病院で事務長として働いていた。いつものように、事務室でパソコンに入力する健司は、珍しく高倉が声を荒げているのに気づいた。気になった健司が、診察室を覗くと、ガリガリに痩せた女の人が高倉の前に座っていた。その女の人は、寒くもないのにガタガタ震えながら話していた。高倉は、ピルの副作用と睡眠薬中毒で、ほとんど老婆のようになっている彼女に、「ところで、どうして、私の病院を知ったのですか?」「オオオ…お客さんに教えて…もらい…ました。病気のこと…話したら、その人、かわいいそうに…と言って涙流して、ここを…教えてくれました」「いつですか?」「ゴゴゴ…5年か6年前」「5年?どうして、もっと早く来なかったの。あなたは、治りたい気持ちありますか?」「ナナナ…なおりたいです」「今の仕事辞めなさい」「やっぱりピルが…いけなかったの…でしょうか。睡眠薬も」「いや、それもありますが、それだけでありません。それらは、間接的な原因ですね」「週に3日働くだけで、今のお給料…もらえる所…ありません。カ…身体を売っても、別に減るわけじゃ…ありませんし」「どうして分からないんですか、あなたはね、魂を売ってるんですよ」…健司は、「時間よ戻れ」と呟くと目頭を押さえた。
2006.01.22
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餞別や、頑張れよ「こんにちわ」 日曜日の駅の雑踏の中で 見覚えのない人から声をかけられました。 よく見ると、毎朝駅の改札で見かける 駅員さんです。いつもは制服制帽なので 今日の普段着姿が分からなかったのでしょう。 どうやら、宿直明けのようです。 制服というものは、不思議なもので 人相を変えてしまいます。見た目だけでなく 個性を押さえる効能がありそうです。 たとえば、かなりのやんちゃ坊主でも ピチッと制服を着ていると悪さは やりにくいらしく、上着の詰襟を外すとか ズボンをダブダブにしたり、いろいろ 工夫をするようです。女の子も同じでしょう。私が学生の頃は、ちょっとハズれた 女の子は長いスカートをはいていました。 歩くと地面にズリそうなやつです。 もっとスレて来ると髪にパーマをあてたり 染めたりカバンもペタンコになります。 上着まで改造し始めると 親も教師も手がつけられなくなります。挙句の果て夜の街を歩き始め、家に帰ってこなくなります。 そんな女の子は水商売に手を染めるのでしょうか・・そう言えば、この駅には想い出があります。 もう20年近く前でした。 私の同級生にもミーとアーと言う愛称しか思い出せませんが どうしようもないのが二人いました。 私の高校時代は、まだ学校を辞めて行く生徒は 少なくて、ミーとアーが退学するって 聞いた時はビックリしたものです。 私は、最後の日の二人をたまたま駅で見かけました。 何を改札の前でグズグズしてるのかと思い、 「どうしたんや?」 と聞けば、 「お金ないねん?貸してくれへん」 定期券も切れていたらしいので ちょうど何かしてあげることはないかと思ってましたので せめてもと思い、行き先までの切符を買って 「餞別や。頑張れよ」 ってガラにもないキザなことをしてしまいました。 彼女たちも、妙にシンミリしやがって 「やさしいんやね」 って言葉で返したガラにもない純な笑顔が 今も頭に残っています。
2006.01.21
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嫁に来ないかフリー司会者を長年やっている治郎は、市民会館で催されるのど自慢大会の司会を頼まれた。この数年間は、結婚式の進行が主な仕事で、自分も年だなと気落ちしていた治郎は久しぶりに活力を取り戻していた。そんな治郎が、近ごろ気になっていたのは、長男の健一のことだった。「おい、仕事の方は、どうだ?」と話しかけても、上の空が多い。どうやら、好きな女性にプロポーズする勇気が出なくて悩んでいる様子だ。長身で、なかなかの美男子でもある健一は、一流大学を卒業してアメリカの大学に留学したエリートだ。今は、外資系金融機関に勤めている。売れない司会者で終わりそうな治郎と違って、日の当たる所を歩いて行きそうな自慢の息子なのだ。そんな健一だが、たった一つ治郎に似ているのが、女性に奥手な所だ。治郎は、健一に好きな人がいるのなら、何としても実現させてやりたいと思っていた。と言うのも、治郎が若い頃、自分自身も好きな人にプロポーズできずにウジウジしているうちに、他の男に持って行かれたニガイ想い出があったからだ。血は争えないものである。「ワシと同じ目に遭わせるわけにはいかん」治郎は、健一を応援する方法を考えた。「健一、おまえ、父さんの司会するのど自慢に出ないか。彼女も呼んでカッコ良いところ見せるんだよ」「でも、予選落ちしたら、どうするんだよ」「何を気の弱いこと言ってるんだ。司会は誰だと思ってるんだ。おまえ一人くらい、審査員に頼んで本戦に出れるようにしてやるよ」治郎にハッパをかけられて、健一はしぶしぶ意中の美保を、のど自慢に招待した。予定通り、健一は予選を突破して、本戦に進出した。健一の歌ったのは、嫁に来ないか(新沼謙治の唄)お世辞にも上手ではなかったが、一生懸命さが伝わって良い感じだった。歌い終わった健一の隣りに、司会者である治郎が拍手しながら近寄って来る。親類か近所の人以外は、親子とは思っていない。「いやあ、熱唱でしたね」「はい」「今日は、どなたかと一緒に来られたのですか」「はい、友達と」「彼女じゃないんですか?」「まだ、そこまでは」「プロポーズなんかは?」「いや、そんな…」「良い機会じゃないですか。プロポーズされたら、いかがですか?」会場が全体が歓声と拍手の嵐だ。真っ赤な顔の健一を後目に、治郎は、「彼女は、どこですか?ああ、あちら…」また、会場全体、歓声と拍手の嵐だ。「っさあ、好きなんしょ?」そう言われて、頷く健一、その背中をポンポン叩く治郎に励まされた形で健一が口を開くと、場内は一気に静まった「美保さん、ケッケケッ…結婚してください」とうとう言った健一に、会場全体が拍手、そして、治郎が、「さて…いかがですか美保さん」美保が頷くと、治郎が、1オクターブ高く大きい声で、「オーケー?」もう一度、美保が頷く。「オーケーですよ。おめでとう…」また、会場全体が拍手に包まれた…こんなわけで、健一と美保はめでたくゴールインの運びとなった。ちなみに、その立役者の治郎にも、ご褒美があった。この日の司会が大受けだったそうで、あっちこっちのカラオケのど自慢大会の仕事が舞い込むようになったそうだ。
2006.01.21
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人は皆それぞれの人生の主役毎朝、町内を掃除して回る 夫婦がいました。この夫婦はHさんといい、 ご主人は地元の小さな会社の部長さんでした。彼はすれ違う人すべてに笑顔と大きな声で 「おはようございます」 と言っていました。これが4年間くらい続いたでしょうか。 私は、世の中には偉い人もいるもんだと 本当に思ったものです。 このHさんが、しばらくして 県会議員の選挙に出ました。 たぶん、このために毎朝掃除していたのでしょう。 家を担保に入れて選挙資金を借りて 一世一代の勝負に出たのです。 当選すれば、晴れて県会議員。 落選すれば家も手放して アパート暮らしです。 彼には、とくに有力な支援者がいませんでしたので 当選するか落選するかギリギリの状態でした。 選挙では終盤戦になると、 夫婦で土下座をしたり、 涙を流したりする候補者が増えてきます。 同情で票を集めるためでしょうか。 でも、Hさんは違いました。 駅前で、背広を着て例のほうきを片手にこんな演説をやっているのです。 「私は、これまで、やってきた仕事で十分 食べていけますので、落選したら生活に困る方に 投票して下さい。 だから、私には賄賂はいりません。 そして、私は本当のことしか言えないバカ正直です。 だから、私を落として下さい。 私は真面目な人ですので ついつい真剣にこの町のために 働いてしまいます。体をこわすから 選挙に出ないでくださいと妻に止められています。 だから、私に投票しないで下さい」 おもしろい演説でした。 この話を聞いている人は ほうきを振り上げたりして、自分を落とせと言うたびに 子供から大人まで、みんなクスクス笑っていました。 Hさんは予想に反して、ダントツの1番で当選しました。 彼の勝因は、どうせ落選するなら、 思いっきり目立ってやろうと開き直ったことに あったようです。 人生に脇役は一人もいません。 人は皆それぞれの人生の主役なのです。
2006.01.20
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トラウマ「お父さん、お願いだから死んで下さい」そんなことを何度思っただろうか。富美は実の父親を恨み続けた。富美の父は酒癖が悪く昼間から酒を飲んでは、毎日のように暴れた。そんな父の相手に疲れた富美の母は、「死にたい」が口癖だった。その望みが叶ったのか。倒れた時は、手の施しようのない病状で、10歳になったばかりの富美の手を握りながら、「ごめんね」と母はあっけなく死んで行った。それからと言うもの、富美は、家の炊事洗濯すべてをやらざるをえなかった。この父がいる限り、恋愛なんてできっこない。結婚なんか夢のまた夢だった。たった一度だけ、好きな人ができたが、どこで知ったのか、その人の家に酔った父が殴り込んで、「わしの娘を傷物にしやがって、結納金1億円もってきやがれ」と大暴れして、物の見事に縁談をぶちこわした。そのくせ、父の妹である叔母が、富美の行く末を心配して縁談を持ってくると、「器量良しの娘やったら、ほうっておいても、どっかからもらいに来るわい」と言って、肝心の富美には一度も見せずに断ってしまっていた。でも、私は絶対に幸せになってやる。お母さんとは違うんだ。富美は、そう自分自身に言い聞かせながら、グッと耐え続けた。そんな父が、最後の3年間、入退院を繰り返していた。「もう肝臓がボロボロです」そんな医師の言葉を何度聞いたか。でも、”憎まれっ子世にはばかる”は本当だった。父は、「もうダメだ。俺は死ぬぞ」と言いながら、相変わらず浴びるように酒を飲んでは暴れ、暴言を吐き、医師にも看護婦にも愛想つかされながらも、生き続けた。そんな父も、最期の日は、一滴の酒も飲まず、「ああつかれた、ちょっと休むわ」と言い残して眠るようにして逝った。父の葬式には、今まで寄りつきもしなかった親戚たちがやってきた。みんな晴れ晴れした顔をしていた。中でも叔母は、「富美ちゃん、いい人紹介するからね」と、言って、毎週のように縁談を持って来るようになった。富美は、どの縁談も乗り気でないようだった。困った叔母が、「富美ちゃん、あんた、誰か好きな人がいるんじゃ」と言うと、富美は、「そこまでは分からないけれど、気になる人がいるの」叔母は、その青年に会いに出かけた。会って驚いた。その青年は、たしかに優しそうな、礼儀正しい青年だった。しかし、その青年は、生まれつき片手が不自由だった。「どうしてなの。また、苦労するつもりなの」そう叔母が言っても、富美は、首を振って、「あの人、すごく穏やかなの。身体が不自由でも、ぜんぜん世の中をうらんでないの。それに、勉強しているのよ」叔母や親戚たちも、富美の真剣な眼差しに折れた。その青年と富美は、まもなく結婚した。翌年、二人の間に、可愛い赤ちゃんが産まれた。ちょうど、時を同じくして、青年は、司法試験という難しい国家試験に合格した。その後、その青年は弁護士になり、寂れた港町に法律事務所を開設した。今まで、一人の弁護士もいなかった町だ。二人は力を合わせて、貧しい人たち、恵まれない人たちの力となり続けた…それから30年、5人の孫に恵まれ、町の名士となった夫と富美は幸せに暮らしている。
2006.01.20
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人騒がせなジョギング広域暴力団K組の組長、Kの朝はラジオ体操で始まる。そして、腹筋100回背筋100回、そして、10キロのジョギングである。「ヤクザの組長張れるのも、足腰が丈夫でこそや」と毎日身体の鍛錬を欠かさない。おそらく、アルマーニの眼鏡をキラッとさせながら走っているKの姿を見て、かの有名な広域暴力団Kの組長だとは誰も思わないだろう。きっと、青年実業家かエリートビジネスマンと思うに違いない。しかし、Kが颯爽と走るのは良いのだが、若頭始め、K組の組員たちは心配でたまらない。Kの命を狙っている連中は、星の数ほどいるのだからだ。だから、Kがジョギングを始めると、濃紺のベンツやリンカーンコンチネンタルなどが伴走に付く、特に警戒が必要な日は、配下の右翼団体の街宣車なども追走する。おそらく、日本一、騒がしい早朝マラソンだろう。道行く人も、隅っこでビクビク縮こまっている。そんなKが、国道沿いを、モクモクと走っていると、下腹に激痛が走った。どこかの組の連中に撃たれたのではない。昨日の某政治家との酒席で、ほんの少し飲み過ぎたせいなのだ。「うう…」伴走するベンツから若頭が顔を出した。「親分、どうしました?」「いや、ちょっと、用をたしたくなってな」「と言われましても…」ベンツはもちろん、リンカーンはおろか、観光バスを改良した街宣車にもトイレはない。「ううう…」何度か撃たれた経験もあるKだが、銃弾の痛みは耐えられても、この痛みと寒気には耐えられない。組長でなかったら、「おかあちゃーん」と叫んでいるところである。とうとう、Kは、白い建物の前で動けなくなった。Kは、「ここで、用をたす」と言葉を押し殺すように言って、建物の中に入って行った。「親分…」と若頭たちが何やら叫んでいるが、そんなこと知ったことではない。早朝だというのに、そのビルの中は、多くの人の気配がした。24時間営業のようだ。「トイレは、どこですか?」眠そうな女性職員に聞くと、「そこの角です」「どうも」悠然と女の子の前を立ち去ったKだが、トイレの手前から、目にも留まらぬ早さで、中へ飛び込んだ。この瞬発力、さすがは、男の中の男、毎朝、鍛えに鍛えているだけある。幸い、さしたる粗相もなく用をたしたKが、トイレから出てくると、「よー、Kじゃないか。おまえ、何の用や」「いえ、大した用じゃ」「くさいなあ」「そりゃまあ…意地悪なしですよ。ちょっとトイレ借りただけですよ。刑事さん」そのビルは、Kが何度もお世話になった警察署だった。
2006.01.20
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スーパーお婆ちゃん瞳のお婆ちゃんは、スーパーお婆ちゃんだ。40年前に始めた編み物教室を経営しながら、家事もテキパキこなす。おかげで、お父さんもお母さんも、いつまでも独身のように友達と夜遅くまで遊んだり、海外に旅行したりしている。今週は、二人でハワイに行っている。だから、瞳は、お婆ちゃんがお母さんのような存在なのだ。そんな頑張り屋さんのお婆ちゃんでも、瞳にとっては、あまりにも気の付きすぎるところもあって、ほんの少しでいいからボケてくれないかなと思うこともある…「髪の毛が茶色い」「帰りが遅い」「言葉使いが悪い」…毎日のように憎たらしいことばかり言うお婆ちゃんに腹を立てた瞳は、「うるさい、黙ってろ」と言ってしまった。瞳は、ちょっと言い過ぎたかな…と後悔しつつも、まあ、ああでも言わないと分からないのよねと自分を納得させながら、ふと、自分の部屋で昔のアルバムを開けた。すると、一冊の古いノートが出てきた。パラパラっとめくると、子供の頃、瞳が書いたのだろう。目の大きな少女漫画の主人公の絵が描いてあった。さらに、ページを繰ると、ほうせんかの種をまいた、お婆さんといっしょにまいた、と書いてあった。瞳はかすかな記憶を辿った。そうそう、子どもの頃から、ずっとお婆ちゃんといっしょだった…そんなことを思い出しながら眠った夜、瞳はこんな夢を見た…昭和30年代だろう。粗末な服装で働く女の人がいた。夜中だと言うのに乱れた髪で編み物をしている。彼女の横にある布団には、小学生くらいの女の子が眠っていた。ランドセルが枕の上に置いてある。ランドセルには、皆世と書いてある。…ああ…お母さんの子供の頃だ。とすると、この女の人はお婆ちゃん…その女の人は、仏壇の写真に手を合わせて、皆世を守ってやってください、私に力を下さいと涙ながらに祈っていた。…あれは、お婆ちゃんの部屋にあるお爺ちゃんの写真。お爺ちゃんはお母さんが小さいときに病気で死んだのよね。お婆ちゃん、苦労したんだ…次の朝、目を覚ました瞳は、パジャマ姿のまま部屋を出ると、そのまま食卓に座った。お婆ちゃんは、座ってテレビのニュースを見ていた。お婆ちゃんは瞳に気づくと、「おはよう、瞳ちゃん」「おはよう、お婆ちゃん」「なんだい、いい若い娘が、パジャマのままで」そんなお婆ちゃんの小言に、一瞬ムッとした瞳だが、「そうね、着替えてくるわ」とニッコリとして立ち上がり部屋に戻って行った。昨日は、「うるさい、黙ってろ」と瞳に怒鳴られたお婆ちゃんは、あまりの瞳の変わり様に、「今日はバカに素直だね。身体の調子でも悪いんだろか」と、マジマジと瞳の背中を見つめていた。
2006.01.19
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仙人と呼ばれる予備校生今はW大学仏文科に通う里美は一年浪人した。 父や母は 「女の子は短大でいいよ」 って反対したが、どうしても 里美はW大学の仏文科に行きたいので 「1年だけ、お願い・・・」 とS予備校入学手続きをとってもらった。 S予備校は名門の予備校だ。 人気講師の講義を受けるには 並んだり予約したりしなくてはならない。里美は難関私大コースというクラスに入った。何人か顔見知りはいたが、男の子ばかりでつまらない。 「一年の辛抱・・・」 と言い聞かせ頑張った。 休憩時間でも一人のことが多く、 孤独感が浪人生の憂鬱を加速させた。 予備校の中の憂鬱は、まだ耐えられたが 朝夕の登校下校に乗る電車の中が もっとイヤだった。同級生がチャラチャラしたカッコで 遊びの話や男友達の話、もっともっと ムカツクのは携帯電話だ。 ピーピーとか 最近は、メロディなんか流れたりして イラツク・・・ こっちは単語を暗記してるんだ! 里美は文科系のくせに英語が苦手だった。 ある日、里美が食堂でひとり黙々とカレーライスを 食べていると隣りの席でエビフライの 衣を丁寧に剥がしながらエビだけを食べて 参考書から片時も目を離そうとしない 30過ぎの不思議な男の人を見かけた。 彼はすでに白髪で手入れの行き届いたヘヤースタイルだが その透き通るほど綺麗な色白で痩せこけている顔面は あたかも仙人のようだった。 里美は「ひょっとして、この人こそ かの有名な東大目指して13浪の神代さんかも」と思った。 それから何度か食堂で隣り合わせたり、講義でも近くの席だったり 彼の顔は見かけたが話をするわけでもなかった。 それから半年過ぎても、里美は英語が苦手だった。 模試の成績も合格ラインを突破できないでいる。 途方に暮れていた。 父も母も、 「短大に行っておけば良かったのに 来春、もし駄目なら専門学校にでも行きなさい」 そんな弱気な会話も交わされるようになっていた。 そんな年末のある日、里美は 食堂で一冊のボロボロの文庫本を拾った ”三島由紀夫の金閣寺”だった。 裏表紙を開けると神代士郎とサインしてあった。 「あの神代さんのだわ」 里美は、食堂を見まわしたが神代の白い頭は 見当たらない。落し物だし事務室に届けようとも 思ったが、どういうわけか「自分で渡したい」そんな衝動に駆られた里美は予備校中を探した。 どこにもいない・・・ 1日中探したが神代の姿は見ることはなかった。 「しかたない、事務室に届けよう・・」 そう思い事務室の前にやって来た里美と すれ違いに出てきた男がいた。 神代だった。 里美は食堂の片隅で初めて神代と話をした。 「ありがとう・・・この本は・・・ 大切なんだ・・・僕は三島さんを尊敬しててね。 あの人と同じ大学に行きたかった。 そのキッカケになったのが金閣寺なんだ」 「そうですか・・・よかったです・・」 「ところで、君は英語は得意かな?」 「いえ、苦手です・・・困ってるんです 文科系のクセに」 「そしたら、汚いけど・・・これ使って くれないか・・・僕は英語は得意だ」 神代は構文1500?という英語の予備校教材を カバンから取り出した。かなり古い版の教材だった。 「わたし、同じ本持ってると思います」 「いやいや・・・この本は違う・・・」 その本は13年間ずっと神代が使い続けたらしく ボロボロでハズレそうなページもあった。 それ以来、里美は神代の姿を見かけることはなかった。 その教材はどのページを見ても、里美の持っているものと ほとんど同じ内容だった。 しかし、「この本は違う・・・」と言う神代の言葉を信じて里美は この1年間使ってきた今年度発行の新しい 教材の代わりにボロボロの方を使い始めた。 それからである。 里美が不思議なくらい英語ができるようになったのは・・・
2006.01.18
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これからの人生口は悪いが、名前とは違って名医と評判の藪田先生のところに、今日もトメさんがやってきました。トメさんは、御年98歳なのですが、とにかく元気、元気なくせに、毎日藪田先生のところにやってくるのです。「先生、ちょっと、調子が悪くて」「どうしたのですか?」「昨日の夜、血圧を測ったら204ありました」「どれどれ…」藪田先生、トメさんの血圧を測ります。ところが、164です。「トメさん、164だよ」「先生、お薬いただけませんか」「164は、トメさんの年だと普通。あげられないよ」「でも、先生、昨日の夜は、たしかに204だったんです」「誰が測ったの」「わたしです」「そんな、今、私が測ったら、トメさんは164」「でも、先生、お薬飲まないで、私が倒れたらどうするんです」「起きたらいいがな」クスクス…看護婦たちの笑い声が聞こえる。トメさんは、ちょっとムッとしたようで、「もう、先生たら…。先生に見捨てられたら私…生きて行けません」「だったら、死んだらいいがな」「まだ、死にません。1歳の曾孫が、ランドセル背負うまで」「もう、その時は、よだれダラダラになってるかもな」「よー、そんなこと。これでも私、真剣なんですよ。昨日は夜中まで本読んでました。まだまだ、勉強しなきゃって」「ほー、何て言う本」「これからの人生」藪田先生は、一瞬、目線を宙に揺らせて、マイッタという表情で、「はい、ビタミン注射でも打ってあげて」トメさんは意気揚々と引き上げて行きました。
2006.01.18
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好きな人にキライって言っちゃうのよねえ小学校6年生の同窓会が すし屋の2階で行われた。 クラスの3分の2が集まった。 20年ぶりの同窓会は いろいろな人生が てんこ盛りで面白い。 高校生の息子がいるヤツ。 まだ独身のヤツ。 4人目だと大きなお腹を抱えるヤツ。 人生さまざま。 「ボランティアが生きがいです」 と言う70歳になる先生も来てくれた。 少し遅れて、イヤなヤツが来た。 彼女とは、幼稚園から ずーと同じクラスだった。 腐れ縁と言うヤツだろう。 席もいつも隣か後ろだった。 遠足の時に手をつなぐと 「あなたと手をつなぐと 汚くなるから・・・」 と言われたし、 授業中には後ろから鉛筆の芯で背中を突つかれたりもした。 「なんで、そんなことするんや」 と怒ると 「キライやから・・・」 と彼女は憎たらしい顔で言った・・・ どうやら女優になる夢破れて 未婚の母になったらしく いろいろ面白い話をしてくれた。 久しぶりに飲んだらしく かなり酔った彼女は 私の隣りに座り、 「私ってバカだから・・・ なりたくて未婚の母になったんじゃないのよ」 「うん。分かる・・分かる・・」 と適当に話を合わしている私に彼女は 「私って、好きな人にキライって言っちゃうのよねえ」 と視線を流した。
2006.01.17
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幻の駅出張先から帰る折り、ふと聡は夜行列車に乗ってみたくなった。夜8時、雪の降りしきるホームから走り始めた列車は、10時の消灯を境に、社内アナウンスも乗客たちの話し声も静まって行く。たくさんの人が乗車しているはずなのに、自分一人の為に、この列車が走っているのではないか。そんな孤独感が聡の心に広がった。深夜、何時頃だったのだろう。12時は過ぎていたはずだ。列車は、どこかの駅に止まった。どこの駅だろう。時刻表にはない駅名だ。人気が全くない駅は、煙のようなフワッとした気体があちらこちらに見受けられた。一瞬、靄(もや)かなと思った聡だった。たまたま、聡の傍を通りかかった車掌がいたので、「あ、車掌さん、この駅は…」「今日のお客様では、あなた一人ですね。お気づきになられたのは」「どういうことです」「ここは、魂が集う駅です」「ええ、まさか」「お疑いになる。最初は、皆さん、そうおっしゃいますね。でも、魂は人間界での仕事を終えると、あの世で再会します。人間界での別れなんて、あの世では、せいぜい、ちょっとお使いに行くくらいですよ…あの世には距離感はないですからね」「地球の裏側の人とも話ができるんですか?」「宇宙中、どこでも同じです。宇宙そのものが、もともと魂の世界ですからね」「たとえば、この世では結ばれなかった二人が再会することもできるとか」「もちろん…そこの二つの魂の会話に耳を澄ましてごらんなさい」…「あなたが、別の女と結婚した時は、悔しかったわ」「何を言うんだ。君から去って行ったくせに」「あれは、あなたが、あの女と」「男の浮気は甲斐性」「また、そんなこと…」…「あの二人は2万年程前から、ずっと、あの会話を続けていますよ。あの二人の会話に似た話は、どこかで聞いたことがあるでしょう」「ドラマや映画でもあるし、現実にもありそうですね」「そうそう、映画やドラマを例にすれば、魂たちが映画監督、あなたたちが住む世界は、映画ですね。彼らは、彼らが描いた想像上の世界を、あなたたちが好む世界の人間に演じさせているのです」「そんなバカな…私たちは、その逆だと思ってますよ。私たちの世界で死んだ人が、魂になるのだと」「ハハッハ…あなたの住む世界でも真の成功者たちは、このからくりをご存じですよ。多くの人間は、ただの役者ですよ。人間は、魂たちに選ばれたんですよ。多くの生物の中から、魂の代わりに演じる役者として」「…」「この駅の存在を知ったあなたは、真の成功者になる素質があるのです。この列車では、あなた一人だけです。そろそろ、発車です。では」その車掌は、立ち去った。いつの間にか眠ってしまった聡は、早朝、窓から通勤通学客でごった返すホームを見た。「東京が近づいてきたな」聡は降りる支度を始めた。そこへ、車掌が通りかかった。昨夜の車掌とは違う人のようだ。「すみません、この列車には二人の車掌さんがいるのですか」「いえ、車掌は私一人ですよ」「じゃあ、どこかの駅で交替したんですね」「いえ、昨日の夜8時から、私だけですが」「いや、たしか、夜の12時か1時に、車掌さんと10分か20分話したんですが」「そんな時間に、お客さんと長話しませんよ。勤務規則違反です。お客さん、夢でも見てたんじゃないですか」「なるほど、夢かもしれない」聡はそう呟いた。
2006.01.17
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たんたんとある田舎町の小学校でこの3月に定年を迎える伝説の女性の先生がいる。伝説とは言っても、人口5000人ほどの町だけで有名にすぎないが。小夜子は、この町に一つしかない小学校一筋に教鞭をとりつづけた。もちろん、転勤の話もあった。その話に応じれば、おそらく何処かの小学校で校長先生になっただろう。彼女は県の教育委員会でも知らぬ者がいない程の人格者でもあった。不出来な親の子である生徒に、弁当を作ってやることなど序の口だ。最も長い子は小学一年生から中学三年生まで、小夜子の家の二階で、彼女と寝起きをともにした。そんな子が、この40年間、常時10人前後いたというから驚きだ。その子たちの生活費も、おそらく彼女が負担していたことになる。小夜子に言わせれば、彼女の家の二階の六畳と4畳半は、「私の宇宙」なのだそうだ。町の人は皆、更生施設のように言うが、そこで育った不幸なはずの子たちが、すべて奇跡のように立派に自活しているところを見ると、彼女とその宇宙には何か不思議な力が宿っているとも言える。何人かは自分で商売を始めた。また、ある子は政治家を志し、町会議員から県会議員となった。そうそう、駅前の工務店のオヤジも、ドーナッツとメロンパンばかり作っているパン屋のオバちゃんも、早いと有名なクリーニング屋の婿も、あの二階にいたはずだ。何を隠そう、小夜子のことを語ってくれた中学校の体育教師はかつてのマラソンランナーで、最初のあの二階の卒業生なのだ。小夜子はとうとう結婚することはなかった。これと言って、恋の噂もなかった。ただただ、たんたんと子供たちの人生の為に一日一日を過ごし一教師であり続けた。でも、そこまで頑張れるパワーの源泉はあるはずだ。なければ、頑張れるはずもない。何の確証もないけれど、こんなことを話したら小夜子先生が怒るかもしれないが…たった一度だけ噂はあったらしいのだ。もう40年以上も前の話だ…小夜子の家の向かいは、今では銀行の本店になっている。ただ、40数年前までは質屋だった。彼女の家は、彼女の両親の代から、その場所でソバ屋だった。たまたま、二階が空き部屋になっていたので、安い宿にしていた。その宿に一ヶ月ほど泊まっていた若い男がいた。なかなかハンサムで、あの頃スターだった赤城圭一郎のような感じだった。彼は、大学に復学するとか言って、ほとんど外出することもなく部屋の窓際にもたれかかって本を読んでいた。その男と、当時、高校三年生だった小夜子が恋仲ではという噂があったらしい。だが、その噂はすぐに書き直された。というのも、質屋に強盗団が入り、彼はその一味として逃走し指名手配された。彼は、その一ヶ月後、その町のどこかに忍んでいたらしく町外れの工場跡で警官隊に包囲された。彼はかなり激しく抵抗したらしく警官に撃たれた。当たり所が悪く彼は間もなく亡くなった。彼がどこに隠れていたのか。どうして遠くに逃げなかったのか。小夜子との仲と絡めて、いろんな噂が噂を呼んだ。しかし、そんな噂があっても、小夜子は特に変わった様子はなかった。翌年、教育大学に進学し、この町から離れた。そして、4年後、この町の小学校に赴任した。その後の話は、さっき話したとおりだ。今では一階のソバ屋は、小夜子の弟夫婦がやっている。この弟は、小夜子が教育大学に入学した年に生まれた。彼は弟ではなくて、小夜子の子ではと言う輩もいる。そんなこんなあっても、小夜子先生はたんたんと子供たちと一日一日を過ごしている。
2006.01.16
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映画 キングコング に思う。 今、一番ヒットしている映画は、キングコングだそうです。 迫力は、かつての作品から、 映像ハイテク技術の進化もあって 格段にアップしてますね。 でも、基本的な筋は何十年も前に作られたものから変わっていないようです。 つまり、キングコングは、ラブストーリーだということです。 コングは、驚異的なバカ力の持ち主です。 そもそも、ゴリラかサルですから頭は悪いわけです。 でも、男性としての最も大切な本能、 愛する女性を命を賭けて守る心はシッカリ持っています。 だから、あの恐ろしい形相でどんなに大暴れしようとも 感動を呼び起こすことができるのです。 私も、どんなに年齢を重ねても 不器用でも カッコ悪くても 愛する者を命を賭けて守る信念だけは 灰になっても持ち続けたいです。
2006.01.16
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お年玉はツライ。 私も一人前に6人の子供にお年玉あげてます。 ポチ袋に順番に詰めていきます。 私はこういう機械的な仕事をやると、昔から凡ミスをすることがあるから とっても、気をつかいます。 だって、6人と言っても上は高校1年生から下は5才まであるんですよ。 高校生は、いろいろとモノ入りだろうから5000円。 5才は、どうせ自分では使わないから500円なんです。 一応、ポチ袋の色や柄で区別できるようにしてます。 でも、万一、高一と5才を間違えたら大変ですよ。 500円のポチ袋を開けた16才が 横にいる5000円をヒラヒラさせて見ている5才を斜め見る様子を 思い浮かべて見て下さい。 「間違いかもしれない…」 「あのオジサンに限って…」 「でも、許せない!」 ってなるに決まってるんですよ。 こんなことに気を使いたくない私は、来年は一律2000円を目論んでいます。
2006.01.16
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十二単ではなくピンクのコスチュームで久しぶりに山登りをしようと 意気込んだのですが、あえなく麓で 窪みに足をとられ捻挫(ねんざ)し、 断念することになりました。 あのボキッという音が脳裏にジーンと残ります。 情けないやら悲しいやら この日の為に、あれやこれやと 練った計画は次回(いつになるか わからない・・)に延期となりました。 足の捻挫は、思いのほか重症で 杖でもなければ歩けない状況となりました。 麓の茶店で忘れ物の傘を貸してくれる親切な ご婦人(店主)と知り合い、なんとか傘を杖代わりに して家までたどり着きました。 家に着いた途端、傘の柄がボキッと折れてしまいました。 たかが忘れ物というなかれ。 私のような慌て者の為に短い一生を送ったのです。 「ありがとう、傘君・・・僕の為に」 私は思わず合唱ではなく合掌致しました。 それはそうと、私の家までの帰り道に ”赤大路”という地名がありました。 私の持っていた傘をヤリに替えれば ヨロヨロと歩く姿は、昔なら さしずめ落武者なのでしょう。 もしや、この辺りは合戦で多くの落武者が 力尽きて倒れ土と化した場所では・・・ いろいろ想像してみましたが ちょっとハズレでした。 この道は、昔、菅原道真公が都の権力闘争に敗れ 大宰府に下った道。 そして、その道真公を牛車で追った身重の奥方が 車の上で出産し赤子ともども息絶え、 その血が道にまで流れ出たと言われ、 後に”赤大路”と村人が名づけたそうです・・・ 疲れはてて、家に辿り着いた私は、 バタンと死んだように眠ってしまいました。 そして、変な夢を見たのです・・・ 夢の中で現れたのは俳優の丹波哲郎そっくりの 菅原道真公でした。 「わしは菅原道真じゃ・・・ 今日は、わしを思い出してくれて ありがとう・・・受験シーズンを 過ぎると、皆、わしのことを 忘れてしまう」 なんて寂しい顔で言うのです。 彼の前に立っている私は 血まみれの鎧を着てヤリにすがって やっと立っている落武者だったのです。 それから、道真公は、これが「御礼じゃ」 と私にキスしようと近づいて来ました。 一生懸命逃げようとした私ですが 傷だらけで思うまま動けません。 とうとうキスされてしまいました。 どうして・・・こんなオッサンに・・・ 何が学問の神様や・・ と思った私の頬の横には、道真公ではなく 20歳過ぎの十二単を着た美女がいたのです・・ 連休明け、 おばあちゃんから敬老の日記念の杖を借りた 現代版落武者(私のこと) は接骨医院にヨロヨロとやってきました。 受付で保険証を差し出すと・・・・・ 私の目の前で、なんと夢の美女が 十二単ではなくピンクのコスチュームで 微笑んでいたのです。
2006.01.15
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元旦から始められなかった方に先日、親戚の家にお歳暮を届けに行きました。 「まあ、どうぞ」 と言われた言葉に乗せられて 上がり込んで12時まで 大酒を飲ませていただきました。 その時、テーブルの上に ”10年日記”なるものを 見つけて 「これなんですか」 「いや、女房が通販で買ったんで」 「へー、いくらです」 「10000円近くするよ」 私は1万円と聞いて一瞬びっくりしたのですが もし、本当に10年書きつづけたら 1万円も安いものです。 帰り際に、奥さんに聞いて見ると 「元旦まで待てなくて、もう、チョコチョコ 書きこんでいます」 この奥さんは、小学生から ずっと毎日日記を書いている人で おそらく、この十年日記も 最後の1ページまで書きこんでしまうでしょう。 もし、一日3行でも10年書きつづけたら 小説が何冊もできてしまいます。 「小説でも書いたら、どうですか」 なんて、今度、正月にでも話してみようと 思っています。ひょっとして、大作家が生まれるかもしれません。 「一年の計は元旦にあり」そんな言葉を 聞いたことがあります。この言葉から 来るのかもしれませんが……・。 何か習慣的なことを 元旦に始めようと考えている人が多いですね。 でも、現実は多くの人が挫折しています。 私も何度も挫折しました。 ちょっと振りかえってみれば、 元旦は、まず忙しい。 誘惑が多い(お酒、付き合い、遊び 面白いテレビも…) そして、寒い(熊ではありませんが 冬眠したくもなります) 他にも、いろいろ原因があると思いますが とにかく何かを続けるには、 勢いがなくては難しいです。 飛行機が長い滑走路を助走してから 飛び立つように 元旦から何かを始めようと予定されている方は、 今日から、いや今から始めることをお勧めします。
2006.01.15
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おかあさん、ごめんなさい「おかあさん、ごめんなさい」 「じゃ、やっぱり」 「そうなの・・・ごめんなさい」 「明日は、結婚式だよ」 「ごめんなさい」 駅前の定食屋の娘今日子は、結婚式を明日に控えているのに 9歳年下の大学生Nの部屋に行くと言う・・・ 2年前、3年間付き合った婚約者との 縁談が破談になってから今日子は おかしくなった。自分が原因ならともかく どこから漏れたのか父親の過去の 逮捕歴が原因だった。 「君と僕の問題だから、 お父さんのことは関係ない」 と当初は歯の浮くような台詞を 吐いていた婚約者も次第に冷たくなって お決まりの結末だった。 そんな今日子の心の隙間に入ってきたのがNだった。というより、最初に誘ったのは今日子の方だった。 「今度、デートしようか」 ヤケッパチだったのかも カラカッタのかも 店の常連のNは純情な学生だった。 まだまだ大人の恋愛のイロハも知らない 無垢なホワイトボードに今日子のピンクの 口紅が頬擦りするとハートが浮きあがった。 そして、そのハートが焼けボックリに変わった。 「結婚しよう・・・」 まだ学生のNは真面目な眼差しで言った。 「急ぐんなら、俺、学校やめてもいいし、 あと2年待ってくれたら、立派に卒業して・・・」 あの婚約者の彼にはなかった燃えるような情熱に 今日子の心は揺れた・・・ でも、「年下の人とは・・・わたし・・おばちゃんだし」 焼けボックリの火を消せないままに 今日子は母の勧めるままに3度の見合いをした。 そして3度目の相手と結婚することになった。 一流銀行マンだという。 好みではないけれど無難だし 平凡な幸せをつかめる気がした。 何よりも先方も今日子を気に入ってくれる。 母も賛成してくれた。 それなのに、 会わなければいいのに 会ってしまう。 言えないうちに 式が明日に迫った。 母にもバレた。 それでも、「ごめんなさい」の一言で まだ会っている自分が滑稽だった。 どうしたら、焼けボックリを消せるのか・・・ Nの寝顔の横に小さなメモを置いて 夜明けの街に出ることも考えたが、 何かを悟ったのか、その夜、Nは眠らなかった。 東の空が白んで来ても、 眠る気配さえなかった。 とうとう今日子が言えずに 帰ろうとすると Nが口を開いた、 「ありがとう」 焼けボックリは自分から消えた。 そして、今日子の口から出た言葉はひとこと 「サヨナラ」だけだった。
2006.01.14
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主夫体験「一度でいいから、主婦になってみたいなあ。朝、亭主を送り出したら、子供と遊んで、子供のお昼寝の時はいっしょに寝て、テレビのお昼のワイドショーを見て、買い物して、帰ってきたら夕方もちょっとテレビも見て、そろそろダンナが帰ってくる頃には食事の支度…上司に怒鳴られることもないし、満員電車もないし…」そう思っていた勇治の夢が叶った。勇治の会社は、アメリカの会社に吸収されてしまった。ほとんどの社員は、希望退職した。勇治も、そうしようかなと思った。そこで、もうすぐ2歳の真美が産まれてから2年間、ずっと主婦だった勇治の妻の恵子に相談した、「じゃあ、一日だけ、試しに主夫やってみたら」そう言う恵子は、知り合いが経営する英会話教室で英語を教えるそうだ。もともと、英会話の得意な恵子だから、むしろ、喜んでいた。「あいつは、外で働くのが好きだから、これでちょうどいいぞ」というわけで、勇治の主夫生活が始まったのだ。「いってらっしゃい」恵子を送り出してすぐに、真美を抱っこしながら勇治はゴミ出しに行った。家に戻るとすぐに、自治会長さんがやってきた。「困りますよ。燃えるゴミと燃えないゴミを分けてもらわなくちゃ」と怒られて、大急ぎでゴミ捨て場に取りに行きゴミを分別する。ポイ。やっと、ゴミの件が落着したと思ったら、真美が泣き出した。「どうしたのだろう…マンマ?…ネンネ?ああ、分かったオムツ」オムツを代えたら、真美は泣きやんだ。やれやれ、と思うと気づいた。キッチンにあるお皿などの洗い物の山、これを洗うのは結構大変だ。しかも、真美を監視しながらだから肩も凝る。「恵子が食器洗い機欲しいって言った気持ち分かったよ」つぎに気づいたのは、洗濯物の山、これは洗濯機に放り込めば何とかなると思ったが、そうでもない。この数日間続いた雨で、一昨日からの洗濯物もまだ乾いてない。「恵子が乾燥機欲しいって言った気持ち分かったよ」そうこうしている内に、真美がグズり始めた。たぶん、お昼寝の時間だろう。30分間、抱っこしたりしながら、やっと寝かしつけた。「やれやれ、俺も一休み」と思った瞬間、電話が鳴った。セールスだった。やけに早口で話すセールスで、すっかり眠気も覚めてしまった。「しかたない、テレビでも見るか」とスイッチを入れると、お腹が空いてきた。「あ、そうか、自分で作らなきゃ」ラーメンでも作ろうと、あっちこっち探したがない。「恵子、買ってないのか…待てよ、今日から、俺が買いに行くんだった…買いに行くったって、寝ている真美を残して行けないし…ああ、腹減った。恵子が真美を保育園に預けたいって気持ち、よく分かった」そうこうする内に、真美が起きて来た。お腹がすいているようだ。「そうだなあ…レストランでも行くか。待てよ、この前、恵子が真美とレストランに行ったって言ったら、俺は贅沢するなって怒ったっけ」仕方なく、空腹を我慢しつつも勇治は、真美を連れてスーパーに出かけた。でも、勇治は我慢できても、真美は我慢できずに泣きだした。困り果てた勇治は、真美にソフトクリームを買ってやった。「待てよ、この前、恵子が真美にソフトクリームやってるの見て、甘いものばかり食べさせるなって怒鳴ったっけ」またまた、反省した勇治は、インスタントラーメンを買って家に帰った。そして、真美と二人、何にも具を入れないで作って食べた。栄養の点考えると、せめてキャベツでもと思ったのだが、買ってくるのを忘れたのだった。で、気づいたら、3時30分だった。テレビでも見ようと思った勇治だが、そろそろ、夕飯の買い物に行かなくてはならない。さっき、買っておけば良かったのだが、「待てよ、俺は、いつも、恵子に時間の使い方が下手だって言ってた。タイム イズ マネーと偉そうに絶叫したこともあった」やっと夕飯の支度を終えた。と思ったら、恵子が帰って来た。「どうだった?主夫できそう?」「ちょっと、俺には向いてないかな。主婦も大変だな。お前の気持ち分かったよ」「私だって、満員電車大変ね。それに、久しぶりに外で仕事して、いろいろ気を使って、すごく疲れたわ。あなたの気持ち分かったわ」というわけで、勇治は、今までどおり仕事を続けることにした。でも、この1日は無駄でなかったようで、勇治は、奥さんの悪口を言う同僚には、「主夫体験」を勧めるようになった。
2006.01.14
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こいつ・・・どうして・・・こんなに元気なんだ・・・歯科医の島田は開業して10年になる。患者も毎日たくさん来てくれるようになったし 開業時のローンも全て支払い終わった。 必死の10年だったが、やっと落ち着いて来ると 少し物足りない日々になりつつある。若い頃はサッカーに熱をあげて頑張ったこともある。 そんな燃えるような何かが欠けている自分が味気なかった。 「生活が安定すればいいのか」 自問自答しながら、酒の量が増えている自分に 嫌気をさしている・・・ ある日、島田の歯科医院に一人の男がやってきた。 名前を足立という。 「久しぶりだね・・」 足立の顔を見ても、すぐには分からなかった。 「ああ・・・・・」 島田は思いだした。彼とは小学校時代同じクラス だったのだ。小学校時代の足立の印象は とにかくスポーツができる真面目なヤツという印象だった。 それ以上は、思い出せなかった。 足立は、歯科医師会の共済保険の勧誘にこの町に来た時、 偶然、島田の名前を見つけたという。 小学校時代、やんちゃ坊主だった島田に対して 足立は真面目で勉強も良くできた。タイプが違うので二人で遊んだことはなかったはずだ。 あれから、20年以上の歳月が流れていた。 やんちゃ坊主の島田は能面のように 滅多に表情を変えぬ歯医者の先生となり、 真面目なスポーツマンだった足立は どこへでも笑顔で出没するセールスマンになっていた。足立は、保険の話を一瞬で 終えて小学校時代の話を懐かしそうに話していた。 島田は、明るく話上手な足立を警戒した。 自分が遥か昔に忘れてしまったことを 今見てきた映画のように目を輝かして話す・・・ こいつ・・・どうして・・・こんなに元気なんだ・・・ 聞けば、ただの保険セールスと言うじゃないか・・・ 安物のスーツに安物のカバン、汗の臭いもする 苦労してるんだろう・・・でも、待てよ・・・ 同情はいけない・・・どうせ保険の勧誘だろう・・・ 歯医者は儲かっているからって 狙ってきたのだろう・・・役にも立たない保険に 入れられたらたまらない。月にニ度三度は、 そんなヤツがやってくる・・・ なんて思いを巡らし、結局適当に話を合わせて 「また、なんかあったら、電話するから」 と名刺だけを受け取って帰ってもらった。 その日、家に帰って何気なく 小学校の卒業アルバムを見ると、 島田と足立並んでいる写真があった。 「こんな写真があったんだ」 完全に忘れていた思い出だった。 「たしか、これはサッカーの試合の後だった・・」 足立の頭には包帯がグルグル巻きになっている。 そうだ・・・あの試合に島田は タイムスリップしていた。 ・・・そうそう、FWの俺が先制ゴールを 決めた・・会心のゴールだった。 応援席の女の子の歓声が聞こえる ・・・1対0のまま後半に入った・・・ ・・・そして・・・あと5分で試合終了という時・・・ あ・・シマッタ・・俺のパスミスだ・・・DFは抜かれた ・・味方の誰もが目をつぶった・・ たった一人でゴールを守る足立の所へ 相手チームのFWがドリブルで 突進して・・シュートした・・・ 誰もが同点と思った瞬間・・・カエルのように足立は ボールに飛びついて止め、そのままの勢いで ゴールポストに頭をぶつけ倒れた・・フラフラと立ちあがり しっかり捕まえたボールを両手で 差し上げた足立は、頭のてっぺんから鼻の頭まで 血の川を作りながらもニッコリ微笑んでいた・・ 正気に戻った島田は足立の名刺を取り出し,「バカな野郎だ・・あそこまでしなくても・・ それにしても久しぶりだなあ・・・ あした飲みに行こうって電話したら・・・ あいつ驚くかなあ」と呟いた。
2006.01.13
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悠々自適喫茶店に入ると、朝っぱらから甲高い声が聞こえてきました。「あいつは風水に凝ってな。方角が悪いとか色が悪いとか言って、この2年間で7回も家の模様替えしたぞ」そう言って、奥さんの悪口を言っているは、駅前の10階建てマンションのオーナーのHさんです。Hさんは、こんなこと言ってますが、奥さんの前に出ると、全然頭が上がらないんですよ。たしか、3年前でした。Hさんは、先祖代々の田んぼを相続すると、「サラリーマンなんか、やーめた」と奥さんに一言も言わずに、10年勤めた自動車メーカーを辞めたのです。「あなた、それで、これからどうするの?」と不安一杯の奥さんにHさんは言いました「オヤジの残した駅前の田圃をマンションにする。俺は、マンションを売った金でハワイに別荘を買って悠々自適の生活をするんだ」そう言って、1年後、立派な10階建てのマンションは建ったのですが、困ったことに、1つも売れません。血相を変えたHさんは、マンションを建てた不動産会社に、「話が違うぞ」と怒鳴り込みましたが、売れない物はどうしようもありません。新聞の折り込みチラシを入れても、まったく効果無しでした。Hさんは、日を追うごとに落ち込みました。正直な話、自殺も考えたそうです。そんなHさんを助けたのが、他でもない奥さんでした。奥さんは、地元の紡績会社に外国人労働者が、何十人も来ているのに目をつけ、紡績会社に掛け合いました。もちろん、マンションを買わないかと交渉に行ったのです。しかし、紡績会社の専務さんは、「うちも、そう儲かってるわけではないんでね。マンションを何十部屋も買う余裕はないよ」と最初は取り合ってくれませんでした。でも、これで引き下がらないのが、奥さんのスゴイところです。奥さんは、「じゃあ、賃貸でどうです?労働者が、全員、同じマンションに住んでいたら管理も楽ですよ」と提案しました。席を立とうとしていた専務さんも、「賃貸か…賃貸なら…」と乗り気になったのです。そんなわけで、奥さんの一瞬のヒラメキで、分譲マンションが賃貸マンションに変わって、あっという間に全棟が埋まったのでした…ハワイに別荘を買って…の夢の実現は難しそうですが、Hさんは、奥さんの目を盗んでは、ご近所で悠々自適の日々を送っています。
2006.01.13
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一番簡単で安全に眠るには私は寝付き寝起きとも悪いですので 子供の頃から、いろいろと工夫しました。特に夜は眠れませんでした。 羊が一匹・二匹・三匹・・・ と数えていると、だんだん眠くなると いうが、これは本当でしょうか? 初めて試したのは、 たしか小学校6年生くらいの頃でした。 たしか100匹くらいまでは 覚えているのですが、それ以降の記憶が ないということは・・・ たぶん、そこで寝てしまったのでしょう。 何日か、羊で寝てみましたが、 だんだん飽きてくるのです。 「もっと、おもしろいのはないのかなあ・・・」 と考え出して、他のパターンを試し始めました。 そこで気づいた最大の問題は、 百とか二百になった場合のことです。 羊ならば噛まれ殺される心配はありませんし、 子供の頃の童話などで羊飼いの少年が羊を遊ばせておいて 気持ちよさそうに草の上に眠っている 光景を聞かされていますから、何となく眠りやすいのでしょう。 たとえば、猫なら、どうでしょうか? 試してみました・・・ その日は、たまたま寝付きが悪かったのでしょう・・・眠れなくて 「3百匹も猫がいたらニャーニャーと うるさくて眠れそうにないなあ・・・」 と思い、安全策の羊にすると50匹台で眠れました。 犬も考えました。 しかし、犬は、百匹とかになれば、 噛まれそうで恐ろしいのです。 たった一人で百匹ほどの野良猫に 遭遇したときの恐ろしさを想像して いただきたいのです。また、秋田犬にするか スピッツにするかシェパードにするか ブルドッグにするか、いろいろパターンを 想像しましたが 「これは、パス」 としてその日はまたしても安全策の羊にしました。 その他、馬は蹴られそうですし ライオンやトラは恐いですので、 思いきってパターンを変えて海の生物の 鯨とかイルカを考えてみました。 これは水泳の得意な方には、おすすめしたいですね。 ですが、私の場合、小学校時代はカナヅチでしたので、 苦手な水泳の時間を思い出しそうで 数日でやめてしまいましたが良く眠れました。 特にイルカは今でも水族館に行った日には世話になっております。 その他では、昆虫も考えましたが気色悪いと、 試さずにすぐにあきらめました。 そうそう、花も良いように思えますが、 私は上手く行きません。 たしかに好みの花を頭に浮かべると よく眠れそうなのですが。私は野に咲く白ユリが 好みなのですが、今は、やめています というのも、ある女性を思い出してしまい 興奮して逆効果になり朝まで目がパッチリとして 「ああでもない・・・こうでもない」 なんて考えてしまうのです。 たぶん、恋愛短編小説なら10本は書けてしまうでしょう。 翌朝、通勤電車に揺られ定時に 仕事に行く我が身としてはパスしたいものです。 では、歴史上の人物を想像しては? これは私の場合、その人と話込んでしまうから たちが悪いのです。先日は、坂本竜馬と 高校生のミニスカートについて 激論となり夜を明かしてしまいました。 それでは、動物をやめて机やイス、本なども考えましたが、 あまり良い夢を見れそうもなのでやめています。 現在、もっぱらやっているのは、 好きな漢字を頭に浮かべながら眠るパターンです。 これは連想ゲームのようなもので、 たとえば、 「夢」なら、子供の頃からの夢を 順番に思い出して行くという感じで 頭の中でミニ映画会を開催して楽しんでいます。 ここまでくれば不眠マニアと呼ばれそうですね。 まあ、いろいろ試して来て思うのですが、 やはり羊が一番簡単で安全に眠れるようです。
2006.01.12
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虫の知らせ克枝の夫の清治郎は、他人には面白く気の良い男だったが、一度も家に金を入れたことがなかった。あげくの果てに、一人息子の清志が中学にあがるころには外に女を作って帰ってこなくなった。そんな暮らし向きでも、克枝は泣き言を漏らさず、古本屋をやったり、服の直しをやったり、漬け物を売ったり、散々、苦労して清志を育て上げた。清志は、母である克枝の苦労を知ってか、一生懸命に勉強して、京都の大学に進学して、そのまま大学の研究所に就職した。間もなく、清志は同級生の彼女と結婚して京都に住むようになった。京都と神戸で離れてしまったが、克枝は、さびしくなかった。むしろ、清志の幸せの邪魔をする方が怖かった。気丈に頑張ってきた気の強い自分が、清志の嫁と上手く行くはずがないと思ったのだった。だから、「ああ、これで楽ができる」と、自分に言い聞かせていた。そんな生活に慣れた頃に、阪神大震災が起きた。何とか、一人で這い出したが、家はメチャメチャに壊れてしまった。しばらくは、近所の小学校の体育館で暮らす日々が続いた。清志の家に電話しようと思ったが、その1週間ほどは全く電話が通じなかったのだ。これからどうしようか途方にくれて、ひとりポツンと体育館の隅にうつむいて座っていたらいたら、「お母ちゃん」と聞き覚えのある声がするので、克枝が顔を上げると半分ベソかいた清志が立っていた。「お母ちゃん、家に行ったら、家潰れてるし、ひょっとしたら生き埋めになってるんやないかと思って掘り出してもおらへんし、あっちこっち探し回ったで…行こう」「行こうって、どこに行くんや」「当たり前やろ、いっしょに暮らそう。もうすぐ、子供が産まれるんや」「孫か」「そうや、孫といっしょに暮らすんや」そんな清志の言葉に誘われて、克枝は清志が住む京都のマンションで暮らし始めて10年が過ぎた。幸い、清志の嫁は、子供が一歳の誕生日を迎えると働きに出た。おかげで、克枝は孫と毎日楽しく過ごしている。やっとつかんだ幸せの中にいる克枝の唯一の心配事は、15年も行方知れずの夫の清治郎のことだった。ある日、公園で孫と遊んでいると、一人のうらぶれた老人が近づいてきた。その老人は、孫の顔を見ると、ニコリと笑って菓子を与えようとするのだった。克枝はイヤな予感がしたので、「こっちにきなさい」と孫を連れて帰ろうとすると、「自分の孫には、触らしてもらえへんのや。わしが悪いんやけどな」と老人は寂しそうに去って行った。これを虫の知らせとも言うのだろうか。清治郎が、仕事もなく、女にも捨てられ、一人寂しくアパートで亡くなったことを聞いたのは、それから、間もなくだった。
2006.01.12
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言葉も新鮮が一番テレビの対談を聞いていると 素晴らしいゲストなのに 何となく面白くない事があります。これは、ちょっとした一言が足らないから起きるのです。 テレビ画面に映し出される数秒間に アシスタントが話す「ふーん」とか「そうですね」のような そんな一瞬の言葉で番組が良くなったり 悪くなったりするものです。 いい番組には良いアシスタントが必ずいるのはそのためです。 この手の言葉の特徴は、長い時間考えて決まったセリフをではなく、 その一瞬のひらめきから、生み出されるのです。 私たちの日常生活でも、 ちょっとした一言が大切です。 言葉も野菜と同じで 新鮮が一番です。 ひらめいた時に 使い道を考えないと 鮮度が落ちてくるのです。 そして、なるべく早く使うことです。 あの時、 言っておけば良かったと、 後で悔やむことありますね。 その一言がなかった為に 大切な人を失うことがあります。 ひらめいた小さな言葉は、 その時に使うために生まれてきた言葉です。
2006.01.11
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キレイ「最近、キレイになったんじゃない?」そう真澄は言われるようになった。60を手前にして、亭主と別れた。嫌いになったわけではなかった。自分の人生を生きたくなっただけだった。「別れてから、あの人の良さが分かってきたの。いっしょにいた40年足らずを思い返すと、よくしてもらったって思うのよ」農家の3人兄弟の真ん中だった真澄は、20の時に見合いをして、5つ年上の公務員の建造と結婚した。3人の子供に恵まれた。建造は、典型的な亭主関白だった。その上、嫉妬深かった。毎日のように、職場から家に電話をかけてきた。出ようとすると、2度3度鳴っただけで切れる電話もあったから、あれも建造からだとすると、毎日2回は電話してきたのだろう。もし、電話に出ないと、…おい、どこに行ってたんだ?…と事細かく問いつめられた。酔って帰って来た時などは、「妻たるものは…」から始まる貞淑な妻であることの素晴らしさ?をクドクド聞かされた。悪い人ではなかったが、この人の為だけに生きるのは悲しいと思い始めたのは、一番下の娘が短大に合格した時だった。勇気を出して、別れ話を切り出すと、建造は、「男ができたんだな。この野郎」と烈火のごとく一度は怒ったが、目を据えて冷静に話す真澄に負けて、1週間後、「後悔するぞ」と言いながら判を押した。その時、真澄は「後悔するもんか」と言わんばかりに建造を目で見返した。離婚して、すぐに運転免許を取った。そして、タウン誌の広告セールスの仕事を始めた。とにかく、一人でも多くの人に会いたかった。そりゃイヤな客は毎日必ず一人や二人出くわすけれど、私には時間がないんだと40年分を取り戻すつもりで、夢中で頑張っていると、「いつも車で移動しているせいか上着を忘れるんですよ」初めて会った客には、いつも、こうやって切り出す。すると、一瞬、服装の方に気を取られるのか。自分のペースで話を始められる。こんな自分なりのテクニックも、いつの間にかつかんだ。ひょっとして、私はセールスの天才!そう思ってるところへ、…お母さん、再婚するの?…と、どこでそんなデマを聞いたのか娘から電話があった。問いつめると、やっぱり出所は元亭主だった。
2006.01.11
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バナナのおかげで「大変だあ・・・」 台湾から日本にバナナを運搬する為に港を出たばかりの T-ONE号の船内は大騒ぎになっていた。 何でもアメリカに向かうはずの学生の晋さんが、 間違って乗りこんだ挙句、 どういうわけかバナナ貯蔵庫に閉じ込められたと言うのだ。 しかも、バナナの貯蔵庫はバナナの腐敗防止のため 窒素充填されていて、人間は30分もすれば窒息死するのだ。その上、運の悪いことに 貯蔵庫はタイマーでセットされていて 台湾の港を出てから日本の港に到着する明日まで 開かないようになっている。 船長の目は血走っていた 「だれか・・・タイマーを解除できないか」 「誰も分りませんよ・・・バナナ運ぶだけの船だもの・・・ ・・・みんな機械オンチばっかりで・・・・ 会社に電話すれば・・・ヘリコプターで来てくれるかも・・ 30分で来れるかどうか」 「とにかく呼んでくれ・・・」 貯蔵庫の中は、オレンジ色の明かりが灯っていた。 ドンドン・・・ 「オーイ・・オーイ・・・開けてくれ・・」 晋さんは、必死で鉄の扉を叩いた。 「苦しい・・・空気が薄い・・・少しずつ意識が薄らいできた」 バタン・・・ 力尽きたのかバナナの山の中に晋さんは倒れた。 「母さん・・・俺このまま死ぬのかな・・」 その時、 「オイ」 と声がした。 「どこにいるんだ。誰だ?」 「おまえこそ誰だ」 なんと晋さんの頭上のバナナだ。 「うそだろ・・・」 「バナナがしゃべって何が悪い」 「俺も終わりだな・・・」 「何しに俺たちの部屋に入ってきた」 「トイレと間違えたんだよ それと、乗る船も」 「この舟は日本に行く・・・ 日本人はバナナが好きだからな でも・・昔ほど、俺たちの立場は 良くない・・・俺たちは 台湾バナナと言って、 バナナの王様だった。 いや、果物の王様だった。 小ぶりだが、程よい品格ある甘さが 日本人に受けた。 病院に見舞いに行くときは 必ずいっちょ噛んだものだ。 バナナ全体の地位が低下したこともあるが いろんな果物が進出してきたからな。 キウイは、まだ許せるが ナタデココって何だ? あれが出てから、 俺たちの立場は全くなくなった・・・ ところで、おまえはアメリカに 何をしに行くんだ?」 「金持ちになりに・・・ 成功する為に・・・ 母さんを呼んで・・・ 豪邸に住んで・・・ でも、夢だった」 「諦めるんじゃない。 袖すり会うのも他生の縁だ。 できるだけのことは しようじゃないか。 バナナを見くびっては駄目だ。 特に台湾バナナをな。 間違いかもしれんが 日本行きの船に乗ったんだ。 行く以上、何か目的を持たないと もうすぐ死ぬぞ」 「そうだ・・・日本には 姉さんがいる・・」 「そうか・・・何処にいる」 「横浜の中華街・・・と手紙に 書いてあった・・・」 「ちょうどいい・・ この舟は横浜に行く」 「でも、くるしいよ・・・」 「元気出せ・・・ 俺を食べるんだ・・ バナナは、すぐにエネルギーに 変わる・・・マラソンの35キロ地点には 最近、バナナジュースが置いてあるのを 知ってるか?酸欠状態には 消化吸収抜群のバナナが一番だ・・ 特に台湾バナナはな・・・ 俺を食べるんだ・・・」 「いいのか?・・・」 「袖すり会うのも他生の縁と 言ったろう・・・ ひと思いにやってくれ・・・」 バナナは目に涙を一杯浮かべて言った。 「すまん・・・」 晋さんは、バナナの皮をむき パクつき気を失った。 30分後、バナナ貯蔵庫の扉は開かれた。 船員たちが中に倒れていた晋さんを担ぎ出した。 「しっかりしろ・・・大丈夫か・・・」 船長が晋さんの身体を揺する。 晋さんは、気がついたようで 「はい、バナナさんのおかげで・・・」 船長と船員たちは 「苦しかったんだろうなあ・・・かわいそうに」 と顔を見合わせた。
2006.01.10
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箱貧乏人の子沢山とはよく言ったものだ。魚屋を営む両親のもとに生まれた尚美は5人兄弟の長女だった。父親は、競馬狂いで、稼いだ金を全部すってしまうこともしょっちゅうだった。子供の頃から歌好きだった尚美が、歌のオーディション番組で、準優勝してチャンスをつかんだのが16歳の時だった。「これでやっと貧乏暮らしから抜け出せる」そう思った尚美を、たった一つ引き留めるものがあった。2つ年上の真佐夫だった。真佐夫は画家を目指して、T市にある美術大学に通っていた。子供の頃から身体が弱かった真佐夫は、絵を描いてばかりいた。「尚ちゃんが、行きたいなら、行けよ」真佐夫の言葉が本心でないことは分かっていた尚美だが、真佐夫への思いを振り切って東京に出たのだった。それから3年、一度も故郷に帰ることなく夢中で頑張った尚美だが、なかなかヒット曲に恵まれなかった。一流歌手と言われる人の前座で食いつなぐ日々が続いていた。そんな尚美の遠征先に、真佐夫の母から電話があった。…尚ちゃん、真佐夫が死んじゃったよ…「うそ、うそよ…どうして」舞台が終わると、尚美は何かに憑かれたように故郷に帰った。訪れる人もまばらな寂しい通夜だった。真佐夫の母は、尚美を迎えると堰を切ったように話した、「1年くらい前に、風邪をこじらせて肺炎になってからずっと悪かったんだ。それでもね、新聞の番組欄は毎日穴が開くほど見てたよ。尚ちゃんがテレビに出ると、かならずビデオに撮って何度も見てたよ。あの子は、尚ちゃんが生き甲斐だったのよ。いよいよ悪くなって尚ちゃんのお母さんが、尚ちゃんを呼び戻そうって言ったんだ。でも、あの子ったら、いいんだ、いいんだ、尚ちゃんは、いつも僕の心の中で歌ってるから…呼び戻したら、死んでやるからなって」そこまで言うと真佐夫の母はその場で泣き崩れた。話を聞くだけで精一杯の尚美は、もらい泣きするだけで何も答えられなかった。その翌日、葬式の後始末を手伝う尚美に、真佐夫の母が、「尚ちゃん、これ、持って帰って」とズッシリと重い段ボールの箱を渡された。たぶん、真佐夫の描いた絵だろうと察しはついた尚美だが、真佐夫の描いた絵だと思うと、とてもその場で見る気にはなれず、先に東京のマンションに送ることにした。もし、そこで、箱を開けたら永遠に東京に帰れないような気がしたのだ。東京に戻ってからの尚美は、急にスケジュールが立て込み、箱の中身のことを気にかけてはいたが、とても見る勇気がなかった。そして数ヶ月後、待望の新曲が出るという前日、久しぶりに休みをもらった尚美は、部屋の隅に置かれていた箱を思い切って開けた。箱の中には何百枚もの絵が入っていた。そして、その絵は、幼稚園の頃の尚美から、小学生、中学生、高校生、そして、ステージで歌っている現在の尚美まで、すべて尚美ばかり描かれたものだった…あたかも尚美と真佐夫との悲恋を奏でたかのような新曲は、歌謡史に残る大ヒット曲となった。
2006.01.10
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社員研修21002100年ちょっと過ぎ、科学は飛躍的に進歩したようである。たとえば、大人の為のリアリティーゲームなどは必見である。誰もが一度は聞いたことのある忠臣蔵に出演できるのである。しかも、実際に江戸時代にタイムマシーンに乗ったかのようにワープ体験できるのである。だから、社員研修などに、このゲームを使う会社まで現れた。もちろん、社員に忠誠心を抱かせるためである。某社の新入社員である翔太郎も、このゲームにチャレンジすることになった…まず、ヘルプコンピューターは、「さて、翔太郎君、君は、誰になりたいのですか」と尋ねてきた。即座に、翔太郎は答えた、「大石蔵之助は、僕じゃ若すぎるので、堀部安兵衛です」しかし、コンピューターは、こんなことを付け加えた、「参考までに言うと、その47人の浪士の中で、一番強かったのは、剣客としても有名な堀部安兵衛との説が有力ではあります。たしかに、この堀部殿、年末の時代劇などを見ますると、人気美男子俳優が必ずと言ってもよいほど熱演いたします。が、実物の堀部殿は、どちらかと言えば、獅子のような顔をしていて、とても美男子とは言えません。もし、美男子で、女性にモテモテの役を望まれるのでしたら、萱野三平を勧めます。俳人でもあり、義士きっての美男子でもあった萱野三平なんかいかがでしょうか」この話を聞いて翔太郎は、ニッコリ、「モテモテ?」「ええ、モテモテです」「じゃあ、その三平さんにお願いします」そんなわけで、ゲームが始まりました。始まってすぐに、お殿様の浅野様切腹です。すぐに江戸詰家老から、翔太郎から仕事を頼まれます。なんと、「カゴに乗って、江戸から赤穂まで行ってくれ」と言う指令です。エッサホイサエッサホイサで運ばれて、4日間カゴに乗りっぱなしです。夜行電車でも1日乗ればいいかげん疲れるのに、江戸時代のカゴなんて、腰が痛いの頭が痛いの足も痛いの乗り物酔いもするし、もうボロボロです。しかも、途中、何度も、カゴを担ぐ人夫も疲れてダウンするし、その都度、カゴ屋を探して乗り換えです。そればかりか、途中で、たしか大阪の箕面あたりだったと思いますが、故郷の近くを通って少しホッとしたのも束の間、葬列に出会います。それが何と、お母さんを弔う葬列だったから、もう涙涙です。任務もありますから、悲しんでばかりいられません。「母上、ごめん」と翔太郎は、またカゴに乗ります。こんな苦労して、殿様の無念を、赤穂にいた大石蔵之助に伝えた翔太郎です。こんなに頑張ったのに、主役と言えば、大石蔵之助、それに堀部安兵衛です。地味な役回りばっかり。オマケに、翔太郎こと萱野三平は、討ち入りに反対する実家の父との間で、人間関係に悩み苦しみ、「実家も大事だしなあ…ご奉公先の赤穂藩も大事だしなあ…」ストレスのためにノイローゼになり、討ち入りの前に自害して果てるのでありました。つまり、47士の仲間にも入れなかったのでした…ゲームが終わって、現実の世界に戻った翔太郎は、「サラリーマンが分かったような気がする」と不敵な笑いを浮かべたのであります。
2006.01.09
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何か御用ですか?牧子は困っていた。 高校2年生の一人息子の大作がグレたのだ。 不良仲間と繁華街をうろついている。 塾にも行っていない。 学校には、かろうじて行っているが 成績なんてものではない。 進級も危うい。 ある日、牧子が買い物から 帰ってくると、中年の男が 玄関の所で中をうかがっている。 「どなたですか」 「え、まあ」 チンピラ風だが男前である。 「何か御用ですか?」 「はい、ええ・・・奥さん。 覚えてますか、私のこと」 「は・・・どこかで お会いしましたっけ」 「忘れてしまったんじゃ仕方ない」 男は、遠山の金さんばりに もろ肌脱いで見せた。 立派な刺青である。 牧子はハッとした・・・・・ あれは、まだ新婚の頃、 一人いそいそ夕飯の支度をしていた牧子に どこから侵入したのだろう。 男が背後から刃物をつきつけて来た。 「金を出せ・・・」 「そんな物は、ありません」 「こっち向け・・・」 男は牧子の頬に刃物を突きつけた。 そして、上半身裸になり 見事な刺青を見せつけた。 「金を出したら、何にもしない・・・」 男は凄んだ。 牧子は、有り金すべてを男に渡した。 その時、 「ただ今・・・」 主人が帰ってきたのだ。 男は、慌てて裏から逃げた・・・ 顔は恐怖でとても見ることができなかったが、 刺青だけはハッキリと覚えていた・・・ 牧子の恐怖はよみがえった。 男はサッと服を羽織り 「あの時は申し訳ありませんでした」 丁寧に頭を下げた。 「で・・・何のようです・・・」 「あの時のお金です」 男は茶封筒を手渡した。 そして、 「申し訳ありませんでした」 と頭を下げた。 「いまさら何を言っても始まりませんが カタギ様から金銭を頂いたことが 私の恥でありました。 では、失礼致します・・・」 男は背を向けた。 そこへ、息子の大作が帰ってきた。 横柄な態度である。 「おお、かあちゃんよ・・・」 次の瞬間、大作は男の顔を見て 驚いて後ろに下がった。 「あああ・・・くく・・・組長・・・」 男は大作が近頃縁を持った組の長だった。 男は 「おまえ、ここの息子か」 男は牧子の顔を見ると、 大作のえり首をつかみ引きずって出て行った・・・ 夜中になっても大作は帰ってこなかった。 こんな日は、最近では珍しくないが、 今日の場合は事の次第が分かっているだけに 落ち着けなかった。 時計は12時を過ぎている。 夫は牧子に言った 「朝まで帰ってこなかったら 警察に連絡しよう・・・ 行き先は、あの組だし、 連れて行ったのは組長だし・・・ それに・・・時効とはいえ、前科もあるんだから・・・」 「そうねえ」 牧子は頷くしかなかった。 しばらくして、玄関の戸の開く音がした。 静かに歩く音が近づいてきた。 大作だった。 借りてきたネコのように大人しくなっている。 大作は、二人の前に正座すると 膝に手を置いて泣きながら メソメソ言った。 「かあちゃん・・・組長が親孝行しろって かあちゃんは、組長の恩人だからって かあちゃんから、借りたお金で 組長の奥さんの病気が治ったって かあちゃん、泣かせたらぶっ殺すぞって・・・ ごめん、かあちゃん。かあちゃんって 偉いんだな。あんなカッコいい組長の恩人だなんて。 とうちゃんも、ゴメンよ 俺、とうちゃんのことも かあちゃんのこともバカにしてたんだ ほんとに、ごめんよ」 ・・・いいんだよ・・・いいんだよ・・・ 牧子は夫と顔を見合わせて喜んだ。 夫と大作が寝静まった頃、 牧子は男から受け取った茶封筒を そっと神棚に置いた。
2006.01.09
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アメリカンスピリッツアメリカンスピリッツが口癖で大学では 人気者のN教授は、60歳の今では高校生の男の子の 父親ですが、長い独身生活にピリオドを打たれ、 ご結婚されたのは40歳過ぎてからでした。 N先生は、若い頃、25歳くらいから 35歳くらいまでアメリカの会社に 勤めていましたが、ひょっこり、 36歳の頃、日本に帰って来ました。 10年もの海外生活のおかげで 英語はお手のものでしたので、翻訳をしたり 通訳をしたり気ままに暮らしていましたが、 どういう風の吹き回しでしょう。 ある人の紹介である地方大学の助教授になったのでした。 N先生は、毎日の大学の講義で アメリカのビジネスについて ご自分の経験を交えて話していました。 その話の中で彼は、「私の当面の 夢は、ある女優さんと結婚することです」 なんて言い始めたのです。 それが5年前でした。 毎週1回はファンレターを書いて その女優さんの出演する映画やドラマの感想を 書いたり、応援のメッセージを送ったりしていました。もちろん、近くで彼女の舞台挨拶 などがある時は花束を贈ったりもしていました。しかし、5年前はその女優さんは 大変な人気者で忙しいのでしょうか。 それとも、ファンレターが多すぎるのでしょうか。返事は一度も来ませんでした。 それでも、N先生、さすがアメリカで 鍛えられたガッツで毎週欠かさず送りつづけました。 やっと、初めて返事をもらったのが それから3年後だそうです。 その頃はその女優さん、週刊誌などで噂されていた人との 間も上手く行かなくなり、仕事も少なくなっていたそうです。 「芸能人の人気は一種のブームのようなもの」 とは昔から言われるものの、人気絶頂の 頃とは天と地ほど違う周囲の自分への 扱いにもバカバカしくなっていたそうです。 まあ、彼女がそんな状態ですので N先生、書くネタがなくなってきました。 1週間に3本もあったレギュラーが月に1本も なくなってしまったのですから。だから、 N先生、自分のアメリカで働いていた頃の 想い出や苦労話をファンレターにして 送るようになっていたそうです。 毎日、山のように来ていたファンレターなら とても読みきれなかったでしょうが、 1週間に数通も来ればいいところになってくれば 丁寧に読んでもらえます。返事も書こうかなって気持ちになります。何度か手紙のやり取りをして、ある日、彼の大学公開講座を その女優さんが聞きに来てくれて 少しずつ会って話をするようになったそうです。 その後1年半の交際の末のゴールイン。いやはや思い立ってから、5年の長い道のりでしたが 世の中とは分からないものです。 今でもN先生は恋愛に悩む学生の相談に乗る時は 情熱たっぷりに、この話をされます。
2006.01.08
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常識はなぜ常識なのかある運送会社の配送センターでアルバイトしている雅美がしょんぼりしている。気になった主任が尋ねると、「育英会の申請ダメだったんです」と雅美が言った。雅美は、高校3年生。早々と秋のうちに推薦で教育大学に合格していた。しかし、お父さんがリストラで収入がなくなったため、入学金は何とかなっても、その後の授業料は、とても払えそうになかった。そこで、育英会の申請したのだが、例年なら通る申請も、今年は希望者が多くて、予算オーバーになって却下されたらしいのだ。「どうした?」そんな二人の会話に、背広姿の紳士が入ってきた。主任は、「ああ…社長」と絶句した。雅美も恐縮して、「ええ、社長さん」「現場のことが気になってね」この社長は、一ドライバーから、全国規模の運送会社を作った苦労人だ。今も定期的に現場を見て回る熱心な経営者だ。「ちょっと、むこうで話そうか」社長は、雅美を伴って、事務室に入った。「なるほど、大変だ。ならば、働きながら大学に行ったら…」「働きながらですか…」困った顔をする雅美に、社長は、「そんなの欧米では常識だ。日本人くらいだぞ。高校出ても親のスネかじってるのは。ところで、君は何になりたい」「教師になりたいです」「ホー、それなら働いた方がプラスだ。人より早く経験も積めるし」「そういう考え方も知ってますけど、働けば、それだけ勉強する時間も減りますし、友達と会うこともできません。それに、女子はただでさえ不利です」「俺は、働きながら大学を出て、この会社を作った。女の人だって、働きながら頑張ってた人いたぞ」「でも、常識的に考えれば、不利ですよね」「だったら、聞くが、君の言う、常識はどうして常識になったんだ?」「ええ?」「所詮、常識なんて人が決めたことだろう。そんなもの、ひっくり返せなくて、これからの時代生きて行けるかな。教師だって厳しいの知ってるだろ」…雅美は、この社長の言った「常識はどうして常識になった」に返す言葉がなかった。それどころか、雅美の父と同年代なのに、目をギラギラさせて常識に挑戦している元気な社長に感激した。「社長さん、私働きながら大学に行きます。そしたら、ここでアルバイトさせてください。そして、できたら、先のことは分からないですけど、大学卒業したら、この会社に就職したいんです。社長のもとで、働きたいんです」社長は、少し考えたふうをして、「おいおい、教師はやめか。ともかく、元気そうだから、バイトくらいなら、主任と相談したら何とかなるよ」と言った。社長との会話は、これだけだった。その日から、この社長の言った”常識はどうして常識になった”が、雅美の頭の中でバリアを張った。何かあっても、この言葉をとなえれば、何とかなりそうな気がした。
2006.01.08
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