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人の心をつかむコツ 私の友達の博道は、10年くらい前まで これと言った友達がいませんでした。そのころの彼は、万事マイペースで、現れたかと思えば いつの間にか帰っている、そんな人でした。勉強は大変できた人で、日本で一番難しいと言われる大学に現役合格しました。 私にとっても、ただのクラスメートだった人程度の仲でした。 「あいつと話しても、おもしろくない」 が、私の彼に対する評価でした。 私がそんな博道と再会したのは、たしか10年くらい前、駅前のレストランでした。 博道は結婚して1年目という愛想の良い奥さんを連れていました。 私も数人の連れがいましたので、軽く会釈する程度で 済ますつもりでした。私と博道は、その程度の仲でしたから。 博道も、たぶん、そのつもりだったのでしょう。 しかし、博道の奥さんは、私のことを彼に聞いたのでしょう。 博道に一言二言耳打ちして、奥さんが私の方にやってきたのです 「あのう、博道の妻の君代と申します。良かったら 今度の日曜日にでも遊びに来て下さい」 と、言ったのです。私は博道の結婚式に行ったわけでもありませんし 博道の家に遊びに行ったこともありませんでした。 ただ、2回ほど同じクラスになった、それだけの関係です。 ですから、もちろん奥さんとも初体面でした。 あまりにも愛想の良い奥さんのペースに押されるように 「じゃ、お邪魔します」 と答えてしまった私でした。 その日、博道の家では、ささやかなパーティが開かれ、 博道と奥さんを含め10人くらいが楽しく過ごしました。 私が、まず驚いたのは、無愛想なはずの博通が 奥さんと二人で、こまめに気を使ってくれたことです。 料理のこと、 飲み物のこと、 帰宅時間のこと、 その全てを笑顔を絶やさずにです。 以外に思った私は、博通に尋ねました 「おまえって、そんなヤツだったか?」 博通は笑って 「いや、結婚してから。友達もいないじゃ、人生つまらないじゃないって 妻に説教されてね」 と言い、それから「内緒で・・・」と前置きして 「俺、子供できないんだ」 寂しそうな顔で付け加えました。 一流企業の研究室で働く超エリートの博道にも どうにもできないことがあったのでした。 夜も更け、一人二人と博道の家を後にしてゆきました。 ここで私はまた驚かされました。 一人一人を玄関まで見送る博道の姿でした。 「気をつけてね・・・・・」 と姿が見えなくなるまで見送るのでした。 万事マイペースだった男が・・・ここまで 変われるものかと私は感心しました。 私は博道の家を後にする時、何気なく聞きました 「一人一人、丁寧に見送っているようだけど・・」 博道は、君代さんの顔をチラッと見て、私にこう言いました 「人の心をつかむコツは 別れる時に出会った時の何倍も気を使うことらしいから」 これも、奥さんからのアドバイスらしいのです。
2006.08.31
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超能力者10年ほど前、高校を卒業してすぐに、カーディーラーに勤めていたYは、一ヶ月に1台売れるか売れないかのダメ営業マンだった。しかし、Yのことを良く知る人は、彼はただ者ではないと口を揃えて言うのだった。Yのどこがただ者でないのかと言うと、Yは顧客の名前を見たり聞いたりしてすぐに、「ああ、これは売れない」と言うのだった。「そんなバカなはずはない。ダメ営業マンは、諦めが早いもんだ」そう言って、新しく転任してきた凄腕営業所長は、Yが「ダメだ」と言った顧客全員を当たってみた。1年間で1000人ほどの顧客に当たったが、たしかに、どうにもならない顧客ばかりだった。業界で一・二を争う営業マンと言われた所長を持ってしても、そう認めざるを得ない顧客ばかりだったのだ。ある日、所長はYと一緒に飲みに出かけた。「なあ、Y君、もしかして、君は、何か不思議な力を持っているのではないのか?たとえば、予知能力のようなもの」「自分でも、よく分からないのですが、そんなところですね」Yは、人なつっこい欲のなさそうな笑顔を答えた。所長は、ますます不思議に思った。「君は、その能力を、どうして生かさないんだ。もし、君の力が本物なら、年間1万台売ることだって可能なはずだ」気の良いYが、初めて力を込めて話し始めた。「所長、私は、そんな自分が嫌いなんです。普通に生きたいんです。たとえばですよ。学校の試験問題が前もって分かったり、窓口に座っている女性の愛想笑いの向こうにある本音が見えたりしたら悲しいですよ。悲しすぎますよ。人間って、何て醜いものなんだろうって…私の人生は、そんな自分との戦いだったんです」…それから、しばらくしてYは、その会社を辞めた。同じような調子で、Yは1年か半年ごとに職を変えて行った。そんなYだが、3年ほど前から、同じ仕事を続けているそうだ。仕事の内容を聞いてみたが、Yは誰にも語らなかった。ただ分かっているのは、毎朝、黒塗りの車内が見えない高級車が彼を迎えに来て、夜も同じ車が送ってくるとのことだった。詮索好きの誰かさんが、その車を尾行したそうだが、1キロオーバーしただけなのにパトカーや白バイに追跡されて、スピード違反で検挙されてしまい尾行は失敗したそうだ。
2006.08.31
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小娘でも新米OLでもない 「ああ、ヤツなら、俺のガキの頃からの ダチだ。俺は動物園のエテコみたいなツラだが あいつは、いい男だったねえ・・・ 3丁目の角を曲がると、郵便局がある。 そう、最近新しく建て替えた。その隣が ヤツの家だ。行ってみな。元気でやってるから」 駅前で靴屋をやっている三助は、 愛想良く教えてくれた。 映画監督の昭子が、待田の家を訪ねたのは 昨年の暮れである。2年前、大学の卒業記念に 作った映画が海外でいくつもの賞をとった。 一見、どこにでもいる小娘だが 昭子は日本映画界のシンデレラガールである。 でも、そんな昭子に待田は心を開いてくれなかった 「なんだい、突然。今さら俺なんかに」 「ぜひ、待田さんに出ていただきたくて 子供の頃から、待田さんのファンで・・・ これ、待田さんの為に書いた台本です」 「俺は、もう引退したんだ。ほら、この火傷の痕 運命だったんだよ」 待田は、10年前、大火に巻き込まれて大火傷を負った。何とか命は助かったが、身体には何カ所も 大きな痕が残った。特に顔の右頬にある痕は致命傷だった。当時、二枚目俳優として売り出し中 だった待田は一瞬にして俳優生命を絶たれた。 それからは飲んだくれの日々である。 「分かりました。今日は引き取ります。 良かったら、台本読んで下さい」 ふてくされる待田の前に台本をそっと置く、 昭子は、まるで上司に叱られてガッカリする 新米OLのようだった。 フーと一息吐いて待田は、昭子が帰ったのを チラッと確かめてから、台本を手に取った。 久しぶりに手にする台本。 やはり、俳優の血が騒いだのだ。 台本の内容は、こうだった。 20年前に一曲だけヒット曲を出したことのある 40前の女性歌手が、ヒモである男に励まされて 見事にカンバックする。大ヒットで華々しく。 そんな晴れ姿を斜めに見つつヒモ男は、 行く宛もないのに彼女の前から姿を消す。 スポットライトを浴びて歌う彼女を 路地裏にある一杯飲み屋の オンボロテレビから優しく見つめる男。 スターの座と引き替えに最愛の男 を失って涙する女というラストだった。 このヒモ男が待田の役だった。 「俺には、もったいねえ」 待田は呟いた。昭子の作る映画は 海外でも高く評価されている、 そんなことは映画界を去って10年の 待田も良く知っていた。 こんなチャンス、もう巡って来ないかもしれない。 でも、どうしても、素直になれない自分が情けなかった。憎かった。どうしようもなく憎かった。 「この火傷さえなけりゃ」 ひびの入った鏡に映る自分の顔を横目で見ると 待田は、拳を握りしめて、 コンチクショウ・・コンチクショウ・・・ 何度も何度も床を叩いた。 涙が止めどなく溢れる・・・ そこへ、靴屋の三助が様子を見にやってきた 「おい、ベッピンさんが、ここへ来たろ? 映画監督という」 「帰ってもらった」 待田は涙を拭いながら、やっと言った。 三助は、待田の様子を見て血相を変えた 「おまえに仕事持ってきたんだろ。 ありがたいじゃないか。引き受けろよ。 何、グズグズしてるんだ。俺は、おまえの 気持ちは手に取るようにわかる。出たいんだろ。 昔みたいに映画に。おまえは5才の頃から 芝居好きの父親に連れられて、数え切れないくらいの 映画に出た男だ。学校だって行ってない。 おまえから映画とったら、ただの飲んだくれだ。 さあ、追いかけろ。何グズグズしてるんだ」 待田はベソかきながら 「もう遅いよ、三ちゃん。勘弁してくれよ おらあ、もういいんだ。もう、あきらめたんだ 運命だったんだ」 と言う待田の手を強引に引っ張っる三助 「こい、いいから。こい」 「勘弁してくれ」 と叫く待田。 二人はガキのケンカの様にもみ合っていた。 その時、 「追いかけなくてもいいですよ」 と、女の声がした。 待田も三助も驚いて一瞬こわばった。 昭子が立っていた、 「何となく、気になったんで戻って来たんです。 申し訳ありませんが、お話は聞かせて頂きました。 出ていただきますよ。待田さん」 そして、昭子は付け加えるようにキッパリと言った 「これも運命です」 そこには小娘でも新米OLでもない、一人の映画監督がいた。
2006.08.30
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旅は楽しく旅は楽しくなければなりません。面白くない旅もあえて面白くする工夫が大切なのであります。仕事で出張する時、とくに急ぎでなければ、あえてローカル線を選ぶべきです。つまり、遠回りをするのです。私なんて、東京から大阪まで行くとき、あえて名古屋で新幹線を降りました。名古屋から京都の間を新幹線を使わずに、各駅停車で行きました。これで1時間30分余計に時間がかかります。なかなか目的地に着かない。この苦痛を楽しみに変えるのです。たとえば、車中、向かいあわせの4人かけの椅子に、私を含めて大柄な男4人が座ったのです。満員だから仕方はなかったのですが、この窮屈さは苦痛でした。この苦痛を和らげる為、私は頭の中で、3人にニックネームをつけました。一人は眉毛太くがつり上がり顎の長い中年でしたから、プロレスラーのアントニオ猪木をもじってアントニオ。もう一人の若い学生は、SMAPのキムタクそっくりでしたので、奥さんに義理立てて静香御前ならぬ静香御主人。そして、太った色白の老人は西遊記に出てくるブタの化身の猪八戒。これだけでも、かなり楽しくなります。見れば見るほど吹き出しそうです。この面白さがクライマックスに達したのは、車掌さんが「切符を拝見」とやってきた時です。私は、切符を差しだします。すると、車掌さんは、「へえ、京都まで…」と私の顔をチラチラ見ます。新幹線を使わないなんて不思議だと思うのでしょう。しかし、その日は、もっと上手がいました。静香御主人です。「あの福岡まで行きたいのですが…追加料金お願いします」と来たのです。なんと、静香御主人君は、札幌の大学に通っている人で実家の福岡まで各駅停車の旅を楽しんでいたのです。若いって素晴らしいですね。その若さに圧倒された?のが、もうすでに初老の域に達していたアントニオおよび猪八戒です。アントニオは、米原から新幹線のこだまに乗り換えて京都に行くつもりだったのです。車掌に手渡す切符を持つ手が焦って、切符を落としてしまったのです。しかも、間の悪いことに、そこで猪八戒が大きなくしゃみをハクション!(そう言えば、猪八戒と言うよりも、ハクション大魔王に似ています)とやったものだから、アントニオの切符は舞い上がり、席と車体がしっかり固定されている隙間に入ってしまったのです。アントニオは、太い眉をピクピクさせて、猪八戒を睨みました。猪八戒は他人事のように、「これは大変だ」と言います。無責任そうな男です。怒りを抑えつつアントニオは、汗を拭いながら切符を取り出そうと必死ですが、覗き込んだり、隙間にフーフーと息を吹き込んだり頑張ってますが、どうにもなりません。状況を把握した車掌が、助太刀です。その席に座っていた4人は一斉に立ち上がりました。その時です。私はアントニオの小柄でホッソリした身体にビックリしたのです。あのプロレスラーばりのいかつい顔とあまりにも不釣り合いだったのです。アントニオは小さかったのです。大柄な猪八戒は、アントニオを見下ろして「しっかりせよ」とけしかけました。アントニオは、「あんたに言われる筋合いはない」と睨み返しました。この二人の睨み合いは、米原駅まで続きました。その横で、私と静香御主人は、「へえ、福岡出身で北海道の大学に通ってるの。それで…僕も若い頃は」「いやあ、まだまだ、お若そうですよ」「名前、教えてよ、メール出すから」「ええ、うれしいなあ。人生の先輩と出会えた気分です」なんて、初々しい会話をしていたのであります…
2006.08.30
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最後は情熱 営業に行って、お客さんから同情されるほど情けない営業はない。「あんたなあ、そんな浮かない顔して、 そんなにイヤな仕事やったら辞めなさい」 と、お得意さんの社長に言われたことが 当時、保険会社に勤めていた宏美の転機になった。 お爺ちゃんのような年齢の方だった。だから、 孫が甘えるような感じで 「社長さん、私、自分でやってみたいんです」 短大を卒業して3年、やっと慣れた仕事だった。 社長さんは、ニコニコ笑って 「やってみたいんやったら、やったらいい。 女一匹、何とかなりますがな。でもな忘れたら あかんで、成功するかどうかは情熱や。 何はなくても、情熱があれば切り抜けられる 最後は情熱や。これが、この年になって分かったことや」 「情熱ですか?」 小首を傾げ宏美は、もっと他に大切なことがあるような気がした。 宏美は、同じことを、何年か前に聞いたことがあった。 あれは確か、高校生の時、付き合っていた男の子と 上手くいかなくなって落ち込んだ時だった。 二人のことを知っている友達は言った 「あんたの気持ち、彼に伝えてたのかなあ? 伝わってたら、こんなことにはならなかったと思う。 彼の新しい彼女の方が美人やからって、あなた言ってるけど 私に言わせれば、気持ちを伝える努力が足らなかったと思う」 「情熱っていうけど・・・そんなことで何が変わるって言うのよ」 と、その時も宏美は不満そうに言った。 たった一人で宏美が保険代理店を開いた日、 あの社長さんがフラッとやってきた。 「この印鑑、使ったらいい」 男物の大きな印鑑だった。 「こんな大きな印鑑ですか?」 「ああ、そうや」 「大きいのは男の人が使うんじゃ・・」 「そんなこと、誰が決めたんや 女が大きい印鑑使ったらダメやって法律でも あるんか?ないやろ?いいか、あんたは 女や。普通にやったら、悪いけど 男に負けるで。ちょっとでも目だつんや。 印鑑ってのはな、何かと使うものや。 契約の時。荷物が届いたときの認め。 町内の回覧板。役所に行った時・・ 数え切れないくらい人の目に触れるものや。 チャンスや!自分を売り込むチャンスや。 女っていうことをプラスにするんや。 あんたが、この印鑑使うのに抵抗なくなった時が あんたが一人前の社長になった時や」 そう言って社長さんは帰って言った。 それから、宏美の悪戦苦闘の日々は始まった。 何から何まで自分一人で、頑張らなければ ならなかった。大きな保険会社にいた時とは大違いだった。法人専門で始めたのもあって、 初めて契約を取るまで3ヶ月かかった。 一つも契約を取れなかった理由は 女だから・・・ 若いから・・・ 名もない会社だから・・・ 同じことを何度も言われる、そのたびに もう辞めようと思った。 でも、町内会の回覧板にも、 宅急便にも、 ちょっとした認めの印にも、 バッグの中にある社長さんから もらった大きな印鑑を使った。 そのたびに社長さんの言った 「最後は情熱や」 を思い浮かべて何とか頑張った。 最初の契約の時、契約書に印鑑を押した。 手が震えた。 震えを止めようとエイッと 声にならない掛け声で印鑑を押した。 すると、 「へえ、初めての契約やって言うてたのに印鑑の押し方が 堂々としてるんやね。若い女の子やのに大したもんや」 と誉められた。 あれから3年、宏美は社員を女性ばかり3人ほど 雇うようになった。小さいながらも損保生保ばかりか 税金対策までも相談にのれる会社になった。 もう、大きな印鑑を気にすることもなくなった。 そして、気がついたら、社員たちに 「最後は情熱よ」 って励ましている宏美だった。
2006.08.29
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お菓子の館たしか、僕が小学校1年生と2年生の時、同じクラスに吉川君という男の子がいた。吉川君は、テレビドラマに出てくる中年太りのパパをそのまま小さくしたような子だった。吉川君は、自分のことを「ボクチャン」と読んでいた。ある日、隣の席に座っていた吉川君が、「ボクチャンのうちに遊びにおいでよ」と言った。吉川君のうちは、当時の僕にとっては、とっても遠い所にあって、両親やお婆ちゃんからは行ってはいけない所と言われていた。でも、今もそうだけど当時の僕も、誘われたら断れない質だった。だから、吉川君の家はとなりの町にあると嘘をついて遊びに行った。もちろん、この手の嘘は、僕のその後の人生において年齢とともにエスカレートして繰り返された。さて、吉川君のうちは、コンクリート造りの社宅だった。二部屋ほどあって、その内の一部屋で僕たちは遊んだ。もう一つの部屋は襖が閉じてあって、「入っちゃ行けないよ」と吉川君が言うものだから僕は開けなかった。僕たちが遊んだ部屋は、何度行っても、とにかく散らかっていた。そして、いくつもの箱や缶が散乱していた。もう一つ、驚いたことに、その箱や缶にはお菓子が入っていた。「お菓子食べてもいいよ」吉川君は表情を変えずにそう言った。言うまでもなく育ち盛りの食べ盛りだった僕は、遠慮なくお菓子を腹一杯食べた。その日から僕は吉川君の家に毎日のように遊びに行った。ところで、吉川君は良いヤツだったけれど、面白いヤツではなかった。僕は吉川君と何をして遊んだのか全く思い出せない。言うまでもなく、僕はお菓子が目当てだった。いつしか、僕は、他の友達にも吉川君のうちに遊びに行こうと誘うようになった。そのうち、吉川君のうちは僕たちの間で「お菓子の館」と呼ばれるようになった。そんなある日、僕は間違って、開けては行けないと言われていた襖を開けた。そこには、吉川君のお母さんが転がっていた。病気とか身体が悪いとかではなかった。一目見れば分かった。吉川君のお母さんはグウタラ女房だったのだ。化粧もせず、爆発した髪で、テレビを見ていたのだ。僕は見てはいけないものを見たことが分かってすぐに襖を閉めた。次の日だった。吉川君は悲しそうに言った。「ボクチャンのお母さん見たんだろ?いつも、あーなんだ。お菓子をたくさん買ってくれるのはいいけど、もうボクチャンはあきたし。ボクチャンはお母さん嫌いなんだ。よそのお母さんみたいに働けばいいのに」僕は、襖を開けた瞬間から思っていたことを話した。「ボクのお母ちゃんも同じだよ。いつもボクが帰ると寝転がってテレビ見てるよ。お菓子買ってもらえるだけ、吉川の方がいいよ。お腹空いたなんて言うと自分で作りなさいって殴られることもある。妹もいつも殴られてるな、吉川とボクは同じだな」僕は生まれて初めて吉川君に友情を感じた。吉川君は2年生の終業式の日に九州に転校して行った。その時、吉川君のお母さんは学校に来ていた。キレイに化粧して、ピンクのスーツを着ていた。吉川君のお母さんは、校庭で鬼ごっこをしていた僕に声をかけてくれた。「うちの子、転校するの。知ってる?」「うん」「そう」たった、それだけの会話だったけれど、僕は、吉川君のお母さんは本当は美人なんだとその時思った。
2006.08.29
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コンサート 冷たい雨が降る朝だった。 幸はデビューが決まって、一番喜んでくれるはずの 彼から別れの電話をもらった 「おめでとう。幸は芸能界に嫁に行くんだな」 そんな別れから1年、ラッキーなことに幸の デビュー曲は大ヒットした。 全国縦断コンサート。 幸は故郷でもコンサートを開くことになった。 「立派に歌って彼を見返したかった」 幸は、故郷での凱旋コンサートを控えて 猛練習を積んだ。しかし、 1年のストレスが、限界点に達していた。 気をつけていたつもりだったが 風邪をこじらせてしまった。 熱があったり、体がだるいなら 頑張れば何とかなる。 でも、声が出なくなったのは どうしようもなかった。 「アア・・・どうしよう コンサートは明日なのに。 私、歌えない」 黙っているわけにはいかない。 マネージャーに伝えようと 受話器を手にしようとしたとき 電話のベルがなった・・・ もしもし・・・ なつかしい彼の声だった。 「もしもし・・」 どうした?その声は・・・ 「風邪こじらしたみたいで・・・」 ・・・バカなヤツ。でも、おまえ、学園祭の時も そう言って、本番では絶好調だったし 一日大人しく寝てろ何とかなるから・・・ この電話が切れたとき、 幸は何かが吹っ切れたような気がした。 「立派に歌って彼を見返したかった」 そんな気持ちは、どこかへ行ってしまい、 かわりに、あの学園祭の時の気持ち。 そう、歌えた喜びや感動がよみがえった。 それから1日たったコンサート当日。 幸は、嘘のように元気になった。 ステージから見る聴衆は、 とてつもなく黒く大きな生き物のようだ。 そんな怪物に負けてたまるかと 幸は力の限り歌った。
2006.08.28
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魔法「髪染めてみようかな…」「最近は若くなくても髪を茶色に染めているようですよ。気分転換ですよ」床屋のオヤジがそう言うので、「じゃあ、思い切って…」康夫は生まれて初めて髪を染めた。康夫は地方の国立大学を卒業して一級建築士になった。つい最近まで、大手の建設会社のサラリーマンだった。いつも髪を七三に分けて背広にネクタイで会社に出かけて行ったものだ。結婚は入社5年目に、上司の紹介がきっかけだった。子供も女の子が一人。幸せが当たり前のような日々が続いていた。それが、突然の会社の倒産。危ない危ないという噂は聞いていたが、まさか本当に倒産するとは…10年も淡々と続いた会社勤めから解放された途端に髪を染めた。最初は、こんな感じで、それほどショックはなかった。ちょっと人目が照れくさかった程度だった。居酒屋で酒飲んで上司の悪口言って…そんな決まりきった日常から解放されて、正直言って幸せだった。しかし、失業して半年も過ぎると、事態の深刻さが身に染みてきた。鏡を見ると白髪も目立ってきた。毎日、新聞を隅から隅まで読むのも苦痛になってきた。朝から晩まで訳もなく、ため息ばかりつくようになった。まだ幼稚園に上がる前の娘をつれての平日の散歩も苦痛だ。「お母さんは?」「仕事」「お父さんはマミちゃんといっしょ」職安に行く日や、面接に行く日は実家の母に娘の守に来てもらう。妻は3ヶ月前から夫の職探しが長期戦になると踏んだようで、近くの本屋に働きに行くようになった。また不採用の通知が来た。履歴書や職務経歴書を何十枚書いたことだろう。真夜中、暗い部屋で一人でコップ酒をあおる康夫だった。そこに妻が起きてきた。何かを感じたのだろう。「どうしたの?真っ暗じゃないの。灯りつけなきゃ」「もう、だめだ」「何言ってるの。元気、出して。そう良いこと思いついた。チチンプイプイ…これで、仕事見つかるわ」「そんなバカな」「だって、あなた、私に初めて会った時、一目惚れしたとか言って、チチンプイプイ…って魔法の呪文となえて、これで君も僕を好きになるって、言ったじゃないの。そしたら、いつのまにかホントに私、あなたを好きになって…だから、今度は私が魔法をかけたの。あの時、あなた何って言ったか覚えてる?」「何て言ったっけ」「魔法は信じる者だけがかかると言ったのよ」…不思議なことに、康夫の就職が決まったのは、それから間もなくのことだった。
2006.08.28
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あの”約束”は生きていた 通帳を記帳すると見慣れない金融機関から 引き落としされていた。 今日子が不審に思ってクレジット会社に 電話すると、夫の隆之が宝石店で貴金属を 買っていたことが分かった。 ローン総額は100万。 「一体、何を買ったのだろう?まさか・・」 エリート銀行マンの隆之とOLの今日子は 3年前に結婚式を挙げた。 二人には約束事があった ”隠しごとはしない” 「どうして、あんな約束したのかしら。 やっぱり、愛してたのね」 今日子の上に”約束”の二文字が重く重くのしかかって来る。 同窓会で、再会した学生時代の憧れの人、 島村とのデートは今回で3度目。 彼との関係は、そろそろヘヤピンカーブを曲がろうとしている。 このまま行けば、猛スピードで・・・・・ ああ、私ってバカバカバカ・・・ 「真面目な主人に申し訳なくって」 今日子は、どこかに逃げ出したい気分だった。 しかし、それもバカらしくなった 「あの人だって、別の女に宝石買ってるのかも」 隆之も悩んでいた。 いつかは生まれてくる二人の子供のためと コツコツ貯めてきた150万円を こともあろうことか、パチンコに使ってしまったのだ。 最初は1万円だけだった。 この時が一番緊張した。 それが2万3万・・・気が付いたら残りは3000円。 そんな状態になっても、隆之はパチンコに通い続けた。 この2年前から、銀行内の人事が目まぐるしく変わった。 そのことがストレスになっていたかもしれない。 昔から、博打に狂った男はお金に見境がない。 たった一つの良心が隆之にあったとすれば 銀行勤めの手前、サラ金には手を出せない。 悩んでいた隆之にパチンコ屋で知り合った男は、入れ知恵した。 「宝石を買って、お金に換えろよ。俺が手伝ってやるから」 100万円の宝石を売れば60万円。 そのうちの20万円は、 ”紹介料”として男に取られた。 残ったのは現金が40万と100万のローン。 エリートとは名ばかりの世間知らずの銀行マンである。 ああ・・・いつも笑顔で迎えてくれる今日子に申し訳ない。 「こんなバカな浪費家の男を信じて・・・悲しい妻だよ」 そんな二人が結婚記念日を迎えることになった。 場所は、毎年同じ。 隆之が今日子にプロポーズしたフランス料理のお店だ。 二人は、キャンドルをはさんで見つめ合った。 不思議なことだが冷め切ったはずの二人が 出会った頃の純粋さを、ほんの一瞬取り戻した。 そう、あの約束を”隠しごとはしない” 約束が二人の脳裏をこだまする。 二人同時に口を開いた 「・・・あの・・・」 また二人同時に 「話したいことが・・・」 また同時に 「あなた(おまえ)から」 同じように手のひらを遠慮がちに差し出す・・ 重なる言葉、重なる手振り、重なる視線。 まだ二人の間に、あの”約束”は生きていた。
2006.08.27
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”爆発”に会ってきた先週の日曜日でした。お婆ちゃんに字の大きい電子辞書を買ってくるように頼まれました。で、デパートの大きな本屋さんに行ったのですが、そこでたまたまレジの横に岡本太郎さんの本が積んでありました。もう、何年も前に亡くなられた方ですが、隠れファンがまだまだいるようで本も少しずつ売れているようです。その時は、子連れで急いでいましたので、パラパラッと立ち読みしただけで、本を買う余裕もなかったのですが、どうも翌日になっても、岡本太郎さんのことが頭から離れませんでした。と言うのは、ご存命中の岡本太郎さんの印象は、大変失礼ですが、変なオジサンだったのです。でも、立ち読みでパラパラですが、本を読んだ感じでは、強烈な知性を感じたのでした。翌日、会社のパソコンで岡本太郎で検索しました。数冊の本も出てきました。それと岡本太郎記念館というのも出てきたのです。たまたま、翌日、東京で仕事が入ってましたので、時間を見つけて行ってきました。私の人生観では、「何となく気になる時は、そこには何かがあるはず」で、その直感を大事にしてやると、目に見えないご褒美が頂けるのであります。さて、岡本太郎記念館は、ブティックが何軒もあって、とてもお洒落な町、南青山にありました。地下鉄の表参道駅下車です。第一印象は、あれだけ有名な方の記念館にしてはこぢんまりしていると思いました。入口付近は小さな喫茶になってました。もともと、アトリエだったのでしょう。中に入ると、「やあ、よく来たね」と言いながら、岡本太郎さんが出てきそうな雰囲気があります。一番驚いたのは、実際に岡本太郎さんが仕事をしていた部屋が、ほとんど当時のままではないかと思われる状態で残されていたことです。天井が二階まで筒抜けで、今でも爆発だ!!のオーラの温もりが感じられました。クリエイティブな仕事をやっている方で、パワーの不足している方が充電するには最高の空間でしょう。私は入った瞬間、次元が変わったと思いました。さてさて、せっかく来たのだから何か残しておきたいと思われる方は、受付の前に感想を書く用紙もありますし、大きな画用紙も置いてありましたので絵も書けます。私は、大きな画用紙一杯に”夢”と書いて帰ってきました。
2006.08.27
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女にモテる男は失恋の数もケタはずれに多い人間だってこと。 新春恒例の同窓会が市内のホテルで行われた 会場から抜け出した二人の男が酔い覚まし だろうか。ロビー横のカフェラウンジで 昔話をしている。ちょっと、耳をすませば・・ 昭平は、女に不自由したことがないモテ男だ。一方の健司は人生のうちの大半を失恋状態で過ごした男だ。 健司は、いつものように昭平にこういわれた 「おまえは一途だから、モテないんや」 「たしかに、そうだ・・ 俺は、いつも一人の女を追いかけてきた 失恋してから次を探す。だから、長くて1年2年、 短くとも数ヶ月失恋状態が続くことになる」 昭平は、こうも言った 「それになあ。おまえは、強すぎるんや。 何でも、それなりに頑張ってこなす。 それじゃあ、女は何をするんだ。 それに引き替え、この俺、30過ぎても 独身で定職にも就かず、フラフラしてる。 何ができるわけでもない。俺を見ると 女は、私がいなけりゃって思うのさ」 「母性本能か?」 「そうかもね」 「でも、おまえだって弱いばかりでないぞ。 学生の時、包丁持った女に追いかけられて 俺の下宿に逃げ込んできたり。 3年前だったかなあ。裁判にもなったろ」 「ハッハハ・・そんなこともあったっけ」 「もう、忘れたのか?」 「ああ、忘れた。女にモテる男は 失恋の数もケタはずれに多い人間だってこと。 つまり、打たれ強い人だってことだ」 「ハハハ・・・おまえはおまえ、俺は俺ってこと」 その時、健司の携帯電話がなった 「もしもし・・・」 ・・・パパ、何してるの。マー君お風呂にいれてよ・・・・ 健司の妻からの電話だった。 昭平は、横目で健司を見た 「奥さんか・・・」 「ああ、早く帰って子供を風呂に入れろって」 「そうか・・・」 今もカッコイイ、モテ男の昭平は 寂しそうな顔で頷いた。
2006.08.26
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女心は分からない5年の修行を経て、ようやく自分の病院を持った歯科医のTさんは、「女心は分からない」と言って落ち込んでいた。何でも、病院を開業して半年も立たないうちに、奥さんから離婚宣告されたそうだ。理由は、「あなたは女の気持ちが分からない」だそうだ。Tさんは奥さんに未練があるのか、それとも納得行かないのか、「欲しい物は何でも買ってやったし、僕は暴力も振るわないし、酒だって飲まないし、浮気もしたことないし、一体、何が不満なんだ…」と息巻いていた。その上、女房に逃げられたことがバレたのか、おとなしくて可愛らしかった衛生士の美代子までが、口やかましくなった。「先生、早く早く、それは私がやるから…そんなんやから、奥さんに逃げられるんよ。子供がいなかったのが不幸中の幸いね」と患者の前でズケズケ言うのだ。それが毎日で、あんまり度が過ぎるので、Tさんは、「美代ちゃん、僕にも立場ってものがあるんだから」と注意すると、美代子は、「ふん、ぜんぜん、女心分かんないんだから…」ふくれっ面で即座に言い返すのだ。それでも、患者さん達は、Tさんと美代子の口論が面白いらしく、歯医者独特の苦痛が和らぐと評判が良かった。そんなこんなで1年ほど過ぎた頃、患者さん達がニコニコ噂していた。何でも、Tさんと美代子が結婚したそうだ。相変わらず、美代子は衛生士として働いていて、Tさんへの厳しい口調は変わらない。でも、口論していても、二人の顔には時折笑顔が浮かんでホノボノしているのだ。そんなTさんの口癖は、やっぱり「女心は分からない」だ。
2006.08.26
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死んでも忘れない作家のTに同窓会の招待状が来た。 「懐かしいなあ」 何としても、あの頃のメンバーに会いたくなったTは、 徹夜で原稿を作って、東京から新幹線に飛び乗った。 「自分の身体もメールの添付ファイルで行けたらいいのになあ」 そんなこと言いながら景色を見ていると、いつの間にか 眠ってしまった。 「T君…」 Tが目を覚ましたら、懐かしい女の子が隣りに座っていた。 「なんだ、チヨか。久しぶり。どうして、こんな所で」 「私も同窓会に行こうかと思って」 「そうか。それにしても、チヨは変わらないなあ。 卒業して20年も経つのに、あの頃のまんまだ」 「そう、ありがとう。T君も御活躍なようで… 本当に作家になったのね」 「ああ、おかげさまで。今、どうしてるの。結婚したんだろ?」 「もう、別れたわ。子供がいたから大変だったわ。T君は?」 「俺は結婚が遅かったし、まだ10年にもならないし。子供も小さいから、これからだな…」 「T君、私と別れる時、言った言葉覚えてる?」 「もちろん、死んでも忘れないよ。俺は死ぬほど好きな女に 振られたんだからな…」 「もし、人生をやり直せるのなら、その死ぬほど好きな女と 一緒になる?」 「何を今さら…」 「ねえ、答えて?」 「そうだなあ…」 Tは喧嘩ばかりしている妻やイタズラばかりして困らせる子を思った。もし、チヨと結婚したら、今の妻と子はどうなるのだろう。 そんなことを考えていると、チヨが口を開いた、 「冗談よ…ちょっと聞いてみたかっただけ…」 その言葉を聞いて少し安心したのか、Tはまた寝てしまった。 終点の新大阪駅で、Tは車掌に揺り起こされた。隣りを見ると、 チヨの姿はなかった。 「あのー、ここにいた女性は?」 車掌は、指定席予約状況を見ながら、 「この席は空席でしたね…どなたか、お座りでしたか?」 「ええ、古い友人でね」 「そうですか?もう皆さん降りましたから分かりませんねえ」 「先に行ったのかもしれませんね」 そう自分自身を納得させるように言いながらTは、新幹線を降りた。 改札には、幹事の洋治が待っていた。 「よー元気やったか。急がしそうやないか。さ、みんなも集まってるで」 「ああ、新幹線の中でチヨと一緒やったんやけど、先に行ったのかな」 「ええ?」 … 洋治の話によると、チヨは苦労して女手一つで一人娘を育てて大学まで 進学させた直後に交通事故で亡くなったそうだ。ほんの数ヶ月前に。
2006.08.25
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混信今でこそ押しも押されぬ主演女優のJだが、下積みの時代はとっても長かった。レッスンが終わって寝床のある安アパートに帰っても寂しく真っ暗だった。情けない話だが、テレビも冷蔵庫もクーラーもなかった。そんなJの友達は小さなトランジスタラジオだった。ある日、Jは歌番組に耳を傾けていた。突然、何の前触れもなくザーッと音が乱れた。中国か朝鮮の放送が流れた。かと思うと、牧師さんの説教のような話が入ってきた、「もし、欲しい物があったら、もうすでに手中にあると思って行動しなさい…」そこの所だけが聞こえて、また、ザッーと音が流れて元の歌番組に戻った。Jにはラジオから流れてくる音楽よりも、ほんの数秒の説教がやけに頭に残った。「そうだよな…売れてる人って、売れてるカッコしてるよね。それに引き替え、私の小さいこと。狭い楽屋でスミマセンばっかり言ってる。一生謝って終わりそう…」次の日からJは、自分は売れてると自分自身に言い聞かせて一日過ごすことにした。すると、今までになかった余裕ができた。そのせいか、どうでもいいことが気にならなくなって、代わりに今まで見えなかったことが見えてきた。たぶん、集中することができるようになったのだ。それからだった。Jが少しずつ売れ始めたのは…
2006.08.25
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やせ我慢ばかりの後ろ姿 「行って来ます」 元気に飛び出して行く高校生になった孫の後ろ姿を見て 和子は、ハッとした・・・ 和子にとって、夫の修平は大変怖い人だった。 修平は、真面目で、頑固な男で小さな工場の社長だった。 曲がったことの嫌いな男で、周囲から 「修平さんは、道を曲がるときも 90度にカクカクって折れるように曲がるんだよ」 と、言われるほどきちんとした人だった。 そんな頑固さから、いつ怒られるか和子はビクビクしていた。 仕事も、手を抜けなかったのだろう。 病気が分かった時は、 「手の施しようがありません」 と、医者に言われた。 下の息子が小学3年生の時だった。 5歳年上の長男と次男と3人で 「どうしよう。どうしよう」 と、ポロポロ泣いたのを覚えている。 担当医は、 「この人なら言っても良いでしょう」 と、胃ガンという病名と、このままでは命は持って3ヶ月と言った。 胃が完全に犯されていて、すぐに手術しなければ どうにもならないと付け加えた。 修平は、顔色を変えずに聞いていた。 「生命保険証書は、貸金庫にある。 万一の時は、遺族年金もあるから それから、葬式でも学校は休むな・・・ しょぼくれるんじゃないぞ。 カッコ悪いからな」 そんなことを言って、家族のことばかりを心配していた。 「医者は、あんなことを言ってるが 息子が嫁にもらうまでは俺は死なんからな」 と強気の修平だった。 思いあまって、甘え放しだった和子が 「あんた、あんた」 と泣きながらすがっても 「大丈夫。大丈夫」 と笑いながら言っていた。 担当医は、 「痛いから、先生、助けてくれ と言うまでモルヒネや薬は使いませんので」 と、言っていたが修平は一度も 痛いとは言わなかった。 修平は、病院に入院してから、 急に小説を書き始めた。 人が変わったように穏やかで優しくなった修平は 不思議なことだが、それから22年間 孫が小学生になるまで生き延びた。 小さな会社の社長ではなく、小説家として。 もちろん、息子たちの花嫁も約束通り、 しっかりと目に治めたのである・・・ 修平は亡くなる前、入院するときも、あっちこっち痛いはずなのに スーッと背中を伸ばして自分で荷物を持って出て行った。 やせ我慢ばっかりの人生だった。学校に行く孫の後ろ姿は若い頃の修平そっくりだった。
2006.08.24
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ネクタイ由希子が初月給をもらった時だった。いつもセンスのない赤いネクタイばかりをしている父にブランド物のネクタイをプレゼントした。「私が選んだんだから…お父さんには、赤は似合わないと思うの」そう由希子がアドバイスしても、父は、「ありがとう、また、つけさせてもらうよ。お父さんは赤がいいんだ」とニコニコして誤魔化すだけで、相変わらずヨレヨレの赤いネクタイをつけていた。「もう、お父さんって、あんなに頑固だとは知らなかったわ」根負けした由希子は、次の給料日に赤いネクタイを父にプレゼントした。その翌日から、父は娘のプレゼントした赤いネクタイをつけて仕事に行った…それから数年後、由希子の父が急な病で亡くなった。一周忌も過ぎて、読書家だった父が残した山のような本を町の図書館に寄付することになった。父とは逆に、まったく本を読まない由希子と母は、機械的に本を重ねて段ボールにつめていた。すると、本棚の一番上の段から本がバサッと音を立てて落ち開いた。ちょうどネクタイという短い小説の部分だった。由希子はネクタイと父の思い出が重なった。その小説は病気の我が子を何とか助けたい父親が、神様に祈っているとどこからか声が神様の声が聞こえてくるという話だった。「…赤いネクタイをずっとつけつづけるなら病気の子を助けてあげよう。そのかわり、おまえは60歳で死ぬ。おまえが天寿を全うし、88歳まで生きたいのなら、他の色のネクタイを選べばいい…」父は本を買った日付を裏表紙に書く癖があった。由希子は裏表紙を見た。「1980.10.1…お母さん、この時って」「あなたが一歳の時ね。そうそう、大変な熱でひきつけを起こして、救急車で病院に運んだのよ。何日も原因不明の高熱が出てね」由希子は父がずっと赤いネクタイをつけていた理由が分かった。そう言えば、由希子の父が亡くなったのは、ちょうど60歳だった…
2006.08.24
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素敵な背中 朝の肌寒い季節だった。彰子は、いつものようにバス通りから 私鉄改札口へと流れ込む早朝の人の群れの中にいた。 何気ない、いつもと同じ一日が動き出す。 そんなOLの富田彰子は、雑踏の中から懐かしい声を耳にした 「富田さん・・・」 振り向くと、スラーッと背の伸びた精悍なマスクの青年が立っていた。 会社に向かう急ぎ道だった彰子は、軽く微笑み会釈をして そのまま改札口へと歩いた。 その青年は町田勇作と言って彰子の初恋の人だった。 勇作はそのまま、何だろう・・と首を傾げる彰子の側を歩いた。 満員電車の中でも、勇作は隣に立っていた 「元気でやってた?」 「うん」 「どこに勤めてるの?」 「本町。町田君は?」 「K大学3回」 「そう」 勇作とは、中学生の時に1度同じクラスになったことがある。 でも、それだけで高校も同じ学校だったが、クラスが違ったために 特に親しくした覚えはなかった。 ただ、彰子はスポーツ万能の勇作に、ずっと憧れていた覚えがある。 本町の駅に着くまで30分間、勇作はずっと彰子の隣に立っていた。でも、ほとんど、これと言った会話もしなかった。 あまりにも話をしない時間が長かったせいもあって、 彰子は、もしかしたら・・・と淡い期待をしていた。 10年も前からの憧れの彼が側にいる。そして、 見れば何か思いつめた様子・・・ひょっとして・・・ でも、大事なこと、そう私には半年後に結婚する婚約者が いるのだから・・・ その日は出社まで、まだ少し時間があった。彰子は 「お茶でも・・・どう?」 と、勇作に持ちかけた。 「いや、俺は・・・」 「そう、じゃ、会社あるから・・・」「ちょっと・・・」 「何?」 勇作は、重い口で 「結婚する人とかいるの?」 「そんなのいない・・・」 頬を赤らめた彰子は、咄嗟に答えていた。 どうして、そんな嘘を言ったのだろうか・・・ 「そう・・じゃあ」 と言うと勇作は嬉しそうに走って行った。 それから、何日か過ぎた朝も、 同じように勇作は突然現れてバス通りから 本町まで、彰子といっしょだった。 本町に着くまでの30分間、彰子は、 だんだん不安になってきた。 もし、勇作と肩を並べている所を 婚約者に見られたら、どうしよう。 きっと、誤解するだろう・・・ 本町に着くと、勇作が口を開いた 「あの・・よかったら、喫茶店にでも」 「困るの・・・」 「ええ?この前、俺、お金なかったから 今日は、持ってきたんだ・・30分だけ」 「いや」 拒む彰子に、勇作は両手を合わせ拝むように 「じゃ、10分だけ」 彰子はムッとして 「いやよ・・帰って」 勇作、少し迷って 「・・ずっと好きだったから それだけ言いたかっただけ・・」 好きだった・・・の言葉に彰子は、 全身が熱くなって気が狂いそうになった 「迷惑よ。私には婚約者がいるんだから」 と吐き捨てると逃げるように走った。 数メートル走った彰子を追うように背後から勇作の声がした 「富田さん・・・」 彰子は、立ち止まり振り返った。 立ちすくむ勇作は必死に笑顔を作り 「ごめん・・・幸せにな」 とだけ言い残し、少し背中を丸めて去って行った。 そんな勇作の背中を見つめながら彰子は、 惨めで寂しそうだけれど素敵な背中だと思った・・・
2006.08.23
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96才「私の人生、これからどうなるの」が口癖の母キクの面倒を見るのに、ホトホト疲れた娘の寿子は今年で73才になる。元気自慢の寿子も、この最近、遠出をする時は杖が欲しくなった。「情けない…」いつまで面倒見させるつもりかと、憎しみが湧いてくる。考えてはいけないことだが、早く死んでほしいと正直思うことがある。とくに、この1年は夫も入退院を繰り返しているので、二重苦だ。それでも、寿子は気を取り直して、頑張っている。「なんやかんや言うても私を育ててくれたお母さんや」そう言う寿子は、村はずれの町の共同霊園まで来ると思い出すことがある…もう60年も65年も前のことだ。その頃、子供たちの間で、こんな迷信があった。お墓の前を通るとき、手をグーにして親指を隠さないと、親が死んでしまう。何の根拠もないが、当時の子供たちは真面目に信じていた。寿子は、学校の行き帰りに必ず、その道を通った。その度に、必ず親指を隠して「お父さんとお母さんが無事長生きしてくれますように」と呟いたのだった。ある日だった。同じ方向に帰る友達と鬼ごっこしながら家に帰ったことがあった。その時、鬼になって夢中に追いかけていた寿子は、いつの間に共同霊園を通りすぎていた。「ああ…お父さんとお母さんが死んじゃったらどうしよう。私、どこかに売られてしまうのかな…ああ、神様、お父さんとお母さんを助けてください」何度も何度も必死に手を合わせたものだった…「なあ、寿子ちゃんや、敬老会な、いっしょに行こうな」キクと二人して、町が催す敬老の日のイベントに行くようになって3年になる。年を取れば取るほど、子供のようになって行くような母キクを見ながら、やっぱり、「まだまだ生きてほしい」と思う寿子だった。
2006.08.23
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小指にキスして すぐに帰るには早すぎる。どこかへ行くにしても 中途半端だ。そんな時間を過ごすとき、貴志は いつも駅裏の映画館で1本だけB級映画を見てから帰った。孤独な若いサラリーマンのできる小さな贅沢だ。 夜、9時過ぎだったろうか。映画1本を見終えて帰る道に古びたダンススクールがあった。いつもは何気なく通り過ぎる貴志の足を止めたのは軽快な タップのりズムだった。流れていた曲は 中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」。 貴志が、ドアの隙間から見たものは ピンクのワンピースの女の子が踊る様子だった。 「あんな女の子とダンスできたらな」 貴志は思った。 「たしか、あれはジルバって言うんだな」 ダンスなんて学生時代のフォークダンスしか 知らない貴志にもジルバという名前だけは分かった。 当時、中高年の間では静かなダンスブームで 教育テレビでも週に1回ダンス教室をやっていた。 貴志は、そんな番組を見ながら、少しずつ夢を 膨らませて行った。 「ダンススクール生募集」 そんな広告をミニコミ誌のカルチャースクールの 欄に見つけたのも、その直後だった。 募集していたのは、あのダンススクール。 貴志は勇気を振り絞って電話してみた。 「とりあえず、一度来てください」 と先生に言われたのがきっかけで、貴志は週に2回ダンススクール に通い始めた。 あの女の子は、清美と言う名前で、貴志より 1歳年上の23歳だった。 貴志がスクールに通い始めた日から 1ヶ月すぎた頃、やっと貴志は清美と 踊る機会があった。 しかし、あまりにも速い清美のステップには、 付いて行けなかった。それもそのはずで 清美は、全国大会で上位入賞するような スクールの看板娘だった。 貴志は何とか清美とダンスしたい一心で 会社の休み時間もステップの練習をするようになった。 「いつかジルバを踊る。 俺の手の中で清美さんがクルクル回る・・・」 貴志はスクールの先生がビックリするくらい上達して、 「これなら、清美さんとペアで踊れそうだ」 と自信を持ち始めた頃だった・・・ 清美はダンススクールから帰る途中に 交通事故に遭う。幸い命は助かったが 車椅子か松葉杖がなければ動けない。 ダンスは一生踊れなくなった。 貴志は病院に清美を見舞った。 清美は車椅子に乗って、ひとり病院の屋上にいた。 「あなたは、ダンスする私に興味があったんでしょ」 清美の放つ言葉は投げやりだった。 「いや、違うと思う」 貴志は、言葉を探していた。でも、見つからない。 「だったら、何よ」 「役に立ちたくて」 「この足を治してくれるの?」 「それはできないけれど・・・」 「だったら帰ってよ。帰ってよ・・・帰ってたら・・・ こんな足の悪い女の子なんか放って・・・」 狂ったように叫ぶ清美を制して 「うまく言えないけれど・・・こうなんだ」 何を思ったのか、貴志は跪き両手をついて 清美の傷ついた足の小指にキスをした。 それからだ。 踊れないはずの清美が貴志の手の中で回り始めたのは。
2006.08.22
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ジェームズジェームズが香奈恵の通う片田舎の女子校に来たのは、去年の10月1日だった。第一印象は映画タイタニックのレオナルド・デカプリオに似た感じの二枚目だった。彼はアメリカのボストンの大学で日本語を学んでいた。この1年間、香奈恵たちの女子校では、英語臨時講師として週に1回授業を受け持っていた。「最初の2ヶ月は、全然、ここの言葉が、わかりませんでした」アメリカの大学で3年間勉強した日本語は、本を読む時は役に立ったらしいが、この学校や下宿先のある町では全然役に立たなかったらしい。「アメリカでのテキストは何だったの?」とジェームズに訊くと、「NHKのショートストーリーでした」「ショートストーリー?」よく訊いてみると、朝のテレビ小説がジェームズのテキストだった。ジェームズの授業は、テキストを使わずにジェームズの子供の頃の想い出話やボストンでの大学生活のことを話すことだった。いつだったか、制服の話になった。「アメリカの高校は、制服のない学校が多いです。本当はあるかもしれませんが、学生の自主性に任せているのでしょう。でも、日本の女子校生の多くのスカートは感心しませんね。はいてないのと同じです」つまり、日本の女子高生のスカートは短すぎると言いたかったそうだ。日本にいるのも、残りわずかと迫った9月の始業式の日、ジェームズは全校生徒の前に立った。お別れの挨拶の為だ。校長先生が、ジェームズのことを冗談ぽく語った、「ジェームズ君が、一年前に来た時、私はハッキリ言って心配でした。こんなにハンサムな青年だから、きっと、女性問題を起こすに違いないと思ったのです。でも、ジェームズ君は、意志の強い人でした。雨あられと飛んでくる文法の間違ったラブレターや、女生徒や若い女性教師?の熱い視線を乗り越えて、無事、所定の単位を取得されました」続いてジェームズが、「みなさん、お世話になりました。でも、日本語教師の試験に落ちたら戻って来ますので、その時はよろしく」と言うと、全校生徒が大笑いで、「落ちたらいいのにね」と言葉を交わした。みんな本当にジェームズが落第することを祈ってるような気がした。実は、香奈恵はジェームズにラブレターを送った。ファンレターと言った方がいいかもしれない。ラブレターの返事は3日後に来た。大喜びで、封を開けると、真っ赤に添削された香奈恵の書いたラブレターが入っていた。
2006.08.22
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初めて描いたものを覚えていますか 大掃除をしていたら、 3歳の頃に描いた絵が出てきました。 子供の頃のアルバムにはさんであったのです。 クレヨンで描いたもので あまりにもヘタで、 さっぱり分からないので 母に聞くと 「それは電車やわ。 あんたが生まれて初めて描いたものやから 覚えてるわ」 私は、もちろん全く覚えていないことでしたので 感動感動そして、もう一度ながめて感動してしまいました。 絵を描くのが好きな人。 詩を書くのが好きな人 日記を書く人 仕事で仕方なく書く人 最近はワープロやパソコンも できて、今まで書けなかったことも 簡単に書けるようになりました。 そのせいか、書けることの有難さを 人は忘れてしまっているような気がします。 世界中を見まわしても 字を読めない人書けない人は まだまだたくさんいます。 大昔から、いろんなものが描かれ 今の時代に伝えられてきました。 そんな知恵が、 まだ何も知らない幼い子供にも 伝えられているのです。 書くこと描くことは 神様が私たち人間にくれた素晴らしい贈り物です。 初めて描いたものを覚えていますか
2006.08.21
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パワーの原点S地区少年サッカー大会決勝戦だった。「健ちゃん、頑張って」健司の耳に響くのは、スタンドから聞こえる裕子の声だけだった…健司のガールフレンドの裕子は眼の難病で、一刻も早く手術をするように両親や担当医から説得されていた。健司は、そんな裕子と試合前にこんな会話を交わしていた、「なあ、手術しろよ。治るって先生が言ってるんだろ」「でも、失敗したら、目が見えなくなるって」「放っておいても何年か先は見えなくなるんだろ?若い間に手術しないと手遅れになるんだろ、だったら…」「分かってるけど、見えなくなるのが怖くて、勇気が出なくて」「分かった。今日の試合見てろ」「ええ、健ちゃん、出るの?駄目よ、先生も辞めなさいって、包帯グルグル巻きじゃないの」「見てろって」…相手は強敵だった。サッカーのプロを目指す選手ばかりだった。それに対して、健司のチームは、FW久夫とゴールキーパーの健司、DFの徹以外は、普段は野球や陸上をやっている連中ばかりだった。決勝戦まで進めたのはFW久夫の超人的なプレーとゴールキーパー健司の命がけのセーブがあったからだ。その日も、ゴールキーパー健司は、何度もナイスセーブを見せた。1-0。試合も終盤のロスタイムだった。FW久夫が相手チームの厳しいマークを交わして決めた虎の子の1点を守る展開だ。ゴールを必死に守る健司の前でDFをやっていた徹は、試合開始からハラハラしどおしだった。3日前の準決勝で、ゴールに激突して頭に包帯を巻いていた健司は、手首の腱鞘炎、足首は打撲とねんざで試合前まで、まともに歩けない状態だった。それが試合になると、健司は頭の包帯もはずして、何事もなかったようにグランドに駆けていき、右へ左へ横っ飛びして相手のシュートをことごとくセーブした。圧巻は、ゲーム終了間際、DFの徹が抜かれた時だった。相手はプロのスカウトが注目していたNだった。Nと健司は一対一になった。誰もが同点を覚悟した瞬間だった。その最大のピンチに健司の耳には、「健ちゃん、頑張って」の裕子の声が飛び込んできた。「コンニャロー」健司はゴール前からNに向かって突進した。ちょうどゴールエリアの中間あたりで、健司はボールに飛びついた。Nは健司をかわしてシュートしようとした。健司は一瞬早くボールをキャッチした。代わりに健司の額にNの足がかすめた。ボールに抱きついたまま、もんどり打って倒れた健司だった。この直後、ホイッスルが鳴って、ゲームは終わった。悔しさをにじませたNは、「こんな無茶するド素人とはやってられないよ」と捨てゼリフを吐いて走り去った。すぐに駆けつけた徹は、「おまえの根性には、まいるぞ」と、あきれ顔で健司に言った。久夫も他のチームメイトも駆けてきた、「大丈夫か」ヨロヨロと立ち上がった健司の額から一筋の鮮血が流れ落ちた。それでも笑顔の健司にみんなも笑顔で答えた。「ヤッター優勝や」久夫も徹もみんなも絶叫した。健司も、「ヤッター」喚起に沸き返るイレブンの輪の中で、流れる血を拭おうともせずボールを両手で頭の上に持ち上げる健司の目は、スタンドで涙を拭っている裕子をしっかりと見つめていた。
2006.08.21
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夏の終わりのマフラーもうかなり前になる。中学3年生だった妹の英子が、まだ9月初旬というのにマフラーを編んでいた。陸上部の練習から帰ってきた高校2年生の私が、扇風機で汗を乾かしながら、「おい、まだ暑いぞ」と言うと、跳ねっ返りの妹は、「寒くなってからでは遅いでしょ」と鋭く反撃した。どうやら男物らしいと感づいた私が、「誰に編んでるんや」と訊くと、妹は、恥ずかしそうに、「そいつ、兄ちゃんに似てるんや」と言った。私は、いつの間にか色気づいていた妹に気づいて、それ以上、深入りはしなかった。数日後、同じようにクラブの練習から私が帰ってくると、妹は完成したマフラーをジッと見つめながらシクシク泣いていた。妹は、マフラーを見つめたまま、「あかんかったんや」とポツリと言った。「そうか」と私が妹に背を向けながら答えると、妹は、「やっぱり、そいつ、兄ちゃんには似てなかった」と言った。
2006.08.21
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初恋の人はキャベツ姫 たしか、小学校6年生か5年生の頃です。 ケンジとトオルは、家から自転車で 10分ほど走った河原で遊んでいました。 二人は河原にあった古い木で作った船を見つけました。 その船に乗って、川に乗り出しました。 「エッサ、ホイサ」 と船頭さんになった気分で乗り出しました。 川の流れに乗った時の気分の良いこと。 二人は、病みつきになって暇さえあれば その船で遊んでいました。 そんな船遊びを始めて1ヶ月くらい過ぎた頃だったと思います。 ちょうど、二人が船を乗り出して行く沿いに キャベツ畑がありました。 そこで、お爺さんと女の子がキャベツの収穫をしていました。 まず、女の子が二人に気づきました 「その船、お爺ちゃんのよ」 続いて、お爺さんが顔を上げました 「こら、どこのガキじゃ」 船に乗るケンジとトオルは、しこたま怒られました。 そんなケンジとトオルの様子を、ニコニコしながら その女の子は見ていました。 それから、1年か2年後になると思います。 ケンジもトオルも中学生になりました。 ケンジは12組、トオルは3組でした。 始業式の日、教室に入るとケンジはビックリしました。 忘れもしないキャベツ畑の女の子が、 すぐ後ろの席に座っていたからです。 その話は、すぐに3組のトオルにも伝えました。 トオルも驚いて 「ええ、あのキャベツ畑の・・・」 ケンジは頷いて 「そう、キャベツ畑の女の子と同じクラスなんだ」 と、不思議そうな顔をしました。 いつの間にか、二人は、その女の子をキャベツ畑にいた 女の子だから、キャベツ姫と呼ぶようになりました。 キャベツ姫は、長い髪を三つ編みにした女の子でした。 どちらかと言えば、色白でキャベツと言うよりは 桃のような顔立ちをしていました。 ケンジは、あの船の一件を憶えているかどうか聞くに 聞けずにいるうちに、何となくキャベツ姫が気になるように なってきたのです。キャベツ姫に声をかけられると 頬が熱くなり、心臓がドキドキすることもありました。 そうです、キャベツ姫こそケンジの初恋の人なのです。
2006.08.20
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震える杯行きつけの寿司屋にまだ20にもならないのに、しっかり者の良治という青年がいた。酒を飲ませると、しみじみと身の上話をしてくれた。彼は3年ほど前まで、商業高校に通っていたそうだ…「父さん、また仕事辞めてきたのかよ」良治は、せっかく見つけて仕事を二日で辞めて帰ってきた父に呆れかえっていた。良治の家族は、父と母、そして、祖父と祖母、高2の良治を頭に5人の兄弟がいる。良治の父は、良治が物心ついた頃からまともに働いたことがない。もうかれこれ50も過ぎたというのに、いまだに定職がない。それで、一家の生活はというと、役場を定年まで勤めた祖父の年金と母のパートで何とか賄っていた。「俺が働かなくてもいいように5人も子供作ったんだ。それなのに勉強できない子ばっかりで。俺は夢も希望もない。この恩知らずめ」父はそう言って、良治を睨みつけた。かなり酒を飲んでるようだった。「なんだって、父さん、俺らは父さんの為に生きてるんじゃない。自分の為に生きてるんだ。バカ言うなよ。自分が仕事しないことを棚にあげて常識はずれのことを言うな」「何、おまえ、親に逆らう気か、この野郎」父は良治めがけて一升瓶を投げつけた。瓶が良治の眉間をかすめた。良治の額から鮮血が流れた。「何、するんだ。俺を殺す気か」良治と父は取っ組み合いの喧嘩になった。が、喧嘩になどなりはしない。一瞬にして、良治は父を押さえつけてしまった。「くそー、殺せ、殺せ」父が叫んでいるところに、ガラッと戸が開いて、黒っぽい背広を着た男二人が入ってきた。父は、その二人を見た途端、震えて小さくなった。「申し訳ない、まだ、できてないんだ。申し訳ない」「そう言われても困りますよ。この前も、そんなこと言ってたじゃないですか?働きに出るって言ったから待ってましたのに。真っ昼間から家にいたんじゃねえ」父は遊ぶ金欲しさに、高利貸しから金を借りていたのだった。頭を床にこすりつけるようにして項垂れているばかりの父に良治は駆け寄った。「父さん、頭あげろよ…俺が高校辞めて働くから…」父は、泣きそうな顔で良治を見た、「すまない、父さんが弱いばっかりに」「いいんだよ。俺、頑張るから…」…「父ですか?それからすぐに死にました。彼女に会わせたかったなあ…気は弱かったけど、男前でしたから…ガンだったんです。ほんとは、俺達に食わせてもらう気なんかなかったんですよ。そう信じたいですよ。俺のオヤジですから…」と話す良治の杯を持つ手が震えていた。
2006.08.20
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シクラメン 卓也には、花屋さんに並ぶ真っ赤なシクラメンを 見ると思い出す人がいる。シクラメンの咲く初冬の話である。 千里は、高校2年生で17の女の子というのに 「まだ、始まってないんじゃないか」 と口の悪い男子生徒に陰口を叩かれるような 小学生でも通りそうな幼い感じのする女の子だった。 体育の時間前、更衣室で着替えている2年B組の男子たちは、 「千里に誰かがアタックしたら、 千里もちょっとは女子高校生らしくなるかもな」 と、言ってた時、突然、 「おもしろそうやんけ、俺が、やったろうか」 と卓也が雄叫びをあげた。 卓也は、最近、つきあっていた女の子とうまくいかなく なったようで、妙にいきり立っていた。 卓也は、その夜、悪友二人がニタニタ見守る中、 千里の家に電話した。電話には、お母さんが出た 「もしもし」 「千里さん、お願いします」 「何の御用ですか」 「ああ、学園祭の打ち合わせで」 ガードの堅いお母さんの壁を超える常套手段だった。 1ヶ月以上も前に学園祭が終わっていたのに 千里が出た。 「何?」 「あんな、おまえと付き合いたいってヤツがいるんや」 「だれ?」 「俺なんや」 「うん」 千里は、少し考えてる様子だった。 「どうする?」 「ちょっと、いいなあって思う人がいるから」 「わかった。わざわざ悪かったなあ」 「ごめんねえ」 卓也は、あっけなく振られた。 ニヤニヤ笑う悪友達に失恋の傷を癒されながら 「まあいいか」と思う卓也だった。 そんな出来事も忘れかかっていたクリスマスイブの終業式、 卓也のところに、となりのクラスのKという女の子から 呼び出しがあった。 「ちょっと、来てくれへん」 卓也は校舎の裏に案内された。 そこには千里が待っていた。 千里は何も言わず、 その代りに「私、千里の親友なの」と言うKが話した 「千里ったら、高2にもなると言うのに 男の子とデートしたこともないって言うの。 千里は、自分で何にも決められへん子やの 今日はイブなんやしデートしてみたらどうかと思って」 「それで、わざわざ俺を呼んだわけか」 「そういうこと。あんたの電話の返事も お母さんに聞いて決めたそうよ」 「ほんとうに?」 卓也が確認するように千里の方を見ると 千里は、下向きかげんで頷いた。 「良かったら・・・駅前の花屋の前で待ってるから。 あした10時なあ。気が進まなかったら、来なくてもいい」 何と言えばいいか分からない卓也は、そう言って二人と別れた。 翌日、卓也は今では20階建てのビルになっている 古い木造の駅舎の近くの花屋の前で待っていた。 「来てくれれば、儲けもの」 そう呟きながら、卓也は、約束の時間になっても なかなか現れない千里をジャンパーのポケットに手を入れて 寒さしのぎに足踏みしながら待っていた。 ふと、腕時計を見ると10時30分になっていた。 花屋の奥さんが、いやそうな顔をしている。 「ふられたかな」 居づらくなった卓也は、花屋の店の前を覗いて 「この赤い可愛い花、何?」 と、取って付けたように聞いた。 花屋の奥さんは、クリスマスで忙しいらしく そわそわしながら 「シクラメン」 「へえ、これがシクラメンか」 「あんた、知らんかったの?そんなら シクラメンの花ことばも知らへんなあ?」 「知らへんけど」 「”はにかみ”とか”内気”って言うんよ。 道理で気が付かへんわけや。 あの、柱の影の女の子と違うの? 待ってる人・・・」 花屋の奥さんの言われるまま卓也が駅の柱の影を見ると 白いオーバーを着た千里がうつむきかげんで 隠れるように立っていた。
2006.08.19
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秋風通勤客でごったがえす駅のホームに立っているのに、康夫には何も聞こえなかった。康夫の頭の中にあるのは、もうすぐホームに滑り込んでくる電車の音だけだった。「とにかく疲れた…」康夫は仕事にも家庭にも疲れていた。とうとう運命の時がやってきた。電車の一両目が、数メートル手前にある。康夫は陶酔したように前のめりに線路に倒れようとした。その時、電車が止まった。「あれ?」康夫が周りを見回すと、すべてが止まっていた。片足をあげたまま止まっている駅員。新聞を広げたままのサラリーマン風の男。携帯電話でメールを送ろうとして指を止めたままの女子高生。ベンチに座ってコンパクトを見ながら口紅の先を唇につけたままのOL…すべてが止まっていた。「どうしたんだ?」そう康夫が思った途端、カバンの中の携帯電話が鳴った。「誰からだろう?」電話に出るのを戸惑っている康夫に声がかかった。「出ろよ」「だれだ?」「どこ向いてるんだ?ここだ」「ええ」「線路、線路だよ」康夫が線路を見ると、線路に顔があった。線路は勝ち誇ったように喋った、「やっと分かったか…おまえ、今、死のうとしただろう」「それがどうした」「やめておけ。俺のようになるぞ。自慢じゃないが、俺は10年前にこのホーム、そう、おまえの立ってる位置から急行電車に飛び込んで死んだ男だ」「その人がどうして線路なんかに」「天国に行ったら、そんなに線路が好きなら、希望を叶えてやると神様に言われて、この通りだ。おまえが、そこから飛び降りたら、ひょっとしたら、お前も俺のようになるんじゃないかって心配してね」「それで、声かけてくれたのか。親切にありがとう」「まあ、とにかく電話に出ろよ」「ああ」電話に出ると、妻だった。「あなた、今日はカレーライス。あなたの好きな豚肉で作るわ。早く帰ってきてね」「その為に、わざわざ…」「うん、なんとなく電話したくなって、じゃあね」電話を切ると、電車が動きだした。線路の顔もなくなっていた。康夫の前に電車が停まった。そして、ドアが開き中から次から次へと人が降りてきた。康夫はいつものように電車に乗り込もうと足を出した。その時、康夫の身体を風が撫でるように通り過ぎた。康夫は、涼しい心地よい風だと思った。秋風だった。
2006.08.19
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書評「うちにかえったガラコ」最近、頭が固くなったことに気づいていない彼や、はたまた、可愛げがなくなったことに気づいていない彼女に読ませたい本である。この本のジャンルは、おそらく童話に属するであろう。しかし、嘗めてはいけない。読んでみて作者の無類の遊び心から発する奥の深さに、彼も彼女も腰を抜かすであろう。当然のごとく、この本の神髄を理解するには最低でも日を変えて3回は精読することをお勧めする。そのたびに、思わず膝を叩くことや笑みをもらすことがなければ、その読者はすこぶる頭が固いと自覚すべきである。
2006.08.18
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若返った私「私どもの町内が体力測定の指定地区に選ばれました…」自治会長さんから連絡をもらった靖代と圭治の夫婦は、日曜日というのに早起きして、小学校の体育館に行った。日頃身体を鍛えている圭治は、自分の若さを誇示できるとあって自信満々の表情だ。それに引き替え靖代は、あんまり気が進まない。「まだまだ、35だし若い若い…」と思っていたのだが、先日、家風呂が故障して数年ぶりに銭湯に行ってから、どうも元気がない。というのも、その日は、たまたま近くの高校の女子サッカーチームが団体で来ていたのだ。最初は、何げなく湯船に浸かっていた靖代だが、湯船からあがった瞬間、愕然とした。「ああ…私の萎んでる…」両隣で身体を洗っている女の子たちのオッパイと比べて我がオッパイの頼りなさと言ったら悲しいやら悔しいやら、最近、圭治が相手にしてくれないのも分かるような気がするわ…その日から、靖代はすこぶる元気をなくしていたのだ。案の上、最初は大の苦手の腹筋だった。1分間に何回できるか?圭治に足を押さえてもらって、ヨーと大きな声で勢い込んだが、上がらない。「ああ、だめ」あっちこっちから笑われてしまった。さすがに0回は靖代だけだった。最悪なのは、圭治の発言だ、「腹に肉がついたからだな」と笑ったのだ。声にはならなかったが、…もう愛してないのね…と叫びたかった。反復横飛びでは、足がよろついた。握力は小学生なみだ。唯一、前屈は良く曲がったが、幅跳びは、1メートルしか飛べなかった。最悪なのは、急歩…「走らずに早く歩いてください」と記録係の人の合図で1キロ歩いた。なんと、下から二番目から100メートル遅れて最下位だった。何から何までダントツ一番圭治とは大違いだ。「夫婦だのに、大違いだな」自治会長さんは、大笑いだ。もう最悪の一日だった靖代だが、たった一つ最後に良いことがあった。「私って最低ね」と泣きそうに靖代が圭治に言うと、「そうでもないよ。汗かくと、靖代は若返ったっみたいだしね」と帰り際に圭治が優しく囁いてくれたのだ。
2006.08.18
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今度会ったら ジュンコがタカシにふられたのは3年前だった。たしか、クリスマスのほんの少し前だった。 街のどこを歩いても、キラキラして楽しそうな カップルばかりで、ジュンコは 「自分だけ失恋してバッカみたい」 と思っていた。 そのころから、ジュンコは今度タカシに会ったら、 何て言ってやろうかと考え続けてきた 「よー、元気」 ってバカに明るく笑って会うってのは、 意外性があっていいかな。 「こんにちわ」 って真面目に挨拶する方が、自然ではないか。 「・・・・・」 何も言わず、ジーッと見つめるだけってのも 怨念がこもっていいかも。 しかし結局は、どれもこれも、ジュンコはタカシの リアクションばかりを考えていたに過ぎなかった。 だから、そんな自分が可哀想だから、ジュンコは この3年で3人の男と付き合った。 おかげで、酒も覚えたし、 嘘もうまくなったし、 何よりも化粧がうまくなって 「キレイになったね」 と、冷やかされるようになって、 ちょっぴり自信もできてきた。 だからだから、最近は ・・・私、変わった? ・・・キレイになったんでビックリしたよ。 ・・・ふったのを後悔した? ・・・まあね。 こんな会話を交わせれば、なんて想像していた。 そんなジュンコが、久しぶりにタカシに会ったのは やっぱりクリスマス気分一色の街だった。 雑踏の中で、ふたりの視線が重なった。 タカシはすぐに視線をそらし、 ジュンコはうつむくだけで、 結局、何も言えなかった・・・・・
2006.08.17
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世界一の店長売り上げ不振の老舗デパートの支店にやってきた新しい店長松井は、やり手で有名だ。今まで担当した店舗すべての売り上げを上げてきた。だから、社長だって彼には何も言わない。これは、あくまでも噂だが、数年前、松井は、次期社長にならないかと社長に誘われて断ったそうだ。「社長には社長の器。店長には店長の器があります」が断った理由だそうだ。その噂と平行して、松井は「世界一の店長」と呼ばれるようになった。その松井が、今回担当した売り上げ不振店舗をどうやって建て直したか。まずは、各階のフロア長を入れ替えた。適材適所に配置したそうだ。どの階のフロア長も、他の幹部たちは何も言わずに承諾した。しかし、6階だけは全員が首をひねった。松井は、入社2年目の22才の美香をフロア長にしたのだ。社長も、その話を聞いてビックリして松井に電話してきた。でも、半分笑っているようだった。「おいおい、重役たちがブーブー言ってるぞ。創業300年の我が社で、22才のフロア長は初めてだ。しかも短大卒で2年目。今までの最年少のフロア長は30才だった。誰か知ってるかね?」「いえ」「君じゃよ。25年前に私が決めた。あの時も反対が多かったぞ。あの頃、フロア長は、社歴15年という内規があったからな」「ハッハハ…とにかく、任せてください」松井は笑って電話を切った。社長も、たぶん、松井に任せておけば大丈夫と思ったのだろう。笑いながら電話を切った。しかし、誰よりもフロア長就任にビックリしたのは、美香だったろう。石を投げれば一流大学出のエリートに当たる、このデパートでは少数派の短大出の腰掛け?族の美香がフロア長なのだ。フロア長と言えば、将来の店長候補だ。店長と言えば、重役なのだ。しかも、史上最年少で、部下は1名の新入社員を除けば、55才の筆頭に20数名全員年上だ。パート社員を入れれば30名の部下が美香にできたのだ。6階は、おもちゃ・書籍・文具売場である。早速、就任早々、美香に仕事が回って来た。何でも、おもちゃ売場で、2才くらいの男の子を連れたご婦人が怒り狂っているというのだ。美香が飛んで行くと、「フロアの責任者を呼びなさい」とご婦人は大きな声で連呼している。となりで、男の子が「ない、ない」と言いながら泣いている。ご婦人は、美香が責任者だと知ると、鼻で笑った。「ふん、あなたが責任者」「はい、何かありましたでしょうか」美香は、顔色を変えずに答えた。でも、心臓はドキドキだ。「何かもクソもないわよ。私はね。この店の6階にBRIOの機関車トーマスがあるって電話で聞いたから、新幹線でわざわざ、この子と一緒に来たのに。1台もないじゃないの」…数日後、松井のところに社長から電話があった。「あの6階のフロア長のことだが…」「あの件ですか、あれは任せてくださいって」「いや、違うんだよ。彼女宛に礼状来てたのでね。何でも、製造中止になった玩具の機関車を買いにきたご婦人だそうだ。最初は、電話で確かめて1時間も新幹線に乗ってきたのになかったので怒ったそうだ。たぶん、店員の間違いだろうな。その時は、そのまま帰ったそうだが、家に帰るとフロア長から電話があって、日本中の名のあるデパート全部に電話して、その玩具の機関車がある所を探してリストアップし、取り寄せる段取りをしたそうだ。その上、このクリスマスに新しくライセンスを取得した別のメーカーから新製品が出ることまで調べたそうだ。ご婦人は、ここまでしてくれる人はいないと言って大変感謝しておられたよ」「そりゃ凄い」松井もビックリしたようで笑いながら手を叩いた。「ところで、松井君、彼女を選んだ理由は何だね。参考に教えてくれよ」「いえ、特にないんですが、彼女は、ポーカーフェイスなんですよ。客が怒ると一緒になって慌てる店員ばかりで、そんなんじゃ、お客様は余計に心配になってしまう。そこで、顔色を変えないのを探したら、6階では、彼女だったんですよ」…その年、松井の担当した店舗は開店以来最高の売り上げを記録した。
2006.08.17
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史上最低のチーム重雄はF高校の野球部監督になって5年になる。重雄は、F高校が、10年前、甲子園に初出場した時のキャッチャーだった。栄光の経験を買われて、監督になった重雄だが一度も甲子園の土を踏んでいない。重雄が監督になってからの5年間は3回戦負けの連続だ。それどころか、今度のチームは予選一回戦突破も危ういガラクタチームだ。ある有力校に練習試合の申し入れをすると、「F校さん、10年前なら、いざ知らずおたくと戦っている時間はないですよ」と軽くあしらわれた。低迷しているのは重々承知している重雄だがここまで言われると、悔し涙がこぼれた。「おまえら、史上最低だぞ・・・」部員30名を前にした重雄は、練習試合を断られた経緯を話した。涙をポロポロこぼしている重雄と裏腹に選手たちはニコニコしていた。こんなわけで、身の入った練習試合もできずに予選が始まった。たった一人しかいないピッチャー健太は、何を思い立ったのか、「いやあ、監督に借りた巨人の星のビデオ感激しました・・・」と一週間前に下手投げにホームを変えたばかりだ。ところが、そのホームが健太の性に合っていたようで、信じられないくらいコントロールもスピードも良くなった。そればかりか、打線も好調で打ちまくる。守備のエラーは玉にキズだが、一回戦は圧勝。奇跡だと思った重雄は、「おまえら、史上最低だぞ・・・次は負ける」と怒鳴った。選手はやっぱりニコニコしていた。次も圧勝。「おまえらなんか、史上最低だあ~」と言えば言うほど、F校野球部は強くなり、とうとう決勝戦までやって来た。相手は練習試合を断った例の高校だった。なんと、この試合も優勢だった。最終回、さすがの健太も連戦の疲れで目に見えて球威が落ちた。大ピンチ・・・もう一本ヒットを打たれれば、敗戦だ。二回目の甲子園出場も夢に終わる。重雄は控え選手を伝令に送った。アドバイスは、「おまえらは史上最低!」伝令を聞いた選手たちはエース健太を囲んで、監督にニコニコ笑顔を返した。見事、ピンチを切り抜け甲子園出場したF校は、甲子園で3回戦ったが、まだ負けていない・・・※この話はフィクションですよ。白熱!!夏の甲子園は明日から準々決勝ですね。
2006.08.16
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メモ(夢のような話、でも、ほとんど実話なんです) 大金持ちの一人娘に生まれて何不自由ない生活を 送ってきた牧子だが、交通事故で両親が亡くなってから、 運命が坂道をコロコロ転がった。 お金があっても、信じる人がいない辛さを身に染みて感じていた。 その上、お金に困っている親戚の保証人になってしまい 生まれ育った屋敷も、人手に渡ろうとしている。 もう、牧子には何にもないのだ。 そんな牧子の前に現れたのが、佐久間という劇団の俳優だった。 この劇団には、毎年、牧子の父が寄付をしていたので、 牧子も公演には必ず招待されていた。 ほとんど出番のない佐久間はいつも会場係をやっていて、 「お荷物お持ちします」 と駅まで迎えに来てくれた。 そんな縁で、牧子と佐久間は少しずつ話をするようになった。 この男25歳なのだが、俳優と言ってもセリフのない端役ばかりで アルバイトをしながら、何とか食いつないでいた。 冷たい世界で、一人生きている牧子にとって、 苦しい生活の中でも、ひたむきに頑張る佐久間は気になる存在だった。 「牧子さんは、いつも寂しそうですね」 佐久間は優しい言葉をかけてくれた。 「そうね。何の為に生きているのか分からなくって」 「難しいですね。その問題は。僕も、分からないのは同じです」 「でも、あなたには、劇団があるわ」 「食べられなくても、幸せでしょうか・・」 「幸せよ。純粋に打ち込める物があって。 私なんか、少しばかり裕福に生まれたばかりに 人を疑うことばかり覚えて・・・」 二人は、徐々に打ち解け合って行った。 しかし、牧子は佐久間を100%信じていたわけではなかった。 今まで、牧子に愛を告白した男たちは全て、 牧子の財産が目当てだったからだ。 役者バカの佐久間は、荷物運びであろうが セリフがなかろうが、 死ぬほど好きな演劇に一生携わって行けるなら 他には何もいらないと本気で思っていた。 だから、大金持ちの娘の牧子のことも高嶺の花で、 まさか、まともに話をしてもらえると夢にも思っていなかった。 だから、牧子の苦しい立場など知る由もなかった。 そうこうするうちにも、恋の炎は、だんだん大きくなり、 ある日曜日、繁華街の喫茶店で佐久間は、こんなこと口走った 「牧子さん、僕のような売れない俳優で良ければ あなたの心の支えになりたいと思っています」 「うれしいわ、でも、佐久間さんは、私の本当の 姿を御存知ないのでは?たとえば、あの屋敷も もうすぐ、人手に渡ります。貯金も、ごくわずかです。 こんな私と知って言って下さるのですか」 「え、そんな状態なんですか・・・」 佐久間は、絶句した。なんと、言葉を続けて良いか分からなかった。佐久間は牧子の財産を目当てにして いるわけではない。純粋に牧子を愛してるつもりだった。 しかし、今の彼には生活力などない。 どうしたら・・・佐久間は迷った。 迷っている佐久間を牧子は見逃さなかった。 「やっぱり、あなたも同じね。お金目当てだったのね」 「ち、違うんです・・・」 と佐久間が呼び止めた時には、牧子は背を向けて駆け出していた。 そして、店の外へ飛び出して行った。 佐久間は大慌てで、代金を払って牧子を追った。 佐久間は雑踏の中で見え隠れする牧子の背中を懸命に追ったが、 大きな公園のあたりで佐久間は彼女の姿を見失った。 公園ではロックバンドの野外コンサートが開かれていた。 若い男女が、思い思いの服装でロックのリズムに揺れていた。 その中に佐久間は牧子を見つけた。 佐久間は牧子に駆け寄り、 「違うんです」 と言ったが、ロック演奏と歓声で とても牧子には聞こえない。 それにも増して、牧子は佐久間の話を聞く様子がない。 完全に誤解されている・・・困った佐久間は、 ポケットから、皺クチャの喫茶店のレシートを取り出し、 その裏にメモ書きして牧子に見せた ・・・貧乏でもいいんですか?・・・ 佐久間はメモを書き加えた ・・・愛してます・・・ また牧子に見せた。 やっと、牧子は佐久間に顔を向けた。そして、 メモを差し出す彼の手をそっと握りしめた。
2006.08.16
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時を超えて何百年も昔からあったと言われる集落跡を造成してマンションを建てる計画が持ち上がった。国から派遣されてきた現場責任者の根木は、村長と一緒にザーッと見て回った。「へえ、あなたも根木さんって言うんですか」「ええ、ここの昔からの住民は、みんな根木ですよ」「そうですか、私の育った村も、ここから電車で5つほど向こうなんですが、根木って名前が多いですね」「そうですか?これも何かの縁ですな。地元の住民は基本的に納得してます。条件は、優先的に元住民を住ませて頂くことです。何とか昔ながらの田畑を続けたいでのですが、後継ぎがいなくてお手上げ状態で」そう話していると、墓地が見えてきた。すると、村長は悲しそうに、「あれは、何百年も昔からある私たちの先祖の墓です。この村を開拓した時に犠牲になった人々の墓もあります」「そうですか。これは、このまま残しましょう。これくらいなら、国も県も何も言わないでしょう。国も県も、この土地にマンションを建てて、ベンチャー企業を誘致する方針で一致してます。この町は新しく生まれ変わるのです。多くの犠牲者の皆さんの功績を決して無駄にはしません」根木は目を輝かして、村長と握手を交わした。それから間もなく造成地に何台ものブルドーザーが入り、古ぼけた家々や田畑は次々と整地されて行った。そんなある日、根木は不思議な夢を見た。おそらく、江戸時代かもっと昔のことなのだろう。村の男と女が愛し合い、将来を誓い合っていた。しかし、そこに幕府の使いと言う役人たちがやってきて、町の真ん中に線を引いた。そして、その線から山に向かって住んでいる者は全員、遠く離れた未開の土地に移されることになった。哀れな男と女は引き裂かれた。女は別の土地に移住させられたのだ。女は、別の土地で、はやり病にかかって亡くなった。男は、何とか、女の行方を探そうとしたが、村はずれの街道には常に役人が見張っていて村から出ることもできず、とうとう女の行方を探せずに亡くなったという話だった。ただの夢だと忘れられればいいが、どうも忘れられなかったのは、その夢の男が根木そっくりだったからだ。土地の造成が終わり、マンション建築が始まった。そんな時、この土地に会社を移転したいと応募してきた会社の社長たちが次々に下見にやってきた。その中に、村長の娘美紀もいた。ホームページのデザインをする会社をやっているそうだ。根木は、村長とともにやってきた美紀を見て驚いた。一瞬にして根木の心を奪った美紀という女性は、あの夢の女そっくりだったのだ。
2006.08.16
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白鳥(童話のようなものです~) ヨーロッパの小さな国の王子のアンドリューは、 いつものように2人の家来を連れて森に狩りに出ました。森に入って、しばらく行くと白い鳥を目にした アンドリューは、とっさに自慢の弓を射ました。 「おみごとでございます。王子様」 家来は手を叩いて誉めました。 アンドリューは、弓が命中した獲物の行方を追いました。 すると、一羽の白鳥が息も絶え絶え 傷ついて木に寄りかかっていました。 「王子様、殺してしまいましょうか?」 家来は言いました。 いつもなら、簡単に殺してしまうアンドリューですが。 なぜか、その白鳥が可哀想に思えたのでしょう 「いや、城に連れて帰ろう」 その白鳥の傷が治ると、アンドリューは森に帰してやりました。 ある日、アンドリューが家来と離れて森で獲物を 追っていると、一人の美しい娘に出会いました。 「おまえは、この森に住んでいるのか」 「はい、あの水車小屋です」 「あの小屋に、人が住んでいるとは・・・」 アンドリューは以前から、森の中に水車小屋のあることは 知っていましたが、かなり古いオンボロで とても人の住めるものでないと思っていました。 いつの間にかアンドリューは、娘と話す内に 催眠術にでもかかったように、水車小屋に導かれました。 アンドリューが通された水車小屋は、 狭いながらも掃除も行き届き 暖かく大変心地よい様子でした。 しばらく話しているうちに アンドリューは、その娘に夢中になってしまいました。 「もう城になど帰りたくはない」 アンドリューは、迎えに来た家来たちも 何度も追い返しました。 家来たちは、 「あんなボロボロな水車小屋にいて 何が楽しいのだろう」 と首を傾げながら帰って行きました。 そんなアンドリューのことを聞いた王様は、 「だらしないヤツだ。アンドリューは、もう勘当だ。 弟のエドワードを跡継ぎにする」 と国中に宣言しました。 それから間もなくの事です。 国の軍隊の司令官が謀反を起こしたのは。 このクーデターで、王様もエドワード王子も 殺されてしまいました。軍の司令官も王様の家来たちに殺されてしまいました。 そんな騒ぎも知らず、水車小屋で娘と 楽しく暮らしていたアンドリューの所へ、 お城の家来たちがやってきました。家来たちは、事の次第を涙ながらに話しました 「・・・・・というわけで、王様もエドワード王子も 殺されてしまいました。城の者も 国民もアンドリュー様のお姿を見れば 安心します。すぐにお帰りください」 この話を聞いて、アンドリューは 娘の事も気になったのですが 「すぐに戻ってくるからな・・・」 と言って家来たちと城に戻りました。 なんとか王様とエドワード王子の葬式も 済ませ、新国王に就任したアンドリューは 「是非、妃に迎えたい娘がいるのじゃ」 と言って、たくさんの家来を従えて 水車小屋に戻って来ました。 しかし、水車小屋には誰もいません。 「私を迎えに来たときにいた娘じゃ 知っておるだろう?」 家来たちに聞いても 「いいえ、王子様は、いつも御一人でした」 と皆一様に答えるのでした。 「そんなはずはない」 と言うアンドリューの号令で、 家来たちは何時間も散々探し回りました。 とうとう精根尽きたアンドリューと 家来たちにヒューヒューという鳥の音が聞こえました。 一同は頭上を見上げました。 すると、一羽の白鳥が大空に大きな円を 描くように飛んでいるのでした。 「あの時の白鳥だ・・・」 アンドリューが、そう呟くと その白鳥は安心したのでしょう・・・ 遠い何処かに飛び去って行きました。
2006.08.15
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夏の終わりに「しまった」夏の終わりにホームページを引っ越すことになりました。そこで、久しぶりにホームページのリンクを張り直していて気づきました。相互リンクしてたのにできていないものがあったのです。尾北秀利君のページです。http://www.geocities.co.jp/MotorCity/9886/秀利君は、脳性麻痺で言葉をうまく発せられないそうです。でも、秀利君のホームページを見ると写真のセンスには少し驚かされます。ところで、この驚きは何でしょう?私は、人間は心や魂の生き物だと思っています。もし、言葉が発せられない人がいても、心や魂で通じ合えれば別の形で会話ができるはずです。そんな方法がきっとあるはずなのです。いわゆるテレパシーもそうですし、絵を描いたり、秀利君のように写真を撮る人もいます。詩や小説だって、もとはと言えば、口でうまく表現できないものを文字の形で表現したものです。だとすると、この驚きは、言葉をうまく発せられない秀利君と会話するための第一歩かもしれない。そう思えてくるのです。私は障害を持っておられる方を手助けするボランティアの本当の意味は、ここにあると考えます。人間は、今ある程度の能力しかないのだろうか?私は、もっともっと凄い力を持っていると思います。一見して、下のレベルに見られがちな障害を持つ方たちが、実はすごい能力を持っているかもしれないのです。人間には、どこかが足らなくなれば、別の何かで補おうとする本能があります。それが生命力です。だとすると、ハンディを抱えておられる方たちには、まだ開発されていない何かを気づかせてくれる力があるはずなのです。もちろん、心と心がリンクしていることが前提となりますが…
2006.08.15
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フジサン8月というのに、秋のように涼しい日だった。今年、60才になる弥之助は、千葉に嫁いだ娘に授かった孫の顔を一目見ようと東京に向かう新幹線こだま号に飛び乗った。もちろん、一つ年上の女房、貞子をともなってだ。少し年輩の二人に気を使ってか?その車両には、弥之助と貞子だけだった。「この車両には、私たちだけですよ」と貞子が前後ろを見回しながら言うと、弥之助は上機嫌に、「静かでいいわい」と言った途端、こだま号は豊橋駅に停車し、ザワザワという雑音とともに団体の旅行者たちが乗り込んできた。弥之助の顔が曇るのも無理はない。つい今し方まで二人きりだった社内は満員となり、理解不可能な言語で充満してしまったのだ。貞子は、団体の手荷物を見て弥之助に話しかけた、「韓国から来た人ですね」「どうも、ワシはキムチは好きになれん」「誰も食べてませんよ」「気分の問題じゃ」そんな二人の会話など関係無しに、韓国から来た観光客の皆さんは、記念撮影をしたり、大声で話しながら酒やビールを酌み交わしたりしていた。少しお年を召した二人でなくても、理解不可能な言語の集中砲火は苦痛だ。弥之助は、すっかり気分を害してしまった。かれこれ1時間ほど経ったろうか。韓国の観光客の皆さんが一斉に窓の外を集中した。お酒を飲んでる人も、記念撮影もやめて、一点集中した。しばらく静寂が続いたので、弥之助も貞子も窓の外を見た。すると、前からも後ろからも、フジサン…フジサン…フジサン…と微笑み合っているではないか。弥之助や貞子の前に座っていた首にカメラを提げた男の子は、「フジサン」と言いながら、弥之助に握手を求めてきた。後ろに座っていた初老の男性は、貞子に握手を求めてきた。いつの間にか、弥之助と貞子は、観光客からコップ酒をもらって…カンパイ…カンパイ…カンパイ…の輪の中に入っていた。そうこうしている内に、こだま号は停まった。新富士の駅で、観光客はみんな降りてしまうのだ。サヨナラ…サヨナラ…サヨナラ…その車両が弥之助と貞子だけになった途端、こだま号はまた走り始めた。「いい連中だったのお」と弥之助が言うと、「ええ、とっても」と貞子は頷いた。
2006.08.15
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ある演奏会(第二次大戦中の話です) もう、25年くらい昔の事になりますが 日曜日になると近所の公園でバイオリンを 奏でていた老夫婦がいました。 この夫婦、普段は、ジュースや缶詰の缶を造る工場で 働いているのですが、お休みの日曜日だけ 夫婦仲良くプチ・コンサートを催すのです。 どの曲も、今も昔も耳にする名曲ばかりでした。 観客は、近所の子供たちとお爺ちゃんお婆ちゃんです。 本日は、この二人から聞いた話なんですよ・・・ 大学生の昭夫と泰子は朝のカフェにいた。 市内に焼け残った数少ないカフェで 夕方に公会堂で開かれる演奏会の打ち合わせをしていた。泰子は今で言うマネージャー。 昭夫は、バイオリン奏者だ。 戦争中のことで、クラッシックの演奏会には 憲兵が監視役で付くことになっていた。 「曲目は、当局の了承を得てありますので 安心して演奏してください」 もんぺ姿の泰子は、笑顔で言った。 一年先輩でカーキ色の国民服姿の昭夫は 「こいつといっしょなら、爆弾が落ちても死なないぞ」 愛用のバイオリンを抱え上げた。 「ほんとに」 「でも、憲兵だけは勘弁して欲しいなあ。 なんかあると、あのピーって笛吹くんだ」 「そうですね。わたしなんか、取り調べだって もんぺ脱がされて調べられました」 「俺なんか、スッポンポンだぞ・・・ どうして、ベートベンやシューベルトが 非国民なんだろう」 「そんなこと言うと、また非国民ですよ」 「そうだな」 ククク・・・ 二人は周りを見回しながら声を殺して笑った。 その時だ。 ウーウー・・・空襲警報が鳴り響いた。 ウーウーウー・・・ 雨のように火の玉(焼夷弾)が降る中、 逃げまどう二人は離ればなれになった。 1時間か2時間か時間の感覚が失われた緊張の時を、 泰子は防空壕の中で過ごした。 空襲が治まったようなので外に出ると 一面の焼け野原だった。 ついさっきまで昭夫と過ごしたカフェは 何処にあったのか、きっと、燃えてしまったのだろう。 泰子は、自分の感覚だけを頼りに公会堂に向かった。 「公会堂に行けば先輩に会える。 でも、公会堂が焼けてたら・・・」 トボトボ焼け野原を泰子は歩いた。 何時間歩いたのだろう。 目の前に公会堂が見えた 「あった」 泰子が公会堂に着いたのは開演1時間前だった。 空襲から数時間なのに、 数少ない心の安らぎ娯楽を求めて どこからともなく人々が集まってきた。 憲兵隊もジープに乗ってやってきた。 楽団の仲間たちも無事やってきた。 しかし、開演時間になっても 昭夫だけはやってこなかった。 他の楽団の仲間は何も言わなかった。 「来ないって事は・・・」 その後の言葉は禁句だった。 昭夫の抜けたまま演奏会が憲兵隊監視の元、開演した。 「本日の演奏会は当局が監視の元に行われる 開演閉会とも時間厳守である・・・」 憲兵隊長のピーという笛が高らかに鳴り響き 極度の緊張の中、演奏は始まった。 時が刻まれ・・・ 最後の曲が終わった。 憲兵隊長は懐から笛を取り出し、 閉会の笛を吹こうとしていた。 楽屋裏から憲兵隊長の背中越しに 演奏を見守っていた泰子は天を仰いだ 「先輩・・・爆弾なんかで死なないって言ってたのに」 涙が頬を伝って流れた。 ガタッ・・・ 後ろで物音がして泰子が振り返った。 殺気だった顔で憲兵隊長も振り返り、銃剣を握り直した 「貴様は・・・」 二人の視線の向こうには 顔中真っ黒で炭のようになった昭夫が バイオリンを抱えて立っていた。 泰子は泣きながら昭夫に駆け寄った 「遅いです。遅いです。もう終わったんです」 昭夫も涙を流しながら 「ゴメン・・・あっちもこっちも火の海で・・・」 涙に暮れる二人を見ながら憲兵隊長は 「次の曲は貴様の番だな・・・泣いてる場合か」 そう言うと顔色を変えずに笛を懐にしまった。
2006.08.14
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ちょっとした勘違いかつてドラマのクライマックスシーンの宝庫だった駅のホームは様変わりした。かつての汽車はゆっくり走り始めるので、人間がホームの端まで追いかけることができた。しかし、今の電車は、すぐにスピードが出るから追いかけることができない。スピードが恋人達の哀感を奪ってしまったのかもしれない。それでも、恋に憧れる乙女の心は、今も変わらず、自分の乗る汽車を懸命に追いかける男の姿に憧れるものだ。長い夏休みが終わり、アイコが、東京の下宿に戻るのは8月の末だった。アイコは、特急電車のデッキまで見送りに来てくれた良太の手にある携帯電話が気になった、「アー良太、いい携帯持ってる、ちょっと貸してね」と良太の携帯電話を手に取って「へえー、いろいろ付いてるんだ」とアイコが機能を試していると、ピピピ・・・特急電車の発車のベルが鳴った。「良太、発車よ」「うん」頷いて電車から降りた良太の目の前でドアが閉まった。「あー、俺の携帯」そう叫んだ良太の声は電車の走り出す音にかき消された。良太の携帯は、相変わらず夢中になっているアイコの手の中にある。電車が動き出した。「おーい、ケイタイ、ケイタイ、ケイタイ…」と叫びながら全速力で走る良太、一瞬のうちに後方に遅れて行った。良太の必死の形相はアイコに何かを伝えたようだった。しかし、アイコに伝わったのは、どこかのドラマで見たようなシーンだった。特急電車の窓越しに手を振るアイコは、自分の手に良太の携帯があることなど、すっかり忘れて、「良太ったら、あんなに必死に走って」と涙ぐんだりしているのだった。ちょっとした勘違いが感動のシーンになってしまったのだ。やがて、ゆっくりと指定席に腰を下ろしたアイコは、やっと自分の手にある良太の携帯電話に気づくのだった。「あら、大変、良太君に知らせなくちゃ」そう言ってアイコは慌てて自分の電話を取り出し良太の電話番号を押した。すると、当たり前のことだが、手元にある良太の携帯電話が鳴った…
2006.08.14
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再会「栄作さんが来られました」秘書がそう言うと、栄一は黙って頷いた。栄一は、本日限りで、自分が築き上げた会社から退く。自分で決めた定年だから守るのは当然だ。社長の座は、10年ほど専務の座にあった長男の榮太郎に譲ることになっていた。栄作は、栄一の次男にあたる。栄作は、子供の頃から出来が悪く、中学を卒業するのもやっとだった。方々探し回って、寄付金を払って高校までは出したが、大学はどうしようもなかった。担任の教師からは、たぶん、小学3年生か4年生くらいの学力だろうと匙を投げられた。長男の榮太郎が、トップでT大を出たのとは大違いだった。「栄作が、ああなったのは全て、俺のせいだ」栄一は、栄作が妻の腹の中にいる間に、愛人を作った。そのことが妻に知れ、妻は、夫である栄一を恨む代わりに我が子である栄作を恨んだのである。妻の憎悪はすさまじかったのは、栄作の身体に残る数々の傷跡が物語っている。高校を卒業した栄作は家出同然に家を飛び出してから10年間、一度も家に戻っていないし、栄一や家族達とも会っていない。栄作はサイクリング自転車に乗って日本中を旅して回った。そして、たった一つの特技である絵を描いて生計を立てていた。と言っても、最初は売れない画家であるから、公園などで似顔絵を描いている程度だった。そのうち、知り合った女性と結婚し、子供を二人もうけたらしい。トントン…丁寧にノックして栄作が入ってきた、「お父さん、お久しぶり。お呼びのようで…」Tシャツにジーンズで長髪の栄作は、純朴そうな笑顔で栄一の前に立った。応接に座り向かい合った栄作を見ながら、栄一は言った、「すまん、決して良い人生ではなかったはずだ。バカな父である俺のせいだ。さぞかし恨んでるだろう」「そんな時代もありましたが、今は、とくに…人を恨んでも自分の運がなくなるだけだと分かりましたから。それに僕も家庭を持って、僕なりに幸せにやってます」「そうか、良かった。俺は、今日で引退する。せめてもの気持ちだ。会社の株を10%、おまえに譲ろうと思う」「ありがとうございます。でも、株はいりません」「…」「僕にはお金で買えない自由という財産がありますから」「でも、それでは、おまえに何として詫びればいいのか」「それなら、お母さんに詫びてください。結局、一番傷ついたのは、お母さんですよ…じゃあ、ああ、忘れてた」栄作は、飛び出して行って、愛する妻と二人の子供を伴ってすぐに戻って来た。4人とも、満面の笑顔だ。「これが、僕の家族です。おい、ごあいさつ」二人の幼い子供は、栄作に肩を叩かれて笑顔で挨拶した。「お爺ちゃん、はじめまして」栄一は、初めて見る栄作そっくりな二人の孫を見て胸が一杯になった。
2006.08.13
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煙突に登った男 工業地帯の中で、ひときわ高い煙突に 一人の青年が登り始めた。 「おーい、やめろ」 工場の関係者が、必死に説得するも 青年は、一向に降りてくる気配がない。 煙突の頂上にしがみついている。 青年の名前は、純一。 この町に先祖代々住む漁師の息子だった。 温厚な性格で知られる純一が、どうして・・・ 一晩あけて、純一の母親と父親が 説得に来た。母親は涙を浮かべて 「皆さんに迷惑かけて、降りてこい純一」 父親も 「純一、いいから、降りてこい」 と叫ぶが純一は一言も答えようとしない。 純一の頭の上を、新聞社のヘリコプターが 3台ほど舞い始めた。テレビ局のカメラが煙突を取り囲み始めた。どのテレビもこのニュースで持ちきりだ。 2日目の昼を過ぎると、純一も緊張感が 衰えてきたのか、時々、居眠りをして フラフラするようになってきた。「おい、降りてこい。 話があるなら降りてから聞く」 警察署長が説得する。 純一が、やっと口を開いた 「俺は、死んでも降りないからな。 この煙突は人殺しだ」 何度も何度も叫んでいる。 3日目の朝、純一の母親が純一に叫んだ 「純一、今、美代ちゃんが息を引き取ったよ」 純一の恋人である美代子は、喘息で長い闘病生活を送っていた。 「咳き込んで苦しむ美代子を救う方法は 煙突から出る煙を止めること」 純一には、それしか思いつかなかった。 母の一言を聞いて純一は、大声で泣きながら 煙突から降りてきた 「ごめんよ、美代ちゃん。すまない、美代子・・・ おれ、何の役にも立たなかった・・・」 この事件が多くのマスコミを通じて全国に報道された。 純一の涙が、逃げ腰だった住民たちに火をつけた。 政府も重い腰を上げた。 煙突を所有する会社は、公害対策を始めた。 あれから、30年過ぎた。 純一は今も美代子と生きた町で漁師を続けている・・・
2006.08.13
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鯛の骨お盆に実家に帰った。健司は庭で子供達を遊ばせている母を見ながら、父と久しぶりに近況を語りあっていた。その時、父は健司の手の甲にできている皮膚病を見つけた。赤く腫れ上がって膿んでいる箇所もあった。「どうしたんや。それ」「ストレス性やと思う。すぐに治る」健司が笑いながら言うと、それまで子供達と遊びほうけていた母が血相を変えて近づいてきた。そして、「すぐに医者に行かなきゃ」と大きな声で言った。いつも小声でやさしく話す母が出す大きな声は耳をつんざくようだ。「大丈夫やて」と健司が言い張っても、母は、「医者に行かなきゃ」と言って聞かなかった。健司にすれば、大したことのない、いつもの皮膚病だが、母にとっては、そうではなかった。「母親なら、息子のケガや病気を心配するのは当然だわ私も病院に行くように言ってたんです」キッチンで料理を作っていた妻も口をはさんできた。きっと、母は、あの痛い想い出と重ねていたのだ、と健司は思った。母の右手の人差し指は、他の指と比べて極端に細い。骨だけと言ってもいい。あれは、健司が7才か8才の頃だから、母がまだ30になるかならないかの頃だった。母は、父や健司が魚好きだたので毎日のように魚料理を作ってくれた。その日は、鯛の煮付けだった。魚をさばいていると時々あるのだが、小骨が指に刺さったりすることがある。その日は、右手の人差し指の先に刺さった。2,3日で治る大したことない傷と思ったのだろう母は、オキシドールで消毒をして、バンドエイドを貼っていた。しかし、2日過ぎても3日過ぎても治るどころか、日に日に悪化し膿が吹き出るようになった。1週間後、とうとう激痛で夜も眠れなくなった。当時元気だった健司の祖母が、母の変化に気づいた。世間で言う嫁と姑の関係で、いつも意地とプライドをぶつけあっていた二人だった。でも、青ざめた母の顔に、ただならぬ事を感じた祖母は、「どうしたの」と訊ねた。あまりの痛みに、もう意地もプライドもなくなっていた母は、憎き姑に指を差しだした。鯛の骨が刺さった指は、腫れて倍くらいの太さになって熱を帯びていた。そして、指先からは、膿があふれ腐ったような臭いが発せられていた。「すぐに病院に行きなさい」血相変えて祖母は、馴染みの外科医に電話した。指の腫れは、膿がたまったものだった。病名はひょう阻。魚を扱う板前さんなどに多い皮膚病だが、悪化すると切除して膿を出したり骨まで削らなくてはならなくなる。母が病院に行くと、外科医は、「こりゃ、大変や」と、すぐに麻酔をかけて手術をした。母の指は、骨だけになるほど削られた。指から手の甲にたまった膿を出すためだった。それ以来、母は一度も鯛を料理したことがない。よくケガをした健司が、その外科に行くたびに外科医は言ったものだ、「アホやで、あんたのお母ちゃんは、早くくれば、あんなに、ひどくならなかったのに」この外科医の言葉は、後悔と一緒に、あの日からずっと母の頭の中にあるのだろう。「医者に行かなきゃ」と何度も喚く母の気迫に押された健司は、すぐに病院に行くことにした。
2006.08.13
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お婆ちゃんのお守り お婆ちゃんは、たくさんのお守りを持っていました。50歳の時に乳ガンになったお婆ちゃんは 「いつ転移しても不思議ないですよ」 と主治医に警告されていました。お婆ちゃんはつねに死と隣り合わせの人生を歩んでいたわけです。 そのせいか、お婆ちゃんは、いつしかお守りを集めるように なっていたそうです。 私が生まれたのは、お婆ちゃんが70歳の頃でした。 子供心にも、オッパイがないお婆ちゃんは かわいそうに思ったのを覚えています。 「そりゃ、悲しかったよ。ずーと、あったものが なくなったんだからねえ。それでも、命があっただけ 御の字と思って生きてきたよ」 お婆ちゃんが、お守りを集めているのを知ったのは 私が小学校3年生くらいの頃でした。 お婆ちゃんは、京都丸太町”かわみちや”蕎麦ぼうろの 四角いカンカン一杯のお守りを見せてくれました 「これが、お婆ちゃんを守ってくれたんだよ」 それから、お婆ちゃんっ子だった私は、遠足や旅行に行くと よくお婆ちゃん用にお守りを買って帰りました。 通算して10個だったか20個だったか正確に覚えてませんが 旅行から帰った私がお婆ちゃんにお守りを手渡すと、 「ありがとう」 と、大事に大事に両手で祈るように受け取った シワシワの手を今でも覚えています。 5年前の寒い冬も終わろうとする初春の日、 お婆ちゃんは、96歳の天寿を全うしました。そして、あのお守りたちも、 お婆ちゃんといっしょに旅だちました。 私の手帳の中に潜む一つのお守りを残して。
2006.08.12
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猿沢池昔々、京の尊い家柄のお姫様が恋をなされました。お相手は、十数名の僧列とともに修行の旅を続けていた若いお坊様でございました。お坊様もお姫様のことをたいそう慕っておられるようでした。しかし、お姫様には、お父上がお決めになられた貴族の若君がおられましたし、お坊様も修行中の身で色恋沙汰などにうつつを抜かしているわけにはゆきませんでした。やがて、お坊様は他の僧達とともに奈良の東大寺を目指して旅立たれてしまいました。なさぬ仲とは分かってはいても、明けても暮れても思うはお坊様のことばかりのお姫様は、奉公人の婆にうち明けました。「あの方を追ってみようと思うのだが」「たった一度の人生でございます。思うようになされまし。私もおともいたします」というわけで、屋敷を抜けだしたお姫様と奉公人の婆でしたが、道中は険しい険しい旅でございました。途中、追いはぎや盗賊に何度も襲われ、婆は殺されてしまい、お姫様は、何とか命は助かりましたが、卑しい男達に弄ばれ、身も心もボロボロになってしまいました。それでも、あのお坊様に会いたい一心のお姫様は、なんとか奈良の近くまでやってきたのでした。お姫様は三条通の南にある猿沢池のほとりに立っていました。「ここまで来たものの…」池面に映るは、髪も衣も乱れ汚れた哀れな姿でした。つい目と鼻のさきにある東大寺には、あのお坊様がいるのです。でも、もはや、お姫様には、お坊様に会いに行く気力はありませんでした。お姫様が崩れるように池に身を沈めようとした時でした、池の底からお姫様を呼ぶ声が聞こえました。「これ、命を粗末にしてはなりません」「どなたですか」「私はかつてこの池に身を投げた釆女という者。あなたを私と同じ目に会わせたくはない」「お言葉ですが、この汚れた身は、もはやどうにもなりませぬ。死なせてください」泣き崩れるお姫様に、池の底から釆女は、「さあ、気を落ち着けて…もう一度、池に映された自分をごらんなさい、さあ、勇気を出して」と優しく声をかけたのでした。その言葉に後押しされたお姫様は、勇気を振り絞って池に映る自分を見ました。すると、どうでしょう。お姫様の姿は、あの京におられた頃の可愛らしい姿に戻っていたのです。そして、お姫様の後ろに、誰かが通りかかりました。「お姫様ではありませんか」なんと、お姫様が命を賭けて愛したお坊様だったのです。
2006.08.12
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コウノトリのお告げ 自称ムーミン評論家の女子大生・真美は、 ムーミンの原作本9冊目を読破した。世間でよく知られているムーミン本は 8作であるが、ムーミンの原型とも言うべき もう一作を、先日、本屋で発見したのである。 「小さなトロールと大きな洪水」講談社青い鳥文庫である。 この本の題名をご覧になると分かるように どこにも”ムーミン”という文言がない。 だから、ムーミンファンでもなかなか気づかないのが 実状のようである。しかし、真美は気づいた。というのも、 あのムーミンの名前はトロールと知っていたからだ。 「これって、ムーミンなのね」 と、行きつけの本屋のレジで アルバイト風の”とぼけた顔”の男の子に真美は言った。 「え、そうなんですか」 その男の子は、ビックリしていた。 この1年間くらい、いつもレジに座っている彼と 真美は顔なじみである。 彼は、このことに限らず真美が何を話しかけても ビックリする人なのである。 だから、真美は 「へんなの」 と、いつも不思議そうに笑ってしまうのである。 真美は彼氏募集中である。なかなか妥協もできない性格なので とりあえずってのができない。こんな性格なのが彼氏ができかけても 今一歩踏み切れない原因に拍車をかけている。 こんな女の子の真美がメルヘンの世界に足を踏み入れても不思議な 話ではない。「小さなトロールと大きな洪水」に出会ったのは 偶然ではない。ムーミン谷に住む妖精たちのお導きなのかもしれない。 この本は、100ページあまりと30分もあれば読み切れる内容だった。 買った日の夜には、一気に読み切ってしまった真美は そのまま眠ってしまった・・・ 夢の中に出てきたのは、この本の中で赤ちゃんを連れて来ずに 人助けならぬムーミン助けをやったコウノトリである。 コウノトリは言った 「真美ちゃん。僕が、真美ちゃんの彼氏を連れてきてやろう」 「ほんと!」 真美は大喜びだった。 しかし、具体的に彼氏になる人の名前や顔を 教えてくれたわけでもなかった。だから、 「なにか手がかりになるもの、たとえば横顔だけでも。。。」 と真美は、コウノトリにお願いした。 しかし、コウノトリは 「それは・・・その・・・」 と、はっきり言わない。 「せめてせめて、趣味だけでも・・」 と、真美がお願いしても 「ううう・・・」 と、煮え切らない。 真美は、ハッキリしないコウノトリに腹が立ってきた。 ジーッと睨みつけた。 コウノトリは、顔を背けた。 真美はふと思った。 「あれえ、その・・とぼけた横顔・・・どこかで見たぞ」 なんとも、不思議な夢であった・・・
2006.08.11
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クチャクチャ「いろんな癖はあるけれど、食べるときにクチャクチャ音を立てるのは最低ね」最低というのは、安子の父のことだった。安子の父は、一代で業界ナンバーワンの食料品専門商社を創り上げた人だ。仕事はやり手だが、ろくな教育も受けていなかった。すべてカンと度胸で乗り切ってきた男だ。そんな父が、食事の時に、クチャクチャ音を立てるのがたまらなくイヤな安子だった。そんな安子だから、自分が結婚する相手には、スマートに食べる人を選びたかった。幸い、美人で一流企業オーナーの令嬢である安子には、複数の良縁が持ち込まれた。その中で吟味に吟味を重ねて選ばれた正治は、T大学病院の医師で、両親とも医師で、しかも長身ハンサムな男だった。何度もデートもし、食事も一緒にとったが、マナーの良いことは抜群だった。トントン拍子に話は進んで、二人は愛でたく結ばれた。しかし、うまく行かないものだ。確かに正治は、言うこと無しの男だが、それは素面の時だけだった。酒を飲むと正治は豹変した。別に暴力を振るうとかではない、クチャクチャ音を立てて食べるのだ。「ねえ、あなた、そのクチャクチャやめてよ」と何度も口うるさく注意したが、矯正は不可能だった。せめて、我が子だけでもと、一粒種の正一には英才教育を施した。幸いなことに順調に正一は育った。しかし、上手く行かないものだ。野球少年に育った正一は、高校に入ると、幼少の頃からの英才教育も何処吹く風、クチャクチャムシャムシャ食べ始めた。「毎日、練習の後に、あの子は牛丼の特盛を食べるのよ。あれがいけないの。ねえ、牛丼はムシャムシャクチャクチャ食べないと美味しくないけど、家で食べるときは、そのクチャクチャやめてほしいの」正一は、即座に反論した、「だって、お母さんだって」
2006.08.11
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裏切りもう20年くらい前のことになるだろうか。小学校3年生の健太君が行方不明になった。健太君の両親始め、学校関係者、警察までが加わって、大がかりな捜索活動が繰り広げられた。幸い健太君は、行方不明から3日後、山の麓で無事発見された。健太君は、足を滑らせて山道から転落したらしく、足を骨折していた。どうやら、健太君は、同級生の仁史君といっしょにその山で遊んでいたらしかった。行方不明当日、一台の自転車に二人乗りで出かけて、二人は、午後3時頃までその山で遊んでいた。もともと、その山は、仁史君がボーイスカウトなどで毎月行っていた山だった。健太君は、その山へは初めて行ったのだった。健太君の証言によると、山中の河原で遊んでいる最中に、仁史君が突然居なくなったそうだ。健太君は、その山については何も知らなかったし、二人乗りで、かなり離れた、この山まで来たものだから、心配になって仁史君を探し回った。辺りが真っ暗になっても探し回っているうちに、山道から足を滑らせたそうだ。一方の仁史君は、午後3時30分過ぎには、家に帰って平然としていたそうだ。翌日、学校で健太君が行方不明になっていることが、担任の先生から報じられても何も言わなかったそうだ。警察が聞き込みをしているうちに、健太君ほどのことはなくても、仁史君と一緒に遊びに行って置き去りにされたクラスメートは他に3人いた。当然、仁史君の人格的な問題が問われた。「申し訳ありません」涙ながら頭を下げる仁史君のお母さんは、原因は分からないと言い張った。しかし、仁史君一家の周辺を当たる内に、あることが分かった。仁史君のお母さんは、何年も前から病気がちで入退院を繰り返していた。その間、仁史君のお父さんは、別の所で愛人を作って、生活費は入れてはいるものの、家に帰ることは全くなく、仁史君との接点も全くないらしい。また、仁史君のお母さんは、そのことを根にもっているらしく、いつもお父さんの悪口を仁史君に言っていたらしい。そんなお母さんの口癖は、「裏切られた」だったらしい。仁史君に対して警察側尋問は何分にも小学3年生という年齢を考慮して慎重の上に慎重に行われた。このような状況であるから、仁史君に関する情報はごく限られたものであったが、仁史君はたった一言、「お父さんのいる子がうらやましかった」と答えたそうだ。
2006.08.10
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間違って届いたラブメール 今日は朝から面白いメールがきました。 たぶん、間違いだと思うんですけどね。 メールの内容は男の子から女の子へのラブレターでした。 「祐子ちゃんへ」で始まってまして。 かなり、ハードな内容でして、 思い出すと、ちょっと恥ずかしくなるような 熱い熱いメッセージが散りばめられていました。 このまま、黙っているのも何ですし。 「私は祐子ちゃんでありません」 って書いて返信しようか、と思っています。 でもですよ、 返信メールすると、私が見たことが 彼に分かってしまうわけですよ。 何か悪い気がして。 かといって、放っておくのも忍びない。 もう、こんな大事なときに メールアドレス間違えるな! でも、かわいそう・・・ もしかすると、 私は二人の運命の鍵を握っているのかも しれません。と、言いますのは このラブレターならぬラブメールを きっかけにして二人が結婚するかもしれませんし。 待てよ待てよ・・・ そして、二人の間に子供が産まれる。 その子が将来人類の危機を救うかもしれない。 これは、早く返信メールしないと 私は、この手で、いや、このパソコンで 地球を滅ぼすことになることになる。 そんな罪なことはできない。 では、早速。。。 ちょっと待てよ。 この二人の間に生まれる子供が 地球を滅ぼすこともありうるぞ。 うーん、これは難問だ・・・・・ つべこべ考えずに、 返信しておくことにしましょう。 人間の運命のあやは、 こんな時に隠されているのかもしれません。 いろいろ考えずに さっさと、やることやればいいのに。 余計なこと考えるから時間(チャンス)は 通り過ぎて行くのです。でも、その瞬間が 楽しみになったりもします。だから・・・ 人間って面白い。。。 時は確実に刻み続けます、 何が起ころうともです。 コチコチ・・・ 人間が、何をしていようと そんなこと、お構いなしにです。 時こそ神様なのかもしれません。 私たち人間は、本来、時とともに 自然に動ければ、 簡単に幸せになれるのかもしれません。 地球上のあらゆる生物の中で 宇宙の存在を知り、 時の存在を知っているのは 人間だけなのですから・・・
2006.08.09
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俺の好み残業がやっと引けて家に帰ると、家族は寝静まっていた。いつものように冷蔵庫からビールを引っぱり出し、コップに注いで駆けつけ一杯だ。そうして、やっと平常心にもどった卓司が食卓の上を見ると、小学校5年生になる長男が学校から持ち帰った運動会のプログラムがあった、「へえ、今度の日曜日は運動会か」そう言いながら、プログラムを見ている卓司は、もうずっと昔の運動会を思い出していた… 夏休みが終わって、新学期が始まると、午後の授業は運動会の練習に振り返られた。男女別の演技種目があるようになったのは、小学校5年生くらいだった。女の子は、リズミカルな曲に合わせてバトンを使ったダンスをするようになった。男の子は、赤白に別れて力任せにぶつかり合い帽子を取り合う騎馬戦だった。「小5の時、好きだったのは誰や」いつも同窓会になると話題になるのは、バレーを習っていて、プロポーション抜群、クラスナンバーワンの美人のリョウコだった。誰しも、リョウコに惚れるのは当然のことだ。卓司だって少し気にはかけていた。でも、卓司が好きだったのは、もう一人のリョウコだった。このリョウコはメガネをかけていて勉強が良くできた学級委員だったリョウコだった。ぜんぜん美人ではなかった。でも、卓司は、こっちのリョウコの方が性に合うと何となく思っていた。だから、卓司は騎馬戦の待ち時間には、足の長いリョウコではなく、メガネのリョウコを追っていた。生まれて初めて同年代の女の子がキレイだと思ったのはこの頃だった…最後の一杯を飲み干して、風呂にでも入ろう卓司が思っていると、「おかえりなさい。冷蔵庫にあったお刺身食べた…」眠そうな顔して、メガネをかけた女房が起きてきた。…俺の好みは変わっていない…卓司は女房の顔を見て思った。
2006.08.09
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女は強くなった最近は、アメリカのシリコンバレーあたりで 働く日本人も少なくないらしい。美里はシリコンバレーではなく映画で有名な ハリウッドにあるコンピューター関係の会社で 働いている。彼女は、映画のシーンを コンピューターグラフィックで作っている。 映画の世界も、最近はインターネット時代に なっているらしく、たとえば、今、評判の ディズニー映画ターザンでも ジャングルだけをアメリカで作って ターザンやジェーンはフランスで作る なんてことができる時代になった。 実際にセットで作れば、何十億もかかる ものも、コンピュータグラフィックなら 10分の1くらいの予算で映像化してしまうそうだ。 颯爽とニューヨークを闊歩するキャリアウーマンに あこがれてアメリカにやってきた美里だが 現実は夢とはほど遠く、禁煙ルームで 毎日、コンピューター画面と イライラしながら戦いを繰り広げている。 そんな美里は、3ヶ月に1度の割に 気分転換の旅行をしている。 ちょうど、3ヶ月くらいで仕事のキリが つくらしい。彼女の旅行先には 驚かされてしまった。 アフリカの大草原なのだ。 シマウマやキリンや象を 見てくるらしいのだ。 ときには、ライオンやヒョウなどの 猛獣にも出会うらしい。もちろん、 完全防備のバスの中から見るのだが 「動物になってくるの。草原に向かって ウオオオオって叫ぶとスッキリするわ」 と笑う。 「いつまでもドジで、おっちょこちょいの 自分がいやで落ち込んでいた時に カメラマンの友達につれてきてもらって から、病みつきになっちゃった」 こんな話を聞いていると、ほんと 女の子は強くなったなあと思った。
2006.08.08
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