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「みんなの歌」は季節感をストレートに伝える歌も数多く送り届けてくれますが、これもその1つ。 まだ、この歌の季節には遠いはずですが、例年になく暖かい気候のため、この歌を思い出しました。 唄は茂森あゆみさん。「だんご三兄弟」の大ヒットのあと、子供向けの世界からの脱皮に向かっていた頃です。 伸びやかな歌声のなか、どこかに伸びきれないためらいを感じてしまうのは気のせいでしょうか。 冬の寒さに耐えた後こそ、この歌の気分はふさわしいと感じますが、今年の冬はそれとはかなり違います。どこか、安易に手に入ってしまたような物足りなさをぬぐえません。 そういえば、これを初めて聞いたのは常夏の海外でした。帰国を前にした頃、この歌が流れてくる画面の中だけが咲き乱れる花と新緑が目を奪う日本の四季の世界でした。 芽生えと飛躍の歌が、なぜか1つの終わりと結びついてしまう。私にとっては、そんな複雑な歌です。
2007/01/31
某ソフトのインストールで、振り回されてしまいました。 基本ソフトのバージョン不一致 → アップデートしても不一致なおらず → 実はソフトの不具合 → 修正プログラム入手 → 修正プログラム作動せず → ………という有様で。いったい何をやっているのだ、と嘆息しました。 話せば長くなりそうなので、今のところは上のとおりの概略ですませます。いずれ詳しく顛末を書きます。
2007/01/26
海岸沿いのリゾートホテルの映像。窓から見える美しい海岸線。そんな映像を見ながら、思いもかけないことを考えました。 「そういえば、高層ビルに行くことが少なくなったなあ」 高層階に上ると、思いもかけず海が近くに見えて驚くことがあります。いつの間にか 高層ビル~海 という連想ができあがったようです。 高層ビルからの海は、海岸に立って見る海とは少し違います。どこかに不安感を覚えてしまう海。自分の足場がこんなにあやふやだったのかという不思議な感覚といいましょうか。 ですから、そのような場所で食事をするのは、ちょっと遠慮したいというのが正直な感覚です。 高所恐怖症だと思ったことはありませんが、変則的なものは持っているのかもしれません。
2007/01/23
これまで多摩川近辺にはよく行きましたが、隅田川や荒川の近くを歩く機会はあまりなく、特に荒川は列車で歩くだけで自分の足で歩いたことはありませんでした。最近何度か河原を歩いたり川辺の建物に入ったりする機会がありました。 ちょうど水量が豊富な時期なのか、ゆったりと流れる水を見ていると、心が落ち着きます。天気がよい日は河原で野球などのスポーツを楽しむ人や、散策している人も多く、そんな姿を見ているだけで自分の心も晴れてくる気がします。 広い川のもう一つの魅力は、視界が開けること。特に見上げる空の広さは街中ではなかなか味わえません。散らばる雲の形や色を比べてみたり、快晴のときは一面の青空をゆっくりと見上げたり。 気分が優れないときは、河原へ出向いて時を過ごすのがよいのかも。問題は、そんな時にはまず外出する気にならないことですが。
2007/01/22
死刑にかかわる書物で心に残るのは「150通の最後の手紙」というフランス革命期のまさに絶筆を集めた書物です。胸を締め付けられるような思いをしました。 今日何げなく立ち読みしたのはそれとはかなり趣の異なる本。現代アメリカで制度上許されている受刑者の注文のままに用意される最後の食事を中心にした、列伝です。 なんと悪趣味な本。そして、そう思いつつしばしページをめくっていた自分もまた…。 一日中灰色の気分でした。
2007/01/18
モーツァルトの交響曲でおそらく他の人以上の思い入れを持つ曲です。 第39番~第41番を聴いた後、もっと聴きたくなってたまたま耳にしたのが第31番「パリ」でした。この曲は残念ながらあまり好きになれませんでした。最後の曲を聴いた後では、何か単純すぎる気がしたのです。 「パリ」で興味を失いかけたころ、第34番を聞きました。ありきたりの行進曲に生気と気品が漂う第1楽章に期待感が高まりました。そしてゆっくりとした第二楽章のあと、メヌエットを飛ばしていきなり覇気に満ちた音楽が始まりました。 ジーグ風というのか、早めの行進曲というのか、これも曲の形式としてはそう珍しくないのに、しかも旋律に凝っているわけでもないのに、この勢いはどうしたことか。 短い曲に込められた生命感に、心が沸き立つようでした。 「パリ」とそう造りが違わないのに、どうしてこんなに印象が違うのだろうか。音楽の持つ不思議を再認識しました。 後になって、メヌエットを含む版もあることを知りましたが、そんな成り行きのおかげで、この曲に関してはメヌエットのない版が好きです。
2007/01/15
交響曲「ジュピター」の思い出 昨日書いた交響曲「ジュピター」は、私をクラシック音楽の世界に導くきっかけとなった曲でした。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲に続き、意識して聴いたクラシック音楽。ただモーツァルトの最後の協奏曲ということだけを予備知識に、ラジオから流れてくるのを待ちました。最初の3連符で、これまで「モーツァルト」という名前から連想していた「女性的で美しい旋律美」とは別の世界が広がりました。 しかし第1楽章に続く第2楽章はつかみどことがなく、やはりクラシックはとっつきにくいという気持ちに陥りかけました。交響曲にメヌエットやスケルツォの楽章が置かれる慣例も知らずに聴いたメヌエット、優美さだけではない均整のとれた構築と音響のスケールが印象的でした。 そして次に第4楽章が控えていました、次々に登場する旋律、息もつかせない展開の迫力に圧倒されたままでした。 曲が終わったとき、私はクラシック音楽の世界の豊かさ、音楽が流れる時間のすばらしさにとらわれていました。 それから長い年月が過ぎ、多くの曲を耳にすることができた今振り返ってみると、最初の時期にこの曲にめぐり会えたのが大変な幸運であったことを改めて実感します。
2007/01/13
多数のモーツァルトの交響曲の最後を飾る第41番「ジュピター」。第39番、第40番と併せた「三大交響曲」は、短い生涯で踏破した音楽の道のりの到達点ともいえます。 この「ジュピター」は、多彩で機知に富んだモーツアルトの持ち味に、壮大さや、安定感が加味された稀有な名曲として、たたえられています。 第1楽章は「壮大、安定」といったモーツァルトらしからぬ部分が前面に出た楽章のように思えます。部分をみると、展開の意外さや、ちょっとしたユーモアが随所に置かれているのですが、全体としては最初の主題に象徴される堂々とした風格を持っています。それだけに大味というか色彩の乏しさというかモーツァルトに期待するものが欠けているような物足りなさを指摘される面も否めません。このあたりはピアノ協奏曲第25番の第1楽章にも通じるものを感じます。 以降の楽章では両者が過不足なく配分され、特に要所にフーガが展開される第4楽章は、この曲の価値を決定的なものとしています。 第4楽章の主題の最初の4音 C-D-F-E は、交響曲第1番第2楽章でも登場していらい、何度か用いられています。 後世の作曲家もこの主題を意識しているといわれます。私自身も、サン・サーンスの交響曲第3番の第2楽章第2部の主題、同じサン・サーンスのピアノ協奏曲第4番の第2楽章第2部主題に結実する重要な主題、それにブルックナーの交響曲第8番終楽章の第2主題(調性は異なりますが)に、この音型を見つけて驚いた経験があります。 曲を横断するケースとしてよくあげられるのは、ブラームスの交響曲で、4つの曲の調性がこの音型に沿っています。第5番の交響曲として着手された二重協奏曲はどうなるのだと思ってみたら、これがイ短調で、しっかり C-D-F-E に続く A を踏んでいます。ちなみに、ブラームスを世に紹介したシューマンの交響曲は Be-C-Es-D と長二度下でこの音型をたどっています。 実はこの交響曲自身も先行の3楽章がこの音型への模索という面を持つのかもしれません。第1楽章の三連符のあとの C-[C]-B-[E]-D-[G]-[F] はこの音型を少しはずした形で暗示しており、第2楽章の主題は [F]-C-A-G-F-E-Be [G]-C-[Be]-[A]-G-F-C と、下属調のへ長調でこの音型に沿っています(*)。 そして第3楽章の主題は第2楽章主題にあるパターン [F]-A-G [G]-[Be]-[A] をハ長調に移して [C]-B-C-E-D [D]-C-D-[F]-[E] とこの音型を織り込み、トリオでは間の音を除いた音型そのものが暗示されます。 この曲のもつ統一感は、このような形でも獲得されているとも考えるようになりました。(*) この主題はベートーヴェンの交響曲第5番の第4楽章でハ長調で登場します。 [C]-G-E-D-C-D [D]-G-[F]-[E]-D-E ここにもこの音型が織り込まれていることになります。 モーツァルトの他の曲同様、聴くたびに何かを見つけることができる楽しみを持ち合わせた曲です。
2007/01/12
ベートーヴェンのピアノソナタのことを書いて思い出したのがモーツァルトの交響曲です。ハイドンには及びませんが、モーツァルトも多数の交響曲を残しました。最後のジュピターには第41番という番号がついており、ピアノ協奏曲の27、ピアノソナタの18をしのいでいます。 更にケッヘル番号をみると、早い時期の作品が多いことが分かります。例えば第10番はK.74、第20番がK.133、数少ない短調交響曲の一つとしても有名な第25番ト短調がK.183、第29番イ長調がK.201と、ここでようやく200を越えます。これに対して、ピアノ協奏曲は最初の4曲(他の作曲家の作品を編曲したとも言われています)のあと長い中断があり第5番がK.175、ピアノソナタは第1番がK.279と、交響曲にくらべるとかなり遅くスタートしています。公の場での演奏会の曲目として作曲されることが多かったからでしょうか。 生涯にわたって書き続け、かつ若い頃の作品が多いという点で、モーツァルトの交響曲は、ベートーヴェンのピアノソナタと似ています。交響曲は自らの作風を育てていく際に活用したジャンルでもあったのかもしれません。 そんなことを実感したのは、数年前カール・ベームの演奏で交響曲全集を通して聴いたときです。当時の印象を正直に書くと、前半は、聴いても聴いてもあまり大きな変化がなかったように思います。第25番の存在感が突出していて、やはり有名なのも無理はないと再認識したりしました。そして第29番あたりからようやく日頃親しんでいるあの「モーツァルトの交響曲」の世界が開けてきて、ある種の感慨を抱いたものです。 今は、あのころよりも各曲の違いを聞き分けることができるようになりました。そして、各地を訪れるたびにその地の先進的な技法を吸収し取り入れていった天才モーツアルトの成長と変容の過程をたどれる格好の分野として、交響曲を味わっています。
2007/01/11
ベートーヴェンの作品は色々聴いてきました。9曲の交響曲を筆頭に、協奏曲、弦楽四重奏曲などなど。 その中でピアノソナタはあまり聴かないでここまで来てしまいました。32曲という圧倒的な数を前に、なかなか腰をすえて聴くきっかけがありませんでした。 音楽評論家の吉田秀和氏はベートーヴェンを論じるときにピアノソナタを例に引いてこられることが多く、そのような分析に接すると「自分はまだ本当にベートーヴェンを知っていないのだ」という感覚を抱いてしまったものです。 最近、ようやく私にとって未踏の領域に踏み入るきっかけができました。バックハウスの全集を手にすることができたからです。 まだ多くを聴いてはいませんが、若々しく瑞々しい曲が多く、自分のなかのベートーヴェン像が少し若返りそうな気がします。 それも無理ないのかも知れません。改めて一覧表をみて、若い頃の作品が多いことに気づきました。 例えば第10番の作品番号は14の2、作曲年は1799年。交響曲第1番の前の年です。32曲のうち3分の1は最初の交響曲を完成させる前に書かれています。 そして今日聞いた16番~18番の三部作(作品31)は交響曲第2番(作品36)の直前の作品ですから、ピアノソナタの半数は初期といわれる時期に作曲されたとも言えそうです。 ベートーヴェンにとってピアノソナタの作曲といういわば「ピアノとの対話」によって自らの作風を確立していったのだと、改めて実感できます。 そういえば、「ハイリゲンシュタットの遺書」は交響曲第2番と同じ頃といわれていますから、ピアノソナタの半数近くは耳の疾患以前の作品では。とすれば大きな転機を迎える前の作風をじっくりと味わう意味合いも持ちそうです。 今日聞いたのは上に書いたとおり第16番~第18番の3部作です。間の17番が有名な「テンペスト」ですが、3曲を続けて聴くと、変転する楽想に翻弄される16番の第1楽章から疾走感に圧倒される第18番の終楽章までが、1つの作品のように感じられます。交響曲「英雄」を皮切りに従来にない巨大な作品を世に問う以前から、複数の曲を一組にすることによりスケールの大きな世界を作ろうとしていたようにも思え、興味が尽きません。 多くの未聴の曲を前に、楽しみを後に残していたような気分でいます。
2007/01/10
何年か前、現行の論理学はおかしいと主張する人が現れて、いくつかの実例を出してきました。その1つが「勉強すると叱られる」という「パラドックス」です。 「うちの息子は叱られないと勉強しない」というごく一般的な文章の対偶をとると「うちの息子は勉強すると叱られる」というありえない文章になる。だからおかしいというものでした。 その主張の正否はここでは書きません。それとは別に感じたことがあります。「勉強すると叱られる」というのはありえない文章でしょうか。 子供を学校に通わせることが当たり前になったのは、そう古い時代ではありません。むしろ、家業を手伝うのが当然で、勉強したいという子供の希望を叱り飛ばすのが一般的だった時代もあったのです。 そんな時代のことを考えると、勉強のための環境は比較にならない位整いました。少なくとも日本では。 しかし、世界には今でも子供が勉強できる環境が整っていない地域がたくさんあります。かなり発展した国でも学校が十分でないところも少なくなく、私が訪ねたところでは二部制が一般的という方がむしろ多数でした。 そんな環境で必死に勉学に取り組んでいる子供たちがたくさんいます。おそらくは、今注目されているインドや中国でも。やがてはそんな環境で身に着けた知識で世界を引っ張る人材に恵まれるのかもしれません。なぜならば、環境が十分でなくても、個々の家族はともかく、国は「勉強すると叱られる」とは正反対の姿勢でいますから。 翻って再び日本。「勉強させると叱られる」世論の中から生まれた「ゆとり教育」が見直されようとしています。多くの船頭が何隻もの船に乗り込み、先が思いやられる状況ですが、どうなるでしょうか。 勉強は社会人になっても必要ですが、職場は「人を育てる」より、「人から成果を搾り出す」傾向がますます強くなってきています。 ともかく、枠組の議論は頭のいい人たちに任せ、私たちは日本に劣る環境の中で必死に学ぶ子供たちを思い浮かべ、目の前にあるものに取り組んでいかなければなりません。自分のため、そして社会・人類のため。 今年こそは3日坊主になるまいと誓いつつ、そんなことを考えました。
2007/01/04
年の変わり目。日付変更線の近くにある日本はいち早く新年を迎えられます。 午前0時の新年を見届けてから眠って、目が覚めた頃、8時にパリが、9時にロンドンがようやく新年を迎えます。朝日の中で各地のカウントダウンを見ると、地球が刻々と新しい年に塗り換わっていくように感じます。 見ているうちに定番の風景に気付きました。大都市で市民が中心的な場所に集まってカウントダウンに加わっているところです。エッフェル塔やビッグベンなど。午前0時になった瞬間の歓声がその場所の新年の合図となっていました。 日本、例えば東京にもいろいろな場所はありますが、このような場面にふさわしい程の中心的な場所は? と言われればちょっと答えづらくなります。 東京の年越しは、神社の社殿に殺到する群衆という、いささか殺伐とした映像で紹介されることになります。 東京でも、どこかで大群衆がカウントダウンを楽しむ場所ができないだろうか、と新年にふさわしくスケールの大きな(どこがだ)夢を描いてみました。
2007/01/01
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