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「京都 栂尾 高山寺 恋に破れた女が一人」なんて歌われた高山寺・栂尾が今年最初の秋の紅葉狩りです。ここにはかなり前に来ているのですが、覚えているのはかわらけ投げをしたくらい。お寺の名前もなかなかでてきませんね。本当に困ったものです。もちろん前回も定期観光バスですよ。まさか中学の修学旅行では無いと思いますが。ところで、この奥ですけど、NHKの春の番組で、京の皆さんの桜との付き合いと、桜の木にまつわるドラマをやっていて、まだ若そうですが立派な桜の木が重要なポジションを占めていて、ぜひ行ってみたいと思っているのですが、まだ名前や場所も確認していません。たぶん、京の桜の時期よりも遅いんでしょうね。ところで、高山寺に戻りますが、平年並みの時期に訪れましたので、やや遅かったようです。それでも定期観光バスは平日にも関わらず満席で、誰ともわからないおっさんとの相席でしたので、狭い思いをしながら揺られたのですが、そこに見芽麗しき女性が一人。まさか歌の通りでは無いと思いますけどね。写真00358 周山街道でposted by (C)たそがれの写真家定期観光バスのチケットを前日の京都に到着した時点で交換購入していたので、座席は1A街道沿いにあるモミジもこうして撮ることが出来ました。 写真00367 周山街道で posted by (C)たそがれの写真家写真00377 高山寺のバス乗り場 posted by (C)たそがれの写真家写真00381 観光バス駐車場で posted by (C)たそがれの写真家写真00383 観光バス駐車場で posted by (C)たそがれの写真家写真00386 観光バス駐車場で posted by (C)たそがれの写真家写真00389 駐車場からの参道で posted by (C)たそがれの写真家写真00394 国宝石水院にて posted by (C)たそがれの写真家写真00396 国宝石水院にて posted by (C)たそがれの写真家写真00401 善財童子 posted by (C)たそがれの写真家写真00404 国宝石水院にて posted by (C)たそがれの写真家写真00408 国宝石水院にて posted by (C)たそがれの写真家写真00418 国宝石水院にて posted by (C)たそがれの写真家写真00431 posted by (C)たそがれの写真家その一人でいらっしゃっている若い女性(若い人は珍しい)お願いして後ろ姿の写真を撮らせていただきました。ただその趣旨もお話ししていませんし、肖像権の問題もありますから、掲載まではしませんけど。 写真00434 posted by (C)たそがれの写真家写真00438 posted by (C)たそがれの写真家上の絵とほぼ同じところで撮っているのですが 上の絵ではただ紅葉を切り取っただけで物足りない物になっているので、庭の中にある石を二つ並べた橋をアクセントに加えてみました。ちょっと世界が広がったような。 写真00441 posted by (C)たそがれの写真家写真00445 posted by (C)たそがれの写真家写真00450 posted by (C)たそがれの写真家写真00453 posted by (C)たそがれの写真家写真00455 posted by (C)たそがれの写真家写真00461 posted by (C)たそがれの写真家写真00468 posted by (C)たそがれの写真家写真00485 posted by (C)たそがれの写真家写真00494 posted by (C)たそがれの写真家写真00497 posted by (C)たそがれの写真家写真00503 観光バス駐車場で posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月30日
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休暇村蒜山高原の時の足場は、岡山空港でした。この空港は西行きの飛行機が上空を飛んでいくところにあり、松山行きに至っては、この空港から瀬戸内海に入るだけではなく、降下も始めるところなので、どのようなコースを飛んでいくのか、とても気になるフライトでした。念のためですが、もちろん私にとって初めてのコースではないのですが、年に160-170レグくらい飛んでいますので、ほんの数回にすぎない岡山空港ではどうであったか、年でもあり忘れていたんです。瀬戸内海の海が見えたので、通常の西からの便のように高槻あたりを飛ぶのかと思っていたんですが、眼下に嵐山が見えたときは本当にびっくりしました。管制からの指示が、セントレアに向かうように出ていたのかもしれませんね。いずれにしても名古屋沖では、通常の福岡や痛みからの便と同じコースをこの辺りから飛ぶのですが、あとは着陸の順番統制で富士山静岡空港の上を行くか、御前崎沖から、そのまままっすぐに八丈島の方向に飛ぶかの違いくらいです。ちなみにこの時は、富士山を見るために左側の窓Aの席を予約しています。写真00509 田村砕石工業 posted by (C)たそがれの写真家岡山市北区 写真00511 相生市ボート公園 posted by (C)たそがれの写真家写真00515 神戸神社 posted by (C)たそがれの写真家逆ハートの下の四角い森、城址かと思い撮ったのですが・・・兵庫県たつの市 写真00518 嵯峨野・嵐山 posted by (C)たそがれの写真家写真00523 大覚寺と広沢の池 posted by (C)たそがれの写真家写真00525 京都御所 posted by (C)たそがれの写真家写真00528 二条城 posted by (C)たそがれの写真家写真00530 京都市 posted by (C)たそがれの写真家写真00534 琵琶湖 posted by (C)たそがれの写真家写真00540 長島温泉・なばなの里など posted by (C)たそがれの写真家写真00543 名古屋港と名古屋市 posted by (C)たそがれの写真家写真00547 伊勢湾上空から posted by (C)たそがれの写真家写真00560 富士山静岡空港 posted by (C)たそがれの写真家写真00562 静岡市と富士 posted by (C)たそがれの写真家写真00571 御前崎沖から posted by (C)たそがれの写真家写真00575 駿河湾から posted by (C)たそがれの写真家写真00579 駿河湾から posted by (C)たそがれの写真家写真00586 西伊豆・小浦 posted by (C)たそがれの写真家写真00589 下田沖から posted by (C)たそがれの写真家写真00600 伊豆大島・岡田港 posted by (C)たそがれの写真家東海汽船は、元町港と岡田港を使っており、冬場は風が強いので、西風をもろに受ける元町港ではなく岡田港を使用している。
2017年11月29日
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蒜山までの空の旅は、すでに報告していますが、二日目に休暇村が主催するツアーが行われ、旧吉岡坑道と弁柄の街と備前松山城に行ったんです。備前松山城についてwikipediaは松山城(まつやまじょう)は岡山県高梁市内山下にあった日本の城(山城)である。別名、高梁城(たかはしじょう)。「備中松山城跡」として国の史跡に指定されている。日本100名城。四国の愛媛県松山市にあった松山城を初め、各地の松山城との混同を避けるために、一般的には「備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)」と呼ぶ。城跡が国の史跡、江戸時代に建造された天守や二重櫓などが重要文化財に指定されている。標高430メートルの臥牛山山頂にあり、現存天守を持つ山城としては最も高い所にある。城のあった臥牛山(松山)は4つの峰からなり、小松山に本丸・二の丸・三の丸が階段状に配され、大松山、天神の丸、前山にも遺構がある。海抜約430mの臥牛山小松山山頂の本丸へは、麓の御根小屋から約1,500m、1時間ほどの道のりの山道を経て至る。江戸期の備中松山藩時代は山城で不便なため、山麓に御根小屋という御殿を構え、そこで藩主の起居・藩の政務を行った。現在は城跡が国の史跡に指定され、江戸時代に建造された天守、二重櫓、土塀の一部が重要文化財に指定されている。そのほかに石垣、復元された櫓、門、土塀が現存する。日本三大山城の一つとされる。御根小屋の跡地には岡山県立高梁高等学校がある。盆地の中の山城であることから、最近は雲海に浮かぶ城として、人気が高まっており、まだ夜が明けぬ暗いうちから、備中松山城が見える高原の展望台には、三脚の放列が出来るそうです。この山城には、途中まで車の入れる道路もあるのですが、ふもとに駐車場が作られ、シャトルバスで中腹まで行き、そこから登山道を登る形をとる。ちなみに私たちのバスは、山への通行許可をとってあり中腹の駐車場までバスで上がって、登山道を歩きました。写真00270 posted by (C)たそがれの写真家写真00272 posted by (C)たそがれの写真家写真00286 posted by (C)たそがれの写真家写真00294 posted by (C)たそがれの写真家写真00297 posted by (C)たそがれの写真家写真00304 posted by (C)たそがれの写真家写真00313 posted by (C)たそがれの写真家写真00316 posted by (C)たそがれの写真家写真00320 posted by (C)たそがれの写真家写真00326 posted by (C)たそがれの写真家写真00329 posted by (C)たそがれの写真家写真00331 posted by (C)たそがれの写真家写真00338 posted by (C)たそがれの写真家写真00347 posted by (C)たそがれの写真家写真00356 posted by (C)たそがれの写真家写真00360 posted by (C)たそがれの写真家写真00360 posted by (C)たそがれの写真家写真00367 posted by (C)たそがれの写真家写真00370 posted by (C)たそがれの写真家写真00377 posted by (C)たそがれの写真家写真00377 posted by (C)たそがれの写真家写真00384 posted by (C)たそがれの写真家写真00388 posted by (C)たそがれの写真家写真00405 posted by (C)たそがれの写真家写真00408 posted by (C)たそがれの写真家写真00410 posted by (C)たそがれの写真家写真00414 posted by (C)たそがれの写真家写真00418 posted by (C)たそがれの写真家写真00422 posted by (C)たそがれの写真家写真00426 posted by (C)たそがれの写真家写真00431 posted by (C)たそがれの写真家*この備中松山城がなぜ残ったのか、江戸時代殿様をはじめ侍たちは麓の御殿に出仕していましたので、山上のお城には四人ほどの留守番がいただけだったそうで、明治維新にはボロボロな状態だったそうです。それを地元の人たちが残念に思い立て直し修理をしたそうです。ところでこの城ですが、最近テレビでっ追われているのですがご存知ですか?備中松山城は、NHK大河ドラマ(2016)の「真田丸」のオープニングに登場していました。どのように使われていたかをご紹介します。真田氏には縁のない備中松山城ですが、NHKのディレクターの目にとまり、標高430mという高いところに天守が残っており、険しい岩山(臥牛山)の上に残る城郭が山深い真田氏の居城のイメージに近かったことからロケ地に選ばれたと聞いています。・・・高梁市hpから 、
2017年11月27日
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写真00196 posted by (C)たそがれの写真家いつもと違うスタイルでスタートしましたが、「生かされている自分を感謝し」と言う言葉がまさに今の私にそのまま使えると思いましたょ。 幸いにして、三月からリハビリを続けてきた足の痛さもようやく感じなくなって、ほぼ普通に歩けるようにはなったんですよ。でも冠動脈が一本足らないので、早くは歩けませんし 坂道や階段ではすぐに疲れてしまうのでちょっと大変なんです。 写真00201 posted by (C)たそがれの写真家写真00203 posted by (C)たそがれの写真家写真00205 posted by (C)たそがれの写真家写真00208 posted by (C)たそがれの写真家写真00211 posted by (C)たそがれの写真家今年公開しているのは、退蔵院をはじめ四か所の塔頭なのですが、ここ退蔵院が一番きれいでした。 写真00214 水子地蔵 posted by (C)たそがれの写真家写真00215 posted by (C)たそがれの写真家写真00222 posted by (C)たそがれの写真家写真00226 posted by (C)たそがれの写真家写真00231 posted by (C)たそがれの写真家ことしも抹茶の接待をしていただきました。もちろん正しい作法なんぞ知りませんが。 写真00237 posted by (C)たそがれの写真家写真00239 posted by (C)たそがれの写真家写真00242 posted by (C)たそがれの写真家写真00247 posted by (C)たそがれの写真家写真00250 posted by (C)たそがれの写真家写真00254 posted by (C)たそがれの写真家写真00256 posted by (C)たそがれの写真家写真00259 posted by (C)たそがれの写真家最近は物忘れが出ることが多くなりました。以前から出かける時に何かしらひとつ忘れてしまう傾向があって、携帯とか時計とかタオルハンカチなどを忘れることがあるんです。家にいるときはリハビリに通うようにしているんですが、予約時間をその時は判っていても、いざとなると忘れていたり、間違えていたりするんです。そろそろ痴呆のことも考えないといけませんし。ただ出ずっぱりですから疲れているのかもしれませんが。
2017年11月27日
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ちょっと長いですが、wikipediaから引用すると富士山レーダー(ふじさんレーダー)とは、気象庁が1964年に富士山頂の富士山測候所に設置した気象レーダーとその運用システムをいう。1999年に運用を終了した。本事案は気象レーダー運用の電気技術史に残すべき顕著な事例として2000年3月にIEEEマイルストーンに認定された。1959年の伊勢湾台風では台風の接近と伊勢湾の満潮の時刻が重なったこと(異説あり)で大規模な高潮被害が発生し、死者行方不明者5,000名という大災害となった。これを受けて台風被害を予防する目的で日本本土に近づくおそれのある台風の位置を早期に探知することが社会的要請となり、気象庁が対策として気象レーダーを設置することとなった。設置場所は全方向にわたってレーダーの電波が山岳で遮られることがないという観点から富士山頂が選定された。従来から測候所として機能していた富士山測候所にレーダー棟を増設することとなった。工事は設置場所までの資材搬入経路の確保が格別に困難なこと、設置場所の気象条件が過酷なこと、納入機器が他に例を見ない性能であることから、気象庁は取引先選定で競争入札は機能しないと判断し、公共工事としては異例の随意契約により三菱電機と大成建設に発注した。設置費用は2億4千万円、着工は1964年5月であった。現場の気象条件は過酷であるため、工事は難航した。資材の搬入も難題であった。レーダーの設置を請け負った三菱電機では、搬入をブルドーザー、強力(ごうりき、人力輸送のこと)、輸送用ヘリコプターの3方法を試みた。1964年8月15日にヘリコプター輸送を行い設置に成功した。最終的に、工事資材は500tを超え、そのほとんどがブルドーザー啓開道により運ばれることになった。当時の気象庁の富士山レーダーにかける期待はきわめて高く、すでに運用されていた新潟県弥彦山や島根県三坂山の山岳レーダーで用いた5.7cm波レーダーではなく、観測エリアを広範囲にわたって確保するため、途中の雨雲等による電波減衰を防ぐ目的で異例の10cm波レーダーを用いることとした。他方、波長が長くなることによるレーダー画像の分解能低下を防ぐため、使用するアンテナを当時標準だった直径3mのものから直径5mに大型化することとしている。この富士山レーダーができるまで世界で一番高所にあった気象用レーダーはアメリカ合衆国モンタナ州にある標高2,600mの山の山頂にあったものだったので富士山レーダーは一気に1,100m以上も世界記録を塗り替えた。レドームの白いジオデシック・ドーム構造物は、設置されていた当時は富士山頂の代表的な構造物のひとつであった。1999年11月1日、富士山レーダーは気象衛星により台風の接近を観測できるようになったことと、代替レーダーが静岡県の牧之原台地(牧之原気象レーダー観測所)と長野県の車山(車山気象レーダー観測所)の2カ所に設置されることによりその役割を終え、運用を終了した。その本体は解体撤去され、2001年9月に富士吉田市に移設され、富士吉田市立富士山レーダードーム館として公開されている。私が富士山に登ったのは、中学三年の時だったと思うので、この時にはまだこのレーダーは設置されていなかったのかな。今でも伊勢湾台風の大きかったこと、忘れもしません。雨や風が収まったのでランドセルを背負い学校に行こうとしたら、まだ台風の目の中にいると大変怒られたものです。今でこそ気象衛星の画像で、それこそ雨が降っている場所までわかるようになってはいるのですが、当時としてはこのレーダーによって台風を捕まえることが出来たというのは画期的なことだったんでしょうね。今でもお隣の国ではインキ予報が全く当たらないと国民から非難されているようですね。で私がこんなことを書くのは、河口湖に紅葉を見に行った時、山中湖で紅葉をたっぷりと味わい、河口湖に向かっているとき、渋滞で車がほとんど動かなくなったしまい、我慢できなくなってきたので、ちょうど道の駅があったので、入ろうとしたら、駐車場がいっぱいで止められず、隣の富士山ドーム館に車を止めたことによるものです。写真00104 posted by (C)たそがれの写真家写真00107 当時を思わせるように posted by (C)たそがれの写真家写真00111 周囲の景観 posted by (C)たそがれの写真家写真00114 周囲の景観 posted by (C)たそがれの写真家写真00119 模型で posted by (C)たそがれの写真家写真00122 こんな画面で posted by (C)たそがれの写真家写真00124 posted by (C)たそがれの写真家写真00129 台風の雲とその前の前線 posted by (C)たそがれの写真家写真00133 雨量だったかな posted by (C)たそがれの写真家写真00137 一応レーダーのアンテナは回っている posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月26日
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今まさに日本列島は、錦秋の世界に入っています。今朝品川から乗った京急の車窓からも、八山橋の近くに大きくそびえる欅の木に朝日が当たって、御殿山のビルを背景にとても素晴らしい光景を作っていましたし、道中にも赤く変身したいろいろな木が見えていました。紅葉と言うと凡人は、モミジとすぐに思ってしまいますが、今山を赤く染めている紅葉は、雑木と呼ばれる広葉樹のもので、例えば北海道大雪の山々ではナナカマドですし、那須の山々ではゴヨウツツジと呼ばれる白ヤシオツツジなのです。では「さあ、京都に行こう」に登場するモミジたちはとなりますが、モミジの名所と言うと寺院とか神社、ダムサイトなどの周囲だと思われませんか。今京都に大勢の観光客が集まっていますが、その目的となるモミジたちは、人間の手によって過って植栽された者たちなのです。まあ、私たちの目を楽しませてくれれば、どちらでもよさそうなものですが。では、石山寺の紅葉の続きをご一緒に写真01122 posted by (C)たそがれの写真家写真01125 posted by (C)たそがれの写真家写真01129 posted by (C)たそがれの写真家写真01133 posted by (C)たそがれの写真家写真01137 posted by (C)たそがれの写真家写真01139 posted by (C)たそがれの写真家写真01142 posted by (C)たそがれの写真家写真01151 posted by (C)たそがれの写真家写真01155 posted by (C)たそがれの写真家写真01158 posted by (C)たそがれの写真家写真01165 posted by (C)たそがれの写真家写真01172 posted by (C)たそがれの写真家写真01178 posted by (C)たそがれの写真家写真01186 posted by (C)たそがれの写真家写真01193 posted by (C)たそがれの写真家写真01207 posted by (C)たそがれの写真家写真01214 posted by (C)たそがれの写真家写真01222 posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月26日
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急に寒い日が続いていますね。皆さんはインフルエンザのワクチンの接種は終わりましたか?私は、病気のデパートみたいなものですから、優先的に受けられるので11月の診察の時に済ませましたが。その代りベランダで飼っていた「楊貴妃メダカのダルマ」たちが大挙して、凍死?してしまいました。本来は寒さには強い品種なのですが。室内で飼っている子らは、外の寒さには関係なく元気に泳いでいて、私が餌をあげようとする気配にも敏感に反応してくれますが、ベランダの子たちは一部の子をのぞいて底の方や水草の中でじっとしていますね。で残された「楊貴妃メダカのだるま」の五匹はたまたま空いていた室内の金魚鉢に移してあげましたが、室内で作っている彼らの水とベランダの水との温度差は大きく、簡単に移すというわけにもいかないんですよ。さて最終日、大阪伊丹15時半の飛行機を予約しているので、二時半には空港についているようにしたいし、リムジンバスに乗る都合で、京都駅にキャリーバックを預けておきたいもの。それで選んだのが「石山寺」でした。嵯峨野でもいいのですが団体客で混雑していますから、時間を読むことは出来ません。その点、石山寺でしたら何度も行っていますから、紅葉の見事さは知っていますし、境内は別にしてもその行程は混雑しませんしね。石山寺(いしやまでら)は、滋賀県大津市石山寺1丁目にある東寺真言宗の寺院。本尊は如意輪観音、開基(創立者)は良弁。当寺は京都府の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場であり、西国三十三所観音霊場第13番札所となっている。また当寺は『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』などの文学作品にも登場し、『源氏物語』の作者紫式部は、石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。「近江八景」の1つ「石山秋月」でも知られる。紅葉の名所としても知られ、秋にはライトアップが行われており、2015年に日本夜景遺産に認定された・・・wikipedia写真00998 京阪電車石山線 posted by (C)たそがれの写真家写真00999 posted by (C)たそがれの写真家写真01005 posted by (C)たそがれの写真家写真01006 posted by (C)たそがれの写真家写真01009 posted by (C)たそがれの写真家写真01012 posted by (C)たそがれの写真家写真01014 posted by (C)たそがれの写真家写真01017 posted by (C)たそがれの写真家写真01020 posted by (C)たそがれの写真家写真01024 posted by (C)たそがれの写真家写真01027 posted by (C)たそがれの写真家写真01037 posted by (C)たそがれの写真家写真01040 posted by (C)たそがれの写真家写真01044 posted by (C)たそがれの写真家写真01046 posted by (C)たそがれの写真家写真01052 posted by (C)たそがれの写真家写真01062 posted by (C)たそがれの写真家写真01071 posted by (C)たそがれの写真家写真01076 posted by (C)たそがれの写真家写真01079 posted by (C)たそがれの写真家写真01088 posted by (C)たそがれの写真家写真01104 posted by (C)たそがれの写真家写真01106 posted by (C)たそがれの写真家写真01119 posted by (C)たそがれの写真家 続く、
2017年11月24日
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京都へは、常識的には小田原から「ひかり」で行くのが普通で、名古屋までは止まらないので「のぞみ」とそれほど変わらず行けるのですが、そこは空を飛ぶ男、たそがれさんですから羽田から大阪伊丹へと飛んで、伊丹からはリムジンバスを利用しています。リムジンバスが着くのは、八条口なのですが翌日のツアーのチケットを好感したかったので、「嵯峨野線(山陰線)」を使って花園まで行き、法金剛院の紅葉を見て、臨済宗妙心寺の塔頭「退蔵院」に行くと考えたのです。法金剛院は花の寺としても知られ、時期には中央の池を埋め尽くすほどの蓮を咲かせるほか、ハチなどで育てられた変わった品種も展示されるのですが、紅葉もすごいんです。写真00075 posted by (C)たそがれの写真家写真00078 posted by (C)たそがれの写真家写真00081 posted by (C)たそがれの写真家写真00085 posted by (C)たそがれの写真家写真00089 posted by (C)たそがれの写真家写真00089 posted by (C)たそがれの写真家写真00096 posted by (C)たそがれの写真家写真00099 posted by (C)たそがれの写真家写真00102 posted by (C)たそがれの写真家写真00105 posted by (C)たそがれの写真家写真00108 posted by (C)たそがれの写真家写真00112 posted by (C)たそがれの写真家写真00115 posted by (C)たそがれの写真家写真00118 posted by (C)たそがれの写真家写真00120 posted by (C)たそがれの写真家写真00122 posted by (C)たそがれの写真家写真00126 posted by (C)たそがれの写真家写真00129 posted by (C)たそがれの写真家写真00132 posted by (C)たそがれの写真家写真00135 posted by (C)たそがれの写真家写真00141 posted by (C)たそがれの写真家写真00144 posted by (C)たそがれの写真家写真00148 posted by (C)たそがれの写真家写真00151 posted by (C)たそがれの写真家写真00158 posted by (C)たそがれの写真家写真00177 posted by (C)たそがれの写真家写真00181 posted by (C)たそがれの写真家写真00184 posted by (C)たそがれの写真家法金剛院の歴史についてwikipediaでは法金剛院は、古くから名勝の地として知られる双ヶ丘の東麓にある。付近には妙心寺、仁和寺などの著名寺院や史跡も多い。この地には平安初期の貴族・清原夏野(782年 - 837年)の山荘があり、夏野の死後、山荘を寺に改めたものが当寺の前身であるという。20年ほど後の天安2年(858年)、文徳天皇の発願で伽藍を建立し、天安寺と称した。その後、寺運は衰えたようだが、3世紀ほど経た平安末期の大治5年(1130年)、待賢門院(1101年 - 1145年)により再興された。 待賢門院は藤原氏の出身で、鳥羽天皇中宮であり、崇徳天皇、後白河天皇の母である。最盛期の法金剛院には九体阿弥陀堂、丈六阿弥陀堂、待賢門院の御所などが立ち並んでいたというが、度重なる災害により、壮観だった当時の面影はない。なお、平安末期の浄土式庭園の遺構が1968年に発掘・復元されている。現存する阿弥陀如来像は像高2.2メートルを超える大作で、丈六阿弥陀堂の本尊と推定されている。としている。
2017年11月23日
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少し戻って、休暇村乗鞍高原のツアーで開田高原に行った帰り、予定通り中山道奈良井の宿を歩くことになり、皆さんご存知でしょうが奈良井の宿は塩尻市(旧楢川村)の奈良井川上流に位置する、標高900m台の河岸段丘下位面に発達した集落である[1]。木曽路十一宿の江戸側から2番目で、11宿の中では最も標高が高い。難所の鳥居峠を控え、多くの旅人で栄えた宿場町は「奈良井千軒」といわれた。江戸寄りから下町、中町、上町に分かれ、中町と上町の間に鍵の手がある。水場は、山側に6ヶ所ある。現在は重要伝統的建造物群保存地区として、当時の町並みが保存されている。また、江戸時代から曲げ物、櫛、漆器などの木工業が盛んで、旅の土産物として人気があった。天保14年(1843年)の『中山道宿村大概帳』によれば、奈良井宿の宿内家数は409軒、うち本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠5軒で宿内人口は2,155人であった。・・・wikipediaからちなみに中山道は、東海道の箱根山のような急峻の峠はありませんし、大井川のようにニンソクに渡してもらう必要もないので、たとえば皇女和宮の嫁入り道中のように女性の旅に使われたので、姫街道ともいわれる。とは言っても、今でも道中は谷底のようなところを走らないといけないのですが。この街道に沿って、早くから鉄道が引かれ中央線と呼ばれるが、岡谷だったか塩尻だったかで中央東線と中央西線に分かれ東線はJR東日本、西線はJR東海とに分かれるため、仲の芳しくない両社なので、それそれの線に乗り入れる列車は運転されておらず、名古屋からの特急しなのはJR東日本に乗り入れるものの松本・長野とを結んでいる。写真00424 道の駅奈良井木曽の大橋で posted by (C)たそがれの写真家写真00431 道の駅奈良井木曽の大橋で posted by (C)たそがれの写真家写真00438 一応皆さんと歩き始めたのですが posted by (C)たそがれの写真家写真00441 面白い雲があったので posted by (C)たそがれの写真家ごらんのとおり、この時点ですでに皆さんとは離れ離れに 写真00449 喫茶店の看板を見つけ posted by (C)たそがれの写真家メニューにぜんざいを見つけ、疲れた時は良いかなと注文。本物のおもちも入っていて美味しかったですよ。そしてこの器は、江戸時代からの家宝のものだとか。 写真00453 再び街道に posted by (C)たそがれの写真家写真00456 神明宮 posted by (C)たそがれの写真家お寺やお宮はこのように街道から一歩下がっているんですね。 写真00460 ふれあい公園 posted by (C)たそがれの写真家写真00462 特急しなのが posted by (C)たそがれの写真家写真00468 特急しなのが posted by (C)たそがれの写真家このほんの少し前、トイレに行きたくて歩いていた地元の人に聞いたらば、その踏切を渡ればと言われて。渡ろうとしたら、幅1メートルもなく危険だから通るなと。もちろん警報器もありませんわな。 写真00471 木曽の大橋 posted by (C)たそがれの写真家IMGP6238 光のいたずらを posted by (C)たそがれの写真家写真00475 ふれあい公園 posted by (C)たそがれの写真家写真00479 ふれあい公園 posted by (C)たそがれの写真家写真00484 道の駅奈良井木曽の大橋で posted by (C)たそがれの写真家写真00486 道の駅奈良井木曽の大橋で posted by (C)たそがれの写真家写真00490 雨の予兆か posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月21日
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比較的行くことの少ない中国地方の空港。例えば広島空港は旬感旅行で行っただけですし、山口宇部空港もプライベートでも二度くらいかな。旬感旅行でも行ったのでしょうね。そんな中岡山空港にはちょっとだけなじみがあって、と言うのもここは落合にある「醍醐の桜」の基地になるからです。丘の上に千年もふもとの村を見つめていた「醍醐の桜」、周囲の13戸からはどこからもこの桜が見える由、大河ドラマの宮本武蔵のロケや今でも放送されている某国営放送の旅番組と言うか、地方紹介番組のタイトルバックに使われている桜の木です。とは言っても真庭市ではこれと言った宿泊施設が少ないし、その時であったカメラマンから休暇村蒜山高原のことは聞いていて、関心は持っていましたが、かといってただ行って帰るだけでは南紀勝浦で充分ですし、では今回はなんで休暇村が主催するツアーに参加する気になったかと言うと、目的地に備中松山城が入っていたからです。でここでは、基本的な思い違いをしていました。あの秀吉が水攻めにした「備中高松城」と取り違えていたんです。近くではあるんですが、備中松山城は現存する12のお城のうち、唯一の山城。ここも大河ドラマの「真田丸」のタイトルバックに使われたお城でもあります。お城の報告はまた改めてとしてまずは蒜山高原に向かいます。写真00001 三浦半島 posted by (C)たそがれの写真家写真00004 江の島 posted by (C)たそがれの写真家写真00006 馬入川(相模川) posted by (C)たそがれの写真家写真00012 西伊豆 posted by (C)たそがれの写真家写真00016 湖上の駅 posted by (C)たそがれの写真家大井川鉄道井川線 写真00021 吉井川 posted by (C)たそがれの写真家写真00021 posted by (C)たそがれの写真家写真00027 吉井川 posted by (C)たそがれの写真家写真00029 posted by (C)たそがれの写真家日本海まではこのような小山の連続 写真00032 山の上に池と思ったら posted by (C)たそがれの写真家写真00040 蒜山 posted by (C)たそがれの写真家写真00043 蒜山高原に虹 posted by (C)たそがれの写真家大きすぎて一度に撮れないので 写真00046 蒜山高原に虹 posted by (C)たそがれの写真家写真00048 蒜山高原に虹 posted by (C)たそがれの写真家写真00051 よりはっきりと見えたので posted by (C)たそがれの写真家写真00056 休暇村の庭で posted by (C)たそがれの写真家写真00062 恐ろしい雲でした posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月20日
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前は良く酒匂川の堤防を歩いたものですが、いつの間にかしなくなつていましたね。途中で病気になることが多く、フライトのキャンセルや宿のキャンセルがつづいたりしたので、やむなくスケジュールがタイトになっていましたから。二勤一休とか三勤一休ではありましたが、その安息日となるはずの日も、月二回の病院通いやそのつどのリハビリもありましたし。つくづく年は取りたくないものです。で河口湖に泊まった朝、食事時間にはまだ早いし、ちょうど日の出も見れたのでカメラをもって外に出てみたのです。ホテルの前に数本のカエデがあることは知っていましたし、昨夜紅葉祭りの会場に送っていただくバスの車中からも、湖畔に続くモミジが見えていたんです。湖には霧が漂っていて手前のワンドからはケアラシが立っていましたから、最高の撮影チャンスです。写真00272 posted by (C)たそがれの写真家写真00276 posted by (C)たそがれの写真家写真00279 posted by (C)たそがれの写真家写真00289 posted by (C)たそがれの写真家写真00294 posted by (C)たそがれの写真家写真00296 posted by (C)たそがれの写真家写真00299 posted by (C)たそがれの写真家写真00302 posted by (C)たそがれの写真家写真00313 posted by (C)たそがれの写真家写真00318 posted by (C)たそがれの写真家写真00321 posted by (C)たそがれの写真家写真00331 posted by (C)たそがれの写真家写真00340 posted by (C)たそがれの写真家写真00345 posted by (C)たそがれの写真家写真00348 posted by (C)たそがれの写真家写真00351 posted by (C)たそがれの写真家写真00363 posted by (C)たそがれの写真家写真00373 posted by (C)たそがれの写真家写真00376 posted by (C)たそがれの写真家写真00378 posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月19日
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11/15-17の間、休暇村蒜山高原に行っていました。岡山空港から約二時間、途中の景色は山また山、蟻塚のような小山が連続している中を自動車道は走っているんです。景色は正に紅葉の中を走っているようで素晴らしいのですが、早い話が日本昔話に出てくるような小さな集落がその谷間にあって、山の中腹をトンネルや高架道路で貫いている景色です。そんな岡山県の北のはずれ、鳥取県との境にあるようなところが「蒜山高原」で、ネット環境は少なくともwifiは休暇村のロビーで使える「free spot」の実なのですが、先週の休暇村乗鞍高原に行ったとき、そのfree spotのポジションを休暇村乗鞍高原に指定してしまったため、ロビーですらwifiをつなぐことができなかったのです。幸いにして、二日目は休暇村が主催するツアーの日で、備中松山城と言う日本で現存する唯一の山城なので、さすがに麓からではなく、中腹から歩いたものの普段まともに動いていない「たそがれ」にとっては自分の体重が重いと言うハンデのほかにも、最近まで焼く7か月も足が坐骨神経痛等で動かなかったのに、坂道を歩いたものですから、疲れ果てて帰りのバスだけでなく、「剣客商売」をみたらそのまま眠ってしまったと言う情けなさ。ちなみに岡山県と言うのは、倉敷とかくらいの若い時の記憶と、最近では「醍醐のサクラ」を何度も見に行っているので、その周辺の地域はわかるものの、ナビで動いている悲しさ、頭の中にはそれぞれの街の位置が全くと言っていいほど入っていないと言う悲しさ。かろうじて大仙の裏側にあると言う知識ぐらい。当然のように私の持っているEモバイルのルーターは、圏外表示という悔しさ。メールは見れない、もちろんブログは書けませんし、おなじみの方のブログも見に行けず、face bookさえのぞけない環境の中にいたんです。こんな時に限って、upすべき写真が前もって、ブログ5回分ぐらいフォト蔵にupしてあったと言う悲しさ。そんなわけで復帰第一作は、乗鞍高原から行った御嶽山のふもと「開田高原」を取り上げてみます。開田高原とは長野県西部に位置し、岐阜県に接する。村西部は西にそびえる御嶽山の裾野からなり、北部・東部は飛騨山脈南端の山々が連なる。ほぼ全域が標高1,000m以上の高地にあるため、その気候は一年を通して非常に冷涼である。真夏でも30℃を超えることはほとんどなく、真冬にはマイナス20℃以下になる日が年に何度もある。御嶽山の裾野を中心とした区域は開田高原と呼ばれ観光地化されている。古くから木曽馬の主産地であった。・・・wikipedia写真00257 奈川渡ダムの上を走る posted by (C)たそがれの写真家写真00258 ダムで出来た梓湖 posted by (C)たそがれの写真家写真00266 梓湖の湖岸を奈川に posted by (C)たそがれの写真家この道は野麦峠を超えて飛騨へと続く道で、飛騨地方で集められた女工さんたちが歩いて野麦峠を超えたと言う逸話が残る処です。 写真00279 堺峠を抜けて木祖村へ posted by (C)たそがれの写真家乏しい経験から松本まで降りて、長野道を使って奈良井へと抜けるのかと思っていたのですが、さすが地元の車、奈川渡ダムから野麦街道を走り木祖村に出ると言うショートカットの走行でした。 大型の観光バスと言うのに、松本電鉄(アルピコ交通)の運転手さんはさすがです。ちなみに今まで小松へ飛ぶ飛行機からこの谷は見てはいましたが、こんな近道があるのだとは。 写真00282 木祖村で posted by (C)たそがれの写真家写真00286 木祖村で posted by (C)たそがれの写真家ちなみに木祖村へは、一度だけですが桜の撮影に私も来ているのですが、記憶にある場所とは再開できませんでした。 写真00288 木祖村で posted by (C)たそがれの写真家写真00295 木曽町の道の駅で posted by (C)たそがれの写真家写真00308 木曽駒牧場で posted by (C)たそがれの写真家写真00311 木曽駒もウォーミナグアップ posted by (C)たそがれの写真家木曽馬(きそうま)とは長野県木曽地域(木曽郡)を中心に飼育されている日本在来種の馬である。岐阜県飛騨地方でも飼育されている。日本在来種は他に北海道和種(北海道、俗称:道産子)、野間馬(愛媛県今治市野間)、対州馬(長崎県対馬市)、御崎馬(宮崎県都井岬)、トカラ馬(鹿児島県トカラ列島)、宮古馬(沖縄県宮古諸島)、与那国馬(沖縄県八重山諸島)がいるが、本州の在来種は木曽馬のみである。一時絶滅寸前であったが木曽馬保存会が中心に活動が行なわれた結果、飼育数は増加した。しかし以前のような乗用、農耕を目的とした需要はなく、現在は200頭以下[1] という。平安時代から江戸時代にかけて、武士の馬として使用された。起源ははっきりしていないが、元々は蒙古の大陸系の馬である。一説では紀元前1世紀の漢で改良された「蒙古草原馬」が2~3世紀、朝鮮半島経由で渡来したという。この馬が木曽地域という山岳地帯で飼育された影響で、木曽馬となったとされる。・・・wikipedia 写真00314 木曽馬の里で posted by (C)たそがれの写真家写真00320 別に怖くは無いのですが posted by (C)たそがれの写真家以前、北海道で道産子に乗れる機会があったのですが、尻羽岬で昼食をとった際、激しいめまいに襲われ熱海処病院の院長からどこからでもめまいなどが有ったら救急車で飛んで来いと言われていたのですが。 その場所は一番近い厚岸の街からでも最低1時間以上かかる場所で、しかも当然ながら携帯は圏外しかも駐車場まででも歩いて30分ほどかかる場所諦めて静かに座り回復を待ったことがあったので道産子の体験はドタキャンさせてもらいました。 写真00323 帰ってきたところ posted by (C)たそがれの写真家写真00329 牧場から御嶽を posted by (C)たそがれの写真家写真00332 放されている木曽駒たち posted by (C)たそがれの写真家写真00344 木曽馬の里で posted by (C)たそがれの写真家写真00346 ブルーベリーの紅葉 posted by (C)たそがれの写真家写真00354 ブルーベリーと御嶽 posted by (C)たそがれの写真家写真00358 添乗員お勧めの蕎麦屋で posted by (C)たそがれの写真家写真00362 お昼は蕎麦ランチ posted by (C)たそがれの写真家写真00365 アイスクリーム公房 posted by (C)たそがれの写真家栗で出来たアイスを食べてみました 写真00367 アイスの工房で posted by (C)たそがれの写真家写真00369 アイスの工房で posted by (C)たそがれの写真家写真00375 九蔵峠にて posted by (C)たそがれの写真家写真00383 九蔵峠から御嶽 posted by (C)たそがれの写真家写真00383 posted by (C)たそがれの写真家写真00389 九蔵峠から posted by (C)たそがれの写真家写真00392 九蔵峠から posted by (C)たそがれの写真家写真00395 posted by (C)たそがれの写真家写真00399 九蔵峠から posted by (C)たそがれの写真家写真00405 九蔵峠から posted by (C)たそがれの写真家写真00408 九蔵峠から posted by (C)たそがれの写真家写真00414 霧しなそばで試食 posted by (C)たそがれの写真家工場の中に試食コーナーがあり、お昼のそばよりもおいしかった。
2017年11月17日
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私は紅葉を見たかったのですが、天龍は川下りの範囲ではモミジは無く、帰りに紅葉のある公園によってと言う予定だったのですが、まだ色づいていないとそのまま休暇村に帰宿。中央道と長野道を使って松本icから上高地・高山へのルートを走る。添乗員も言っていたが、バスの運転手でもこのコースは道幅が改正道交法前の幅なので、嫌がる人もいるのだとか。私たちのバスは参加者は、たった8人なのに松本交通の観光バス、慣れたコースなのでスイスイと狭いトンネルも走り抜けていく。この時の紅葉は、中央道辰野paくらいでしたね。ちなみに行きのコースでは、駒ヶ岳saで自由昼食。添乗員お勧めのソースカツどんは以前桜狩りの時に食べているので、もう一つ言われた焼きそばを食べようとしたが、メニューになく生姜焼きなどで間に合わせた。休暇村の夕食は、バイキングで添乗員はたくさん食べてくれと言っていたが、普段食べない昼を食べたので、ほんの気持ちだけに抑え、いつも出されていた蕎麦に舌鼓を打っていましたぞ。で翌朝木曽路へのドライブの日ですが、集合前の短い時間を利用して、とても広い休暇村の敷地を散策。添乗員も、休暇村を少し降りたところに乗鞍の絶景ポイントがあると言って、撮影タイムを撮ったので、今回はここまで写真00173 辰野paで posted by (C)たそがれの写真家写真00175 辰野paで posted by (C)たそがれの写真家写真00179 辰野paで posted by (C)たそがれの写真家写真00183 辰野paで posted by (C)たそがれの写真家写真00188 辰野paで posted by (C)たそがれの写真家写真00196 辰野paで posted by (C)たそがれの写真家写真00200 辰野paで posted by (C)たそがれの写真家写真00204 辰野paで posted by (C)たそがれの写真家写真00206 辰野paで posted by (C)たそがれの写真家写真00210 辰野paで posted by (C)たそがれの写真家写真00223 休暇村 posted by (C)たそがれの写真家写真00228 牛留池から乗鞍を posted by (C)たそがれの写真家休暇村の敷地内で遊歩道が完備しています 写真00233 摩利支天岳を含む乗鞍の北側 posted by (C)たそがれの写真家写真00235 剣が峰を含む乗鞍の南側 posted by (C)たそがれの写真家写真00237 休暇村の駐車場から posted by (C)たそがれの写真家手前のコースは休暇村のもの 写真00243 少し下って撮影タイムposted by (C)たそがれの写真家写真00249 少し下って撮影タイム posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月14日
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河口湖畔の足和田ホテルに予約して、一般道を走りながらまずは山中湖に、ここは昨年友人を案内してカババスなどにも乗ったのですが、こんな近いところに素晴らしい紅葉があるなんてと驚き、再び出かけた次第です。午前中湖畔を散策しながら撮影して、いざ河口湖へと走りだし、早速の渋滞に。たまたま道の駅があったので、所々の事情で立ち寄って、富士山ドーム館を一時間ぐらい見学、再び走り出したら河口湖大橋がネックになっていて、ほとんど走れない状態が続き、ナビをホテルに設定して早めに向かう事に変更。そこでお昼を食べないたそがれさんは夕食の時間を5時半にお願いしたら、五時半に食事されたお客様はホテルのバスで紅葉狩り会場にお送りしますとの申し出、断るまでもありません。早速入浴し、なかなかいう事を聞いてくれない「貼る蔵(画像処理ソフト)」にイライラしながら取り組んでいたら、五時半になってしまい、豪華ではないもののとても感じの良い味付けと、係の女性の適切な配膳についつい食べ過ぎてしまい、7時半20名近くのお客様と一緒に「河口湖モミジ祭り」の会場に。普段は空港や宿との間に撮影している紅葉なので、恥ずかしながら夜の紅葉狩りはこんなに生きていても初体験、テレビで毎日のように流される「JR東海」の東寺の五重塔のCMに刺激されていたのかもしれませんね。と言うわけで、若干ややブレのカットも含まれますが、ご覧ください。写真00239 梨川の紅葉 posted by (C)たそがれの写真家どこに行っても外人さんがいる世の中ですが、ここにも大陸のお客様たちが大勢いましたね。 写真00193 posted by (C)たそがれの写真家写真00197 posted by (C)たそがれの写真家写真00201 posted by (C)たそがれの写真家写真00203 posted by (C)たそがれの写真家写真00207 posted by (C)たそがれの写真家写真00209 posted by (C)たそがれの写真家写真00212 posted by (C)たそがれの写真家写真00219 posted by (C)たそがれの写真家写真00220 posted by (C)たそがれの写真家写真00222 posted by (C)たそがれの写真家写真00224 posted by (C)たそがれの写真家写真00224 posted by (C)たそがれの写真家写真00231 posted by (C)たそがれの写真家写真00233 posted by (C)たそがれの写真家写真00237 posted by (C)たそがれの写真家写真00244 posted by (C)たそがれの写真家写真00248 posted by (C)たそがれの写真家写真00252 posted by (C)たそがれの写真家写真00255 posted by (C)たそがれの写真家写真00261 posted by (C)たそがれの写真家写真00261 posted by (C)たそがれの写真家写真00266 posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月14日
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鮒下りつて全国にどのくらいあるんでしょうね。天竜川だけでもいくつかあるようですよ。私たちが参加したのは、一番古い会社と言うことですが、同じ天竜峡と言っても、もっと下流でやっている会社もありますし、浜松市では岩にぶつかって、多くの人が犠牲になった事故もありましたね。私たちの乗った船は、比較的に飯田市内ではと思われるところを走ったみたいですし、時間も通常は35分かかるそうですが、この時は台風の雨の影響で水量が多く、25分で走り抜けましたがそれだけ波が高く、ビニールの波よけを持ちながらのため、景色を味わう余裕もそれほどなく、ましてやカメラを使うのは至難の業でした。京都の京阪バスの定期観光で、保津川下りもやりましたが、保津川の方が距離も長く、流れもけしきも変化に富んでいて、楽しめたように思います。写真00089 天竜舟下り弁天港 posted by (C)たそがれの写真家写真00091 下流からトラックに積んでposted by (C)たそがれの写真家写真00093 この船に乗るのですが posted by (C)たそがれの写真家写真00104 パンくずを目当てに posted by (C)たそがれの写真家写真00107 posted by (C)たそがれの写真家写真00107 posted by (C)たそがれの写真家写真00117 桜の木か posted by (C)たそがれの写真家写真00122 posted by (C)たそがれの写真家写真00125 posted by (C)たそがれの写真家竹が増えて困っているのだとか。 写真00129 posted by (C)たそがれの写真家写真00133 posted by (C)たそがれの写真家写真00147 波しぶきを避けて posted by (C)たそがれの写真家写真00148 posted by (C)たそがれの写真家<写真00152 ここから激流が posted by (C)たそがれの写真家/center>写真00156 posted by (C)たそがれの写真家写真00160 時又港 posted by (C)たそがれの写真家港と言っても砂場だけで、この上に船を乗り上げる 写真00163 posted by (C)たそがれの写真家写真00165 posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月10日
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休暇村では宿泊者を獲得する手段としてそれぞれの休暇村や地区の休暇村が主催してツアーを実施することがあります。私は、以前休暇村南紀勝浦が主催するツアーに参加して、日本で一番古いお宮と言われる施設や棚田そして隠れ温泉などを巡るツアーに参加したこともあるのですが、今回は二泊三日で松本駅集合と言う、休暇村乗鞍のバスツアーに参加しました。一日目、11時に松本駅に集合して、天竜峡の川下りを楽しみ公園の紅葉なども見て、休暇村に宿泊二日目は木曽御嶽のふもとにある木曽駒の乗馬センターで引馬ですが経験し、開田高原の新そばを味わい、奈良井の宿で飼っての宿場に親しみ、最終日には上高地に行って、この冬最後の上高地の散策をすると言うプランでした。それぞれについては、細切れになりますが改めて報告するとして、全体的な感覚として今回のツアーは伊那路と木曽路それぞれの紅葉を楽しめるのかと思っていましたが、どちらかと言うと紅葉が盛りになっているのは、一部でありイベントを楽しむツアーでした。それにしても、まるで私が設定するかのように、移動距離の長いツアーで正直言って、体調も戻っていないこともあって、とても疲れた旅でした。でまずは11時には私の所からは着かないので、前泊するために乗車した中央線の「あずさ」からの車窓風景と、松本から飯田市の天竜下り乗り場までのバスからの車窓風景をまとめます。写真00003 八王子を出ると山の中に入り posted by (C)たそがれの写真家写真00009 岩櫃城址 posted by (C)たそがれの写真家真田丸の中で、真田の家族がよく話題にしていた岩櫃城はここにあったんです。当時は、まだ山城が主流でしたから 写真00012 posted by (C)たそがれの写真家写真00027 posted by (C)たそがれの写真家写真00036 小淵沢駅だったかな posted by (C)たそがれの写真家写真00040 八ヶ岳 posted by (C)たそがれの写真家写真00044 中央線の上り線と高速道 posted by (C)たそがれの写真家中央線を電化するときは、蒸気機関車用の小さなサイズのトンネルや、スイッチバックが多用してあったり、用地が無かったりして別なところに新しい線路を敷いて電車が通れるようにしたんです。 写真00047 posted by (C)たそがれの写真家写真00052 松本駅から乗鞍岳 posted by (C)たそがれの写真家写真00053 松本駅の裏口で posted by (C)たそがれの写真家写真00059 常念岳 posted by (C)たそがれの写真家写真00066 posted by (C)たそがれの写真家写真00069 posted by (C)たそがれの写真家写真00072 posted by (C)たそがれの写真家写真00077 木曽駒の千畳敷 posted by (C)たそがれの写真家写真00078 駒ヶ根SA posted by (C)たそがれの写真家写真00082 宇宙から見ると日本は今赤く見えるとか posted by (C)たそがれの写真家写真00084 posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月09日
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写真00696 posted by (C)たそがれの写真家まずはJFE スティール君津と富士山からrw34に向かう機からの最後の撮影です。富士山は靄の上に浮かんでいるんですね。 写真00499 手結港 posted by (C)たそがれの写真家写真00508 宍喰湾 posted by (C)たそがれの写真家写真00515 潮岬 posted by (C)たそがれの写真家写真00542 那智の滝 posted by (C)たそがれの写真家写真00550 熊野市 posted by (C)たそがれの写真家写真00560 紀伊半島沖から posted by (C)たそがれの写真家写真00574 posted by (C)たそがれの写真家写真00586 伊勢湾沖を飛行中 posted by (C)たそがれの写真家写真00591 posted by (C)たそがれの写真家写真00596 三保の松原と富士 posted by (C)たそがれの写真家写真00600 駿河湾沖から posted by (C)たそがれの写真家写真00604 御前崎 posted by (C)たそがれの写真家写真00607 伊豆半島と富士 posted by (C)たそがれの写真家写真00614 下田 posted by (C)たそがれの写真家写真00618 達磨山と富士 posted by (C)たそがれの写真家写真00625 posted by (C)たそがれの写真家写真00628 ブロッケン現象 posted by (C)たそがれの写真家写真00636 伊豆大島 posted by (C)たそがれの写真家写真00643 posted by (C)たそがれの写真家写真00651 三原山 posted by (C)たそがれの写真家写真00656 伊豆大島と富士 posted by (C)たそがれの写真家写真00663 箱根と富士 posted by (C)たそがれの写真家写真00666 八ヶ岳をバックに posted by (C)たそがれの写真家写真00670 館山市 posted by (C)たそがれの写真家写真00674 霞の中に山々が posted by (C)たそがれの写真家写真00679 房総沖 posted by (C)たそがれの写真家写真00684 伊豆大島 posted by (C)たそがれの写真家写真00687 箱根も富士も雲の上 posted by (C)たそがれの写真家今回の高知行きは、たった二泊三日でしかも実質的に動いたのは中日だけなのに、とても疲れました。まだ体調不良が残っていたんでしょうか。年を取ったのは間違いありませんが。
2017年11月06日
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現役の皆さんは、三連休ですね。さぞやお子様たちはあっちへ連れていけ、ここへ行こうよなどとせがまれたことでしょう。今のうちが華なんですけどね。私ももう12年毎日が日曜日の生活をしているため、今日が何曜日なのかトンとわかりません。ちょっと前までは、土日や連休の時期は混雑しますし、何かと面倒なので安息日にしていましたが、二か所の病院の定期的な訪問、そしてリハビリ、頭の検査などがあるとなかなかそんなことも言ってはいられず、ついつい予定を組んでしまうのですが、さすがに今回の高知行きは疲れて尾を引いていますね。昨日も昼間テレビを見ながら眠ってしまいましたし、ついつい夕食を食べすぎてしまったため、胃酸の逆流がひどくとても寝ていられないため、一時過ぎから四時半過ぎまで、you tubeを見ていましたが、その時にもうつらうつらしていたようで何を見ていたのかわからない次第。写真00087 富士市沖合から posted by (C)たそがれの写真家写真00097 南アルプス posted by (C)たそがれの写真家写真00108 posted by (C)たそがれの写真家佐久間ダム付近かな 写真00111 posted by (C)たそがれの写真家写真00118 濃尾平野 posted by (C)たそがれの写真家写真00122 蒲郡 posted by (C)たそがれの写真家写真00129 知多半島と日間賀島と篠島 posted by (C)たそがれの写真家写真00135 セントレア posted by (C)たそがれの写真家写真00137 三重県 posted by (C)たそがれの写真家写真00141 陸上自衛隊明野駐屯地 posted by (C)たそがれの写真家写真00143 松坂興産 posted by (C)たそがれの写真家写真00154 池原ダム湖 posted by (C)たそがれの写真家写真00161 下北山村 posted by (C)たそがれの写真家写真00169 セントレアに向かう機 posted by (C)たそがれの写真家写真00181 十津川 posted by (C)たそがれの写真家写真00187 posted by (C)たそがれの写真家隠れ里のように見えたので 写真00190 田辺市平瀬? posted by (C)たそがれの写真家写真00203 田辺市 posted by (C)たそがれの写真家写真00211 南紀白浜 posted by (C)たそがれの写真家写真00237 室戸 posted by (C)たそがれの写真家写真00240 国立青少年自然の家 posted by (C)たそがれの写真家写真00246 室戸市吉良川町 posted by (C)たそがれの写真家変わった地形ですね。丘の上には田んぼを作り集落は海沿いに。樹のベルトは断層帯だと思うけど 写真00250 室戸市羽根 posted by (C)たそがれの写真家写真00255 物部川 posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月05日
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天狗高原は、愛媛県側に天狗荘と言う宿泊施設があり、その西側には四国カルルスと呼ばれる地形が広がっていて、東側の高知県にはキャンプ場のほか、自然林の間を歩く森林セラピーの遊歩道があるんです。そしてその先には大引割・小引割と呼ばれる過って地震で地面が割かれたという場所が埋まることなく残っているのだそうな。平坦な道だとは、ネットで調べてきていたのですが、さすがに大引割までトータルで4.6キロあるなんて知りませんでしたから、1.2キロも歩いてしまって、まだ3.4キロ残りがあるなんて看板を見てしまうと、とにかく戻らなければと言う思いが先に立ってしまいましたよ。とにかく足がまだ完全には治っていませんし、関節の痛みまで出てきてしまいましたから。写真00314 posted by (C)たそがれの写真家写真00343 posted by (C)たそがれの写真家写真00347 posted by (C)たそがれの写真家写真00351 posted by (C)たそがれの写真家写真00357 posted by (C)たそがれの写真家写真00359 posted by (C)たそがれの写真家写真00359 posted by (C)たそがれの写真家写真00367 posted by (C)たそがれの写真家写真00371 posted by (C)たそがれの写真家写真00374 posted by (C)たそがれの写真家写真00377 posted by (C)たそがれの写真家写真00380 posted by (C)たそがれの写真家写真00383 posted by (C)たそがれの写真家写真00388 posted by (C)たそがれの写真家写真00391 posted by (C)たそがれの写真家写真00395 posted by (C)たそがれの写真家写真00399 posted by (C)たそがれの写真家写真00404 posted by (C)たそがれの写真家写真00406 posted by (C)たそがれの写真家写真00410 posted by (C)たそがれの写真家写真00413 posted by (C)たそがれの写真家写真00417 posted by (C)たそがれの写真家写真00421 posted by (C)たそがれの写真家写真00425 posted by (C)たそがれの写真家写真00430 posted by (C)たそがれの写真家写真00434 posted by (C)たそがれの写真家写真00437 posted by (C)たそがれの写真家写真00441 posted by (C)たそがれの写真家写真00446 posted by (C)たそがれの写真家写真00456 posted by (C)たそがれの写真家写真00459 posted by (C)たそがれの写真家写真00463 posted by (C)たそがれの写真家写真00466 posted by (C)たそがれの写真家写真00469 posted by (C)たそがれの写真家写真00474 posted by (C)たそがれの写真家写真00477 posted by (C)たそがれの写真家写真00481 posted by (C)たそがれの写真家写真00485 天狗荘 posted by (C)たそがれの写真家>/center>
2017年11月04日
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ほんとはね、四万十の天然ウナギが食べたくて来たのですが、10/31ホテルの宿泊者用の洋食を食べていたとき、念のためと思ってメニューを見せていただいたのですが、1日から11月のメニューに代わるといわれ、食材がそそられたのでその場で予約してしまいました。結果として、このホテルが提供する11月の会席の最初の客となったのですが、前菜の子芋から鯛の焼き物までとてもゆずの利いた素晴らしいものでした。一日二食のたそがれさんですから、ウナギはまた食べに来ることにして、紅葉が見られる場所はないかと探してみたら、車で二時間ほどの(二時間半以上かかりましたが)天狗高原に行ってみることにしたんです。四国で紅葉と言えば、何をさておき揖屋渓ですが、初めてのところに行くのも旅のだいご味。先日の自治会の文化展で「行ったことのない場所なんて無いんでしょ?」と言われたのが引っ掛かっていたのかもね。その天狗高原まずは向かう途上で撮影したカットを見てください。IMGP8526 posted by (C)たそがれの写真家IMGP8352 posted by (C)たそがれの写真家IMGP8356 posted by (C)たそがれの写真家IMGP8359 posted by (C)たそがれの写真家IMGP8363 posted by (C)たそがれの写真家IMGP8370 posted by (C)たそがれの写真家IMGP8520 posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月02日
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最後に乗ったのは、10/20花巻空港から帰った時でした。え!!おかしいですか? 確かに花巻から羽田までは青組も飛んではいませんからね。もっとも花巻空港へは紅組のJ-AIRとFDAだけですから。この時は羽田から新千歳に飛び、新千歳から花巻に戻って瀬美温泉に行ったので、帰りは花巻から伊丹に飛んで伊丹から羽田に帰ったのでした。その後風邪を発症しひどい下痢に悩まされていたのです。幸いに回復しましたので、当初の予定通り今年118フライオンとなる高知行きの乗客となったのでした。最近はなかなかクラスjがとれないので、16kの座席だったのですが、広くなったと宣伝していても、737ではね、LCCの座席と変わらないものね。しかも三列すべて男性ですから、窓側に座る私は待つすぐに座れず、窓の方をずっと向いていたんですよ。思うんですが日本でもLCCの路線がさらに増えれば、今のエアラインは生きていけなくなりますよ。せめて767のような2-3-2の座席であればそれほど窮屈な思いをしないですむのにね。昔は私のブログを広報がチェックしていたらしいのですが、最近は見ていないのでしょうね。そこで思い出したのが、機内のドリンクサービス、ハイタイムと名付けて提供されるもの、なぜかここのところずっと「キィウイ」ですね。かなりのお客様が他のはと言われるようですが、担当者がキィウイの会社から優遇されているのかな。私は「ゆずジュース」がいいんですが。IMGP8045 上昇中に posted by (C)たそがれの写真家IMGP8055 横須賀基地 posted by (C)たそがれの写真家昔ならスパイとして逮捕されちゃうんでしょうね。でもこのくらいもっと詳しい絵を衛星写真から周りの国々は得ているでしょうけどね。将軍様の国はハッキングの技術にたけているようですから。 IMGP8077 posted by (C)たそがれの写真家IMGP8086 南アルプスを背景に posted by (C)たそがれの写真家IMGP8092 posted by (C)たそがれの写真家
2017年11月01日
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