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与え、受け取るという習慣は私達の社会の中に根付いている。ただ、これは非常に外面的に行われているケースがほとんどだ。人から何かを受け取った時、「何か返さなければならない」という脅迫観念が私の中にはずっとあった。そして、長年それに気付きもしなかった。これは、正に親がそのようにしてきたからでもあり、またそのように「何か返さなければならない」というしつけを受けてきたからでもある。つまり、ここで発生している観念は、「このまま受け取るだけではいけない」というものだ。だから、ただ受け取り、何も返さなかった場合には、罪悪感が生じてしまう。何かを返さない限りずっとその人に「借り」をつくった状態になるのだ。私の場合「借り」のある状態を継続するのは、それはそれでとてもつらかったし、苦しかった。常に「借金」があるような状態と同じだから… まあ、借金も借金と思わないのならまだよかったのだろうが…私の中に大きな変化が始まった時から、ただ受け取っていいんだ、ということを知った。これは私の中の罪悪感を解放する大きなきっかけにもなり、素晴らしい考えであることを認識した。何度もブログに書いてきたが、受け取ることは与えることと同じだと感じる。しかし、この受け取ることは完全に感謝して受け取る気持ちであり、結果そこに物質的な「借り」は存在しない。(というかそのような決めることができる)そして、完全に私が受け取れば、相手も完全に与えられる=受け取れる。何らかのかたちで完全に受け取れるのだ。それは、きっと義務的に返された物質よりもはるかに素晴らしいものだろうと想像=創造する。人から与えられたら、完全に感謝して受け取ることが相手のためになると考えられるようになったのは、私の中では本当に喜ばしい変化であった。昨日のソフトの話ではないが、自分の力で快適なソフトに乗り換えたのだ!そして、「借り」がなければ今に集中できる。「あの時のあれをまだ返してない」なんて過去のことには縛られないのだ。真実の私は楽しいし、ユーモアもある。自己と対話していて、何度笑わされたことか…(きっと外から見たらアブナイ人(^^;;) そんな私が以前に言っていた。「私の中にエンマ様がいる」(※昔からエンマ様は閻魔王とも言われて、死後に生前の行いを裁く王様と言われていた)そんなこといきなり言われたってわかりゃしない。エンマ様?なんだ?嫌われる王様か?舌を抜き取るという暴力男でもいるというのか?クイズだった。クイズを出されることは結構多い。つまり、クイズ=お題を与えておいて、経験してみろということなのだろう。そして、絶対その時には答えがわからないようにプログラムされている。そんな時はすぐにわかる。ああ、答えがやってくるインスピレーションの回路をふさいでるのネ。(ただ、自分に何と言うかで、必ずしもそうでない場合もある。)ヒントもたまにやってくる。わかりやすいのも。最後にはちゃんと答えと解説がくっついてくるのが気に入っている。まあ、そんなお題が出されて、いろいろと超リアルロールプレイングゲームをした後、わかった。私がいちいち自分自身のやることなすこと文句をつけ、裁いていたのだった。つまり罪悪感をもたらす王様が私の中には住んでいたのだった。私がそれは罪と決めれば、私はその罪を負わねばならない。そのエンマ様にビクビクしながら私は生活していたのだった。エンマ様、もう仲良くしようよ~と言った。 最近、エンマ様は私に優しい。エンマ様は私を気に入ったらしい。私もエンマ様にたてつかなくなったので、エンマ様は私をなぐさめてくれたりもする。あれ?エンマ様って昔はどんな人だったっけ?エンマ様って誰だっけ?
2007.06.19
私には姉がいる。姉は昔から不思議な人だったが、ここ数年は「ね~あなた何者?人の心にダイブして盗み聞きしてるんじゃないの?」と思える時がよくある。それにも慣れてきたが…まあ、同じように振動しているなら、皆つながっていて一つだからそれも当然と言えば当然なんだが、心の中で使う言葉と「一字一句同じ」だとやっぱり (*゜ロ゜)なのだ。この世界はコンピューターの世界と良く似ているといわれる。私達個々はその端末に当たる部分でもあり、インナーネットにアクセスすれば同じ情報を引き出せる。また、私達は端末と言えども、それをスーパーコンピューターに変えることは可能だ。それから、古~いソフトが入ったままずっといくこともできるし(でも、きっとどこかでパソコンは壊れて買い換えるだろう)、新しいものをどんどん取り入れ、快適な環境にして気持ちよく使っていくこともできる。人間もそれと本当によく似ている。パソコン自体はソフトがなければ、ただの箱同然である。何もできない。しかし、その箱に入れるソフトが大変重要だ。そのソフトをどう入れるか、どう選択するかでコンピューターの役割が変わる。私達のコンピューターはプログラムした通りの仕事をするのだ。パソコンを買うと、ほとんどの場合、そこにソフトがついてくる。私達はそれをそのまま利用する。しかし、これを快適だと思えるソフトに変えることも可能だということに気づくためには、まずついてきたソフトを使うという経験が必要だ。快適でなければ何か他にこの問題を解決するものはないか、と初めてそこで新しいソフトを探すことになる。私たちは創造主であるから、経験によって、それらとかなり似た状況を創り出すことができる。つまり新しい何かを創り出すためには、また新たな経験が必要なのだと思う。だから、経験をしにここに来ているのだ。また似たような経験にしても、今までとは違うと感じることができれば(今までとは違う反応をする)、新しい創造につなげられるのだと思う。今、現在自分自身に入っているソフトはどんなもので、なされているプログラムはどのようなプログラムなのか、それはそのコンピューターがしている仕事を見れば明らかだ。私達の中で動くコマンドこそ、私達の思いや意識そのものであろう。親から引き継いだもともと入っていたソフトを快適なソフトに入れ替えることは、十分可能だ。そのために今のソフトについて十分知りたいものだ。
2007.06.18
昨晩、突き指をした。久々の突き指…グキッときた(>_
2007.06.05
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