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土曜も稽古に行ってきました。前日の夜、留学生のパーティで腰を痛めていましたが(踊りすぎ!)、土曜はグローブ乱捕りの日なので、強行参加です!この日のテーマはなるべく楽をする!(腰が痛いので)相手の順突きを捌いて小手投げというのをたくさん狙いました。グローブをはめているのに小手投げ?と不思議に思う方もいるかもしれませんが、相手の手首を極める事を考えなければ、捌きながら腕を抱えてやって、捌きの向きと回り返せば、小手投げになります。でも、これを小手投げって呼んでもらえるか微妙・・・ちなみに空いている手は相手の顔面にあてがいます。相手が前のめりに崩れているなら、捌きの方向に回りつづけて体を寄せれば脇固め。相手の崩れ具合というか、突きこみ具合で選択です。成功回数は小手投げ2回、脇固め2回でした。以前は、捌きながらの鉤突きや背後に回り込みってのが多かったのですが、この日は腰が痛かったせいか、なるべく歩かなくて済むよう小手投げって対応になったかと思います。乱捕りの後は三教のある程度取れる後輩バジーを捕まえて、「三教を取らせないよう頑張る奴から三教を取る」稽古をしました(反射道のこの稽古の真似です)。彼と手を取り合うのは実に一ヶ月ぶりです。彼も三教を取ろうとグイグイと入身しますが、僕がまだまだ上みたいです。隙が見えるっていうか、「そんなんじゃ取れん!」ってのがすぐ分かるし、そこを突けばすぐに崩れる。逆に僕が取る時は、「なんでこんなぽやーんとしとるんやろう?本当に三教防ごうとしとんかいな?」ってくらい彼は気が抜けているように見える。こういうのが乱捕りやっても如実に差が出ていると思う。(えらそうに書いてますが、夏に反射道本部指導員の方とやったときは全然叶いませんでした。)演武での法形の稽古を見ていても「なんでこんなに中心の感覚が緩いんだろう?」って思い、そこを指摘してもなかなか直らない。これじゃ、ああいう乱捕りなるのも無理ないわな~なんて変に納得してしまいました。やっぱ普段の稽古で意識できてないんだろうなぁと。一ヶ月前に指導した片手投げで、全く同じ指導をするとは思いませんでした(悲・遊びを取って浮かせるんだよ~!)拳法部、スタッフ不足深刻です。もっと顔出せるようがんばろ!
Oct 30, 2004
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久々に稽古行ってきました。実に一ヶ月ぶり。皆に「おひさしぶりっす!」と挨拶いただいちゃった。実験の合間を縫って、小一時間ほどだったけど、楽しかった。内容は空乱を30分とちょこちょこと指導。空乱はたっぷり汗をかきたかったので、かなり動きまくった。「いつもは、あまり先輩動かないので面食らいました。」とは後輩M田君談。後輩達(特に一回生)は演武会が近いせいか、構えが低すぎで、ローをまともに喰らうし、ハイもボンボン入った(振り抜いてはいませんよ~)。演武とモード切り替えてほしいなぁ・・・っておかしな話だけどさ。一回生は練習終了後、30分ほどバジーを中心にミットに取り組んでるから、もうちょっとマシでもいいような・・・と思ってたら、そのミットも問題だったよう。足を止めての二連突きとかばっかり。せっかくミット使うなら、持ち手が動いて距離を逐一変えてあげた方がいい。そうやって、間合いの調節とそれがしやすい構えになっていくと思うから。あと、後輩アガリスク君が北陸で行なわれた上田先生の講習会に出てきたそうだ。目を輝かせてその事を知らせてくれた。彼なりに何かしら掴むものがあったみたいだし、今後その成果を披露してくれるのが楽しみだ。しかし、本当に一ヶ月に一回しか体動かせないとかいう状況になるとは・・・(今週は土曜も行けそうなのだけど)実験計画、スケジュール調整など含めて、しっかりやっていかないと全然体動かせないようになってしまう。まさに日常そのものが稽古ですね。
Oct 28, 2004
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実験は自分が分からない要素があってはいけません。だから、1から10まで自分でやります(プロジェクトとかでないならだけど)。例えば、回路がいるなら回路を作る、金具がないなら金工をする、それらを動かすためにプログラムを組むなどなど。ふと、思いました。俺より上手く早く回路作る人も、金工やる人も、プログラム組む人もどんだけでもいる。全て自分でできるというのは素晴らしい事ではあるが、最大の成果でもない。僕は拳法も勉強も一つの目標のためにやっています。それは、何にも依存しない独立した自己を獲得するという目標で、平たく言うと強く賢くなるってのが目標なんですが、そんなのものはすごく小さいもんだと思いました。一番凄いのは人を動かせる人間だと。自分に出来ない事を、人にさせる、してもらえる。これが一番強い(成果を上げられる)んじゃないかと。これはただの他力本願とは違って、より良い成果を上げるための自己の決断だと思う。もちろん、相互の信頼、意識の共有というのが前提だけども。1から10まで自分でやるって意識では辿り着けないところがある。人を動かすという能力が最も成果を上げる。そして、そのためには信頼できる仲間がいるってのが前提。・・・あれ!?仲間を増やして、リーダーになれってどなたか仰ってましたね~結局、拳法オチがつきました。めでたしめでたし!
Oct 25, 2004
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僕は芸術には疎い。「美」ってなんだか理解できなかった。が、そんな認識を改めた。以前、あるテレビ番組でダ・ヴィンチが「絵画こそ、あらゆる方法の中で最高の表現である。」というような事を言っていたというのを見た時、あーなるほど!って思った。絵画も世界を表現する一手段だったのかとようやく気づいた。数式で物理現象を記述するのと、絵で物理現象を描くのに何の違いがあろうか!こう考えるようになると芸術に俄然興味が湧いてくる。絵画、彫刻、音楽、舞踏・・・すべて表現しようとする世界があって、鑑賞するものは、その世界こそを見るべきなんだろうなぁ。「美」ってのは、その表現される世界の美しさだと思う。いや、むしろ世界の美しさを理解するために芸術というものがあるんではないか。「世界の美しさ=法則性」と考えれば、それは科学そのものだ。やっと、芸術の鑑賞方法がちょっと分かった気がする。22歳にしてやっと!やっぱ、「全部一緒」なんだな!「表現される世界」なんて、よく評論家が言う言葉で、「???」って感じだったけど、気づけば自分の口から出ていた(笑)!それにしても、今まで勿体無い事してたな~これから挽回しよっと!
Oct 21, 2004
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「一日中考えて、もう寝ようって思って横になった時に色々と思いつくんだよ。あーだ、こーだって。そういうモードになってこないと論文書いてても楽しくない。僕も年を取ったのか、最近そういう状態になれないから、ちっとも進まんやんか~!」ちょっとストレス溜まっている教授の言葉です。僕は拳法の事を考えまくって、寝る前に思いついたり、夢の中で練習したりという状況がありました。その時は、物凄く楽しく、他の事などちっともよぎらず、まさに没頭していたと思います。今月、体を動かす拳法の稽古・・・ゼロ。そのかわり、研究についてはちょっと前進した。わりと一日中、研究の事考えています。まだ、寝ながら思いついたり、夢には出てくるって事はないけど。早く、そのモードに入りたい。あれは酒や他の娯楽、快楽より、段違いに気持ちいい。ああ、早く入りたい!
Oct 16, 2004
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水曜から日曜まで、初めて放射光施設に行って来ました。放射光施設というのを簡単に説明すると、電子を加速して、加速した時に出るメチャ強い光(これを放射光といいます)を使って実験をする所です。睡眠時間を削って、カツカツなスケジュールという事もあり、体力的にかなり疲れたのですが、初めての緊張感というで、精神的にもかなり疲れました。まず、施設ではたくさんの人が実験をしているので、操作ミスでビームを止めてしまったら、自分だけでなく、その人たちの貴重なデータが失われたりします。また、そこで使われている機器はとても精密かつ高価なもので、取り扱いには細心の注意を払わねばなりません。僕が一つ一つの操作で、緊張していたら、「すぐに慣れるって」と先輩が言いました。どこが一番重要で、何をしたらいけないという事をちゃんと知って、力を入れるところは力を入れる、手を抜く時は抜くって事ができるようになるってのが「慣れ」なんでしょう。また、ある装置に不具合が生じた時に、自分では「この辺だけだろう、いじれるのは」と妥協していた点も先生に掛かれば、僕の触れるのをためらっていた点にズンズン食い込んで解決されてしまうという事もあった。これも正しい知識の為せる業でしょう。ブラックボックスがあると、そこには手が出せません。色々となぁなぁで済ましていると、食い込めない領域があります。そこを打ち破るのに第一として必要なのは確かな知識でしょう。重要な部分については一切の妥協を排すというスタンスで、力をつけていきたいと思います。
Oct 12, 2004
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僕は今勉強がメチャ楽しい。時間も方法も縛られず、一つのことを思うように掘り下げる事ができるから。思えば、研究室に配属されるまでは広く浅くって感じだった。だから、なんかしっくりこなかったんだなぁ。でも、そういう基礎的な部分を広くやってこなかったら、今のような楽しさは味わえなかったと思う。一応の知識の土台を持った上で、自分の考えを持たなければならないと思う。ただ、裏を返せば、土台は一応でいいという事でもあると思う。広く浅くでいいと思う。細かい事を全体を見渡せる前に追求しても、上げられる成果なんて小さい。追求が必要な部分を、全体をかじる事によって、知り、初めて追求できるのだと思う。そして、実際に使ってこそ、その事を理解できる。その時点での問題点なんか、実は全体から見たら問題でもないかもしれないのに、自分が囚われている事が全ての元凶だと思ってしまうって恐ろしいなぁ。これって拳法にも言えますよね。拳法の稽古、物理の勉強、英語の勉強、全部有機的にリンクさせて、高効率で習得していきたいものです。
Oct 4, 2004
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