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おかげさまで本日42万アクセスを達成しました。4月は、海外取材、いろんなイベントへの出店、ビデオ編集、ニュースレター編集などが同時進行をしていたので、なかなか記事がかけなかったのですがネタは満載です。追って記事を書いていきたいと思います。お楽しみに。
2007.04.30
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渚音楽祭が大阪でも開催されるようになりました。場所は舞州。東京はお台場ということで鉄道が充実しているのでアクセスがいいのですが、舞州はアクセスが悪く、どれだけお客さんが集まるかは不明でした。しかし、ふたをあけてみると、結構きています。GWということもあり、関西以外の地域、たとえば広島だとか名古屋からも野外パーティー好きが集まってきているようです。ここで、ツナミクラフトを売っていたのですが、関東では少し見慣れたかもしれないのですが、関西ではまだまだ珍しいようで、少しずつではありますが、何もしなくても、売れるんです。今日はけっこういくんじゃないのかなって思っていたのですが。ところが、昼ごろになると、お客さんがパタッと止みました。理由は人数の割りに飲食の出店が少なく長蛇の列になっていたのです。あらかじめ昼飯は買っていたのですが、足りなくなってきたので、買いに行ってびっくり、ご飯ものは最低でも30メートルの行列。しかも一向に進まない。そんなことで、カレーパンを買いに並ぶが、こちらも生産が追いつかないようで、食材も切れてきているようでした。途中で別働隊に食材を持ってこさせているお店もありました。大規模な野外イベントの難しさって、やっぱり飲食・トイレですよね。今回の出店は、飲食以外は関東から来たお店が多かったのですが、飲食がこれだけいけるとなったら、次回以降は地元関西のお店も増えるんじゃないでしょうか。
2007.04.29
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今年もアースデイ東京に出店です。場所は去年と似たような場所で、裏が去年のお隣さんのNGOでなぜか余ったイスを一個もらってしまいました。お隣さんはワンワールドというスリランカの支援をしているNGOで紅茶を売ってました。さて、今年のアースデイ東京ですがフリーマーケットの部分が無くなり、どこかすっきりとした感じでした。天候もよくお客さんはいっぱい。おかげさまで、タイで作られた極彩色の鯉のぼりとハーブ石鹸がよく売れました。この鯉のぼりですが、バティックを作る津波復興プロジェクトのところに、たまたま日本人ボランティアがやってきて、鯉のぼりの作り方を教えたのだそうです。するとタイ人が好き勝手な色を染め出したのです。太陽の光、美しい海、美しい花などで、カラーのセンス磨いているタイ南部の人たちですから、まあ、日本人では想像もつかない美しい色使いになるわけです。そして、出来上がってきた、極彩色の魚の吹流しを見て、今度はヨーロピアンがやってきて、中に電球を入れて吊るし出し。鯉のぼりがランプシェードになってしまったんです。バンニャンにあるツナミクラフトセンターで、鯉のぼりに電球を入れて展示したところ、ヨーロピアンがけっこう買っていったようです。今回は、その鯉のぼりを「ハッピーフィッシュ」と命名して、日本に逆輸入?しちゃいました。おかげさまで、アースデイ初日でかなり売ってしまいました。赤、黄、緑で鯉のぼりをそろえたいというラスターなママがいたりとお客様のニーズは様々。自由な鯉のぼりを求めている人たちがいるんですね。ちなみに、去年は「ら・まの」の藍染、茜、墨染めの鯉のぼりを買いました。「ら・まの」の藍染は、なかなか素晴らしくて。ここの藍染Tシャツを着ていると、いろんなアーティストに声をかけられたり、タイの民芸品作りの工場に着て行くと、こちらでも誰かに声を掛けられます。鯉のぼりの販売の季節はもう終わりですが「ら・まの」の染物に触れる機会があれば是非手に触れてみてください。
2007.04.21
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統一地方選挙も後半戦に入り、私の住んでいる新宿区は区議会選挙ということで、候補者達が路地の中まで拡声器を持ってうろうろしている。保育所の横にある候補者のポスター掲示場所には所狭しと候補者のポスターが貼られている。候補者陣営は必死で、組織票を集める人や、不在者投票の場所まで案内してくれる方など、様々な方法であの手この手で票を固めていく。そんな選挙の様子を見ていて最近気づいたことがある。「選挙って数えるから世の中が良くなりにくい」ということである。選挙の様子を見ていて、ふとバンコクで出会ったミャンマーで出家したお坊さんが「人は数えるから優しくなくなる」と言っていたことを思いだしたからである。人は数えることで数字に執着してしまい他人に優しくなれなくなりやすいのだそうだ。たとえば、信念を持っている人がいたとして、その候補者が思ったほど票数が伸びないとの予想が出たため、票数を獲得しないといけないということで、自分が思ってもいない対立候補の言い分を途中で公約に入れたりすることがある。確かにそれで票が取れて当選するかもしれないが。心にもないことを言ってまで魂を曲げて当選したとして、本人は気持ち悪くないのだろうか。もし、気持ちが悪いのならば、そのことで心が乱れ、判断を間違えかねないこととなり、多くの人に関係する政治をおかしくしてしまいかねない。また、当選してから、途中で公約に入れたことを撤回もしくはそれに近いことをする人がいるが。言い分を変えた事で、投票した人を裏切ることになる。裏切ることで、本人は気持ち悪くなることはないのだろうか。これも同じく、気持ちが悪いのならば、そのことで心が乱れ、判断を間違えかねないこととなり、多くの人に関係する政治をおかしくしてしまいかねない。こういう人は、やさしい人なのだが、一方では、これらの事をやって、気持ち悪いと感じない人がいる。こういう人は、やさしくないから、他の人に優しく出来ず、関わる人を不幸にする。関わる人が不幸だと、自分も不幸になりやすい。だから、数に魂を売ってしまうと、魂を売ってしまった本人はろくなことがない。そうそう、長崎の方で候補者が殺されるという事件があったが、どうも多額の金額という数字が動く工事と関連しているのではと報道されている。大きな数字が好きだから、関わったのだろうけど、他の人も同じように、いや、それ以上に数字に拘っているから、数字に魂を売ったりしている人もいるだろうし、その人たちに憎まれたり妬まれたりしやすい。#暫くして、亡くなったとの報道がありました。ご冥福をお祈り致します。先ほど、関わる人が不幸だと、自分も不幸になりやすい。と書いたが、選挙で勝った結果どうなるかというと政治の場で活躍することとなる。多くの人に関係する政治ですから、関わる人の人数がケタ違いである。もし、関わる人を不幸にするような、やさしくない人がその立場にいると、多くの人を不幸にしかねない。選挙は、票数という数字に拘らなければなかなか勝てない。これは、こういうシステムなのだから仕方がない。言い換えれば、数字に拘り、数字に執着し、挙げ句の果てに数字に魂を売った人が結果を出しやすく。数字に拘る、やさしくない人が、多くの人に影響を及ぼす立場になりやすい。だから、選挙でなかなか世の中が良くならない。ほらほら、数字に拘ったり、大きな数字が好きそうな人が政治の場にたくさんいるでしょ。でも、決して幸せそうに見えないよね。そんな人がしあわせそうな表情をしているのは、有名人と会ったり美味しい料理を食べている時の写真が多い気がする。(でも、それを一部の人に限って報道しすぎるのもなんですよね。その一部の人が、素に戻った所を捉えたものだけが流されると、多くの人がその一瞬だけをインプットしてしまい。その一部の人が票を稼ぐときに有利なんですよね。ちょっとアンフェアかも)とはいえ、投票しないと、ますます数字に拘りすぎてやさしくなくなってしまった人が、多くの人に影響する場所に居座らせてしまう。だからといって、本人だけでなく、その取り巻きの人たちも、票を固めるという、数字に拘る活動をしているわけだから。どうしても、似たようなものに見えてしまうので判断がしにくい。困ったものです。数字とどのように付き合っていくか。人間が何かを所有し、それを数字で表すようになってから始まった、人類にとっての難題に違いない。
2007.04.17
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「ゆとり教育」を掲げ学習内容を削減するなどした現行学習指導要領で学んだ全国の高校3年生約15万人を対象に文部科学省が学力テストをしたら、なんと施行前より学力が向上していたって結果が出た。ろくにOECDの調査の内容を読まずに、その調査で以前より順位が下がったというとこだけを取り上げてで大騒ぎをし。「ゆとり教育」から「詰め込み教育」にという流れになっているわけだが。ここにきて、こういう結果が出たのは皮肉だ。実際の問題を見ていないので正確なことを言えませんが。今回の調査で、地理、化学が伸びたのは、総合的学習との関連があるように思うんですよね。地理や化学は、関連性というものを理解すると、突然何かが見えてくる教科で、丸暗記では限界があるんですよね。英語の聞き取りが伸びたのも、総合学習の中の国際交流授業などが増えた影響かも。古典が下がったのは、やはり、時間が減ったという面もあるのでしょうが、文字文化の衰退も一因と考えられる。そして、学習意欲の向上は、世の中の傾向もあるけど、総合学習などでワークショップ的な手法を経験することで主体的に学習をしたことも大きいかも。ちなみに、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)で点数が伸びなかったのは、○○リテラシーという分野で、数学とかなんとかの教科を実社会に役立てるようにする力が足りないってとこだったんですよね。つまり丸暗記で良い点をとるというのでは点が伸びない。本来は総合学習とかで○○リテラシーってことを学んでいくんだけど、総合学習って教える側が戸惑っていたりするから、伸び悩んだのではないでしょうか。人は、特にお勉強が好きなタイプは、教わったことを、教えるという傾向がありますから。教わったことがない新しいこと、自ら考え作り出すことを実戦するのが不安だったり戸惑ったりするのは仕方がない。(今回伸びたのは、総合学習に慣れてきたということもあるのかも)「ゆとり教育」から「詰め込み教育」への反動って、そのあたりの教師の戸惑いが、回りの人にも不安を与えていたという状況に、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)で点数が伸びなかったという結果が出て、一気に盛り上がったように感じてます。それをうけてというか、便乗して、方針転換を強引な方法で決めてしまった方からすれば、今回の結果は、面白くないでしょうね。さて、これから、教育業界はどのような動きになるのか・・・まあ、一つの調査結果に一喜一憂をするのもなんなんですが。持論に都合の良いデータだけ持ち上げて、都合の悪いデータは軽視するってのは、よくある話だけど。トップの人に、それが見え透いてしまうのはなんだか・・・関連記事2005年02月16日 数学的リテラシーと小論文の自動採点あと、この本も参考になります。なぜ勉強させるのか? 教育再生を根本から考える光文社新書著者: 諏訪哲二 出版社: 光文社 サイズ: 新書 ページ数: 254p 発行年月: 2007年02月 「2章 時代論2―ゆとり教育は案外、将来を見据えていた」ってパートで、いわゆる「ゆとり教育」って、「オレ様化した子どもたち」に対して、学習に向かわせるってことを、けっこう長期的に考えていたって指摘がなされています。(但し、現場を軽視していましたが・・・)ニュースソース<ゆとり教育>学力は「改善の方向」 文科省調査 (毎日新聞 - 04月13日 20:11) 文部科学省は13日、「ゆとり教育」を掲げ学習内容を削減するなどした現行学習指導要領で学んだ全国の高校3年生約15万人を対象に、初めて行った教育課程実施状況調査(学力テスト)の結果を公表した。ゆとり教育導入前の旧指導要領で学んだ高校生を対象にした前回調査(02~03年度)と同じ問題181問で正答率を比較すると、145問(80.1%)が前回並みで、26問(14.4%)が前回を上回った。学習意識のアンケートでは「勉強は大切」と答えた生徒の割合も増加。調査を行った国立教育政策研究所は「(学力は)改善の方向に向かっている」と分析している。 学力低下の原因とも言われる現行指導要領下で学んだ小中学生の学力テスト(03年度)でも、旧指導要領で学んだ児童・生徒よりも正答率が向上傾向にあり、授業時間の増加などが盛り込まれる見通しの次期学習指導要領の改定作業に影響しそうだ。 テストは05年11月、全国の国公私立高校から無作為に抽出した約15万人(全体の約13%)を対象に、国語▽地理歴史▽公民▽数学▽理科▽外国語の6教科12科目で実施。同時に学習に対する意識などを問うアンケートも行った。 全問題657問のうち、3割弱にあたる181問が前回調査と同じ問題で、前回よりも正答率が下回った問題は10問(5.5%)だった。科目別では、地理B、化学1など6科目で前回の正答率を上回る問題数が下回る問題数よりも多く、国語総合、生物1の2科目は前回の正答率を下回る問題数が多かった。日本史B、数学1など4科目は前回並みだった。 学習内容では、国語総合の古典の正答率が低下し、英語1の「聞くこと」(リスニング)が向上した。 各問題で正答するとみられる割合「想定正答率」(設定通過率)で比較すると、想定正答率を上回った問題数の割合は前回比4.6ポイント増の31.4%で、下回ったのは同8.7ポイント減の40.2%だった。前回調査で想定正答率よりも著しく低かった理数科目は、前回よりも改善したものの、想定正答率を下回る問題も多く、課題が残った。 また、アンケートでは、「勉強は大切だと思う」との設問に、43.1%が「そう思う」とし、「どちらかといえばそう思う」も41.1%に達した。「そう思う」は03年度調査より3.6ポイント、02年度調査より5.2ポイント増え、学習に対する意識の向上傾向を示した。国立教育政策研究所教育課程研究センターの惣脇(そうわき)宏センター長は「現行学習指導要領は児童・生徒の学習意欲を引き出す狙いがある。意欲面も高まっており、指導要領の狙いが生きつつあるのではないか」と分析した。【高山純二】 ◇文科相は慎重評価 今回の調査について、伊吹文明文部科学相は13日、記者団に「『勉強したい』という人の比率が前よりも良くなっている。しかし、ゆとり教育的なものがあったから、意欲が向上したかどうかは分からない」と述べた。さらに「(学力も)プラス方向にいっているか、にわかに断定できない」と慎重な評価をし、指導要領改訂の方向性に変更点はないという見方を示した。 ■ことば(ゆとり教育) 文部科学省(当時文部省)が詰め込み教育などへの批判を受け、70年代後半以降に進めてきた政策。小中学校は02年度から、高校は03年度から実施された現行の新学習指導要領では、週完全5日制に伴って学習内容が約3割削減され、新たに「総合的な学習の時間」が設けられた。だが、学力低下を招いたと批判され、政府の教育再生会議は1月の第1次報告で見直しを明記した。
2007.04.14
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婚姻ネタ、子どもネタが続きますが・・・無戸籍の問題で、やっと厚生労働省が動きましたね。但し、戸籍がないため旅券の発給を受けられないことと。結婚の際の婚姻届が出せないことには変わりはないようです。<300日規定>無戸籍児を救済、厚労省通知 児童手当など http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070413k0000e040077000c.html(毎日新聞 - 04月13日 15:11) 「離婚後300日以内に誕生した子は前夫の子」と推定する民法772条により戸籍のない子供の多くが行政サービスを受けていない問題で、厚生労働省が、児童手当を支給したり、保育所に入ることができるとする通知を都道府県などに出していたことが分かった。通知は、法律の適用や解釈によりサービス提供は可能との見解を示し、市町村へ周知を図る目的。離婚後300日規定をめぐる問題について、厚労省が具体策を講じるのは初めて。 無戸籍の子供に関しては、「無料健診などのサービスを受けられず、経済的負担が大きい」「自治体でサービスを受けられたり、受けられなかったりする」などの声が出ていた。通知は、事実上これに応えたもので、徹底されれば児童福祉上の不利益の多くは解消され、残るのは旅券の発給や結婚届の提出などとなる。 通知は、3月22日付で、▽児童手当の支給▽児童扶養手当の支給▽保育所への受け入れ▽新生児の健康診断など母子保健事業の実施--の取り扱いへの見解を示している。 児童手当の支給に関しては、児童手当法の支給条件を定めた規定に、もともと子供の住所に関する記載がないことから、通知は養育や生活の状況を判断したうえで支給できるとした。また、児童扶養手当については、児童扶養手当法で子供が国内に住所があることを支給条件としているが、通知では国内居住の実態があれば対象とした。 通知を受け、さいたま市で生後2年以上にわたって戸籍のなかった女児には、児童手当が近く支給され、無料での予防接種(母子保健事業の一部)も実施される。厚労省雇用均等・児童家庭局総務課は「戸籍や住民票がなくても、こうしたサービスの提供には問題がないことを改めて確認するため通知した」と話している。【工藤哲】 Copyright(C) 2007 毎日新聞社 300日規定:厚労省通知…不利益減るけれどhttp://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070413k0000e040078000c.html父親と手をつなぐ伊集院麗樺(らいか)ちゃん 「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」と推定する民法772条をめぐり、厚生労働省が自治体に児童福祉サービスを提供できるとの通知を出したことは、規定の存在で不利益を被ってきた子供や親にとって朗報だ。だが、通知によって無戸籍を解消できるわけではなく「子供の権利の根本的な解決にはつながらない」との声も出ている。 「医療費が高く、大変な思いをしてきた。人並みのサービスを受けられるようになってよかった」。こう話すのは、さいたま市岩槻区の伊集院麗樺(らいか)ちゃん(2)の世話役を務める元施設職員、竹内智江子さん(33)だ。 麗樺ちゃんは、母親の離婚後226日目の04年12月29日に生まれた。母親は昨年3月に家を出たまま行方不明になっており、再婚相手の父親の子であるのに、規定を覆す裁判も起こせずいまだ戸籍がない。 父親らから相談を受けた竹内さんは、昨年11月から区役所に何度も出向き、戸籍に登録するまでの緊急措置として行政サービスの提供を求めてきたが、「戸籍がない」と断られてきた。児童手当や定期検診、予防接種も受けられず、無料の乳幼児検診やBCG、風しんなどの予防接種の際は、それぞれ数千円の負担を強いられてきた。 今回の厚労省の通知を受け、月額1万円の児童手当が近く支給され、間近に控えていた3歳児検診やポリオの予防接種も受けられることになった。竹内さんは「ほっとしているが、戸籍がないため旅券の発給を受けられず、結婚の際の婚姻届が出せないことには変わりはない」と不安を語った。【工藤哲】毎日新聞 2007年4月13日 15時00分 (最終更新時間 4月13日 16時03分)ニュースサイトはすぐに記事を消してしまうので多くの人にこの知らせを知らせるために転載させて頂きます。
2007.04.13
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このブログは、時々、結婚ネタ、子どもネタなんてのをテーマにするのですが。このテーマのキーワードに離婚や国際結婚ってのが出てきます。今回も、その離婚することによって、発生する出来事のひとつ、子どもの養育費のイベントの紹介をいたします。ちなみに以前の記事です。2006年04月18日 逆相続の悲劇 2005年04月19日 養育費の日 今年の養育費の日は、サードステージ「社会への啓発」の三年間の初年度としてとして養育費は子どもの権利であると全ての大人が考えていけるようにアクションするそうです。どのようなアクションになるのでしょうか。4.19養育費の日キャンペーンイベントパパに聞きたいことテーマ:大人世代(親)の責任の全うを養育費問題から考えるhttp://www.npo-wink.org/419/index.html■企画の目的 NPO法人Winkでは養育費の未払い問題は当事者だけの問題ではなく子育てにおける「親としての責任」の問題としてとらえ2割しか支払いがされていない現状を多くの人が問題視し大人としての責任を考えていけるように提言しています。私たちの活動を通してこの問題への関心が高まることを目的に開催いたします。 ■内容 1.ご挨拶とイベントの主旨説明 新川てるえ Wink理事長 新川てるえ 2.講演 「養育費支援センター設立について」 厚生労働省 3.講演「Stage1,2報告と本年度のキャンペーンについて」 Wink理事長 新川てるえ 4.パネルディスカッション 「養育費支援センターに対する期待と希望・専門家の視点から」 ■開催日2007年4月19日(木)午後6:30~8:30(開場は午後6:00) ■会場 女性と仕事の未来館 第1セミナー室 ※今年はウイメンズプラザではありません。〒108-0014 東京都港区芝5-35-3 ・JR田町駅三田口(西口)から徒歩3分・地下鉄(都営浅草線、都営三田線)三田駅A1出口から徒歩1分 ■参加費ウインク会員:500円一般:中学生以上大人1000円※子どもの参加は基本的には予定しておりません。希望がある場合には大人料金にて対応。 ■出演者新川てるえ NPO法人Wink理事長円 より子(参議院議員)赤石 千依子 (NPO法人しんぐるまざーずふぉーらむ理事)後藤真紀子(弁護士)■後援現代家族研究所しんぐるまざーずふぉーらむファザーズウェブサイトNPO法人面接交流の会厚生労働省
2007.04.13
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昨日、うちのもう一つのブログのアクセス数が妙に上がっているので、アクセス解析をしたら検索エンジンで「嫡出子」というキーワードで検索し、もうひとつのブログのページに到達していたようだ。ここ最近、民法772条に対する関心も高くなっていることもあるのだが。この一週間で急激に増えた理由は、どうも代理出産の話題がプラスされたということがあるようなのだ。それが、代理出産で生まれたタレント・向井亜紀さん夫妻の子供をめぐる裁判で、最高裁で原告のタレント・向井亜紀さん夫妻の敗訴が確定したというニュースだった。そのため、子どもの定義に関する用語でのネット検索が促進された。民法は明治時代に作られた法律を、そのまま継承していままできたものが多い。婚姻や出生に関する法律も、改正されたものはあるが、基本的には明治時代のままだ。これは、これで理由があって、コロコロと変更されていまっては、戸籍のルールが時代によって混乱し、国民の定義がゆらいでしまい。国が誰をどのように保障すればいいのかの線引きがわからなくなるからだと考えられる。そんなことで、医療や科学技術の発展には関係なく、昔のままの定義が継承された。今回の代理出産の騒動の原因は、今の日本の民法は「誰が出産した」という事で、親と子の関係が決められていることにある。「誰が出産した」ということを重視するのは、これが一番、明確であるからである。タレント・向井亜紀さん夫妻の件は、これに、国籍の問題がからんでくる。アメリカは出生地主義で、アメリカで生まれたらアメリカ国籍になれる。それに対して、日本は、日本国籍の人の子どもであれば日本国籍となる。しかも両親が日本に住んでいるわけだから、日本の法律も適用される。そのため、日本の法律に基づいた場合、自らの希望する内容で出生届を出せなかったから、出していないということで無戸籍になっている。ちなみに、最近一部ではやっているそうなのだが、子どもがアメリカ国籍になってほしいということで、アメリカで出産する日本人母がいる。今回の件をさらにややこしくしているのは、代理出産の契約である。借り腹である出産した人は、権限も含め、母親である事を放棄するかわりに、公文書に親としての記載をしないという契約をしている。だから、日本の出生届に借り腹である実際に出産した人の名前が書けないし、記載しなかったら不実記載をしたことになる。もう終わってしまったことなので、これからどうするのかという事が大切なのだが。本来であれば、日本の法律に考慮した契約をすることで、借り腹である実際に出産した人名義で出生届を出したあと、養子縁組という手続きをする事が出来た可能性がある。おそらく、このあたりの検討をした上で契約をしたのだと思うが、子どもが欲しいという事を優先しすぎて、プロセスを経ないと日本では子どもとして認められないという事を前提とした契約が出来なかったのではないかという気がする。がんの治療で子宮を摘出するなどして子どもを産めないため、代理出産で子どもを持ちたいという方がいて、国内で代理出産が出来るようにしてほしいという動きがあるのだが。それぞれの国の法律を考慮して、複雑な契約をする事なく、代理出産が出来るメリットは大きいと思われる。ただ、代理出産はモラルが危うくなる要素を持っている。たとえば、今回の「借り腹」型代理出産の場合。どういう立場の人が、借り腹になるかである。借り腹に限らず様々な事で発生することだが、自らの生命のリスクを負い、そこで報酬を得るわけだが。経済的に困窮であるという理由で、自らの権利を仕方なく放棄して、生命のリスクを負う仕事に就く場合が多い。そのことを、どこまで強いる事が出来るのだろうかという問題である。ぶっちゃけた話、札束でひっぱたいて、他人に生命リスクのある仕事をさせているか否かである。べつにお金がからんでなくても、本来自分にかかる生命的なリスクを、他人にお願いする事ができるかということでもある。そして、自らが産んだ新しい命に対する愛情を放棄させる事が本当にできるのかという問題もある。妊娠・出産は人生の中で楽しい時期でもあるわけでもあるわけだが、それは、新しい生命への期待からである。その新しい生命への期待は、自らの子どもになるからという未来があってからこそ昂揚しやすい。これが生理的なものだとすると。そこを割り切った関係で契約を結べるかどうかである。契約したにもかかわらず、生理的に、お腹の中にいる新しい生命に対しての愛情が湧き未来に対する期待が出てきた場合、契約をそのまま実行し続けなければいけないのか。そのことを契約に盛り込んだことで、代理出産を希望する方が納得出来るかという問題もある。法律は、法律で定義してまうことでトラブルを減らすことが出来るが、逆に法律として定義することで、フレキシブルに契約出来ず、それぞれ納得出来る契約ができない可能性もある。代理出産にはもう一つパターンがあって、夫の精子を妻以外の女性の卵子と受精させて産んでもらう「代理母」というものがある。こっちになると、代理出産を望んでいる人に失礼な言い方をすれば、いわゆる妾さんに産ませた子供とどう違うのってことになりかねない。このあたりの定義付けが難しい。実は、この代理母という方が、歴史的には昔からあったわけで、代理出産を最近のことだからといって、検討してこなかったことについて言い訳出来るものではない。いわゆる、お家争いやお世継ぎの話って、大奥とかなんとかの時代劇などでよくあるのですが、いわゆる正妻から子ども特に男の子が生まれなかったら、他の女の人を連れてきて、お世継ぎを産ませようとする。これは、特殊な階層でのはなしではあるが、明治時代に民法が出来る前からあった話で。人工授精なのか性行為なのかの受精方法の違いでしかない。このあたりが、民法が出来た当時に法律として定義されなかったのは、封建社会から近代社会に変動するなか、日本が近代化しようとしていた事も原因かも知れない。そして、近代化をし民主主義が浸透してくると同時に、いままでの封建社会では、特別な階級の人の問題だったことが、一般の人にも広がったこともある。医療技術の発展が代理出産が出来るようにしたからこそ、時と共に法とのギャップが生じて問題が生じているという面は大きいが。かつての特別な階級の子どもは「どこそこ家のもの」だったのが、どこか心の奥底に、子どもを授かるのは親の権利というように「わたしのもの」という感覚が強くなっていることの方が、代理出産が注目されているのではないかという気がしている。さっき「子どもを授かる」と書いたが、子どもって「子供を持つ権利」ではなく、子どもは授かるものという事でいいような気がするんですよね。いろんな無理をすると、それは授かるということではなくなし、有り難いことでもなくなると思うんですよね。いろんな事情があるのはわかるが、子どもがいろんな事情で持てない人が苦難を乗り越えて子どもが持てたことで"ありがたい"と思うかもしれないが。子どもを持つ権利が当たり前になることで、子どもを授かるというありがたさがどこかにいってしまいそうな気がする。そんなところが妙に気になります。そうそう産経新聞に下記のようなことが書いてあったようですが。妙に引っかかる。理由は、モラルを破壊しかねないからだ。「隠していれば、実子となり、正直に申請すると、親子になれない。向井さん夫妻は、こうした矛盾点に一石を投じた。」これって、確かにそうだけど・・・一石を投じたというより・・・不実記載をするのは法律違反だよね。水面下で不実記載が横行している可能性がある事が問題な気がするんですが・・・このあたり、状況を把握する方法がないから、裏が取れないため、こういう書き方になったのかも知れない。代理出産の法整備を促す内容にはなっているが。法整備をするときには、代理出産をしたのに隠している人をどのように判別するかというような所も制度として確立する必要もあるのかもしれませんね。でも、そんな制度が出来たら、なんだかギスギスするよな。【主張】代理出産 速やかな対応を求めたい http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/shucho/070325/shc070325001.htm 「出産していない女性を実母と認めることはできない」。代理出産で双子をもうけた向井亜紀さん夫妻に対する最高裁の判断である。 夫妻は出生届を受理するよう東京都品川区に求めていた。最高裁はあくまで現行法制度の枠組みの中で判断しただけで、代理出産そのものを否定したわけではない。 むしろ、代理出産という法の想定していなかった事態が起き、国に「立法による速やかな対応が強く望まれる」と要望している。 代理出産には、夫婦の精子と卵子による受精卵を移植して出産してもらう「借り腹」と、夫の精子を妻以外の女性の卵子と受精させて産んでもらう「代理母」とがある。向井さんのケースは借り腹で、遺伝子上の父と母は向井さん夫妻である。 不妊の夫婦に子供が持てるようにする生殖補助医療は、代理出産以外には精子を女性の体内に注入して受胎させる人工授精や、体外で精子と卵子を受精させて受精卵を子宮内に戻す体外受精などがある。どれも、その進歩はめざましく、法整備が追いついていないのが現状である。 向井さんはがんで子宮を摘出後、米国人女性に代理出産を依頼、その女性が米国ネバダ州で男児の双子を産んだ。ネバダ州は双子を向井さん夫妻の子供とする出生証明書を発行した。 代理出産の事実を伏せて区役所に出していれば、出生届は受理されたはずである。実際、海外の代理出産で生まれた100人以上の子供が、実の子供として受理されているという。 向井さん夫妻は代理出産の事実を公表した。隠していれば、実子となり、正直に申請すると、親子になれない。向井さん夫妻は、こうした矛盾点に一石を投じた。 日本産科婦人科学会は代理出産を禁じている。米国は州によって異なり、欧州では法律で規制している国が多い。日本では昨秋、祖母が孫を産む代理出産が明らかになった。 不妊の夫婦が子供を持つ権利を保障する手段なのか。生まれてくる子供の福祉をどう保障すればいいのか。日本学術会議は代理出産の是非についてすでに審議を始めている。政府は最高裁決定を真摯(しんし)に受け止め、法整備にあたってもらいたい。(2007/03/25 05:03)
2007.04.12
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大阪のさをり広場にて、4/10~4/17、パンガー県のツナミさをりの商品の展示販売を行っています。詳細はこちらhttp://www.saori.co.jp/gyara070410.html場所〒531-0071 大阪市北区中津1-2-21 明大ビル 5F「さをり集ぎゃらりい」
2007.04.10
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本日が今回の渡タイ最終日。早朝にバンコク・スワナブーン国際空港に入る。行きは空港内で約五時間過ごしたので、あまり有り難みはないのだが、真っ先に妙に座り心地のいいイスのある外れにあるエコノミーラウンジに行く。人気の少ないラウンジだが、インド人らしき人が、大音響でノートパソコンで、ウインドウズについているピンボールゲームで遊んでいたので、妙に居心地が悪く、搭乗口付近に向かう。既に飛行機がついていた。2年前にCIをして塗装が変わったタイ航空ではあるが、旧塗装のままのボーイング747が停まっていた。この機材が旧塗装のままなのは、おそらく、二階建てのエアバスA380が納入されるのを期に一線から離れるからかもしれない。バンコク・スワナブーン国際空港はA380に対応した空港でA380の就航を待っているわけだが。A380の開発が遅れたため、旧塗装のB747が残っているのだろう。そういや、いまから12年ほど前、関西新空港が出来る前日に、伊丹空港に飛行機を見に行った時、日没前にこの塗装のB747が着陸?(離陸だったかも)するのを見た気がする。伊丹空港の豊中側の滑走路のすぐ下に、飛行機を真下から見るポイントがある。そこは、万が一、飛行機が落ちたときは下敷きになる可能性も高く、しかも落下物の危険性があるということで、立ち止まることは禁止されているのだが。特にジャンボジェットが着陸する時の風圧と逆噴射の轟音はスリル満点だ。また反対側を見ると、生駒から大阪空港に向かってくる飛行機のヘッドランプが次々とゃってくるのが見え、これもスリルに対するワクワク感を高ぶらせた。最終日と言うことで、普段よりギャラリーはとても多かったと記憶している。あまりギャラリーが多いとパトカーが来て、追い立てられるのだが、その日はそんなことはなかった気がする。当時の愛車、ホンダコンチェルト5ドアに乗って、友達と見に行った日が懐かしい。蘭の花をモチーフにしたアジアの香りのする文様が描かれたB747が印象的だった。今回は、そんなB747に乗っての帰国となった。ちなみに、反対側の猪名川方面の滑走路が見えるところは、パトカーより、そこにある産廃業者が何か言ってくるので、移動することが多かった。大阪空港が国内線のみとなり、便数が減りさみしくなったため、新しい楽しみ方を考える必要があった。日没が近づく頃、関西新空港から阪神高速湾岸線を走り、大阪湾に沈む夕日を見て、そのまま、六甲アイランドまで抜け神戸の夜景を見るという新しいデートコースもあったが、阪神大震災で、開通して一年も満たない高速道路の橋脚が落下(一瞬だけ報道されたが、あまり報道されなかった。おそらく当時の運輸省が圧力をかけたのでしょう)しかも、大渋滞で車が使えなくなったので、この楽しみもお預けとなった。記事が気に入ったら↓こちらをクリックしてね。
2007.04.05
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早朝にパンガー県を出て、午後一時にバンコクのマーヤーゴタミー財団の事務所に打ち合わせに行くと、日本人のお坊さんが泊まっていた。彼は、十年近く前にミャンマーで出家したお坊さんで、いまタイに滞在しているそうだ。つい最近まで日本に行っていたそうである。日本に行った理由は、日本をやさしくするためなのだそうだ。今の日本はいろんなものが個別化され、自分の殻に閉じこもり、やさしくない渦巻きに巻き込まれているという。その問題を解決するための小さな取り組みとして、日本では忘れられた仏陀の教えがたくさんある東南アジアの仏教の戒律を守りながら日本で暮らしたのだそうだ。これがなかなか大変だそうで、お金を持たない生活なので宿がない。お寺さえも泊めてくれない。ホームレス扱い。托鉢しても食料が集まらないし。時々、お金を渡そうとする人がいるのだが、事情を話して断ったら、たとえコンビニのすぐ前であっても、そのお金で何か食べ物を買ってきて渡す人は誰一人もいない。町を通過するのはいいのだが、一ヶ月近く町にいると、これまた大変で。警察に通報されたりする。しかもお坊さんを尊敬しない。瞑想する人が生きていくのは大変だ。オウム事件以降、瞑想をする生活をしている人は安いアパートも借りることが出来なくなったし、働く場所もないのだそうだ。これが、同業のお坊さんも同じ扱いをするから大変だ。そこに部屋があり、そこに食べ物があり、そこにお金もあるにもかかわらず、捧げることが出来ない。日本には物とお金があふれているのに、自分が食うに困らない一部のものを捧げることが出来ない。ミャンマーでは、給料が一日で卵三つ分ぐらいなのだそうで、それでも、卵の十分の一ぐらいをお坊さんに捧げる人がいるそうだ。それとは大きく違う。このことは習慣の違いだという一言で片づけてしまうことが出来るのだが。この何十年かで急速に日本がやさしくなくなってきていることはこのお坊さんの言うとおりだ。だからこそ、彼は、人が優しくなる方法である戒律を守り生きていく様を実際に見せていくことしで、日本でやさしくなるような渦を作りたいのだそうだ。このお坊さんの旅の話を聞いていて、思い出した映画があった「ゆらりゆらゆら」というドキュメンタリー映画だ。京都のシンガーソングライターの阿部さんがお金をあまり使わずにツアーをする姿を捉えた作品である。別に阿部さんは、戒律をまもって生きているわけではないのですが、やさしい生活、やさしい旅をしている。東南アジアのお坊さんの生活とどこか共通点があるような気がするんですよね。日本は仏陀の教えが忘れられてしまっているので、私も含めて、お坊さんの接し方がわからない人が多い。東南アジアで、日本人のお坊さんに出会い、お話をすることは、人がやさしくなるチャンスかもしれない。いまの日本の社会では、やさしくない渦が巻いているので、そこではやさしい人は変人でしかない。だけど、やさしい人が変人ではない社会で、やさしい人とは何かを知ることは、いまの日本人にとってとても貴重な経験であり。もしかすると、日本に渦巻くやさしくない渦をやさしい渦に少しずつ変えていくことに繋がるのかもしれない。記事が気に入ったら↓こちらをクリックしてね。
2007.04.04
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早朝にゲストハウスを出る。昨夜のうちにゲストハウスの方に別れを告げたため、昨日手配したタクシーに一人乗る。国道四号線をプーケットに向かって南下する。ホンダアコードのタクシーは快適だ。托鉢をするお坊さんを何度も追い抜く車窓は、仏教国タイの朝を感じさせる。空港に無事到着。しかし難関が待ち受けていた。ツナミクラフトをたくさん持ち帰ったために、手荷物重量が20キロ以上オーバーしてしまった。タイ航空なら、ANAのマイレージカードで少しは制限重量を上乗せすることが出来るのだが、ノックエアではそうはいかない。そこで、現場でアップグレードを試みる。こちらの方が、荷物の超過料金を払ったときより安く済むうえに、ジュース、コーヒー、食事がついてくる。低価格エアラインとはいえ、ビジネスクラスを備えているのは少し個性的だが、こんな時に役立つとは思わなかった。席についてみると、ノックプラスの席は私だけであった。まあ、低価格なのにビジネスクラスになんか乗らないよなあ。わたしみたいに荷物がある人ぐらいじゃないでしょうか。それにしても、ノックエアのサービスが少し向上している気がする。まず、アテンダントのユニフォームが、以前のTシャツというかポロシャツというラフなものから一応エアラインらしい制服のデザインになっている。また、ノックエアがタイ航空の子会社であるため、タイ航空の新しいコーポレートアイデンティティに基づき、ビジネスクラスのリネンが赤紫色になっている。とはいえ、ノックエアは様々なところが高級感ではなくカジュアルでポップな感覚に満ちあふれている事は確かだ。プーケット国際空港を無事に飛び立ち、パンガー湾やサムイ島を眺め、バンコク・ドンムアン空港に到着する。三月二十五日に国内線のみ利用再開されたドンムアン空港は、以前より活気が無くかなり寂しくなっていた。だが、国際線と別の空港になったおかげで、外国人ねらいの変な客引きが少なくなったのは嬉しい。
2007.04.04
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今回はレンタカーではなく、レンタルバイクを活用することで機動力確保と経費節減をしています。バンコクやプーケットほど交通量がないとはいえ、走っていると毎日のように交通事故現場を見るので、事故率は高いようなので、安全運転を心がける。バイクのいいことろは、車では見逃していたものに気がつくことである。今日気がついたのは、タイ政府による津波に関した保健施設の看板である。普通、タイ政府の関係施設の看板は、軍隊はタイ語オンリーの場合が多く、そのほかはタイ語と英語の表記がしてあることが多い。だが、この施設の看板は、タイ語、英語の他、ミャンマー語(ビルマ語)の表記がなされている。タイには、合法、非合法ともにミャンマーからの移民がいて、しかも、タイ語が読み書きできない、話せないという状態が多く、しかもお金を持っていない。そんな状況で、津波の被害に遭っているミャンマー人も多い。看板にミャンマー語が書かれているということは、この施設でミャンマー人への対応をしているということなのでしょう。あまり仲が良くないと言われる、タイとミャンマーですが。保健施設なので人道という面ではそうは言ってられないのでしょうね。記事が気に入ったら↓こちらをクリックしてね。
2007.04.03
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クラブリNGOのオーストラリア人スタッフと撮影地まで移動。そこで、東京の高速道路の話で盛り上がった。彼は、私が東京に住んでいると聞いて、私に首都高でドリフトするのかと聞いてきた。トウキョウドリフトという映画を見たことから、聞いてきたのだろう。日本の車はほとんどがフロントエンジンフロントドライブなのでドリフト出来ない。それにしても、東京の高速道路はパンガー県の国道よりずっとカーブやアップダウンが多いのに、有料の高速道路なのが信じられない。オーストラリアは直線道路でいくらでも飛ばせるのに無料なのとずいぶん違うという話をしたらウケていた。オーストラリアのカーアクション映画と言えば、マッドマックスとマッドマックス2のイメージが強く、直線を活かしたカーアクションは独特。それにマッドマックス2は馬車に襲いかかる近未来の西部劇のような要素が加わる。ちなみに、タイのコンビニではシニシャルDのビデオCDがやたら売られています。こんなことも、日本=ドリフトというイメージを作っているのでしょうね。
2007.04.02
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パンガー県の北部クラブリという小さな街の近くの村で、あたらしい民芸品の開発をしています。事前に図面を送っていて、これなら出来そうだという連絡があったので。今回は、完成品のサンプルと日本からパーツを持ってきて、今回はこちらで試作品を作る。約一週間で出来るとのことでとてもたのしみです。この他に、別の村で作っているさおり織りのプロジェクトには、いろんなお客さんの意見を伝え、商品を改良したり、新しい商品企画を起こしたりしています。さて、どれだけいい商品になるのでしょうか。クラブリのNGOの事務所では先日のソロモン諸島の津波の話でもちきりでした。そして能登の地震についてもかなり心配していました。やはり他人事ではなく、我が事のように受け止めている姿があった。記事が気に入った方は↓こちらをクリックしてね。
2007.04.02
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タイパンガー県のさをり織りのトレーニングセンターに一人の日本人の若者が居る。彼は、旅をしている最中にこのトレーニングセンターと出会ったという。彼はここ数ヶ月ここでさをり織りのトレーニングセンターの手伝いをしながら暮らしているのだが。さをり織りを作る姿を見るうちに自らも物を作ることに目覚めだし。水道管を使ったディジュリドゥの制作をしている。材料費はたいしたことはないのだが、エナメルで塗装しているために一つ作るのに十時間程度かかる。このディジュリドゥをプーケットやクラビなどで演奏をしながら道売りをする。最初のうちはできが良くないために全くというほど売れなかったという。しかし、タイ人は彼の演奏を気に入ってかどうかわからないがお金を落としていく。おそらくタイ人のドネーションの習慣であろう。そして、作り続けて質のいいものになってくると、今度は工芸品としての価値が出てくるようで、かなりの高額で買ってくれるようになったという。質が良くなったには理由があるようで、作品に自信がなかったり、お金の不安があったり、これだけ稼がないといけないという意識で作ったりすると、エナメルがきれいに塗れないという。だがお金のことを考えずに、集中して作ると、おのずと品質が良くなり。結果として高額に売れるという。いろんな心配が少なくなり、作業に集中すると、平気で一日中というか、朝三時までも作り続けることが出来るという。彼がここまでくるのに、かなりの時間と出会いがあったようだ。彼が出会った旅人には、帰国したとたんに亡くなった方(どうも処刑されたらしい)も何人かいて、旅の厳しさを感じたこともあったそうだ。そこで旅人であるということは命がけであるということを知ったという。これらのことは、日本から持ってきたお金が無くなってきてから気づきだしたという。彼は他の人が言うようにラオスの食事がおいしいと感じなかったのだそうだ。それは、どうも彼が日本から最初に入った国で、お金を使って観光地のレストランをまわったことが原因のようだった。おそらく、外国人向けのレストランは、これだけ稼がないといけないという意識があって、そのため心になにかがあって、それがおいしくない料理となったのであろう。そういう料理と出会ってしまったために、彼の意識の中ではラオスの料理がおいしくないと記憶されることとなった。そして、お金が無くなり、出会った旅人が亡くなったとの知らせがあり、お寺の世話になり、そして、津波被災地のキャンプに入り、さをりトレーニングセンターの手伝いを始め、さをり織りを作る姿に触発されデジュリドゥを作るようになり、ここで、初めて旅が始まったと感じているという。記事が気に入ったら。↓こちらをクリック↓
2007.04.01
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