照千一隅(保守の精神)

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「照千一隅(しょうせんいちぐう)」(一隅を守り、千里を照らす)は伝教大師・最澄の言葉。本を読み、考えたことをこのブログに書いて参ります。ご意見、ご感想など御座いましたら是非お寄せください。

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2024.08.23
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カテゴリ: 思想・哲学

《 宮台  「つくる会」やその賛同者が「伝統」を考えろとか「愛国心」を考えろと言うのであれば、飛んで火に入る夏の虫。すべては簡単に逆手にとることができるし、ルーツ右翼的には逆手にとらなければなりません。「偽の伝統」や「偽の愛国」を騙(かた)って民やパトリを屠(ほふ)る国家(に奉仕する者ども)を、「真の伝統」と「真の愛国」の名において成敗することこそが、右という立場の本義であるからです》(神保哲生・宮台真司他『天皇と日本のナショナリズム』(春秋社)、p. 277)

 が、「つくる会」は、伝統だの愛国心だのといったことを言い立てているのではない。ただ「自虐史観」や「左翼思想」で歪(ゆが)められた歴史教科書を軌道修正しようとしているだけである。

 宮台氏は、現行の歴史教科書に思想的な偏りはないという立場なのだろう。そして、この中立的な教科書を右側の人達が、やれ「伝統」だの、やれ「愛国心」だのと言って、歪めようとしているという考えなのだろう。

 ここで私は、どちらの教科書が真っ当かを議論する気はない。私の主張は、歴史の授業は、教科書を右左2冊併用にして、授業を通して、教師や生徒の判断を仰げばよいのではないかと思っている、とだけ言っておく。

《日本にはもともと近代社会に必要な「聖俗二世界論」がありません。だから、政教分離の原則をいまだに理解できていないし、昭和天皇御崩御の際には異様な自粛ブームに支配されたりします。しかし社会の在り方としては、そうした在り方のほうが一般的なのです。欧州各国は、中世の西ローマ帝国で歴史的に生成された「聖俗二世界論」や「双剱論」をベースにして近代社会を作ったので、「政教分離的」です。ちなみにアメリカにはそうした伝統がないのですが、メイフラワー協約的な宗教的共和の伝統ゆえに、違ったやり方で「政教分離的」です》(同、 p. 288 )

※双剱論=両剣論

In Catholicism, the doctrine (or theory) of the two swords is an exegesis of Luke 22:38 elaborated in the Middle Ages. It can be understood as a particular justification for the Gelasian doctrine of "the sacred authority of the priesthood and the royal power". -- Doctrine of the two swords: Wikipedia

(カトリックでは、両剣の教義(または理論)は、中世に練り上げられたルカによる福音書 22 章 38 節の釈義である。これは、「神権の神聖な権威と王権」というゲラシウス派の教義を特に正当化するものとして理解される)― 両刀論:ウィキペディア

 「権威」と「権力」の分離ということである。日本でも鎌倉期以降、権威と権力の分離がなされてきたが、明治維新以降、天皇を政治利用する形での中央集権化が進められたのは、外圧を押し返すために仕方なかったとしても、政治的に見れば、残念ながら「退歩」と言わざるを得ないことであった。






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Last updated  2024.08.23 20:00:20コメント(0) | コメントを書く


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