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以前のハンドル「hemorrhoids」があまりにも下品でありましたので、変更しました。今回はとてもとても可愛いハンドルにしました。 「eclat-aglaia」です。 意味はどちらも恥ずかしくて言えません。
2005.06.29
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昨日今日と思わぬ休養日を得た。1日半を自宅で睡眠とビデオ鑑賞と読書三昧で過ごした。2本のビデオと3冊の本を堪能した。 ビデオは「ボーン・スプレマシー」と「ブラザーフッド」。読書は養老孟司とテリー伊藤の対談「オバサンとサムライ」、「重症の枕もとで」山本利雄著(元天理よろづ病院院長)、そして昨日のブログで紹介した「芸人魂」マルセ太郎著。 ビデオ2本と「オバサンとサムライ」については機会があれば感想を記したい。「重症の枕もとで」は10年以上前に発刊された書籍だから、今となっては古い論理で書かれているように思うが、病気に対する診断と治療を大上段にふりかざし、それを普遍的な真理などと強弁したものでも、一部の臨床例ですべてを推しはかろうとしたものではない。 ボストン大学消化器外科教授インゲルフィンガーの一文を引用し、「患者の80%はきてもこなくてもいいようなもの。近代的な医療を駆使して、それがドラマチカルに成功するのは12%、残りの8%はやったばかりに悪くなった」 これをどう捉えるかは各個の判断だろうが、「病気は医者が治すのではなく、病気は身体が治すのである」という著者の言葉に傲りは感じられない。 読書で有意義な休養日となったが、懸案が3件ほどあり予断を許さない。
2005.06.29
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自室の本棚の隅に「マルセ太郎」の本を発見した。「芸人魂」という本、多分、彼が書いた唯一の本かもしれない。再び、読み入ってしまった。 マルセ太郎が東京の下町やコテコテの大阪の可笑しくて哀しい人々を見事に描いた本である。 私がマルセ太郎を知ったのは、10数年前、偶然テレビの画面で観た彼の天才的な一芸、「サル」の真似。真似というよりサルそのもの、超絶品の演技。一度観れば誰でも納得する。本当に凄い。本物のサルに見える。 いや、サルの真似だけではない。これも大阪ローカル放送のテレビでしか知らないが、彼の「語り」。彼の世界に思わず引き込まれてゆく。そして観察力と批判力。 貧困のどん底を知っている彼が「瀬戸内少年野球団」の嘘を暴いた語りは見事だった、笑いが起こっていた。 もう一つ、小栗康平の「泥の川」。リアルだった。アクションがあった。それを生で見に来ていた作家永六輔が「感激、ただ感激」という言葉を残した。 思わず、もう一度、今度は生で観たくなりサイトで検索したとたん「マルセ太郎逝く」の文字が目に飛び込んできた。ショックだった。永六輔は彼に「人間から猿に進化して逝ったコメディアン」と記していた。 http://www.salusalu.com/maruse/top.html
2005.06.28
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本日、カテーテル初体験。「カテーテル?」「そう、心臓の冠動脈に管を入れるアレですよ」「今回経験したのは、左心室の機能を調べる左心カテーテルで、その先端から造影剤を注入し…」「そんな難しいことじゃなくて、みんなが知りたいのはその検査が辛い?、痛い?正しくそれですよ」「あ~そんなことですか?」「それなら、一言、大丈夫!」「なんせ、医者嫌い、検査嫌い、痛いこと大嫌いの私が言うのですから間違いない!」
2005.06.27
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月曜日、左心カテーテル検査を受けることになった。正直、怖い。 大腿動脈からカテーテルを挿入して心臓まで導き、大動脈弁疾患と左心室の異常を調べるという。造影剤を注入して、、僧帽弁、壁運動、大動脈弁の圧力の変化、逆流状態などを診断するという。
2005.06.25
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頭痛や腹痛に見舞われて、その痛みの強さを訴えるとき、「痛さ」の大小を表す単位があれば便利だと思ったことがある。 10段階くらいで痛みを表せるか?基準になる痛みは?などと考えていた頃、世の中には同じようなことを考える人がいることを知った。 雑誌で読んだその記事の著者(名前は忘れました)は、痛みの基準を、鼻毛一本を抜くときの痛みを「1ハナゲ」としたらどうかと提言していた。 さしずめ、膝を擦り剥いた時は「28ハナゲ」、前腕の骨折は「1500ハナゲ」。胆石は「5万ハナゲ」、究極の痛み、陣痛は「18万5千ハナゲ」.。(爆)
2005.06.23
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