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4月、スタートの月。奇しくも、私も明日新しいスタートを切ることとなりました。自ら、ゼロからのスタートと位置づけたいと思います。家族や家、財産など多くのものを失い、マイナスからのスタートを切られた罹災者の方々に負けないように、しっかりと前を向いて、頑張りたいと思います。目の前に現れることに、正対していきます。
2011.03.31
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何度も壊れかけた親父の心臓が、また壊れかけている。狭心症で緊急入院、でも、また必ず快復すると信じている。大東亜戦争で弾の下をくぐり、中支から帰還したように必ずまた戻ってくると信じている。それが、大した親父、我が親父だ。書店で見つけた曽野綾子さんの「老いの才覚」を読んだ。親父が常日頃主張していることとダブった。それは、死ぬまで、自分のことはできる限り自分ですること。死ぬまで、先祖、親、家族、地域の人々、そして神仏に感謝すること。死ぬまで、常に新しい目標を持って生きること。実に大した生意気な親父だ。曽野さんは、近頃の老人の生き方に対して警鐘を鳴らしている。 年を重ねても自立した老人になる方法を知らない人間が増えている。 マスコミでは子育ての仕方が分からない若い夫婦、引きこもりの子供、 フリーターなどをニュースで騒ぎ立てるが、実は、年の取り方を知らない わがままな老人が増えていることこそ大問題である。と、そして 日本の将来に対しても、自立した老人になるために、老いの才覚=老いの 力を持つことが重要なのである。その老いる7つの力とは 1)「自立」と「自律」の力 2)死ぬまで働く力 3)夫婦・子供と付き合う力 4)お金に困らない力 5)孤独と付き合い、人生を面白がる力 6)老い、病気、死と馴れ親しむ力 7)神様の視点を持つ力と書いている。今、生きている老人に読んでもらうよりも 私も含めて、間もなく老人になるであろう人が一読すべきなのかもしれない。親父は才覚に長けている。中支から帰還したように、再々度、生還を信じている。
2011.03.29
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はっきり言って、衝動買いです(笑)アップルのHPでの購入なので、ついでに周辺機器もいっしょに買いました。中でも、情報をオンラインでサーバー上に保存できるサービスにも結構高額ながら申し込んでしまいました。が、これはおそらく使わないと思います。今のところは持ち歩き、いろいろ楽しんでいますが、来年の今頃はもう飽きているかも知れません。そう言えば、任天堂DSもさわったのはふた月ほどでした。子供ですね(笑)
2010.12.25
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症状が良くならなければ、薬の量も種類も増やす治療を多剤療法という。多剤療法、特に鬱病治療においては公然と行われている。でも、これは日本独特の考え方で、欧米の医療機関では所謂カウンセリング中心の治療法が主流とされてきた。患者本人とじっくり向き合うことで心に潜む問題を探し出すことが大切とされてきた。そのため欧米の精神科医には心理学・哲学の素養や信仰心が求められてきた。その伝統は、抗うつ剤の開発が進み、薬による治療が主流となった現在でもあまり変わらない。医療に頼ることも大事だが、まず、家族がじっくりと患者と向き合わなければならない。ところが、これが大変で厄介なことなのだ。「大変で厄介」まさしくそのものだ。でも、この「大変で厄介」に負けて逃げ出したり、専門医任せの薬漬けでは決して良くなることはない。
2010.12.06
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痛いところに手を当てさする。実はこのハンド・パワーは意外に凄い。怪我をして痛みを訴え泣く子供の患部を、母親が手を当てさする。これが痛みをかなり和らげ、子供はいつしか泣きやむ。胃カメラ検査を受ける患者の背中を看護士が手でさする。検査が終わるまでずっとさする。恐らくどこの病院の検査でも横についた看護士はそれをするだろう。もし、この「さする」がなければ、患者は何倍もの検査の不快感を味わうことになだろう。自ら、検査を受けて初めて分かった、このハンドパワー。患部に手を当てること。そしてさするという行いが、今でも治療の基本かも知れない。
2010.11.19
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ブルキナファソの首都ワガドゥーグーより北へ200マイル、マリとの国境近くの集落でのこと。今でも脳裏に焼き付いている光景に、カメラを向けることができなかった。幾度と無く雑誌やテレビで見てきた、死の危険ラインまでやせ細った少年の姿。人間の顔の下に頭蓋骨の形が浮き出て、手足も骨の形がはっきりとわかり、腹部だけが異様に突き出ていた。その日、行動を共にしていたアメリカのジャーナリストはシャッターを切り続けていた。が、ファインダーから目を離したとき、彼の目は涙が溢れていた。その少年は看護士が食べ物を与えようとしたとき、それを断り、毛布を要求してきた。生命の灯が燃え尽きかかっていたのだ。食物を摂取してそれを生命力に変えるという機能を彼はもう失っていたのだ。もう食べることはできない。治療もできない。暑いアフリカの夜の寒さが彼には辛かったのだ。食べることのできる子供たちも、スプーン一杯のトウモロコシのお粥をゆっくりとすする。飢えた子供はガツガツ食べるものだ、という勝手な先入観はそこで行き詰まった。
2010.11.11
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秋の夜長に~思い出したこと。日本人は、もともと畳の上に寝て、蒲団を敷いたり上げたりして空間を有効に使うことを知っている。しかし少なくとも、ブラジルでもブルキナファソでも、この日本人の感覚は通用しない。まともな人は必ずベッドに寝るらしい。かなり貧しい家であってもひとつくらいベッドはあって、それを夫婦と一番幼い子供が使い、後の子供たちはソファーやベッドのマットレスを使って寝る。地べたに寝るということは、自ら貧困の暮らしを認めたことになるらしい。そういえば、マナウスからアマゾン川を下る船に乗ったとき、私はベッドのあるキャビンだったが、多くの人はハンモックを持参し、船の柱についているフックにそれを引っかけそこで寝ていた。カナダ人の旅行者がハンモックに乗ろうとして、反対側に落ちるのを目撃してしまった(笑)
2010.10.24
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週刊誌の中に「男よ妄想を抱け!」なんて見開きの記事を見つけ、読んでしまった。う~ん、確かに!なるほど!若い女性にモテると妄想しているオヤジは多い、らしい。嫉妬妄想、恋愛妄想は男女同じ割合で見られる、らしい。恋愛シーンにおける女の妄想が縦軸なら、男は横軸。女は相手との1対1の関係の深さを重視し、男は他の男たちとの関係性を重視し競争原理にとらわれる、らしい。いくつになってもつきまとう男女間の恐怖を乗り越えるには妄想というパートナーが必要であり、元気のない男性ほど活用すべし、なんて説かれている。ただ、男の妄想は妄想と認識し、大人の男の分別として客観視が必要、ということである。そうなんだ!妙に納得。でも、ちょっと反論あり(笑)さて、妄想ではなく、今夏経験した現実の世界。まだまだ、最低限の医療さえ受けることができない国が多くあることは知っていたが、それを自分の目で見た。
2010.10.16
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長い間、ブログをサボっていました。毎度のことですが。(笑)昨年、ブラジルから帰国後、あちらでのことをブログに残しておきたいと思って、すでに1年近くも経ってしまいました。筆不精~ブログ不精なんですね。元々、子供の頃から日記なんて書いたことがないので要はタダの「じゃまくさがり」なだけですね。ということで、次回も何時このブログを書くか分かりませんが、とりあえず今日は書き始めてしまいました。その前に、少し語らせてください。ちょっとだけ(笑)。、人間って生きたいと思っても、生きられない。死のうと思っても死ねない。んですね。いつもお世話になっている普通のお寺の住職さんが、先日こんな事を仰有いました。「人間、死ぬまで生きればいいんです」「人は病気や事故で亡くなるのではなく、寿命で亡くなるのです」何故かこの言葉が私の心に残って、ちょっと考え込んでしまいました。こんな悟りは、凡人の私にはとうてい浮かんでこないのですから。でも、This is it!(笑) That's it! I'll say. なんですね。大病で2度、死を予感し覚悟し、まだ、生きているんです。しかも、今はめちゃくちゃ元気で、毎日が充実してて、幸せなんです。もっと生きたい!って強く思っています。要は「死ぬまで生きればいい」んですね。何か、とても楽チンな気持ちになってしまいました。(笑)ということで、8月の殆どはアフリカにいました。西アフリカのブルキナファソ。正直、ブルキナファソって国、知りませんでした。ボランティアの真似事をさせていただきました。あちらでは充実した日々を過ごしましたが、正直、恐らくもう行かないと思います。そうそう、本物の野生のライオンを間近で見てきました。怖かったけど、とてもはしゃいでしまいました。もちろん、黙ってはしゃぎました。
2010.09.12
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2代目、プジョー406です。良く走りました。通勤に、買い物に、遊びに、バウル、サンパウロ間は何往復もしました。これでブエノスアイレスにも行きました。初代マイカー、頂き物です。潰れるまで大変お世話になりました。
2010.06.28
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カーニバルといえばリオが有名ですが、サンパウロも負けてはいません。街中がサンバのリズムでいっぱいになります。カラフルな衣装、ユニークなマスク、限りなく全裸に近いダンサーがそこら中で踊っていました。100を越えるチームが優勝を目指して練り歩きます。
2010.06.26
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久しぶりのアクセスで日記の書き方を忘れてしまいました。これでアップできるかは分かりませんが、とりあえず、撮り貯めたブラジルでの画像を整理しないと、どんどん記憶が薄れていくのでぼちぼち載せていくことにしました。bauruでお借りしていた家(左側)です。一応部屋は大小合わせて5つありましたが、後で分かったことですが、そのうち1つはクローゼットでした。大体8畳くらいの広さで、なるほど窓がありませんでした。大阪なら絶対部屋として使われるくらい広かったです(笑)。因みにひと月の家賃は日本円で6万くらい、150平米くらいの庭がついています。庭の芝刈りは毎週オーナーさん依頼した業者の方が来てやってくれました。正面はビルディンス・デ・メロースさん一家のご自宅で、家族5人で住み、広さは500坪くらいあります。ご主人のお仕事は農業機械の修理工場を経営されていました。
2010.04.14
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バトス湖の朝陽 ブラジル南部のリオグランデ・ド・スル州 ポルトアレグロ市 ブエノスアイレスからの帰り道、睡魔と戦いながらハンドルを握り、やっとパラグアイを抜けてひた走り、まもなくポルトアレグロ市というところで夜が明けてきた。この朝焼けの紅さは今でも目に焼き付いている。
2009.09.30
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明日、ブラジルへ戻る。25~7時間は空を飛んでいる。成田から日付変更線を越え、ニューヨークで乗り継ぎ、翌朝10時頃にサンパウロに着く。エコノミー症候群と言われて久しいが、最もそれに罹る日本からのルートだろう。幸い勤め先の好意でビジネスクラスを利用できるので気持ちは少し楽だ。それにしても、丸1日以上のフライトは、かなりキツい。帰国の際、隣り合わせた日本の一流商社マンは二ヶ月に1度、このコースを往復するという。すでに、2年以上14回往復しているが、未だに慣れないという。サンパウロや私の勤めるバウルーには日系人が多く住んでいる。この殆どがブラジル移民の2世・3世~だという。移民1世は何十日もかかっての船での渡航で、現在の日本・ブラジル間25~7時間は夢のようだと語る。ブラジルに渡って、この歴史に初めて触れたとき、その筆舌に尽くしがたい苦労には、ただただ脱帽するしかない。サンパウロの日本人街を見たとき、日本人の誇りを感じた。そして、当時、移民を受け入れたブラジルと多くの善意のブラジル人には日本人として感謝の気持ちが自然に湧いてきた。帰国で知った、所謂「派遣切り」の中に隠された「ブラジル人労働者の解雇」。何とも言えぬ、虚しい思いがこみ上げてきた。日本の「義」を見せて欲しい。
2009.01.18
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明けましておめでとうございます。本年が日本にとって、皆様にとって素晴らしい年になりますようお祈り申し上げます。この3ヶ月間、アメリカ、ブラジルを周り、年が明けて帰国した。帰国後、テレビのニュース番組を見て、不況に対する警鐘の大きさに驚かされた。さらにそれにすぐに乗り踊らされているの国民の姿も報じられていた。政治・経済に疎いので、認識不足かもしれないが、マスコミが煽り、それにすぐに反応する日本国民のサガをこれほど強く感じたことはない。確かに不景気だし、多くの困難な問題を抱えているだろう。日本や国民の将来に対する不安は否めない。ブラジルでもそれは同様、間違いなく不況だと感じるし、マスコミも不況のニュースを毎日のように流している。ところが、同時に地域のちょっとした明るい話題、日々の些細な出来事の方がその比重が遙かに重い。与野党に拘わらず、政治家がテレビに登場し、ブラジル国民の不安を増長させるような発言はまず無い。どちらかというと、「不況だが、大丈夫!」と訴えることが殆どだ。甘いかもしれないし、ラテンの血・国民気質の問題かもしれないが、少なくとも日本のそれとは比較にならないぐらい、楽観的で明るい。私はそう感じた。昨年末、病気に罹り生死の境を彷徨った。ところが、私の主治医は危篤を宣告しながらも、楽観的で明るかった。生還を信じて、治癒を神に祈った。神に生死を委ねた。祈ることを多くの人に、テレビを通して願い募った。そして生還した。Amanha~ e' outro dia.(明日は明日の風が吹く)Ha' males que ve^m para o bem.(悪いことの後には良いことがある)日本と同じような諺だが、日常頻繁に使われている。ラテンの発想。少しくらいは真似てみても良さそう。特に今。
2009.01.18
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アメリカとブラジルのビザが下りた。シカゴ→ダーラム→NY→オーランド→リオ→サンパウロ→バウルーいよいよ、地球の裏側へ行く。この7都市の報告はしたいが。帰国は多分来春~行ってきます~
2008.09.10
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「弁明通知書」なるものが大阪府警より届いた。「なにわ××× △ 4444」駐車違反の弁明書。 娘が私名義のクルマをミナミのど真ん中で駐車、そのトッバッチリ。「何をしてくれるねん!」「あの、緑の制服のおっさん、ステッカー貼って逃げよった~」「15分くらいやったのに~」「ミナミで15分はキツイで~」「弁明書にお腹痛くてトイレ行ってたって書いといて~」「そら、あかんで~」(笑)
2008.09.06
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高齢の母から、新聞の切り抜きを渡された。そこに書かれていた聞き慣れぬ文字、「出羽守」(でわのかみ)、欧米諸国の習慣や文化などを過大に評価し、それを引き合いに出して日本批判を展開する日本人のことを言うらしい。多分、私を「出羽守」だと言いたかったのであろう。そういえば、福田(現?)政権の無策ぶりを、欧米を引き合いに出して母を前においてボヤいていたような気がする。その切り抜きに、こんなことも書かれていた。エスカレーターに乗るとき、大阪では右側に立ち、左側を急ぐ人のために開けるマナー。これは大阪万博の時に、欧米からの来訪者のためにロンドンやニューヨークで見られる光景に倣おうした、先取り配慮、という説もあり、その後、東京に伝わり右側を開ける逆の乗り方になったという。やはり、「出羽守」的発想だったらしい。自身を振り返ると決してそう思わないが、「出羽守」なところも確かにある。(笑)
2008.09.05
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気がつけば9月、残暑の中にもすでに秋の気配を感じていた。今年の夏は「北京五輪」という「政」(まつりごと)に酔わされた気分だった。阪神タイガースも知らぬ間に追い詰められ、高校野球の優勝校が地元大阪桐蔭高校だとつい最近知った。「産経抄」に阿久悠さんの遺した文章を紹介し、こんな一節が載っていた。『夏と秋の組み合わせは残酷で、その移ろいを嘆く。季節の花、萩が「散る」のではなく「こぼれる」姿を見て、「こぼれるは、人生の秋の痛みに通じる」と詠じている』「政」の「夏」が終わり、現実を認識する季節「秋」に入った。気がつけば我が年齢は、人生の秋、少し自己贔屓の甘い判断ながら「初秋」としよう。さすれば、父親を含め尊敬する先輩達は、この季節・初秋にはすでに一仕事を終え、大きな達成感を持っていただろう。一方、自己は、不完全燃焼という言葉は適切ではないにしろその感が否めない。晩秋までは、まだ少し時間がある。「一旗揚げる」なんて大それたことは考えていない。ただ、もう少し「達成感」が欲しいだけ。春に「宣告」受けて、北島康介の金に沸いていた最中に「宣告」のだめ押しをされた。ところが、数日後に「夢」を見て、その翌日、友人から「希望」をもらった。そして今「希望」が、「夢実現」へと連結された。まだ、逝くには早く、まだまだ死なない自信はある。
2008.09.04
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久しぶりに苦楽園の友人宅を訪れた。苦楽園、以前実家があったのでよく行ったが、両親とも、ここ(アルザス)のタルトが好きだ。今日はマンゴのタルト(画像は無いが、今日の一押し)とタルト・ポンム(少し甘いが、リンゴと生地の食感がいい)母の定番の苺のタルト(苺とカスタード、パイ生地の食感が絶妙)その他、いろいろ買って行った。夙川からタクシーを拾い、待たせて、手土産用と自宅用を買ってしまった。買った後で 自宅用は結構嵩張り、困った。(笑)
2008.09.02
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デューク大学。アメリカ、ノースカロライナ州、ダーラムにある私立大学。 知らなかった。Wikipediaで調べると、なかなか、いやいやとても凄い大学。全米第8位にランキングされ、37代ニクソン大統領の出身校。多くの科学者、プロスポーツ選手、政治家を輩出、 そして、神の手の脳外科医・福島孝徳先生がいる。シカゴ経由で17時間は遠い~
2008.09.01
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7月に受けた英検の2次試験の合格通知が届いた。正確には7月末に届いていた。今更、英検なんてって、思っていたけど、アレックス(英会話の先生)に勧められなめて、なめきって受けた。が、が、かなり、めちゃくちゃ難しかった。落ちたと思っていた。それ以来、英検の話題はゼロ。受かったとたんに、娘に「軽い~軽い~」。天狗になった。ブラジルに行くことだし、 ついでに、ポルトガル語でもやるか~なんて、やっぱり天狗になっている。
2008.08.30
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いろいろあり過ぎて、凹んでいた。ここ数日、見る夢は怖い夢ばかり。 気づくと、目前に娘の命日。出所は知らないが、どこかで聞いた「親死んで、子死んで、孫死ぬ」を思い出した。この順番が狂うと不幸ということ。少し狂ったが、生きているものの務めは全うしたい。墓前に誓うこと。来年も9月1日を務めるとこと。と昨晩見た夢を実現すること。地球の裏側に行くことにした。大好きなNY経由で。ポルトガル語で「夢」はsonho(ソーニョ)って言う。Ontem tive um sonho maravihoso.(昨日は素敵な夢を見ました。)
2008.08.29
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半年ぶり?にクラブを握った。ゴルフ。以前、ハマっていたが、近頃は遠ざかっている。来週、気は進まないが久しぶりにコースに出る。その練習に出かけた。気が付いたら3時間以上もいた。帰ってアレックスのレッスンを受けた。今夜のテーマは「英語の看板」。旅行するといくつもの看板に出会う。ところが結構適当に解釈している。PICTURE I.D.REQUIREDFOR ALL CREDIT,DEBIT & CHECKTRANSACTIONSいろいろと面白い看板の写真を見せてくれた。枚数にして200枚以上はあった。彼のレッスンは実に面白い。工夫がいっぱい。飽きさせない。
2007.06.24
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KUWATAMLB、パイレーツの桑田真澄のことだ。決してファンじゃない。でも、今日、怪我から復帰してヤンキースタジアムのマウンドに立った背番号18はかっこいいと思った。「うれしかった。うれしかった」「野球の神様に感謝」と素直に喜ぶ39歳新人大リーガー。頑張れ!KUWATA!素直にエールを送りたい.
2007.06.11
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アレックスが、テレビで視た郷ひろみの英語力の高さを褒めた。「彼はスラングも分かっている」一口に「英語を話せる」って言ってもいろいろあるが、郷ひろみのそれはかなりのレベルだという。アレックスが「DICTIONARY OF AMERICAN SLANG」をくれた。スラングの辞書だ。読んで実に面白い。パラパラ読むと「dead pan」はAn expressionless face;a poker face.…tabooもいっぱい。面白い。
2007.06.10
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その日の彼女は、少し胸の開いた真っ白なブラウスで胸元にダイヤのネックレスを輝かせていた。いつもお洒落で、上品で幾度となくドキッとした。「先生、長い間お世話になりました」と菓子折を差し出された。「えっ!」「息子の住む、東京へ行くことになりました」その日が、最後の診察となった。彼女は87歳、いつもセンスの良い着こなしでそれにもまして、背筋の伸びた「姿勢」が素晴らしく美しかった。その日から、ひと月ほど経った今日、彼女の訃報が届いた。本当に素敵なかっこいい女性だった。ご冥福を祈りたい。
2007.05.30
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終日、雨の今日。汚れた愛車が少し綺麗になったようだ。たまには雨は良いと思った。職員が非常勤の職員に気を使っている。医師不足、看護士不足だから仕方がないが、そんなに気を使う必要は断じてない。Please keep our pace. Nさんが痛みを訴えた。何とかしてやろうと思った。強めの鎮痛剤を投与した。Yさんが痛み訴えた。「我慢しろ!」って思った。Nさんと同じ鎮痛剤を打った。隣町の山の手のKさんの奥さんが、ポケットに現金をねじ込んだ。○万円。でも、することは全く変わらない。1回くらい多めに病室を訪ねるか~ねじ込まれても、何もなくてもすることは同じ。夕方のショッピングモールの駐車場の混雑、何とかならんのかって思ったけど、仕方ないかって思った。阪神高速神戸線と湾岸線の合流ポイント何とかならんものか?
2007.05.25
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外来初診に来た患者が「便が漏れる」とうったえた。大阪の病院で痔瘻の手術をしたという。診察してみると、痔瘻手術による肛門変形で機能不全を起こしている。痔瘻そのものは治療しているが、大きな瘢痕で肛門が正中線上から外れている。かなり酷い。括約筋温存で手術することになった。はっきり言ってエエ加減な手術を受けている。腹が立った。
2007.03.19
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明日、オペするSさんに癌の告知したのは1週間前。正しくは、私はセカンドオピニオンとしての告知だった。Sさんは総合病院での告知を受けて、確認のために私のもとに来た。「早期の癌だから大丈夫です」という言葉を付け加えたが、同じ言葉を最初の病院でも言われたという。患者にとってはたとえそれが「早期」であろうとあまり大した意味を持たない。「癌」という事実が問題なのである。「癌告知」。医師として幾度と無く冷静、いや事務的にそれを行ってきた。ところが、それを受けるものの心情は決して解る筈はない。今は亡き家族にそれを受けた経験はあるが、当人ではない。ただ、その経験を経て今は「告知」ではなく「真実を伝える」という姿勢でそれを行っている。勿論「告知」は本人にとっても家族にとっても、一大事、正しく晴天の霹靂。私は日に何十人もの患者と接する大病院の医師ではないからこそ「告知」ではなく「真実を伝える」という姿勢を貫きたい。患者と医師の信頼関係、その発揚は勿論まず医師からだろう。急性期医療に携わる一員として、日々心して勤めたい。
2007.03.14
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本屋で立ち読み中、ある新書に目がとまった。パラパラめくると、「こんな話し方では異性が離れていく」「だから女性に嫌われる」という章があった。すんだことをいつまでも蒸し返す。何でも勘ぐる。感情に振り回される。優柔不断ではっきり言わない。自分のことしか話さない。相手が感心ないことを延々と話す。低レベルの解釈をする。何かにつけて目立とうとする。以上。勉強になりました。(笑)
2007.02.12
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英会話の先生・アレックスに、3月に再来日するダンスエンタテインメント『バーン・ザ・フロア』のダンスカンパニーの通訳の仕事が舞い込んできたらしい。と言っても、私はそれが一体何者かは知らない。今、彼らの新作「Floor Play」が話題になっているらしい。http://ticket.rakuten.co.jp/fp/ブロードウェイのミュージカル「フォッシー」や「スウイング」に勝るとも劣らぬダンスパフォーマンスらしい。見てみたくなった。アレックス!チケットまわして~Come again? (What did you say?) (bomb)
2007.01.26
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今、プジョーが面白い。プジョー306。購入当初すぐにタワーバー、ロアバー、ホイールのインチアップ、BILSTEINのショック、で足を固め、BMCのエアフィルター、マフラーも「ブイブイ」製(笑)。サイドエアバッグを殺してレカロシートの換装、等々気がつけば車両と同じくらいの費用がかかっていた。お陰で、プジョー最大の売り文句「猫足」が損なわれ、自宅前の石畳道路を走るたびに、ゴツゴツと腰椎を圧迫し、深夜の帰宅時には「ブイブイ」マフラーをなだめながらの入庫。 娘に詰られ、年齢を自覚し、ノーマルプジョーに戻して1年。最近、またもや「イジリー癖」がメラメラと噴出。またもや、16インチにインチアップ、OZのホイール、デビルのマフラー、イリジウムプラグ等々に変更してしまいました。今度はちょっとおとなしめに(笑)プジョー306、イジリ甲斐のあるヤツです。今、運転が面白い。
2007.01.15
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むかし、むかし、それは銭湯に行けば必ずあったような気がする。「マッサージ機」。ガタガタ、ウィ~ンウィ~ンと動く、あの焦げ茶のマシ~ン。横についている大きなハンドルを回せば揉むポイントが上下する。揉む部分は堅い巾着袋みたいで、子供の私は幾度となくそこに首を挟み死にそうになった。20年ほど前、凝り性の親父が大枚を叩いて購入した当時の最新マシーンはなんとオートリクライニング機能がついており背骨の両側をブルブルと震えながら腰から首筋までローラーが上下するものだった。死にそうにはならなかったが、痛かった。我が家にも、とうとうマシーンがやって来た。ハマってしまった。まだまだ使い方は理解できていないが、当分は、使いそう。死そうにならないし、痛くない。ただ、眠ってしまう。(笑)
2006.12.24
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先日のスピード違反以来、安全運転?でも、スピードは出しています。対策は「余裕」と「新兵器」。なかなか良さそうです。現在お試し中。
2006.11.30
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捕まってしまいました。スピード違反。阪神高速神戸線、尼崎集約料金所を過ぎてすぐの所。レガシーワゴンの覆面パトカー。誰がパトカーと思うでしょうか!40キロオーバー。免停と反則金6~10万円。あ~痛い!
2006.11.25
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今日、一人になった私の娘が一命をとりとめた。いるのが当たり前、という大前提が大前提ではなくなりかけた。 毎日、どこかで人が亡くなる。勤務する病院でも、ひと月に数人がなくなることがある。ところが、それを他人事と思って生きている。昨年、他人事ではないと思い知らされた。にもかかわらず。 自分は、自分の家族は、大丈夫。保証はどこにもない。分かりきったことなのに。自分の最も大切なものを、再び失いかけて愚かながら、再び知った。大前提など、木端微塵に砕け散る。 何かに縋りたいと、祈りたいと思った。神でも、仏でも、何でもいい。何か大きなものに、サムシンググレートに。
2006.11.09
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金曜プレステージ「泣きながら生きてlを視た。感動した。歴史に翻弄された中国人家族のドキュメント。背負った運命を嘆くこともなく恨み言ひとつ言うこともなく自分の人生を愚痴ることもなく家族と別れて15年の歳月を日本で生きた父親。只只、感動した。
2006.11.05
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カレーを作りたくなった。別に食べたい訳ではなく、いろんなものを入れてグツグツと煮たくなった。別に理由はない。変かも知れないが、どんな食材でも許容してしかもそれらに負けないあのパワーが好きだ。やっぱり、変か?以前、当時3歳の娘とカレーを作ったとき、プリン3個とショートケーキと蓬莱の焼売を入れたことがあった。それでもやっぱり、カレーはカレーだった。今日のカレーは普通のカレー。プリンもショートケーキも焼売も入れてない。美味かった。
2006.11.05
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長いこと視てなかった「ER」。8・9・10シーズンを一気に視た。ネタ切れの感は否めないかと、あまり期待しないでレンタルビデオ店へ足を運んだ。予期したとおり、TSUTAYAのそのコーナーは隅の下部へ追いやられていた。ところが、意外にも殆どが「貸し出し中」。仕方なく購入した。グリーンが逝き、ベントンが去り、ルイスが帰ってきた。コンゴ帰りのコバッチュは相変わらず良くもて、カーターは結婚。戦車が走り、ヘリが落ちる。もちろん、こんなERはアメリカでも滅多にないだろう。 10年くらい前、おのぼりさんで、シカゴに行ったことがある。ドラマに良く登場する高架鉄道のすぐ下にあるERの搬入口は、実際のイリノイ大学のERの入り口だった。ドクターが白衣のままでよく散歩するシカゴ川沿いの遊歩道は、いかにも病院のすぐ近くといったところあると思っていたが、実際には十数キロ離れたダウンタウンの真ん中にあった。綺麗な街だった。シーズン11も早く見たくなった。
2006.10.29
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快晴の今日、お墓参りをした。1年前に逝った娘の墓前に娘の好物を供え、花を手向け、手を合わせた。墓石の向こうには大阪平野が広がる。心地良く吹く風のお陰か、いつになく遠くまで見渡せた。大阪の空がこんなにも青く感じたのは久しぶりだった。住職がこんな話を聞かせてくれた。「人間、死ねば終わり」と考える人が、近頃多すぎる。「我さえ良くば、今さえ良くば」が蔓延り、自己以外を平気で傷つけ殺める。人は死ねば、その魂は自分に縁あるところに必ず生まれ替わってくる。死は決して終わりでなく、新たな生への出発点。「生」の間に善行を重ね、子孫に受け継がれるであろう自己の魂を浄化することが、蕩々と続く「生命」への今、生を得ているものの使命。合掌。心静かにさわやかな秋の日を過ごした。
2006.10.09
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ブログも久しぶりだが、英会話のレッスンも久しぶり。アレックス先生のご都合と私の時間がかみ合わない。当直と患者の急変での泊まり、「10日間で病院3連泊+2泊」と言い訳をすると、「Had worse!」(まだ、ましなほうだよ)。「今週は72時間、レッスンしたよ」と先生。生徒の私がクビになりそうです(笑)。 I have had a worse experience. (私はもっと悪い経験をした~)の省略だそうです。いやいや、かなりお稼ぎになられて結構じゃないですか。
2006.09.21
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久しぶりに二両半に行った。娘と一緒に。鶴橋本店。「鶴橋やったら、焼肉にしようや」と私。「私、ダイエット中やねん、二両半がいいねん」と娘。「そやな、お父さんもダイエットするわ」。ラーメン、焼きめし、餃子、焼豚 、キムチにビール。どこがダイエットやねん。
2006.09.10
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京都東山のイタリアン「イル ギオットーネ」。一度行ってみたいので、予約を入れるが、ランチもディナーもいつも満席、予約が取れない。そうなると、益々行ってみたくなり、今回はキャンセル待ちの予約を入れた。でも、よく考えてみると、航空券やあるまいしキャンセルは出んわな~(笑)
2006.08.29
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お盆休み返上で、お仕事しました。仕事場で、のんびりと過ごそうなんて甘い~考えで出勤しましたが、あに図らんや、ハードワーク。その反動か、ボケっ~と、ガラガラの市街地を走っていたら自宅を通り過ぎていました。(笑)来週、遅い盆休みで、親父のふるさと、大ボケ小ボケの阿波池田へ両親を連れてお墓参りしてきます。
2006.08.19
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入院中の患者(男性)さんが、吐物のない嘔吐を繰り返した。調べてみると「胃軸捻転」。腸間膜の短軸捻転。開腹で整腹した。癒着部が多く、危なかった。オペは無事済んだが、途中トラブル発生~停電が起き、自家発電に切り替わる筈が~すぐに本電源が復旧したから問題なかったが、管理の報告によると、発電機の側に、イタチの死骸があったそうな。大事に至らなかったが、 イタチで止まる発電機はいただけません。
2006.08.08
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道交法の改正で、コイン・パーキングをよく使うようになった。今日もほんの少しの間だったが、利用した。買い物を済ませ、30分ほどで精算した。え~と、「8」番。800円。となりのクルマのストッパーが降りた。私の車のストッパーは解除されない!?「6」番だった。(爆)
2006.07.22
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帰り際に、婦長さんからこんにゃくを一丁いただきました。「おからこんにゃく」、ダイエット食品。○○の砂おろし、ですわ。 「焼く、揚げる、まるでお肉みたい」って、こんにゃくはこんにゃくやろ~今夜食お~(笑)※この古い駄洒落、文字では伝わらんなぁ~
2006.07.20
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姪たちが、今頃になって、夏休みにTDRに行きたいと言い出した。当たり前の話だが、ディズニーホテルも、オフィシャルホテルも満室らしい。少し離れた都内のホテルしかとれないという。妹からなんとかしてくれって~って、私にはそんな手立てはない。 「おはようございます~」MRのYさんが処置室に入ってきた。あっ、ダメ元で、「何とかならんかな~」、頼んでみた。「はい、わかりました」と良い返事。約2時間後、「3泊と往復の飛行機3名分、取れました!」の返事。ホテルミラコスタとANAの往復、少々割高だが、妹に連絡するとOK。今週末にはチケットが届くらしい。今更ながら、プロパーさん、いや、MRさんの力に感服した。決してプレッシャーをかけたわけではない(笑)姪たちはもちろん大喜びらしい(笑)
2006.07.16
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早寝しすぎて目が覚めた。テレビをつけると、10ch「きょうの出来事」の時間だった。「ヌーブラ」の偽物が出回っているらしい。海を隔てた隣の大陸の大国で製造されたという。今更、驚かないが、「ヤレヤレ、またか」の感。偽造先進国のわりにすぐバレる技術発展途上国。お粗末!それにしても、ヌーブラ愛用者が我が国にそんなにいたとは知らなかった(笑)。 汗をかいても大丈夫なのかな?(爆)
2006.07.12
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