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きっとアホみたいに長い文章を書くと思う。でも、題名にピンと来た人は、是非最後まで読んでいただきたい。いつもMDを変えて家を出る。今日のMDはバンプだった。MDが回り、最後の曲にたどり着いた。流れてきたのはロストマン。忘れもしない。初めてあそこに行ったとき、ロッテリアで放置プレーにあっている間永遠リピートしていた曲だった。去年の9月、僕は打ちひしがれていた。部活を引退し、無理したお陰で入院の危機に晒され、付き合っていた彼女には浮気され、大学だって授業は無い。もう、何もかもどーでもよかった。そして、そんなときに僕はあそこに出向いた。なんか、救われた気がした。よくわからんけど、週に一回、こんな人達と会えるなんて最高だと思った。それから1年と1ヶ月。バンプの藤原さんは去年と同じように、僕の耳元で歌っている。「状況はどうだい?僕は僕に尋ねる」そして、僕はそれを聞いて、自分に問いかけてみる。僕は、あの廃人の様だった僕は、今どうなっている?僕は、3回ほどあそこを抜けようとした事がある。嫌になったのだ。知れば知るほどあの組織が醜く思え、僕はここで何を見出したくてきているのか、そもそも、何でこんな事に憤りを感じなければならないのだと思った。その度僕はぶつかった。一人でも言い続けた。納得できなかったから。おかしいことはおかしいと思うから。僕は、自分がおかしいのかと思った。そして、自分が何がしたいのかわからなくなっていった。そんな時、あいつが僕に言ってきた。「私もおかしいと思います。」そのちょっと後、誰かさんが言っていた。「あれってどうなの?」僕が愚痴をこぼした。そしたやつが話に乗ってきた。「そうだよね。(以下省略。多すぎて書けない。)」気がついた。みんな言えないだけで必ず何かしらの意見を持っていることを。その日から、僕は悪役になった。見えないところで不満をこぼす汚い奴になった。そうしたら、どんどん出てくる人の想い。そりゃ面白いって程に。その想いを無駄にしたくない。その一心だった。自分がここに貢献できるのはこれだと思った。今までテキトーにやってたお詫びをしようと思った。いつも一緒に暴れたいた奴がいる。2個下のドナルドダックみたいなやつ。最初会った時は普通の女の子だと思ってた。でもある日、ドナルドはアルティメットウェポンと化した。すげーと思った。心底尊敬した。いつも何か企んでいた。それが本当に楽しかった。そいつから、メールが来た。「テキトーでいいが安心した。」と。ロストマンを聞きながら向かう道の途中、結局僕に何ができたのか考えた。別に何ができたわけでもないという結論に至った。もしかしたら、うだうだ言い続けた事が、逆に誰かを苦しめていたのかもしれないと思った。いつもおれに減点してくれた奴がいる。何を勘違いしているのか、おれを天才と呼ぶ変なやつ。僕は、あいつのほうがよっぽど天才だと思うけれど。しばらく会えない時期があり、話したいことがたまり、ある日一気にぶちまけさせてもらった。その時、やつは僕にこういってくれた。「それはそれでいいじゃない。無理することないんだよ。」と。自分の想いを肯定してくれた気がした。子ども達が帰っていく。口汚く「来週も来い。再来週も来い。」と言うやつ。恥ずかしそうにありがとうといい、チャリで帰っていく。その時、初めて自分がもうあいつに関わる事はないんだなってことを実感した。帰り際に「記念にあげるよ。」と言って、魔人ブウの人形をくれたやつ。思えば初めてあそこで教えてやつ。僕があげたホワイトバンドを、あいつはいつまでとっておいてくれるかな。昔あそこでpay it forwardの話をしたことを覚えている。いかに知らない人を巻き込んでいくか。それが大事だと。言った手前、自分がやらなきゃどうしようもない。学校で話をした。ゲンタマで話した。家族にも話した。たった1人がやってどうなる。でも、1の積み重ねが100に繋がることを忘れてはいけない。1+1=2という足し算は、ほとんどの場合人間には当てはまらない。いつもなんだかんだと語り合ってた奴がいる。かず以外に初めて会った、あのオーラをもってるやつ。今までないってほど勝負をかけて生活していた時、僕は人生の危機に立たされた。その時、やつは僕に語りかけてくれた。「気づいてたよ。」と。誰かが自分を見てくれているんだという気にさせてくれた。まぎれもなく、僕を救ってくれたのはその一言だった。最後、何を話していいのかよく解らなかった。話そうとしていた事も忘れ、話すつもりもなかったことを話していた気がする。というかもう覚えていない。僕は、今まで成果や結果を出してこそ組織やチームに必要だと感じていた。勿論、そんなことはないのだろう。逆に、それがモチベーションになっていたことも事実だけど、それがなくなったとき、僕はどう思われるのだろうと考えたら怖かった。だけど、あいつらは違った。バカで、ヘラヘラしてて、テキトーなおれに向かって冗談交じりに、時には本気で「やめないで欲しい。」と言ってくれた。何かができるわけでもなく、何かに秀でいているわけでもないおれを本気で引きとめてくれた。最初は社交辞令にしか聞こえなかった。自分がそんな風に思われているなんて信じる事ができなかったから。でも、それが本気で思ってくれていることに気がついた。冗談っぽく言ってくれてても、それは確実に僕の心に響いてきた。初めて、成果や結果抜きの繋がりを感じる事ができた。人に必要とされるのは、これ以上に無い歓びだと教えてくれた。そして、僕は最高の仲間に出逢えていたことに気がついた。想定外のことが起こると僕は涙を流してしまう。そして、今日も想定外のことがおきた。やつらの仕業だ。今、それを開いている。まったく、いつの間にこんな素敵なものを作ってくれていたのか。嬉しすぎるぞほんとに。あ~瞬きするたびに光の量が変わる。そろそろ、前が霞んできた。限界だ。本当は、やめたくないんだよ。引き止められて、いつも迷ってたんだ。本当は、やめたくないんだ。でも、だめなんだ。仕方ないんだ。うえーむら、むりすんなよふなつ、うえーむらよろしくねダブルさとう、おれの味方もしてよねこいけ、髪の毛いじるくせなおせアーレ、りょーくんとなかよくねつちやさん、美術館デート、見習うよなぎやまさん、明石家サンタねさんちゃん、バカさむら、かめはめはおかべくん、イケメンみきてぃ、またコーヒーのみに行くよちば、もどってこいふじさわさん 本ばらさないでうらの、早く体調なおせよながやす、自由が丘に呼び出すからねとや、いじってくれる人いなくなっても悲しむなよそして、関わってくれた全てのみんなへ。本当に本当にありがとう。ロストマンにはこんなフレーズがある。「踏み出す足はいつだって初めの一歩」そして、こう終わる。「間違った旅路の果てに 正しさを祈りながら 再会を祈りながら」
2005年10月26日
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字を書くんだぞ。若者。特に大学三年生。パソコンとか携帯に頼らず、字を書いておいたほうがいいぞ。おれみたいになっちまうから。まじ、履歴書に字が上手にかけない・・・・・。困ります。非常に。
2005年10月25日
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泣けるほど綺麗な光を背景立つ三人を、後ろから眺めながら「ああ、おれはこいつらと10年後も付き合っていられるかな。」とふと思った。なんだかよくわからんけど、すごく嬉しくて、楽しくて。一日とはこんなにも早いものかと驚かされた。でもやっぱり、時間が経つにつれて、寂しさも感じた。それは、今日という日が終わると言うことだけでなく、その先に待っているものへ自分がどんどん近づいていくことを、一緒にいると余計に感じたから。ちょっと前、夢でマイリトルラバーが僕のために歌を歌ってくれていた。スロウな恋とevergreenだった。起きたら涙が流れていた。この歌の解釈はいろいろあると思う。でも、その解釈の中の一つに、今の僕の心境があるんだろなと思った。ケリをつける。響きは悪いけど、今僕に必要なのはそういうことなのかもしれない。急にバランスが崩れて、席を立った。遠くに光る馬鹿でかい光を見ながら、「またあいつらと一緒に来たい。」と確実にそう思っていた僕がいた。
2005年10月20日
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そんなの傲慢だよ。だけど、自分までそれにのせられちゃいけないね。だけど、ぶっちゃけ結構キましたよ。まじで。まじで。
2005年10月18日
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今日は美味しいものをたくさん食べた。まじねむいけど今日もがんばるか~とか思いながら裏口開けると誰もいない。何!?おれだけか!?うわぁ・・・とか思って奥まで入ってみたら本部長やら取締役やらとにかく偉い人集まってて肉焼いたり米いじったりしてる。「よおじゅん、いくら丼食え」とか言われて、いくら丼を食う。「しゃけ茶漬け食え」とか言われて、しゃけ茶漬けを食う。どーやら新商品らしい。正直おれは何食っても美味く感じるからこれも例外でなく美味かった。全く当てにならん。でもあの小ささで400円とか500円だったら名前的にサギだから、ミニいくら丼にしたほうがいいと言っといた。「美味いの作るんで待っててください!あがってからラム丼食っててください!」って自信満々にこーぞーが言うから、どんだけ美味いのかと期待してたら、これがまじで美味い。もやしとたまねぎとラム肉炒めて麦飯にのっけただけの超シンプル料理なんだけど、あれちょっと工夫して出したら大ヒットだね。間違いない。でも、ラム肉ってスーパーとかに売ってないですよね。だから、あんなテキトーな料理をできるのは我らの特権じゃ~^^うちはまかないがメニューからでないんです。使える材料も限られてるし、同じようなもんをいつも作ってます。信じられないでしょうが、肉を出しているのにその肉を使えるようになったのは最近なのです。だけどね、なんか、逆にそういうやつの方が美味しく感じるんですよね。なんだろ、手づくりの愛情とでもいうものでしょうか。普段、一人で食事をする事が多いし、最近は食事が完全に作業です。だから、余計に人に作ってもらえるものが美味しく感じるのでしょうか。とにかく、手作りっていいです。
2005年10月17日
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日本語教育能力検定試験、青年海外協力隊の試験より過酷でした。って、どっちもまだ受かってませんが・・・集中力が明らかに落ちたことを痛感しました。多分、テニスをしているときに比べて、一日に集中する時間が格段に減ったから、いざって時に出ないんですな。これ。集中力も訓練でつけることができるから、といっても僕はかなりその訓練がへたっぴですがやっぱ集中力は大事です!
2005年10月16日
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明日は試験。がんばるか。がんばろう。
2005年10月15日
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ご飯を食べるのが一番痛いんだから、食後に痛み止め飲んだって大して意味ないじゃんね^^;お昼に飲んだのは夜には明らかに切れちゃうもんね。早めに寝ましょう。僕の友達が言ってたんですがクリエイティブな発想は、規則正しい生活から生まれるらしいですよ。
2005年10月13日
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「明日帰国する。」て言ってるよ。と、ながちょんが言い出した。今日、先週「来週辺りに話しとかないとダメだからね。突然の別れは寂しいよ。」と言われていたから、なんて言おうかな~って考えてたら、やつは来て5分で「帰国する」って言い出したらしい^^;思いっきり肩透かしを食らった気分でした。そして、予想以上に寂しかったのである。たった一ヶ月の付き合いだったけど、別れはやっぱり切ないものです。そして、やっぱ突然の別れは寂しかった。僕も、ちゃんとみんなに挨拶しようと思った。別に僕がどう思われるとかそういうことじゃなくお世話になったみんなへの「礼儀」ですね。
2005年10月12日
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これも気分変調性障害の余波なのだろうか。とにかく肋間神経痛と思われるものが痛い。というか、僕はいつからこんなに病気をするようになったのか。運動しなくなってからなのかなあ~。病院に行くの、めんどくさがっちゃまずいか。明日、行って来るか。ちくしょー明日は朝から行きたいところがあったのに・・・おざわ先生に出版の挨拶に行くために一度実家に戻った。そしたら、あれだけじいちゃんとばあちゃんには見せるなって言ったのに、母親は本をばあちゃんは二人に見せたらしい。目に見えていた結果だけど、じいちゃんは激怒。「そんなことやめさせろ、どっかの宗教なんかに勧誘されたらどうすんだ。」と、まあ、いつもの事ですが言い出してしまったわけで。とてもとても保守的なんです。あ~あ、だから言ったのに。あれだけ言うときはおれから言うからって言ったのに。詳しい事はよーわからんが、もう自分で話すしかねーなってことで行ってきた。「どうやって話を切り出そうか。」そんなことは考えなくてオーケー。ドアを開けた瞬間、「じゅん、外国なんか行くな。死んちまーから。」と、じいちゃんとばあちゃんは言う。勿論、心配するのはおれにだってよくわかるんだけど、よくわからないのに頭ごなしに否定されるのはいくらなんでも困ってしまう。というか、まずおれは外国には行っていない。じいちゃんは、色んな世界を見ろ。色んな生活がある。という。だからおれは思う。そういうじいちゃんに外国に行くなと言われても全く説得力が無い。母親と父親は、じいちゃんは世界が狭いから。とか、これからなんちゃらかんちゃらの人のほうがいい。とかって言う。いや、どっちがいいとか、どっちが悪いとかいう問題じゃない。それに、おれはおれの考え方のほうがじいちゃんの考え方より上回っているなんて事は毛頭思っていない。おれは70を過ぎてもず~~~っと農業一筋で生きているじいちゃんをほんと~~~~に凄いと思う。早く寝て、夜中の4時ごろからやってる数学とか理科のテレビを見て「復習だ」と言って勉強しているじいちゃんを尊敬する。ようは「生き方」の問題なんだろう。人生に対する「捉え方」の問題なんだろう。それが、僕とじいちゃんでは違うんだ。社会に自分の想いを自分の言葉で発信したおれ。世間には色んな考えがあるから、色んな感想、批判があって当たり前。だけど、やっぱ肉親に受け入れられないのは寂しい。どうやったら、じいちゃんは僕の行き方を理解してくれるのだろう。ああ、なんだかよくわからなくなってきたぞ。とりあえず、今日はこの辺でおやすみします・・・
2005年10月11日
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あ~日本語難しい。あ~肋間神経痛い。ちくしょ~。あ~こんなことならちょっとゆとりもたせときゃよかった・・・って言い訳かよ。負けられん~負けそうだ~いや~負けん。あ~でも負けそうだ~いや~がんばれーおれー
2005年10月09日
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試験まであと一週間。分が悪い勝負でも、やらなきゃわからんよね。ああ、それにしても肋間神経痛、これ、痛いね。
2005年10月08日
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神様は乗り越えられるなんちゃらしか与えないとか言うけどどーだかね悲しいことは なくならないねゆうさんに「やわらかくなったよね かたいと折れるからね」って前言われたやわらかくなったら まだ折れずにいれるのかな
2005年10月07日
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歩いて帰るか、電車に乗るか。見上げると、都庁が怪しく光っていた。近くまで行きたくなったから歩いて帰る。 夜だし、ガンガン車が通る交差点の脇で撮ったからぶれちまった・・・なんでこんな色してるかは知らないけど、綺麗だし、なんかちょっと嬉しい。もう1つ。今日、ディズニーで働いている友達に会ったんだけど、「ミッキーって打ち合わせの時も話さないんでしょ?すごいよね~。」って言ったら「ミッキーに人は入っていないから^^」って言われた。もう、夢を与え続ける国で働くプロだった。というか、あの人自身が、夢を与え続けているんだと思った。なんか、ほんとすげーと思った。
2005年10月06日
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池袋にて。「めんどくさくなってきちゃった」「カラオケ行くか~」「行きたいね~」とか何とか言いながら、時間がくればちゃんと席を立つ。そんなところへ。電車の中にて。「結局好きなんだよね~。」「うん。好きだよ~。」とか何とか言いながら、時間に遅れないか時計を確認する。そんなところへ。新しく生まれ変ろうとする仲間を前に尽きようとする炎を、全力で燃やすためにはどうすればいいのか考える。そんなところへ行くのもあと3回。
2005年10月05日
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急いで帰ろうとしたけど、足が駅に向かなかった。少しだけ、自由が丘を歩いてみた。もう、この時間にほとんど人はいない。レンガが敷き詰められた道を歩いていると、夜なのに、昼間は見えない建物や光が目に飛び込んでくる。逃げてる場合じゃないだろう。だけど、どうにもならないことがある。どうにかならないじゃなくて、どうにかする。だけど、どうにもならないこともある。そう、わかってる。だけど、結果論を掲げて何かをあきらめられるガラじゃない。さあ、明日は上がるかな。駅のホームを上がると、渋谷行きの各駅停車の発車ベルが鳴っていた。
2005年10月04日
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秋葉原報告。こんな機会じゃなけりゃ行く事もないからとことん頑張ってみようと決意。だけど・・・駅を降りる。普通。いたって普通。あれ?こんなもん?って感じです。隣のやつが、「こんなもんっすよ~」とか言ってる。数人だけ、今注目の彼らを見つけることができたり、多すぎる電気屋さんを見たり、正直、一体この街は何なのか、よく理解する事ができなかった。そして、かなり勇気を持って入ったメイドカフェ。メイドさん達、そのカフェがそういうところだったのかもしれないが、話すと普通の人たちでした。残念ながら、あそこで落ち着くことはできない。新宿も西と東で表情が全然違う。でも、ここは新宿どころの話じゃない。仕事に来る人、様々な趣味を求めてくる人。それだけでなく、この街にはテイストの違う、しかも濃い色が沢山存在する。例えば東京23区をそれぞれの色で染めてみたとして新宿は、渋谷は、秋葉原は、どんな色なのだろう。そしてそれを、東京のはるか上空から眺めてみたとき、そこはどのような色に見えるのだろう。明らかに調和の取れた色ではないよね。そして、それが面白いんだろうね。秋葉原が日本の文化なのかっていうのは置いといて秋葉原が、日本の、東京の一色であるという事は間違いない。
2005年10月03日
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一昨日、昨日、2日連続でプロモーションをしたのはいつぶりか。今日が休みで本当によかった。お陰でぐっすり眠らせてもらった。でも、心地よい疲労感を感じられるのは嬉しいことです。沢山の人がブースに来てくれた。でも、正直自分達の本を宣伝するのは気がひけた。流学日記をあれだけプロモーションできたのは、使い道がはっきりしていたから。今は、まだあの本が売れたらどうなるのか、それが自分達にもわからないからなんかやりにくい。稼ぎたいとか、儲けたいとかいう感覚が自分に毛頭ない。まあ、使い道を明確にしている著者のほうが珍しいっちゃあ珍しいのかもしれないけどね。。。イベントは楽しかった。あそこに参加できてよかったと思う。特に良かったのは音楽。隣で売っていたイタリアのクラブミュージックがほんと~によくて、久しぶりに洋楽のCDを手に入れた。コンサートをしていた二組のアーティストも本当に良かった。ちょっと疲れ気味だった自分には、後の方がよかったかな。久しぶりにお会いする方や、一度お会いしたかった方にも会えたし、とやにあったのはまじ驚いたけど、とにかく嬉しかった。荷物を降ろして五反田から家に向かう。週末の夜の環七はタクシーが多くて走りにくい。車は単車より落ち着く。色々と考えてしまったりする。でも、これって結構危ないかな^^;いや、落ち着いてるんだからそんなことないか!そう、その時が楽しくても、僕も、僕達も考えるべきことが山積みなんだ。でも、考えて考えて、もっと楽しくしようとしてるんだわ。ブレーキをかけるのではなく、アクセルを踏む時は今。環七を抜けて水道通りに入る。タクシーがいなくなると、一般車は大して走っていない。気がつくと、街灯を超えていく間隔が短くなっていた。
2005年10月02日
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