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今日は眠っている間に見た夢の話。夢といってもたいそうなものでもない。夢の中で、私はショッピングセンターの中のカルチャーセンターにいた。カルチャーセンターでは、書道教室をやっていた。現在書道に興味をもっているわけでもないのだが、「一筆どうですか」という勧誘に特に急いでもないからと乗ってしまった。一度書いてしまうと、次はもっとうまく書けるような気がして、もう一度書きたくなった。お試し半紙に書いていると、「100円で先生からワンポイントアドバイスが受けられます」と勧誘員の方が言ってきた。100円でアドバイスを受けられるのであれば安いものだ。早速お願いしてみる。「一という字を書いてみてください」と言われた。見られながら書くと、一という簡単な文字でも緊張する。書いてみたが、どうも上手く書けない。そこですかさずアドバイスが入る。「一という字はこうやって筆を十分に力強く折り曲げて書くのですよ」とお手本を示してくれた。堂々とした字で惚れ惚れした。もうその時点で、私は書道にはまっていた。既にお試し半紙もきれてしまい、どうしようかと考えているとすかさず勧誘員の方が、「ただいまなら半紙50枚で50円です!」と寄ってきた。商売が上手いな、と思い、ついつい半紙を50枚買って書き始める。そのうち筆や硯も勧められるのだろうな、と思っていたときに閉店時間になる。5時になってシャッターが閉まる。もっと書きたいなと思っていたが、そのままいると閉じ込められてしまうので周りで書いていた人も外に出ていった。シャッターが閉まる前になんとかその場を出られたところで目が覚めた。入り口は簡単に、第2ステップは「ダントツ」に。潜在意識の中にすり込まれてきたような気がしたので、思わず苦笑してしまった。
2004年03月17日
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以前不可能だと思われることを可能にするための会議を行い、第1段階として問題点を挙げてもらい、その後、最も簡単で効果があると思われる対策を実施するまでに至った。第2ステップはどうするか、ということを決めかねていた。入り口は少しでも関心をもってもらうことでよかった。そしてそれは簡単な道筋をつけることで成功したと思った。私としては、第2ステップについても次に簡単なことからアプローチしようと思っていたのだが、その内容をボスに相談したところ、危機感がないことについて指摘を受けた。木をみて森を見ずとはこのことだった。入り口は簡単であっていい。しかし第2ステップは大切だ。ビジネスにしても「そこにあるんだ」という認識をしてもらってから、惚れ込んでもらうまでに時間をかけてはいけない。速攻勝負であり、一番エネルギーを必要とする部分である。ここでエネルギーを集中させることに意識を向ける必要がある。次のステップは多少の労力を要した上で効き目のある策を練らなければならない。しかし、最も大切なことはその策を実行した先に得られる結果がいかにやりがいのあるものか、を意識してもらうことである。そのためには、先導するものが本気でなくてはいけない。本気をいかに態度で表せるかが、成功への分かれ道である。
2004年03月16日
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本日、頭をよぎった歌はジュンスカの「トレイントレイン」。最近この手の話題が多い。例えば競争が激化した1次下請が2次下請に注文を出す際に更に競争させたり、値切ったりすることなど。本来は仕事をたくさんしている下請けが一番偉いと思うのだが、世の中のしくみはそうなっていない。弱者Bが叩かれないためにはどうすればよいか?一つは弱者Bがオンリーワンの技術をつけて競争から抜け出すこと。一つは自分の請け負いたい最低金額を割ったら受けないこと。などが考えられる。弱者Aが弱者Bを叩かないようにするという選択肢もある。弱者Aが弱者Bの良いところを見つけて更に伸ばす役割を持っていると認識したら、それは素晴らしいことである。弱者Bのやる気の問題もあるけれど。その点、楽天は日記開始の早い遅い、アクセス数の多い少ないはあるものの、与えられたホームページ空間は平等であり、強者弱者の争いもみられない。かなり理想的な空間といえる。この空間が現実になれば世の中ももっと良くなるような気がする。
2004年03月15日
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今日はパリコミューンという言葉を聞いたので、何だったかなと思って本を読む。起業とはあまり関係ないかもしれないが、時代の流れを読むという点からは少しは参考になるかもしれない。1871年、普仏戦争でフランスが敗れ、ティエール(1797~1877)の臨時政府はパリ国民軍の武装解除を命じたが、パリ市民は自治政府(コミューン)を作り臨時政府からの自立を宣言した。しかし、臨時政府は13万の軍隊でパリを包囲し、自治政府は鎮圧された、とのこと。その辺りのフランスの歴史をおさらいすると、1589年から1830年までブルボン朝があって、1830年の7月革命でティエールの説得によりオルレアン公 ルイ=フィリップ が王位に就いてブルボン朝は終わりを告げた。ブルボン朝にはアンシャンレジームという古い身分制度があったが、おそらく文化が成熟してきたことにつれて18世紀初頭から啓蒙思想という旧社会制度を批判する思想が広まり、1789年にフランス革命という行動となった。そして1790年代ナポレオンの登場とともに革命気運は衰退する。ナポレオン失脚後(1814年、「いや、いーよ、おれはエルバの王になる」と習った覚えがある)、混乱を経て1830年の革命を迎えるわけである。今の日本をこのフランスの時代に重ね合わせてみると、啓蒙思想が広まった頃に似ているような気がする。処刑とか残虐な行動は避けたいし、ないことを望むけれど、どう転んでも革命は避けて通れないだろう。
2004年03月14日
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心の声を正直に聞いてみると、形から入るという言葉は嫌いだという声が聞こえてくる。「不言実行」とか、「男は黙って」という言葉をかっこいいと思って、行動もそうしてきた節もある。「形から入る」ことをどうして嫌うようになったのだろうか?それは、体裁を整えるとか、上っ面ばかりを気にする人ばかり見てきたからだろうか?「何のために生きるんだ?」不思議なのが、人生で最も重要なこのテーマについて考える時間がなかったということ。高度成長期の前はどうだったか?「経済的に豊かな生活をしたい」という熱い思いがあって、多くの人がその方向を向いていたから、高度成長を為し遂げたのだろう。今の周りの生活を見てみると、形だけは昔の人が夢見た生活になっているし、それが実現しているではないか?しかし、若い世代は昔の人が夢を見るきっかけとなった「イメージ画像」がどのようなものだったかを知らない。私は政治家でも政治に関わる者でもないけれど、今、私が実現したい社会は「地球、自然環境も含めてみんなが幸せな社会」である。みんなが幸せであれば、おそらく競争も「フェア」に幸せを競う競争になるだろう。現実はどうか。将来の豊かなイメージを与えてくれる情報がどのくらいあるだろうか?あるんです!そういう情報を集めることに焦点をあてれば。
2004年03月13日
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本日は、起業家・投資家交流フォーラムに参加。私はどちらも中途半端なのであるが、何の因果か出席してしまった。昨日の講演会が雲をつかむような話(必ず雲はつかめるのだが)であれば、今日は地を這うような話であるところが大変面白かった。イメージ・ヴィジョン・志が大切であるのと同じくらい、自分のスキルを高めること、力をつけることというのは大切であると感じている。私がよく訪問している レジャ研さんの日記や、M圭。さんの日記にもあったのだが、上のほうばかりみて、足腰を鍛えることをおろそかにする傾向があるのではないか?本日の起業家の方々の「足腰の鍛え方」には本当に脱帽した。あとは鍛えてきた方向性が果たして正しかったのかと、遠い雲をつかむための発想転換ができるかどうかだ。私自身の話に落とし込むと、キョロキョロしている場合でもない。周りの状況には気を払いつつ、自分の愛することの出来る何かを追い求めていく。
2004年03月11日
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運良くお休みなもので、昨日はブライアントレーシープログラムのセミナー、今日はジェームスさんの出版記念講演会に出席。昨日、プログラム紹介者さんの手元に神田昌典さんの「非常識な成功法則」を発見、もう一度読み直しなさいよ、との声かな、と思い、読み直した。「決断は思い切らない」今、決断できない理由は何か、そしてその一つ一つを解決していく必要性を感じた。そして本日の講演会。はい、私の耳元で悪魔=恐れが囁きます。「それは無理だよ。」対応例1 「だまれ、俺は成功するんだ」そして行動。→どうもうまく行かないらしい。対応例2「ああ、そうなの。教えてくれてありがとう」それじゃあ、どうしたらよござんすか?→道は開けてくるらしい。神田さん・ジェームスさんの言葉・アプローチは違うけれども、言いたいことや目指すところは一緒である。その言葉を受け取るか、受け取らないかは受ける側の自由。そして、そのことについてどう考えるかも個人の自由。さあて、どうする?
2004年03月10日
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俺、トマトジュースが苦手。でも、勘違いしないで欲しいのは、トマトジュース好きな人や、造っている会社や、トマトジュースそのものの存在を否定しているわけではない。実際、野菜生活は好きだったりする。そこのところを勘違いされる方って、案外多い。確かに自分が大好きなものを否定されたら、自分の存在まで否定されたように感じる。私自身もそのような経験があり、だいぶ面白くない経験をしたものだ。ここらへん、結構我慢強く育てられていて(言い返せないだけかもしれないが)、一旦飲み込む習性がある。冷静に考えた上で、どうしてそのようなことを言うのか聞いてみたりする。理解できるときもあれば、理解できないときもある。分かり合えないのは仕方ない。ただ、分かり合う努力はしたい。みんなが違う価値観だからこそ、社会も人生も楽しいものだと思う。
2004年03月09日
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成功するのは簡単だ。成功者は言う。あらためて、成功ってなんだ?という問いかけをしてみる。目的を為し遂げること?富や地位を得ること?標的を定めて、それを達成してこその成功であり、やはり、標的がないと成功ではないのか?標的を低いところに設定すれば、実は誰だって成功者かもしれない。辞書の「成功」のページと同じページに「生殺与奪」という四字熟語があった。この権利をにぎることが成功と考える人もいるのだろう。成功のための「お勉強」ならば、神田先生の100分の1くらいはやっているつもりだ。ただ、法則を丸暗記したところで成功はないだろう。成功の法則について考えていたら、ある歌詞が出てきた。それは「泣くのは嫌だ、笑っちゃお、進め~」要約するとこんな簡単なことなのかもしれない。
2004年03月08日
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ある和菓子店に「茶前酒後」という書が飾ってあった。甘いものは「お茶の前に」合い、「酒の後に」合うという意味か?店の人もそんなことを言っていた。ネット検索してもよく分からない。分かったことは意味が違うけれどもこの言葉に近いことを唐代の詩人である「白居易」という人が言っていたことだ。白居易って誰?世界史を勉強した人なら名前だけは知っているかな?詳しいことは私も知らないけれど、科挙という制度の中で難し~い試験を受けて、進士科という最上級ランクの科に28歳で合格(進士合格は3000人に1人しかいなかったらしい)。法務大臣まで出世した人とのこと。ただ、それ以上に有名だったのは、詩人としてその当時の民衆の窮状を描いたものが多く、できるだけわかりやすい表現を使って伝えていたらしいこと。唐王朝は618年から907年まで続いた比較的安定していた時代のイメージがあった。ただ、白居易(772年~846年)の説明文からして、この時代は決して平穏な時代とは言い難いような気がする。官僚が野放しになる。税負担が大きくなる。無理やり徴兵する。民衆が窮乏する。反乱が起きる。おいおい、どこかの国と似ていないか?
2004年03月06日
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踏まないようにしていた地雷を踏んでしまった。とりあえず踏んだ時の防御は考えていたので、表面的な傷は浅くて済んだのだが、心の傷は深い。相手のために誠実に、相手のことを考えて行動していても、組織の論理では、そのことが通らないこともある。更に悪いことに、事情を知らないおばかさんが、私の知らないところでアンポンタンな答えをしたために、地雷の爆発が大きくなった。相手のことを考えて行動していたのだが、私の知識不足と経験不足のために、迷惑をかけてしまった結果になった。反省すべきところである。
2004年03月05日
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その道の第一人者であることを自負している方に連続して会ったので今日のテーマ。「私は日本で○○をした最初の人なんですよ!」本当かどうかは別にして、何をしたにしても、これは大変な自信や誇りになるようだ。また、先方としてもいつも自分から自慢しているわけではなく、あくまでも話の流れ上、そうなってしまっただけのこと。共通点としてはやはり「偉そうな雰囲気」を醸し出しているということ。例え表面上人当たりが良くても、なんとなく近寄り難いものがある。第一人者になるパターンを二通り考えてみた。1つは第一人者であることを強く求め、その結果として第一人者となるケース。もう一つはなんとなく行動しているうちになぜか第一人者になっていたケース。恋愛に例えてみようか。前者は好きで好きでたまらなくて、相手を強く求めて口説き落とすケースに似ている。後者は友達関係から自然に入ってある日突然好きであることを認識してつきあうケース・・・かな?どちらがよいかは人それぞれだから分からないよ。少なくとも私には後者のケースがいいな、と思うよ。
2004年03月04日
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何かのヒントを得られたようだったので記す。何かを作るにあたって設計図は必要だ。しかし、設計図をもとに製作をする際に、設計図通りに製作してもいろいろな要因によりうまく動かないときもある。製作段階ではただ言われたとおりに作るのではなく、いままで製作してきた経験をもとに、遊びの部分も考慮して製作することが重要であり、それがプロの技術だと、学んだ。マニュアルどおりにガチガチに対応したとしても、上手く行くとは限らない。人生についてもそうではないか?だから、楽しいのだ。
2004年03月03日
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何人かで何事かを為そうとするとき、必ず「これは無理だ」とか「もっと人がいないと、もっとお金がないと不可能だ」という意見が出る。たぶん、それは一理ある。そして、その不可能な原因を聞いてみると、なるほど、それは無理だ。と壁につきあたることもある。そこであえて言わなければならない。「不可能とは思わないでくれ」「無理だと言わないで」ここで真っ向から相手の考え方を否定したり、感情的になったりすると逆効果だ。何事を為すと決めたからには高い志を持つと同時に、極めて冷静に、慎重に、そして真摯に対応しなければならない。何回か言い続けているうちに、一人から「例えばこのようにしたらどう?」という意見が出た。ありがたかった。それまで自分もマイナス思考になっていたのだが、その意見によって突破口が開かれた。それが簡単な意見だったとしても、「それはどうしたらできる?」「阻害要因はある?」などで少しずつ大きく膨らませていく。それから議論が活発になってきた。そして、実際どうなっているの?実地調査に乗り出す。みんなが「これをやろう」という目で見ているので、気づくものが多い。「ウォーリーを探せ」状態である。下地はできた。今日できた小さな輪をこれから大きく広げていく作業に入る。楽しみである。
2004年03月01日
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昨日は「探しものが見つからない」日記であったが、今日は「探しもの」というほど探していなかったが、無意識に探していたものに出会ったという日記。昨日、あるセミナーに出て、「やってみたいな」と思ったことがあったが、その願いが今日のうちに叶ったので不思議なものだなと思った次第である。まず一つは富士山を見ること。セミナーのビデオで、1章毎に富士山の映像が写しだされるのだが、映像ではなく、自分の目で見たいなと思っていたのだった。山中湖方面に行く用事があったのだが、その用事に集中していたので富士山のことはニの次であったし、朝は雨が降っていたので富士山を見ることもできず、見る余裕もなかった。用事が早くに終わり、少し時間があったことと、バスの前売券を誤って河口湖から買ってしまったこともあって、何気なく河口湖まで足を伸ばした。その頃には快晴となり、今までに見たことのないほど素晴らしい富士山が姿を見せてくれた。富士山の実体はいつもそれほど大きくは変わらないだろうが、やっぱり天候状態のいい時の富士山というのは雄大である。2つ目は似顔絵を描いてもらうこと。3つ目は自分に合う色を見てもらうこと。昨日似顔絵の名刺をいただいてから、似顔絵もいいものだな、描いてもらいたいな、と思っていた。また、カラーコーディネートをしてもらった話を聞いたので、自分に合う色というのも知りたいな、と思っていた。通りがかりに、似顔絵を描いている方がいるではないか。ありゃ、また願いが叶ったよ。早速描いてもらった。実は似顔絵を描いてもらおうなんて、今まで一度も思わなかったし、必要性も感じていなかった。その価値観が一変した途端の今日の出来事。さらにその似顔絵を売っていた方は、絵に色をつける方だった。描いてもらっている途中、出来上がるまでにワクワク感と不安感が入り混じった状態。顔自体は並なのでやむを得ないが絵の出来栄えは素晴らしかった。また、私の色は「緑」だったようだ。そういえば、ホームページをつくりたいな、と思って楽天日記にたどり着いたことを思い出した。私の場合、願いをかなえるには「あくまでも自然体」がいいらしい。
2004年02月29日
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くだらないものを探している。それはホチキス。探しているものが見つからないとイライラする。いつも同じ所に置いてあるはずのものがない。それで探す。いろいろなところを探すのだけど、どうしてもない。探している最中にいつも思うこと。時間の無駄だ。どうしていつものところに置かなかったのだろう?探している途中で前に探していたものがふと見つかることもある。「あれ、こんなところにあったのか」しかし、今必要なものではないので、あまり嬉しくない。「捨てる技術」や「奇跡の整理術」という本もあるが、どうも私には効き目がない。その本が増えることでかえって、探しものをさえぎる要因になる。結局見つからなかった。いつか見つかるだろう。もう寝よう。
2004年02月28日
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「まわりの人からどう思われようが、自分がこれは絶対に良いと思ったことや自分がこれは絶対に良いと思ったものは必ずしも変える必要はない。」子供の頃、テストやなにかしらの作品をつくった際、「たいへんよくできました」「よくできました」「もっとがんばりましょう」の3種類のスタンプを押して貰っていたという記憶がある。3種類のスタンプをどう使い分けていたのかについて考えてみた。自分が頑張って獲得した「大変よく出来ました」は子供にとっては非常に嬉しいものだと思うけれど、いい加減に書いて獲得した「大変よく出来ました」は「何だ、この程度でいいのか」と努力をしなくなってしまうのではないか。逆に頑張って獲得した「もっとがんばりましょう」だったらどうか。「なんだ、頑張ったのにこれだけか、頑張るのや~めよ」。いい加減にやって獲得した「もっとがんばりましょう」は「まあそうだろうな」と納得がいくかもしれない。あくまでも、今の私の価値観をもとに書いている。子供の価値観だったらどうだろう?子供って認めてもらいたいという欲求が強く、基本的には頑張るような気がする。ただ頑張る子供のまま成長できるかどうかは、まわりの環境に大きく左右される。「認めることができる」周りの大人が必要だ。教育とは、その人その人の個性を理解することが重要だ。そして、テストにしても作品にしても、その人が見せているたった一面、氷山の一角に過ぎないのだということに意識を集中する必要がある。見えないものを見ようとすることは大変な努力を要するだろうが。
2004年02月27日
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導入は「もしもピアノが弾けたなら」いつもなぜか一人で歌を歌っている。そのときそのときで出てくる歌が違うから不思議だ。今日頭の中に浮かんできた歌は「もしもピアノが弾けたなら」さて、何ででてきた?そのときは分からなかった。次に出てきた歌「もしも願いがかなうなら」その次「もしも私が家を建てたなら」次「もしも明日が晴れならば」次の思考例えば何か悪いことが起きてしまったとき、なぜそのようなことが起きてしまったのかを考えることがよくある。悪いことが起こってしまった場合、それを批判することはたやすい。リーダーを偉い地位と錯覚しているリーダーはそのことをいとも簡単に、そして激しく怒るわけだ。激しく怒られたほうは最初は「すまない」と思っていても、感情的に納得いかない部分があるから「ふざけるな」という思いが強くなり、また同じことを繰り返す悪循環が発生する。(あくまでも仮定の話、激しく怒ることはケースバイケースで必要とも思う)結果論的な考え方である。結果というのは顕在化した、いわゆる目に見えるものである。結果として失敗したことを「笑う」ことはサルでもできる。結果には原因があると同時に、動機がある。動機というのは入り口みたいなもので、一人で考えているとどの入り口から入ったらいいか分からず、これでいいや、と安易に考えて入るとそこは崖だったりするわけだ。優秀なリーダーは入り口の選択の仕方を教えられる人のことなのだろう。また、プラスとなる動機を獲得する手助けができる人であるとも思う。元に戻ろう。今の自分が一つの結果だとするならば、今までに採択してきた自分の思いや行動が動機や原因である。そして今の自分に満足していないならば、これからの思いや行動を変えていくしかない。「もしもピアノが弾けたなら」→弾けるように努力したい「もしも私が家を建てたなら」→がんばってみよう「もしも願いがかなうなら」→かなえてみよう「もしも明日が晴れならば」→晴れるだろう(注)歌の内容とは全く関係ありませんのでご容赦くださいもっと深いところを書いてみたかったんだけど。続きはいずれ書こう。
2004年02月26日
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タイトルに悩んだ。問題の多いお店、問題の多い会社、問題の多い国、問題の多い世界。そもそも、問題って何?私が一番馴染んできたのは、試験問題であるが、問題の意味なんか考えたこともなかった。困ったときには辞書に頼る。1.(実力、効果などをためすために)答えを求める問い。2.(解決すべき)めんどうな事柄。3.(解決を求めるために)取り上げるべき事項。4.注目・批評に値する事柄。問題って、解決すべき事項があったり、実力を試す機会が必要だからこそ発生するんだ、と改めて感じた。問題が起こると、「それは問題だよ」としたり顔をして大げさに振舞う人がいる。こういうスピーカー的存在の人も必要なのであろうが、自分としてはすばやく解決にあたったほうがストレスもないと思うので、とりあえずは言う前に、スピード解決のために一生懸命考えるようにしている。ただ、一人では思考の限界もあるから、まわりの人の意見も教えてもらう。ただ、解決してしまうと、「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」ので、問題が起きてから解決に至る思考は記録しておきたい。また、後輩がいる場合は考えてもらうチャンスと捉えて、少しずつヒントを与えながら解決に導いていく。これが私の理想とするところだ。問題が起きたときはパニック状態になる。たくさん問題を起こしてきたおかげで、問題が起きたときでも表面的には落ち着いた姿勢をとることができるようになってきたような気がする。内心はハラハラしているんだけど。今日の日記を書く過程で、「注文の多い料理店」という題名が頭に浮かんだ。宮沢賢治の作品であることは有名なのだろうが、うっかり忘れていた。ヤフーで検索していたら、楽天日記を書いている方のところにとんだので、興味のある方はこちらから飛んでみてください。http://plaza.rakuten.co.jp/kazeironohondana/6004
2004年02月25日
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常識その1稼いだものから、使ったものを引くと稼いだもの>使ったものの場合は貯金稼いだもの<使ったものの場合は借金常識その2楽しみの大きさから苦労の大きさを引くと楽しみ>苦労の場合は幸せ楽しみ<苦労の場合は不幸せ常識その1から考える。貯金を大きくするためには1.稼いだものを大きくする2.使うものを少なくする3.あとで何倍にもなって返ってくると考えられるものにたくさん使う常識その2から考える幸せを大きくするためには1.たくさん楽しいことをする2.苦労を極力避ける3.あえて苦労を選び、後で感じる楽しさを倍増させる4.苦労を苦労と思わず、むしろ楽しいと感じるようにする5.私の辞書に苦労という文字はない
2004年02月24日
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暖かいが風の強い日であった。今も強い風が吹いている。季節の変わり目には天気が荒れる。冬から春への嵐、春から夏への梅雨、夏から秋への台風、秋から冬への?唯一冬は季節が嵐みたいなものか。人生の春夏秋冬理論も同じだ。季節の変わり目にはその人それぞれの人生の過程におけるテストが控えている。「あなたはその季節に何をしていましたか?」別に何をしてなくてもいい。時間は平等に与えられている。やりたければやればいいし、やりたくなければやらなければいい。環境によってはやりたくなくてもやらなければならないこともあるが、その先には何があるか、そのことで何を得られるのかを考えていたほうが自分のためになる。おまけ今日「噂の東京マガジン」で、新しい自転車のライトについてやっていた。ご覧になった方も多いだろう。夜、自転車を無灯火で走る人が多い。主な理由は「ペダルが重くなるから」それでは、重くならないようにすればどうすればよいか?その解決法に中学のときに習った、フレミングの法則を利用した会社がある。磁力を利用して光をだす。画期的な発明で、使う人の立場にたっている。しかし、風当たりも強そうだ。
2004年02月22日
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相手に対して「辛い」ことを話した。光があれば、影がある。いいところがあれば、悪いところがある。好調な人がいれば不調な人もいる。私の今日の行動は、やや影の部分。この影の部分という思いつきから、辿っていったら思いもよらぬことに辿り着いた。最後はあくまでも私の推測に過ぎないけれど・・・。一つ一つの事柄は掘り下げていくととりとめもなく深くなってしまう。多分今日の事柄をつきつめると何日あってもたりないので、表面をさらっと流す。「業」という言葉がある。仏教で善悪の行為の意味。脅威では悪い行為を指すようだ。つきつめて考えると、生きているということ自体、悪なのかもしれない。生きるためには植物、動物を食べる=生き物を殺す、ということにつながるから。「悪」か。悪といえば悪魔だよな。悪魔ってどんな意味だ?「神や仏の教えを邪魔する魔物」のことか。ふむふむ。「悪魔主義」っていうのもあるのか。はじめてきいた。代表としてはボードレールっていう人がいるのか、それじゃ、インターネットで検索。「悪の華」っていう詩があるんだ。ボードレールってフランスの人なんだ。なになに、この人はポー、っていう人の影響を受けているのか。ポーってだれだ?「エドガー・アラン・ポー」あれ、どこかで聞いた名だ。推理みたいなことをしているな。エドガー・アラン・ポー、エドガーアランポー、えどがあらんぽー、江戸川乱歩?しえー。昔、怪人二十面相がはやった。私もよく読んだものだ。まさか、江戸川乱歩は「エドガー・アラン・ポー」をもじってつけたのか・・・。今のところ手がかりはこれだけ。直感的に多分そう。予期せぬ出来事であった。
2004年02月20日
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GDP(国内総生産、10~12月期)が、実質で前期(7~9月期)比1.7%増、年率換算では7.0%増と伸び、13年半ぶりの高成長を記録した、とのニュース。設備投資・輸出が伸びたことが背景にあるようだ。ただし、これをどう捉えるか?前期までが異様に落ち込んでいたりしないか?排ガス規制などの特殊要因はないか?適正に分配されているか?春夏秋冬理論に基づき自分なりに歴史を遡ってみると、日本はもうすぐ冬を迎える。もしくはもう冬に入っている。これからが試練のときである、ような気がする。懸念される事項中国の大量消費開始により原材料が高騰する。近隣諸国の技術力向上により、輸出が減少する。モノは必要最低限あればいい、こわれたら修理して使う、身の丈にあった生活をすればいい、輸出が一段落してしまった時の対策を練ったほうがいい。思いつくままに書いてしまったが、浮かれていられないことは確かではないか?
2004年02月18日
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関係会社へ企画書を送った。送ってから約1週間。進行状況を確認するため、電話した。回答「これから見ます、あと2,3件後になります。」2時間後、連絡あり。「なんなんだ、この企画書は。補足資料が足りないじゃないか。」補足資料については、協力してくれている取引先の都合もあり、代替のものをつけて送っておいた。そして、後送しますというメモをつけておいた。一応は代替のもので間に合うはずではあった。「分かった、とりあえず返すから。」返されてはまた倍の時間がかかる。それでは困る。しかし相手が返すと言っている以上、返してもらうほかはない。「ふざけるな、もういい」と逆ギレも可であった。ふざけるな、という思いもあったけれど、ここで逆ギレしてはいままでの努力が水の泡、企画を楽しみにしている人にも迷惑をかける。話しているうちに、「とりあえず、明後日まで預かっておくから」ということになった。もうどうでもいいや、という気持ちと、怒りが交錯していたが、歯を食いしばり、「ありがとうございます。」ということができた。これもこの楽天内で幸せとか元気を分けてもらっているおかげであろうか。ただ、しばらくは感情がうまくコントロールできなかった。その中で、相手がなんでそんな言い方をするのか、を考えていた。そいつもいろいろと苦労しているんだろうな。大変な立場だもんな。その一時間後、「さっきは言い方が悪かった。企画書は通しておくから」という電話。嬉しいことは嬉しいのだが、ちょっと拍子抜けした。「白線流し」で、企画書をごみ箱に捨てられるシーンがあった。私も以前、苦心して書き上げた企画書を投げつけられたことがあるので、気持ちがよく分かる。今思い出しても、怒りに打ち震えるけれども、今日の出来事を通し、自分の成長が確認できてよかったな、と思った。
2004年02月17日
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今日は少し停滞気味だったので何かパーっと明るいことはないか探していたら、この言葉に当たった。春を待ちきれずにあふれ出したきれい色、すなわち、シャーベットオレンジ、フューシャピンク、トマトレッドを取り入れて幸せいっぱいの春気分を満喫しませんか?気分によって好きな色は変わるけど、オレンジ色は結構好きな色である。高校3年のとき、S台の夏期講習に行っていたのだが、グレーなはずの受験勉強の中に、パッと明るいオレンジ色のTシャツを着た女の子がいた。衝撃的であった。何の因果か隣の席になり、話かけた。ほんの数分の出来事であったが、普通に話してくれたことがとても嬉しかったことを覚えている。どんなことを話したのかはほとんど覚えていないのだが、唯一覚えている会話。私「現役の方ですか?」相手「そうです。浪人ですか?」私「一応、現役です・・・・(T_T)」運悪く、同じ夏期講習に悪友がいた。そいつは記憶力抜群でその会話を覚えていて、たまに会うと15年過ぎた今でもその話になる。私の質問の仕方が悪かったような気もするが、いい思い出だ。
2004年02月16日
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たまに食料を調達しにいく。牛乳が安くなっている。つい最近まで2本300円で安いと思っていたのだが、1本127円になっている。安くなるのはありがたいことだが、同時に申し訳ないと思う。製造者は大変なのだろうな、と勝手に想像してしまう。私は、生きていく上で一番大切なのは食料だと思う。食料がどこでも手に入れられる世の中に生まれたことに本当に感謝している。
2004年02月15日
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今、凄く眠い。目の前の世界が揺れている。日記を書いている画面も揺れている。まぶたが自然に下がる~。今、眠れたら幸せだなあ。でも、日記は書きたい。今日は格別何かあったっけ?もう一生、牛丼店で牛丼が食べられなくなるかもしれないので、朝から牛丼を食べたなあ。眠いときはα派が出ているんだっけ。こういうときは想像するチャンスだ。いまのうちになりたい自分とかを思い描いたほうがいいのかも。自分の将来の姿。残された時間もあとわずか。思い残すことはないか。やりたいことはやりきったか。やばい、画面をみながら落ちるところだった。まだ私は生きている。とにかく、私は幸福だ。そして裕福だ。どうしてそうなったのか。昔はいろいろあった。不安なこともたくさんあった。しかし私は遠い星を見つめ続けて、そこに向かって歩き続けた。迷わずに歩き続けていると、世界が開けてきた。まわりの状況も良く見える、世界の流れも見えてくる。流れが見えれば幸せになることは簡単なことだ。みんなが私に協力してくれる。竹やぶがこっちに行けとささやいてくれる。この世の全てが自分の味方である。怖いものは何もない。あとは雄大な自然の流れに身をゆだねるだけである。この上ない至福を手に入れたとき、私は力尽きる。この世に生を受けて本当に良かった。安心して眠れる。おやすみなさい。
2004年02月13日
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夜10時を過ぎた帰り道、塾帰りの中学生10人位とすれ違った。寒いのにみんな元気だ。しかしこの分だと朝はしんどいだろうな、と勝手に想像してしまう。朝起きて学校にいく。学校終わって塾にいく。一人だったら辛そうだけど、仲間がいるから楽しい。中学生だった頃を思い出した。けんかもしたけど、総じて楽しかった。あの頃、みんなはどんな未来を見ていたのだろう?あんなに楽しかった仲間達だったのに、違う方向に進み時が経つにつれて何かしっくり来なくなってしまう。最後に会ってから10年過ぎた。忙しい日常の中で、昔を回想しているのは私ぐらい?回想しても詮無きことなのに。
2004年02月12日
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今日は、建国記念日。「建国をしのび、国を愛する心を養う」日として1966年から祝日となった。愛国心という言葉は好きではないけれど、国を愛する心は持っていたいな、と思う。また、国を誇れる心も持っていたいなと思う。現実的に日本は愛せる国か、誇れる国か?国は誰が作っているんだ?まずは自分を誇れる行動をとろう。
2004年02月11日
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就職・創業フェアに行った。企業説明・就職面接コーナーは半数以上が情報通信関係。いくつかパンフを拝見したが、総じて技術もさることながら、やる気、誠実さ、人間性のある人材を求めていた。SEの友人から聞いた話であるが、納期が迫ってくると徹夜が続いてくるそうだ。しかも膨大な仕事があるので、いくらやってもきりがないとのこと。どんな仕事でも同じかもしれないが。そこには、やる気や誠実さがないと続かない仕事であることは間違いない。コンピュータは今でこそ一家に一台、いや一人一台まで浸透してきたが、1970年代までは組織中心の利用だった。組織中心の利用だった頃は流通性は低い、付加価値は高い。そこから個人中心の利用となった現在は流通性は高い。付加価値は競争で低くなる。商品の流通性の低いものは付加価値が高く、流通性の高いものは付加価値が低くなる。この流れを大判から小判の流れに例えていた、知り合いの社長の話を思い出した。
2004年02月10日
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一日予定がなかったので、少しだけ部屋の片付けをした。最近、新聞に面白い記事が載っていたので、何日か分の新聞を別保管しておいたが、それが散らばってしまっていた。たいして時間もかからないだろうと思ったのだが、結局気になった記事が50片くらいあった。毎日楽しみにしていたのが、ガルブレイスさんの私の履歴書だ。中学生の頃から名前は知っていたが、経済学者であること以外は何も知らなかった。著書の「ゆたかな社会」「新しい産業国家」「不確実性の時代」は、近いうちに読んでみようと思う。切り抜きの中で多かったキーワードは、起業、金融危機、社会的責任、電縁の時代、少子化対策、求人、教育だった。たった今キーワードを拾ってみると、「おいおい、だいぶ現実的なものしか見てないな」と思った。特に意識をしないで、興味をもったものだけ集め、改めて眺めてみると、自分がどんな方向に流れているのか分かる気がした。記事の中で、「森林セラピー研究会、3月設立」という記事があった。森林浴は気分が落ち着いたり、脳梗塞などの治療効果を高めたりする効用があるらしい。森林に行ったイメージをしてみる。青々とした葉っぱ、まっすぐ聳え立つ木々、時折差し込んでくる木漏れ日、小鳥の囀る声、せせらぎ、等等、確かに心が洗われるようだ。はい、現実に帰る。現実的な一つ一つの事柄ばかり見ているのは一本一本の木々しか見ていないようなものだ。森を見る、すなわち大きな流れをつかみ、最終的に何をつかみたいのかを明らかにして、そのために今日どのように過ごすことがベストなのかを考える。そう心がけて生きてみよう。
2004年02月09日
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今日も一日、いきあたりばったり生活をしてしまった。しかし、「必要なときに必要なものと出会う。」という言葉があるように、今日も今の自分に必要だと思われるものにめぐり合った。今日の出会いは「フリーマーケット」。フリーマーケット開催情報があると、どうも行きたくなる。事前に情報を得ていても行けないときもあるが、今日のように特に考えていなくても行けることもあるから不思議なものだ。なぜ、行きたいのか。売っている人が一度は必要とした、もしくは必要と思った商品も含まれているから、掘り出し物があるかもしれない、というのは一つの理由であった。ただ、フリーマーケットの私の中での定義は「不要なものを売ること」だった。今日のフリーマーケットは人出が多く、盛況だったのではないか?一回りしてみたが、圧倒的に服が多い。その他、アクセサリー、ゲーム、本などがつづく。今日売れなかったら、売れるまで出店するのか、再び家に置いておくか、もしくはゴミ化してしまうのだろうか?出店者が「この人楽しそうだな」という表情をしている店の殆どに、売り物の中に目をひくワンポイントがあることに気づいた。
2004年02月08日
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横浜のみなとみらい駅はクイーンズスクエアの地下にある。駅が吹き抜けになっていて、スクエアの2階とか3階から電車が止まっているのを見ることができたので、驚いた。ランドマーク、クイーンズスクエア、インターコンチネンタルホテル等の一帯は形にこだわりがあって、確かに「みらい」的な街を作り出している。また、新高島駅周辺にもこれからビルが建設されていくことだろう。「みらい」的な街を創造した人々は、その将来の姿にワクワクしていたのだろう。そして、製作途上ではあるけれども、既に芸術的な街が創られている現在、夢が現実となり感無量ではなかろうか?昔、世界の四大文明を学んだ。黄河文明、インダス文明、メソポタミア文明、エジプト文明だっただろうか?歴史に残る文明であるから、その時代に生きた人々は、繁栄が永遠に続くと思っていたのだろう。ちなみに、文明とは、「発明、発見の積み重ねにより、生活上の便宜が増すこと」らしい。現在、その繁栄の跡はどうなっているのか。NHK教育テレビで見たのだが、「砂漠」だそうだ。黄河地区では、将来のため植林の動きも出ているとのこと。みなとみらい線や、みなとみらい地区の技術の高さ、そして創り上げた人々の努力は、壮絶さを感じ、頭が下がる思いである。ただ、「凄さ」の裏には、「危うさ」もあることを感じた一日でもあった。
2004年02月07日
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どなって怒る人って、好きじゃない。しかし、怒りは必要な感情であり、そのエネルギーは大変な力をもっている。最近、少しのほほんとし過ぎてたかもしれない、ということを、怒鳴っている人を見て反省した。その証拠に、私の気持ちが動揺してしまった。怒鳴りに気持ちが揺らいだり、屈してしまうということは、甘い証拠である。ただ、子供の頃に怒鳴られてばかりいると、人の顔色ばかり窺ったり、さらに弱いものをたたくような人間になりかねないので気をつけよう。自分が怒鳴られた訳ではないけれども、自分が怒鳴られていると立場を置き換えてみた。相手が感情的になればなるほど、自分は冷静に判断することが必要だ。決して相手と同じように感情的になってはいけない、と思う。怒りを自分なりに分析してみると、1.自分が大切にされていない、と感じている2.怒鳴ればなんとかなる、と思っている3.相手が自分の思うように動かない4.相手がふざけた言葉を吐いた5.相手を改善させるために怒る等となる。また、怒鳴ってある程度吐き出す人は、その後、話せば分かるかもしれない。しかし、怒りを少しずつ吐き出すひとはいつまでもいつまでもグチグチいうので性質が悪い。できれば巡りあいたくないものだが、今後、怒りにめぐり合った時は、自分なりに考えて、成長の糧にしていこう。
2004年02月05日
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電車で寝過ごしてしまった。どうしても100回に1回くらいは寝過ごしてしまうようである。以前、「プラス思考になる」セミナーを受けていた友人にこのことを話したことがある。プラス思考で考えるとどうか、と聞いたら、「いつもは見ない景色が見られて良かったじゃん、ていう感じ」という答えが返ってきた。今日寝過ごした意味を考えてみた。まず思い浮かんだ言葉は「過ぎたるは猶及ばざるが如し」であった。しかし、これって何か違う。次に「すごろく」。ゴールにぴたりと止まるまでは過ぎた数だけ戻る。チャレンジしていればそのうちゴールにたどりつく。そうこうしているうちに、他の人がゴールにたどり着いてしまう。一体、誰がこんなルール思いついたんだ?特に何も起こることなく、家に着いた。「ジャボーン」と布団に飛び込む。ふと、昔の記憶が蘇る。小学生低学年の頃、「ふとんかいすいよく」という本が課題図書になった。布団の中で泳いだ経験のある人も多いだろう。この本が私の読書の始まりであると言っても過言ではない。一度記憶が蘇ると他にも記憶が蘇る。こんなことを思い出すなんてアホだなあ、と思っていたら「アホちゃいまんねん、パーデンネン」という明石家さんまが出てきた。どうしてこんな連想をするのだろう、と思っていたら、「檀さん、大和田さん、檀さん」の「連想ゲーム」を思い出した。思考が跳ぶ、跳ぶ。変な一日だった。疲れているのか?
2004年02月04日
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ソラで語れるおとぎ話はいくつかあるけれど、代表の一つとして桃太郎についての疑問を書いてみたくなった。なぜ桃太郎なのか?みかん太郎とか、林檎太郎とか、梨太郎・・・、やめた、やっぱり桃太郎は語呂がいい。桃太郎は桃が先か、桃太郎が先か?桃太郎が入っていた桃は、実はタイムマシンだったのではないか?桃太郎はなぜ桃に入っていたのか?山に芝生は生えているのか?芝刈りとは芝生を刈ることではなく草刈りのことか?おばあさんはどうやって桃を家まで持って帰ったのか?犬と猿はなんとなく分かるけど、鳥はどうして「雉」なのか?動物はどうしてきびだんごを欲しがったのか?桃太郎一味は鬼に対しどんな作戦で挑んだのか?鬼は退治されたあと、どうしたのか?
2004年02月03日
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一日経ってから分かることもある。今日は神田昌典先生の「告白」を読んだ。新聞広告に出ていたときから「これだ!」と思い、絶対に買おうと思っていた。この本を読んで、10回くらい泣いた。最近自分に子供の頃の感受性が戻ってきているような気がする。簡単に言うとこの本は、ある起業家とメンター・家族・社員のやりとり、そして企業の成長の物語である。今までの神田先生の本には、成長カーブが必ず出てくる。しかし、このカーブはマイナスになることはない。今回の本もそうだった。スキル面からいくと、おそらくスキルが落ちることはないから、これは「真」である。しかし、資金面でいうと現状よりも低くなるのでマイナスになることがあるし、現に本の中でも貯蓄が底をつくようになっている。何かを始めた途端に急降下していくのは、とても不安なんだろうな。私にはまだ経験がないので、計り知れないことである。そして昨日のフォーラムで唯一、その部分を語った方が、このことを「デス・バレー」という言葉で説明していた。「デス・バレー」というのは、「篩い」みたいなもので、そこで本気かどうかを見極める「試金石」という気がする。「登竜門」とも言えるかな。私にも近い将来この関門が必ずくる。それまでにどこまで自分の志を磨き上げられるかが勝負である。
2004年02月01日
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創業応援キャラバン特別フォーラム、スピンオフベンチャーへの期待に参加した。キャラバンって何?スピンオフって何?か知らなかったし、題名もよく読まず、創業という2文字のみに興味があったので参加したもの。キャラバンとは、「隊を組んで、砂漠などを往来する商人」のことらしい。またスピンオフは「親会社が子会社に持つ株の配当を親会社の株主に配分すること、副産物」という意味がある。フォーラムに参加した者としては、スピンオフは親企業の関係を維持し、協力を得た上での独立創業のことと理解した。しかし、実際に出演していた方は、親企業の協力は取り付けることができない、いわゆるスピンアウトの方が多かった。そして、スピンオフという制度が可能であれば、利用しただろうけれども、スピンアウト(しかも喧嘩別れ)だったから、活力(おそらく怒り)が出て成功することができたのかもしれない、とおっしゃっていた。なかなかスピンオフを認める企業はないが、先進企業はうまくスピンオフベンチャーを囲い込んでおり、今後はスピンオフさせる企業が増えてくるらしい。もう一つ、このフォーラムの対象は、主にハイテク関係の起業家向けだったようだ。本日の行動の選択肢として、オモロイ人生大学のセミナーもあって、そちらの方に参加したい気持ちがあったのだけれど、セミナーの内容は参加者の楽天日記で見ることができるだろうからあえてこちらの神奈川県主催のフォーラムに参加した。いまの段階では、このフォーラムに行った意味があるのかどうか分からない。しかし、レベルはともかく地公体もベンチャー創出に本格的に乗り出してきているという潮流が分かっただけでも、収穫があったように思う。
2004年01月31日
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私が育った街は、割と由緒ある街だった。おそらく住民はみんな自分の住む街に誇りを持っていたのだろう。あるとき、鉄道が引かれる話が持ち上がった。しかし、住民は鉄道が引かれて景観が損なわれることや、自分たちの持っている土地が侵食されることを恐れて、反対した。自分たちの現在の利益を最優先にしたわけだ。同じようにスーパーが進出してきた。このことについては、商店街の反対はあったものの、進出はとめられなかった。商店街は大資本と戦うことになった。それから20年から30年後、どうなったか。鉄道の通った隣町は人口も増え、また専門店なども進出してきて活気が溢れてきた。一方、鉄道に反対した街はどうなったか。自分たちの土地はなんとか守ることができているものの、活気はない。スーパーも撤退を余儀なくされる。出店時には反対していた商店街も、重要な拠点を失ってしまう恐怖から、今度は撤退に反対している。ここまで書いてみると、鉄道に反対した街のことを非難しているような文章になっているが、主旨は違う。現在活気のない街をいかにして復活させるか、ということが今考えていることである。隣町と同じように鉄道を引けばなんとかなる、わけはないし。目先の利益を追い求めていると、どこかで必ず足元を掬われる、と思う。その街の良さを十分に引き出す方法を考え、尚且つ、将来有効と思われる新しい文化を採り入れて融合させていく。そこには住民一人一人の発想の転換が必要だ。現にIT・芸術等で活気を取り戻しつつある街もある。衰退した街から出て行くのではなく、世話になった街を再生させる、そんな中の一員でありたい、と願う。
2004年01月30日
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今日の言葉は「自由」今日初めて出会った、自由に関する言葉「社会の圧力からも自由になりたいが、それは半分だけで、自分自身の恐怖心とか、動物としての自分の限界や、自分の性格から、自由になりたい」(町田康氏の言葉、山田玲司氏ONE ON ONEより)今までで心に残っている、自由に関する言葉「自由はある束縛を伴ってやってくる」(三田誠広)「自由に生きていく方法なんて、百通りだってあるさ」(浜田省吾)思いついたのは以上、もっと凄い言葉があるかもしれない。私が考えているのは、「精神的な自由」。どんなに不自由な状態であっても、自分が考えたり、思うことは自由。「精神的な自由」をもって、例えば日記を書く、言葉を書く、絵を描く、音楽を創る、等、アウトプットするまさにその時、途端に不自由になる。その不自由さを解消するために、いろいろなことを学んでいく。考えたり、思うことは自由であるが、アウトプットしたものの受け取り手が「不快」を感じることもある。それは人それぞれの「価値観」の違いがあるためであろうが、稀にアウトプット自体が悪意を持ったものであることもある。相手に媚びる必要はないけれど、せめて誰かの役に立つようなアウトプットをする方向には向いていたい。
2004年01月29日
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寒い。冬だから仕方ないけどやっぱり寒い。風が吹くと身にしみる。寒い環境下で、北風を作り出すようだと思われるもの。増税、年金負担の増加、年金支給の減額、年金保険料の強制徴収、公共受注の単価引き下げ、事業系ごみの有料化、等。政策には素人の私であるが、上記のうち逆さにしたらよさそうなものを挙げてみる。減税、年金負担額の減少、年金保険料の負担自由化、公共受注は良いものには資金を多く出す。ごみについては、少なくする努力をする者が、負担も少なくできるような仕組みが必要だと思うので、そのうちすべてのごみが有料化されていくような気がする。良いものには資金を多く出す、という目利きは育っているのだろうか?建前だけで判断することは危険だ。実績を見極められる力が欲しい。太陽は、場所によって差はあっても、あたりたいと思う人のところには平等に光を与えてくれる。そして、その光をどう感じてどう利用するかは、その人の生き方、考え方次第である。人間だから喜怒哀楽はやむを得ないが、光に感謝する心は忘れないでいたい。
2004年01月28日
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「前例に倣って(先送り、もしくは進歩しない)」今日工事屋さんと話していて思ったことである。工事中に機械を使ったほうが効率よくできるとしても、最初から届けておかないと使うのが認められないそうである。現場の人間ではないから、実際のことはよく分からないので、大きなことは言えない。もしかしたら、その機械は何かしらの問題があるのかもしれない。認可するほうから見れば、前例に倣って新しいものを排除した方が楽でいい。しかし、前例にあるものよりもより良いものができていたとしたら、その新しいものについて吟味しなかったことは後世に悪影響を及ぼす。新しいことを始めたり、新しいものを使ったりすることはリスクである。そのリスクを怖がって行動を起こす訓練をしていないと、もしどうしても避けることのできないリスクが来たときには立ち尽くすことしかできないのではないか?そうなってしまうのは嫌だ。
2004年01月27日
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今日見た夢の話を書き留めておこう。眠っている間に夢を見るのも久しぶりだったことだし。私は野球部だったわけでもないし、最近野球をすることもないのだけれど、なぜか草野球の試合をした夢をみた。打席に入ったとき、とりあえず力を抜いて、ボールが当たればいいやと思っていた。ボールが来た。振ってみたら、運良く当たったものの、ボテボテの内野ゴロ。走ったら内野手が暴投してヒットになった。エラーなのかもしれないけど、自分の中ではヒットなのでヒットにしておいた。夢の中なのに走るのは辛かった。体が重い。次のバッターもヒットを打ったので、私は二塁へいった。間に合ったところで目が覚めた。点にはならなかったけれど、また些細なツイている夢だったけれども、私には現実にもこんな小さな成功体験の積み重ねが必要なのだと感じた。それでは、成功するためには何を考えて、何を準備しなければならないのか。どのような分野で成功したいのか。明らかにしていく必要がある。
2004年01月25日
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出ましたね、「1億円ノート」(起業家大学著、三笠書房)。神田昌典先生ファンならばご存じだとは思うけれど、「成功ノート」の第2弾である。まだよく読んでいないのだが、1億円貯めるにしても、稼ぐにしても今の私からは程遠い話だし、この本を読んで知識としては得たとしても、実践できるかどうかはまた別の話になる。読む前にどんなことが書いてあるか想像してみよう。例えば1年間に1億円を稼ぐとすると、1日平均27万円、1ヶ月平均833万円稼ぐ必要がある。例えば500円のケーキを売るとしたら、一日548個を売らなければならない。これって大変なことだ。また、本当に売るとしたら、材料費とか、人件費とかがかかるので、利益はもっと少なくなる。常識で考えると困難である。それでは、①単価を1000円にしてみると、270個売る計算、②単価を5000円にしてみると、54個売る計算、③単価を10000円にしてみると、27個売る計算になる。③あたりが数量的には妥当なところだ。1年で1万個売れるもの。しかし単価が1万円のものって何?1万円出して自分が買いたいものは何?と、ここまでも常識的な話。やっぱり程遠かった。だけど、諦めないぞ。勉強、実践あるのみ。
2004年01月24日
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エスポワールという名前のマンションを見たことはないだろうか?エスポワールはフランス語で「希望」の意味。最近、久々にお目にかかったので今日のテーマ。希望って、いい言葉だな、と思う。「未来に望みをかけること」。決して未来に絶望することではない。同じような言葉に、夢、願い、望みなどがある。よく、卒業文集に「将来の夢」を書くところがあるが、私はそこに「夢はかなわない」と書いた。今思うと嫌な奴だ。というよりも、考えすぎて夢を見ることができなかったのかもしれない。「商品を売るためには、感動を与えることができなければならない。」ということを漠然と考えていたのは5年くらい前。ただ、日々の生活に疲れ、またそこそこ楽しいこともあったため、人生について深く考えなかった。年を重ねていくうちに、「課をまとめる」という役目をおおせつかるようになった。2、3年前の話である。ここで壁にあたる。課を日々向上させるように言われる。人生についても仕事についても深く考えることのなかった私にとってつらい課題であった。さらに仕事も難しく、厳しくなる。そこで、とある自己啓発のセミナーに飛び込んだ。そこで思ったのは「感動を与えられる自分になること」。どうしたらいい?深く考えた末たどりついたのは簡単なことであった。「自分自身が感動できる人間になること」それまですっかり忘れていた。意識をしてないのと、意識をしているのでは感じる強さが全く違ってくる。以前「美味しんぼ」という漫画が好きで何気なく80巻程度そろえてしまったこと、について意識を集中させてみると、「如何に人を感動させるか」を考え抜いた末の作品としての料理に感動したからなのだと気づいた。それから生きていることが楽しくなった。あたらしい発想も浮かんできた。まだまだおぼろげであるが、希望も見えてきた。誰の人生にも、自分の希望を知るための出来事が起こるはずである。その出来事は楽しいことかもしれないし、辛いことかもしれない。その出来事に「その時自分ができる精一杯の力」をつぎ込んでいくことが、自分の希望を知る近道なのかも知れない。
2004年01月23日
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ここで、復習。「ベクトル」って何だっけ?確か→のことだよな。言葉で言うと、「向きをもった量」のこと。ベクトルの足し算もあった。言葉で表すと、「ここからあっち行ってこっち行くと、結局ここからどっちにいる?」っていうこと。高度成長期には、みんなが「豊かになる」という方向を向いて力を出したから、それが大きな力となり、高度成長を為し遂げた。安定成長になると、みんながいろいろな方向を向いて、もしくは迷ってしまって、大きな力が育たなかったのかもしれない。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉があった。みんなで渡っていると、安心してしまって、たとえ赤信号であろうと、突っ走ってしまうことがよくあるのではないか。また大きな力になると、方向転換が難しくなる。方向転換をさせるきっかけとは何か。それは不況であったり、社会問題であったり、革命であったりする。そこで一度立ち止まって、次には何をしたらいいかを考え、方向転換をすることになる。今はそんな時代なのかもしれない。
2004年01月22日
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「ぶっ壊す」といっても、人や物にあたってはいけない。あたったところで、自分の心が寂しくなるだけなので。何をぶっ壊す?自分の内にある悩み、怒り、どろどろしたものを。ベルリンの壁をハンマーで思いっきり叩き壊すようなイメージで。壊したら何が見えてくる?人によって違うだろうが、私には雲一つない青空や、星が瞬いている夜空が見えた。また、私自身がゼロになってもいてくれる友達も見えた。実は思うように進まない仕事、思うように動いてくれない同僚に行き詰まりを感じていた。「物は大切にしなければいけない」と自分に言い聞かせつつも、湧き上がる怒りを抑えきれず、エンターキーをぶっ叩いてしまった。まだまだ未熟。
2004年01月21日
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今日はトラブルにこそならなかったけど、ボタンの掛け違いを3回くらいしてしまった。物事を為すにあたって、準備が必要なことは当然であるし、できればそうしたいと思っているのだが、タスクが10個くらい同時に流れているとなかなか思うようにいかない。みんながみんな優先事項である場合どうすればよいか。1.お断りする、2.外注に頼む、3.とりあえず引き受けてやりながら考える「為せばなる、為さねばならぬ何事も」という諺があるけれど、物理的に不可能なこともあるよな。「できること」と「できないこと」ってあるだろ?ただ、「できっこないこと」をできるようにするところに「ビジネスチャンス」があることもある。同じやるならば前向きに考えないと。
2004年01月20日
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昨日のテレビ「女子十二楽坊のすべて」から、彼女達の演奏技術は中国の一人っ子政策の賜物であると感じた。小さい頃から例えば音楽の才能を見出され、9歳から音楽の英才教育を受ける。その中でさらに篩いにかけられ残った者がエリートとなる。そして世界にはばたき、多くの人たちを感動させる。中国は今後豊かになっていくだろう、しかし次の世代はどうだろうか?乗り越えるハードルは高い、しかも、何もしなくても豊かである、やりたいことも特にないし、乗り越えなくてもいいやと思う。私がなんとなく感じるのは、人間というのは問題を起こしたがる生き物なのではないかということ。乗り越えるハードルがほどよい高さであったら、乗り越えることを問題とする。あまりにも高いハードルであったら、乗り越えることを考えないで、別のことを問題にしてしまう。問題を正の方向に起こすか、負の方向に起こすかで社会を幸福にするかどん底にするかを決定してしまう。
2004年01月19日
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今日読んだ雑誌は「ヨミウリウィークリー2004年1月25日号」1.養老孟司氏が語る「バカの壁」的小泉論より首相だからといって一人の人間であるからいろいろな見解があって然るべき。個人的には賛同も反対もするつもりもないし、いい面も悪い面もあって仕方がないけれど、どうしたら社会を良くしていけるかの観点からは改善が必要なことは確かだ。養老氏は首相の「この程度の公約を守らないのは大したことではない」という発言について、「現代社会における典型的な考え方」であり、「約束を守るということが死語となっている」と語っている。約束を守らない→人を信用できない→だから自己責任ということになるのか。しかし、人を信用できない社会って、辛いなあ。これからは何が本物で何が偽者かを見極める力が必要なことは確かだ。また、公約を守れないのは突き詰めると「考えていない」ということではないか。と語っている。約束っていうのは、それが守れるか守れないかを自分なりに判断してするものだ。自分ができること、できないことの線をはっきりさせないと、約束はできない。もしくは、始めから条件付で約束する。あたりまえのことかもしれないが、最低でも「約束を守る気構え」ぐらいはないと、いけない。2.今年も偏屈でゴーゴーゴー(町田 康氏)昨日私は(絶対まねしないでください)と注意書きをしたのだが、町田氏は注意書きをされると逆のことをしたくなる性格らしい。実は私もそんな一人だったりする。記事については、簡単に要約しては町田氏に失礼なのではないか、共感するにしろ、反発するにしろすべて読んだうえで読者がそれぞれの価値観に基づいて感想をもつことが必要なことだと思ったので申し訳ありませんが内容は割愛します。他にも、福本清三さん(ラストサムライ斬られ役)の記事、川井郁子さん(バイオリニスト)、筑紫哲也さん・小倉千加子さんの記事など読み応えがあった。ちなみに、私がお気に入りの倉田真由美さんのコメントも載っていた。
2004年01月18日
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