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エコジャパンカップ2010受賞商品!小浜温泉「塩の宝石...
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享保年間の墓碑です。
年の代わりに天の字が使われています。
このような天年号の使われている物は、キリシタンに関係しているとされているようです。
肩には、肩掛けのような物が掛けられているようにも見えます。
手には、宝珠と数珠のような物を持っているようですが、数珠のような物は半分隠されているような感じがします。
もしかして、メダイかロザリオ?
しかし、この墓石の在る村は、島原の乱で全滅したとされている村です。
島原半島の古い墓地には、この天年号の使われている墓碑が、在るのが普通のようです。
もし、この村や周囲の村が島原の乱で全滅したとするならば、その後入植してきた私達の祖先も、また、キリシタンに関係を持っていた人達ではなかったのでしょうか。
江戸期の墓碑を見ていると、苗字の書かれた墓碑がほとんどです。
ある程度の身分に在る人の墓碑か、帰農した武士の可能性が大きいように感じます。
聞いた話によると、戦後、進駐軍による武器の接収をするとの噂があり、刀などの武器を土の中に隠したり、接収されるよりはと海に捨てたそうです。
私の母方の祖父の持っていた刀も、土の中に隠していて錆びてしまったままです。
昭和30年代には、島原半島から多くの刀が砥ぎに出された事を、伯父の友人の長崎市の研ぎ師の方から聞いたことがあります。
砥ぎに出された刀の中に、名刀と言われる刀が多く存在していたことは、研ぎ師の方も意外に思われていたようでした。
意外と名のある武士が、島原半島に入植して来たのではないでしょうか。
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尼の文字が異体字 2011年11月12日