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和活喜さんComments
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■皆様、真摯なご意見を多数いただきありがとうございます。■
「いわれなきイジメ」のうち、「いわれなき」については、いらないのでは、というご意見をいただいた。『「いわれあり」ならいじめても良いと誤解されませんでしょうか?!』という主旨だ。
「いじめ」とは、辞書で調べてもそうは書いていないのだが、私の解釈ではそれは本来「いわれなき(理不尽な)」ものであろう。
しかし、何が理不尽かはグレーゾーンが大きくて実際には判断が難しい。
そこで、あえて明確に理不尽な場合に限定してこのような社会的規制をかけるべきだと考えたのだ。それによってグレーゾーンの場合にも自己規制がかかると思われるからだ。
「本当にこれは自分が利害関係者(=当事者)なのだろうか」
「度を越して、理不尽なイジメをしていないだろうか」
と・・・。
単に「イジメ撲滅」としてしまうと、グレーゾーンを含めてなんでもかんでもダメになってしまい、本来あるべき健全な競争や本人のためになる正しい叱咤が「イジメ撲滅」の名のものに否定されてしまう危険性を感じる。つまり、魔女狩りである。
そして、もう一つ、小中学校での競争やケンカを規制した結果が、「イジメ」になっているとの個人的な分析も理由だ。
というのは、当事者同士でケンカなり、争って(それもハードではあるが、一種のコミュニケーションではある)解決するすべを知らない、またそれに伴う他人の痛みを知らないことが、無責任な「いわれなきイジメ」を生む原因だと考えるからだ。
したがって、大原則として「規制は、生命や人権にかかわる最小限に限定」にして、あとはできるだけ当事者能力を普段から意識的に使うことでそれを高める方向にもって行きたいと思う。
誤解をおそれずいえば、当事者同士に明確に理由(つまり利害関係)のある限り、そしてそれを解決する意思がある限り、多少のイジメやケンカも含めてホンネのコミュニケーションがあった方が人間社会として健全なのではないかと個人的に考えている。
責任だけ問うても、解決にならないというご意見もいただいたが、責任を問わなければどんな解決策も馬の耳に念仏である。責任を問う仕組みを作った上で、そうならないような策を社会的な英知で考え、実行していかなければならない。
この憲章案の中には、わざと具体的な解決策は書いていない。
それは皆の英知でよりよい方法を考え、ためし、実践していけばよいと考えるからだ。
つまり、まず擬似的当事者の介入(黙認などの消極的介入を含む)が悲劇を生んでいるのであり、それは犯罪だというコンセンサスを社会的に確立することが先決だと思う。
「いわれなきイジメ」は便利の追求が生んだあだ花かもしれない。
文明の復讐かもしれない。
しかし、いまこの瞬間も生死の選択の間にいる人に時代の転換の兆しをみせてあげなければならない。
この日記を書いたあとに自殺の予告がニュースになった。
・・・事態は極めて深刻であり、急を要する。
■引き続き、賛成・反対いずれでも書き込みとご意見をお待ちしています■
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