inti-solのブログ

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2015.05.01
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カテゴリ: 音楽
チリに、キラパジュンQuilapayunというフォルクローレのグループがあります。1965年に結成されたので、今年結成50周年になります。かつて、私が非常に強く影響を受けたグループなのですが、実は一度も生での演奏を見たことがありません。1970年代から80年代にかけて、3回来日公演をおこなったことがあるのですが、私はその頃までフォルクローレという音楽を知らなかったので。


「フォルクローレ」と書きましたが、キラパジュンは、その中でもヌエバ・カンシオン(新しい歌)と呼ばれる、歌を通じた社会変革を目指す潮流の代表格でした。実のところ、私が普段演奏しているような、いわゆるアンデスのフォルクローレはボリビアの音楽で、もともとはチリではあまり一般的ではありませんでした。チャランゴとかケーナ、サンポーニャといった楽器は、1960年代まではチリではほとんど知られていない楽器だったのです。しかし、現在ではチリでもこれらのアンデスの楽器が、かなり一般的になっています。チリで、アンデスのフォルクローレに使われる楽器が一般化するきっかけを作ったのが、彼らなのです。

しかし、1973年9月11日、彼らの運命は暗転します。チリでクーデターが発生、陸軍総司令官アウグスト・ピノチェトが軍事政権を樹立します。そのとき、彼らはちょうど海外公演中だったのですが、そのまま帰国を禁止されて、国外亡命を余儀なくなり、フランスに活動の拠点を移します。同じく、兄弟グループのインティ・イジマニも帰国できなくなり、イタリアに亡命しました。彼らの指導者格であったビクトル・ハラは、首都サンティアゴでクーデターに巻き込まれ、軍事政権に「二度とギターが持てないように」と両手を打ち砕かれた上で機関銃を乱射されるという非業の最期を遂げます。歌手のアンヘル・パラも、強制収容所で拷問を受けてものの、かろうじて生きて釈放され、フランスに亡命しました。
唯一、チリ国内には、まだ結成間もなくて、それほど知名度のなかったイジャプというグループだけが、生き残ります。しかし、結局、彼らの音楽が人気を博するようになると、軍政当局の注目するところとなり、1980年代に入ったある日、国外公演から帰国したら、サンティアゴの国際空港で入国拒否されて、そのまま国外追放される、という事態に至ります。


私の好みでは、キラパジュンの演奏の絶頂期が、この亡命時代であったように思います。中でも一番すきなのがこの曲です。1981年の演奏、ということは、国外追放から8年が経過しています。
「私の祖国は、ヤナギであり、カラマツであり、雪であった。黒い肉桂、ポマイレの花、空の青さの中、石膏でできた乙女、古い火山に囲まれた、花の香り・・・・・・」帰れぬ祖国への思いを歌った、その名も「わが祖国」
しかし、このグループは、こういうシリアスな曲ばかりでなく、実はコミカルな演奏も得意にしています。


スペイン語というのはもともと早口な言葉で、中でもチリの訛りは弾丸のような速さなのですが、とりわれ、この歌の途中に出てくる早口大会は、さしずめバルカン砲。この演奏は1986年のようなので、祖国を終われて13年が経過しています。




しかし、1989年、ついに彼らの亡命生活が終わりを告げます。1988年、ピノチェトは任期延長を問う国民投票に敗れ、翌1989年、ついに民政復帰が決まりまったのです。この時期に彼らの帰国禁止が解除されて、帰国が実現しました。


帰国公演のライブ盤より。El pueblo unido jamas sera vencidoという長いタイトルの曲で、直訳すれば「団結した民衆は決して敗れない」となりますが、日本ではもっぱら「不屈の民」と訳されています。多分、彼らの代表曲を一つだけ、というとこの曲になるのでしょう。

もっとも、夢にまで見たチリへの帰国は、グループの分裂も招いてしまいました。というのは、亡命生活が16年も続いてしまったために、生活の基盤がフランスで確立してしまったメンバーが出てきてしまったのです。結局、グループはチリに完全に帰国したメンバーと、フランスに居住したまま、チリには一時帰国しかしなかったメンバーでバラバラになってしまいます。そのことだけが理由ではないようですが、フランス残留組の一部が「キラパジュン・フランシア(フランス)」を名乗り、グループは分裂してしまいました。
現在も、別々のキラパジュンが、別々に活動しており、それぞれのグループがいずれも50周年のコンサートツアーを予定しています。


キラパジュンの、もう一つの代表曲は、1907年、チリ北部のイキケの硝石工場の労働運動に端を発した軍の虐殺事件を題材にしたカンタータ「イキケのサンタマリア」。全部で37分の大曲ですが、その最終楽章のみを紹介しておきます。チリのテレビ番組に出演して演奏したようです。出演時期は分かりませんが、この動画がアップロードされた直前だとすると、2010年でしょうか。

それにしても、50周年です。私の年より年上です。リーダーのエドゥアルド・カラスコは1940年生まれ、結成当時は25歳、今年75歳(まだ誕生日はきていない)です。さすがに、音楽家としてはギリギリの年齢でしょう。かくいう私も、ケーナを手にして来年で30年ですが、こちらはいちアマチュアですから、もちろん比較にもなりません。





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最終更新日  2015.05.02 00:33:34
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