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2017.09.10
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カテゴリ: 対中・対韓関係
東京新聞の望月衣塑子記者を、中国民主化運動に身を投じた石平氏が痛烈批判 「権力と戦うとは…彼女のやってるのは吐き気を催すうぬぼれだ!」
かつて中国の民主化運動に身を投じた評論家の石平氏が、菅義偉官房長官の定例記者会見で連続質問攻撃を仕掛けている東京新聞の望月衣塑子記者をツイッターで痛烈に批判した。
石平氏は7日に以下のようなツイートを書き込んだ。
「『それでも私は権力と戦う』という東京新聞望月記者の台詞を鼻で笑った。私は今まで、本物の独裁政権と戦った勇士を数多く見たが、彼女のやっていることは、何のリスクもない民主主義国家で意地悪質問で政府の記者会見を妨害するだけだ。そんなのを『権力と戦う』とは、吐き気を催すほどの自惚れだ!」
日本に留学中の1989年、祖国・中国で天安門事件が勃発し、帰国をあきらめたという石平氏にとって望月氏の「権力との戦い」はとんだ茶番に映ったようだ。
この投稿に対し、作家の百田尚樹氏も即座に反応した。
「全力で拡散したいツイートだ!! 石平さんの言葉は重い!現在もどれほど多くの偉大な人たちが権力と命懸けで闘っているか。
週刊誌のデタラメ記事を参考に質問したり、政権批判をしたいがために北朝鮮の立場になって発言するような薄っぺらい女が『権力と戦う』など、ちゃんちゃらおかしい!!」(以下略)

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いろいろ書いていますが、結局のところ「私の大好きなアベ様を攻撃する奴は許せない!」ということでしかありません。
民主主義国であろうが非民主的な国であろうが、政府の政策に(内心で)反対する国民は必然的に存在します。その反対の声を行動に移すのは、民主主義国では相対的に簡単で、非民主国家では相対的に困難、という傾向はあるでしょう。しかし、それは難易度の差であって良し悪しの問題ではありません。それなのに、非民主主義国の方で政府と戦うのは「勇者」だが、民主主義国で政府と戦うのは「吐き気を催すうぬぼれ」という言い方は、「非民主国家で政府に反対するのは正しいが民主国家で政府に反対するのは愚劣だ」と言っているようにしか聞こえません。難易度の問題を善悪の問題にすり替えてしまっているのです。

民主主義国だろうが非民主主義国だろうが、政府は全知全能の神ではない以上、政策を誤ることはあります。民主主義国だけが無謬であるはずがなく、安倍やトランプみたいなとんでもない奴が政権につくこともあるのが民主主義というものです(石平は安倍をとんでもない奴とは思っていないでしょうが、その代わり鳩山や菅直人をそう思っているに違いないので、同じことです)。それに対して反対する人間が現れるのは当然のことですし、必要なことでもあります。
政府のやることに対して誰も反対しないような状態で政治が正しく機能するはずがありません。だから、政府に反対する権利が保障されない非民主主義国では政治が正しくない状態に陥ることが多いわけですが、民主主義国であっても、政府に反対する権利を行使する人がいなくなったら、同じことです。外見だけ投票という制度を整えていても、それは単なる人気投票に過ぎないものになってしまいます。

だいたい、こういう言い方をするなら、石平自身が果たしてどの程度「本物の独裁政権と戦った勇士」だったのでしょうか。
ネット上を検索すると、石平の「わたしは『毛主席の小戦士』だった」という自伝的な著書の 内容を見ることができます。

これによると、「大学の3年生あたりから、勉強を程々にして、手作りの民主化運動に没頭していた」(P.40)とは言うものの、それに対する具体的な圧迫は「ある日突然、自分が教授と一緒に学部の共産党支部に呼ばれて、支部長から『厳重注意』を受けた」(P.42)ことと、それを契機に教授から(民主化運動を)やめてくれと諭されたこと、同じく厳重注意を受けたほかの学生が自分から離れていったこと(P.43)しか言及されていません。で、それ以降「一時は~運動に専念しようかと思った。しかし~やむをえず大学にとどまった」(P.43)という記述から、圧迫に抗して公然的な民主化運動を続けたわけでもないようです。
で、彼はその後留学生として来日し、そのまま日本に住み着いて2007年に日本に帰化したようですが、その間頻繁に中国に帰国しているそうです。最初に帰国した1992年には、公安部門に呼び出されて散々尋問された(P.55)との記述がありますが、「中国に頻繁に帰国するようになった」1997年以降について、そのような記述はありません。



この記述のその後について、別ソースの記述があります。

鈴木邦男をぶっとばせ「中国の今を、石平さんに聞く!」
石平さんは中国を捨てて、日本に帰化し、中国を徹底的に批判している。だから、「もう二度と中国には行けないんでしょう」と言ったら、違う。行けるのだ。「この前も、帰ってきました」と言う。エッ?「その点、中国は大人なんです」。お父さんは亡くなったが、お母さんは健在だ。親類もいる。「弾圧されてないんですか?」と~聞いた。~
「弾圧は全くないです」と石さんは言う。そうなのか。北朝鮮とは全く違うのだ。でも、周りの人たちは違うだろう。「あの石平の親類だ」「売国奴だ」と言って冷たくされたり。あるいは村八分にされたり。大変じゃないのか。
 「それもありません」と石平さんは言う。「私が日本でどんな発言をし、どんな本を書いてるか、政府は全く発表しません。批判もしません。そんことを教えて、かえって〈宣伝〉になったら困るし、私の言ってることに関心を持っても困る。と思っているんです」
 そうなのか。大国中国は〈大人〉なんだ。又、それをはっきりと明かす石平さんも〈大人〉だと思った。中国を捨てた人ならば、そして批判するならば、わざと自分のことを「弾圧されている」「こんなに闘っているから攻撃されてる」と、大袈裟に言う。石平さんはそれがない。素直な人なんだ。正直な人だと思った。

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「弾圧は全くない」のだそうです。もちろん、石平が中国国内で民主化運動を行えば、そうは行かないに違いありませんが、中国の国籍を捨てた「元中国人」が国外で中国を批判することについてまで、いちいち目くじらは立てないのでしょう。
石平の現在の政治的主張への賛否は別にして、彼が中国で多少なりとも民主化運動に手を染め、来日後も祖国(現在ではかつての祖国)への批判を繰り返していることそれ自体は、それなりに勇気ある行動だと思います。でも、それをダシに望月記者を「吐き気を催すうぬぼれ」などと言うのなら、結局のところ彼だって、弾圧されることはない安全圏で、リスクのない中国非難を行っているだけだろう、と言われても仕方がないでしょう。結局、彼の言葉は自分自身に返ってくるだけとしか思えません。

引用記事は石平を「大人」と評していますが、あるいは2010年当時はそうだったのかもしれませんが、現在の一連の言動は、とても「大人」には見えません。多分、こういうのが「商売右翼」というのだろうなと思うばかりです。





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最終更新日  2017.09.10 22:44:56
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