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==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・1/23(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================12/22は冬至でしたね。どのように過ごされましたか?ワタクシは、Facebookで誰かがシェアしていたイベントに参加し、11:11にお祈りをしていました。仕事中にこっそり富士山が望める(見えませんでしたがw)席に移動して。ちょうどその数分前には、登録しているメルマガからエジプトのアブシンベル神殿を想起させるような内容が送られてきたので、お祈りしている最中神殿の祭壇に差し込む光のイメージが出てきました。ほんの1分間の祈りでしたが、頭がとってもすっきりしました。冬至に沸き立つのは有史前に我々のタマシイが自然と融合し、色んな儀式を行ってきた証なのであろうと思います。それは、儀式自体に沸き立っているのではなく、その先にある自然との融合の感覚に沸き立っ ているのだと、1分間の祈りのあとの爽快感を味わいながら思いました。さて、神殿の奥に光が当たる冬至を経て、冬至前にUPした記事の続きを。タイトルをそのまま流用する気がしなかったので、タイトルを変えてしまったのですが、冬至前にUPした記事とつながる内容ではあります。通路を挟んで隣に座っている同僚がイライラしているエネルギーを向けてくるということについて考察してみたいと思います。先日の記事に書いたように、こちらの同僚から向けられるエネルギーを深堀する方が根が深いなーということを感じています。この同僚は入社して2年ほど。それまでは女性ばかりの部署に男性一人という状態だったのですが、夏にこの記事に書いた中途入社の社員(男性)が入社し、同じ業務を任されているため、当該同僚と中途入社者は、別の同僚曰く「マウンティング」をし合っていて、お互いがお互いに対して降伏させようとやりあったりしています。先日記載した隣の部署の女性とは異なり、この同僚に対する周囲の評判はあまり良いものではありません。プライドが高く、できないことを認められなかったり、他者に対する接し方が上から目線であったりするのですが、口では大きなことを言っていながらも何かを一から実現させるということができないということが要因であるようです。そんな同僚が、攻撃性を拡散しているという状況をどう捉えるのか、ということがなかなか根深くて骨が折れるなー、と思っています。先日の記事にも書いたように、この同僚についてどうのこうのと分析することが目的ではなく、ワタクシの内面の現れとして出てきたこの事象をどのように捉えるのか、という趣旨なので、内面の何を投影しているのかということをガチ掘りする必要があります(笑)。この記事に書いた中途入社者を当時「未熟な男性性」と表現しましたが。当該中途入社者とマウンティングを半年くらいし合っている当該同僚も「未熟な男性性」と言えるのだと思います。当該同僚はとても甘やかされて育った子ども、という印象を受けますし、自分でもそのように養育されたということを話しています。いわゆる「土」のエネルギーが強すぎるという状態なのだろうな、と思います。本人もその状態を心地よいと思っているからこそ、女性ばかりの場所にやってきたのだと思います(結果的に)。上司はそれなりに厳しくこの同僚に接してきていましたが、ある地点から期待をかけることをやめるようになり、周りの女性社員も「言ってもどうしようもない」と彼に対して期待することをあきらめてしまっています。周囲の評価はどうであれ、結果的にこの同僚に対して成長を期待しないという状態は、おそらくですが彼が当初女性ばかりの場所にやってきて、「土」のエネルギーが強すぎる状態を望んだ結果なのだと思います。結局、当該同僚とマウンティングを繰り返している中途入社者について書いたこの記事と同じことなのです。それは、この記事に書いたような有史以降のハレムや後宮に象徴される状態と似ています(状態だけね)。一時代で権威を握った王の後宮ではなく、年若く経験も権威もないままに王の座に据えられた未熟な王は、後宮の中の「土」のエネルギーに安心しているというような感じです。「マウンティング」やこの記事の状態というのは、中途入社者が女性の園で権威を得るためのパフォーマンスということになります。敢えて後宮の話にしましたが、別に今の部署の女性社員は当該同僚や中途入社者に男性的な魅力を感じているわけではありません。あくまで もエネルギー的な話です(笑)。これらの考察はワタクシの頭の中での組み立てですので、つまりはワタクシの中のストーリーであります。実際にどうか、ということはあんまり関係ないので、事実を知っている人が見たら「違うじゃん」と思うかもしれません。「土」は成長を促すという性質もあれば、腐らせてそのものの形態を変えてしまうという性質もあります。前述したように、周囲はこの同僚に対して期待をすることをやめているわけなので、成長を促すというよりは、腐らせるという方向に向かっているのではないかと思います。そうなったときに、この同僚が外側に向けている攻撃性というのは、望んでその「土」のエネルギーが強すぎる状態に甘んじているものの、(同僚の立場からすれば)腐らせようとしてくる「土」のエネルギーに対して抵抗しようとしているということなのかもしれないなーと思います。これは同僚を通して自分の中に起きている動きであると考えると、ワタクシの中で未熟な男性性は「土」のエネルギーに呑みこまれようとしていて、最後の断末魔的なものを挙げているということなのかもしれないな、と思いました。恐らくは、ワタクシの中にある未熟な男性性が存在することによって引き起こしている、たとえば組織に安寧することで現実を見ないようにしていたという側面や、男性として独り立ちするには経験も度胸もそなわっていないという側面や、独り立ちするには不安が強すぎるという側面が、「育って巣立つ」という方向ではなく、「(土に)回帰する」という方向に着地した、ということでしょう。この振り返りが冬至を挟んで行えた、ということはとても意味深いことだと思います。「土」はグレートマザーであり、当時の季節に濃くなる闇であり、前述したように成長と腐敗、つまりは生と死を司ります。今、こうして記事にしてみると、冬至で死と再生を迎えたものの一つが、自分の中の男性性だったと気づいたのでした。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2015年12月24日
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==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・1/23(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================職場での出来事です。あるとき、ふと視線を感じたのでそちらの方に目線を映してみると、お隣の部署の女性が忌々し気な表情を浮かべてワタクシの方を眺めていました。この時に感じたのは彼女がワタクシを疎ましく思っているということでした。誰かに行ったところで「気のせいじゃない?」と言われるほど、彼女は通常にこやかで、そういった感情を誰かに向けるということをしない人だったので、あまり人には伝えずに「そうか、あの人に嫌われているのであれば必要以上に近付かないようにしよう」と思ったのでした。それからしばらく時間が経ち、残業に追われるようになった頃、お隣の部署で彼女だけが席に残って仕事をしているという光景を目にしました。一人ぽつんと仕事をしているように見えたので、声をかけようと近寄ってみたところ、気配に気づいた彼女がワタクシが声をかけようとするのを遮るかのように「何かありましたか?」というのでした。このことがあるまで、彼女から忌々し気な表情で見られていたことなんてすっかり忘れていたのですが、そういえば彼女から嫌われていたのだな、と思い出したので、再度「必要以上に近付かないようにしよう」と心がけたのでした。道徳的な感覚からすれば、なぜ嫌われたのかを洗い出してそこを改善する、ということなのでしょうけど、彼女とはほとんど業務上の接点がないため、ちゃんとした会話をしたこともあまりないため、そこまで嫌われるのは、ワタクシの日常の行動や言動を彼女が見聞きしてのことなのだろうと思い、原因を探ったりする労力よりも、そのまま何もしないという選択をしました。そんなことを思い出したのは、ここのところ、通路を挟んで隣に座っている同僚がイライラしているエネルギーを向けてくる(左側に座っているのですが、左側の腕がピリピリするレベルです)ので、何だかそんなことが最近あったなーと思ったからです。この記事を書いている12/21は冬至の前日。陰の気がキワッキワに高まるときであります。こういうタイミングで、自分に向けられる攻撃性や「嫌い」というエネルギーというのは、ちゃんと対処したほうがいいのだろうなーと思い、記事にすることにしました。人から攻撃的なエネルギーであったり、「嫌い」というエネルギーを向けられたときっていうのは、例えば自分も相手のことを嫌いになるというのは取り得るパターンの一つであります。そして、前述したように自分の行動や言動を改めるということもパターンの一つであります。その選択の間には、自責もしくは他責にこの出来事を考えた経緯があったりします。今回ちょっと考えてみたのですが、人が人を嫌う、もしくは好きになるということに対して、責任という概念って必要なのかなーということです。端的にいうと、「●●さんから嫌われるということはわたしが悪いんだ」と自責的に考えたり、「●●さんがわたしを嫌いならわたしも●●さんが嫌いだ」と他責的に考えたりする必要があるのかなーということ。冷静に考えると、人の好き嫌いに責任なんてないはずなのに、どこかに「みんなに好かれなければいけない」「万人受けしなければ一人前ではない」という思いがあるから、自責にしたり他責にしたりするんじゃないかなーと思うのです。もちろん、自分に対しての攻撃であったり、「嫌い」というエネルギーが向けられている状態というのは、自分の中にある対立構造を示すものであるので、その事象自体は無視するものではなく、どんな対立構造があり、それを自分がどのように対処しているのか、を可視化できるチャンスであったりするので、どんな人がどのような方法で攻撃性や「嫌い」というエネルギーを向けているのかということは、すごいヒントになるわけです。ただ、そのエネルギーを理解するということと、そういうエネルギーが向けられるのは誰かが悪いんだと思い込むこととは全く別のこと。なんとなく、今回の一連の流れでそう解釈するに至りました。責任を負うことと、理解することを分けたところで、まずは忌々し気な表情を見ていた彼女から向けられる「嫌い」のエネルギーから、ワタクシの中の対立構造について考えてみたいと思います。ワタクシは前述した通り彼女との接点がほとんどありません。しかし、この場合接点が少ないっていうのもヒントの一つですね。彼女が「嫌い」というエネルギーを持つに至るということは、それだけ感情の振れ幅を持てるほどの情報があった、ということです。嫌いな誰かに似ている、という線は彼女が入社して2年以上経っているのでなさそうであることを考えると、普段のワタクシの行動を見て、ということと、誰かからワタクシの情報を聞いて、ということでしょう。彼女の前職や今の仕事からするに、彼女は正義感が強い印象を受けます。彼女自身は、周りの人に聞けば10人がそう答えるであろう「いい人」であり「気持ちのいいさわやかな人」というイメージです。恐らくは、彼女は意図的にそうしているでしょうし、ある程度は周りにもそれを期待するのではないかと思います(今日そういえば、嫌だと思っても顔に出さない的なことを言っていましたし)。ワタクシは、割と最近自分が思ったように動くようにしています。彼女に関係があることとすれば、(周りが遅く帰っているのに)ワタクシが早く帰ってみたり、(周りは我慢しているのに)彼女と同じ部署の新人がめちゃ香水が臭いことについて文句を言ったりしています。恐らくはそこが彼女の「嫌い」ポイントなのだと思います。彼女は、「いい人」であることをある程度自分の意見を押し殺しても重視しているが故に、傍目からみてもわがままにふるまっているワタクシに対して「嫌い」と思っているのではないかと推測できます。彼女には彼女の課題があるので、そこは切り離して考えてみた時に、ワタクシが彼女に対してそう思えるということは、ワタクシの内部にも同じような対立構造が存在するからです。ワタクシは、自分が組織の中で(とても限られてはいますが)自由にふるまっている自分に対して、どこかで「大人なのに」「わがままなんじゃないか」って思っているということです。彼女の「嫌い」のエネルギーの表明の仕方に見られるように、ワタクシも普段は自分に対して「大人なのに」とか思っていることを隠しています。でも、彼女の忌々しい表情からうかがい知れるように、その実苦々しく思っているということです。何度も前述していますが、彼女とワタクシにはほとんど接点がありません。ということは、自分が思ったように動いている自分と、自分が思ったように動いている自分を「わがままだ」と思っている自分は、表面的には統合できていたとしても、接点をもっていないということになります。つまり、歩み寄るということをせずにここまで来てしまっているということです。前述のエピソードにあるように、自分が思ったように動いている自分は「思ったように」動くので、彼女にもうっかり話し掛けてしまいます。が、彼女に象徴される自分が思ったように動いている自分を「わがままだ」と思っている自分は、決してそのエネルギーを近づけようとしません。この場合、正解なんてないのですが、考察する上で出てきた「歩み寄り」だったり、「接点がない」っていうヒントから、自分の中でこの両側面の対話を測ってみようと思います。陰陽統合的な(笑)というのも、現実化している彼女との接し方に置き換えて考えてみても、どちらかが正解だからどちらかに従え、なんていうことは現実的にできないし、そんなことは解決につながらないので、統合を試みてみようと思いました。つぎは、左隣から流れてくる攻撃的なエネルギーについて考察しようと思うのですが、長くなったので次回に続きますが、割とこっちの方が根深いというか、光を当ててこなかったポイントのような気がします。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2015年12月21日
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==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・1/23(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================ここのところ、自分の中で変化が起きてきているぞ☆ということを感じることがあります。外側からの強制的なリセットを以て変化を余儀なくされた時にはなかなか変化の過程を感じにくいことなのかもしれません。例えば、体型が変わるということは、運動を始めたとか、食事を見直したとか、という日々の積み重ねの結果であったりします。毎日の積み重ねだからこそ変化を認識しにくいのですが、ある日ふと着れなかったワンピースが着れた、みたいな感じで変化を認識したりします。この場合、体型の変化だけに目を向けがちではありますが、毎日を積み重ねている間に、「あれ?身体が軽くなった気がする」「お通じが毎日あるぞ」「眠りが深くなったぞ」などなど、身体全体が変化していることを感じていたりします。今回記事にしようと思ったのは、このポイントです。最終的なゴールのみが変化ではなく、最終的なゴールに向けて日々変わっていく自分を発見するってことです。変化というときにワタクシが思いつくのは、タローデパリの「4 ORDER」から「5 AWAKENING」のイメージ。「4 ORDER」は「1」でスタートさせ、「2」で発想を得て、「3」で育て、そして「4」で形を作るという一連の流れ。日常生活で言えば、「やりたい!」と思って、思いついたことを膨らませてルーティーン化するということにあてはめられます。ルーティン化した習慣である「4 ORDER」は、例えばいつもの通勤路であったり、例えばいつも服を買うお店であったり、例えばいつものランチのローテーションであったりに象徴されます。変化というのは、このルーティンの枠を飛び出す「5 AWAKENING」を表します。日常生活に今までなかった「何か」を日常生活に入れて、それがこれまでの日常に融合して「6 HARMMONY」を生み、そこで形作られた新たな日常が、新たな日常に必要な人やモノや情報をどんどん引き寄せていく、という流れ。「4 ORDER」は固定安定等のイメージがあるため、変化をしようとしたときにその安定感がなかなか曲者になったりすることがあるなーと思うのですが、反面、「4 ORDER」の状態に固定させる(ルーティン化する)ことができるからそこからの変化を味わうことができるのだろうな、と最近しみじみ思うのです。射手座新月を経て、自分の中に新たに固定化(ルーティン化)に向けての動きがいくつか芽生えている(意識しているものと意識していないものがあります)と感じています。いずれは、この新たに固定化した習慣やルーティンも壊していくことになると思うのですが、今は新しく固定化しようとしている流れを固定化するにあたって、なにやらわくわくした感じがします。恐らくは、いくつかの新しいルーティンが出来上がってくると、外側から見て初めて「変わった」ということが分かるのだと思います。でも、実は変化っていうのは今までのルーティンの枠を飛び出して、新たな芽生えをルーティン化していくというその過程そのものを指しているんだな、と思うのです。今回新しくルーティンに加わったのは、聴く音楽が変わった、服を購入するショップが変わった、交友関係がマイナーチェンジした、勉強を始めた、ほぼ日(笑)瞑想を始めたといったことです。新しく選択したことは今までとは異なるゴールにつながっているため、おそらくここで取り入れたルーティンが定着したころには今とは異なった現実にたどり着いているのだと思われます。折しも、暦の上では今年のゲートが閉じ、来年に向けてゲートが開いています。どんな現実につながるのか楽しみですね。。。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2015年12月21日
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==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・12/19(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》※4月のセッションから料金を変更させていただきます。・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================前回の記事に書いたように、今回の新月はなかなかのパンチ力で、新月を迎えるまでの間に色々とやり残したことの整理が待ち構えておりました。そんな助走期間を経た新月を迎えてみて、これまたパンチ力がある時間が待っていました。2015年後半、いろんな場所に赴き、色んな人々と交流してきた結果、ワタクシの脳裏には「移住」というテーマがくっきりでてきました。2015年後半に新たに出会った人、再会した人のうち、移住をされた方や移住を検討されている方が割と多かったということもありますが、自分のライフスタイルを変えることに対しての刺激が四方八方からもらえた半年でもあったと思います。11月某日、Facebookでみつけた記事で移住相談会が開催されることを知り、たまたまUP直後にみつけたので、直感がピン!と来るにしたがって申し込みをしてみました。その際、相談先のコンサルタントとして写真がUPされていた方のお名前と写真を見て、「おや?この人どこかで見覚えが。。。」と思ったのです。「もしかして、この人数年前まで会社にいた人じゃないかな。。。」同じ部署で仕事をしたことはなかったのですが、別の部署で働かれていて、当時何度か相談を受けたことがある人のような気がしました。申し込んではみたものの、「もし前に会社で働いていた人だったらどうしよう」「わたしが移住相談に来ている(退職を考えている)ということが現職の人に知られたらどうしよう」という不安が出てきました。が、どうひっくり返してみても、この流れは自分にとって追い風にしか思えなかったので(笑)、相談会に行ってみました。そうしたら。先方も覚えてくださっていて、色々とアドバイスがいただけたのでした。加えて、その相談会に向かう電車の中で、相談会を主催している団体のFacebookページにて、大掛かりな移住イベントを12月に開催する、という記事を見ていました。この時の相談で、元同僚のコンサルタントさんも「私も行くかもしれないんですよ。ぜひ行ってみてください」とも言われました。が、実はそんなに気乗りがしていませんでした。これだけ色んな場所に行って、色んな人と知り合ってきたワタクシですが、実は大掛かりな集団の中に入るのが苦手で、結構な人見知りなのです。→なので、婚活パーティーをはじめとした(笑)パーティー的なものとかが本気で苦手。。。結局、イベントの存在を知ってから随分経過した、当該イベントの開催週の初めとかに、「ムリだったら途中退出すればいいじゃんね!」って自分に言い聞かせて申し込みをしました。そして、イベント当日。この日が新月翌日でした。イベントではもちろんですが異業種の方ばかり。最近はスピリチュアルな活動の際の名刺しか配っていなかったのですが、この時には会社の名刺を持って行きました。こういう機会は営業であろうとなかろうと、自分の人脈を広げる場でもあったりするので、できるだけ多くの人と交流したり、名刺交換したほうがいいとは思うのですが、ワタクシは前述したとおり、こういう場が苦手なので、数うちゃ戦法が得意ではありません。今回、身に染みて分かったのは、そんな中でも自分が直感で「この人とはつながりたい!」と思った人にはちゃんと自分から働きかけることだな、ということでした。そして、そういったことは何も今に始まったことではなく、今年様々な場所に赴くにあたって、同じようなことを感じていました。自分の心が動かない相手や、自分の心が進まない相手に無理にぐいぐいと行く必要はないよね、ということが何度もありました。それの見直しというか、再認識もできたような気がします。直感にしたがって、「この人とつながりたい!」とピンときた人とつながってみました。そして、元同僚のコンサルタントさんとは一緒にご飯を食べに行きました。彼女が現職だった頃には多分そんな機会はなかったと思うし、機会があってもワタクシは参加しなかったかもしれません。が、「今、ここ」のタイミングだからこそ、「この後あいていたらご飯行きませんか?」と声をかけることができました。ピンときた人とつながったことで、見えてきたことは、「今自分の目の前にあることをしっかりやることの大切さ」でした。元同僚の彼女が仕事を辞めてからの話を聞き、さらに、ピン!ときた人とお話しをしてみて、スピリチュアルな活動をやっているワタクシを知らない、いち社会人としてのワタクシとして接してくださっている人たちがワタクシに提供してくれる話は、「社会人としての自律」に満ちていました。元同僚の彼女を含め、自分がやりたいことを芯に据えながらも、個人として対社会に対して提供できるものをちゃんと自分で売値や価値を決めながら提供してきているという意味での自律性を感じたのでした。なんというのか、現実社会を会社の力を借りずに渡り歩いていくたくましさ、みたいなものです。それを感じてみて、ワタクシ自身は「全然だめだな」と思ってしまいましたた。一個人として対社会に提供できるものということを全然見極めていないままに漫然と社会人生活を送ってきているのだな、ということを痛感してしまったのです。これまで会社の中での仕事、という細分化した領域で仕事をしてきていて、その範囲を超えてまで仕事をしてこなかったため、「これがわたしのスキルです」と言えるようなものが何もないなということを思い知らされました。それは、会社がそれくらいの仕事しか与えてくれなかった、というよりは、自分が「会社で働くならこの程度でいいでしょ」くらいに思って、それ以上枠を広げてこなかったことが原因です。元同僚の彼女にそんなことを言ってみたところ、「私も仕事をやめて、こういう働き方をして初めてそう考えたし、そこから学んだことを活かして今のスタイルにしているんですよ」と言っていました。確かに、だめだと痛感したところでワタクシがライフスタイルを変えるということを止めるわけではありません。残り少ない会社生活の中で、その先の生活に向けて「今自分の目の前にあることをしっかりやろう」と思えました。それは、社会人としてのスキルや知識というところにとどまらず、ライフワークとして自分が展開していこうとしている活動のブラッシュアップも含みます。今からでも遅くないし、そしてどこかで「それなりに何とかなるんだろうな」とも思ってはいます。が、漫然とその時を待っているのではなく、自分からその時を迎えられるように、今はじめられることをやっておこうと思ったのでした。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2015年12月16日
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==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・12/19(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》※4月のセッションから料金を変更させていただきます。・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================最近ちょっとハマっている占星術師さんのサイトで、新月前になかなかハードな見直しがある、というリーディングを拝見し、ものの見事にそのリーディング結果を受け取った直後にこれまでの会社員人生の中で1、2を争う位の忙しさがやってきました。今回の新月はまさに新しいスタートが具体的に始まるタイミングだそうなので、直前の見直しというのは、当然そのスタートを切るのに不可欠、っていうことです。新月に近付くにつれて、空前絶後の忙しさはだいぶ収まってきました。新月を迎えてしまう前(そして仕事の方の最後の詰めに取り掛かる前に)、ちょっとだけ今回の見直しについて振り返る時間を自分に作ろうと思い、記事にまとめてみることにしました(結局新月明けのUPになってしまいましたが)。先週の前半、ランチから戻ると、元々超特大の案件に取り掛かっている上司から、「こっちの案件の対応を●●さんとタオ⇔さんで対応してほしい」というメールが届いていました。職位でいけば●●さんの方がワタクシよりも上であるため、●●さん一人で対応しても良さそうだったのですが、そのあたりの案件については●●さんはあまり対応をしたことがないので、補佐的にワタクシがアサインをされた、のでした。蓋を開けてみると、元々上司が取り掛かっていた超特大の案件と今回の案件に関連性があることから、超特大の案件との関連を気にしながら対応が必要であったため、割と日数がかかるものでした。●●さんはベテランではあるものの、そこまでの案件に対応した経験がないため、初動対応をミスリードしてしまったことが原因なのか、●●さん自身がフロントに立って対応していくことに及び腰となり、他部署との折衝に際しワタクシをフロントに立たせようと何度もしてきたのでした。上司はその手の案件のプロであるものの、上司の上司や●●さんはそこまでではないことと、他部署の方々には案件の勘所がなかなかつかみにくいことから、上司とその他の皆さんとの意見のずれみたいなものをワタクシが調整する、ということも発生しました。そんなことまでワタクシするんだっけ?と思ったので、仕事を振った上司に確認してみると、「今のタオ⇔さんの役割を●●さんにしてほしくてアサインしたんだけど」と言うのです。その時には、他部署からの連絡はワタクシに集中するようになってしまいました。その他の業務を全部すっとばしてこの案件に取り掛かっているものの、連日長時間労働となり、木曜日にはかなり疲労がたまっている状態になりました。唯一の救いは、同じように現在大掛かりな案件に取り掛かっている周りの同僚との、ちょっとしたふざけあいの時間だったり、コーヒーブレイクの時間だったりしています。さて、ざっとこの見直し期間に発生したことはそんな感じでした。ワタクシが見直しポイントだなーと思ったのは、●点あります。まずは、自分より職位が上の人が使えず、結局自分がフロントに立つという状況です。この記事などなどに書いていますが、元々ワタクシが配属されたのは別の部署であり、その部署では過去記事に書いたおじさんとほぼ2人で仕事をしていました。おじさんは当時から仕事をしない、仕事を進められないという評判の人だったのですが、ご多聞に漏れずタスク管理ができないため、当時部下であったワタクシがフロントに立ってタスク管理をしていた、ということがあります。今所属している会社には頻繁に表彰の機会があり、表彰のエントリーが半ば強制であるため、仕事の取り組みを表彰にエントリーすると、何度か入賞したことがありました。そういった手柄をおじさんは自分の手柄として表明したりするのでした。今回、人こそ違うし、●●さんの方がおじさんよりもよほど仕事はできるのですが、自分の判断に自信が持てず(責任を持てず)、ワタクシの意見を聞き、ワタクシをフロントに立たせ、最終的には自分の手柄にする、という意味では、このおじさんと一緒に仕事をしていた時のワタクシの経験を追体験している感じを受けました。彼らの行為についてというよりは、なぜ追体験する必要があったのかということにフォーカスしたいと思います。それは、ワタクシなりにそういったエネルギーとの付き合い方を確認するためであった気がします。例えば、スピスピした側面から考えれば、「そういった搾取するエネルギーを手放せばいいんです」とか言っちゃう感じだと思うのですが、現実社会を生きるってことは「手放すことをイメージして~天使を呼んで~」とかではなくて、自分が実際どうやって実行するのか?ってことに尽きるわけです。今回の1点目。搾取しようとするエネルギーに対する付き合い方の確認においては、自分がやると決めたことはやり、それ以外はその人に返す、という方法を取りました。おじさんの例でも●●さんの例でも、彼らは最終的には組織からの承認が欲しいのです。組織からの承認というのは、組織が望む奉仕を組織に行うことによって得られるわけなので、彼らが組織からの承認を望むのであれば、彼らなりに組織に奉仕をしなければなりません。それは、自分が100%手を汚すという正攻法ではなく、人を使ったのだとしても同様なのです。なので、ワタクシは自分がコミットすると決めたことまではやり、それ以外のことは●●さんに押し返す、ということを繰り返してみました(何度も●●さんが判断を求めたり、フロントに立たせようとするので)。すると、少しずつですが●●さんに判断やフロント業務が流れていくようになりました。この確認作業によって分かったことは、ワタクシはこれからも(色んな形で)組織だったり、搾取するようなエネルギーに触れることになるのだと思います。その際に、それらをバッサリと切り捨てるのではなく、自分がそのエネルギーに対してコミットする範囲を決めて、エネルギーを流していくということなんだな、と思いました。今回の追体験で分かったことの二つ目です。今回のことで、仲間というか、協働する人たちにワタクシは恵まれているということを再認識しました。今、本当に未曾有の慌ただしさに見舞われていて、ワタクシ以外の同僚もそれぞれ特大案件に取り掛かり、ある日23時に周りを見渡すと、一部の人以外は殆どまだ残業しているという日がありました。そんな中でも、お笑い番組のネタで盛り上がったり、アニメの話題で盛り上がったり、コーヒーブレイクで夜景(笑)を見ながら「自然の多いところにいきてー!」とぼやいたり、楽しく笑いをシェアできる時間を持てているのです。また、●●さんが自分の判断に自信がない中、ワタクシも自分の職位的にそこまで判断していいのか?と思いつつ会議をしていると、別の部署の部長が間に入ってくれて、そのあたりを差配してくれたのでした。うまく表現をすることが難しいのですが、救いがないって思える状況でも実は何とかなるんじゃない?っていう楽天的な安心感を自分に持たせることの再確認でもあったな、と思うのでした。そして、三つ目です。ワタクシの役割という意味に近いことなのですが、ワタクシが今度リーディングとかヒーリングとか、はたまたその他で自分のタマシイが喜ぶような活動をする際の目的のような感じです。会社で仕事をしている中で、ワタクシが密に関わってきた人たちとワタクシとの間には相互の影響が発生していると思っています。その相互影響の中でワタクシが周囲に与えている影響の一つが、「本当にこの生き方やこのライフスタイルを続けていくの?」ということを問いかけるということなのだと思いました。これまでも同僚たちが最終的にどんな道を選んで行ったとしても、ワタクシの発言や行動からそういった影響を与えてきたのではないかな~と感じたのでした。今回、深夜まで働いている同僚と明るく話をしながら、「この人たちは多分これから違う生き方を選択していくんだろうな」とふと、思ったので。新月は、まだまだ気づきをもたらしてくれたのですが、長くなったので続きます。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2015年12月14日
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==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・12/19(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》※4月のセッションから料金を変更させていただきます。・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================11/13にクリスタル瞑想会に参加させていただきました。縄文のエネルギーなレイアウト。ハートにずっきゅん☆です。エネルギーとしてはハートにずっきゅん☆だったのですが、当時は「あ、これってセクシャリティ的な感じなー。。。」と思ってました。丁度自分の中のセクシャリティの問題が顕在化していた時期だったので。そもそも、瞑想会も当初は参加しようと思っておらず、ふいに数日前に「やっぱり行こうかな」と思い立ったのでした。ということは、感情的にはドロドロとしていながらも、心の奥底ではセクシャリティの課題に取り組みたかったのかしら、と思います。その結果がこの記事につながるわけなのですが。瞑想が始まり、インナーセルフにつながると、出てきたビジョンは縄文と言うよりはケルトな雰囲気。ドルイドのようなマントを被った集団が夜になんか魔術グッズをもって儀式をしているようなビジョンが見えました。インナーセルフもケルトやアイヌのような文様の布を頭に巻いていました。インナーセルフからは、自然とのつながりが薄くなってしまったこと、自分よりも他を優先したことによる悲しみが感じられました。その悲しみを光の球で癒していくと、いつものインナーセルフ姿に戻って行きました。今回の瞑想では、自分の中の女神と男神につながりました。まず、女神に会うために、誘導にしたがって意識をフォーカスすると、トンネルをどんどん進んでいった先には宇宙空間が広がっており、そこに女神につながるドアがありました。ドアを開けると、女神のエネルギーが一面に広がっていて、なんとなーくうっすら女神の姿がゆらゆらと見えるような明るい空間でした。ゆらゆらしていることについて聞いてみると、「どこに流れていいのかが分からない」「受け止められない」「傷がいやせない」「認められない」「奪われることも搾取されることにも疲れた」「こんなにつらいのであればこのまま揺蕩っていたい。結実したくない」「守るために戦うこともしてきたけど疲れた」「自分の血が絶えていくことに耐えられない」「私と交わることで力を得てきた男たちに利用されてきた。そしてそれを良しとすることにも」という女神の思いがどどどーっと流れてきました。この記事の考察も踏まえて今思うのは、「私と交わることで力を得てきた男たちに利用されてきた。そしてそれを良しとしてきた」ということに疲れているのであり、そういう関係性から自由になりたいという思いが女神の姿をゆらゆらとさせていて、自由であるが故に行き場をなくしているのだなーと思いました。自分の女性性に照らし合わせて考えてみてもそうなんだろうな、と思います。パートナーが欲しいと思う反面、そういう関係性に自分をはめることが嫌だし、その関係性に疲れてしまっているってことなのでしょう。女神をいやすために、「信頼」や「安全」のエネルギーを送ると、球体となりました。女神からは「解放してくれてありがとう」と言われました。次に、男神につながるドアを開けると、荒涼とした枯野が広がり、その先に枯れ木がありました。枯れ木の幹にぼんやりと男神が浮かび上がっているのですが、男神の姿にオーバーラップするかのように封印が施されていました。あ、兵馬俑のようなビジョンも見えました。本来の男神の姿は、大きなドラゴンであり、その力が暴走することを恐れたKING OF AIR的なコントロールをしようとする勢力に封印されたもようでした。男神をいやすエネルギーを送ると、みるみるドラゴンの姿に戻っていき、北斗七星に向かっていきました。つぎは、女神の要望を聞くという瞑想に移りました。女神からは、「ありのままの自分を受け入れてほしい」「何らかの形や場所、役割に縛られないで自分が直感で感じたことを行い、直感で感じた場所に赴くことを受け止めてほしい」「縛られたくない。」「念のような重いエネルギーを向けられたくない」「軽やかに自由に飛んでいけるようになりたい」「出会って土地や人に愛を流していきたい。笑い、楽しみ、そういった充実したエネルギーを流していきたい」「変化していくことを楽しみたい」という要望が出てきました。それが要望であるのであれば、長らく女神の声を無視してきたことになるな、と思います。最初に女神につながった時にあきらめのような悲しみを感じたのは、今もなお自分がこうでなければならないという枠にしたがって生きている部分があるため、「こうなってもまだ要望が叶えられないのであれば、、」と感じていたのではないかと思います。一方で、この7月~11月にかけて、自分の直感にしたがって色んな墓所に行き、色んな人と出会った時間では、自分の中のエネルギーが活き活きしていることを感じられたし、出会った人との間に充実したエネルギーが流れていたと思いました。枠にとらわれない、という意味の奔放さがワタクシの中の女神の特徴なのかもしれません。かたや、男神の要望にもつながりました。「土地をめぐり、つなぎ、流すこと」「つなぐのは人と人もそう。人の中の叡智も。」「三次元を建設的に生きるためのサポートを展開していくこと」「組織やコミュニティを超えた存在として生きること、それが唯一無二のありかた」「ありのままの姿を受け入れる人を引き寄せるには、ありのままの欲求にしたがってアプローチする、余計な画策をしないことだ」という要望でした。女神の要望と似ているところもありますが、女神がその在り様を示しているとすれば、男神はその在り様から何を創造するのか、という方向性を示しているような気がしました。女神と男神の要望を聞いたところで、今度はどんなパートナーシップを自分が求めているのかということについてみていきました。例えば、女神は「ありのままを受け入れてほしい」と言っていましたが、それは「ワタクシが思いついてやることについて、『面白い!』と言って受け止めてくれる」という意味であったり、どんなワタクシを見せても「楽しい」「面白い」とワタクシの在り様を楽しめる人ということになります。そして、女神=女性としてのワタクシの側面とすれば、ワタクシは色んな場所に流れていくため、離れていることを楽しめる人であったり、従前の家事や育児に対しての役割意識にとらわれないということであったり、二人で世界や日本各地を回り、面白いことをやったり、作ったり、触れて笑いあうということであったりするとのことでした。二人で自分たちの在り様をそのまま楽しみ、創造することが「結合」であり、「創造」することのようです。最後に、瞑想会近辺に起きたことで気になったことについてハイヤーセルフに確認してみました。ちょっと時間が経った今、この瞑想会で受け取った女神と男神からのメッセージと、瞑想会近辺に起きたセクシャリティに関わる出来事の内容を照合してみれば、なぜその出来事で自分の感情が揺さぶられたのか、ということについて腑に落ちた気がします。ワタクシの中の女神は自由に直感にしたがって行動がしたくて、それを受け入れて楽しんでくれる男性のエネルギーを求めているのです。それが実現しないという時点で女神は傷ついているのですが、更に、ありのままではなく自分でさえも操作してまでその状況を何とかしようと思いを巡らせてしまっていたことに対して傷つけていたのかもしれないなと思ったのでした。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2015年12月09日
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==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・12/19(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》※4月のセッションから料金を変更させていただきます。・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================恐らくは12月に入ってからだと思うのですが、夢で毎日のように船が出てきます。時には宿泊施設つきの近代的なデザインの船で、ベッドがある客室には、180度ガラス張りで海の風景が楽しめるような感じで、この夢ではなぜか海外の建造物が海に浮かんでいて、自由の女神、エッフェル塔、グランドキャニオン的な岩、等などを遠くから眺められるというもの。「この船からならすごく近くにイルカが見られるかも!」と思ってワタクシはウキウキしていました。時には船上パーティーのような会場を抜け出し、出発しようとしている船からこっそり降りて、芸術家の男性に連れられて深い森の奥社に向かうという設定だったり。パーティーは盛り上がった様子で楽しそうだった(多分会社のパーティーみたいな感じですね)のですが、場面が変わって岸に船が着くかつかないかの微妙な距離で船が浮かんでいて、えいや!っと船をぐいっと引っ張って着岸させて船から降りたのでした。この芸術家の男性の車に乗って連れていかれた場所は、この夢の中の記憶なのか、別の夢の記憶なのかは分かりませんが、以前ワタクシが言ったことがあるような「禁域」のような場所で、森の入り口に鳥居があるのですが、かなりうっそうとした森で、森の入り口に無理やり鳥居をはめた、みたいな感じでした。時には、漁船だったり。この記憶はうっすらなのですが、ワタクシが漁船に乗り込んで漁に行こうとしているという感じでした。覚えているだけでも1週間弱の間に3回船が出てきているのですが、夢占いで船に乗るときというのは、人生の一時代が終わり新しい時代へ移ろうとしている時を示しているとのことです。船を降りるというのはリタイアを示すと。他にも船のイメージが夢に出てきたような気がしているのですが、覚えいている限りの夢を総合すると、今の環境に自分から岸を「ぐいっと」引っ張るような形でリタイアし、神性というのかインスピレーションというのかが象徴するような広い世界に向かうということなのかな~と思います。「船」は夢にとどまりませんでした。ほぼ日で引いているルノルマンカードでも、連日のように「船」のカードが出てきています。漁船の夢を見た日には、魚と船のカードをセットで引いたりしていました(笑)恐らくですが(ちゃんと記録を取っていないのですが)、他の二つの夢も夢に船が出てきたタイミングで船のカードを引いていたのではないかと思います。ルノルマンカードでの「船」の意味は、「外国、旅、遠方からの知らせ」等などの意味があります。まあ、船出っていう言葉そのままとも取れます。ということは、ワタクシは近々そのタイミングを迎える、もしくは迎えつつあるということなのだろうな~と思います。どんな形での船出になるのかは分からないのですが、訳が分からず出発するのもなんなので、せっかくだからライフパーパスデザインWSやトランスフォーメーションゲームで設定した目標をイメージ送信する時間を多くとろうかな、と思っています。今回の記事は例になく短く、とりとめのない内容となりましたが、UPしたい☆と思ったのでUPしてみました。どうなることやら。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2015年12月07日
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==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・12/19(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》※4月のセッションから料金を変更させていただきます。・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================その3でほぼほぼ書きたいことは書けたという気がしていたのですが、「セクシャリティ」の部分にもう少し突っ込んだ考察が必要だな~とかんじたので、付け加えることにしました。構成的には本来その2とその3の中間あたりにあった方がいいんだろうな~と思いつつ。有史以降、たとえば後宮やハレムのように多くの女性をはべらすということを権力の象徴の一部のように扱われています。有史以降だったりするので、女性と男性の立ち位置って昔からそうなんだねって刷り込まれてしまっている感もあります。これまでの考察からすれば、これだけの弱者をコントロールできる状態にあるのである、ということの誇示であるとも言えます。大昔では奴隷の数も同様に権力の象徴であったり、財産として扱っていたこともありますよね。この、権力者が多くの女性をはべらすということについて、もう少しセクシャリティとスピリチュアリズムという観点を深掘って考えてみました。男女の和合っていうのは、創造の象徴でもあります。その観点でも一人の男性が数多くの女性を「囲う」特権というのは特殊な状態であるように思えます。後宮やハレムっていう状態というのは、この世の美女は全部権力者のものっていう状態となるため、権力者はその中にいる女性と誰でも和合していいというルールの下に成立しています。権力者は、他の雄(オス)よりも優れた雌(メス)との和合の機会が増えるというのは、自然界にある節理であるので、「そういうもんだよね」と思いがちですが、動物と人間で異なるのは、後宮やハレムはルールで縛っていたということです。後宮やハレムの女性は権力者以外の男性と和合したらアウト~!だし、(まったく外出不可という訳ではないけれど)後宮やハレムの場から自由に出るということが許されていませんでした。となると、このハレム状態っていうのは、権力者が三次元的な創造の象徴である和合すらもコントロールしているとも考えられます。すなわち、後宮やハレムといった状態を作るということが、三次元的な創造をもコントロールしているという象徴となるため、権力者がまるで想像主=神であるという錯覚や洗脳を生み出すことにも成功してきたのだと思います。一方で、その後宮やハレムを作り上げること=権力を誇示することを望む権力者をうまく利用したのか政治家です。権力者との婚姻によって一族が反映したという政治手法は洋の東西を問わずに行われてきたことです。権力者に嫁いだ一族の娘が直接的に権力者に閨で一族の昇進をおねだりしたり、娘が跡継ぎを産もうものなら外戚として、もしくはその娘自体が権力者の母として権勢をふるえるわけです。こう書いてしまうと、日本でいう藤原氏がチラついてきます。藤原氏が秦氏であったという話もありますが、だとすれば魔術にも精通していたことでしょう。外戚関係を利用する政治手法は非常に魔術的というか、セクシャリティとスピリチュアリズム、そして三次元の原理をうまく利用していると思います。魔術的な政治家がほしかったのは権力者の立ち位置ではなく、一極集中で権力を集めるという体制だとすれば、権力者に権力を集中させておき、自分たちはその権力を自在に利用するという構図が見えてきます。魔術的な手法に熟知していたため、一極集中した権力がいつか破たんする原理も知っていたのでしょう。表に立つ権力者が失脚した場合でも自分たちは自分たちで作り上げた体制の網の目をくぐって、一族の富をふやし、後世にもつなげることに成功できるのです。藤原氏的な政治家がすべて魔術師という訳ではないとは思いますが、そういった魔術的な政治家は、自分たちで男性=強者、女性=弱者という構図を作りながら、うまく女性という役割を利用しつつ、そして自分たちの立ち位置も女性的(日陰的)に見せつつも、その実長らく繁栄を遂げてきたのだと思います。この縮図は何も権力者と魔術的な政治家の間で起こっていた限定的な話ではなく、現代でもハニートラップがあるように、この縮図を人類が選択してきたとも言えます。女性的なエネルギーは敢えて被害者的な立ち位置を取って権力を自在に使い、男性的なエネルギーは権力を集中させる電波塔のように利用されてきたとも言えます。そうすると、従来言われているような男性が搾取し、女性が搾取されるという加害ー被害の概念では語りきれません。被害者の意識を手放す、と言った時、多くは自分の中で被害を被ってきた記憶をいやすというイメージだと思うのですが、その水面下では、自分が被害者の役割を担ってきた、もしくは、この縮図を受け入れてきたということに対して、自分で自分を赦す、ということも含まれるのだと思います。その3で「コントロールを意図した正論によるジャッジ」を手放すのがなかなか難しい、ということを書きましたが、それは、「コントロールを意図した正論によるジャッジ」っていうのは、この縮図がベースに成り立っているものであるため、ジャッジを完璧に手放した時というのは、自分の内面にも外面にもこの縮図がリセットされた時だからです。(仙人のような生活を送るっていうような、「見ないようにする」ということではなく)ワタクシは預言者でもなんでもないので、このあとの地球の次元上昇がどうなるのかなんて分からないのですが、ボタン一つでアセンション☆みたいな世界観では、魂が納得しないというか、縮図を(自分の意図で)手放したことにはならないということも含め、「なかなか難しいな~」と思うのでした。当初はたかだか(笑)「やだー☆ワタクシのセクシャリティの見直しって、イケメンのパートナー現れちゃうじゃーん♪」位に取り組んだ考察でしたが、割とグロッキーな内容になりました。ひとまずこれにて終了します。因みに、これを書き終えた途端に生理がやってきました。物事というのは完璧なタイミングでやってくるんですな。。。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2015年12月03日
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==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・12/19(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》※4月のセッションから料金を変更させていただきます。・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================そもそも、本当に女性って被害者なのか?っていう疑問があります。同時に、本当に男性って加害者なのか?っていう疑問もあります。男性は女性よりも総じて体も大きく、力も強いです。だからといって、加害者かと言われると、その力の使い方次第なんじゃないか、と思います。そう、力の使い方。男性も女性も。武力や暴力による恐怖で統治するという考え方は男性の力の使い方の一つです。恐怖によってコントロールをすれば、不安や恐怖と言ったエネルギーは一人一人の生来のエネルギーを委縮させるものですので、コントロールを臨む側には好都合。思い通りのコントロールにするためには、女性が勝手に自然と交信したり、誰とでも調和したりしてもらっては、統制がとれないため、女性を「弱いもの」として屋敷に閉じ込め、社会的な役割を制限してしまえば、三次元的な力を使ったコントロールが可能となった、という世界がこれまでの世界であったのだと思います。北斗の拳のラオウ様みたいに、絶対的な力を持ち、それを誇示するということが、そのコントロールの中では成功となるし、それが「正」ともなるのだと思います。(『正』は何か?という定義を方向付ける働きではなく、強いものが正しいという考えが普及する、的な)女性は、このコントロールの中では、一部を除いて社会的な弱者としての役割を担います。古い時代の女性を賛美する言葉の一つに「手弱女」とあるように、女性は弱弱しく嫋やかになよなよとしたことがアピールポイントとなります。この女性に対してのステレオタイプがあるからこそ、「自分の中の女性性を開花させる」ってイメージした瞬間に自分の中の本来の女性性とステレオタイプの間でギャップを感じることもあるのだとおもいます。一方で、いつの時代も巫女や魔術師と言った自然につながる立ち位置は、コントロールをしようとする執政者をも左右する存在であったり、時には国家を転覆するような存在として、国家のコントロールとは別の意味での力を持ってきました。本来は表舞台で巫女や魔術師も活躍していたと思うのですが、おそらくそういった巫女的な存在自体が崇拝の対象となったりすることを恐れた執政者が表舞台には出さないようにしたり、信仰に制限を加えたり、時には魔女狩りを行ったりしてきました(崇拝という在り方はコントロールをする力により拡大した意識の在り方だと思うので、自業自得っちゃー自業自得な気がしますが)。それは、もちろん巫女の力を恐れてという意味もあれば、コントロールを強化するために、そういった力を独占するという意味もあったのだと思います。力の独占とそれによるコントロール的な。魔術師や巫女が政治の表舞台には立たずとも、執政者に勝るとも劣らぬ力を持てる存在となる、というのは、政治の表舞台には立てない存在にとって、コントロールされる方からコントロールする方になれる立ち位置でもあるのです。魔術師や巫女たちが本人たちも表舞台に立って民衆の攻撃の矢面に立つことよりも息長く暗躍することをよしとしてきたということでもあります。したがって、スピリチュアリズムを提唱しながらコントロールを行う(時には洗脳として)という層がいるのは、そういった背景であると思われます。となると、自分の魂の歴史の中でコントロールを手放すっていうことを意図した時、コントロールする側、コントロールされる側そして、コントロールによって支配されるという概念自体を手放すことが必要となるため、並大抵なことではないなーと思うのです。それでも、現代になってコントロールってどうよ?的な思想が増えてきたので、コントロールの歴史にどっぷりつかっていた時よりははるかに手放しやすいとは思うのですが。ワタクシは、スピリチュアリズムと三次元的な話っていうのは恣意的に切り離されてきただけであって、本来は肉体と精神が統合することを目指すわけなので、切り離されるような話ではないと思っているのですが、前述のような背景により、魔術師や巫女が象徴するような自然界や神的な存在というのは自分の中にあるのではなく、自分の外側にあり、自分より高次の存在であるため、それに近づくために目指すものであるという捉え方になったため、三次元の自分は目指さない限りはスピリチュアリズムと無縁の生き物である、となったのだと思われます(ってかよく言われますよね)。こうしてスピリチュアリズムが自分とは切り離されたものであるという認識により、一方では自分にはないものへの憧れであり、自分を救う存在であり、生きていくための唯一の知恵的な感じで偶像崇拝的にスピリチュアリズムが発展したと同時に、(表面的には)スピリチュアリズムがなくとも現世を渡っていくことができていると考えられた人間は神の領域を超えた人間のように崇められるため、それにより成功者を目指すのであればスピリチュアリズムに傾倒しないほうがいいというアンチスピリチュアリズムに二分されてきたのではないかと推察します。特に、後者については、女性を弱きもの、男性を強きものとする二元論的な思想によって作られた階層社会における成功者であるため、よりスピリチュアリズムを下に見たり、それすらも掌握しているというような思考になっていたと思われます。ただ、実質的な排除はしていないと思います。「掌握する」ということがポイントです。三次元的な自分をスピリチュアリズムから切り離し、スピリチュアリズムを超えて自分が成功している、と認識しているような感じです。スピリチュアルが胡散臭いと言われるゆえんとしては、自分とは切り離されたスピリチュアリズムに対する憧れを三次元的な成功をもくろむ一握りの人間に集めているからともいえます。胡散臭いというのは、もしかすると本来は人間のありかたはスピリチュアリズムとは切り離せないものであるにも関わらず、人間とスピリチュアリズムを切り離した思想形態を前提としながらも、憧れを一身に集めた成功者がスピリチュアリズムを語っているからなのかもしれません。矛盾してるじゃん、それ?的な。ここまできたところで、話をその1に戻します。その1で言っていた、ワンネスであり、ノンジャッジメントであり、NOボーダーであることはスピリチュアリズムな思想ではあるものの、正論であると主張し、その正論にしたがって人をジャッジしているのであれば、多分に上記のコントロールが入ってるんじゃないかな、と思います。下手をすれば、上記で言うところの成功者がスピリチュアリズムを語るに近い現象になることもあります。「君たちもこのメソッドを使えば私のように成功(成功、の部分は色んな言い方をすると思いますが)するだろう」的な。生きていることが素晴らしいのであれば、どんな生き方だって正しいのだ、という視点に立てば、そういう人たちがそういう正論によって人をジャッジしていることを「合ってる」とか「間違っている」ってことはありません。ただ、好きか嫌いか、もしくは、心地よいか心地よくないか、ってことかなと思います。ワタクシはスピリチュアリズムな正論を用いてジャッジされると、「きれいごとぬかすんじゃねーよ!」と不快に感じる性質です。今のところ。敢えて宣言しなくてもダダ漏れだとは思いますが(笑)ワタクシの中のテーマの一つにジャッジを手放すというテーマがあったりしますが、今のところはこのテーマに関わる大きなポイントが、「コントロールを意図した正論によるジャッジ」なんだろうなーと思っています。もちろん手放すことは簡単ではないし、三次元にいる間に完全に手放すなんてことは雲をつかむようなことだとは思うのですが。こうやってブログにまとめていたとしても、ただただ「コントロールを意図した正論によるジャッジ」がいかに不快なのか、ということを表明しているだけです。どっちかというと、その先の方がウェイトが大きいと思います。アラフォーになってやっと自分がそういったジャッジが不快である、と表明するに至ったわけですが、そういったジャッジに自分がどう対峙していくのかってことが、このテーマのクライマックスであると思うので。いざ、この表明をするにあたり、「わたしはそうしない生き方を選択する」と意図してしまうと、自分がそれまでに見えていた風景(例えば場所や概念や人との関係や距離感)がまたしてもどんどん変わってしまうのだろうな。。。ということも感じています。本当はここで終わろうかと思ったんですが、清書するにあたってなんか物足りないなーと感じたので、もう少しセクシャリティと加害ー被害について次回で書いてみようと思います。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2015年12月02日
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