全6件 (6件中 1-6件目)
1

==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・2/27(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================新年初瞑想会に参加してきました。今回のクリスタルはMGMとブッケンハウトジャスパー。どちらパワフルなmelodyストーン。握っているだけでも手がビリビリくるやーつです。そういえばそれも新年初なんじゃ無いかと思うのですが、まずはインナーセルフに会いにいきました。会いに行くまでに誘導の間、気付いたら寝落ちしていました。が、目が覚めて、最初に目見えてきたインナーセルフはビスチェっぽいトップスに腰巻き姿のインドっぽい少女が出てきたのですが、すぐにイギリス人のジョンという青年に変わりました。ジョンは、ブルーとピンクのタータンチェックの暖かそうなマフラーを巻き、頭にはホームズ的な帽子をかぶり、トレンチコートという出で立ちでした。彼がいる場所は、冬のロンドン(行ったことは無いのですが)のような場所で、彼は憂鬱そうな表情を浮かべ、曇天の下佇んでいました。寝落ちしていたのでところどころ覚えてはいないのですが、インナーセルフを癒した後、第3チャクラに意識を合わせ、変化に対して自身が抱いている不安を見に行きました。ぽつぽつと、言葉として浮かんでくるメッセージとともに、たまにインナーセルフであるジョンが頭を抱えているシーンがオーバーラップしました。まず、具体的な不安として出てきたのは、今の生活レベルを手放せ無いという思いでした。というのも、その奥には東京を離れ、労働中心の生活を手放すという希望があるのだけど、今であればある程度余裕を持って生活出来てるのに、移住したらそれができないと思っているということでした。なにが怖いのかをもう少し掘り下げて聞いてみたところ、移住して結局思うようにはことが運ばず、結局低賃金で労働し、その日暮らしになるのではないかとか、フリーランスで仕事をするにはニーズがないのではないのではないかとか、フリーランスで活動するにはそもそも能力や経験や知識が足り無いのではないか、といったことでした。自分でその回答を聞きながらも、「いやいや真因があるでしょ!」と思ってしまったので(笑)、「能力や経験や知識が足りないと思うのであれば、なぜ準備ができていないのか?」と質問してみたところ、「イチから始めるにあたって、うまくいかないのではないかと思う。うまくいかない結果に責任を負うのが怖い」とのことでした。うまくいなかない結果に責任を負う、、、というのも、一人で移住するわけなので、責任も何もなー、と思うので、まだまだ真因があるぞ、と思いました。更に「どうして責任を負うのが怖いの?」と聞いてみました。「大きく動いてしまうことで、ゆったりと過ごす時間がなくなってしまう。始まってしまったら止められないから。後戻りできなくなってしまう。それで失敗したら、取り返しがつかない」とのことでした。どうも動き出してしまった結果、自分でもコントロールが利かなくなることや、その結果失敗してしまうことへの不安が強いもようでした。その失敗の責任が重い、というイメージも出てました。もしかすると自分がこうしたい!と思ったことが過去にとんでもない結果を引き起こした、というトラウマでもあるのではないかと思います。2回目の瞑想は、本当に自分が望むことは何か?ということを確認していきました。まずは、エネル ギーが異なる場所を転々と移動すること。それは、その土地のエネルギーに身を浸す喜び、そのエネルギーに自分のエネルギーを順応させる喜び、自分自身をトランスフォーメーションできる喜びがそこにあるから、ということでした。次に、自分なりのアプローチで真実に近づくこと。イメージとしては、鉱脈を見つけ、ひたすら掘り続けるという感じでした。真実とは絶対的な何かということではなく、その人なりの大切なもの、という意味であり、セッションを通して記憶や集合意識のピースを符号させることがしたい、ということでした。3つ目は、人と出会い、別れること。トランスフォーメーションできる喜びを感じる手法の一つ、とのことですが、人生で様々な縁と出会い、自分の中にあるルーツを思い出すことや、縁に沿った形で自分をトランスフォームすることが目的だそうです。4つ目は、Love&Joyへの共振。自分がいつでもLove&Joyのバイブレーションに戻ることができるという意味と、のバイブレーションを伝えていくという意味があるようでした。併せて、なぜ女性に生まれたのか、ということについても聞いてみました。身体やエネルギーに敏感であることが重要で、女性であるため、衣装や化粧でトランスフォームすることができるということも含まれていました。そして、今の時代において、男性性社会からの変容に当たり、「ナチュラルに」「ぬるっと」シフトを進めるということや、変容のエネルギーを伝える触媒として作用するという目的とのことでした。2回目の瞑想はまだまだ続くので、次の記事にしたいと思います。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2016年01月28日
コメント(0)

==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・2/27(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================某アイドルグループの独立劇は様々な波紋を投げかけていった気がします。ワタクシが今回の独立劇で印象的だったのは、一部報道にも見られるように、その労働環境の特殊性でした。アイドルと事務所が労働契約であった場合(給料や解雇という表現が使われたりしているので、労働契約だと思うのですが)、例えば社会保険の加入、時間外労働手当、深夜手当、最低賃金、有給といった労働条件ってどうなんだろう、とか。事業所と労働者で紛争が起きた際、内部告発者の権利擁護がされるものだが、そもそも紛争を解決する手段が裁判しかないのか、とか、内部告発者を擁護する組織なんてあるのだろうか、とか。今回の独立劇に関連する点とすれば、円満退職ではない場合に、退職後に(別の事務所に)再就職する際、いわゆる「干される」といったような事態が生じるということを考えると、一般企業のサラリーマンよりも競業避止義務が重く課される慣習があるのかな、とか。そんな風に考えてみると、いわゆるブラック企業と呼ばれる一般企業と大差ないか、もしくはそれ以上なのかもしれないな、と思うのでした。例えば、先の競業避止義務ということを考えた場合、40代男性で会社のヒエラルキーとしては上位にあたる男性達が一気に独立もしくは移籍という事態になれば、事務所側としても大きな損失にあたるわけなので、競業避止義務を他の従業員よりも重く課す、ということは考えられる話ではあるものの、一般企業で考える場合は、例えば退職金の全額もしくは一部返納等の金銭での解決策がありますが、芸能界の場合はその後の仕事にモロ影響するような形で制裁を受けるわけですので、労働者側のリスクが極めて大きいと感じます。一般企業であったとしても、一度退職交渉に入ったものの、最終的に残留となった場合、例えば出世街道から外れたり、会社からの干渉が大きくなるといった事態が予想されるため、芸能界という特殊な労働環境ではどんな事態が待っているのか、、、と思います。そう思うと、一度契約を結んだ事務所に退職の意思表示をする際には、円満退職となるように余程入念な準備を行わない限りは、退職しても残留しても厳しい現実が待ち受けている、ということになります。ワタクシは、そういった労働環境が露呈したという意味でも大きな事件だったのではないか、と思っています。芸能界の労働環境の特殊性というのは、もちろん業界の慣習というところが大きいとは思うものの、その奥底には古来からの「芸能」というものに対しての捉え方が少なからず影響していると思われます。ワタクシは、芸能の民俗学に全然あかるくないため、うすらぼんやりと思い当たる、労働環境の特殊性の背景を深堀ってみようとネットサーフィンをしてみたのですが、なかなかその背景をまとめているような記事がみつかりません。探し方が悪いってことはもちろんあるとは思うものの、「表ざたにしていない」ということでもあるのかな、と感じました。乱暴な言い方をすれば、「一般」企業がある程度(ブラック企業はあれども)一定水準の労働環境であることが求められ、「一般」企業の労働者にはその水準の労働環境を当然の権利として求めることができているにもかかわらず、同じ労働者というカテゴリーにも関わらず、まるで治外法権のように芸能界では特殊な労働環境でいることを暗黙の了解にしてきた、とも言えます。近代の労働法規の確立を以てしても不可侵な領域だったのだろう、と推察されます。労働環境という枠を外したとしても、芸能の世界というのは、芸能「界」というように、特別な世界として位置づけられています。時代によってどういった意味で特別なのか、という目線は変遷があります。特別な世界を、その外の世界の人々が崇めたり、下に見たり、憧れたり、といった時代とその時代のニーズに沿った目線で眺めてきました。ずっと共通しているのは、「特別な」世界という、外の世界との区別しているということです。(すごくあっさりと目線の変動に言及したのは、それが「表ざたにしていない」事柄だからです。付け焼刃では語れないな、と思うので。)どこか治外法権だった場所に、今までとは違った角度から光があたった事件だったと思います。特殊な世界だから当たり前、特殊な世界だから仕方がない、と我々の意識の中で曖昧なブラックボックスに入れていた問題に、「いやいや、特殊な世界だからってことでもないでしょうよ」というような切り口が生まれた気がします。そうですよね、よく考えればニーズが無くなれば仕事がなくなってしまうような、不安定な稼業。(今はそうではないのかもしれませんが)睡眠時間が数時間で、しかも社会保険にも加入していないなんて言う状況はブラック企業そのもの。その上、「干される」なんてことがまかり通ってしまう訳ですから、華やかにみえるのは本当に一側面にすぎないのだろうと思います。そういった、虚構の世界が生み出した闇にも光があたった気がします。「特殊な世界だから仕方がない」という「仕方ない」とおもう心理の中には、それが他人事であろうが、我が事であろうが、一定の諦めがあります。他人事だとして考えるのであれば、「それはかわいそうなことなのかもしれないけど、自分にはどうしようもないことだから仕方がない。それを選んだ人の責任もあるから仕方がない」というような諦め、我が事として捉えるのであれば「それはつらいことだが、自分ではどうしようもないことだから仕方がない。それを選んだ自分の責任もあるから仕方がない」という諦めとなります。起きてしまったことに関して、それが自分の選択の結果という意味では仕方がないとは思うのですが、今この瞬間の選択から状況は変えられるのだ、と考えると、今から先の未来についても「仕方がない」と思ってしまうのは、諦めの作用と言えると思います。芸能界しかりですが、ずいぶん長い間、「仕方がない」ということが当たり前であって、まるでその状態が未来永劫続いていくんじゃないかとさえ思う位、強力なものに思えていました。が、今回のようなことがあると、未来永劫続いていくと思っていたことは錯覚であり、強力なものというものは虚構にすぎなかった、ということが分かります。まさに労働という形で会社から賃金を得ているワタクシは、今回の件が労働環境的に特殊事例として扱われていることにアンテナが経った形になりますが、「あの世界は特殊だから」という視点と、「一般企業で置き換えてみると」という視点が混在する中で、他人事ではないな、と思い至ったのです。それは、自分が日常的に行っていることが「当たり前だから仕方がない」として諦めているということでした。毎日満員電車で通勤をしなければならない、電車や会社がくさくてもがまんしなければならない、○時までは帰れない、一定以上の収入を得るには無理をしてでも働かなければならない。。。などなど。この生活を繰り返していると、脳内で連想ゲームが繰り広げられます。「これくらいの収入を得るには(嫌な思いをして)無理に頑張らないといけない」という観念から、「(嫌な思いをして)無理に頑張らないと収入を得られない」となり、「好きな仕事では収入を得られない」という観念にまで発展します。また、「今の仕事には没頭できない。好きになれない」という観念から、「没頭できない仕事でなんとか生活ができている」となり、「没頭できない仕事では生活ができない」と発展します。こういった、なぜだか勝手に繰り広げられる連想ゲームにより、今から先の未来について「仕方がない」と思うような諦めの作用が働くのでした。ワタクシは、今回の事件で自分なりにヒットしたのは、自分の中にあるこの、まるで奴隷根性のような諦めでした。一回光があたったものは、そう簡単に忘れることはないでしょう。逃げてしまうことはあっても。ということは、しばらくワタクシは自分の中の奴隷根性と向き合う必要があるのだ、と思います。2016年が明けて、更に人の意識の選択と、それが創り出す現実がものすごいスピードで現実化しています。ワタクシがこういったことを考えるきっかけとなった今回の事件は、スルーする人もいれば違った角度で捉える人もいます。同時期には某タレントの不倫騒動から、株安、デビットボウイの死去、インドネシアでのテロ等々、様々なニュースが飛び交っていました。その中で何に自分が目を向けるのか、何を感じたのか、何をキャッチアップしなかったのか、で既に選択する現実が異なってきている気がします。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2016年01月25日
コメント(0)

==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・1/23(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================ワタクシが大好きな神社の一つが、三重県鈴鹿市にある椿大神社さん。知る人ぞ知る、サルタヒコさんを祀った三重の一の宮さん。鈴鹿の山の麓にあるため、なかなか行くのが大変なのですが。多分初めて参拝させていただいたのは、20代に入ってからだと思います。当時は、友人が「おみくじの椿がカワイイんだよね」というような話で、恋みくじについている椿の形のストラップ目当てに(笑)行ったような気がします。それからというもの、もしかすると年に1回は訪れているかもしれません。恐らくは、9年くらい前のこと。東京に出て来る直前のことだったと思うのですが、この椿大神社の境内にある椿岸神社(アメノウズメさんをお祀りしている神社)のあたりで、ドラゴンをみたことがあります。後にも先にも、瞑想や夢以外であんなにはっきりドラゴンを見たことはありません。15cm~20cmくらいの、光に透けたような物体が、滝の方向に向かってふわふわと飛んでいたのでした。当時のワタクシはほとんど精神世界の知識がなかったのですが、それでもこの世のものではない感じがありました。この時、お友達も一緒にいたのですが、何となくお友達と一緒に騒ぐことが憚られたため、「なんだありゃ!」と二度見してからしばらく眺めていると、消えていきました。そんな出会いがあったので、いつも参拝するたびに「今回はまた会えるかなー」と楽しみにしてしまうのでした。ドラゴンが見えたとしても、見えなかったとしても、椿大神社の場所のエネルギーは本当に気持ち良くて、濃い緑と、豊富な水と、陽の光のバランスが、訪れるたびに新鮮なのです。よくよく考えてみると、2015年は2回参拝していました。どんだけ好きなんだよ、って話ですが(笑)。年末に実家に帰省していた時、何となく地元の神様にご挨拶したいなーと思ってはいたのですが、今回は熱田神宮をはじめとする、愛知県内の神社に行こうと思いつつもタイミングが合わない、という感じでした。そんな中、以前ワタクシが椿大神社の話をしていた際に母が「行ってみたいなー」と言っていたことを思いだし、ふと「12/30に椿大神社に行ってみない?」と母を誘ってみたところ、「行きたい!」と二つ返事であったため、母と一緒に(父は面倒臭かったらしく、お留守番w)行ってきました。名古屋からでも割と遠いのですが、近鉄で四日市まで向かい、そこからバス(もしくは車)。御在所のあたりには雪がうっすら見えていて、神社に近付くにつれて清々しい凛とした空気になってきました。神社の近くには茶畑がたくさんあり、参道のショップには「椿神茶」というお茶が売っていて、これを購入するのもお目当ての一つだったりします。良く考えれば、初詣でもないのに母と神社に行くなんてあんまりないことだよね、と思いつつ、母は境内に入った瞬間から神社の雰囲気が気に入ったようで、境内に生えている大きな木を見ると触りに行っていました。「お母さん、神社に行ったら木に挨拶するの。」と言っていました。ワタクシも、木に触れるのが好きなので、二人で木をぺたぺたと触りながらお詣りしました。寒すぎず、ちょうど日も照っていて、木漏れ日がとてもきれいでした。おみくじを引いて、椿岸神社にもご挨拶をして、滝のお水を少しいただいて、そして、参宮会館で伊勢うどんを食べ、お茶屋さんでお茶をいただいて、帰途につきました。東京に戻ってから、夏頃に引いた椿大神社のおみくじを見てみたところ、なんとこの日引いたおみくじと全く同じおみくじを引いていました。これは引きが強いというのか。。。↓これです。ふと、椿岸神社のあたりでドラゴンをみた、という話を母にしたところ、とてもうらやましがっていて、「いないかなー、わたしもみたいなー」とか言っておりました。年明け、初もうでには実家の近所の神社に行ったのですが、実は実家はまだ引っ越して2年くらいなので、ご近所の神社にお参りするのもまだ2回目。今回は1/2にお参りしました。普段は宮司さんが常駐されておらず、初もうでの期間に氏子の皆さんが接待してくださる小さな神社なのですが、小山の上に立っていて、本殿の裏手には塚のようなものがありました。ちょっと気になったので、塚と、その周辺の木立をふらふらと歩いてみると、「龍神祠」と書いてありました。母はこれをみて「ほら、龍神さんだって!すごーい!うれしー☆」とはしゃいでおりました。龍神さんとご縁があるようです。そして、椿大神社の主祀神である、サルタヒコさんにもご縁があるように思います。椿大神社が好き☆ということももちろんそうなのですが。まだ20代の頃、一社目の病院を辞める前だか、辞めた後だかに、伊勢神宮に行ったことがあります。実家が愛知件なので、伊勢神宮には何度か行ったことがあるのですが、その時にふと車窓から見た「猿田彦神社」が気になったので、同行していただいた方に「あの神社も行ってみてもいい?」と言って、ふらっと立ち寄ったことがありました。名前の通り、サルタヒコさんをお祀りしている神社で、おそらくここにお詣りしてから、人生のターニングポイントを迎えたという記憶があります。超主観ですが、ここの「一歩守」はいい感じです(笑)もう少し記憶をさかのぼると、かなーーーり幼少の頃。引っ越し前の実家の近くに馬頭観音さんやお地蔵さんを祀った小さな祠があるのですが、なぜかこの祠をみると、天狗のような、サルのような顔が思い浮かんでいたのでした。今思えば、それはサルタヒコさんだったんだろうな、と思います。という訳で、幼少時からちょいちょいご縁を感じるサルタヒコさん。「道開き」の神様だったりするので、これからも事あるごとにお祈りしようと思います。あと、もうちょっと気が向いたら、なぜサルタヒコさんとご縁があるのか、ということも探ってみたいと思います。今日は大雪の中、いつもオフィスではない場所に出勤した後に、いつものオフィスに戻りました。昼ご飯を駅の構内で食べた後、東京駅構内にある雑貨屋さんにふらっと立ち寄り、コーヒーを持ち帰りしました。オフィスに戻り、持ち帰りコーヒーをデスクにおいて、カップを見たところ、↓猿田彦珈琲のコーヒーでした。(笑)=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2016年01月13日
コメント(0)

==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・1/23(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================今回の新月はなかなかパワフルだったようで、前後は殆ど眠りこけておりました。ってことは、無意識層に何かがたくさんダウンロードされていたりするのかしらねーと思います。新月前の夢見が面白いことになっておりましたので、それについて書かせていただこうと思います。ちょっとさかのぼりますが、まずは初夢について。ワタクシはがっつり見た!っていうレベルではないのですが、12/31から1/1にかけてはでかいエビの夢を、1/1から12/31にかけては、自分の足にピッタリの虹色のヒールの靴の夢を見ました。どちらも縁起が良さそうだなーと思います。我ながら。とくに、虹色の靴が見つかったという夢に関しては、ここ数年靴を探す夢をたまに見ていましたので、「やっと見つかったかー!」という思いでした。さて。そんな初夢で始まった2016年。新春早々面白いシンクロがありました。1/8の夢では、スターウォーズを観に行っている場面から始まりました。(この時点ではまだ観ていなかったのですが)オープニングの場面を見ているうちに、夢の中なのですが、現実なのか空想なのかが分からないという感覚になり、場面が変わりました。気が付くと、昔の実家の和室にいました。実生活でかかわりのある方々が和室に集まっていたのですが、床の間に蔦が生えてきていたので、それを杖で払っていました。気づくと、床の間の畳が少し浮いており、畳の下からは光が漏れていました。まるで地下に別の世界が存在するような感じで。ここでまた画面が変わり、学校のようなつくりの建物の場面になりました。ワタクシは今のワタクシではなく、別の人格になっていました。保健室のような場所で、ワタクシの父にあたる人が布団をかぶって、何かにおびえているような様子でした。この父はどうやらこの組織の長のような感じで、敵対している勢力から狙われているような感じでした。スパイのような形で敵対する勢力の人間が入り込み、父をさらっていきました。それは、父がいつも身に着けているギベオン隕石でできた勾玉をトルコ石のような青い円盤にはめることによって、何かを起動させるということを目的としたものでした。何が起動してしまうのかは忘れてしまったのですが。これが起動してしまうことを避けるために、ワタクシとワタクシの兄(実際にワタクシには兄はいません。夢の中での兄です)が父と勾玉を取り返しに向かうことにしました。食器棚のような棚に、ワンドや剣が並べられていて、兄が剣を取りました。ワタクシは棚の中を見たんのですが、これぞという剣がなく、「どうしよう」と思っているところ、家臣が、「これをどうぞー」的にクリスタルの剣を持ってきて、「ああ、これこれ!」と受け取りました。ふと、「ワンドもあった方がいいな」と思い、ワンドも手にして向かう、という内容でした。今回の新月はやぎ座で起こっておりましたが、ワタクシ、月星座がやぎ座だもんで割と影響が強かった気がしております(みんなそれなりに影響を受けていたと思いますが)。その新月前に見た気になる夢だったので、なんだか猛烈に覚えておりました。まず、床の間の場面については、「床の間」は和室の建築で言えば家主の格を表すような、家のかなめとなる重要な場所です。これは、先日書いた記事で、「父親からの期待」について意識を掘り下げた結果であったり、その作業を表した場面な気がします。床の間の下は、家系や父親からの影響を受けるようになったそもそもの要因を表していると思われ、床の間を覆うように繁殖した蔦をワタクシが取り払ったことで、床の間の下の世界にアクセスすることになるということを表していると思われます。その次の場面は、今のワタクシではなく、欧米系の風貌だった気がするので、おそらく過去生に関わることなのだろうなと思います。外からの圧力におびえる父を守るため、そして家系を守るために立ち上がってきたという歴史がワタクシのタマシイにあるんだろうなーと感じました。この夢のイメージは「戦士」だったので、自分でもぴったりだなー、と腑に落ちたのです。こんな夢を見た翌日に、Hさんとスターウォーズを観に行きました。スターウォーズを映画館で見るのは初めてで、しかも3Dでした。画面に近い席ということもあったのですが、すごい迫力でした。1/8の夢で見たようなオープニングではなかったものの、夢と同じように、映画と事実とが曖昧になるような感覚を覚えました。映画の後にHさんと話をしていて、夢の話になりました。最初はワタクシが1/8に見た夢の話をしていたのですが、初夢の話になり、Hさんが「私は初夢で靴を探す夢をみた。なんかレストランのようなところで『靴がない』と言っている夢」とおっしゃったのです。「ん?」ワタクシの頭の中で、以前見た夢のビジョンがフラッシュバックされ、もしや夢の中でみた場所とHさんがみた夢の場所が一緒なんじゃないか?と思ったのです。「それって、もしかして山の上にあるレストランじゃないですか?入り口に下足入れがあって、左側に縁側があったりしませんでした?」「うそー!同じ!あった!縁側!」やっぱり!!!これは、ワタクシがHさんの脳内をリーディングしたわけではなく、ワタクシが8/24に見た夢のビジョンと同じかもしれない、と思ったのでした。完全一致ではないかもしれないのですが、ワタクシが夢で8/24に訪れたその場所に、Hさんが初夢で訪れたんだろうなーと思いました。しかも、ワタクシも今回初夢で靴の夢を見ていたので、そのシンクロっぷりも面白いなーと思います。なぜそんなことが起きたのか、ってことは今のところ分かりません(笑)どうも、この新月は無意識に知らず知らずのうちにフォーカスしちゃうような感じがあり、起きていても急に頭がふっとどこかに行ってしまうということがあるので、1/14まではできるだけぼーっとしていたいところです(週明けからもりもり仕事が忙しい感じなのですが)。なんとなくですが、夢の意味をもりもり調べるというよりは、無意識や集合意識とのコンタクトを楽しむような感じに近いので、そのうち気が向いたらHさんとの不思議なシンクロについて深堀してみようかな、と思います。あ、冒頭の写真はHさんと言った甘味やさんの立派な鏡餅です☆=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2016年01月12日
コメント(0)

==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・1/23(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================プロローグに書いたように、12/26に名古屋で開催されたよしみさんの手相観のお茶会に参加しました。一緒に参加した友人とは、何とはなしに共有項が色々とあるのだろうなーと大学時代から感じていたのですが、一つは今回のお茶会で受け取ったメッセージである、「父からの期待に応えるために抱え込む」というパターンなのなかな、と思います。ワタクシが育った家庭は、どちらかと言えば放任であり、小さい頃から好きなように習い事をさせてもらっていたり、行きたい学校に行かせてもらえた、と思っていました。しかし、親が「放任だ」と言っていることを聞き、自分でも「放任」「自由」であると思い込んでしまっていたのかもしれないな、と思いました。元々は、ワタクシの手が表す魂の形は、「受け取る」「感じる」「動く」をスピーディーに実践することを心地よいとするため、そのスピードを制限されることや、感覚で動くことを制限されることが抑圧になっている、という話でした。ワタクシだけではなく、ワタクシと同じような手の形の人も、そうでない人も参加していたのですが、面白いな、と思ったのは、ワタクシと同じような手の形の人が持つドラマと、ワタクシの中のドラマとの同調でした。よしみさんが、一人一人の手を見て、そこからのメッセージを伝えている間、よしみさんの言葉も、受け取っている人の言葉も聞こえてきます。そのどちらも、そしてよしみさんとメッセージを受け取っている人との間の反応も、すべてがワタクシの中のドラマと同調しているような感覚を覚えました。ワタクシが今回フォーカスしたのは、「父からの期待に応えるために抱え込む」というパターンだったのですが、同じように誰かからの期待(有形無形の)に対して、敏感が故に過敏に察知して、期待に応えるべく自分を変形してきたというドラマがワタクシの中の記憶を刺激してくるのでした。よしみさんのメッセージだけではなく、その反応というのもとっても大事なメッセージ。本来の自分のままに生きることで、「誰かに愛されないのではないか」「誰かに認められないのではないか」ひいては、「社会的に評価されないのではないか」「社会人として失格なのではな いか」という不安があるから、本来の自分のままでは生きられないという制限となっています。例えば、「あなたの手の形からは、魂の本来の形はこのように思える」というメッセージに対して、受け取る表情、返す言葉、その後の行動には、それまでこの人が培ってきた制限と、本来の自分の性質がないまぜになったり、ときには拮抗して現れています。一見他人事なのですが、そういった他の人の反応はすべて自分の中のストーリーでもあり、そして、他の人の反応をじっくりみたり、見逃したりするのも、自分の中のストーリーだな、と思うのです。全部を覚えてはいませんので(笑)、その中の一つについてフォーカスしてみます。前述のとおり、制限と本来の自分の性質が拮抗して反応するようなパターンというのが印象的でした。本来の自分の姿の通りに生きることで自分がスムースに生きられるようになる、ということを伝えられた際に、「でもそれじゃあ社会に適応できない…」というような言葉が出たりするのです。この一言は、まさに拮抗している様子が見てとれます。「それじゃあ」と言っている「それ」の段階で既に、本来の自分の姿というのはある程度イメージができているからこそ、「それしゃあ社会に適応できない」と言っていることになります。自分の中にはすぐにイメージができるような自分像がはっきりとしているということになるのですが、長年「それじゃあダメだ」と言っている制限がすぐに阻止しようとしているということが、この一言で表されているのです。恐らくですが、お茶会というグループワーク形式の場に参加しているということは、自分と似通ったテーマ(または正反対のテーマ)を持った他人のパターンやその反応をも無意識の中にお持ち帰りするということを選択しているんだろうなーと思います。(個人セッションが掘り下げ形式だとすると、グループワークは多方向からの刺激という感じでしょうか。)そんなこんなで色々と無意識が刺激された結果、ワタクシの中のパターンがだんだんと見えてくるようになりました。ワタクシは、「父からの期待」というのは、ワタクシは母を通して受けていることが多かった(今もですがw)のです。「父からの期待」の記憶をさかのぼると、まず出てきたのは、小学校の頃に古代史が好きすぎて「考古学をやりたい」と言ったワタクシに対し、母が「そんなんじゃ食っていけない」「考古学を専攻するのも狭き門だ」といって否定されたという記憶でした。その発言は少なからずワタクシにとってショックでしたので、その後心理学ブームがやってきて、何となく興味が持てるし、(ブームなので)一般受けしそうだ、ということで心理学に鞍替えしたのでした。が、結果心理学だって食っていけないわ、狭き門だわ、という点では同じことなのですが(笑)。これこれ。これがパターンですね。好きなことを好きなようにする、ということに対して、大好きな人に否定され、そのままでは嫌われてしまうと思って自分の意思を曲げてしまうというやつです。ワタクシはこれも「父からの期待」に属すると思っています。なぜならば、父からワタクシへの期待は、母が仲介していたからです。ここからはワタクシなりの拡大解釈が入りますが、この母の発言の裏には母は生計を立てるための労働をすべきであるという思いがあります。ワタクシが生まれる前の話なので、全ては母や祖母から聞いた話なのですが、母方の祖父は晩年アルコール中毒で、祖母や母達に暴力をふるい、生計が成り立たないので祖母が血を売っていたという話を昔から聞かされていました。母は、このままでは一家が破滅してしまうと思い、祖父を殺そうと思ったこともあるとも言っていました。それでも母は祖父を愛していたと思います。 しかし、祖父は働かず、家族に暴力をふるう人間であった(と母は記憶をしている)ため、祖父には頼れないため、自分が何とかしないといけないという思いが育ったと思われます。それが、「生計を立てるための労働をすべきである」という発言につながるのだと思いました。母の中にある、本来何かになりたかった自分を押し殺して生計を立てるための労働をしなければならなかった、という思いが、ワタクシに対しての前述の発言につながったのではないでしょうか。じゃあ、「父からの期待」はどこに入っとんのじゃ?入っとらんじゃろ?って話です。そうなんですよね。もしかしたら入っていないのかもしれません(笑)しかし、幼少の頃のワタクシがその発言を「お父さんだって心配している」というような言葉で言われたら、母が仲介することによって、それは父の期待であると誤認するわけです。今になってようやく父親ともそこそこ話ができるようになりましたが、思春期の頃なんて本気で話ができませんでした。それは、父親からワタクシに対して直接何かを言われるということは殆どなかったので、父親の本心が分からないということもあったのだと思います。母は悪気があって仲介をしていたわけではなく、母の中の父親像に要因があるのだと思います。自分の子を父親から守りたいという無意識の行動という意味で。それは、母自身の父親がいつ豹変するかわからなかったから。そして、母は定年までずっと正社員で仕事を続けていたのですが、事あるごとに「お父さんに何かあっても大丈夫」だったり、「お父さんはあの仕事に向いていない」的なことを言っていました。それは、母自身の父親が向いていない仕事をしていたり、生計を立てられなかったからです。そんな感じで、ワタクシが当時父に抱いていたイメージは、多分に母親の中の父親像に脚色された、ワタクシの中の父親像。「お父さんが●●っていってるから~しなさい」っていう母とのやり取りで出来上がった偶像でした。ワタクシは、ずいぶんこの偶像の父としか接していなかったのです。ワタクシ自身、父に直接話すことなく、母に伝言役を頼むということもしてきました。長いことそんなドラマの中で生きてきたような気がします。これが最近変わってきました。回数はやっぱり少ないですが、以前よりも父と話すことが多くなったし、父と電話で話したりもします。そこで気付いたのは、父は、会社員としてはダメなのかもしれないし、頭が超固いのかもしれませんが、ワタクシのことをべらぼうに愛してくれているということでした。結局、最後はやりたいようにやってしまうワタクシは、父が本当に期待していたワタクシではないのかもしれません(つか、本当に何を期待していたかなんて直接聞いたこともないので)。だけど、父は今のワタクシをそのまま愛してくれているのです。ということは、父に愛されるのに、父の期待に応え続ける必要なんてなくて、前述の例で言えば「なんだ、じゃあ父の期待に応えて生計を立てるための労働なんてする必要ないんじゃん」ってことなのです。ああやばい。これ書きながら泣けてきました。仕事中なのに・・・(笑)実家を離れて、たまにしか実家にいないワタクシを父はマジで溺愛しているので、母は妬いているのだと思います。父も母ももうすぐ自分のバースイヤーに戻ってくる時期であるので、ここいらで大きな転換があると踏んでいるのですが、母は今更ながらの父親像との対峙なんじゃないかなー。。。という気がしています。おそらく、このパターンの気づきについて学ぶために今回早めに名古屋入りをしたのだろうな、と感じています(ギエムのチケットは悔やまれますが・・・)=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2016年01月06日
コメント(0)

==============================不定期に都内目黒区のカフェにてカードリーディングのセッションを行っています。カードリーディングのメニューはHPの「セッションメニュー」をご覧ください。・1/23(土)14:00~18:00上記以外の日程でも、土日祝の日程で「この日なら行けそう!」等ありましたらお気軽にお問い合わせください(場所はお申し込みいただいた方にお知らせいたします)。《メニュー》・30分リーディング \3000en・60分リーディング \6000en・90分リーディング \10000en※カフェではワンドリンクご注文をお願いします(¥500前後です)。※ご予約は下記HP「セッションのお申し込み/お問い合わせ」フォームから、ご希望の日時、お名前、ご連絡先等をご記入の上、送信してください。「こきあのこしかけ」http://kokiarainbowlight.jimdo.com=======================================あけましておめでとうございます!本年もどうぞよろしくお願いいたします。ワタクシ、26日より年末年始休暇をいただいて実家のある愛知県に帰省をしておりましたので、ブログもとんとご無沙汰になってしまいました。この年末年始はとにかく眠気が強く、正月は移動以外はほとんど寝ていたのではないかと思います(笑)さて、年は明けてしまいましたが26日に地元名古屋で開催されたよしみさんの手相観のお茶会について記事にしたいと思います。最近ハマっている占星術のサイト情報では、この時期っていうのがここ3年くらいの実りの時期であるということが書かれていて、今回の手相観のお茶会はまさにその実りが実感できた時間だったな、と思ったからです。本来、26日のギエムの名古屋公演のために早めに年末年始休暇に入ったワタクシ。おバカなことに東京の家にチケットを忘れてしまい、「何のために早く名古屋入りしたんじゃ。。。」と思っていたのですが。結果的に、約3年前にはとても地元の友人に自分の活動をカミングアウトなんかできない!と思っていたワタクシが、友人にするっとカミングアウトしてしまったり、お茶会でよしみさんがおっしゃっていただいたことから、ずーーーっとひっかかっていた自分の制限の正体を垣間見ることができたりできたため、大きな実りを得ることができました。まずはプロローグとして、地元の友人へのカミングアウトという側面から書いてみます。26日は朝早くから名古屋の矯正歯科の検診があったため、9時前に名古屋入りしました。手相観のお茶会は実は初めての参加。しかも名古屋。最初は一人で行こうかな~と思ったのですが、ふとこの記事に書いた友人を誘おう!と思い、かなーり気軽に「行かない?」と誘ってみたら、気軽に「OK」と返ってきたので、友人と二人で参加させていただくことになりました。この彼女、大学時代の友人で愛知県在住なのですが、なんやかんやで年に数回は会っています。会うと近況の話よりもお笑いの話とか、くだらない話で延々としゃべっていられる相手です。お茶会の前にランチをしていて、いつものようにくだらない話をしていた時、ふと、これから向かうお茶会の話になりました。タオ⇔「そういえば、お茶会の説明(ワタクシも説明なんかできないのですが)ほとんどしてなかったけど、大丈夫なんだっけ?」友人「送ってもらったホームページ観た。師匠って女性の方なんだね。美人の。何年か前に名古屋でクリスタルボウルのコンサートしていた師匠(たんたんさんのことです)って男性だって言ってたから、男性の方かと思ってた」「師匠ってことは、タオ⇔も手相観やってるの?」おっと。どうやらワタクシは友人にワタクシが今やっている活動を割と話しているつもりでほとんど話してなかった、ということにこの時点で気付きました。タオ⇔「えっとねー。。。手相観ではなくて、レイキっていうエネルギーワークの師匠が今回のよしみさんで、クリスタルワークを習った師匠は男性の方で、別の人だよ。」どうも、カードをやっているということだけを伝えていたらしいので、彼女の中でなぜお茶会のお誘いがきたのか、そして数年前にはクリスタルボウルのコンサートのお誘いがきたのか、ということがナゾだったもよう。お茶会の前に軽く現在の自分がやっている活動について話し、いざお茶会へ。お茶会の会場に行き、お久しぶりのよしみさんと、お茶会で初めて出会う方々とご対面。その中でちょいちょい出てくるエネルギーワークのお話だったり、チャクラの話だったり。よしみさんが持ってこられた別嬪ハーキマーダイヤモンドを、これでもかと嘗め回すように鑑賞していた時に、ふと、横に座っている友人はこれらの話をどんな感じで聞いているのかが心配になってきました。ピン!ときて彼女を誘ってみたものの、彼女とはエネルギーがどうのこうのとか、クリスタルがどうのこうのとか、そういう話をほとんどしたことがありません。結局、ワタクシは彼女に自分の活動の内容を話すことによって、嫌われたらどうしようという思いがあったから、約3年前にはちゃんとカミングアウトをすることができなかったんだな、と思いました。手相観のお茶会の中で、「お客さんからお代をいただくときに、ちゃんと受け取れないでしょ?」とよしみさんに指摘された場面がありました。それを聞いた友人は今日イチの驚きを見せて、「え?実際にお客さんに対してやってるの??」「趣味の範囲でやってると思ってた・・・」と言ってきました。「驚きポイント、そこかい!」と思いましたが(笑)、彼女に何となくワタクシがやりたいことが伝わったようでした。翌日またまた彼女と会っていた時、いずれは今の仕事を辞めて東京を離れたいという話をしてみると、「リーディングをしながら、って考えたら今のような仕事はつらいもんね」等など、ちゃんと話をしていなくてもワタクシが描いているビジョンが伝わったようでした。数年前に「なんて伝えよう。伝えない方がいいのかな」なんて思い悩んでいたことが嘘のように、気づいたら「伝える」「伝えない」という領域を超えて、彼女は理解者としてワタクシを見てくれていることに驚くとともに、泣きそうなほどの感動を覚えました。この記事は「プロローグ」と題しています。その名の通り、この一連の流れが今回よしみさんの手相観のお茶会で、ワタクシが「実り」としていただいた気づきを表しています。それは、大好きな人に嫌われたくないから、本来の自分を出さない(もしくは隠して)生きてきたということを見つめて、そこに生まれた悲しみを開放するということです。この友人も同じようなテーマを抱えていることを今回のお茶会で再確認し、ワタクシ自身、彼女との26日、27日に過ごした時間の中で、実際にその流れを追体験した気がします。大好きだから、嫌われたくない。嫌われたくないからカミングアウトしない。そういうパターンが自分の中にあることを認めたうえで、「そのままの自分を受け入れることで、そのままの自分を大好きな人が受け入れてくれた」というパターンを再学習するに至ったのではないかと思いました。プロローグが長くなりましたが、次の記事では実際のお茶会で受け取ったメッセージを自分なりに解読してみようと思います。つづく。=========================セッションのお知らせはブログ以外にも下記ツールでおこなっています。Facebookはお友達申請お待ちしています!(お友達申請いただく際にはメッセージを一言添えていただけますと幸いです☆)Facebook:「こきあ こきあ」Twitter:https://twitter.com/kokia_rainbowHP:「こきあのこしかけ」=========================
2016年01月04日
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1