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骨が語る日本人の歴史 片山一道 2015年 縄文時代 一万年間 男 158cm 女 145cm 弥生時代 七百年間 古墳時代 三百年弱 体格差 160cm 167cmの骨も 奈良・平安時代 160cmに届かぬ骨 江戸 男 158cm 女 144cm 戦後 一世代で容貌激変、日本人離れは特異なほど。 足でなく脚が伸びた 弥生時代の大変革により階層による身体特徴の差が生まれたそうだ。身長だけでなく、顔立ち、噛み合わせも変化したそうだ。それが、社会が封建的になっていき、通婚圏が限られてくると、身長は低くなり、特に、江戸時代の低さは特別だそうだ。 日本人のルーツがどこかに見つかるというような話ではなく、日本列島で多様に変化してきたと考えられ、外来で席捲されるとかではなく、食性の変化、通婚域の拡縮で身体に変化が生じて多様化したのが実態と考えられるそうだ。 人種としては縄文人、民族としては倭人で、国民としては日本人として日本列島の住人の歴史が始まり、狩猟・農耕・漁労、食物、活動域で身体特徴も多様に変遷・分布してきたそうだ。 骨からわかる厳然たる事実と、わかるはずのない事項があるそうで、骨の語る事実から考えると、日本人の歴史観は時代の意向・趣向に影響された誤った史観がいくつかあるそうだ。明石原人説、南方起源説、大陸渡来人による置き換わり説も事実とは、考えられないそうだ。 戦後に、戦前の神話が否定されてしまい、余計に自己のアイデンティティー探しが思考的ブームとなり、まことしやかに趣向にあった言説が語られ、ひろまってしまったそうだ。 著者の歴史教育の欠陥指摘には、納得させられる。やみくもに覚えるのではなく、人間の営みに対して覚える知的好奇心をやしない、自他の社会の違いに対する自立した思考力を育てるのが、歴史教育だそうだ。歴史を教える目標も、教える教科書の内容も誤りがあるそうだ。 算数は、物事や出来事の道筋や道理を理解する術をつけさせること、国語は、みずからを表現し、他人をおもんばかるセンスを磨かせるのが目標だそうで、教育目標の誤りは、歴史だけとどまらない気になってくる。 "社会科学的"歴史教育の不安定さを思うと、理科的歴史教育がつくづく大事であるようだ。
Aug 26, 2015
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世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠 ジョセフ・E・スティグリッツ 2015年 The Great Divide 分断社会をつくりだしたアメリカの政治と政策を非難した記事の数々。ノーベル賞経済学者の舌鋒はひどく辛辣で、歴代の政権、先代までのFRB議長、財務長官、銀行、投機家、格付け会社、住宅ローン会社、大学、製薬会社を厳しく糾弾している。 投機の場となった金融セクター、富裕層の負担を軽減する不平等な税制により貧者から収奪して1%の富裕層を優遇する搾取構造、独占企業からの政治献金に支配される金権政治と、批判はとどまらない。 アメリカ社会の機会均等の理念は、今やペテンであると。政治と政策が不平等を造りだしてきたと断定している。アメリカは、拝金主義に堕落し、平等と社会正義に留意しない国だと。 アメリカ一国にとどまらず、グローバル化した活動は、アメリカの商業農家への莫大な補助金で過剰な農業生産をおこなって世界の穀物相場を下げて世界の貧国に打撃を与えたり、自由貿易協定の名前でアメリカに有利に規制緩和をひろげて敗者をつくりだしたりしていると言う。医薬品の特許による独占をグローバルに展開し、裁判沙汰を引き起こしていると。 繁栄の独占から繁栄を共有する社会に変えるためには、強欲な政治をやめ、富裕層や国内投資しない企業へ増税し、インフラ、教育、技術分野に財政投融資し、最下層に減税して需要を増加させれば、経済成長し、大分断が改善していくと。 富裕層に減税しても、富を抱え込むばかりで、需要は増えず、経済成長はできないと。銀行には中小企業融資業務を行わせ、住宅ローンの借り換えをさせ、銀行が行う投機行為には高課税せよと。 ジョージ・ソロスやウォーレン・バフェットなど数百名の百万長者達も富裕層への増税の嘆願書をだしているそうだ。 強欲の帝国(チャールズ・ファーガソン)、さっさと不況を終わらせろ(ポール・クルーグマン)、綻びゆくアメリカ(ジョージ・パッカー)、いずれも同じような結論で、金融界の犯罪行為は誰も訴追されず、銀行は巨額の税金で救済されながら、幹部は高額報酬を盗り続け、住宅ローン被害者は誰も救済されない。教育は貧困からの脱出方法となる機会均等のかなめだが、学費は高額となり、借金して卒業せざるをえなくなり、貧者に教育の機会は閉ざされていると。学歴で就労は選別され、所得の格差がつけられると。 チャールズ・ファーガソンは、アメリカは、金持ちのエスタブリッシュメントがつるんだ出来レースの国になったと評していた。 どうやらアメリカは、夢を捨てさせてしまう社会らしい。世界にひろがらないほうがよさそうだ。
Aug 25, 2015
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田園回帰1% 戦略 藤山浩 2015年地元に人と仕事を取り戻す 綻びゆくアメリカ(ジョージ・パッカー)のディーン・プライスの章を思いだした。 ノースカロライナの220号線沿いは大規模に地域経済が崩壊してしまい、大量生産・大型量販・フランチャイズ小売りにより地域の循環型経済・社会が失われたそうだ。 そんな中、地元への還流産業モデルの実現を目指す起業家が現れ、その浮沈が描かれていた。バイオディーゼル燃料の事業化により、原材料生産として農業を復権させ、自家精製し、地域流通させ、廃油もリサイクルするモデルで、地域から価値が流出してしまうのを防ごうとの試みだったのだが、石油大資本との競争でもあるので、商業ラインは遠くて苦戦。成功を暗示しきれていない状況で記述は終わっていた。 アメリカの地域循環経済の崩壊とは、製造業の域外・ついには海外への移転、失業増、治安の悪化、人口の流出、コミュニティーの崩壊、中間層の減少、貧富の二極化といった悪循環で、その渦に追い込まれる市民が現実化しているらしい。 日本は、戦後、工業化モデルに邁進して、労働力は農林業地域から工業・商業地域にシフトし、農林業地域は過疎化し続けた。地域に残って農林業を支えてきた昭和一桁世代も2015年には80歳代となり引退し、このままでは、過疎地は潰える。 一方、国際競争の果てに、多くの人を養ってきた工業化モデルも拡大は止まり、下降し、かわりに多くの就労者をサービス業は吸収して労働市場を支えているが、賃金は安く、生活者は不安定な雇用形態に追い込まれている。 こうなると、これまでは食べていけず、居座って迷惑をかけるわけにはいかなかった農林地域でも、遊んで残っている農林資源や土地を使わせてもらえるものなら、よほど幸せな自立的な田園人生が過ごせる可能性が出てくる。 しかし、わが身に持てるものも経験もなく、許されても自活はままならない。田園生活を夢見たとしても、都市で貧するしか道はないというのが、日本人の現実だろう。 こんな現状の中、本書は、相応しい移住者を受け入れ、担い手として支援・育成して人口を増やし、過疎地を地域経済循環型に改造していき、コアとなる社会機能の集積地と周辺村落をネットワーク化した経済循環地域にしあげようとする内容。とても未来がある話だった。分析、立案、実践例もわかり易く、できそうな気になってくる。 働き、子供を教育し、地域を皆と共有した生活ができる、こんな社会で暮らしてみたいものだ。共感者は多い。森と清流と四季の変化に合わせた生活に憧れている人も多い。 市場の荒野に投げ出されるのと混同してしまうが、地域によっては、別次元の郷が生まれつつあるらしい。
Aug 19, 2015
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「スイス諜報網」の日米終戦工作 有馬哲夫 2015年 ポツダム宣言はなぜ受け入れられたか 公文書に一次資料を求め、当時の議論と情勢判断を辿り、誰がどんな目的で惨劇を決めたのかが解き明かされていた。 教条に我田引水で歴史を切り刻む解説や、新聞社による捏造報道がまかり通ってきたため、本当であるのか、注意しながらの読書となることがあり、それはあまり楽しいものではないが、今回は、少し、安心して読んだ。 藤村義郎海軍中佐のスイスでの終戦工作の武勇話が、戦後、スタンドプレー性癖のある本人が主導したフィクションであったとは、またも残念な気がした。ドクター・ハックの努力については事実のようで、尊崇の念が壊れずにすむようでよかった。 藤村元海軍中佐は、戦後、スイス時代の米人との人脈からCIAの日本支局と関係を持つ人物であったらしい。同人のスイスの終戦工作話は、アメリカの対日プロパガンダに加担したものであったらしいと著者は言う。スイスで動いていた朝日新聞の笠信太郎も、戦後、CIAとの関係をもつ人物らしい。両人の存念の程はわからないが、豹変ぶりには驚くばかりだ。真実かどうかは別としてもなんらかの理解を日本人にさせる活動がなされていたらしい。 アメリカの中枢に日本を理解した者がいて、戦争を停止させるために天皇制の存続を唱え、原爆投下とソビエト参戦を阻止しようと早期終戦に努力したことを知り、驚いた。自らの統治戦略に天皇制存続を嵌め込んだだけかと思っていたが、防共の為のソビエト侵出阻止と、原爆による殺戮回避が彼らの心中にあったらしい。 開戦に至る、アメリカの情報戦成果と国内向け開戦プロパガンダの巧妙さは、伝え聞いていたが、終戦においても手を尽くしたようだ。 トルーマンが、ポツダム会議の最中に原爆実験成功を秘密裏に報告を受け、以後、スターリン、チャーチルを主導する態度に変化したとのくだりは、核兵器を持った指導者の素顔をみるようだ。これは、今でも変わらない核保有国の態度にもなるわけだ。トルーマンは、原爆により終戦させる形をとることを決意し、タイミングを計り、実行したそうだ。 原爆使用を審議する米軍の暫定委員会の長でもある長老の陸軍長官の考えは、米軍死者6万人以上と予想される九州上陸作戦を行う前に日本を降伏させたい。その為には原爆の使用も、ソ連の参戦もかまわないというものであったそうだ。使用にあたっては、無警告で行い、多くの住民に深い心理的心象を与え、多くの労働者が働き労働者の住宅に囲まれた重要軍事施設を対象とし、数十万人の一般市民の殺戮を承認したとある。 更に反共の政治家は、ソビエトに脅威を与えるために大量破壊と殺戮が必要としたとある。 許されない。 日本の壊滅を阻止せんと対米ルートでの早期降伏を画策するハック、アラン・ダレスの先には、国務次官のジョセフ・グルーがいて、彼は滞日10年の知日派で、原爆とソ連の参戦を阻止する為、天皇制存置を認めると日本に示し、早期に降伏をさせようと画策したらしい。トルーマンは、これを退けたそうだ。 長老の陸軍長官は、軍事顧問達が提案した京都を第一候補とする案を退け、対象からも外させたと言う一連の公文書が残っているそうだ。退けた理由は、京都への投下は、アメリカとの和解を不可能にするからだとの判断であったそうだ。 理解する人は退けられ、理解させる人種に、思い知らされたことになるのか。
Aug 18, 2015
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ブラック オア ホワイト 浅田次郎 2015年 ピケティーは、21世紀の資本で、20世紀半ばの資本主義社会が、格差の減少、不平等の減少、底辺・中間層の所得の増大、繁栄の共有をしたのは、特異なことであって、資本主義はもともと不平等であると言っているらしい。 経済学者の考える市場では資本の利益率が下がり、賃金が上昇するはずが、現実は、その逆であるらしい。収奪した富は増殖、継承され、富の増加は、生産資本の増加を伴わないのが、資本主義の正体らしい。 スティグリッツは、1980年以降、アメリカは金融セクターの規制を解きつづけ、富裕層向けの減税を進め、不平等は拡大し、教育、医療、セーフティーネット、インフラへは投資は過小で、状況は悪化したと言う。もはや、アメリカは似非資本主義の、機会不均等の国になっていて、これは市場経済がつくりだした問題ではなく、政治が市場を歪めてつくりだした問題であり、税制で手を打たない民主主義の問題であると言う。 終戦後、生まれた日本人は、"特異な"資本主義の成長期に育ち、1980年代には、経済力で世界の頂点を極めたかの思いをした。その後、転げ落ちるように四半世紀近く停滞しつづけ、繁栄の共有は消え去り、景気浮沈のたびに資産格差の巾を拡大し続けている。 こんな冷徹な経済社会の中で、景気の浮沈に応じて富を増殖・継承しつづける者、企業競争の先端を担ってきた者は、いかに夢を見ようが、利己的で功利的な行動をとれる人間であるから勤まったのだ、これが戦後世代の性根だと著者は言っているような気がしてきた。 うつつを生きているのはこういう事と言い当てているようで、なんとも気が滅入る。
Aug 17, 2015
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答えは必ずある 人見光夫 2015年 逆境をはね返したマツダの発想力 業界初のロータリーエンジン量産化メーカー。1991年、ルマンでロータリーエンジン車でメルセデス、ジャガーを破って制覇した会社。技術的な野心を持ち、広島に居を構える自動車メーカー。話題となる大衆車、スポーツカーを時々作る会社。 販売市場でもトップランナー集団に挑み、マーケティングに幻惑されたり、資本提携・技術提携を重ねたりしながら、浮沈を重ねた会社。 製品は買いたたかれ、安くていい車でも残価は期待できないブランド。いずこも生き残りのグローバル立ち位置を作った時、取り残されたかのように広島に閉じこもった会社。連続赤字決算を繰り返し、もはや時間の問題かと思われた会社。 ひと昔前、マツダの大方のイメージは、こんな感じでした。 ところが、ここ数年、立て続けに目の覚める車を造り出し、なにやら伝統技術を革新して、仕立て直しているかのようでした。 本書を読むと「保守的で、担当域に逃げ、できない理由を探して、忙しく無駄をする旧弊」を打破しようとしてきたようです。 燃費と走行性能を目標にエンジン、車体、駆動装置の見直しをしたようです。シンプルに観察して、後追いの対症療法ではない根本治療法を求めて、大きく振った実験を重ね、解決のトップピンを見つけるアプローチであったと言います。壁を取り払ってやっていれば自ずと答えは見つかり、いつだって答えはシンプルで、全体最適に考えればできるそうです。これを世界一の性能を目指してやっているそうです。今も途上で、理想追求は止めないと、てらうことなく言います。 推進できたのは、ロードマップを示し、決意を示すリーダーシップであると言います。 HARD THINGSで、著者のホロウィッツは、リーダーの資質は、ビジョンをイキイキと描写できる能力(スティーブ・ジョブス)、正しい野心(ビル・キャンベル)、ビジョンを現実化する能力(アンディー・グローブ)だと言ってました。そして、なすべきことを会社に実行させる能力があるかどうかをCEOは問われていると言ってました。やるときは、人、製品、利益の順で大切にしろとも言ってました。なにやら日本の一昔前のいい会社に似ているようで、いい会社の万国共通の経営規範のようです。 HARD THINGSをかいくぐってきたマツダは、てらわず、自らの理想を追い求めるこんな会社に変わっていたような気がしてきました。
Aug 13, 2015
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HARD THINGS ベン・ホロウイッツ 2015年The hard things about hard thingsBuilding a business when there are no things 1990年代のインターネットの立ち上がり時にネットスケープで仕事して、その後、CEOでクラウド事業を立ち上げ、ITバブルも生き残るも、EDSに売却し、コンピュータ運用管理ソフト開発会社に業態転換した後、HPに売却し、現在、ベンチャーキャピタルをマークアンドリーセンとともに起し、事業化を支援しているそうだ。 1%の人間に支配された金融セクターに働くアメリカ人達が詐欺的IPO売り逃げでマネーの収奪に狂奔するのとは全く違う次元の話で、「人、製品、利益を大切にせよーこの順番で」しろと説く実業家としての心得の開陳本でした。極めて道徳的行動原理を説いており、実業家がアメリカにまだ残っているかもと少しうれしくなります。 ベン・ホロウィッツは、祖父、父が共産党系で、コロンビア大学、UCLAでコンピュータ科学のマスターをとっているそうです。1990年代、ロータスやネットスケープで技術者として研鑽して、事業家としてハードワークしたそうです。 Take care of the People, the Products, and the Profits - in that order が、たどり着いた経営哲学のようで、すこぶる健全で実業的です。 教育、採用、人事、昇進、解雇、報酬、リーダーシップ、コミュニケーション、開発の熱意、爆発的な働きなどについて、数々の実践的経験から、正しい経営者のやり方を説いています。 品質、納期、収益などの数字で厳しく管理しすぎると将来の競争力を犠牲にして現在に最適化してしまう。間違った野心を見抜き、正しい野心を持てと。人材の見分け方を身につけ、目的を誤らぬ企業文化を作れと。起業家を大切にする姿勢を持てと。 全身全霊を会社に捧げられるように経営して、なすべきことを会社に実行させる能力がCEOの能力と。意思決定の質とスピードがCEOに課せられていて、知性と論理と勇気の組み合わせが必要だそうだ。とりわけ、勇気が必要と。 ゼロ トゥ ワンでも感じたが、なんだか、昭和の名経営者の話のようだった。
Aug 13, 2015
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新・観光立国論 寺島実郎 2015年 モノづくり国家を超えて もはや、日本の工業生産モデルは限界だそうだ。・円安でも輸出は増えず、輸入インフレで貿易収支は4年連続赤字。国際収支は天井だそうだ。・日本は、一人当たりGDPはシンガポール、香港に引き離され、もはや、アジアのトップランナーではない。・日本の就業者は、年収の多い製造・建設業種から年収の少ないサービス業にシフトし、直近14年間で可処分所得は、月額4.9万円(年額58.8万)減じてしまい、もはや、貧困化の世紀に入っている。・少子高齢化は、もはや、異次元レベル。2050年に、65歳以上が38.8%、75%以上では25%。 で、どうするか。 「移動」と「交流」のプラットフォームをつくって、日本の持っているものを活かした観光により、日本に外国人にきてもらい消費を創出してもっと稼げると提言されています。 観光資源は、箱ものカジノでは全くだめで、滞在して、集い、語り合い、学び、食し、病を治し、景色を愛で、心身を養生できるような統合型のリゾートの形で各地の特色を提供していかないとだめだそうです。 工業や農業も見せ方次第でその先進性が観光資源になるそうです。その地の歴史も見せ方次第で魅力となるそうです。 日本列島は、精緻な交通網が整備されて完成間近まできたので、国内の移動利便性が資源となり、これを活かした週末移動生活、移動と交流の観光が可能だそうだ。 工夫次第だと。こうしたことを事業化して実行できる人材を育てて、各地で考えて、各地の様々な有望な観光資源を活かせと。地方消滅も座していてはだめで、こうした工夫をして、移動と交流を地域に呼びこめば、人も集い、地域創生できると。 日本人の営みを"行動展示"すれば、稼げる可能性があると言っているように思えます。お上にすがるのではろくなことにならず、自らの知恵と工夫でと言っているようです。
Aug 7, 2015
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紛争解決人 森功 2015年 世界の果てでテロリストと戦う 伊勢崎賢治の足跡をまとめたノンフィクション。テレビで時々みかけ、きれい事や、したり顔のない人物との印象がある。この本で経歴と事績を知り、印象が誤っていないと納得。厳しい国際情勢の真っただ中で厳しい支援活動に従事されていたことに驚いた。 被差別地域、スラム地域、内戦地域で、国連PKO、国際支援活動を通じて、自治支援、武装解除、職業訓練、自活支援と続く経済的独立を目指した活動の数々。各地で貧困と武力衝突を関係者を調整しながら解決しようとする姿に頭が下がる。 西アフリカの貧困と軍閥暗躍の背景に、アメリカの奴隷制度、奴隷解放と帰国、帰国派と国内派との世代間軋轢、武力闘争と続く歴史があり、西洋植民地主義に蹂躙された歴史の病巣をみせられる。 アフガニスタン、パキスタンの紛争地域には、内戦の歴史を上塗りする大国のご都合主義の軍事介入と撤退の歴史がくりひろげられてきたことがよくわかる。 自活をめざす武装解除の傍らで、大国が武器を供与しているとは。国際貢献の名目で自国都合の軍事行動を行う大国の性根を見るかのようだ。 「政府が腐敗しているからNGOに任せられる。NGOはいわば貧困ビジネス。NGOがなければ、もっと早く革命が起きて戦争や混乱が小さくても済んだかもしれない。」との苦悩の吐露が記されていた。一線で支援するということは、理屈を超えて力で均衡する厳しい現実があるようだ。 貧困に武力が巣食うと貧困は救われず、抜き差しならない権勢争いの応酬となってしまうようだ。武力を行使しない、放棄するということが、とても意味のあることとなるのだが、ただ、できる人間はそういないようだ。
Aug 5, 2015
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