猫が我が家にやってきて
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
お寒うございます。もうそんな季節ですね。ああ、今日はおでんでもいいかな? そうしよう、そうしよう。 昨日、会社勤めをしていた時の友人(厳密にいうと一つ先輩)からメールが届いた。(以前ブログに書いた、暴力旦那と今年離婚した友達) ○○課長が亡くなったんだって。58歳だったって。(彼女はまだ会社勤めを続けているのだけれど、恐らく課長は本社に移動して最近は交流は無かったと思われる。) 『詳しいことは知らないけど入退院を繰り返し、先月会社も辞めてたって』 猛烈にショックなニュース。 こんなにショックを受ける自分に驚いた。 短大を出て私が入社した会社。当時から人の出入りが多いブラックな香り漂う会社。 私は最初パソコンのインストラクターとして配属されるも、パソコンを触ったこともない私に務まる訳もなく、そうこうしているうちに事務の先輩が辞めることになり、私にその仕事が回ってきた。 今思えばとても良い巡りあわせだったと思う。 その販売課の課長。売れない営業には灰皿が投げられ、『てめ~、手ぶらで帰ってくんじゃね~』 世の男性方が”働いて&家族を養うこと” がいかに大変かを体感した最初の社会だった。 私の仕事はと言うと、営業から頼まれる見積もり&請求書作成、発注、発送、雑用なのだけど、世界一うっかりの多い私は 失敗をするたびに○○課長に呼ばれ、 『デコ出せ~』 と本気でのデコピンを食らうのであった。 が、私はそれがなかなか嬉しくて、反省もほどほどにニヤニヤしていた。 販売課でBBQに行ったこともあった。課長の3人の子供たちはとても礼儀正しくて、目がクリクリしていて可愛かった。 子供をかわいがる課長はいつもの課長とは別人で、それがまた面白かった。 販売課の目標が達成されれば飲みにも行った。2軒目のスナックで課長とはデュエットしたっけ。 大人に見えた課長も今思えばまだ30代だったんだな~。 あの会社は野蛮だから、病気になったり、病気になる前に退職したり、人の出入りが激しかった。 その中でのし上がっていく課長を恨む人もいただろうし、恨まれる課長だって心が痛むことだってあったと思う。 私は寿退職も出来そうになかったから会社を5年で辞めた。 二十歳からの5年間。たった5年間だったけど、私にとって密度の濃い社会経験の場だった。 その時お世話になった課長。 何の病気だったんだろう?元気な姿しか想像できない。 早すぎでしょ~、課長!らしくないでしょ~、課長! 課長、 私はこれからは誰からもデコピンをされないことを誓います(笑)。デコピンは課長からされるのが一番ですから。 寝る前のショッキングなメールの内容には続きがあって、 その友人の元旦那は事故に遭って意識不明の重体なんだそう。 だけど、そのニュースを聞いて私は 『離婚しといて良かったね』 と冷酷な文章を送った。 課長の死にはショックを受けても友達の元旦那の一件には全く心が動かなかった。 それはメールをくれた友達も同じみたいだった。 関わるすべての人に対していい人でありたいけど、それは無理。 人生の最後に、一人でも多くの人から 『いい人だったね』 って言われたいと少し思った。 <そこのガリガリ君! 大いにガリガリしてくれたまえ> <なぜなら、それはカバーだからです>(苦肉の策。立体裁断&生地が堅くてうまく縫えないの。だけどカバーだからヨシとします) <ミシンで縫えない所はこんな感じになっとります> <大量に買ったオクラ。 初めて炒めてみた。 美味しんですね~。> <なぜか、お隣さんに依頼されて私が書いたワニ。 お隣さんやっぱり無言>(姪が幼稚園の時にはすでに絵心が抜かされました) <その後、『青田赤道を検索してごらん』と。 検索した結果が ↓ ↓ >うっすら似てる? みんな、元気でいてください!
October 20, 2014
コメント(8)