授業研究のあしあと

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2005.10.27
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カテゴリ: その他
本校本年度の研究も、いよいよ大詰めである。研究テーマ「学びが好きになる授業の創造~協同的な学びをめざして~」に迫るため、毎週授業研究会を行ってきたが、この授業研も残すところ4回となった。

私自身、本校の授業研究会で大きく成長することができたと思っている。先輩の先生方から、本当に多くのことを学び、影響を受けた。「他人から学ぶ」よさや、その重要性を実感しているところだ。

がむしゃらに取り組む中で、多くのことを「他人から学んだ」わけだが、この「他人から学ぶ」ためには、何が必要なのだろうか。佐伯胖氏は、「感化を受けること」として、「『わかる』ということの意味」の中で次のように述べている。

 ・・・・

 ところで、受け身でなく自発的に「感化を受ける」ためには、ときには、大変な内的葛藤を経由しなければなりません。なぜならば、本当の意味で「感化を受ける」には、受け手自身が全く独自の人間的成長を遂げなければならないからです。そのためには、ときには、一時的に「避ける」ことや、「拒否する」ことすら必要です。もっとも、それが単なる「逃げ」にならないためには、本人自身のすさまじいまでの自己研鑽がなければなりますまい。それを経てあらためて「感化の受け直し」ができたときこそ、本当に「他人から学ぶ」ことができるのです。
 すなわち、人が他人から「感化を受ける」ことができるためには、次のような条件が必要なのではないでしょうか。
(一)何が本当に価値あることかを求め続けていること。
(二)「表面的なこと」の背後には、常に、「表面にあらわれていないこと」があるはずだと考え、それがどんなものかを知ろうとすること。
(三)ものごとには常にさまざまな側面があり、「かくかくしかじかである」という断定はできるかぎり保留し、いつでも、根本から考え直すことを辞さない覚悟をしていること。


 ・・・・

「無知の知」を身につけるためには、「大変な内的葛藤」が必要だということである。この「葛藤」に不満をいっているだけでは、だめなのである。この2年間、私自身、研究に対して何度も「避ける」「拒否する」こともあった。しかし、その何割かは「逃げ」にならずにすんだのではないかとふり返っているところである。





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最終更新日  2005.11.14 16:26:29
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