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2007.01.30
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2月9日(金)は、本校の研究発表会である。私も、自分の考えをまとめる場面を授業する予定である。しかし、この自分の考えをまとめ説明するということは、案外難しい(「モーターをつくろう」の実践でも、なかなか説明することができない)。「わかったつもり」になっていることが多々あるのだ。しかし、このことを逆に捉えると、自分の考えを説明したり、文章や図ににまとめたりすることによって「わかり直し」を促すことができる。

今回の研究発表会の講師である内田伸子氏(お茶の水女子大)は、「発達心理学」のなかで、次のように述べている

・・・・・

以上から、作文を書く過程では表現したいこと(思想)に合わせてぴったりした表現を選びあてはめていくわけではないことがわかった。ヴィゴツキーが指摘しているように、作文における意図と表現の関係は「デパートで自分の身体のサイズに合わせて既成服を選ぶのではなく、はじめ身体の輪郭もあまりはっきりせず、表現という布を切り取ったり、縫い合わせたりしながら形を作り出す過程」で、「あっ、そうか」「アハー」と納得する主観的体験を経て初めて身体の実態、つまり表現したかった意図や思想が明確になるような関係なのである。認識は、表現の方向を規定するが、その方向にそった表現を探しあてることにより認識の側が形作られる場合がむしろ多い。認識とことばとは作り作られる双方向的なダイナミックな活動なのである。

・・・・・

もちろん、「意図」と「理解」にニュアンスの違いがあるものの、「よく分かってから、説明させる」のではなく、「説明する中で、よく分かっていく」のであろう。その中では、教師の支援が必要であり、一人一人の子どもが「あ、そうか」と「わかり直す」ことができるように授業をデザインしていかなければならない。





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最終更新日  2007.01.30 14:56:58
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