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2013.09.09
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カテゴリ: その他
道徳の授業研究会の中で、授業とは直接関係ないないのだが「どうしてバスマナーが守れないのか」ということが話題になった。

子どもたちは「バスマナーは守らなければならない」ということは知っているはずである。しかしながら「自分ひとりぐらいしゃべっても大してうるさくない」や「混んでないバスの中でしゃべっても問題ない」、さらには「友達といっしょになるとついついしゃべりたくなる」や「高校生や大人がうるさいこともある」など、自分なりの「論理」で自分たちの行為を正当化し「いいわけ(主張)」しているのだろう。

この「論理」について、鹿毛雅治先生(慶應義塾大学)は「『対話』で広がる子どもの学びー授業で論理力を育てる試み」(内田伸子・鹿毛雅治・河野順子・熊本大学教育学部附属小学校著 明治図書 2012.2)に次のように書かれている。

・・・・・

 根拠づけには少なくとも三つのパターンがあると言われている。第一に、意味によって根拠づける場合である。「まちがえたのはお店の人だから返さなくてもよい」という意見がこれに該当する。「おつりを間違えるという行為の責任はお店の人にあり、おつりをもらった側にはない」というBさんの主張のように意味に整合性をもたせることで結論を導いている。第二に、事実によって根拠づける場合である。「みんな内心そうでしょ?」「大当たりのアイスの棒を拾ったら交番に届けますか?ふつうはもらうでしょ?」と迫るA君の主張は、現実にはどうなのかという(A君の推測ではあるのだが)「事実」に基づいており、この種の論理は「理想論」を撃沈させる威力をしばしば発揮する。第三に、価値によって根拠づける場合である。例えば「泥棒と同じことだから返す」という意見はその論拠として「泥棒=悪」という論理によって主張されているといえる。そもそも上記の例は道徳の時間であるということもあり、最終的には「よいことだから返す」「返さないのは必ずしも悪いことではない」というように価値を根拠とした主張へと議論が収束していくことになる。

・・・・・ 

「意味」「事実」「価値」の三つによる根拠づけ。上記の「いいわけ」も、前者が「意味による根拠づけ」で後者が「事実による根拠づけ」によるものであろう。おそらく大切なのは、自らの「根拠づけ」を自覚せざるおえない機会に直面し、信念や思い込みが揺さぶられるということである。

では、理科学習で考えるとどうなるだろうか。「事実による根拠づけ」によらない主張もあるとともに、それらの主張も授業の話し合いの中では必要だということを再確認するとともに、「意味」や「価値」による根拠づけによる主張を授業者が理解し揺さぶる手立てを考えること大切なのだろう。





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最終更新日  2013.09.09 11:38:13
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