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2013.10.02
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カテゴリ: その他
前回のblogで「論理的思考」について書いた。ここでちょっと立ち止まって、「論理」についても考えてみたい。

「『対話』で広がる子どもの学び−授業で論理力を育てる試み−」(内田伸子・鹿毛雅治・河野順子・熊本大学教育学部附属小学校著 明治図書 2012.2)の中で、私は次のように書いている。

・・・・・

 「論理」とは、「理由と主張」や「原因と結果」、「情報と情報」など、「ことば」と「ことば」のつながりのことです。
 朝起きたとき、家の外を見て雨が降っていたら、どのように考えるでしょうか。例えば、「雨が降っている。だから、かさが必要だ」と考えたとします。このとき、「雨が降っている」と「かさが必要」という「ことば」のつながりが分かり、この考え方は「論理的」といえます。逆に、ある人が「雨が降っている。だから、かさは必要ない」と言ったとしたら、それを聞いた人は「ことば」と「ことば」の間の「つながり」、すなわち、「論理」が理解できません。「あの人の『論理』はおかしい」とか「あの人の『論理』は分からない」と口にするでしょう。しかし、「雨が降っている。でも、すぐやみそうだから、かさは必要ない」と説明されると、このときの「論理」は適切だと考え、納得することができます。
 また、「ケーキは甘い。だから、私はケーキが好きだ」という人もいれば、「ケーキは甘い。だから、私はケーキは嫌いだ」という人もいます。このとき、「私にとって」どちらも「論理」は適切だといえるでしょう。
  このように、本校の「論理科」では「ことば」と「ことば」のつながりを「論理」ととらえ、その適切さを検討したり、筋道立てて「論理的」に考えたりすることを大切にしています。そして、「論理」に着目して話を聴き、相手の伝えたいことを理解しようとする子どもを育てたいと考えています。

・・・・・

この原稿の中の「『私にとって』どちらも『論理』は適切だといえるでしょう」という部分について、ある数学が専門の大学の先生から「どちらも適切だという『論理』はあるのか」と指摘を受けたことがある。もちろん、内容を批判されるものではなく、「論理」という「ことば」の使い方からくる違和感なのだろう。



(つづく)





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最終更新日  2013.10.02 16:35:54
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